topmenutext『黒い手』シリーズその他>姉妹の戦い
もくじへ

姉妹の戦い


 令子の魂の内に眠る『結晶』を巡る南極での戦い。
 その戦いに幕が下ろされようとしたその時、降りしきる核ミサイルの雨の中ルシオラはパピリオを抱えて脱出し、そして横島はベスパを抱えて脱出していた。
 核ミサイルが降り注ぐこの場に彼女を置いていては助からない。彼はそう考えたのだと言う。
 そこまでは良い。ルシオラは妹の無事を喜び涙を流し、ベスパは自分が生き延びた事に戸惑いながら、自分に泣きつくパピリオを抱き締めていた。

 問題はその後の事だった。
 その問題とは、事後処理におけるベスパの扱いだ。全て了承した上で人類側についたルシオラ、子供であるためにさほど危険視されておらず、結果的に核ミサイルから人類を守ったパピリオ。
 しかし、ベスパは最後まで人類と敵対していたのだ。

 令子達は横島とルシオラの関係にばかり気にかけていたが、そんな中ベスパとパピリオの事を案じていたのはやはり横島だった。
 そして今回ばかりはと横島に味方し、下世話に暴走する西条。最終的には横島が3人を保護し、いざと言う時には横島とルシオラで止めるという事で話をつけた。確かに彼女達に対抗できるのは文珠使いである横島だけ、と言う理論武装も備えていたため、誰もそれに反対する事ができない。
 正確には横島でも三人には敵わないのだが、そもそもルシオラが横島を裏切るとは考えられず、ルシオラと横島の二人ならベスパ、パピリオを止める事も可能だろうと言う現実的な意見もあり、そのため三人を横島の管轄下に置くと言う処置は滞りなく進められたのだ。

 次に問題となったのが住居だ。
 流石に横島が住んでいたアパートの部屋は件の報道のため人に知られすぎてる上に手狭だった。
 ルシオラ達はあまり人前に出る訳にもいかないため、西条はここでも下心を発揮し、人里離れた山奥に四人の住む家を用意してしまったのだ。
 令子から引き離したいと言う彼の下心は見え見えだったが、横島に選択の余地はなかった。

 なお、当の西条はこの後何者かの闇討ちにあって入院している。犯人は捕まっていないが、情報によると複数犯だったらしい。



 そして―――



 東京タワー、横島とルシオラにとっての思い出の地。
 彼女はそこで夕日を眺めていた。
 そんな彼女の背後に近付くのはベスパ。二人とも人目を忍ぶために人間の服装をし、帽子を被っている。

「姉さん」
「ベスパ? 残念、ヨコシマが来てくれるかと思ったのに」
「ヨコシマはパピリオに捕まってるよ、今頃ゲームの相手でもさせられてるんじゃないか?」
「そう、ヨコシマったらパピリオには甘いんだから」
 その後、横島達の住んでいた家はニヤニヤと笑う西条により正式に横島に譲渡され、逆天号はエネルギー源を失っていたため活動を停止していたが、大勢のハニワ兵が新たな住人として加わっていた。
 とは言えハニワの手でゲームができるはずもなくパピリオのゲームの相手はもっぱら横島となっている。ルシオラはゲームに興味がなく、ベスパは一度完敗を喫して以来パピリオとの勝負を避けている。
 パピリオが寝てから密かに特訓しているのは彼女だけのヒミツらしい。

「ねぇ、アシュタロス様はこの夕日を見て綺麗と感じるのかしら?」
「アシュ様は永遠である事に疲れていたから、きっと…」
「…そうね」

 二人の髪が風になびき、優しげな雰囲気があたりを包む。
 横島と共に暮らし始めて数ヶ月。ベスパはようやくこの平穏を受け容れられるようになっていた。


「そういえばベスパ、よかったの?」
「何がだい?」
「魔界軍から誘い、来てたんでしょ?」

 ルシオラの言葉にベスパは一瞬驚きの表情を見せる。確かに誘いがあったのは事実だったが、ベスパは最初からその誘いを断るつもりだったので、あえて心配をかけまいとルシオラ達には何も知らせていなかったのだ。
 何故、ルシオラがその事を知っているのか? 何て事はない、彼女の元にも魔界軍からの誘いが来たのだ。勿論、彼女も断ったのだが。

「なんだかんだ言ってヨコシマにゃ何度か助けられてるからね、もうしばらくはこのおままごとに付き合ってやるさ」
 そう言って皮肉った笑みを浮かべる。頬が赤く染まっているのは夕日のせいだろうか?
「ふーん…ところで」
 ここで、ルシオラの表情がジト目に変わった。
「あなた、何時の間にヨコシマの事ポチと呼ぶのやめたの?」
「う゛、そりゃ何だ。アイツはなんだかんだで命の恩人なわけだし…」
「ハイハイ。でもダメよ、ヨコシマは私の恋人なんだから」
 そう言って笑うルシオラ、勝者の笑みだ。
 対するベスパの額に青筋が浮かぶ。
 先程までの雰囲気はどこへやら、一触即発の刺々しい雰囲気があたりを支配し始めた。

「そうは言うけどさ、まだ勝負は決まったわけじゃないでしょ?」
「何言ってるのよ ヨコシマは私にメロメロなんだから〜♪」
「『それ』で?」
 ベスパの視線がある一点に注がれた。
「………何が言いたいのよ」
「べっつに〜♪ ヨコシマも並以下よりは特盛の方がいいんじゃないかと思ってさ」
「だ、誰が並以下よッ!!」
「誰とは言ってないよ誰とは、ただ私は何度かシャワーを覗かれてるなって」
「ぐっ…」
 自慢のモノをそらして強調するベスパに何も言えなくなるルシオラ。こればかりは完全敗北だ。

 無言で立ちあがった2人はお互い距離を取る。
 充分に距離を取った2人はやはり無言のまま戦闘体勢に入った。

「ベスパ! あなたはおとなしく妹やってればいいのよ「おにいちゃん」と呼びなさい! いえ、むしろ「ほ」よ! 鼻にかかった甘えた声で「ほにぃちゃぁん」と呼ぶがいいわッ!!」

「ハッ! 姉さんこそ、姉さんらしく姉に納まって「おねえちゃん」と呼ばれてなッ!!」

「………」
「…今、それもいいかなって思ったろ?」
「そ、そそそそそそんな事ないわよ?」
 説得力のないこと甚だしい。

 それはともかく、今日も今日とて夜の帳が下りた東京タワーに爆音が響き渡るのだった。



 一方その頃、ゲームにも飽きたパピリオを横島の2人はままごとをはじめていた。
 横島が旦那役でパピリオが奥さんの役だ。

「ねぇ、あなた?」
「なんだいパピリオ」
 普通に考えれば横島ぐらいの年となるとままごとなんて恥ずかしくてできなくなるだろうが、この男は苦笑混じりながらもパピリオに付き合っている。
 こういう所が子供から好かれるのだろう。

「あの、その…そろそろ子供が欲しいでちゅ♪」
「ブッ!」
 横島が予想外に対象年齢の高い台詞に吹き出した瞬間、パピリオを目がキランと光りその隙を逃さず横島の胸に飛び込んだ。
 そのまま横島の片足に跨ると、その胸板に体を密着させる。
「ヨコシマ、人間じゃなかったら何しよーが法的ぜんぜんオッケーってロンゲが言ってたでちゅよ」
「あうあう」
 そう言いつつも、ここが自分の場所だと言わんばかりにぴったりとくっついて、安心しきった顔で横島の胸に自分の顔をうりうり〜っとすり付けるパピリオ。
 元々、耐久性に問題のあった横島の理性は―――

 ぷち

 ―――あっさり切れた。

「パピリオーーーッ!!」
「きゃん♪ ヨコシマったら強引でちゅ♪」



    今日のことわざ辞典
     『漁夫の利』
       シギとハマグリが争っているうちに、両方とも漁師にとられたという故事に基づくことわざ。
       二者が争っている隙に、第三者が利益を手に入れること。



「年増は引っ込んでなッ!」
「生まれた時期は変わらないでしょ!?」

 そう、生まれた時期は「三人とも」変わらない。
 横島が新しい趣味に目覚めつつある事も露知らず、ルシオラとベスパは東京タワーで死闘を繰り広げるのだった。



『(三)姉妹の戦い』
おわり




もくじへ