topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.125
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 昼休み、愛衣はお弁当の入ったポーチを手に食堂棟に向かっていた。横島と高音の二人と合流し、一緒に昼食を食べるためだ。
 ここ最近の彼女は、クラスメイトよりも高音、横島と過ごす方を優先していた。以前からその傾向はあったのだが、横島と知り合ってからますますその傾向が強くなっている。
 愛衣が到着したのは、食堂街の中央にある広場。ここにはパラソル付きの丸いテーブルと椅子がいくつも並べられており、周囲の店で買ったものや、自前のお弁当を食べる事が出来るようになっている。この時間、テーブルはほとんど埋まっており、制服やジャージ姿の生徒達が友人同士で集まり、賑やかに昼食を楽しむ姿が見える。繁華街のようであっても、やはり学食と言う事だろうか。
「あ、お兄様、お姉様!」
 その内の一つのテーブルに、横島と高音の姿があった。それを見付けた愛衣は、手を挙げて声を掛けると、嬉しそうに二人の下に駆け寄った。まるで小さい子犬のようだ。もし彼女にしっぽがあれば、きっとパタパタと元気良く振っていただろう。
「あら、愛衣。遅かったわね」
 その声に気付いた高音は、駆け寄る愛衣の方に振り向き微笑み掛ける。心なしかほっとした様子だ。
 それも仕方がない事だろう。愛衣が来るまで、彼女は横島と二人で一つのテーブルに着いていたのだから。
 知っての通り、現在彼女には聖ウルスラ女子高等学校において横島との交際疑惑が囁かれていた。毎朝、一緒にバスに乗って登校し、下校時は毎日でないにしろ横島が迎えに来る事がある。その上、こうして昼休みに食堂棟で毎日一緒にいるところを目撃されるとなると、もう疑惑どころではない。
 実際のところは「毎日二人きり」ではなく、「毎日三人で」一緒にいる訳なのだが、それぞれの学校と食堂棟の位置の関係から、どうしても横島と高音の二人だけで過ごす数分間が出来てしまう。同じ聖ウルスラから食堂棟に来ている面々の多くがこの姿を目撃する事になるのは、言うまでもない事であった。
 高音はおたおたとしながらも「警備のボランティアで一緒だから」と説明するが、それも効果は薄い。それどころか、現在彼女はそのボランティアのために寮を出ているため、「実は同棲しているのではないか?」と余計に想像をかき立たせている。
「ごめんなさい。ちょっと授業が長引いちゃいまして」
「いいんだよ。ほら、早く食べないと昼休みが終わっちまうぞ」
 愛衣が丁度二人の真ん中辺りに椅子を移動させて席に着くと、高音はほっと胸を撫で下ろした。これで二人きりで逢瀬しているようには見えないだろうと。
「どうしたんですか? お姉様」
「え? ううん、なんでもないのよ」
 愛衣の問い掛けに微笑んで返すと、高音はにこやかに昼食を食べ始めた。
 ここまで気にするなら、横島と一緒に行動するのを止めれば良いのだが、高音はそうしようとはしなかった。彼女が迷惑しているのは、周囲が騒ぎ立てる事だ。高音自身、こうして三人で過ごす時間を楽しんでいる面がある。
 レーベンスシュルト城で暮らし、夜の警備を共にするようになってから、彼に対する評価は少しずつ変わってきていた。
 高校生の身でありながら既に一人前として認められ、独立したプロの民間GS。共に仕事をするようになり、それが名だけではなく実も伴っている事が分かった。なんだかんだと言って、現場での彼は頼りになるのだ。そんな彼に対し、高音は一定の敬意を抱いていると言って良いだろう。
「ん? 高音、俺の顔に何か付いてるか?」
 いつの間にか、じっと横島の顔を見詰めていたらしい。横島の方もその視線に気付いて、首を傾げていた。
「な、なんでも……いえ、頬にごはんつぶが付いてるわよ」
「お、スマン」
 彼の頬にごはんつぶが付いている事に気付き、手を伸ばして取ってやる高音。愛衣はわくわくした様子でそれを見ているが、彼女の期待には応えず、高音はウェットティッシュで、指に付いたごはんつぶを拭き取った。愛衣は心なしか残念そうだ。
 例の霊力供給の修行のおかげで情が移ったと言うのは否定しない。以前の彼女では、男性の前であのような醜態を晒すなど考えられなかった事だ。しかし、今はそれを否定する気にはなれない。恥ずかしくなくなった訳ではないが、その修行のおかげで魔法使いとしての力がぐんぐん伸びている今、高音にとってはそれすらも彼に対する敬意に繋がっていた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.125


「ね、ねえ、横島君。陰陽寮に注文している霊衣なんだけど、もうすぐ届くのよね?」
「明日か、明後日ぐらいだろうな。学校行ってる間に届いたら、千草達が受け取ってくれるはずだ」
「そ、そう……そしたら、その、修行も次の段階に移るのよね?」
 もじもじと恥ずかしそうに高音は尋ねる。昨日の裕奈達の姿を見ているため、あれを自分もやると考えると頬が熱くなってくる。高音の活性チャクラは、お尻付近の第一チャクラ『ムーラダーラ』なので、彼女には出来そうにもなかった。

 御存知の通り、高音は影を身に纏って戦闘服にする事が出来る。それが魔法によるものならば、影を通じて霊力供給は出来るのか。この疑問を最初に思い付いたのは夕映だったが、高音自身もそれは気になった。
 気になった以上は確かめるしかない。高音は、実際に影の戦闘服で霊力供給の修行に臨み、影を通じて供給する事は可能か確かめる事にした。
 その結果、霊力供給は可能だと言う事が分かったのだが、結局その一回でこの修行方法は封印される事になる。
 理由は三つある。まず第一に、魔法力と言うフィルタを通すためか肌に直に触れて霊力を送り込むよりも効率が悪い事。
 第二に、効率が悪くなった分、横島の霊力は影の戦闘服の方にも流れ込んでしまったようで、身体の内側、外側の双方で横島に包まれる感覚を味わう事になり、いつも以上に刺激が強くなってしまった事。高音は影の戦闘服を身に着ける際は、下に何も着ていないため、これは非常に不味い。
 そして第三の理由は、普段の霊力供給でさえ半ば意識が飛ぶと言うのに、そのような強い刺激に高音が耐えられるはずもないと言う事だ。
 実際に高音は意識を失ってしまったのだが、彼女の影の戦闘服は、彼女自身が意識を失ってしまうと魔法が解けて消えてしまうと言う欠点がある。そう、高音は霊力供給の修行中に戦闘服が消え、一糸纏わぬ姿になってしまったのだ。
 今度は横島が耐えられなくなる番であった。こちらも霊力供給の間はテンションを上げて興奮状態になっていると言うのに、突如目の前で抜群にスタイルの良い高音が一糸纏わぬ姿になったらどうなるのか、想像に難くない。
 鼻息を荒くした横島は、意識を失った高音に覆い被さるように押し倒し――直後に古菲と刹那の一撃で壁まで吹っ飛ばされた。
 多少の事では口出しせずに見守っていた刀子とシャークティも、流石にこれは黙っていられなかったらしい。横島、高音、夕映の三人が、並んで正座で説教を受ける事になってしまった。二人が止めてくれなければ、本当に大変な事になっていただろうから、当然の事である。

「まぁ、どっちかと言うと、俺の修行としての意味合いの方が強いけどな」
「どう言う事ですか?」
 その時の記憶を掘り起こして真っ赤になっている高音に代わり、愛衣が横島に尋ねる。
「霊衣を着れば、高音達はどこからでも霊力供給を受けられるようになるわけだが、それは俺の方も一緒でな」
「全身どこからでも霊力供給が出来るって事ですか?」
 愛衣の言葉に、横島はコクリと頷いた。
 以前、足からサイキックソーサーが出せないかと試してみて、あっさり出来てしまった横島は、更にそれを発展させる事を考えていた。
 例えば背後から攻撃された場合、背中からサイキックソーサーを出現させる事が出来れば、手から出現させるよりも素早く身を守る事が出来る。
 横島は、毎日霊力供給をして高音達をあふんあふんと言わせながらも、自分の修行についてもしっかり考えていた。いや、彼はそこまで勤勉ではない。手の平から供給するよりも自由に身体を密着させる方法を考えた結果が、アスナ達の修行方法の改善となり、また横島自身の修行になっているのだ。
 彼もまた成長途上と言う事なのかも知れない。つくづく妙な所で要領のいい男である。
「っつー訳で、霊衣同士での霊力供給は、俺にとって手以外から霊力を放出して制御する、絶好の修行になりそうなんだ」
「な、なるほど、色々考えているのね……」
 ようやく絞り出すような声を出す高音。意外と真面目に考えている横島に対し、恥ずかしくなりそうだとばかり考えていた彼女は、別の意味で自分が恥ずかしくなってしまった。
「分かったわ。霊衣を使った修行、私もとことん付き合うから!」
「私もやります、お兄様!」
 目を輝かせて口々に申し出る二人。横島自身も真面目に修行しようとしているのだから、自分達が怖じ気付いている訳にはいかない。

 しかし、二人は忘れていた。
 そもそも霊力供給の修行で霊衣を使おうと考えたのは、霊力を送り込む刺激に身をよじらせたりしては不味いため、身体を密着させて無理な体勢にならないようにするためだ。
 つまり、霊衣を使って修行するようになれば、マイトが高いため大量に霊力を送り込まれる高音も、霊力の刺激に弱くてくすぐったがりな愛衣も、身体を密着させて横島と抱き合いながら修行する事になる。
 その事に気付かず盛り上がる二人。今は言わぬが華であろう。



 横島達三人が昼食を終え、テーブルを囲んで談笑している頃、広場に一人の女性が入ってきた。日に焼けた肌に長い髪をなびかせ、颯爽とした立ち振る舞いで辺りを見回しながら歩いている。
 年の頃は高音と同じぐらいか、少し上と言ったところだろうか。Vネックのニットにスキニーパンツとラフな出で立ちだが、自信に満ち溢れた凜とした表情は、男子生徒だけでなく女子生徒も思わず振り返ってその姿を目で追ってしまう程に魅力的だ。
「おっ、いたいた」
 女性の口元に笑みが浮かぶ。どうやらお目当ての人物を見付けたらしい。その視線の先には、横島が座るテーブルがある。
「ふっふっふっ、いい事思い付いたぞ♪」
 先程までとは打って変わって、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる女性。にんまりとした笑顔を見ていると、「キレイ」と言う印象が「可愛い」に変わってしまう。
 その女性の名はテオドラ。魔法界からヘラス帝国の援軍を率いてやってきた第三皇女である。
 ただし、今の彼女には頭の角も、長く尖った耳もない。魔法で人間に姿を変えている。
「ちょいとからかってやろうかの」
 横島に用があってここを訪れたのだが、彼と一緒にテーブルに着く高音と愛衣の姿を見て、悪戯を思い付いてしまった。
 足取りも軽くそのテーブルに近付くと、愛衣の向い側にある空いた席に手を掛け、横島に流し目を送りながら声を掛ける。
「そちらの席、空いています? ご一緒してもよろしいかしら?」
 突然声を掛けられて呆気に取られる三人。テオドラは返事を待たずにその席に着く。
 テオドラは涼しげな表情をしながらも、内心では笑いをこらえていた。
 高音と愛衣については初めて見る顔なので、彼等三人がどう言う関係なのかは知らないが、それなりに仲が良いのだろうと当たりを付けたテオドラ。自分が人間に姿を変えて正体が分からぬのを良い事に、横島をナンパして彼女達の関係に一石を投じてやろうと言うのだ。
 高音と愛衣はテオドラの登場に戸惑った様子だ。女の勘か、横島の知り合いではないかと考えたらしく、チラチラと横島の方を見ている。
 そこでテオドラは、三人の前で認識阻害の魔法を使ってみせた。正体をバラした時に騒がれては不味いため、使う必要があった魔法だが、それ以上に横島達に「魔法関係者」である事をアピールする狙いがある。案の定、高音と愛衣の二人は驚きに目を見開いていた。
 得意気な笑みを浮かべ、テオドラは横島の方に視線を向ける。

「テオドラ様、どうしたんです? こんなところで」

 今度は、テオドラが驚きに目を見開く番だった。なんと、横島はあっさりとテオドラの正体を看破してしまったのだ。
「な、な、な……」
「は? 何を言っているの、横島君。テオドラ様と言えば、ヘラス帝国の……」
「あ、もしかして、魔法で姿を……」
 高音と愛衣もテオドラの名前は知っていたので、横島の一言ですぐに事情を察してしまった。こうなってしまうと、恥ずかしいのは騙せると自信満々で席に着いたテオドラの方である。
「な、なんでそうあっさりと正体を見抜くんじゃ、お主は! 何か霊能でも使っておるのか!?」
 顔を真っ赤にして横島に詰め寄るテオドラ。正体をバラした際に驚かれて声を上げられた時のために使った認識阻害の魔法だが、結局大声を上げる事になったのは彼女の方であった。
「は? 正体?」
 対する横島は、本気で何の事か分からない様子で首を傾げている。
 テーブルに着いたテオドラを、見える範囲で胸、顔、そしてもう一度胸となめるように見て、やがてある事に気付いてポンと手を打った。
「おお、角がない!」
「遅いわーーーっ!!」
 思わず大声を張り上げてツっこみを入れてしまうテオドラ。認識阻害の魔法を使っていて本当に良かった。
 魔法で姿を変えているとは言え、本格的に顔形を変えている訳ではない。角と耳を隠す事によって人間に姿を変えていたのだが、どうやら横島は顔と胸だけを見てテオドラだと判断したようだ。
「お、お主と言うヤツは……」
 からかおうとしたはずが、逆にテオドラの方が疲れる結果となってしまった。まさか、姿を変える魔法を無視してテオドラだと見抜くとは、流石にこの反応は予想外である。
「い、いや、これはこれで好ましいか」
 気を取り直してテオドラは咳払いをする。
 おかげで横島の事が一つ理解出来た。テオドラが魔法で角と尖った耳を隠したのは、それが人間にとって奇異に映るためだ。しかし、彼はそんなものなど気にも留めず、最初から見ていなかった。
 スケベ心もあるのだろう。むしろ、そちらの方がメインかも知れない。先程も胸を二度見ていた。
 だが、ただのスケベではない。人と人ならざるもの達との間に高くそびえる垣根すらも容易く飛び越えてしまう偉大なるスケベだ。ここまで来ると、いっそ表彰するか額縁に入れて飾りたくなる程である。

「あの、それでテオドラ様はどうしてここに?」
 おずおずと高音が声を掛けてきた。言われてテオドラは、ここに来た本来の目的を思い出す。
「おっとそうじゃった。横島、お主にちと頼み事があるのだが」
「俺に? ムチャなのは勘弁してくださいよ?」
「安心せい、大した事ではない」
 首を傾げる横島に対し、テオドラは本来の調子が戻って来たらしく、ピッと人差し指を立ててチッチッチッと振ってみせる。
「実は、妾達は麻帆良祭が終わった後、魔法界に戻る前にGS協会と会談の場を設けたいと考えておってな」
 テオドラの言葉を聞き、横島と高音は思わず顔を見合わせた。魔法界からの援軍は外交的な意味合いもあると聞いていたが、テオドラは関東魔法協会を飛び越えて、ヘラス帝国とGS協会との交流も考えていたらしい。
 横島に対してはあまり意味が無かったが、こうして姿を変えてこっそり一人で会いに来たと言う事は、北の連合の援軍を率いてきたリカード元老院議員を出し抜こうと言う魂胆があるのかも知れない。
「そこでお主に繋ぎを頼みたいのだ」
「う〜ん、話を通すぐらいなら出来ると思うけど」
「それで良いぞ。アポさえ取ってくれれば、後は妾達でやる」
「それぐらいならなんとか。麻帆良祭が終わってからでいいんですよね?」
「ああ、警備の仕事はきっちりやらねばならんからな」
 横島もGS協会の顔見知りの幹部達に声を掛ければ済む事なのであっさりと引き受ける。交渉成立だ。テオドラはニッと白い歯を見せて笑った。
 そんな二人の様子に呆気にとられている高音と愛衣。彼女達は魔法界出身者であるため、テオドラがどのような立場にあるかはよく知っている。横島がそんな彼女と平然と喋っているのも驚いたが、テオドラ皇女がこんな人なつっこい笑みを浮かべるとは思いもよらなかったのだ。


「そう言えば、聞いたぞ横島」
「? 何を?」
「また新しいアーティファクトを発見したそうじゃないか。これで五つ目だったか? やるではないか」
 横島、高音、愛衣が揃って噴き出した。
 横島が裕奈と仮契約したのは一昨日の事だ。しかも、その事を知っているのはレーベンスシュルト城の住人と3−Aの面々、後はネギパーティぐらいである。
 それを何故テオドラが知っているのか。三人は怪訝そうな視線を彼女に向ける。
 その視線に気付いたテオドラは、一瞬何故自分がそのような目で見られるのか理解出来なかった。しかし、すぐに理解し、苦笑しながらひらひらと手を振る。
「なんじゃ、お主達は知らんのか? 横島が仮契約して、新たなアーティファクトが発見された事は、オコジョ協会や世界パクティオー協会でニュースになっておるぞ」
「……マジすか?」
「マジじゃ。本来ならば誰が仮契約したかなどは分からんのだが、お主の場合はちと特殊だからの」
 オコジョ協会と世界パクティオー協会に横島と裕奈の仮契約を報告したのは、言うまでもなくカモだ。
 しかし、この場合彼を責めるのは筋違いである。アーティファクトを管理するため、彼等は仮契約(パクティオー)を執り行った場合、それを協会に報告しなければならないのだ。魔法界には「仮契約屋」なんてものまで存在するが、こちらも例外ではない。
 そして、本来なら出現したアーティファクトに関する情報はニュースになっても、誰が仮契約したかについて広まる事はない。だが横島の場合は、次々と新発見のアーティファクトが出現していると言う事で、魔法界でにわかに話題になっていた。そのためカモが新発見のアーティファクトを報告すると、横島が仮契約したのだろうと予測出来てしまったのだ。
「それなら仕方ない……のか?」
「今、GSで仮契約しているのはお主ぐらいじゃし、バレるのは時間の問題だったと思うぞ」
 ここでテオドラは、スッと視線を高音と愛衣に向ける。
「で、どっちなんじゃ? その新発見のアーティファクトを手に入れた『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』は」
「なっ……!?」
 思わず声を詰まらせてしまう高音。まるで、交際疑惑について尋ねてくる聖ウルスラの友人達のようだ。
「そっちかの?」
「い、いえ、私はまだ……」
 話を振られて、愛衣は顔を真っ赤にして否定する。
 しかし、その反応はテオドラにとってツボだったらしく、ますます楽しそうな笑みを浮かべた。
 「まだ」と言う事は、これから先仮契約する気があると言う事だ。愛衣の方も、口にして初めて気付いたらしく、顔を真っ赤にして俯いている。
「ういのう、ういのう♪ 横島、そなたは果報者じゃな」
「うん、それは認める」
 腕を組み、あっさりと首を縦に振って答える横島。愛衣のような可憐な少女に好意を寄せられて嬉しくないはずがない。
 そして、他の『魔法使いの従者』達、一緒に修行をする面々。これで果報者じゃないなんて言ったら、罰が当たると言うものだ。

「そう言えば……お主達は、『闇の福音』のレーベンスシュルト城に住んでおるんじゃったな?」
「そうですけど、それが何か?」
「今度、折を見て遊びに行かせてもらうとしよう。新発見のアーティファクトとやらも見てみたいしな」
 かんらかんらと笑うテオドラ。これは止めても無駄そうだ。
「あの、テオドラ様?」
「ん、テオで良いぞ」
 さらりと言うテオドラだが、真面目な高音はそう言われたところで、はいそうですかと態度を変える事は出来ない。
 気を取り直し、改めて質問を投げ掛ける。
「その、い、いいんですか? 援軍の指揮があるんじゃ?」
「ああ、あいつらの事なら心配いらん。皆それなりに優秀な賞金稼ぎ達じゃ。ちゃんと人格面も考慮して選考したからな、下手にがんじがらめにするより、必要なルールを伝えて、後は好きにさせる方が良い仕事をしてくれると言うものじゃ」
 テオドラは、援軍の指揮については、放任主義で行っているらしい。彼等に伝えるルールは、関東魔法協会とも相談の上で決めているそうだ。
 賞金稼ぎの方も、下手に騒ぎを起こすと報酬に響くため、ルールを守って真面目に警備しているらしい。

「とりあえず、用件はそれだけじゃ。では、またな」
 それだけ言うと、テオドラは席を立って去って行った。広場を出たところでスーツ姿の女性二人がどこからともなく駆け寄って来て合流している。おそらく彼女達はテオドラの護衛なのだろう。テオドラが一人で広場に入っていた間も、影から彼女を守っていたのだろう。
 ふと辺りを見回すと、人の姿がまばらになっている。時計を見ると、もうすぐ昼休みが終わる時間になっていた。
「そろそろ昼休みが終わりそうね」
「わ、私、学校に戻ります!」
 愛衣は慌てて立ち上がり、ペコリと頭を下げると、そのまま駆け足で走り去って行った。こっそり魔法で身体能力を強化しているので、ギリギリ間に合いそうだ。
「私も戻るわ。それじゃ、また後でね」
 高音も昼からの授業に遅れないよう、少し足早に学校へと戻る事にする。
 一人残った横島は、一瞬昼からの授業をサボろうかと考えたが、仕事以外で授業を休んでも、学園長は融通を利かせてくれない事を思い出し、溜め息をついて学校へと戻るのであった。

 聖ウルスラへと向かう道すがら、高音はふと考えた。横島についてだ。
 自分は一体、彼に対しどう言う想いを抱いているのか。
 自分と同い年だと言うのに、プロとして活躍している事に対する敬意はあるが、それだけではない。
「………」
 頬が紅潮し、胸が熱くなる。
 認めたくないが、これはもう認めねばならないだろう。自分は横島に対し、好意を抱いている事を。
 だからこそ、周囲から交際疑惑が囁かれても彼と行動を共にするのを止めないのだ。
 では、愛衣やアスナ達のように横島と仮契約したいのかと問われると、それは首を横に振る。高音は逆に仮契約は絶対にしたくないと考えていた。
 愛衣達の想いを否定する訳ではないが、『偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)』を目指す彼女にとって、魔法使いと『魔法使いの従者』の関係はあくまで「主」と「従」なのだ。高音は横島の従者となる事を良しとしなかった。逆もまたしかりだ。横島を従者にしたいとも思わない。
「……そっか」
 ふと足を止め、高音はポツリと呟いた。そこまで考えて、ようやく答えが見えた気がした。
 魔法生徒の中でも指折りの実力者であり、生真面目で勝ち気な性格をしている高音。人も羨む美人でありながら、そのお堅い性格故に男性からは敬遠されていた。また、高音の方もまともに相手をしようとしなかった。それこそ、彼女が話す男性と言えば担当のガンドルフィーニを始めとする魔法先生達ぐらいだ。
 そんな彼女の前に現れたのが横島である。
 同年代では唯一無二と言って良い男友達。そして、尊敬に値する男性。
 高音は、そんな彼と「主従」関係を結びたくないのだ。上も下もない対等な関係でいたいと思っている。
 カモあたりは、たかが仮契約にそこまで真剣に考える事はないと鼻で笑いそうだが、高音にとっては譲る事の出来ない重要な事だ。
 何故なら、今の時点で二人の関係は対等ではない。既にプロのGSとして活躍している横島に対し、高音はまだ見習いである魔法生徒の身だ。霊力供給の修行も、高音が横島に修行を付けてもらっている立場にある。
 そのような状態で仮契約する事は、二人が対等ではなく横島が上で自分が下である事を認める事に他ならない。それだけは、どうしても我慢する事が出来なかった。
「でも、いつかは……」
 一人前の魔法使いとなり、胸を張って横島と対等になれたと言えるようになれば、仮契約ぐらいしてもいいと言えるかも知れない。
 そんな「そう遠くない未来」の情景を思い浮かべ、高音は思わず笑みを零してしまう。
「……ハッ!」
 ふと周囲の視線に気付き、高音は我に返る。きょろきょろと辺りを見回してみると、同じ聖ウルスラの制服を着た生徒達がクスクスと笑いながら高音を見ていた。どうやら注目を集めてしまっていたようだ。
 高音は、恥ずかしそうにそそくさとその場から走り去る。そのおかげで、思っていたよりも早めに学校に到着する事が出来た。そのまま教室に戻ると、席に着き次の授業の準備を始める。
「あら?」
 ふとノートを見ると、間にチラシが一枚挟まっていた。陰陽寮の広告だ。夜の勉強会の際に皆で見て、どの色の霊衣を注文するか選んだので、その時に挟まってしまったのだろう。横島がGSだと言う事はクラスメイトも知っているため、周囲に見付からないようにそっとカバンに広告を仕舞い込む。
 授業の準備を終えて、ようやく一息ついた高音。そんな彼女が考えるのは、やはりと言うか横島との修行についてだった。
 霊衣を着ての霊力供給。正直なところ、高音は昨日まで乗り気ではなかった。いや、正確にはつい先程までと言うべきか。ただでさえ恥ずかしいものが、ますます恥ずかしくなる。それが理由だ。
 しかし、今は違う。霊衣の到着を待ち遠しく思っている。
 横島は言っていた。霊衣を着ての霊力供給は、自分にとっても修行になると。
 一方的に修行を付けてもらうのではなく、互いに修行して高め合う。少しは対等な関係に近付けるのかも知れない。それが高音は嬉しいのだ。

「見て、高音さんのあの嬉しそうなお顔」
「今日も食堂棟の方で、横島さんとお会いになっていたのでしょう?」
「きっと、何か良い事があったのでしょうね」
 周囲のクラスメイト達は、嬉しそうににこにこしている高音を見て、横島と何かあったのだろうと噂していた。

 高音が周囲で囁かれる交際疑惑に対し強く否定出来ない理由。
 それは、噂の内容が的を射ているからなのかも知れない。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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