topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.02
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 アスナ達の鬼ごっこが開始されてから既に一時間が経過していた。
 繰り出されるエヴァと茶々丸の攻撃は全て横島が受けていたのでアスナは傷一つついてないが、流石に息が荒くなり疲れが見え始めている。
「おーい、アスナちゃんだったか。大丈夫か?」
「え、ええ、新聞配達で毎日走ってるんで何とか」
「まだ走れるよな? そのまま走り抜けるんだ」
「え?」
 アスナの返事を待たずに横島は急ブレーキを掛けてエヴァ達に向き直った。アスナの方は反応が一瞬遅れたため二人の距離が一気に開いてしまい、思わず転びそうになりつつも足を止めてその場に留まってしまった。急に見捨てて逃げろと言われても逃げられるものではない。
 横島としてはアスナにはそのまま逃げて欲しかったのだが、そこまで気にしている余裕は今の彼にはない。と言うのも、マリアやテレサのようなアンドロイドである茶々丸の強さもさることながら、傍目にただの子供であるエヴァが予想以上の力を見せたのだ。
 こんな細腕のどこからあれほどの力が出るのかと思うほどに一撃一撃が重い。そして、技の一つ一つが洗練されているのだ。物心ついた頃から鍛え続けたとしても、エヴァの見た目通りの年齢ではこの域に達する事はできないだろう。この時点でエヴァがただの少女でない事がわかる。

「す、すごい…」
 アスナは格闘技に関しては素人だが、それでも二人の戦いが凄まじいことは理解できる。
「その割には、全然魔力とか感じないんだよなー!」
「なかなか余裕があるじゃないか! 逃げる事に関しては一級品だな!」
 まだどこか余裕が見える横島。エヴァもそれを察してニヤリと歯を見せて笑う。正に悪の表情だ。
「…マスター、当初の目的を忘れていませんか?」
 冷静につっこみを入れる茶々丸は既に攻撃の手を止めていた。二人から距離を置いてアスナが動かないかどうかだけを警戒している。
 彼女の指摘は正しい。エヴァは当初の目的、「無礼な神楽坂アスナ、横島忠夫を力尽くで黙らせる」など完璧に忘れて今は横島との戦い、正確には横島を攻撃する事を楽しんでいた。
「ホラホラ、どうした? 少しは反撃してみせろ」
 輝かんばかりに実にサディスティックな笑みで攻撃を続けるエヴァ。横島は一瞬ときめきかけたが、すぐさまブルブルと頭を振って持ち直し反論する。
「アホか、幼児虐待するほど落ちぶれてないわっ!」
「ハッハッハッ! この状況でも軽口を利けるとはな!」
 そう言いつつも鳩尾を抉るように手刀を繰り出すが、横島は腰を大きく横に振る動きでそれを回避する。
 エヴァとしては必殺の一撃のつもりだったのだが、これも横島を捉えることはできないようだ。しかし、その時エヴァの脳裏に一つの疑惑が浮かび上がった。
 ならばこいつはどうだと歩法を駆使して横島の懐に入り込んだエヴァは、細くしなやかな足を鞭のように振るって足払いを食らわせようとする。懐に入り込んだ動きは横島の目にはエヴァが消えたように映っているはずだ。その直後に放った足払いも完全に視界の外のはずである。
「ちょいや!」
「何ッ!?」
 しかし、横島は珍妙な横っ飛びであっさりとそれを回避してしまった。素人ではない。格闘技を修めているとも思えない。しかし、攻撃を避けられてしまう。まるで出来の悪いコメディーを見ているかのようだ。
 だが、このやり取りで一つだけ分かった事がある。エヴァは攻撃の手を一旦休めて横島との距離を取った。すると横島はすぐに茶々丸の方に視線をやり、エヴァ達二人とアスナの間に割って入るように移動する。

「なるほど…こちらを攻撃する気は全くないようだな」
「え!?」
「だから、さっきから言ってるだろ」
 驚きの声を上げたのは呆然と二人の戦いを見ていたアスナ。横島も流石に息が切れてきたのか、呼吸を整えながらエヴァと向かい合っている。
「貴様の大袈裟な回避行動からは、肉を斬らせて骨を断とうと言う気概はおろか、反撃に移ろうという意思すら全く感じられん」
「だ〜か〜ら〜、俺にも今まで築き上げてきたイメージってのがあるんだよ。それよりお前は本当に吸血鬼なのか? それらしい気配を全く感じないんだが」
 一瞬呆気にとられたエヴァだったが、ポンと一つ手を打って自分の歯を見せた。そこに吸血鬼の証である牙は無い。
「私は訳あって今は吸血鬼としての力を封印されていてな。満月の晩ならばある程度の力を取り戻せるのだが、今は人間と同程度の力しかないんだ。お前の感知能力に引っ掛からないのもそのせいだろう」
「それであんだけ強いんかい…反則やな」
「貴様にだけは言われたくない」
 横島の人間離れした動きも十分に反則である。
 エヴァの言葉にアスナと茶々丸も同意してうんうんと頷いていた。横島はいじけている。

「それにしても、いかに大っぴらに知られているとは言え世間の評価を鵜呑みにするのはやはりよくないな。GSが私の事を知れば嬉々として狩りに来るものだと思っていたぞ」
「いや、そういう風に言われる原因に心当たりあるから、何も言えんけどさ…」
 言葉を濁す横島。その原因とは言うまでもなく彼の元上司、美神令子その人である。


「ところで、呼吸は整ったか?」
「ん? まあ、それなりに」
「昨日はそこの小娘の横槍で不完全燃焼に終わったんでな」
 言うやいなや、再び構えを取るエヴァ。
「どういう繋がりかは知らんが、貴様は神楽坂アスナを守るために私の邪魔をしている。そうだろ? ならば、そいつの代わりにもう少し私と遊んでもらおうか!」
「え?」

 そして、横島の返事を待つ事もなく第二ラウンドの幕が開いた。

「え? え? わ、私が逃げなかったから?」
「マスターは理由付けに神楽坂さんの名前を出しただけです。貴方がいなかったとしても、適当に理由をでっち上げて勝負を挑んでいたでしょう」
「あ、そう…」
 エヴァが何をしたいのか全く理解できない。一つだけアスナにも分かることがあるとすれば、現在目の前で繰り広げられている二人の戦いが既に殺伐としたものではないと言うことだ。
 横島は時折悲鳴を上げながらもしっかり攻撃を回避している。決して楽しそうには見えない。対して攻撃する側のエヴァは実に晴々とした笑顔を見せている。こちらは実に楽しそうだ。

 アスナはやっと理解した。
 エヴァは横島をオモチャにして遊んでいるのだ。

「ほらほら、どーした? 少しは反撃してくれんとつまらんぞ」
「だから、やらんと言うてるだろーが!」
「その余裕がどこまで持つかな? それっ!」
 声だけ聞くと可愛らしくもある掛け声と共に放たれた跳躍しつつの後ろ回し蹴りが横島の顎を掠めた。その耳触りの良い声とは裏腹に鋭い風切り音が横島の耳を突き、摩擦で火傷を負ってしまったのか、蹴りの掠った部分から煙が上がっている。
「ハッ、やっと捉えたぞ。どうやらここまでのようだな」
「………」
「横島さん!」
 急変した状況を見て、慌ててアスナが駆け寄ろうとするが、その前に茶々丸が回り込んで彼女を止める。
 横島はのけぞった体勢のままアスナの声にも反応せずに無言のままで動きを止めていた。それを見たエヴァは落胆したように溜め息をつく。
「…フン、ここまでか。最後は白ける結末…」
「…せん」
「ん? 言いたいことがあるなら言え。少しは男を見せてみろ」

 この時点でエヴァが犯したミスがあるとすれば、あまりにも横島忠夫と言う男を知らなかった事だろう。

「許せぇーーーんッ!!」

「なっ!?」
 突如横島の身体から立ち上る炎。霊力の奔流だ。
 豹変した横島にエヴァだけでなくアスナも思わず気圧されてしまう。
「傷つけられて本気になったか? 面白い!」
 再び構えるエヴァ。
 しかし、横島は反撃はせずに霊力を身に纏ったままビシッと彼女を指差し、怒りを込めてこう言い放った。

「お子様が黒なんか穿くんじゃないッ!!」
「は? ………ッ!?」
 彼が何を言っているのか理解できずに呆然としていたが、数秒後ようやく理解したエヴァは頬を赤らめて思わずスカートを押さえた。普段の彼女ならばそれぐらいの戦闘中のアクシデントなど気にも留めなかっただろうが、余りにもストレートに言われたため変に意識してしまったようだ。
 どうやら後ろ回し蹴りの時に中が見えていたらしい。いや、もしかしたら見るために回避行動が遅れて蹴りが掠ったのかも知れない。その事に気付いたエヴァは更に顔を真っ赤にして反撃に出る。
「男を見せろと言ったが、そんな所で見せんでいいッ!」
「アダルティなのは十年早い!」
「百歳が百十歳になっても大して変わらんわっ!」
「あの、今日は黒でしたが、普段はフリル付やピンク等の可愛らしいデザインの物を好まれ…」
「茶々丸、余計な事は言わんでいいっ!」

 侃々諤々。


「…あー、私夕刊配達のバイトあるから先帰るわ」
「お疲れ様でした。お気を付けて」
 別の意味でエキサイトしてしまった二人の言い争いがいつまで経っても終わらないため、その場はお開きとなった。
 アスナが帰ろうとしても、茶々丸はもう止めもしない。

 ちなみに、二人の言い争いはアスナが帰った後、更には茶々丸が猫にエサをあげに行った後も続けられ、決着がついた頃には日が暮れていたそうだ。
 結局、双方が譲歩する形で「たまには背伸びしたい日もある」と言う結論で同意に達したらしい。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.02


「ただいまー」
「おかえりなさい、アスナさん! 遅かったですね?」
「あ、うん、あのままバイトの方に行ったから」
 アスナが夕刊配達のバイトを終えて部屋に戻るとネギが既に帰宅していた。そこでアスナはエヴァ達と遭遇するまでは彼を探していたのだと思い出したのだが、こうして無事に部屋に戻っていると言うことは特に問題はなかったのだろう。
 それよりも気になるのが、昼間と比べてネギの表情が心なしか晴々としていることだ。どうかしたのかと聞いてみると、ネギはきょろきょろと部屋を見回してルームメイトの木乃香がシャワールームに入っているのを確認すると少し声を潜めて話し始める。
 アスナと違って木乃香はネギが魔法使いである事を知らない。ネギの反応でアスナには魔法絡みの何かがあった事が分かった。
「実はウェールズから助っ人が来てくれたんですよ」
「へー、良かったじゃない。魔法使いの人なの?」
「もちろん、魔法も使えますよ!」
「どこにいるの?」
「ここに」
「…あんた、大丈夫?」
 そう言ってネギが差し出したのは白い毛並の一匹のオコジョ。
 アスナはネギの額に手を当てて熱を測るが平熱のようだ。
「いやいやいや姐さん、信じられないのも無理はないが俺っちは由緒正しいオコジョ妖精。ただのオコジョじゃないんだぜ?」
「い、イタチが喋った?」
オコジョだってば! 名はアルベール・カモミール、カモと呼んでおくんなせえ」
 そう言ってカモは器用に手を上げて挨拶をした。

「そうだ、姐さんからも兄貴に何とか言ってやってくださいよ」
「何とかって何よ?」
「姐さんもご存知でしょうが、兄貴は今吸血鬼の真祖に命を狙われる身だ。早いとこ従者を見つけて備えなきゃいけねぇってのに、とんちんかんな事言ってんだ」
「僕はただGSの横島さんに従者になって欲しいって言っただけで…」
「だから、そりゃ野郎でしょうに」
 昔はそうでもなかったのだが、現在の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』や仮契約(パクティオー)は恋人探しの口実のように扱われている。無論その役割、魔法詠唱中は無防備な魔法使いを守り助けるのが役目である事は変わらないのだが、男性の魔法使いには女性の従者が。女性の魔法使いには男性の従者が付くのが一般的だ。
 ネギもそのことは重々承知しているのだろうが、今はエヴァに狙われる身のため頼りになる従者が欲しいのだろう。

「うーん、従者はともかく横島さんに助けてもらうのは有りかもね。実はさっき…」
 アスナは先程の横島とエヴァの戦いについてをネギ達に話した。流石に終盤の口喧嘩については詳細は省いたが。
「スゴイ! 横島さんはやっぱりスゴイんですね!」
「するってーと、エヴァってヤツぁ魔法が使えない状態でも強いんですかい?」
 やはり横島に協力を要請すべきかと考えはじめるカモ。ネギはすっかりその気になっている。
 木乃香がシャワーを浴び終えて戻ってきたため、後は明日以降と言う事にしてエヴァ対策会議は幕を閉じたが、カモだけが皆に聞こえないように「仮契約しないと五万オコジョ$が…」と呟いていた。


 その後、アスナがゴミ箱の中からカモが丸めて捨てたネギの姉、ネカネからの手紙を発見し、実はカモが下着ドロの罪でウェールズから逃げてきた事が判明したりと一悶着あったのは余談である。
 結果としては、ネギに助言者が必要な事は確かなので、カモはそのままネギのペットとして留まる事となったらしい。





 一方、エヴァとの熱戦を終えて男子寮に戻った横島は、入寮初日から門限破りをやらかしてしまったが、初めてなので道に迷ったと誤魔化して事なきを得ていた。
 ちなみに、横島にあてがわれた部屋は一人部屋。急な入寮生なので仕方なくとの事だったが、これは学園長が気を利かせてくれたのだろう。ここでもGSの仕事は続けていく事を考えると生活は不規則になるだろうし、それでルームメイトに迷惑を掛けるのも横島としては避けたい。

 そのまま何事もなく男子寮での初の一夜を過ごした翌朝、迎えに来た弐集院光と言う名の教師に案内されて麻帆良男子高校へと向かった。彼も魔法使い、魔法先生らしい。相手が男なので、横島も特に暴走する事無く案内されている。
「あ、そうそう。横島君が表向き所属することになるボランティア警備団だけどね、私がリーダーをする事になったからよろしく」
「あれ? それ、名前だけじゃなかったんですか?」
「最初は学園長もそのつもりだったんだけどね。私達教師はともかく、魔法生徒が夜の見回りに出るのって寮を抜け出したりで色々と苦労も多いんだよ」
「ああ、表向きはそこに所属してる事にして、おおっぴらに見回りに出れるようにするんですね」
「こういう事はもう少し早くやって欲しかったねー」
 そう言って丸い腹を揺らして朗らかに笑う弐集院。おそらく今までに魔法生徒の正体が知られそうになって、それを誤魔化すために奔走した事が何度もあるのだろう。
 表向きの団体になると言うことは、一般人からの志願者が出るかも知れないと言う事ではあるが、このあたりは学園長が審査して入団の可否、チーム分けや時間の割り当てを決めることにして、そこで調整をするそうだ。

「一般人を完全に締め出すつもりは無いらしいけど、そうなったらチームを組むのは多分君だよ?」
「え゛?」
「ほら、横島君は正体隠す必要がないじゃないか」
「あ、そーか」
 横島は、また一つGSと裏の魔法使いの違いを知った。
 登校途中、周囲に他の生徒がいると言うのにこんな会話をしても良いのかとも思ったが、弐集院が認識阻害の魔法を使って、二人の会話が周囲に漏れないようにしているとの事。元より、学校に到着するまでの時間をレクチャーのために使用しようと考えていたようだ。
 他にも学園都市内の商店街の場所や、おいしいと評判の食堂棟にある店。更には麻帆良の名物とも言える巨大な図書館島についてや、何かしらの魔法関連のトラブルに巻き込まれた際の対処方法まで。学園生活に必要な知識から魔法使いの情報まで、弐集院は事細かに説明した。
 もっとも、お世辞にも真面目な生徒とは言えない横島の脳に、その内の何割が残るかは甚だ疑問ではある。


「でも、何で『魔法使い』何スかね?」
「…と言うと?」
「『GS』って名乗れば正体隠す必要もないと思うんですけど」
「いや〜、君の言う事もわかるんだけどねぇ」
 そう言われると弐集院は痛い所を突かれたのか、苦笑して頭を掻いた。
 歯に衣着せずに言ってしまえば、彼等が『魔法使い』である事に拘っている理由は『誇り』だ。特に魔法界本国に居て、人間界に出てこようとしない者ほどその傾向が強い。魔女狩りにより人間界から追い出された形で魔法界で移住した彼等は自分達は『魔法使い』であり『人間』ではないと言う者もいるのだ。
 実際、数百年間魔法使いしかいない世界で、魔法使いによる、魔法使いのための社会で暮らしてきた彼等は、今の人間界の常識からはかけ離れた位置に存在している。
 そして、魔法の力により数百年生き続ける魔女狩り当事者の存在が、その傾向に拍車をかけていた。

「私みたいに、人間界に来ている魔法使いはそうでもないんだけどね…本国には人間を嫌う人もいるんだよ」
「………」

 神魔族によるデタントが囁かれるようになった頃から、魔法界の中でも「このまま他の世界の動きに取り残されてはいけない」という動きが出始めた。近衛近右衛門も、そうした一連の動きの中で人間界に『魔法協会』を設立するために貢献した一人だ。
 そして魔法協会設立により一部の魔法使い達はその存在を隠匿しながらも人間界に進出し、人間と結ばれてそのまま本国に帰還せずに骨を埋めようと言う者も現れはじめた。言うなれば魔法使いの人間への回帰である。
 中には、人間を弟子にして魔法使いに育てようとする者も居て、魔法協会はそれを歓迎していたのだが…。

「ま、私がGS資格取得試験を受けてGSになると言うのは簡単だよ。受かるかどうかはともかくとして」
 そこで弐集院は足を止めて横島に向き直る。今までにこやかだった彼の表情が真剣なものに変わっていた。
「でもね、私達は魔法使いを変えていきたいんだよ。そのためにはGSではなく魔法使いでなければならないんだ」
「………」
 何も言えない横島に対し、そこで弐集院は再びニッと笑って白い歯を見せる。
「それに、私は娘がいるからねー。あの子が大きくなって魔法使いとして一人前になるまでには何とかしたいもんだよ」
 ハッハッハッと弐集院は大声で笑うが、横島は笑う事ができない。
 元を辿れば、彼等とて「魔法を使えるだけ」の人間のはずなのに。
「大変っスねー…」
 言いたい事は色々とあるが、横島の口からはそれ以上の言葉が紡がれることは無かった。


 その後すぐに学校に到着したため弐集院とは職員室の前で別れた。
 横島の担任は魔法使いではない一般人らしい。そう『人間』だ。
「結局、弐集院先生は自分を『魔法使い』としか言わなかったなー」
 彼自身は人間界に対する悪感情はさほどないようだが、それでもやはり『魔法使いの誇り』がある様子だった。おそらく、弐集院にも自覚はあるのだと思われる。それが消すことのできぬ魔法界と人間界の隔たりなのだろう。魔法界における人間界のイメージはどれほどなのか考えたくもない。
 横島は、その事がとても悲しく、己に課せられた使命に身を震わせる―――

「…ま、難しい事は上の人らに任せとけばいいか」

―――ような殊勝な人間ではなかった。

 それより、彼が気にする事はまだ見ぬ魔法使いの女性達といかにして仲良くなるかである。元より複雑な事情を真面目に考えるなど柄ではないのだ、彼の場合は。

「それじゃ横島君、呼んだら入ってきてね」
「あ、はい」
 頭の禿かかった老年の担任教師が先に教室に入っていく。ここから横島の新たな学校生活が始まるのだ。
 と言っても、ここは男子校。横島の心は既にまだ見ぬ魔法使いの女性達に羽ばたいていたりする。

「それじゃ横島君、入って来て」
「へーい」
 しばらく待った後、担任の呼び掛けに気の抜けた返事で応えて教室に入る横島。「家の都合で転入した横島忠夫っス」と、特に気取る必要もないので無難に挨拶を済ませる。
 迎えたクラスメイトの反応も似たようなものだった。何人か、いかにも体育会系と言った感じの生徒が横島を見定めるような目で見ていたが、いかにも中肉中背、平々凡々な横島を見てすぐに興味を失くしたようだ。
 GSの事は伏せている。仕事で学校を休んだりすればいずれ知られる事なのだろうが、騒がれるのは面倒なので自分から言い出したりしないと言う事で担任とも話はつけているのだ。

「それじゃ、横島君の席は一番後ろの席で…ほら、彼の隣だ」
 担任教師が指差す先は最後尾、窓際の席に座る背の高い男。その隣の席との事なので横島はそちらに向かう。
「隣の席になったみたいだ。よろしくな」
 軽く挨拶をして席に就くと、隣の男はすっと手を差し出した。握手でも求めてきたのかと思えば、そうではないらしい。その手には小さな板状の何かがある。
「挨拶がわりだ、ガム食うか?」
 思わずガムを受け取った横島は男の方を見た。
 上に何かを乗せることができそうなリーゼント。身に纏う学生服は丈が長い、所謂『長ラン』と呼ばれる変形学生服。今この時代に現存している事が奇跡とも言えるだろう。その胸には白字で「喧嘩殺法」と書かれている。
「俺は豪徳寺薫だ、よろしくな」
「お前はいつの時代の人間だ」
 豪徳寺に対し横島は思わずつっこみで切り返した。関西人として彼の存在につっこまずにはいられなかったのだ。
 しかし、豪徳寺はそんな横島の切り返しも「豪気なヤツだ」と受け取って怒りもせずに笑っている。
「フッ、他のヤツは誤魔化せても俺の目は誤魔化せんぞ。お前、ただ者じゃないな? お前からは修羅場を潜り抜けてきた漢の匂いがプンプンする」
「は?」
 横島が思わず豪徳寺の方を見ると、彼の身体から何かしらの力を感じた。霊力ではない、別の何かだ。一瞬魔力かとも考えたが少し違う気がする。何より魔法使いならば自分から正体を明かすような真似はしないはずだ。
 実は豪徳寺はこれでもれっきとした『気』の使い手なのだが、横島は気の使い手に今まで会った事がなかったので、その正体がわからない。
「お前みたいな奴を見るとわくわくしてくる。放課後、そうだな…柔道場でどうだ? 俺と勝負しようぜ」
「………」

 横島にはハッキリと分かった。豪徳寺薫と言う男、雪之丞と同類である。
 適当にあしらいながら、横島はこう答えた「誰が行くか」と。ただし、心の中だけで。そうとも知らずに豪徳寺は一人盛り上がっている。
 しかし、この時点で横島は授業が終わると同時に逃げ出す気満々だった。





 そして、午前中の授業が終わっての昼休み。
 麻帆良女子中学校の3年A組の教室では、アスナが友人達と共にランチタイムの真っ最中だった。

「はっはっはっ、俺が学園内を案内してやろう!」
「男の案内なんかいらんわー!」

 同じ空の下、男子高校の方では横島が豪徳寺に付き纏われたりしているが、こちらの方は割愛する。

「おーい、アスナー」
「ん?」
 アスナが振り返ると、そこにはカメラとネタ帳を持った朝倉和美がいた。報道部突撃班に所属する『麻帆良パパラッチ』の異名を持つ3年A組の生徒の一人だ。
「ちょっと聞きたいんだけど、アスナさ、昨日学園長にネギ先生届けに行ったよね?」
「行ったけど、それがどうかしたの?」
 彼女に知られる事は世界に知られる事と同意とまで言われているが、昨日の学園長室の話に関しては特に隠す事もないので、あっさりと話す。
「そん時、男子生徒いなかった? 昨日学園長室に入る男子を目撃したって話があるのよ」
「ああ、横島さんの事ね」
「知ってるの!?」
 和美が身を乗り出すが、次のアスナの一言は彼女の期待を裏切るものだった。
「麻帆男の転校生らしいわよ? 学園長がこっちに用事があったんで、あの人もこっちに来てたんだって」
「…な〜んだ、そんだけか」
「そりゃそうでしょ。まぁ、特殊な人ではあったけど」
「特殊?」
 ポツリと呟いたアスナの言葉に和美が食いつく。
 朝倉和美と言う少女、秘密を守る側に立てば厄介この上ないが、その情報網の広さに関しては周囲から一目を置かれている。アスナは昨日から気になっていた事を知るために、彼女の力を借りようと考えた。
「それが、横島さんってさGSらしいのよ。横島忠夫ってGSについて朝倉何か知らない?」
「GS横島忠夫ねぇ…GSについてならあんたの方が詳しいでしょうに」
 アスナが『季刊GS通信』愛読者である事はクラスメイトの間でも結構知られている。
「新人特集にちょっとだけ載ってた事はあるんだけど、あたりさわりのない紹介だけだったから」
「じゃ、大したことない新人なんじゃ?」
 普通に考えれば和美の意見は正しい。ただし、横島にもそれが当てはまるかと言えばそうではない。
「結構強かっ…いや、強そうだったのよ」
 昨日の横島達の戦いを話してしまいそうになったが、彼の事は話せてもエヴァの事は話せないのだ。アスナは慌てて訂正する。今現在、彼女はネギの血を狙う明確な敵なのだが、同時に二年間一緒に過ごしてきたクラスメイトでもあるのだ。彼女の秘密を和美に売る気にはなれなかった。

「高校生でGS、名前は横島忠夫か。アスナ、GSになりたいのよね? 弟子入りするつもりなの?」
「う〜ん、それはまだ決めてない。まだ、どういう人かよく分からないから情報が欲しいのよ」
 なるほど、と和美は笑う。
 悪評もあるが人情家としての一面も持っている彼女。こういう風に言われれば、NOの選択肢はない。
「GSってのはモグリじゃない限り資格取ったって情報がGS協会の資料に転がってるもんよ」
「へー、そうなんだ」
「なんで知らないの、あんたは」
 詳しいはずのアスナが感心しているのに、和美がつっこむ。
 つい最近までは憧れだけだったので、アスナもそこまで詳しく知ろうと思っていなかったのだ。

 和美の言っている事は正しい。
 GS協会の資料には資格取得試験の結果が掲載されていて、そこに合格者の名前も載っている。それもまた依頼者が誰に依頼するかを判断するための材料となるのだ。
 この手の資料は図書館島にもあるだろうし、インターネット上にあるGS協会の公式サイトにもあるはずだ。とりあえず和美は放課後インターネットから調べてみようと考えている。

「あと、事務所構えてたら依頼者用に公開されてる資料があるんだけど、高校生じゃ流石にねー」
「あ、横島さん事務所持ってるって聞いたわ」
「………マジ?」
 その一言には和美も驚いた。学生のうちに除霊事務所を持てるとなると相当の大物だ。
 予想以上の特ダネになる。そう感じた和美は思わずほくそ笑み、それを見たアスナは、もしかしたら不味い事を言ってしまったのではないかと不安な気持ちに陥る。

「安心して。記事にする前にちゃんとアスナに教えるから」
「あ、うん」
「タイトルはズバリ『白昼堂々女子中に乗り込んだ転校生、その名は横島忠夫!』
「…それ、横島さんが変質者みたいだからやめなさい」

 似たようなものかも知れない。



つづく


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