topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.117
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 学園祭準備期間、始まりの朝。
 いつも通り早朝の修行を済ませたアスナ達は、少し急いで朝食を食べ、そしていつもより少し早い時間にエヴァの家を出た。普段ならば横島と高音が乗り込むバス停を越え、皆揃って駅へと向かう。
 普段は部活などでバラバラに登校する事が多いレーベンスシュルト城の住人達だが、今日は教師である刀子、シャークティの二人も合わせて皆一緒であるため、かなり人数が多い。チャチャゼロを始めとしてすらむぃ、ぷりん、あめ子の四人が留守番に残っているとは言え、それでも二十人を越える大所帯だ。
 アスナは普段一緒に登校出来ない横島と腕を組もうと考えたが、目の前の光景を見て断念せざるを得なかった。
 彼女の前方を歩く横島は、ココネと手を繋いで歩いている。そしてココネはもう片方の手を美空と繋いでいた。おそらく、ココネはいつも通り眉一つ動かさず表情を変えていないだろう。前に回り込んで見なくても分かる。しかし、なんとも嬉しそうな雰囲気がその背中から伝わってきた。流石にその微笑ましい後ろ姿を邪魔する気にはなれない。入り込める者がいるとすれば、横島の肩の上に座るさよぐらいであろう。
 やがて一行は駅に辿り着き、通学用の定期を持っていない横島、高音、千草、月詠、アーニャの五人は切符を買う。これは横島がさっと五人分をまとめて買ってしまったのですぐに済んだ。
 そして一行は駅に辿り着き、ホームに入る。辺りを見回してみると、普段の通学時間に比べて人の姿がまばらであった。
「結構空いてるな。普段からこうなのか?」
「いえ、時間が早いと言うのもありますが、今日から学園祭準備期間に入ったのも影響しているかと」
 普段、通学に電車を使わない横島の疑問に、すかさず夕映が答えた。
「準備期間も関係してるのか?」
「はい。それはこれから行く所を見れば分かるです」
「ふ〜ん、それじゃ楽しみにしとくか」
 ちなみに、学園祭準備期間中は、学園都市内の全学校で部活動の方も縮小する。クラスの方で学園祭の準備が忙しくなるためだ。また、部で学園祭に参加すると言うのも珍しくない。
 茶々丸やエヴァが所属する茶道部の野点や、囲碁部の囲碁大会を筆頭に、レーベンスシュルト城の面々も自分が所属する部のイベントに参加する事になっている。
「私は、もう作品仕上げちゃったから、後はほとんど幽霊部員なんですけどね」
 そう言ってアスナは笑う。彼女は美術部に所属しているが、放課後の修行に参加する時間を確保しようと早々に作品制作を終わらせてしまったため、今は完全に幽霊部員状態である。後は作品展示の舞台作りに力仕事要員として駆り出されるぐらいだろう。
「ウチの学校、学園祭の出し物でお金儲けしていいからね〜。お小遣い稼ぎも出来るんだよ!」
 元気良くガッツポーズを見せる裕奈。その手の話は横島も学校で何度か小耳に挟んだ事があった。
 しかし、彼の学園生活において、日常的に周囲にいるのは言わずと知れた豪徳寺達だ。彼等の興味は学園祭で行われるいくつもの格闘大会に向けられており、ここ数日の横島は、豪徳寺達の参加要請から逃げ回る日々を送っていた。当然昼休みは、始まると同時に学校から抜け出し、食堂棟で見付けた知り合いと過ごすのが常である。これは以前からの話ではあるが。
「大学のサークルなどは、この学園祭で部費のほとんどを稼ぐと言われてるから、気合いが入ってるわ。麻帆良祭が行われる三日間限定だけど、下手なテーマパークよりも賑わうんじゃないかしら?」
「それじゃあ、麻帆良の外からもお客さんが来はりますの?」
「ええ、そうよ。麻帆良は学園都市の割にはホテルが多いんだけど、それもこの麻帆良祭のためだって言われているわ」
 ホテル等の宿泊施設の多さに関しては、麻帆良を訪れる魔法使い関係者のためでもあるのだが、千鶴の言っている事も間違いではない。
「それだけ人が来るんやったら、フェイトのヤツが狙うのも頷ける話やな。ウチらが呼ばれたんも分かるわ」
 千草は、千鶴の説明を聞いて得心し、腕を組んでうんうんと頷いた。ちなみに、彼女は現在陰陽師の着物ではなく普段着姿である。パフスリーブが可愛らしいチョコレート色のチュニックに、オフベージュのカットパンツと言うシンプルな出で立ちだ。レーベンスシュルト城ではラフな格好で過ごしている彼女だが、こうして改めて見てみると普通のお姉さんである。
 ちなみに、これから学校に行くアスナ達は制服、刀子はスーツ、シャークティはシスター姿だ。学校に行かないのは千草、月詠、アーニャの三人であり、月詠はいつも通りフリル付きの可愛らしいワンピースを着ている。
 そしてアーニャはと言うと、魔法使いのローブではなく白地にピンクのプリントが入ったTシャツと、花とスモッキング刺繍が入ったギャザースカートと言う、人間界の子供と変わらぬ出で立ちであった。

 彼女は元々麻帆良に居る間も「魔法使いの常識に則った」普段着で過ごそうと考えていたが、常識人あやかを筆頭に、援軍として来ている訳でもないのに目立つ格好で出歩くのはよくないと説得され、渋々人間界の服で過ごす事になった。
 しかし、ロンドンでも「占い師としての雰囲気作りだ」と言い張って魔法使いのローブで過ごしてきたアーニャは、人間界の服など持っていない。そこでアーニャに服を貸す事になったのが、なんとエヴァである。以前、裕奈達によって着せ替え人形にされた事がある彼女は、意外にも可愛らしい子供服を多数所持していたのだ。
 アーニャがカジュアルな子供服を気に入り、エヴァが気前よく「そんなに気に入ったなら、まとめてくれてやる」と言ったところで、エヴァとほとんど身長が変わらない風香と史伽、それにココネも加えた五人でファッション談義に花が咲く事になる。たちまち五人は仲良くなってしまった。
 いや、正確には四人だろうか。エヴァは四人に付き纏われて迷惑そうにしていた。

 エヴァ――本名エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルは真祖の吸血鬼であり、魔法界では怪談話のネタにもされるほどの有名な賞金首である。いつからか魔法界では、「悪い子のところにはエヴァンジェリンが来るぞ」と子供のしつけに使われるようになった程の、ナマハゲ扱いの超有名人だ。
 これは美空や愛衣、高音も例外ではない。シャークティさえもその話を聞いて育ったと言うのだから、年季が入っている。高音が当初、この城に引っ越す事に良い顔をしなかった理由の一端はそこにあったりする。

 当然、アーニャも例外ではなく、エヴァの事を「エヴァ」と言う名前しか知らない内は、鳴滝姉妹と共に迷惑がるエヴァにじゃれついていた。しかし、横島を連れて部屋に戻るエヴァを見て、アーニャは二人で何をしているのかと言う疑問を抱いてしまう。
 エヴァの正体を知らないアーニャは、二人が恋人同士で二人きりの時間を過ごすために部屋に戻ったのではないかと皆に尋ねたが、これにアスナを始めとする数人が激しく反応した。アーニャを取り囲み、数人掛かりで口々に恋人同士ではないと説明している内に、エヴァが吸血鬼であり、あの賞金首のエヴァンジェリンである事を彼女に知られてしまう。
 その後、吸血を終えたエヴァがサロンに戻って来ると、アーニャがビクッと肩を震わせた。話に聞くような極悪人でない事は分かっていたが、どうしても子供の頃から聞かされた怪談話のイメージを拭い切る事が出来なかったのだ。
 エヴァは、その反応にすぐさま自分の正体を知ったのだと察する。そんな彼女がアーニャをからかい、今までの仕返しとばかりに高笑いを上げながら追い掛け回したのは言うまでもない。
 いつもならばエヴァのストッパーとなる茶々丸が横島と共に部屋に引き籠もっていたため、追い掛け回している内にテンションの上がってしまった彼女を止める者はなく、結局アスナが魔法障壁を貫く一撃を喰らわせる事で、その追いかけっこは幕を閉じる事になる。

 その日の晩、アーニャは怖くて一人では眠れず、横島の部屋に駆け込んだそうだ。レーベンスシュルト城の住人の中で、彼が一番よく知っている相手であり、また頼りになると思ったのだろう。
 彼の部屋にはいつの間にやらさよ、すらむぃ、ぷりん、あめ子の寝床が作られており、結局その日の晩はさよと、夜の警備の当番ではなかったぷりんに囲まれて眠ったそうだ。

 その日以来、風香、史伽にじゃれつかれたエヴァが、アーニャを驚かし、追い掛け回してうっぷんを晴らすと言うサイクルが繰り返されている。そして、そのたびにアーニャは横島に泣きつくのだ。横島以外だと、夕映、月詠、夏美、美空を頼る事もある。どうも、自身のスタイルを気にしているのか、胸の大きい女性は頼りたくないらしい。
 その様子を見た夕映は『鳴滝4号』の座を彼女に進呈したいと言ったが、それは丁重に却下されてしまう。その代わりに、アーニャは風香、史伽により六人目の戦士『鳴滝ファイヤー』と命名される事になった。
 アーニャは、何の事なのかさっぱり理解していない様子だったが、普段からそう呼ばれる訳ではないので、さほど気にしていない様子だ。

 ともかく、アーニャにとってエヴァは最終的に「怪談話の中の恐怖の存在」ではなく、「近所のいじめっこ」に落ち着いたようだ。散々追い掛け回されたおかげかも知れない。
「ねぇ、エヴァは何年もここに居て何度も見てるんでしょ? そろそろ何があるのか教えてよ」
「あと少しぐらい我慢しろ。堪え性のないヤツだ」
 今ではこのように普通に会話を交わせるぐらいになっている。普段の彼女を半日も見ていると、怖がるのも馬鹿らしいと思えてきたのだろう。
 身長もさほど変わらぬ二人だが、こうして会話だけを聞いているとしっかり者の姉と妹、或いは母と娘の会話のようにも聞こえてくる。すらむぃ達に言わせれば「エヴァおばあちゃん」なのだろうが、それは禁句である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.117


 一行が電車に乗り込むと、その車両はアスナ達の貸し切り状態であった。時間のせいもあるのだろうが、人の数が少ない。
 目的の駅に到着するまで車窓から外を眺めていても、やはり普段よりも閑散としている印象を受けた。
「どうなってんだ……?」
「それは、これから行く所に到着すれば分かりますよ♪」
 今年初めて麻帆良祭に参加する横島達には分からないが、アスナ達は皆分かっているようだ。
 しかし、彼等を驚かせたいのか、皆一様にその理由を話そうとはしない。ココネに尋ねてみても、ピッと立てた人差し指を口元に持って来るだけで、話してはくれなかった。

 結局、人が少ない理由を知る事はないまま、横島達は目的の場所に到着する。
「うおっ、こりゃすげぇ……」
「なんやこれ……え、学園祭やんな?」
「………」
 横島と千草は、揃って目の前にそびえ立つ物を見上げて感嘆の声を上げた。その隣の月詠も呆然としている。
 彼等の目の前にあるのは『学祭門』。麻帆良大学土木建築研によって造り上げられた、フランスのエトワール凱旋門を模して作られた巨大な門だ。中身は木製のハリボテだが、毎年学園祭準備期間の開始に合わせて造られる、麻帆良祭の開始を告げる象徴的なモニュメントである。
「ねっ、横島さん。駅とかに人がいない訳、分かったでしょ?」
「あ、ああ……」
 ココネが今は美空に肩車されているため、それに代わってアスナが嬉しそうに腕を組んできた。
 彼女の言う通り、ここに来れば駅や車窓から見える光景が閑散としていた理由が分かった。

「プロレス同好会、二日目二時半からよろしくゥーーーっ!」
「学園格闘大会、参加者募集中ッ!!」
「もぱ〜〜〜」

 学祭門の前に大きな人だかりが出来ているのだ。登校中の生徒の姿もあるが、大学のサークルなどが麻帆良祭で行うイベントを宣伝したり、どこかで見たようなデザインの着ぐるみが広告を配ったりしている。
 巨大な怪獣の着ぐるみが「はい、ちょっと前ごめんよー」とか言いながら通り過ぎていく光景は、シュールを通り越して笑えてくる。
「なるほど。ここに集まっているから、駅とかに人がいないのか」
「麻帆良祭では出し物の出来や売上げも競い合ったりしますし、勝負はもう始まってると言えるかも知れませんね」
「ほえ〜……本格的なのねぇ」
 アーニャも周りを見回し、若干呆れ気味だ。これはもう「学園祭」の規模を軽く越えている。
「確かにこれは、一見の価値がありますなぁ……」
 流石の月詠も、この賑わいには驚きを隠せない。京都では基本的に不登校で学校行事があっても無視している彼女だが、これならば思わず参加してしまいそうだ。
「この門を見ると、始まった! って感じするよねぇ」
「うん……。今日のホームルームで、出し物を何にするか話し合うんだろうね」
 門を見上げて、ぐっと拳を握り締める裕奈とアキラ。毎年この門を見ている面々も、感慨深い物がある。これを見ると、今年も麻帆良祭の時期がやってきたと胸の高鳴りを覚えるのだ。

「あ、横島さーん!」
 背後から掛けられた声に振り返ると、ネギが大きく手を振りながら駆け寄って来た。その後ろには小太郎達ネギ・パーティの面々の姿も見える。彼等も学祭門を見に来たようだ。
「横島さんも門の見物ですか?」
「ああ。そう言えば、ネギも麻帆良祭は初めてか」
「はい。僕がこっちに来たのは今年の初めですから」
 ネギも初めて体験する麻帆良祭の賑わいに心躍らせているようだ。にぱーっと満面の笑みを浮かべている。これから教師として学校に行くため当然スーツ姿なのだが、今にも踊り出しそうな勢いのその姿は、子供そのものである。
「あっ、横島さん! 見て下さい! サーカスですよ、サーカス!」
「え? こんな所でか?」
 ネギが興奮気味に横島の裾を引っ張る。彼が指差す先を見てみると、そこには飛行船を利用して建物の五階ぐらいの高さで空中ブランコを行う一人の少女の姿があった。
 その少女、年の頃はアスナと同じぐらいだろうか。道化師のような帽子を頭に被り、露出度の高い水着のような衣装を身に着けている。褐色の肌に白髪に近い薄いグレーの髪。エキゾチックな雰囲気の少女だ。
 横島達のいる場所から空中ブランコの少女まで結構な距離があるが、横島の目は一瞬にしてそこまで見抜いた。
「麻帆良曲芸部『ナイトメアサーカス』! 開催は全日程全日午後六時半より!」
 飛行船からアナウンスの声が聞こえてくる。これもまたサークルが行うイベントの一つのようだ。それがただのお遊びではなくプロ顔負けの本格的な物であると言う事は、目の前で行われている空中ブランコを見れば否が応にも理解出来る。
「ん……?」
 その時、横島はその少女の顔に見覚えがある事に気付く。
「……ネギ、あれザジちゃんじゃないか?」
「ええっ!?」
 ネギもそこまでは見えていなかったようで、驚きの声を上げた。すると、空中ブランコをしていた少女は、ネギ達の存在に気付いてブランコから飛び立ち、空中で三回転して軽やかに横島とネギの目の前に着地する。
「やっぱりザジちゃんか」
「ホントだ……横島さん、あの距離でよく見えましたね」
 顔を上げた少女を改めて見てみると、それは確かにザジであった。普段からしている目元の特徴的なメイクもそのままだ。
「横島さん、ネギ先生も……よろしければ、我がサーカスへどうぞ……」
 ザジは芝居がかったポーズで恭しく一礼し、二人に『ナイトメアサーカス』の招待チケットを差し出した。二人がそれを受け取ると、彼女はにっこりと微笑む。営業スマイルかも知れないが、二人が初めて見る彼女の笑顔だ。
「これ、ザジちゃんも出るのか? その衣装で」
 横島が尋ねると、ザジはコクリと頷く。やはり無口だ。必要な事以外喋らないのだろうか。
「そんじゃ、何日目になるか分からないけど行かせてもらうわ」
「あっ、僕も行きます!」
 二人の言葉を聞くと、ザジは再びにっこり微笑んだ。先程の笑顔より、若干感情が込められているように感じるのは気のせいだろうか。
「ケガしないように気を付けろよー」
 最後に横島がそう言うと、ザジはまたコクリと頷くとスッと踵を返し、先程より降りて来ていた空中ブランコに飛び移り、再び『ナイトメアサーカス』の宣伝に戻って行った。
「ホントに本格的なんだなー……」
「僕も、話には聞いてましたけど、ちょっと舐めてたかも知れません」
 ザジを見送った二人がしみじみと呟く。その声の中に驚きだけでなく呆れの色も混じっていたのは気のせいではないだろう。この時、二人の心は一つであった。「やはりこれは、学園祭のレベルではない」と。
「俺なんか、適当にやってりゃ済むけど、お前は大変だなー、ネギ」
「そ、そうですね。ちょっと不安になって来ました」
 これだけの規模の学園祭を、お祭り騒ぎが大好きな3−Aを率いて乗り切る。それがいかに大変な事か気付いてしまったネギは、今日行われる事になっている、3−Aの出し物を決めるホームルームに思いを馳せ、ブルッと肩を震わせていた。

「ところで横島、コイツを見ろ」
 ネギと一緒に学祭門の見物に来ていた豪徳寺が、ポンと横島の肩を叩き、一枚のチラシを手渡して来た。
 横島が思わずそれを受け取り、内容を見てみると、それは麻帆良祭で行われる格闘大会参加者募集のチラシであった。
「お前は知らんだろうが、麻帆良祭はいくつもの格闘大会が行われる事で有名なんだ」
「どうよ、忠夫ちん。一緒にヒーローになってみない?」
 豪徳寺達四人が横島の周りに集まり、口々に格闘大会への参加を促してくる。普段から彼等と戦うのを避けているため、こう言う機会に戦ってみたいと考えているのだろう。古菲も興味があるのか、チラシを覗き込んで来た。
「離脱ッ!!」
 しかし、横島にとっては興味のない話であった。わざわざ大会に出てまでして豪徳寺達と殴り合う趣味は無い。その場でジャンプするように見せかけるがそれはフェイントだ。豪徳寺達の注意が上に逸れた隙を突いて下から囲みを抜け出す。
「行くぞ、高音!」
「えぇっ!?」
 古菲だけはその動きを目で追う事が出来たが、彼女が動き出すよりも早くに、横島は肩の上のさよをアスナに預けると、高音の手を引いてその場から走り去ってしまった。
 横島はこれからアスナ達と別れて麻帆良男子高校に登校しなければならない。となると、当然豪徳寺達と同行する事になる。その間、格闘大会に出るよう散々言われるのは目に見えていたので、ここは向かう先こそ違えど方向は同じである聖ウルスラ女子高等学校の高音と共にこの場から逃げ出す事にしたのだ。
 豪徳寺達もワンテンポ遅れて横島を追い掛け始めた。高音も急な事に対応出来ずに手を引かれるまま走る。しかし、横島の逃げ足のスピードについていけず、足をもつれさせてしまう。
「おっと!」
 しかし、そこは横島。そのまま転ばせて怪我をさせるような真似はしない。咄嗟に振り返ると、抱き抱えるようにして倒れそうな彼女を受け止める。
 このままぐずぐずしていたら、豪徳寺達に追い着かれてしまうだろう。
 高音にしてみれば、巻き込むなと言いたいところかも知れないが、まだ頭が上手く回っていないのか、言葉が出てこない。横島の方も、毎日一緒に登校している高音を置いて一人で行くつもりはないようだ。速く逃げる事と、高音と一緒に行く事、双方を両立させるため、横島はいきなり高音を抱き上げて走り出した。
「よ、横島君!? きゃーっ! きゃーっ!」
 普段ならば強烈なパンチを喰らわせているところだが、突然のお姫様抱っこに高音は混乱してどうする事も出来ない。それどころか、横島がぐんっとスピードを上げたため、驚いた高音は逆に彼の首に手を回してしがみ付いてしまった。そして横島は更にもう一段階スピードを上げる。こうなると豪徳寺達では追い着く事が出来ず、横島は高音を抱いたまま、高音の悲鳴を残して猛スピードで走り去ってしまった。

 挨拶もなしに走り去ってしまった横島だが、確かにそろそろ登校しなければ遅刻してしまう時間だ。
 アスナ達も見物はここで切り上げて、それぞれ学校に登校する事にした。と言っても、走り去った横島達を除くとシャークティ、ココネ、小太郎以外は皆麻帆良女子中だが。
 そして、千草、月詠、アーニャの三人は学校に行く必要がない。これからの予定も未定であった。
「あらら……旦那様、行ってしまいましたねぇ。千草はん、これからどないします?」
「う〜ん、特に予定はないし、レーベンスシュルト城に戻るか?」
「それなら、図書館島ってとこ行ってみません? なんでも、世界有数の図書館らしいですよ」
「図書館島ねぇ……」
「あ、それ私も行ってみたい!」
 学校では文学少女を装っている月詠だが、それは全くの嘘と言う訳でもない。武術書を読んで、まるで恋愛小説を読む少女のように頬を染めたりすると言うズレた反応を見せるが、こう見えても読書自体は意外と好きだったりする。この月詠の提案に、オカルトについて勉強したいアーニャが乗って来た。
「せやな、どうせ暇やし行ってみるか」
 千草も、これを機に関東魔法協会の本拠地にある図書館島の蔵書を見てやるのも悪くないと考え、三人は図書館島に向かう事にする。
「それじゃ千草、二人の事お願いね。お昼は食堂棟の方に行けばいいわ。場所、分かるでしょ?」
「任せとき。食堂棟の場所も大丈夫や」
 刀子に頼まれ、放課後までの二人の保護者を引き受ける千草。この二人、同じ京都出身と言う事もあり、すぐに仲良くなっていた。レーベンスシュルト城では、二人とも年長組と言う事も関係しているのかも知れない。妙な仲間意識が二人を結びつけている。
 年長者と言えばシャークティもそうなのだが、彼女はその辺りの事を気にも留めていなかった。若さから来る余裕なのだろうか。

 更に刀子は、麻帆良女子中に登校する道すがらアスナ達にも声を掛ける。
「あなた達、麻帆良祭で張り切るのは良いけど、ネギ先生に迷惑を掛けちゃダメよ」
「「「「「はーい!」」」」」
 返事だけは元気が良い面々。そんな彼女達を見て、刀子はこれは言うだけ無駄なのではないかとこめかみを指で押さえた。
 この心配は、この後現実の物となるのだが、今の彼女達はそれを知る由もなかった。



 一方その頃、豪徳寺から無事に逃げ切った横島達は、聖ウルスラ女子高等学校の校門前まで辿り着いていた。
「ほい、とーちゃく!」
「ちょ、ちょっと横島君……」
 この時間になると周りに登校中の生徒の姿が多く見られるのだが、その全てが横島達に注目している。それもそのはず、何せ横島は高音をお姫様抱っこした状態のままなのだから。高音は顔だけでなく耳まで真っ赤になっていた。
「は、早く降ろしなさい!」
「す、すまん、忘れてた」
 高音に言われて、横島は慌てて彼女を降ろす。
「そもそも、途中までで良かったのよ。こっちに寄っちゃったら麻帆男に通うあなたは遠回りでしょ?」
「あ〜、言われてみればそうだな」
 遠回りなのを指摘されても、さほど気にした様子のない横島。幸い、まだ遅刻という時間ではなく、ここから急いで麻帆良男子高校に向かわねばならないだろうが。彼にしてみれば学校に遅刻するかどうかよりも、女の子と一緒に過ごす時間の方が大切なのだ。
「ほら、早く行きなさい」
「それじゃまた放課後な」
 そう言って横島は走り去ってしまう。それと同時に高音の周りに集まって来る聖ウルスラの生徒達。
 こうなる事は分かっていた。ただでさえ毎日一緒に通学している横島との交際が噂されていると言うのに、そこにその噂の相手にお姫様抱っこされた状態で学校に現れたらどうなるのか。こうなるのは自明の理であった。
 周囲を人だかりに囲まれながら、高音はどうやって誤魔化すべきかと考える。しかし、どうにも良い方法が思い付かない。そもそも、この状況下で、どう言えば誤魔化す事が出来ると言うのだろうか。
「高音さん、先程の殿方とは一体どのようなご関係で?」
「やはり、お付き合いされてるのですか?」
「………」
 口々に投げ掛けられる質問に思わず天を仰いでしまう高音。
 これはどうやっても誤魔化す事は出来ない。そう悟った彼女の心は、そろそろ諦めの境地に差し掛かろうとしていた。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 アーニャのロンドンでの生活における各種設定。
 月詠に関する各種設定。
 ザジ、及び麻帆良曲芸(手品)部、『ナイトメアサーカス』に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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