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 続・虎の雄叫び高らかに 8

「やっぱりワッシの出番は省略されるんかーーーッ!?」
 戦い始めてしばらくは獣人化のおかげで四本腕の魔族とも面と向かって戦う事もできたのだが、如何せん人間と魔族では持久力が違い過ぎる。タイガーが疲れを見せ始めたところで、魔族がその隙を狙い、攻撃を受けてタイガーが吹き飛ばされた。
 試合場の結界は魔族が突入して来た時既に破られているため、タイガーはそのまま試合場の外に投げ出されてしまう。
「破魔札、結界札を持って来いー!」
「観客の避難誘導を!」
 それを合図に弾かれたように動き出すのは、GS協会の職員達だ。
 全員と言うわけではないが、GS協会の職員の一部は現役引退したGSが含まれている。昔取った杵柄、非常時への対応は一般人の職員よりも早い。
「流石GS協会、と言ったところかしら」
 レディ・ハーケンこと勘九郎も動き出す。タイガーと陰念の二人掛かりならば彼等があれからどれだけ成長したのか見物していようと考えていたが、流石に陰念一人となると荷が重い。
 陰念の霊波砲を弾き返し、飛び掛かった魔族に勘九郎が蹴りを加える。
「しっかりなさい、陰念。あんた魔装術はどうしたの」
「うるせぇ! 俺はもう魔装術を捨てたんだよっ!」
 どこか呆れた様子の勘九郎に怒鳴り返す陰念。ただの軽口に対する返事としては怒りを顕わにし過ぎているきらいがあるが、これは彼が図星を突かれてしまったからだ。
 白龍GSに戻った後、彼は霊能力者として一から鍛え直し始めた。魔装術を捨て、弓家一門のGSとして弓式除霊術の奥義を修めるべく修行を続けてきたのだ。
 そのおかげで純粋に霊能力者としては強くなれた。元より得意としてきた霊波砲にも磨きがかかった。だがしかし、陰念にははっきりと断言できる。今の自分と魔装術に振り回されていた頃の自分を比べると、明らかに昔の自分の方が強いと。また一方で、目標である弓家除霊術の奥義にも未だ遠く及んでいないのだ。
 弓家除霊術の奥義を修める事もできず、さりとて魔装術に戻る事もできない。現在の自分が霊能力者としてとても中途半端な位置にある事は彼自身が一番よく分かっていた。

「どいてろ、勘九郎っ! そいつは俺が…ッ!!」
「あんっ、強引ね
 自分より遥かに大柄な勘九郎を押し退けて前に出ようとする陰念。その様子に勘九郎は思わず笑みを浮かべる。その強がりな態度が、彼――と言っても傍目には女性だが――の知る、子供の頃の陰念にそっくりなのだ。
「があぁぁぁッ!!」
 そのまま陰念は獣のような咆哮を上げて魔族に殴り掛かる。
 猛々しくあるが、それが勘九郎にはどうにも哀しい。
 彼もかつては白龍GS随一の力を持つ霊能力者であった。所謂天才肌であった彼は、齢十を過ぎた頃には霊能力者としては義父を超えていた。そんな彼が人間であった頃に弓式除霊術の奥義に興味を持たなかった訳がない。そう、勘九郎も陰念と同じように弓式除霊術奥義に挑戦していたのだ。
「ダメよ、陰念…それじゃダメなのよ…」
 哀しそうに、消え入りそうな声で呟く勘九郎。
 言うまでもないが、弓式除霊術奥義を修める事ができたならば、彼も魔装術になど手を染めなかった。つまり、彼でさえ修めることができなかったのだ。
 それ故に彼は、弓式除霊術奥義には霊能力者としての才能以外の何かが必要である事を知っている。
 それは勘九郎にも、陰念にも、持ち得ないものであった。

「あのバカ…だから僧らしくしなさいと…」
 得意の霊波砲ではなく、拳で直接魔族に殴りかかる陰念。勘九郎、レディ・ハーケンの正体を知って真っ白になった雪之丞の隣で、かおりは眉でハの字を描いてこめかみを押さえた。
 彼女はまだ未熟で、霊能力者としては陰念に劣るが、それでも彼がまだ辿り着けない弓式除霊術奥義を修め、『水晶観音』を会得している。一体二人にはどんな差があると言うのか。



 一方その頃、横島はと言うと―――

「! 試合場の方が騒がしいな…」

―――いまだ医務室に居た。
 いまだ勘九郎の正体を知らない横島としては、レディ・ハーケンを見逃すのは惜しいのだが、同時に彼の自前のセンサーは「あの女は危険」と当初から告げていたので、今は自分の勘を信じて成里乃の寝顔を眺めながら彼女の側に居てやる事を優先していた。
「今回の〜試験は〜強い〜人が〜集まって〜いるから〜、試合が〜、盛り上がって〜いるのよ〜。きっと〜」
 カーテン一枚隔てた隣のベッドには、浅野、正確には四本腕の魔族により怪我を負った蛮玄人が寝かされている。
 脇に立つ冥子が式神ショウトラの力で治療を続けているが、こちらもいまだに目を覚ましていない。怪我自体はほとんど治っているのだが、浅野との試合で霊力を使い切ってしまっているため、身体が、魂が休息を求めているのだろう。危機は既に脱し、命の危険はもうないので冥子も気楽なものだ。
「まぁ、陰念とタイガーには因縁があるからなぁ」
 シャレではない。
「レディ・ハーケンさんと〜浅野さんの〜試合も〜、注目されてるわ〜」
「それじゃ盛り上がっても仕方ないか」
 そう言って納得する横島。
 今も試合場の方から声が聞こえてきているが、彼はここから動く気はない。
 試合場で何が起きているかを知らないため、レディ・ハーケンの試合は一瞬で終わり、タイガーと陰念の試合で盛り上がっているのだろうと考えているのだ。横島と言う男が、むさい男同士の戦いなど好き好んで見に行くはずがない。

「こっちの〜処置は〜終わったわ〜」
 カーテンを潜って冥子がやって来て、横島の隣の椅子にちょこんと座る。彼女も一息入れるつもりなのだろう。
「それじゃ、一緒に休憩しとこうか」
「そうね〜」
 式神を暴走させる危険が周囲にない限り、冥子の近くにいる事を拒否する理由は横島にはない。
 彼にとっての今回の試験は、成里乃が敗北した事で終わったのだ。二人はこのまま医務室でのんびりした時間を過ごす事となるだろう。


「うおっ! 酸吐きやがったぞ!?」
「みたいね。あたしもコイツの能力よく知らないんだけど」
「気楽に言うなあぁぁぁぁッ!!」


「はぁ〜、成里乃ちゃんが無事合格できて肩の荷が下りたと言うか…」
「横島くん〜お疲れ様〜。冥子が〜、お茶を〜淹れて〜あげるわ〜」
 試合場でどんな激戦が繰り広げられようが、この医務室は別世界であった。


「先生っ!」
 慌てた声を上げて外回りを警備していたピートが試合場に飛び込んできた。会場内で起きた騒ぎに気付いて駆け付けて来たのだろう。先生、このGS資格試験の総責任者である唐巣は、この時既にGS協会の職員達を率いて陣頭指揮を執っていた。
「おお、ピート君。丁度良いところに来てくれた」
 振り返った唐巣がピートの姿を見て安堵の溜め息を漏らす。
 彼はこれから結界を張って魔族が逃げられないように閉じ込めるつもりだ。ただし、閉じ込めているだけでは事態は解決しない。そのため、唐巣は自らも一緒に閉じ込められる事で、少数の精鋭のみが魔族と戦う状況を作り出そうとしているのだ。
 見た限り、四本腕の魔族の知性は高そうには見えない。このような相手は攻撃を仕掛けると誰彼構わず無差別に反撃行動に出る事が多いと唐巣は経験上知っていた。
 タイガーと陰念の二人も一緒に閉じ込められる事となるが、彼等自身戦う意志を見せている。それに、この二人程の実力があれば魔族と戦っても問題はあるまい。
 一般人の目から見れば、受験者を巻き込むなど、と言う意見も出るかも知れないが、それこそGS資格取得試験としては全く問題がない。『ラプラスのダイス』を用い、運を呼び込む事すら判断基準に入れている試験なのだ。魔族と戦う事も運であり、この戦いに勝利する事ができれば、彼等のGSとしての評価はそれこそ鰻上りとなる。勿論勝てればの話だが、その辺りを判断する事もGSの資質と言えるであろう。

「ピート君、魔族を結界で閉じ込めるぞ。そして、我々は中で魔族と戦う」
「待ってください。それなら先生はここで職員の指揮を、中には僕が行きます!」
 唐巣は二人で結界内に入る事を提案するも、ピートがそれを止めて自分だけが行くと主張する。
 確かに唐巣は神聖属性、術系統、所謂『神の御業』に関しては世界でもトップレベルではあるが、如何せん現役GSとしてはかなり高齢の部類に入る。ピートはこれを心配しているのだ。
 何より、四本腕の魔族のような真正面から殴り掛かってくるようなタイプと術者タイプの唐巣は極めて相性が悪い。その事は彼自身も重々承知している。それでもなお自ら行こうとするのは、責任感故である。
「ここは僕に任せてください」
「…分かった。気を付けるんだよ」
 その力強い眼差しに、愛弟子もここまで成長したのかと目を細める。
 唐巣はピートの言葉を受け入れ、自らは職員達の先頭に立って結界の維持に努める事にした。

「行くぞ!」
 気合一閃。まずはピートが試合場に飛び込み、続けて唐巣が職員達と共に試合場に張られていた結界に干渉。本来は試合において霊的ダメージ以外を無効化し、外への被害を防ぐためのものだが、それを魔族を閉じ込めるための物に変更する。
「ダンピールフラッシュッ!」
「おお、助かりましたジャー!」
 ピートと唐巣が話している間にタイガーも戦線に復帰していたらしい。
 しかし、魔族は器用に太く長い尾で立ち上がり、四本の腕で殴りかかってくる。いかに獣人化しているとは言え、二本の腕のタイガーではあまりにも手数が違い過ぎた。
 止む事の無い怒涛の攻撃に追い詰められていたところを、ピートが両者の間を切り裂くように『ダンピールフラッシュ』を放ち、タイガーを助けたのだ。
「ったく、こいつは疲れる事を知らねぇのか!?」
「こっちはもうへとへとジャー…」
「疲れないわけじゃないけど、スタミナの桁が違うのよ。ああいう低級な魔族の方が人間界の影響少ないしね」
 勘九郎は言うが、それは正確ではない。魔族であれば誰であっても人間界では力を抑え込まれる事は変わらないのだ。ただ、四本腕の魔族のような低級な魔族は、全体的に力を抑えられても、元より魔族としては攻撃に使う力が少ないため、比較的影響がないように見えるのだ。魔族の目から見た場合の話ではあるが。
 少なくとも全体的な力、例えば持久力に関しては間違いなく四本腕の魔族も影響を受けている。にも関わらず無尽蔵のスタミナを持っているように見えるのは、それだけ魔族の力が強大と言う事である。

「弱音を吐いちゃいけない! 正義の心と、勇気、愛があれば!!」
「ねぇよ、そんなもん」
「ゆ、勇気は自信ありませんノー」
「愛ならた〜っぷりあるわよ 何なら、手取り足取り教えてあげましょうか」
 ピートは皆を激励すべく発破を掛けるが、前者二名には否定され、最後の一人は明らかにいびつに歪んでいた。

「んな精神論より、今はどうやってヤツを倒すかだろ」
「それは、そうですが…」
「チッ、俺が弓式除霊術奥義が使えれば…」
 確かに、弓式除霊術奥義であればかおりの水晶観音のように文字通り「手の数」を増やす事もできる。誰もがそうなるわけではないが、攻防一体のあの霊能であれば、力で押し切る事ができるようになるはずだ。
「………」
 口惜しそうな陰念を横目に勘九郎は無言だ。
 彼自身もかつて挑み、そして挫折しただけに、今の彼がどう足掻いてもその極みに辿り着けない事を知っている。それだけに今の陰念の口惜しさは痛いほどよく分かった。
 当時は孤児達の母親代わりとして気丈に振る舞い、ショックを受けた様子など微塵も見せなかった。しかし、あの時の挫折があったからこそ、メドーサから誘われた時、魔装術にその手を染めたのだ。陰念には、自分と同じ道を辿って欲しくない。

「チクショォ! なんでだ、なんで俺にゃできねぇんだ!?」
 手にした数珠、『水晶観音』のように強化服に変化させるための宝珠を手に、悲痛な叫びを上げる陰念。
 実際に四本腕の魔族と戦って分かったのだが、距離を詰めての戦いにおいては、彼よりもタイガーの方に分があるのだ。霊力を身に纏って獣人化しているのだから当然と言えるだろう。
 一つだけ、彼がタイガー以上に魔族と戦う術がある。そう、魔装術だ。あれも同じく霊力をその身に纏う攻防一体の霊能である。
「…いや、ダメだ。それじゃ白龍GSを救う事ができねぇ」
 しかし、陰念はそれを使う事ができなかった。
 彼は弓家一門に所属する正道のGSとして、この試験を突破しなければならないのだ。外法である魔装術を使ってしまえば、それこそ一発で弓家一門から破門にされてしまう。
「うおぉっ!?」
 その時、眼前で四本腕の魔族と対時していたタイガーが、大振りの一撃で弾き飛ばされてしまった。魔族は視界から消えたタイガーを追い掛けようともせず、そのまま目の前に居る陰念に向かってくる。
「状況理解してるんだか、してないんだか…脳みそ無いんじゃねぇか?」
 硬く甲殻に覆われた外見は甲虫を彷彿とさせる。あながち冗談とは言い切れないかも知れない。
 その事に気付いた陰念は、虫にあしらわれていると言う事実に怒りを露わにした。

「ダメよ、陰念! そんな風に心を昂らせちゃ、弓式除霊術の奥義には辿り着けないわ!」
「! 勘九…朗?」

 突然の言葉に、陰念は驚きの表情で声のした方へと振り返る。すると、そこには苦虫を噛み潰したような表情で彼を見詰める勘九郎の姿があった。
「あんた、今、私と同じ過ちを繰り返そうとしているわ…」
「何だと?」
「弓式除霊術の奥義は、魔装術とは根本的に違うの。霊力の鎧はあくまで副産物で、その本質は悟りへの道、明鏡止水の精神そのものなのよ。そこんとこ履き違えている限り、貴方は絶対に奥義には辿り着けないわ」
「………」
 勘九郎の真剣な眼差し。
 姿こそ女性に変わってしまったが、その目はかつて魔装術に手を染めると皆に宣言した時の目だ。
 嘘ではない。彼は真実を述べていると陰念は確信した。

「私が時間を稼いであげるわ」
「勘九郎、てめぇ…」
 陰念と魔族の間に割って入り、彼を庇うようにして立ち塞がる勘九郎。四本腕の魔族も力の差を本能的に感じているのか、少し引いて距離を取った。
「バンパイアハーフのぼーや、援護お願いできるかしら?」
「………分かった。魔族の事情は知らないが、今は受験者を守る事が先決だからな」
「いいコね
 ピートは暗に勘九郎が既に受験者ではないと言っているが、これは正しい判断だ。この騒動が終われば勘九郎は失格扱いとなるだろう。
 神魔族だからと言うより、この場合は彼らがプロのGSの下で実習を行った、或いは六道女学院のような霊能力者養成機関を卒業したと言う前提条件が満たせないからだ。
 勘九郎は白龍GSで除霊助手として実習を行った過去があるが、前回の試験で起こした事件により、受験資格を剥奪されている。これが失格扱いとなる一番大きな理由と言えるだろう。

 ピートが身体を霧状にしてそのまま魔族の背後に回りこみ実体化、魔族がそれに気付いて振り返ると同時にピートは両手からダンピールフラッシュを撃ち込む。
 それが見事直撃し、怯んだ隙を突いて今度は勘九郎が霊波刀を振りかざして襲い掛かった。

 そんな戦いを視界に入れ、それでいて意識では別の事を考えながら陰念は呆然と立ち尽くしている。
「明鏡止水…波一つない…水面のように静かな心…」
 ポツリ、ポツリと呟いている。
 弓式除霊術の奥義に辿り着けない陰念、勘九郎、そして雪之丞。対して霊能力者としては彼らより未熟ながらも『水晶観音』を修めたかおり。両者の違いはその一点にあった。
 彼らと、物心ついた頃から弓式除霊術を極めるために精神修行の基礎から叩き込まれてきたかおりとでは、そもそもの土台が違うのだ。
 その生い立ちが育んだ攻撃性、力への飢餓感、手負いの獣のような凶暴性、彼の人格そのものが奥義への到達を阻んでいる。
 かおりの「僧らしく振舞え」と言う言葉にも、ちゃんとした意味があった。彼女なりに陰念が奥義に辿り着けるようにとアドバイスをしていたのだ。

「心を、平静に…」

 瞳を閉じて、精神を集中させる。
 心を落ち着かせ、心を仏のそれへと近付けて、悟りへの道程を探る。
 それこそが、弓式除霊術奥義への道を拓くのだ。





「できるかあぁぁぁぁぁっ!!」

 とは言え、口で言ってできるようならば苦労はない。
 そんな事で可能となるなら、勘九郎などとうに弓式除霊術を極めていたであろう。人間の人格と言うものは、そう簡単に変わるものではないのだ。
 攻撃性、凶暴性に関して、陰念は雪之丞、勘九郎以上と言える。彼は元々卑屈な一面を持っており、勘九郎に対する劣等感がその猛獣のような人格を育ててきた。
 今更それをどうやって変えろと言うのか、今までの人生を捨てろとでも言うのだろうか。

 陰念は強く唇を噛んで口惜しがる。
 弓式除霊術を極める事もできない。
 勘九郎のように人間を止めてでも魔装術に突き進む事もできない。
 雪之丞のように魔装術を己の力でねじ伏せる事もできない。
 何一つ極める事ができない。中途半端な立ち位置にいる霊能力者、それが今の陰念だ。

 白龍GSを助けたい、仲間達を助けたいと言う意志はある。
 だが、それ以上に今の不甲斐ない自分が情けなくて仕方がなかった。
 悟ってしまったのだ。自分には弓式除霊術の奥義を修める事ができないと。これはかつて勘九郎も通った道である。

 聡明な勘九郎はそこで完全に諦めてしまった。
 だが、陰念は違う。彼は勘九郎ほど頭が良くなければ、要領も悪い。その愚かさ故に諦める事ができない。

 この時タイガーは、妙神山で小竜姫に言われた言葉を思い出していた。

「人間の本来持つ適応能力は『必要』とする事から始まる」

 「諦める」と言うことは、「必要ない」と切り捨てる事と同意だ。
 ならば、「諦めない」と言うことは、「執拗に追い求める」と言うことであろう。
 タイガーは陰念の姿にかつての自分を重ねた。彼もまた、仲間に置いて行かれないように努力する男なのだ。

「俺はっ! 俺の道を突き進むしかねぇだろうがッ!」

 明鏡止水の境地など理解できない、平静な心など無い。あるのは飢えた獣の心のみ。
 ならば、その獣の心を以って近付いてやるのだ。仏の心ではなく、魔族のそれでもない。修羅、羅刹の心、荒ぶる鬼神の心へとだ。

 陰念が獣のような雄叫びを上げて、手にした数珠を突き出した。
 それと同時に数珠を形成する宝珠が光輝き、彼の身を包み込む。

「魔装術…じゃないわね」
 魔族を生み出す魔装術ではない。

「水晶観音…いえ、違うわ。全く異質の何か」
 仏に近付く弓式除霊術の奥義でもない。

 光が収まった時、そこには荒ぶる獣の仮面を被った一人の鬼が立っていた。
 剣山を身に纏ったような刺々しい姿。全体的なフォルムはかつての魔装術を使った時の陰念に近い。だが、彼が身に纏っているのは実体の無い霊波ではなく、確かな形を持った実体だ。
 鎧の部分は刺々しく、触れただけでも怪我をしてしまいそうだ。黒い外套のようなものを身に着けてはいるが、その刺々しさを隠そうともせずに羽織っているだけである。
 そして、両手からは長く、鋭い爪が伸び、彼の攻撃性を表しているようだ。
 顔は獣を模した大きな仮面であり、頭には歌舞伎の連獅子のように白い髪がたなびいている。
 そして、外套の裾にはいくつも鈴のような装飾品が取り付けられており、彼が一歩歩くごとにシャンシャンと音を立てている。

 その姿はまるで呪術的な儀式の舞い手。極めた魔装術、水晶観音のように洗練されたものではないが、極めて原始的な精神、力強さを持つ戦士の姿がここにあった。

「そう、それが貴方の道なのね、陰念…」
「まさか、受け容れたと言うの?」
 己の戦闘本能、獣性に身を任す事もなく、強靭な精神で使いこなす事もできない。ましてや捨てる事などできるはずもない。そんな陰念が選んだ道は、己の獣性をありのままに受け容れる道であった。奇しくもそれは、タイガーの獣人化の極意に近いものとも言える。
 これはもはや第三の霊能と言ってしまっても間違いではないだろう。
 獣性と言う仮面を被り、鬼神と化す。獣面の鬼、すなわち『獣面夜叉(ジュウメンヤシャ)』だ。

「勘九郎、どいてろ。そいつは俺が片付ける」
「…そうね、ここは貴方に任せちゃおうかしら」
 仮面を被ったせいか、甲高くなった陰念の声を聞き、勘九郎は小さく微笑んでその場を譲った。
 四本腕の魔族は先程まで攻撃してきた勘九郎を追おうとするが、陰念がその尾を踏むと、そのままの勢いで顔から床に叩きつけられてしまう。
 魔族は自分の尾を不思議そうに見て、そして陰念の足がそれを踏み付けている事を確認すると、どことなく怒った様子で攻撃目標を陰念へと移した。やはりこの魔族、まともな判断能力を持っていない。
 そのまま奇声を発して陰念へと飛び掛る魔族。しかし、陰念は避けようとも、払おうともせずにそれを受け止める。
 一瞬勝ち誇ったような表情になった魔族だったが、その一瞬後、その表情が驚愕のそれへと変わった。『獣面夜叉』の全身を覆う棘に霊力が込められ、霊力の針となって魔族に突き刺さったのだ。

「………針鼠、ですか?」
「やったわね陰念。それだと、中身は天下人よ」
 『禿鼠』とでも言いたいのだろうか。

 そんな外野をよそに、陰念は更なる追撃を仕掛ける。
 両手を広げて魔族へと向けると、全身を覆っていた霊力の針が揃って魔族に狙いを定める。

「ちょっとやそっとの霊波砲は弾いちまうみたいだが、この数だとどうかな?」
「…!」
 弾かれるように魔族は飛び掛るが、それよりも先に陰念が動いた。
 『獣面夜叉』となっても彼の得意技は変わらない。そう、全身から放たれる無数の霊波砲だ。
 霊力の針一つ一つから放たれるそれは更に集束されて、まるでレーザー光線のようである。
 全身から発射される百近くの集束霊波砲の絨毯爆撃を受けて、四本腕の魔族は断末魔を上げる間も無く蜂の巣にされてしまい、そのまま床に落ちるよりも早く塵となって消え去った。

 『獣面夜叉』に目覚めた陰念の完全勝利である。



 その後の展開は慌しかった。
 当初、唐巣はタイガーと陰念の疲労を考慮して、準決勝を延期しようと提案したのだが、気を昂らせた陰念が今すぐ試合をしたいと言い出したのだ。タイガーもこれに同意し、すぐさま準決勝が開始される事となる。

 レディ・ハーケンこと勘九郎は、やはり失格扱いとなった。彼としても、四本腕の魔族を滅ぼす事ができたのだから異論はない。彼自身の目的は既に達成されているのだ。
 そして、浅野の方も失格扱いとなっている。GS資格取得試験において、黒魔術自体は禁じられていないが、魔族を連れてくるのは反則だ。契約していたとは言え、魔族は道具扱いにはならない。
 もっとも、彼は魔族を召喚して以降の記憶があやふやらしく、半分操られていたような状態だったので、さほど重い処分にはならないだろう。次回の試験には再挑戦する事ができるであろう。

「さて、これが事実上の決勝戦となったわけですが、二人の戦いをどう見ますか、ヒャクメ様」
「んー、実力は互角。でも、二人とも疲れてるみたいなのねー。どっちが勝っても不思議じゃないわ」
 実況の枚方の問いに、解説のヒャクメが軽快に答える。
 これが最後の一試合となるため、会場の視線は全て彼等二人に注がれていた。
 二人とも、特に『獣面夜叉』に目覚めたばかりの陰念は疲れきった様子ではあるが、その瞳だけはギラギラと輝いている。

「フッ、勘九郎に感謝すべきかもな。『事実上』ってのがあれだが、まさかてめぇと優勝を争う事になるとは…」
「ワ、ワッシはあの時とは違うケンノー。今度は負けん!」
「面白ぇ! 返り討ちにしてやるぜ!」
 二人のボルテージも既にマックスだ。
 審判は手を挙げ、そして試合開始を宣言した。

「タイガー寅吉対陰念、始めっ!」










―――兵どもが夢の跡。

 史上最大とも言える激戦が繰り広げられたGS資格取得試験はここに幕を閉じた。
 事実上の決勝戦となった準決勝を制したのは―――

「優勝、タイガー寅吉!」

―――なんと、タイガーであった。

 実力的には互角の二人であったが、やはり陰念は新しい霊能に目覚めたばかりである事と、四本腕の魔族を屠るために大量の霊力を使ってしまった事が敗因であろう。
 長い死闘の末に倒れた陰念には、観客達から惜しみない万雷の拍手が送られた。
 GS資格取得試験準優勝、二位突破は優秀な成績だ。その上、弓式除霊術の奥義に魔装術のエッセンスを加えてアレンジした第三の霊能、『獣面夜叉』に目覚めたのだ。これでは弓家一門も白龍GSを取り潰すとは言わないだろう。
 陰念は試合後、すぐさま医務室に運ばれたが、その顔はどこか満足気であった。


「勘九郎。てめぇ、今は何やってんだ?」
「あたし? 今は宮仕え…魔界正規軍に所属する身よ」
 医務室の陰念に付き添っているのは雪之丞と勘九郎の二人だ。雪之丞は勘九郎の返事を聞いて、目を丸くして驚いている。
 現在、魔界正規軍は神側に傾いてしまった神魔のバランスをとるために、アシュタロスの残党達を正規軍に組み込むべく奔走している。勘九郎へのスカウトもその一環なのだ。
 元人間である彼は、人間界への長期潜伏を目的とした特殊部隊には得難い人材である。魔界正規軍でも非常に重宝されており、実はワルキューレの同僚でもあるそうだ。
「私の仕事は人間界への長期潜伏が多いからまた会う事もあるかもね。その時はゆっくりお茶でもしましょ」
「勘九郎…」
 姿がレディ・ハーケンであるため調子が狂ってしまうが、これであの時魔装術に手を染めた三人がそれぞれの道を歩んでいく事となった。
 魔族となった勘九郎は魔界正規軍の軍人として生き、雪之丞は魔装術を極める道を選び、そして陰念は魔装術を昇華させて第三の霊能としたのだ。魔装術は禁じられた外法ではあるが、いっそ誇らしくもある。

「皆、いつの間にか大きくなったのね…あたしは貴方達を誇りに思うわ」
「…チッ」
 微笑む勘九郎に対し、照れ臭そうに視線を逸らす雪之丞。
 男か女かはともかく、彼が白龍GSに預けられていた孤児達にとって親代わりだった事は確かなのだ。

「でも、あたしに見とれるのも悪くはないけど、ガールフレンド放ったらかしは感心しないわね」
「って、いきなり何言い出すんだ、勘九郎!」
「いいから聞きなさい! やーねぇ、もう。育て方間違えちゃったかしら」
 雪之丞が止めようとするも、勘九郎の勢いは止まらない。
 こうやって愚痴るのも親代わりの特権なのであろう、多分。



「やったな、タイガー!」
「少し見直しましたわ。この事、ちゃんと一文字さんに伝えておきます」
 一方、会場を出てすぐの所では、今回の試験の優勝者であるタイガーが大勢の人達に囲まれていた。
 横島も、ようやく成里乃が目を覚ましたため、二人揃ってタイガーの優勝を祝福するために駆けつけてくれた。
 冥子も「おめでと〜」と嬉しそうに言葉を投げかける。
 エミも六道理事長と共にやって来て、彼女にしては珍しく手放しで褒め称えた。
「………」
 その渦中にいるのは勿論タイガーだ。
 感極まったのか、肩をふるふると震わせている。

 そして、彼は高らかに雄叫びを上げた。


「なんで、ワッシの見せ場は最後の最後まで省略されるんジャーっ!!」

 それが宿命なのであろう。
 哀れ、タイガー。



おわる



 タイガー、優勝おめでとう!
 この成績は3位だったエミを越え、美神令子と同格となります。
 それでも、そんなにすごく見えないのは、彼がタイガーだからでしょうね。

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