topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.12
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 眼前の光景に茫然自失の状態で固まる横島と木乃香。
 霧の中にうっすらと浮かび上がる白亜の城。『幻想的』と言う言葉はまさにこの光景のためにあるのだろう。耳が痛くなるような静寂さえも、どこか神秘的に思えてくる。
「お、俺達…地下室にいたよな?」
「きれいなお城やなぁ〜」
 そびえ立つ城を見上げ、そのまま後ろに倒れそうになったところを横島が慌てて支えた。
 自分が支えられている事に気付いて「えへへ」と照れ笑いする木乃香に合わせて横島の顔にも思わず笑みが浮かぶ。この二人だけを見ていると、異常事態に巻き込まれている事を忘れてしまいそうだった。

 とは言え、二人で笑い合っていても事態は進展しない。自分達がどこに居るかも分からない二人に、救いの手は意外と近くから差し伸べられた。具体的に言うと横島の頭上からだ。
「コリャ、アノ水晶球の中ダナ」
「知ってるのか、チャチャゼロ?」
「御主人ガ似タヨウナノヲ持ッテルカラナ」
 驚きの声を上げる横島に対し、事もなげに答えるチャチャゼロ。「証拠ヲ見セテヤル」と横島の腕をつたって地面に降り立ち、彼の前に立ってくるっと踊るように一回転してみせた。
「俺ガコウシテ動ケルノガ何ヨリノ証拠サ」
 そう言ってキャハッと可愛らしく笑うチャチャゼロ。猫被りである。
 彼女が言うには、中に建造物を閉じ込めた水晶球と言うのは魔法使いの別荘としては割と有り触れたものらしい。エヴァは『南国の小島にそびえ立つ塔』を閉じ込めた水晶球を所有してるとの事だ。
 元より強力な魔法の道具であるため、その中は濃い魔法力が充溢している。
 魔法力を動力源としている自動人形(オートマトン)のチャチャゼロは、こういう場所であればエヴァからの魔法力供給がなくとも自由に動くことができるそうだ。

「どうやったら外に出られるか分かるか?」
「ソノ辺ハ所有者ガ設定スルモンダカラナー…。マァ、城ノ中ヲ探セバ制御装置ガアルカモナ。御主人ノ別荘ニハアルゼ」
「出口が分からん以上、それを探すしかないか…」
 エヴァとの念話も流石に異空間までは届かないようで、今は横島達だけで判断して動かなくてはならない。
 横島はチャチャゼロの話から得た情報を頼りに、脱出方法を求めて城の中を探索する事にした。

「え〜っと、それじゃ木乃香ちゃ…ん…」
「お、お人形はんが喋ってはる…」
 振り返った横島の目に映ったのは、チャチャゼロに視線を向けて目を丸くしている木乃香の姿だった。
 しまったと後悔しても時既に遅しである。情報収集に躍起になって、チャチャゼロの正体を隠すことを忘れてしまっていた。二人が会話しているのを目撃されてしまったら、流石に誤魔化しようが無い。

「あー、これは、その…」
「………」
 必死に誤魔化そうとするが、うまく言葉出てこない。
 木乃香の方は状況が理解できないのか無言でチャチャゼロを見詰めている。
「コイツ、イイ年コイテオ人形遊ビガ好キナ変態ナンダゼ。イツモ俺ヲ玩ンデルンダ」
「誤解を招くような事言うなっ! てか、お前が喋っちゃダメだろーが! 二重の意味でフォローになっとらんわー!
 しまいには木乃香の目の前で漫才を始めてしまう始末だ。
 これでは彼女を誤魔化せるわけがない。

「………あ、そっか」
 横島がチャチャゼロの頭を掴んで持ち上げ、チャチャゼロが小さな手で横島の鼻をつまんで反撃していると、しばし無言だった木乃香が納得したようにポンと手を打った。
 彼女なりに今の状況を理解しようと考えを巡らせ、一つの結論に辿り着いたようだ。

「ウチ、いつの間にか寝てもうてたんやな」

 いきなり目の前にそびえ立つ城。突然動き出し、喋る人形。
 一般人の常識からあまりにもかけ離れた事態に彼女は「これは夢だ」と自分を納得させらしい。
「頭ン中、オ花畑ナンジャネーカ?」
「むしろ有難い。このまま押し通すぞ」
「ヘイヘイ…」
 横島は呆れながらも、ほっと胸を撫で下ろす。これはまさに渡りに船だ。
 二人は協力して、これは夢の中の出来事だと一芝居打つ事にした。木乃香の方に疑っている様子はなく、霧の中に浮かぶ城の幻想的な光景も、彼女を誤魔化すのに一役買ってくれている。これは行けると横島とチャチャゼロは揃ってニヤリと悪どい笑みを浮かべるのだった。
「お人形はん、コンニチハ〜」
「オウ、ヨロシクナ。チャチャゼロト呼ンデクレ」
「チャチャゼロやな、ウチは木乃香や」
「知ッテル」
「おお〜、流石夢の中やな〜」
「………マ、ソウイウコトニシトケ」

 人形に話しかける少女の図は傍目にはメルヘンチックな光景だが、片や血に飢えた殺人人形。物騒な事この上ない。
 とは言え、この可愛らしい外見とは裏腹に『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として長年エヴァと共に戦ってきたチャチャゼロは歴戦の戦士だ。
 エヴァ達と連絡の取れない今、横島は頼りになる仲間が増えることを素直に歓迎していた。

「トコロデ、何カ刃物持ッテネーカ?」
「は?」
「俺ハ丸腰ジャ、ロクニ戦エネーンダ。鈍器デモイイ」
「ああ、それならナイフが…」
 そう言うと、背に隠すように腰に佩いていた大振りのナイフをチャチャゼロに渡す横島。
 横島の名誉のために言っておくと、彼は普段から刃物を持ち歩く危険人物ではない。
 ただ、GSとして仕事をする際には最後の護身用としてナイフを一振りだけ隠し持っているのだ。
 今日のような仕事には必要ないかも知れないが、彼にとってはそれがお守り代わりなので忘れずに持って来たのである。
「オ、ナカナカノ業物ジャネーカ」
「らしいな、俺はよく知らんが。親父が希少金属(レアメタル)鉱山を襲ってきた武装ゲリラから巻き上げたらしい」
 それは、かつて一時帰国した横島の父、大樹が息子への土産として持ち帰ったものだった。
 実は護身用と言うより「武装ゲリラに勝利した父の戦利品」と言う縁起物としての意味合いの方が強かったりする。
 彼なりに父の事は尊敬しているらしい。

「………何人カ殺ッテルナ」
「念のために言っとくが俺じゃないぞ。親父でもない、多分」
「コイツハ気ニ入ッタゼ、俺ノコレクショント交換シネーカ? マダ殺ッテナイヤツト」
「んー、まぁいいぞ。持ってると呪われそうだしな、それ」

 ただし、彼にとっての父親への敬意はこの程度のものである。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.12


 一方、チャチャゼロと連絡が取れなくなったエヴァ達は大慌てで地下室に移動していた。
 慌てるなど普段のエヴァや真名からはイメージできないが、それでも彼女達は必死に地下室へと走った。
「お嬢様ァーーーッ!!」
 抜き身の夕凪を振り回す刹那が怖かったのだ。

 しかし、地下室へと下りた彼女達の前に横島達の姿はなかった。白い少年の姿もなく、醍醐が目を回しているだけだ。
「今の内に殺っとくか?」
「捨て置け」
 醍醐の事はとりあえず無視して部屋を調べ始める二人。刹那は冷静に調べ事をできるような状態ではない。
 まずエヴァは粉砕されたばかりであろう、今も煙を燻らせている机を調べる。
 ここなら手掛かりがあるかと思ってたのだが、そこに残されていたのは焼け焦げた表紙の断片のみだった。
「チッ…」
「それが幽霊を呼び寄せていた物か?」
「いや、これは写本ではないが…ただの本だ。ただし、魔法界のな」
 一片を摘み上げるエヴァ。特徴的な字体で、そこに書かれているのが魔法使いの文字である事が分かる。
 ただし、これだけでは本のタイトルが何であるかまでは分からない。
 床の魔法陣、血の塊を見るに、ここで何かの魔法が研究されていた事は間違いあるまい。隠れて研究を行う時点で真っ当なものではないだろう。
 だとすると、資料としていた本からその正体を探る事もできるのだが、この断片からそれを読み取るのは難しそうだ。
「横島が見ていないか?」
「見てたとしても、あの男が読める訳なかろう」
「…それもそうだな」
 今日一日で妙に馴染んでしまったが、横島は本来表側のGSであって裏側の事については素人同然なのだ。例え完全な状態のこの本を読んだとしても分かるわけがない。

「こ…これは!?」
 背後からの声に振り返ると、中央の台座の脇に屈み込んだ刹那の姿があった。
 床に落ちた小さな何かを摘まんで立ち上がる。その手にあるのは古めかしいデザインのヘアピンだ。
「間違いない、今日お嬢様が使われていたものだ!」
「…よく見ていたな、そんな小さな物」
「当たり前だっ!」
「そ、そうか…」
 刹那曰く「護衛の嗜み」らしい。
 色々と突っ込みたい事はあるが、無駄っぽいのでそのまま話を進める事にする。
「そうか、連中はこの中だな」
「中? この水晶球のですか?」
「コイツは魔法使いの間ではそれなりに知られているものでな。中のミニチュアに見える城もれっきとした本物だ」
「ならば、お嬢様はこの中に…! どうやって入るのですかっ!?」
 そう言って水晶球の上に手を置く刹那。木乃香の安全が懸かっているからであろうが、ここで力任せに叩いたりしないだけ冷静なのかも知れない。
「あ、無闇に触…」
 エヴァが言い終わる前に彼女の目の前から刹那の姿が掻き消えるように消えてしまった。彼女も水晶球の中に入ってしまったのだ。
 予想していたとは言え、あまりにもな展開。天を仰ぐ以外に彼女にどんなリアクションができたと言うのだろうか。
「なるほど、こうやって中に入るのか」
 そして冷静な真名。慣れてきたらしい。何に慣れたかは謎だ。
 その適応力の高さを羨ましく思いながら、エヴァは真名を手で制して水晶球から引き離した。
「触れるなよ、龍宮真名。入るのは簡単なんだ。私のなんか、中で二十四時間過ごさないと外に出れんのだぞ」
「これもか?」
 その問いには首を横に振って答えた。
 その辺りの細かな設定は所有者が行うものなので、エヴァにも調べてみない事には何とも言えない。
「私のと同じ可能性もなくはないが…調べてみよう。貴様は周囲を警戒していろ、少なくとも一人敵がいるぞ」
「机を吹っ飛ばした奴だな」
 その通りだと頷いたエヴァは、懐から魔法薬の小瓶を取り出して中身を振り掛けると水晶球を調べ始めた。
 そして真名はエヴァを背に守りながら両手に銃を構えて周囲を警戒する。
 彼女は裏の人間ではあるが、使用している銃はれっきとしたモデルガンだ。ただし、弾丸の方に術を施しているため裏の世界でも通用する武器となっている。

「…まぁ、敵もこの中という可能性が一番高いんだがな」
「だとすりゃ楽をさせてもらえそうだな」
 そう言って笑う真名。中の者達を欠片も心配していない。
 そしてエヴァも同意見である。何故なら夕凪担いだ刹那が中に入って行ったからだ。今の彼女には二人が束になって掛かっても勝てるかどうか怪しい。
 何もしないで待っていれば勝手に解決してくれるんじゃないかと思わなくもない。とは言え、ここで何もしないで無為に時間を過ごす気にはなれなかった。
 何故なら―――

「これ、結構レアアイテムなんだよな」
「儲けは折半でどうだ?」
「ククク、貴様も悪だな」

―――お宝を目の前にして、じっとしていられる訳がないからだ。
 何ともしたたかな二人である。



「ハッ、ここは!?」
 二人が欲にかられている頃、刹那は先程の横島達と同じように城門を見上げて立ち尽くしていた。横島達は既に移動してしまったようでここにはいない。
 しばし呆然としていた刹那だったが、やがて自分が水晶球の中に入ったことに気付いたらしく、木乃香を見つけ出すために行動を開始する。

「神鳴流奥義、斬岩剣ッ!!」

 ただし、刹那は巨大な城門を押すことも引くこともせずにまず斬りかかった。それが彼女の暴走ぶりを如実に表していると言える。
 一撃で城門を真っ二つにしてしまった刹那は、そのまま「お嬢様ァー!」と雄叫びをあげながらひたすら真っ直ぐに奥へと突き進んで行くのだった。


「ん?」
「ドーシタ横島?」
「いや、何か聞こえたような…」
「うちには何も聞こえへんかったけどなー」
 先行した横島達だが、こちらは刹那とは別のルートで城を探索していた。
 チャチャゼロが「コウイウ城ハ真ッ直グ進メバ玉座ニ辿リ着ク」と言ったため、横島は迷わず脇道に逸れるルートを取ったのだ。刹那は直進しているので、彼女とはまったく別方向に進んでいる。

「それにしても、ホンマ静かなとこやなー。耳がキーンってなりそうや」
「あの白いガキ以外いないのか? まぁ、あんま友達たくさんってタイプではなさそうだったが」
「コンダケデカケリャ使用人グライ居テモヨサソウナンダガナー」
 こうして三人が堂々と廊下を歩いていても誰も咎めたりしない。それどころか、人影を見かけることすらなかった。
 横島が気になるところは、この城の中に生活感を感じないことだ。
 白い少年は実体を持たない幽霊のような存在だった。この城をねぐらにしていると思われるのだが、生きた人間と幽霊の違いを踏まえて考えてみても、ここで生活している気配が感じられないのだ。「廃墟のイメージを感じる」と言い換えた方が正確かも知れない。
 考えられることは、この広大な城のごく一部だけを使用していてこの辺りは使用されていないと言うことだが。
「とすると、奴はこの城にたった一人で住んでるのか? 寂しいやっちゃのー」
「ほんまやなー、一人暮らしならもっとこじんまりしててもええと思うわ」
「ケケケ、悪ノステータスッテ奴ダナ」
 木乃香の頭の上で笑うチャチャゼロ。横島のナイフは鞘に納めた状態で背負っている。
 彼女が言うには『秘密にする気がなさそうな巨大な秘密基地』と『無駄に広い謁見の間』と『パイプオルガンの低音BGM』が悪のステータスとの事だ。ちなみに照明には金を掛けなくても大丈夫らしい。薄暗い方が雰囲気が出るからだそうだ。
「…俺の知ってる連中は『目立たなくて、落ち着いて、安いから』ってこぢんまりした秘密基地使ってたぞ」
「実ガ伴ッテナイ奴ニ限ッテ見栄張リタガルモンサ」
「ようわからへんけど大変なんやなー、悪人はんも」
 白い少年に関してはまだ情報が足りないので判断できかねるが、『巨大な秘密基地』を用意できるだけの力がある事だけは分かるので、横島は最大限の注意を払って警戒していた。
 横島にとって巨大な建造物イコール経済力なのだ。『金持ちは強い』、彼はそれを嫌と言うほど知っている。エヴァあたりが聞けば「アホか」と一蹴するだろう。
「魔法使いの経済力ってよく分からんなー」
「ファンタジーダカラナ」
 説明になっていなかった。


「お嬢様ー、どこですかー!」
 一方その頃、刹那は大理石製の大きな柱を一刀両断にしていた。
 直進し何かにぶつかると一太刀、斬り伏せた物が邪魔になれば方向転換して別方向に吶喊、そんな動きを繰り返している。彼女の目には二つのものしか映っていないのだろう。すなわち「木乃香お嬢様」と「それ以外」だ。
「ハァッ!!」
 気合一閃、易々と居合い斬りで壁に大穴を開ける。
 今までは大きな柱が立ち並ぶ謁見の間に続く回廊に居たのだが、柱を粗方斬ってしまったので次の部屋に移るつもりのようだ。刹那を止められる者はどこにもいない。

「…なんだろう、コイツの価値がどんどん下がっていく気がする」
 そして、水晶球の外ではエヴァが言い知れぬ不安を感じて一人呟いていた。
 水晶の中の城が小さ過ぎることと、全体的に霞みがかっていることで傍から見ていて城門が破壊されてる事すら把握できずにいる。これでは刹那が中で破壊活動している事も分からないだろう。

「何か分かったか?」
「ん、ああ…内部の時間は外と変わらんようだな。こちらと同じだけしか向こうでは経過していない」
「とすると十分弱か、中の連中は大丈夫だろうか?」
「…まぁ、近衛木乃香にいきなり襲い掛かっている事はあるまい。いくら横島とは言ってもな」
 横島を知るだけに心配するところはそこのようだ。敵に関しては一切心配していないのが実に彼女らしい。
 自分達も中に入るべきかと考えなくもないが、自分達が入っている間にスティーブが現れて水晶球に細工されてはたまらないのでここで見張っているのが無難であろう。

「刹那…あまり壊すんじゃないぞ」
「価値が下がるからな」
 二人はまだ一攫千金を諦めてなかった。
 その祈りが徒労に終わる事を知るのは、もう少し先の話である。



「うひゃ〜…」
「な、なんじゃこりゃ!?」
「イイ眺メジャネーカ。俺ハコッチノ方ガ好ミダゼ」
 脇道を探索しても何もない。そう判断した横島達は来た道を引き返し中央の回廊まで戻ってきていた。
 すると彼等の目の前に広がっていたのは、見るも無残に破壊し尽された光景、まるで怪物が暴れた後のようだ。しかし、その怪物の名が『桜咲刹那』と言う事は知る由もない。
「チャチャゼロ、木乃香ちゃんを頼むぞ」
「任セトケ」
 木乃香を守るように前に立つ横島。
 右手に『栄光の手』、左手にサイキックソーサーと言う基本スタイルで周囲を警戒する。
 チャチャゼロは背負っていたナイフを抜き、木乃香の頭上で周囲を警戒していた。

「よくもやってくれたね…」
 突如頭上から響く声、その声に覚えがあった横島は見上げるよりサイキックソーサーを投げつける。
 それは見事に命中し爆炎を上げるが、煙が晴れた後には先程と変わらぬ学生服姿が見えた、あの白い少年が横島達の頭上に浮いているのだ。
 特徴的な白い髪は乱れ一つなく、能面のような白い顔が怒り故か更に蒼白になっている。
「僕の城をここまで破壊できるなんて、正直甘く見ていたよ」
「ちょっ、それ誤かアーッ!!」
 言い終わる前に放たれる『魔法の射手(サギタ・マギカ)』。  一直線に放たれたため横島は軽く飛んで避けることができたが、少年が弁解を聞く耳も持たないほどに怒ってる事はよく分かった。自分の城を破壊されたのが、よほど腹に据えかねたのだろう。
『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト…』
 少年はすぐさま追撃の魔法を詠唱し始める。
 チャチャゼロが飛び掛かるが、確実に喉笛を捉えたはずの一撃が虚しく空を切る。
 避けられたのではない、素通りしたのだ。
 改めて彼の姿を見てみると、まるで周囲の景色に溶け込んでいるかのようだ。いや、正確には本当に溶け込んでいると言える。彼の姿が透けているため、その白い姿が白い城に混じりあっている。
 この時横島は気付いた。彼は幽霊のような実体を持たない存在なのだと。
「アンニャロ、実体ガネーナ。コレジャ御主人カラノ魔法力供給ガナイト手出シデキネェ」
「チャチャゼロ、木乃香ちゃんを連れて下がってろっ!」
 床に着地したチャチャゼロを掴み木乃香に投げ渡すと、横島は壁に空いた穴から木乃香達を逃がそうとするも、地面に降り立った少年が残酷な一言を告げた。
「無駄だよ、この魔法は周囲一帯を石化させる」
 そう言いつつも呪文詠唱を続けて一歩、また一歩と迫り寄ってくる。
 かなり無防備ではあるが、先程のサイキックソーサーで傷ひとつ付かなかったことを見ると、かなり強力な魔法障壁を張っていると思われる。
 にぃっとの眉月のように吊り上げられた笑みがまるで血化粧のように紅い。白い世界の中で、その紅だけがやけに眼に突き刺さる。

『小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ(バーシリスケ、ガレオーテ、メタ・コークトー・ポドーン・カイ・カコイン・オンマトン)』

 怯えた木乃香がぎゅっと横島の左腕にしがみ付いてきた。
 こうなると俄然張り切る横島は、どんな魔法だろうと防いでカウンターを食らわせてやると気合を入れて、空いた右手に二つの文珠を握り込んでその時を待った。

『時を奪う毒の吐息を(ブノエーン・トゥ・イウー・トン・クロノン・パライルーサン)』

 少年の手振りに合わせて光が軌跡を描き、少年の詠唱に合わせてその光が少年の指先に集っていく。
 そして詠唱が完了し、後は力ある言葉によって魔法を発動させようとしたその時、「神鳴流、斬空閃ッ!!」破壊魔の一撃が横島達の脇の壁を突き破って少年を呑み込んだ。
 木乃香の危機を敏感に察知し、刹那が舞い戻ってきたのだ。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「せっちゃん!」
 刹那が夕凪片手に駆け寄ってくる。木乃香は喜色満面の笑みで彼女を迎えるが、横島は初めて目の当たりにした神鳴流の技に驚きを隠せなかった。小柄な身体から繰り出されたとは思えない程の破壊力。同時にこの回廊の破壊を誰が行ったのかを悟った。
「せっちゃん、ウチのこと助けに来てくれたん?」
「お嬢様…」
 この時刹那は失念していた。彼女は木乃香の前に姿を現してはいけなかったのだ。
「す、すいません!」
「流石夢やな!」
「…え?」
 しまったと慌てて背を向けたその時、木乃香の暢気な声が掛けられて刹那の足がピタリと止まった。恐る恐る振り返ると、木乃香が今にも泣き出しそうな表情で刹那を見ている。
 横島は二人の事情についてはよく分かっていなかったが、これは見ていられないと刹那の耳元に寄って木乃香が今の状況を夢だと思い込んでいる事を伝えた。刹那は驚いた様子だったが、木乃香はオカルトに一切関わらないように育てられてきたのだ。ならばこの状況について行けなくて夢だと思ってしまっても仕方ないと納得する。
「あ、えーっと…」
「このちゃん、やろ?」
「は、はい、このちゃん…」
「ほんま久しぶりやなぁ、せっちゃん。夢の中でもうれしいわ〜」
 実に嬉しそうな木乃香に、頬を林檎のように真っ赤に染めて照れる刹那。
 刹那とて好き好んで木乃香を避けているのではない。
 木乃香の両親が彼女をオカルトに関わらせないように育ているため、刹那は一般人として側にいるか、神鳴流の剣士として陰ながら守るかの選択を迫られ、彼女は『友』ではなく木乃香を守るための『力』となる事を選んだのだ。
「ふぅ、不意打ちとはやられたよ」
 聞こえるはずのない声に、横島は慌てて声の主へと向き直る。
 そこに立っていたのは、やはり無傷の少年。刹那は目付きを鋭いものへと変えて木乃香を庇うように夕凪を構えた。
 白い髪に学生服、その装いを見るうちに刹那の目が驚きに見開かれていく。
「貴様は…まさか、あの書斎の写真に写っていた…!」
 どうやら刹那は「木乃香の危機」と言う事実だけを認識して、相手が誰かも考えずに攻撃を仕掛けていたらしい。
「あの写真、まだ残っていたのか…もう何十年も前だと言うのに」
「スティーブッ!!」
「………その名はとうの昔に捨てたよ」
 横島は「やけに普通の名前やなー」と思ったが、それを指摘できる雰囲気ではない。
 スティーブと言う名の白い少年は再び詠唱を開始し、刹那は夕凪で斬りかかろうとするが、それを横島が制止する。
「横島さん、何で止めるんですか!?」
「さっきの忘れたのか?」
 そう言われて刹那は声を詰まらせる。
 先程の一撃は冷静さを失っていたがそれだけに強力だったにも関わらずスティーブは傷一つついていない。
 横島のサイキックソーサーが直撃しても無傷だった。
 これには何かからくりがあるはずなのだ。それを解かぬまま真っ向勝負を挑んだところで勝ち目はない。
「神鳴流だっけ? そっちの技か術にこんな無敵モードになるの無い?」
「すいません、心当たりがありません」
「そっか…どんな反則技使ってるんだか」
 透き通る姿をしているが、幽霊と言うわけでもなさそうだ。
 この時横島の脳裏にある人物が思い浮かぶ。
「…あ」
「オ、何カ思イ付イタカ?」
「俺、お前みたいなヤツに会った事あるぞ」
「へぇ、それは興味深いね」
 かつて死津喪比女を封じた道士が残した記憶、いや人格の記録と言うべきか。
 あれは霊体を持たないただの立体映像のようなものだ。それならば攻撃しても効果がないのも理解できるのだが。

「でもコイツ、魔法使ってくるんだよなーっ!!」

 スティーブの放った『魔法の射手』を横島は全弾サイキックソーサーで防いだ。
 霊体が無ければ魔法も使えないはずなのだ。何より彼には希薄ながらも気配がある。これはすなわち彼に霊体があるという事とイコールで繋がる。

「今は逃げるぞ! からくりが分からん以上、それしかないっ!!」
「は、はい…!」
 横島の判断は早かった。「ゴキブリのように逃げる」の精神だ。
 いつもならそれは逃げると見せかけて「蜂のように刺す」ための前準備なのだが、今回は本当に逃げるしかない。スティーブの言葉を信じるなら、彼には広範囲を一斉に石化させてしまうような魔法が使える。こんな魔法使いに対抗するためにはこちらも魔法使い、水晶球の外に居るエヴァの力を借りるしかない。
「逃げる? 無駄だよ。この城を出るゲートは謁見の間しかないんだ。しかも僕の魔法力でないとそのゲートは起動しない」
 余裕の表情で先程中断された魔法を再び詠唱するスティーブ。
 自分がゲートを起動しない限りこの城から脱出する事はできない。絶対の自信が彼にはあった。
「クッ、八方塞りか!」
「せっちゃん…」
 こうなったら刺し違えてでもスティーブを葬るしかない。
 明らかに無理な事に刹那が最後の望みを託そうとしていたその時―――

「さて、そいつはどうかな?」
「へらず口を…っ!」

―――横島はどこか余裕のある、スティーブ以上の勝ち誇った笑みを浮かべた。
 その笑みが癪に障ったのか、スティーブは語気を強めて詠唱のスピードを速める。

『石の息吹(プノエー・ペトラス)ッ!!』

 完成した魔法が発動し、スティーブを中心に石化の呪いが掛けられた煙が噴出し回廊を埋め尽くす。
 刹那はその身を盾にして木乃香を守ろうとするが、それより速く彼女達を光のヴェールが覆った。
「なっ、これは!?」
「さて、後は『脱』出するだけ!」
 横島は刹那がこの場に現れる前から二つの文珠を握り込んでいたのだ。
 文珠の一つに『護』の文字を込めて結界を張りスティーブの『石化の息吹』を完全防御すると、続けて煙で彼の視界が遮られている内に残りの文珠に『脱』の文字を込め発動させた。


「な、なんだ!?」
 水晶球の外でも異変が起きていた。
 台座の上の水晶球が急に輝き始めたのだ。
「何か来るぞっ!」
「横島達か?」
 水晶球から人間大の光珠が飛び出し床に降り立つ。
 『ハイ・デイライトウォーカー』とは言え眩しいのが苦手なのは人間と変わらないのか、いつの間にか真名の背後に避難しているエヴァ。それが敵であればすぐさま攻撃をしてやろうと、真名は必殺の気構えで銃を構えて待った。
「よしっ、脱出成功!」
「え、どうやって…」
 しかし、彼女達の耳に届いたのは横島達の声だった。
 まだ姿は確認できないが、刹那達はどうやって脱出したか分からないらしく、うっすらと見える小柄な影が辺りをキョロキョロと見回している。
 やがて光が収まると、そこに立っていたのはやはり横島達の姿。

「………」
「…貴様ら、中で何やってた?」

 ただし、四人は揃って全裸だった。
 文珠は彼等を『脱』出させるだけでは飽き足らず、服まで『脱』がせてしまったらしい。

「よ、よよよよ、横島さん!?」
「ま、待て、誤解だ!」
 文珠の効果は着ている服を脱がせることだけに限定されていたらしく夕凪のような手に持っていた物は残っているようだ。チャチャゼロなどは人形だけに全裸でも気にならないらしく、ナイフが無事だった事を喜んでいる。
 当然刹那は全裸のままで夕凪を上段に構えているのだが、横島はそれを目の当たりにしながら鼻血を出す暇もなかった。今にもその全裸の少女に斬られそうなのだから無理もない。
「ふぅ〜…」
「お嬢様ーーー!!」
 そうこうしている内に木乃香がパタリと倒れてしまった。慌てて刹那が抱き起こすが完全に意識を失ってしまっている。
「思いっ切り凝視してたからなぁ…。フッ、俺も罪な男だぜ」
「いいから、とっとと隠すなりしろ馬鹿者め」
「そうだな、何か隠すものは…そうだ、これがあったか」
「隠す必要がないように風穴開けてやろうか?」
 と真名が言い終わる前に銃声が響いていたが、それは隠すべきところを隠した横島のサイキックソーサーに弾かれてしまった。通常よりも屈辱三割増しである。

「ところで、中で一体何があったんだ?」
 真名は手荷物の中から外套を取り出して刹那達に羽織らせながら横島に問い掛ける。
 横島の方にはいつまでも股間を輝かせていられてもたまらないので、仕方なくスポーツタオルを差し出す。
 すると横島はタオルを腰に巻きながら真名の問いに答えた。
「変な魔法使いの白坊主に襲われてな。脱出口はあいつにしか使えないって話だったんで自力で脱出したんだ」
「…白坊主?」
 怪訝そうな表情をする真名。
 思い当たるのは先程書斎で見た写真に映っていた白髪頭だ。
「こいつか?」
 エヴァが横島に書斎で見つけた写真を見せてみると横島が驚きの声をあげた。顔が塗り潰されているが、髪型や服装、体型に至るまでそっくりだ。
「こいつだ! 刹那ちゃんはスティーブとか呼んでたぞ」
「やはりスティーブか…」
「幽霊みたいなんだけどちょっと違っててな、攻撃がまったく効かないんだ。思念の記録かと思ったけど、ちゃんと霊体はあるみたいだし…エヴァはそんな魔法に心当たりないか?」
「私は不死身だから、その手の魔法には疎くてな…」
 頼りのエヴァも、スティーブが無敵の理由に心当たりがないようだ。
 こうなってはこの地下室ごと、或いは屋敷ごと封印するしかないかと考えるが、その為の札を横島は持ち合わせていない。龍宮神社でもそのような札は取り扱ってないとの事。
「逃がさないよ」
「チッ、しつこい!」
 聞きたくなかった声に振り向くと、水晶球が再び強い光を放っている。
 光球が飛び出し、その中から現れたのはやはりスティーブだった。
 すぐさま真名が銃を撃つが、術を施した弾はやはりスティーブの身体を素通りしてしまう。
「本当に効かないようだね…」
「そういう事だ。それじゃ、皆石になってもらおうか」
 ジリジリと後ずさるが、元より狭い部屋。すぐに壁に背がついてしまう。
 もはや成す術なし。刹那が意識を失ったままの木乃香をぎゅっと抱き締め覚悟を決めたその時。


「蔵人醍醐復活ーッ!!」


 突然蔵人醍醐が意識を取り戻し、床をごろごろと転がって横島達とスティーブの間に割って入った。
「お嬢さん達、ここは僕に任せて下がっていたまへっ!」
 横島はアゴをカクーンと落とし、真名が天を仰ぎ、エヴァに至っては醍醐をオトリにして逃げようかと考え始めるが、そんな周囲の心情など歯牙にも掛けない男はそのまま転がり続け、一番目立つ場所で天を指差し立ち上がる。そう、部屋の中心。水晶球を安置していた台座のすぐ側で。
 当然、台座と立ち位置を競合することとなり、醍醐のロングコートが台座を薙ぎ倒し水晶球を弾き飛ばしてしまった。
「貴様、何て事を…!?」
 スティーブが止める間もなく水晶球は台座から転げ落ちる。
 今までの余裕はどこへやら、とてつもない慌てようだ。その様子を見たエヴァはピンと来た。
 それは彼女の目的を否定するものだったが、他に手段はないと涙を呑んで横島にそれを伝える。
「横島、あの水晶球だ! あれを破壊しろッ!!」
「わ、わかった!」
「やめろーーーっ!」
 すぐさま横島は先程から展開したままだった真名の銃弾を弾いたサイキックソーサーを水晶球目掛けて投げつけた。この距離ではいかにスティーブと言えども止めに入る事も魔法で迎撃する事もできない。
 ソーサーは見事に水晶球に命中、それを打ち砕く。
 するとスティーブは突然苦しみだし、その姿が薄れ始めた。
「な、何が起きたんだ…?」
「いつだったか、小耳に挟んだことがあってな。魔法の中でも邪悪な魔法とされるものの中に『自分の魂を分割して、魔法の道具に宿す』魔法があると」
「それじゃ、まさか…」
 エヴァは肯いた。
 つまり、スティーブと言う人間から分割された魂の一部があの城を閉じ込めた水晶球に宿っていたのだ。
 霊体を持つスティーブは空蝉、本体はあくまで水晶球。いくら攻撃しても倒せないはずである。

「まさか、こんな…」
 水晶球と言う供給源を失ったスティーブが苦しそうに呻いている。
 その前に颯爽と立ち塞がる影があった。
「フッ、これぞ正に僕のために用意された花道ってヤツだねぇ」
 髪をかき上げてポーズを決める醍醐。
 スティーブにはもはや魔法を唱える力はおろか身動き一つする力すら残ってはいない。何かできる事が残されているとすれば、それは声を上げることぐらいだ。
「そんなっ、まさか、まさか…!」

「退け、悪霊ォーーーッ!!」

 そして炸裂する『一千万円』と書かれた破魔札。しかし、当然スティーブには効果が無い。
 放っておいても勝手に消滅していただろうが、そんな事は醍醐には関係なかった。
 何故なら敵が勝手に自滅しては格好良くないからだ。

 破魔札の爆炎が収まった頃には、スティーブの分身体は完全に消滅してしまっていた。
「どこの誰かも分からぬが、悪そうな悪霊討ち取ったりぃーーーっ!」
 醍醐の高らかに上げた勝利宣言に対し、横島達が何の反応もできなかったのは言うまでもないことである。



 その後、結局水晶球の城の中で脱ぎ捨てた服は戻ってこなかった。エヴァ曰く、水晶球が砕けた時点で中の城も消滅してしまったとの事だ。
 仕方なく真名が三人分の衣服を買い求めるために繁華街へと走り、その間に木乃香が目を覚ましてしまったので、刹那は慌てて身を隠す。
 そして、横島達が着替え終えて屋敷の外に出る頃には、辺りは夕暮れ時で赤く染まっていた。

「木乃香さん」
「蔵人はん…」
 屋敷の前で向き合う二人。
 スティーブにトドメを刺したのは水晶球を破壊した横島なのだが、醍醐は自分の破魔札でトドメを刺したと思い込んでいる。説明は無駄だろう。
 このままでは醍醐は引き下がらない。いざとなれば斬るしかないと決意した刹那が夕凪を握り締めたその時、醍醐が突然木乃香に向かって深々と頭を下げた。
「木乃香さん、申し訳ありません!」
 突然の展開に疑問符を浮かべる面々。
 どうやら醍醐の方からお見合いを断ろうとしている事だけは分かる。
「哀しいけど、哀しいけど僕はGSなのです!」
 木乃香の方も状況が理解できずに何も言い返すことができない。
 元より相手の話などほとんど聞かない醍醐は更に続けた。
「世に霊障の種が尽きぬ限り、僕は世のため人のため平穏と言うぬるま湯に浸かるわけにはいかない! よって、このお見合いはお断りさせていただきます! ああ、泣かないでください、涙は別れを辛くします!」
 一人で盛り上がる醍醐。木乃香が泣いているわけがない。
 むしろ断りたいのは木乃香の方なのだ。向こうがその気になっているのなら、わざわざ口を挟む必要はあるまい。

「全国のちびっこ達が僕を待っているんだぁーっ!!」

 そう叫んで醍醐は夕日に向って走り去っていった。
 横島達は呆然と見守るしかなかったが、その中で一人だけが嬉しそうに手を振ってそれを見送っていたという。
「お嬢様、どうしてそう平然と流せるんですか?」
 物陰から刹那がポツリと呟く。そう、その一人とは他ならぬ当事者、近衛木乃香嬢であった。



 それから一時間程経過し、ようやくショックから立ち直った横島達は木乃香を寮まで送ると約束通り真名に夕食を奢ってもらうべく繁華街へと繰り出した。
 できれば木乃香も一緒に連れて行きたいところであったが、それでは刹那が参加できなくなるためやむを得ず彼女は不参加となったのだ。
「こらうまい! こらうまい!」
「横島、貴様いいとこばかり一人占めするんじゃない!」
 子供のように料理を取り合う横島とエヴァの二人。
 刹那は微笑ましそうに見守っているが、真名は冷や汗を垂らしていた。
 横島がそれなりに食うだろうとは覚悟していたが、まさかエヴァもここまで食うとは思ってもみなかったのだ。
「真名も大変だな」
「…まぁ、仕方がないさ。私だけじゃスティーブ相手に手も足も出なかっただろうしね。今まであれを放置し続けていたと思うとゾっとするよ」
 苦笑する刹那に対し真名は余裕を見せようとする。
 それなりに痛い出費ではあるが、ここはプライドの方を優先だ。
 汗を拭い、微笑もうとして―――

「あ、それ俺が腰に巻いてたタオル」

―――見事に自爆した。



 この日、麻帆良学園都市で一晩中銃声が鳴り続けていたらしい。
 その数は数百発にも及び、学園都市の住民のほとんどがそれを耳にしたが、翌日以降のいかなる情報メディアにもそれが掲載される事はなかったそうだ。
 中には不審に思って調べた者もいたようだが、銃で撃たれた怪我人を治療したと言う記録は一切残っておらず、それが隠蔽された形跡もない。
 結局、『麻帆良の夜を貫く銃声』は謎のまま憶測だけを呼び、やがて風化していったとのことだ。


「あー、死ぬかと思った」
「なんであんたはアレを全弾避けられるんだ…」
 ただ一つはっきりと言える事は、その日が龍宮真名にとって厄日であったと言うことだけである。



つづく



あとがき
 「ネギま」を扱う以上、脱ぐのは避けられませんよね〜、とか思ってみたり。
 今までで一番長くなりました、流石は蔵人醍醐です。

 今回は、スティーブの分身体を作り出した魔法についてです。
 勘の良い方ならこの時点で気付いているかも知れません。

 以前から『黒い手』シリーズは密かにある作品もクロスしていました。
 と言っても、設定をちょちょいとつまむ程度で本格的なものではありませんが。
 実はこの魔法はそちらからの出典なんですね。
 「固有名詞を出さない」と言うルールで使用していたので、パロディギャグの一環だと捉えていた方も多いと思います。
 今後もこの魔法の名前が出てくることはないでしょう。

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