topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.04
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 ネギと豪徳寺薫が仮契約(パクティオー)してから数日後。横島にとっては初の土曜日となるこの日、学園都市内のカフェテラス『STARBOOKS COFFEE』ではエヴァこと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが実に不機嫌そうに舌打ちをしていた。
「チッ、あの狸爺め…」
 現在麻帆良学園都市で噂になっている『桜通りの吸血鬼』とは彼女の事である。
 エヴァ自身は秘密裏に事を運んできたつもりだったが、学園長もただのご隠居ではないようだ。つい先程、呼び出されて「あまり派手にやり過ぎると庇いきれなくなる」と釘を刺されてしまった。
 とは言え、エヴァもこのままおとなしく引き下がる気は無い。

「決行の日まで派手に動けんが…まぁ、『悪だくみ』の手駒はもう十分だろう」
 現在進行中の『悪だくみ』とは、学園都市全体のメンテのために行われる大停電の時に決行予定の物だ。
 その時に自分を縛り付ける封印を一時的に解き放ち、全盛期の力でネギと戦い、彼の血を頂き、そしてエヴァは完全に呪いから解き放たれると言うプランだ。肝心要である封印の解除についても、既に協力者を得ている。
 この事について学園長は静観の構えを取っているようだ。ネギを育てるために、彼に試練を与えようとでも考えているのだろう。こうなってくると悪だくみの成否はエヴァとネギの戦いの行方にかかってくるのだが、この事に関してエヴァは絶対の自信を持っていた。

「となると、厄介なのは神楽坂アスナだな」
「神楽坂さんが、ですか?」
 エヴァの言葉は絶対である『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』の茶々丸がエヴァの言葉に疑問の声を上げた。と言うのも、アスナは『こちら側』の人間ではないただの素人だ。エヴァはおろか茶々丸にとっても脅威になるとは思えないのだ。
「フン、当人の能力は取るに足らん。しかし、ヤツがネギのぼーやと横島を繋ぐ可能性がある」
「ネギ先生と横島さんを…しかし、ただのGSがマスターの脅威になるとは思えませんが?」
「あれを見て『ただの』なんて言える内はまだまだだな、茶々丸」
 かく言うエヴァも横島の正体を掴んだとは言い切れない。行動原理がさっぱり分からないので、戦いをシミュレートする事ができないのだ。実力云々についても分からないが、それ以上に何をするか分からないと言う意味で、彼はエヴァにとっての脅威であった。

 ただし、横島が『悪だくみ』の脅威になるかと聞かれれば、エヴァは悩みもせずに首を横に振るだろう。
 と言うのも横島忠夫と言う男、あの避けっぷりを見るにトラブルは極力避ける傾向にあると思われるのだ。エヴァとネギ、個人同士の戦いである内は横槍を入れてくる事はないだろうとエヴァは考えていた。

「そう言えば…今日、教室の方で噂になっていましたが」
「どうした?」
「神楽坂さんが横島さんに弟子入りしようとしているそうです」
「なんだと!? どうしてそれを早く言わん!」
「マスターが授業をエスケープしなければ、リアルタイムで知る事ができたと思われますが」
「グハッ!」
 痛い所を突かれてダメージを受けるエヴァ。確かにその通りだ。
 しかし、エヴァにとっての一大事である。アスナが弟子入りすれば、今までは「顔見知り」以上でなかった彼等の関係が一気に密なものになってしまう。
「クッ…こうなったら横島を『招待』でもしてやって、事が済むまで誰にも会わせないようにするか?」
 一般的にはそれを『拉致監禁』と言う。
「ただ、神楽坂さんは踏ん切りがつかず連絡を取れずにいるようでしたが」
「青臭い事をしているな…」
 それならば捨て置いても問題ないだろうかとエヴァは考える…が、答えは出ない。
 流石にアスナの邪魔をするのも気が引けるし、彼女がいつ踏ん切りをつけて弟子入りを申し込みに行くかも分からなければ、横島がそれに対してどう反応するかも分からないのだ。

「ああーっ! わからん! 横島は、どう動くと言うんだ!?」
「マスター?」
「神楽坂も神楽坂だっ! どーせ素人なんだから、とっとと突貫して玉砕せんかっ!!」
「…あの、流石にそれはヒドいのではないかと」

 エヴァはこの問題にしばらく頭を悩ませることになった。
 数日後、知恵熱を出したところで花粉症に追い討ちを掛けられて、不覚にも寝込む事となるのである。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.04


 女子寮の方では、ネギとアスナが力無くフラフラとしていた。アスナの方は携帯をいじりながらうろうろし時折奇声を発しているが、ネギの方は真っ白になって風が吹けば飛んで行ってしまいそうだ。

 アスナの方は言うまでもなく、あれから数日経つと言うのにいまだに横島に連絡を取れていないのが原因だろう。
 そしてネギの方は―――

「うぅ、男の人とキスしちゃった。お姉ちゃんが知ったら何て言うか…」
「ハ、ハハ…なぁに、それも経験っスよ、兄貴…多分」

―――カモから『豪徳寺薫』の仮契約カードを見せられてショックを受けていた。
 あの時、気付かない内に豪徳寺とキスしてしまった事を知ったのだ。
 いかに子供とは言え、これはショックだったようだ。そんな彼は父親の『魔法使いの従者』の中に男がいる事を知らない。

 ちなみに、魔法使いの事情を知らない人には話せる事を秘密にしなければならないカモだが、現在は木乃香が部屋にいないため平然と喋っている。
「姐さんの問題もあるけど、今は兄貴だよ」
 興奮した様子でまくし立てるカモ。今のネギに発破を掛けるには勢いでまくし立てるしかないと考えている。
「事故チューとは言え仮契約は成立したんだ。豪徳寺の兄さんに事情を説明して協力してもらおうぜ!」
「チュー…」
 その単語に如実に反応して更に沈み込むネギ。しかし、カモは怯まない。
「兄貴は見てなかったのかい? 横島の兄さんと互角に戦ってたんだ、力は申し分ねぇ」
「それはそうかも知れないけど…」
 それはネギにも分かる。ただ喧嘩が強いだけの一般人ならばカモの言葉を否定しただろうが、プロのGSである横島と互角に戦っていた事を考えると『魔法使いの従者』として申し分ないように思える。
「何より俺っちには分かる、ありゃ漢だぜ」
 カモの勝算はもう一つあった。傍目に豪徳寺の硬派で一本気な性格が見て取れる事。彼ならば、真祖の吸血鬼に命を狙われていると言う今のネギの現状を訴えれば、必ず力になってくれるであろうと言う打算だ。
「でも、男の人だし…」
「そんな事、気にしてられる状況じゃねーだろ?」
「うぅ…」
 カモの言うことも分かるのだが、やはり躊躇してしまうネギ。ここが攻め時だと、カモは一気に畳み掛ける。
「兄貴! 『偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)』を目指そうって男が、小さい事にこだわってちゃダメだって!」
「でも…」
「仮契約者が恋人候補なんてのは軟弱者の考え方さ! 戦場において背を任せられる相棒、違うかい!?」
 確かに『魔法使いの従者』は詠唱中無防備となる魔法使いを守るために盾となり、剣となる戦いの道具。本来の意味合いはそんな物なのだ。しかし、ネギへの好意を抱いているからと言う理由だけでのどかと仮契約させようとしたカモが言って良い台詞ではないだろう。混乱しているネギは気付いていないが。
「兄貴、決断の時だぜ! 今こそ漢になるんだ! さぁ! さぁ! さあ〜ぁっ!」
 何か悪いものでも憑いたかのような形相で迫るカモ。ネギは既に半泣き状態だ。
「しっかりしねえとぉ! そこでうじうじ言ってる姐さんみたいになっちまうぜえぇ!

「うわあぁぁ〜ん!!」
「ほっといてよーっ!!」

 揃って部屋から飛び出したネギとアスナ。カモに決断を迫られて限界を突破したネギはともかく、アスナの方もしっかりと聞こえていたようだ。
 途中すれ違うクラスメイト達の制止を振り切って、そのまま寮からも飛び出す二人。寮前の道に出たところで左右に別れ、それぞれ別方向に走り去ってしまった。

 そのままスピードを落とす事なく走り続ける二人。ネギは学園都市内の繁華街の方へ走り去り、アスナはなんと学園都市郊外の山中まで見事走り抜けた。双方見事な健脚である。

「あれ、ネギじゃねえか。お前もナンパか?」
「…あ、横島さん…横島さぁ〜ん!」
「うわっ、泣くな! 鼻水が付くだろうが!」

 そしてネギは、日用品の買い足しに来たはずが、いつの間にかナンパ行脚になってしまっていた横島と出会い。

「おや、アスナではござらぬか。どうしてこんな所へ?」
「いや、走ってたらいつの間にか…って、楓こそどうしてこんな所に?」

 アスナは袖のない道着のような装束に身を包んだ長身のクラスメイト、長瀬楓と出会っていた。



「落ち着いたか?」
「はい…スイマセン」
 そう言いつつ鼻をかむネギ。
 あの後横島達は、周囲の視線を避けるように場末のラーメン屋に入っていた。
 喫茶店やファーストフードではなくラーメン屋にしたのは、できるだけ女性の視線を避けるためだ。泣いた子供を連れていては周囲の視線が痛すぎる。
「一体どうしたんだ? エヴァンジェリンとか言う吸血鬼にいじめられたか?」
「いえ、そうじゃないんです…」
 ネギは涙ながらにエヴァンジェリンに対抗するために『魔法使いの従者』を探していた事と、間違えて豪徳寺と仮契約してしまった事を説明した。
 横島は『仮契約』について知らなかったので、その方法を説明してヘッドロックを食らわされたりしつつ、大まかな事を説明し終えたネギ。
 そこで豪徳寺を従者とすべきかどうかを横島に相談してみる事にした。クラスメイトである彼なら、豪徳寺についても詳しいと思ったのだ。
「そうは言っても、あんま友達にはなりたくないタイプだからなぁ…」
「そうなんですか?」
 そう言いつつ、あれからずっと学校では行動を共にしていたりする二人。豪徳寺が横島に付き纏っているので、他の生徒達が横島に近付き難い雰囲気になっているのが原因だ。

「魔法使いの世界に巻き込んでいいかと聞かれればイエスだな。ありゃ、三度のメシより戦う事が大好きな戦闘民族だ。事情を説明すれば二つ返事で乗ってくる。似たような知り合いがいるから分かる」

「そ、そうなんでしょうか…?」
 そんな経緯もあるので、横島の言葉に棘が含まれていてもそれは仕方のない事なのだろう。
「でも、彼は一般人なんですよ? それなのに魔法使いのトラブルに巻き込むなんて…」
「ネギ…」
「は、はい…?」
 ポンとネギの肩に手を置く横島、ネギを見据える視線は真剣そのものだ。

「気を飛ばせるようなヤツは一般人とは言わん」

 身も蓋もなかった。

「でも、エヴァさんは危険な相手なんです! 巻き込んでしまえば怪我をしてしまうかも知れないし…」
「要するにネギは一人で戦って勝ちたいのか? そう言う『俺様ナンバーワン!』みたいなヒーロー願望、男として分からん事もないが…」
「え…」
 急に話を摩り替えられたような気がして呆気に取られるネギに対して、横島は自分で言って納得したのかうんうんと頷いている。
 彼の中ではリンクした話題のようだが、ネギは何がどう繋がっているのかが理解できないでいる。
「僕はそう言う話をしてるんじゃっ…!」
「いや、仲間探してたんだろ? そのくせ強いヤツが見つかったらイヤだって言ってるし」
「…ッ!?」
「ハッ! まさか、『やっぱりパートナーは美少女じゃないとネ♪』とか思ってるのか? そーか、そーなんだな!?
「ひたい、ひたいれふ、よこしまはん…」
 何を勘違いしたのかエキサイトした横島に両頬を抓まれて引っ張られてしまうネギ。鋭い指摘に衝撃を受けたと言うのに物思いに耽る暇もない。

 そうこうしている内に、頑固そうな店主がラーメンを持って来たので横島の攻撃が一旦中断された。貧乏生活の長い彼は食べ物に関しては「食える時に食う」「うまい内に食う」と言った幾つかのこだわりがあるらしい。
 実は、ネギはラーメンは初めてだったので、横島を真似してコショウを掛けて食べ始める。

「…あ、そういや魔法の話して大丈夫だったのか? あの親父がいるけど」
「大丈夫ですよ。こういう時は認識阻害の魔法を使いますから。話を始める前にこっそり使いました」
「便利だなー、俺にも使えないか? それ」
 覗きに使えないかと考えているが、この魔法は姿を隠す魔法とは少し違う。

 何はともあれ、こうして何かを食べていると冷静になってくるものらしく、二人は静かに話を再開した。
「あの、確かに僕は誰かを巻き込むぐらいなら一人でやりたいと思ってるかも知れません…でも、それっていけない事ですか?」
「う〜ん…俺だったら、誰かの力借りて自分が楽できるならそっち選ぶけどなぁ」
「真面目に答えてくださいよ」
 しかし、横島は大真面目だ。
 この場合は、ネギの抱くイメージに問題があるのかも知れない。
 彼は六年前に父親の戦う姿を目撃している。そう、一人で悪魔の群を圧倒する化け物じみた姿をだ。それが強烈に脳裏に焼きついているため、一人で戦うのは良いことと言うイメージを抱いてしまっているのだ。

「いいか、一人で勝つって事は、ガチで相手より強くなるって事だぞ? そんなの繰り返してると、しまいにゃ髪が金髪になって不良になってしまうやないか」
「エエーっ!?」
 もちろん嘘だ。

「まぁ、家事は分担するもんだ。一人で料理も掃除も洗濯もなんて言ってたら時間がいくらあっても足りん。お前に分かるか、台所で巫女姿の美少女が料理している感動を、セーラー服の美少女がエプロン付けて庭で洗濯物干してる光景の素晴らしさを!
「………」
 また途中から別方向に亜音速で飛んでいってしまったが、前半部分は姉、ネカネが魔法学校に行っている間、親戚の家の離れでほとんど一人暮らし状態だった事のあるネギにも分かる気がする。
 横島はそのまま「美少女の居る生活」について語り続けていたが、ネギはそのほとんどを聞き流して物思いに耽っていた。横島の言葉からでも、それなりに学ぶ物があったらしい。

 ちなみに、ネギがはじめて食べたラーメンは、横島が初見だが今までの経験から良い店を選んだらしく、とても美味しい物であった事をここに追記しておく。



 その頃、アスナは楓と合流し、彼女が寝泊りしているテントまで移動していた。脇にはドラム缶風呂もあり、かなり本格的にサバイバル生活を送っていることが見てとれる。
 ここに移動してくるまでの楓の軽やかな身のこなし。彼女なら横島に弟子入りを申し込めば二つ返事で了承してもらえるのではないかと思えてしまい、アスナは更に沈み込んでいた。
「それで、やっぱりアスナの悩み事と言うのは、例のGSへの弟子入りの件でござるかな?」
「う…それ、楓も知ってるの?」
「クラスの皆が知ってるでござるよ」
 休み時間ごとに携帯電話を握り締めて沈んだ表情をしていれば、クラスで話題になるのも当然の事だろう。
 ここ数日の自分の醜態を思い出し、アスナは耳まで真っ赤にして顔を伏せた。
「楓はいいわよねー。それぐらい強けりゃ、GSの弟子入りなんかすぐでしょ?」
「んー、拙者はGSに弟子入りするつもりはござらんが…アスナもなかなかでござるよ?」
「どこがよ?」
「ここまで走ってこれるなんて、相当の健脚でござる」
「…足が速いだけじゃない」
 持久力等の問題もあるのだが、アスナは完全に無自覚だ。
「ならば、アスナも拙者と一緒に修行でもしてみるか?」
「忍者の?」
「何の話でござるかな〜♪」
 アスナはそのものズバリを指摘してみたが、やはり楓はとぼけた。

 しかし、それはアスナにとっても渡りに船であった。ここで楓と修行をすれば、GSに弟子入りできるだけの力が身に付くかも知れない。すぐさま了承すると、楓は「山での修行は食料集めが主でござるよ、ニンニン♪」と笑って駆け出した。どう見ても忍者だ。

  「ほーら、岩魚はこうやって取るでござるよー♪」
 軽い口調だが、その動きは俊敏だ。スピンしながらジャンプして、鋭く放たれた三つの苦無がそれぞれに川を泳ぐ岩魚に突き刺さる。一瞬の出来事に呆気に取られていたアスナが「できるわけないでしょ、そんなの!」と突っ込みを入れたのは、川下で見ていた彼女の足下にその岩魚が流れてついた頃だった。

 その後も、森にキノコを取りに行けば楓は十六人に分身し、山にキノコを取りに行けば岩壁をよじ登り、ハチミツを見つければ野生の熊に追い掛け回される。
 確かに修行だ。ただし、常に命懸けの。
「いくらなんでも無茶でしょ!?」
 ようやく頭の処理が追いついてアスナが突っ込みの声を上げたのは、既に夕飯分の食料を集め終えた後だった。
 しかし、何だかんだと言いながらきっちり付いてきたアスナの言う台詞ではない。岩壁登りなど、終わってからならいくらでも言えるが、一歩間違えれば命を落としかねない荒行である。

「いやいや、いざと言う時はフォローするつもりでござったが、アスナには必要なかったでござるよ」
「うぅ、こんな修行でGSに弟子入りできるのかしら…?」
「ん〜、それは無理でござろうなぁ」
「なっ!?」
 暢気な物言いの楓にアスナが激昂して立ち上がるが、楓は動じず落ち着いた物腰でアスナを見据えた。
 普段は温厚な彼女だが、今のその瞳は鋭い。
「確かに拙者達は除霊の真似事をする事もあるがGSではござらん。アスナがGSになるための技術を身に着けたいなら、やはりGSから学ぶのが一番でござろう?」
「で、でも、私はGSの事何も分かってないし、何もできないし」
「それを学ぶための弟子入りではござらんか」
「あ…」
 その言葉はあまりにもストレートにアスナの心に突き刺さった。
「拙者だって、最初からこんな事ができたわけではござらんよ。一足飛びに何でもやろうと思わずに、師匠の手を取って一歩一歩進んでいけば良いのでござる」
「楓…そうね、そうなのよね」
 アスナの心の中で何かが氷解していく気がする。
 そうだ、今はできなくとも、これからできるようになれば良いのだ。
 ここで楓と修行をするよりも、横島の元でGSとしての修行をする方が良いに決まっている。
「楓! 私、もうちょっと頑張ってみる!」
「その調子でござるよ。体力を付けたい時はまたここに来れば良いでござるよ。週末なら拙者も修行に付き合うでござるから」
「ありがと! でも、崖登りはもう勘弁ね」
 そう言ってアスナは笑った。数日振りの太陽が戻ってきたのだ。
 やはり、クラスのムードメーカーであるアスナはこうでなくてはならない。楓は満足気にニンニンと頷いていた。
「そうだ、ドラム缶風呂があるから。汗を流していくでござるか?」
「あ、いいわね〜。それ、お願いしようかしら」
「ささ、早く準備するでござるよ♪」
 そう言って、楓は自らも腰帯を解きはじめた。



「むっ!」
「横島君、どうかしたかね?」
「今、とてつもなくおいしいモノを逃した気がします」
「?」

 一方その頃、ネギとはラーメン屋を出たところで別れた横島は、学園長に呼び出されて世界樹前広場に来ていた。当然の事だが、ただいまアスナ達が入浴している山中とはかなりの距離が開いている。
 学園長の説明によると、学園都市中の魔法先生、魔法生徒を集める時は、いつもこの場所が使われているらしい。人払いの魔法を掛けているので、密かにどこかに集まるよりも秘密裏に話し合いを進められるそうだ。
 大勢集まる時は全員起立で会議を進めるのだが、現在この場にいるのは学園長と横島のニ人だ。ベンチに座って缶ジュースを手に話をする。例のボランティア警備団に関する話らしい。
「横島君が転入した翌日から全学校に告知をし、ボランティア警備を募集しているのは知っておるね?」
「それは弐集院先生から聞きました。でも、一般人は入れないんじゃ?」
「基本的にはそうなのじゃが、生徒達に人気のある先生もおってのぅ…ミーハー気分で申し込んで来る者が多くて大変じゃよ」
「…男ですか? 女ですか?」
「とりあえず両方」
「女の先生の情報教えてください」
「ダメじゃ」

 閑話休題。

「まぁ、三人一チームを基本に魔法関係者のチームと一般人チームを分けて、あとは警備担当スケジュールで調整と言ったところかのう。そこで横島君には、一般人側のチームに入ってもらいたい」
「つまり、俺は警備自体は何もしなくても良い?」
「いや、一般人の中でも実力のある者を横島君に付ける。これは魔法使いの情報公開のための前準備な訳じゃし」
「警備の仕事はあるわけっスね」
「ボランティアと言うておるが、戦闘があった場合は報奨金と言う形で報いねばなるまいのぅ」
 つまり、横島とチームを組む一般人は、魔法使いの事は知らされないが、警備のための戦力として数えられていると言う事だ。
 この麻帆良学園都市には、そのような一般人から逸脱した人間が何人も存在すると言う事だろうか。その時、横島の脳裏に浮かんだのは豪徳寺の『超必殺・漢魂』だった。あれは明らかに一般人ではない。
「俺はGSとして依頼されてるわけですから、ちゃんと給料もらいますよ?」
「分かっておるよ。GS協会ともそう言う契約しとるわけじゃし」
 学園長の提案するチーム分けは、GSである横島が一般人に対して正体を隠さなくて良いためだ。
 多少不可思議な現象に見舞われても霊障と言えるのも大きい。実際、魔法使いのトラブルもGSの霊障も、内容自体は大して変わらないのだ。嘘をつくわけではない。

「とりあえず今は一人。いの一番で申し込んできた子で、こちら側に迫る実力の持ち主がおる」
「へ〜、そりゃ頼もしいっスね」
 学園長に手渡された書類を見る横島。
 名前を見た時点では男か女か分からなかったが、記入された学校名を見て女子生徒である事が分かる。
 写真を見てみると、褐色の肌に明るい髪色、そして碧眼。チャイナドレスに身を包む日本人離れしたオリエンタルな雰囲気の小柄な少女だ。横島個人としては、チャイナドレスはもっと色香漂う大人の女性に着てもらいたいのだが、これはこれでなかなかに愛らしい。

「名は古菲(クーフェイ)。麻帆良女子中、中国武術研究会部長にして昨年度の『ウルティマホラ』チャンピオンじゃ」

 そう言いつつどこか困った様子の学園長。本音を言えば一般人は極力ボランティア警備団に入れたくはないのだろう。特に古菲はまだ中学生だから尚更だ。しかし、彼女ほどの実力者でも駄目だと言う話になれば、ボランティア警備団に選ばれた魔法生徒はどれだけ強くて、どういう理由で選ばれたのかと言う話になってしまう。
 横島には『ウルティマホラ』なる物がどれくらいの大会かは分からないが、古菲と言う少女は学園都市内でも名の知れ渡った少女なのだろう。

「でも、何だって好き好んでボランティア警備団なんて…俺だったらゴメンですよ」
「戦いの気配でも感じたのかのう…そういう嗅覚は天然で利く子じゃから」
「う゛…まさかこの子、雪之丞と同類?」
「それについては何とも言えんが、彼女は一般人でありまだ子供じゃ。過保護にせよとは言わんが気を付けておくれ」
「そりゃ気を付けますがね…」
 元よりこういう時のために横島がいたのだ。古菲が横島の担当になるのは当然の事なのだろう。

「警備の開始までに顔合わせしておくかの? 来週中あたりに」
「そうですね、やっときましょう。どうせヒマしてますし」
 学校では豪徳寺に付き纏われているので、断る口実ができるのであれば大歓迎である。それが子供とは言え少女との約束ならばなおさらだ。
「場所は?」
「いきなり喧嘩吹っ掛けられない場所で」
「ホッホッホッ、了解したぞい」
 横島は、豪徳寺のようにいきなり勝負を仕掛けられる事を警戒している。
 学園長はその事を察しているのか、軽快に笑っていた。この様子ではどこまで期待して良いか甚だ疑問である。むしろ、トラブルが起きるのを期待しているかのようにも思えるのだった。



 そして、その日の晩の内に古菲にボランティア警備団採用の知らせが届けられ、顔合わせの旨が伝えられた。
「おーい、バカレッドー!」
「その呼び方は止めてよ、バカイエロー」
 バカレッドとはアスナの事であり、バカイエローとは古菲の事である。
 これに先程までアスナと一緒だった楓がバカブルー。更に綾瀬夕映をバカブラック、佐々木まき絵をバカピンクと、クラスで成績が下から順に五人までを揃えて『バカレンジャー』と呼んでいるのだ。
「実は来週、件の横島GSと会う事になたが、アスナも来るアルか?」
「えー! な、なんで古菲が!?」
「ホレ、あのボランティア警備団の話アルよ。あれで私、横島GSと同じチームになたアル」
「行く! モチロン私も行くわよっ!」
「それじゃ、日程決まったらすぐに報せるアルよ」
「お願いね!」
「もしかしたら朝練の時間になるかも知れないが、大丈夫アルか?」
「それぐらい全然平気よ」
 二つ返事で了承するアスナ。彼女はいつも新聞配達で朝が早いので、むしろもっと早くでも問題が無かったりする。
 この場合は、横島の寝坊の方を心配した方が良いだろう。

「アスナがとうとう横島って人に告白するんだって!」
「え、マジ!?」
「古菲がキューピッド役買って出たんだって」
「やるじゃん、バカレンジャー!」
 アスナが大声を出したために、瞬く間に寮中に広まる根も葉もない噂。
 朝倉和美の不確定情報も入り混じって、噂の内容はどんどんその姿を変えていき「実は古菲も交えた三角関係」など最早原型も留めていない。

「な、な、な…」
「アイヤー、困ったアルなー」
 口調の割には状況が理解できていないのか、さほど困った様子ではない古菲。
 それに対して、アスナは顔を真っ赤にしてポカーンと口を開けている。

「あんた達、いい加減にしなさーい!」

 そして、本日最後のアスナの絶叫が響き渡った。
 空気が澄んでいるのか、寮中によく響いている。明日はきっと晴れだろう。



つづく


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