topmenutext『黒い手』シリーズ『黒い手』最終章』>11 魔王再臨(後編)
前へ もくじへ 次へ

 11 魔王再臨(後編)


 待ち望んでいた邂逅に、ひしと抱き合う横島とルシオラの二人。
 そこに勇敢にも横槍を入れたのは、傍から見ていたカオスであった。涙ぐんでハンカチを噛んでいた勘九朗がギンッと睨み付けるが、どうしても確認を取っておかねばならない事がある。
「あ〜、お主等、なんで人間界に来たんじゃ?」
 本来、魔族と言うのは易々と人間界に来られるものではない。ルシオラ達と一緒に飛び出して来た魔鈴はれっきとした人間だが、ルシオラ、ベスパ、パピリオ、ハーピー、ワルキューレ、そして勘九朗、これだけ魔族が大挙して現れたとなれば、カオスが気にするのも無理はない。
 また、カオスは魔界の詳しい事情など知らないが、ルシオラは魔王見習いであり、デタント派、反デタント派の双方から注目され色々と複雑な立場にいる。元より軽々しく動いて良い立場ではないのだ。
 このカオスの問いには、ルシオラではなくワルキューレが答える。
「無論、『天智昇』と戦うためだ。お前達、今ヤツがどのような状態になっているかは知っているか?」
 その言葉を聞き、カオスはチラリとテレサの方に視線を向ける。天使の襲撃で破壊された家の片付けを指揮していたカオスと違い、テレサはずっと情報の集まる六道家にいたからだ。
 しかし、テレサは黙って首を横に振った。六道夫人や令子達は、今頃南極海で『天智昇』と人間の艦隊が戦ったと言う情報を得ているかも知れないが、だとしてもテレサ達にはまだ知らされていなかった。
「どうやら人間達も、そこまでは掴んでいないようだな。つい先程、『天智昇』は南極海上空で『堕天』した」
「『堕天』じゃと? い、いや、『天智昇』とやらが人類の敵に認定されたと言う話は聞いておる。それを考えれば、確かに有り得る話か」
「もはやヤツは神族ではない。つまり、我々でも戦えると言う事だ」
「『堕天』した天使は強いじゃん! しかも、元々天使長に匹敵するぐらいのヤツだから、ほっとくと大変な事になるじゃん!」
「あの〜、『天使長』って〜どれくらい強いの〜?」
 間延びした冥子の問い掛けに、ワルキューレとハーピーは顔を見合わせた。
 天使長と言うのは、魔界で言うところの魔王級に位置する存在だ。それを説明するのは容易いのだが、ならば魔王級はどれくらい強いのかと言われると、どう説明すれば良いのか分からない。
 二人が答えられずにいると、横からパピリオが口を挟んで、二人に代わって答えた。

「アシュ様に三歩及ばないぐらいでちゅよ」
「まぁ〜、そうなの〜」

 のほほんとした冥子の背後で、カオスとテレサが顔を引き攣らせていた。
 アシュタロスに三歩劣る程度など、アシュタロスが強過ぎて人間から見れば誤差程度だ。
 しかも、問題はそれだけではない。これについてはベスパが説明する。
「今こうしている間にも、ヤツは堕天して生まれ変わろうとしている。この世界で生まれたヤツは、魔属性でも力を抑えられる割合が少ない。純粋なパワーで言えば、アシュ様の『究極の魔体』レベルの相手だと考えた方が良いだろう」
 それがトドメであった。首を傾げて疑問符を浮かべるマリアとは裏腹に、カオスとテレサは口をパクパクさせるだけで何も言えずにいた。

「そうだったわ。急がないと」
 ようやく、横島の胸に顔を埋めていたルシオラが顔を上げた。名残惜しいが、本当に今はそれどころではない。このまま横島を攫って魔界にトンボ返りすると言う考えも浮かんだ。非常に魅力的な考えだ。しかし、それは横島の望むところではない事も分かっているため、ルシオラはぐっと堪えて話を進める事にする。
「堕天した『天智昇』は、究極の魔体のような明確な弱点がない限り、人間の力では倒す事は出来ないわ! 私達が行かないと!」
「行かないとって、ルシオラ達がその『天智昇』ってヤツと戦うのか!?」
 ルシオラは、抱き着く自分の身体を支えていた横島の腕の中から、ひょいと飛び降りて地面に降り立つ。
 すると、彼女の周りに六体のハニワ兵が集まってきた。皆、ルシオラ印の目付きの悪いハニワ兵だ。内一体は、先程六道邸からここまで飛んできた横島の家の目付きの悪いハニワ兵である。
「私達だけじゃないわ……ヨコシマ、一緒に来て!」
「お、おう……って、俺もか!?」
 くるりんと振り返って手を差し出すルシオラ。背中の長く伸びた裾が軽やかに翻る。横島と出会った頃に着ていた物と同じデザインのボディスーツを身に纏っているが、こうして見ると本当に普通の子供に見える。
 何も考えずに反射的にその手を取った横島だったが、一拍置いて言葉の内容を理解し、素っ頓狂な声を上げた。
 そんな姿を見て、ルシオラがクスリと笑う。
「大丈夫よ。生身でアレと戦えと言う訳じゃないわ」
「そ、そうか……それじゃ、どうやって?」
「この子達よ」
 そう言ってルシオラが両手を広げると、彼女の前に六体の目付きの悪いハニワ兵が整列した。
「この子達は、逆天号を六つに分けて生み出された私の眷属よ。六体が合体する事で、再び逆天号に戻る事が出来るの!」
「へ、へ〜……そうだったのか……」
「と言う訳で早速っ!」
「ちょっと待ていっ!!」
 横島に背を向け、六体を逆天号に合体させようとするルシオラを、横島は慌てて彼女を抱き上げる事で止めた。こんな住宅地であの巨体の逆天号になってもらっては困る。
 何より、逆天号は世間的に原子力潜水艦を奪い、核ミサイルで全人類を脅迫したアシュタロスの手下なのだ。ただでさえ『女子高生御殿』と言われているところに、天使の襲撃による家屋の破壊。世間体が危険域に突入しているところに、突然逆天号が横島家上空に現れたらご近所の皆様はどう思うだろうか。
「ルシオラ、ここで逆天号を出すのは不味い。まず、別の場所に行こう」
「ルシオラさん、横島さんの言う通りです。東京湾辺りはいかがですか?」
 横島がルシオラを止めようとすると、双方の事情を理解する魔鈴も彼をフォローする。
「あら、そうなの? それじゃ、まず東京湾に移動しましょうか」
 出鼻を挫かれる形となったルシオラは、ぷぅっと頬をふくらませていたが、特にここでなくてはいけない理由は無いのであっさりと引き下がった。そして、再び横島に飛び付くと、彼を抱えたままふわりと身体を浮かばせる。
「皆、行くわよ! 目指すは東京湾!!」
 他の面々の返事も待たず、ルシオラは横島を抱えたまま飛び去ってしまった。ルシオラを先頭にVの字に編隊を組んだ目付きの悪いハニワ兵達が、みるみる内に遠ざかって行く。
「姉さん!」
「やれやれ……あまり目立ちたくはないんだが」
 唐突のルシオラの行動に呆気に取られていたベスパ達も、ハッと我に返り急いで彼女達の後を追う。自分の力で飛べる魔族達と、魔法の箒で空を飛べる魔鈴がルシオラの後を追う。当然、彼女達の姿も一般人に目撃されてしまったが、魔鈴が普段から箒に乗って配達をしているため、それの関係者だと思われたそうだ。
 そして、後にはカオス、マリア、テレサ、そして冥子の四人が残される。特にテレサは大きな口を開け、呆然と小さくなっていく彼女達の姿を見送っていた。
「えっと……私達はどうすればいいの?」
「横島くんを〜、応援したらどうかしら〜?」
 状況が理解出来ているのか、いないのか、のほほんとした様子の冥子にテレサは呆れてしまう。しかし、そんな彼女のペースに慣れつつある自分に気付き、テレサは思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「神魔族の戦いに、ワシらが立ち入る隙はあるまい。マリア、掃除を続けるぞ」
「イエス、ドクター・カオス」
 カオスの方はいち早く理解したらしい、これはもはや自分達の出る幕ではないと。正直好奇心はうずくのだが、今は仕事を済ませるのが先決で、後で横島に聞けば良いと判断したようだ。マリアもこれに追随し、残った普通のハニワ兵達と共に片付けを再開する。
 テレサは、ここで待っていても仕方がないので六道邸に戻ろうかと考えたが、冥子が縁側に座り込んで楽しそうに作業をするハニワ兵達を眺め始めたので、帰るに帰れない。結局は、彼女も一緒に作業を手伝う事になってしまったそうだ。
 ちなみに、断りも入れずに六道邸から飛び出して来たため、一言六道夫人に断りの電話を入れるべきなのだろうが、テレサはそれをうっかり忘れてしまっていた。しかし、後ほどハニワ子さんが気付き、マリアが連絡を入れてくれたため事なきを得たようだ。



 それからほどなく、ルシオラ達一行は東京湾の海上に到着していた。横島が背後を振り返ると、ぐんぐんと近付いて来るベスパ達の姿と、その向こうの遥か遠くに陸地が見えた。
 そこが上空でなければ、横島が身体の小さなルシオラを負ぶっているようにも見えるが、現在横島は空を飛ぶルシオラに抱えられている状態だ。彼女が手を離せば海に真っ逆さまに落ちてしまう。外見は小さな幼児だが、やはり魔族。眼下を見下ろした横島はブルッと肩を震わせた。
「あなた達、逆天号に合体よっ!」
 ルシオラの掛け声を聞き、彼女の周囲で滞空していたハニワ兵達が移動し始める。横島は何をしているのかと首を傾げていると、ハニワ兵の全身が発光し始め、光の帯が六体のハニワ同士を結び始めた。
 その光はやがて空に大きな六芒星を描く。そして六芒星の魔法陣が完成する頃にはハニワの姿は光の奔流の中に消えてしまい、それに換わるように逆天号が魔法陣から姿を現した。
「随分と久しぶりだなぁ……」
「クスッ、そうね。私もハニワ兵にして以来見ていないから、久しぶりのような気がするわ」
 二人は、逆天号の頭の上にあるデッキに降り立った。身体の大きさの割には頭が小さい逆天号。文字通り猫の額のような小さなデッキである。
 ようやく足下が安定した横島は、大きく伸びをしている。その一方でルシオラは何やら感慨深げに空を見上げていた。
「………」
「どうした、ルシオラ?」
 ルシオラの様子に気付いた横島が声を掛けると、彼女は振り返って小さく微笑んだ。その表情は少し残念そうだ。
「ううん、何でもないの」
「何でもないって顔じゃないんだが……」
「ホントに何でもないんだって。ただ……夕日を見るには、ちょっと早かったかなぁって」
「あ……」
 横島もはたと気付いて空を見上げた。そう、ここは横島とルシオラが、初めて一緒に夕日を見た場所でもある。
 雲一つない青空だ。時間はまだ昼過ぎ、夕暮れまであと数時間ある。
 空を眺めながら、横島はふと思った。もし、あの時ルシオラと一緒に夕日を見なければ、自分の人生はどうなっていただろうかと。
 きっと、妙神山に修行に行こうなど考えもしなかっただろう。それどころか、今も独立など考えずに令子の下で除霊助手を続けていたかも知れない。
 ふっとルシオラの方に振り返ると、そこに彼女の顔はなかった。更に視線を下に向けて、ようやく顔を見る事が出来る。そして、ルシオラと目が合うと、彼女はニコッと笑ってみせた。
「ありがとね、ヨコシマ」
「え、え? 何が?」
「……出会ってくれて」
「ルシオラ……」
 人生が変わったのは、横島だけではない。ルシオラ達三姉妹もそうである。
 そもそも、彼女達はアシュタロスの目的を達成するために一年だけの寿命を持って生み出された。横島達と出会っていなければ、とうに消え去っていたはずなのだ。
 それが今や、ルシオラは魔王見習いとしてデタントを推進する立場にある。ベスパとパピリオも、それぞれの立場でデタント推進に貢献していた。全ては横島と三姉妹が出会った事から始まったのだ。
 二人はそのまま、しばし無言で見詰め合う。

「なぁに、見詰め合ってるでちゅかー。これから、世界の命運を賭けた戦いが始まりまちゅよー」
「うぉわっ!?」

 しかし、それも長くは続かなかった。いつの間にか到着していたパピリオが、デッキの手摺りの上でしゃがみ込み、あごに手を当ててぶすっとした表情で二人を見ていたのだ。
 ベスパ達より先んじて到着したは良いが、横島とルシオラが二人の世界に突入してしまっていたため、ご機嫌斜めである。
「だから言ったろ。急いで行っても良い事ないって」
 続けてベスパ達も到着。どうも彼女達は、横島とルシオラに気を効かせて、わざとスピードを落として飛んできたらしい。
「あ〜……横島。その、実に言いにくい事なんだけど……」
 勘九朗が、何か言いたげにもじもじしている。傍目には絶世の美女だが、中身はあの勘九朗である。
 彼、いや彼女がこんなに躊躇するのは珍しい。チラチラとワルキューレの方に視線を送るが、ワルキューレの方も慌てた様子で勘九朗にアイコンタクトを送っている。
「どうしたのよ二人とも。何かあるならハッキリ言いなさい」
 ルシオラが小さな身体で背を反らし、腰に手を当てて問い掛ける。気を効かせてスピードを落として来てくれた事には感謝するが、こうして合流した以上、グズグズしている時間は無い。
 それも二人は理解していた。ルシオラに促され、顔を見合わせた勘九朗とワルキューレの二人は、おずおずと話し始めた。
「それなら言わせてもらうけど……今回の一件、魔界の方では注目を集めていてね」
「反デタント派神族の中でも大御所の『聖祝宰』が関わっているせいか、デタント派、反デタント派問わずに魔界中が固唾を呑んで事の成り行きを見守っているんだ」
「ちょっと待て、それって……」
 二人の話を理解した横島が恐る恐る尋ねると、二人は神妙な面持ちでコクリと頷いた。

「私達の行動は、ずっと監視されていると思った方が良い」
「多分、さっきの二人も魔界中に見られてたわよ」

 バッと勢いよくルシオラの方を見る横島。すると彼女は「てへっ」と舌を出して笑ってみせた。
 その茶目っ気ある表情に、ちょっぴりときめいてしまったのは秘密だ。
「あ、あの、あの……ルシオラさん?」
「もちろん知ってたわよ? 別にいいじゃない、私達の事は魔界でも有名だし」
「そうなの!?」
 あっけらかんと言うルシオラ。実は彼女の言う通り、横島とルシオラの恋人であり姉弟であり母と子でもある関係は魔界中に知れ渡っている。知れ渡っているからこそ、人間と魔族が分かり合えた希有な例として、デタント派の重要人物となっているのだ。
 衝撃の事実に、横島は思わずよろめいてしまう。そのまま逆天号の上から落ち掛けてしまうが、デッキの上に降り立ったベスパがそれを支えた。
「さぁー、行くわよー! 皆、中に入って! 夕暮れまでに決着を付けてやるわ!」
 ベスパが横島を支えたのを確認すると、ルシオラはハッチを開けて中に入って行った。パピリオがそれに続き、ワルキューレ達も次々に逆天号に乗り込んでいく。そしてデッキの上には横島とベスパの二人が残された。
「ほら、いつまで呆けてるんだい。行くよ、にいさん」
「あ、ああ……」
 ベスパに活を入れられ、横島ははたと我に返る。そして、ベスパも逆天号に乗り込み、横島は慌ててそれに続いた。


 横島とベスパの二人がブリッジに到着すると、ルシオラ達は既に配置に着いていた。今回はハニワ兵達が乗り込んでいないため、全てルシオラ達が操縦しなければならない。
「来たわね。ベスパ、それじゃここはお願い」
 かつては土偶羅が座っていた艦長席に腰掛けていたルシオラは、二人がブリッジに入ってきた事を確認すると、ベスパを手招きし、自分は艦長席から飛び降りた。
「あ、ああ……やるんだね?」
「……ええ」
 ベスパの静かな問い掛けに、ルシオラは微笑む事なくコクリと頷いて答えた。
 そして、ルシオラに代わりベスパが艦長席に座る。それを見て横島は驚いた。艦長席に座って指揮を執るのはルシオラだと思っていたのだ。
「横島、こっちよ」
「ルシオラ、お前が指揮を執るんじゃないのか?」
「それはベスパに任せればいいわ。私達は、別にやる事があるから」
 そう言ってルシオラは、横島の手を引いて艦長席の背後にある大きな扉の前まで移動した。扉の上部には男性の顔を象ったレリーフがある。かつて横島が逆天号に乗っていた時は、不気味なレリーフだと思ったが、これが何であるかについては特に気にしていなかった。
 しかし、今なら分かる。これはアシュタロスの顔を象ったものだと言う事が。

「逆天号、発進! 目標、南極海の『天智昇』だ!」
「了解でちゅ!」
 その間にベスパは矢継ぎ早に指示を飛ばし、逆天号を発進させる。逆天号は復活の雄叫びを上げると、亜空間に潜行し、一路南極海へと向かう。
 こう言う時、魔界正規軍で訓練を受けた者は強い。逆天号はベスパ、ワルキューレ、勘九朗の三人が中心となって運航されていた。
「私達の目的は、『天智昇』の撃破だ。まずは情報を収集するぞ!」
「究極の魔体のような弱点が無いかを探すんだな?」
 ワルキューレの問い掛けに、ベスパはコクリと頷いた。
 実際のところ、堕天した『天智昇』に対抗する手段と言うのは少ない。魔王級に匹敵する力と言うのは伊達でないのだ。それが更に堕天する事で様々なリミッターから解放された状態となっている。正に暴走状態の究極魔体と同等と言えるだろう。
 そして、ルシオラ達の手には、その数少ない対抗手段があった。逆天号の断末魔砲だ。これならば、条件次第で魔王級とも渡り合う事が出来る。

「今の状態じゃ無理だけどね」
 艦長席のベスパの背後で、ルシオラが肩をすくめた。
「そうなのか? コイツ、相当強かった覚えがあるんだが」
「あの時は、アシュ様をエネルギー源にして動いてたから」
「……は? あの時、アシュタロスが乗ってたのか?」
「そうよ。この扉の向こうにね」
 そう言ってルシオラは目の前の大きな扉を指差した。
 その話を聞いた横島は、冷や汗を垂らす。当時彼は、この前でハニワ兵と一緒に掃除をしていた事がある。あの時も、扉の向こうにはアシュタロスがいたのだろうか。
 それはともかく、当然今はそのアシュタロスがいない。つまり、逆天号は自前の魔力だけで動いているのだ。それでも相当な力を持っている事は確かだが、魔王級と渡り合えるのかと問われれば、首を傾げざるを得ない。

「それじゃ、どうするんだ?」
「忘れたの? 横島達は南極でやったでしょ。人間の身でありながら、アシュ様を倒すほどのパワーを身に着けた」
「! あ、あれか……」
 横島は自分の手の平に文珠を出現させた。二人の霊波を完全に同期、共鳴させる事で数十から数千倍のパワーを引き出す完全同期連携合体。かつて横島と令子の二人がアシュタロスを倒すために用いた切り札だ。
「それを、私と横島でやるわ」
「……出来るのか?」
 横島が疑問を口にする。この切り札は、ほぼ同格の力を持つ二人でないと出来ない。いかに横島が半魔族と化し、妙神山での修行で強くなったとは言え、上位魔族であるルシオラの力は更にそれを上回っている。力が足りずに幼児と化している現在の状態であってもだ。
 しかし、その心配など杞憂だと言わんばかりに、ルシオラはにんまりと笑って見せた。
「あら、忘れたの?」
「忘れた……って、何を?」
 横島が首を傾げると、ルシオラは彼の前に小さな手の平を突き付ける。

「あなたの中に、私の魔力があるように……私の中にも、あなたの霊力がある……」

 紡がれる言葉に合わせて、手の平の上に力が集束していく。横島はその力が生み出す光に引き込まれていった。

「あなたが私の技を使えるように……私も、また……」

 やがてその光は小さな珠となって、ルシオラの手に収まった。
 横島には見覚えがあった。色こそ黒いが、それは明らかに文珠だ。横島の腕が魔族化した際、ルシオラを復活させるために分離した、ルシオラの魔力を結晶化したものに近い。
 そう、横島がルシオラの技が使えるように、ルシオラもまた横島の霊能を使う事が出来るのだ。
「私とヨコシマは、同じ霊力と魔力を分け合った、魂レベルの双子とも言える存在よ。他ならぬ、私達だからこそ出来るわ」
「……分かった、やろう」
 横島は決意を宿した瞳で頷いた。

「姉さん、にいさん、南極海に着いたよ」
 丁度その時、ベスパが艦長席から振り返り、目的地に到着した事を報せる。
 無論、逆天号は亜空間に潜行したままだ。いきなり敵の目の前に姿を現すような真似はしない。
「偵察鬼を出すぞ!」
「みんな、がんばってくるでちゅよー!」
 まずは堕天した『天智昇』のデータを集めるべく、無数の小型兵鬼を放つ。逆天号の腹から発射された偵察鬼は、亜空間を抜け出し、『天智昇』に向けて飛んで行った。
「『天智昇』の姿を捉えました。モニターに出ます!」
 魔鈴の声と同時に、ブリッジの大きなモニターに偵察鬼が捉えた映像が映し出される。
 その映像を見た横島は、思わず口を押さえた。そして、絞り出すように声を漏らす。
「な、なんだありゃ……相手は天使だよな?」
「そのはずなんだけど……」
 横島の疑問に答えるルシオラの声にも元気が無い。無理もあるまい。モニターに映っていたのは、黄色、紫、緑、三色が混ぜ合わさったような何色と表現すれば良いかも分からない巨大な肉の塊であった。究極の魔体とは似ても似つかぬ不気味な姿である。唯一似ている部分があるとすれば、その大きさぐらいであろうか。
 よく見れば、肉塊の表面に翼を象った眼鏡が張り付いていた。あの部分が顔だったのかも知れないが、今の状態では確認する事も出来ない。
「堕天すると、あんなのになるのか……?」
「私は、あんな風にはならなかったわね……」
「わ、私もならなかったはずだぞ」
 横島の呟きに、勘九朗とワルキューレが答えた。人間でありながら魔族となった勘九朗、土着の神でありながら魔に堕とされたワルキューレ。どちらもモニターに映る「成れの果て」のようにはならなかった。
「堕天したのが、そんなにショックだったのか?」
 眉を顰めながらモニターを眺めていたハーピーが、何気なくぽつりと呟く。ルシオラはその一言にピクリと肩を震わせて反応した。
「ハーピー」
「ん? 何じゃん?」
「それ、当たりかも知れないわよ」
 『天智昇』は、『天使絶対主義』を掲げる『聖祝宰』の一派に属する天使だ。それだけ魔に対する嫌悪感と言うものを持っている。それだけに彼は、自らが堕天する事に大きなショックを受けたはずだ。
「つまり、魔に堕ちる自分に対する拒否反応……ですか?」
 魔鈴の問い掛けに、ルシオラはコクリと頷いた。
 魔に堕ちる自分に対する嫌悪感と拒否反応。それこそが、『天智昇』があのような不気味な肉塊になった原因ではないかとルシオラは推測した。言うなれば、今の彼の姿は、彼が忌み嫌う魔に対するイメージそのものだ。

「あっ! 目標に高エネルギー反応! 『天智昇』が攻撃してくるでちゅ!」
「偵察鬼、散開! 一部がやられても、相手の一挙手一投足を記録し、分析するんだ!」
 パピリオの報告を聞き、ベスパが反射的に偵察鬼に指示を飛ばす。その指示を受けてすぐさま偵察鬼が散開すると、一体の偵察鬼目掛けて『天智昇』が熱線を放った。
 一瞬、モニターに映る映像が真っ白になったかと思うと、次の瞬間、震動が亜空間まで響いてきた。『天智昇』の攻撃が一体の偵察鬼に命中したらしい。数十秒後、映像が回復し、残った偵察鬼から送られて来たデータの分析が始まる。
 問答無用の全力攻撃。これはもはや熱線と言うレベルではない。その広範囲に渡る攻撃は線ではなく面だ。
 だが ―――

「ど、どこかで見たような光景ですね……」

―――分析結果を見て、魔鈴が呆れたような声を発した。
 確かに堕天した『天智昇』は強い。究極の魔体に匹敵するパワーがあると言って良いだろう。
 だが、残った偵察鬼から送られて来た映像には、大袈裟な動きで空に逃れようとした一体に釣られ、他の偵察鬼には目もくれずに全力で攻撃する『天智昇』の姿が映っていた。その姿は目の前で動くものに反応し、本能のままに動く獣を彷彿とさせる。少なくとも知性は感じられなかった。
 そう、地球の丸みも計算に入れずに、方角だけ合わせて攻撃してきた究極の魔体と同じである。
「ほんとにもう、パワーだけの残骸みたいねー……」
「だが、自前のパワーで動いているんだ。二、三日放っておけば良いって訳にはいきませんよ」
「この辺の海に沈んでいる『宇宙のタマゴ』を、孵化する前に回収する時間も必要だしね」
 つまり、いかに強大なパワーを持つ相手だろうと、この場で短期決戦を挑むしかないと言う事だ。
「ルシオラ、どうする?」
「姉さん、偵察鬼じゃこれぐらいが限界だ」
 こうなれば、逆天号自ら通常空間に出て、直接『天智昇』と相対するしかあるまい。
「……分かったわ。横島、準備はいい?」
「ああ、いつでもいいぞ」
 短期決戦を挑まなくてはならない理由はもう一つある。複数の文珠を用いた完全同期連携合体は、そう長い時間使えるものではない。そう言う意味でも横島達は短期決戦を挑む必要があった。
 横島とルシオラは、それぞれ両手に文珠を一つずつ、合計四つの文珠を出し、お互いに向かい合ってそれを構える。

「『同』『期』ッ!」
「『合』『体』ッ!」

 四つの文珠を同時に使い、横島とルシオラの二人は光の粒子となって合わさる。横島の方がベースになったらしく、彼が立っていた場所に完全同期連携合体を果たした一人――いや、一柱の姿があった。
「こ、これは……」
「なんて凄まじい力だ……!」
 全身から凄まじい霊圧が放たれ、ブリッジの面々は圧倒される。人間の魔鈴は押し潰されそうになってしまうが、それに気付いたハーピーが咄嗟に彼女の前に立って庇った。
「そ……その姿は……ッ!?」
 ベスパは見た。その神々しさすら感じさせるその姿を。
 彼女には見覚えがあった。そこに立っていたのは、かつて南極で横島が見せた、アシュタロスを『模』した横島の姿にそっくりだ。
 違うところがあるとすれば首から上、髪の色もアシュタロスと同じになっており、顔にはアシュタロスと同じ隈取りがある。何より、その頭には長い一対の角が生えていた。
 いつしかベスパの頬を涙が伝っていた。彼女はそれに気付かぬまま、思わずその名を呟く。
「アシュ様……」
 そう、その姿は正にアシュタロスである。だが、そのものではない。
 魔王見習いルシオラ。魔王《過去と未来を見通す者》アシュタロスの後継者である彼女は、パートナーである横島と二人で一柱となり、真の意味での魔王の後継者となったのだ。
 横島とルシオラの放つ波動は亜空間を越えて通常空間まで届いていた。この震動は言わば新たな魔王の産声だ。
「皆、行くぞッ!」
 横島とルシオラが踵を返し背後の扉を開けて中に入って行くと、彼等のエネルギーを送り込まれて、逆天号にかつての力が戻ってくる。
「逆天号に姉さんとにいさんのパワーが宿った。これで行ける!」
「亜空間潜行解除! 通常空間に出るでちゅよ!」
 空間を開き、通常空間に姿を現す逆天号。
 人間界に、魔王が再臨した瞬間であった。



つづく




あとがき
 天界、魔界についての各種設定。
 神魔族に関する各種設定。
 宇宙のタマゴと、それを用いた創世に関する各種設定。
 逆天号に関する各種設定。
 文珠に関する各種設定。
 小型兵鬼『偵察鬼』
 これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。

 なお、『聖祝宰』、『天智昇』の名前、及び外見、『天智昇』堕天後の姿は『ビックリマ○2000』からお借りしております。

前へ もくじへ 次へ