topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.18
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「いや〜、清水寺の観光も無事終わって良かったな!」
「あれでか?」
「…言うなや」
 力なく愚痴る横島の視線の先には、ロビーでぐったりとしているA組の生徒達の姿があった。
 そして周囲にほのかに香るアルコール臭、甘酒などではない。『死屍累々』と言う言葉が何よりも似合いそうな少女達は、先程、清水寺を観光していた際に皆揃って飲酒してしまったのだ。
 無論、故意にではない。
 世界遺産にも登録されている清水寺には本堂の東にその名の由来でもある三本の筧から流れ落ちる名水がある。滝に向かって右から順に『健康』、『学業』、『縁結び』のご利益があると言われており、年頃の少女達はこぞって『縁結び』の水に群がったのは言うまでもないだろう。
 しかし、これが罠だった。三本の筧は屋根の上を伝っているのだが、そこに樽酒が仕掛けられていたのだ。
 知らずに日本酒を飲んでしまった彼女達はその場で酔いつぶれてしまい、ネギは大慌て。
 酒臭いと訝しがる学園広域指導員の新田を「甘酒です」と誤魔化し、生徒達が疲れて寝てしまったと酔いつぶれた者をバスに押し込み、急いで今日宿泊する『ホテル嵐山』に移動して、今に至ると言うわけだ。
 結局は全員揃ってホテルに到着したのだから、無事終わったと言えなくもない。

「しかし…見事なまでの慌てっぷりだったな。ネギ君は」
「まぁ、何だかんだで子供だからなぁ」
 かく言う横島と豪徳寺の二人がネギ達と同じホテルにいるのは学園長が手を回してくれたためだ。
 今回の修学旅行で五つのクラスが京都行きを選んだのだが、この『ホテル嵐山』にはA組だけが宿泊する事になっていた。狙われているのは親書を持ったネギと木乃香のみなので、他のクラスの安全を確保するためにあえてA組を隔離したのだ。穿った見方をすれば囮である。
 他の四つのクラスは一つのホテルにまとめられているのだが、こちらは同行している魔法先生の瀬流彦が護衛に就いているそうだ。A組を隔離する表向きの理由は「一つのホテルには五つのクラスは入りきらないため」であるので、そちらのホテルも麻帆良女子中だけで貸切となっている。何とも豪気な話だ。

「俺は中学の修学旅行で京都に来たんだが…あの時は、民宿だったなぁ」
「世知辛いな、おい」
 自分の中学時代を思い出した豪徳寺が遠い目をしている。横島も中学時代の修学旅行の思い出は似たようなものなので、非常に身につまされる話だ。
「ところで横島、あの酒なんだが…狙ったと思うか?」
「…他の観光客も大勢いたのに引っ掛かった様子はなかったからなぁ。しかも、三つある内の縁結び限定だろ?」
「俺達が中学の時にバスガイドから教えてもらったのは、また別のご利益だったがな」
「色々あんのかよ」
 関西人の性として裏手でつっこみを入れつつも、横島はネギ達と一緒にホテルに来ずにもう少し現場を調べるべきだったかと後悔していた。
 あんなにタイミングよく、しかもピンポイントにA組の生徒だけを狙ったと言う事は、あの場に敵が何かを仕掛けていた可能性が高いと言うことだ。そう、例えば簡易式神を屋根の上に仕込んでいれば、A組が来た際に生徒達の集まる滝を確認してから、その滝だけに酒を混ぜる事もできるだろう。
 その簡易式神は術者の霊力が込められているのだ。もし、それを捕らえる事ができればそこから敵の正体を探る事もできたはずだ。
「今から戻るか?」
「勘弁してくれ。敵もとっくに撤収してるだろうし」
「だよな」
 そう言って豪徳寺は笑った。今は過去の失敗を悔やむよりも、これから先に起こりうる事態に備えるべきだ。横島も頬を叩いて気合を入れ直す。

「あ、さっきは有難うございましたー」
「む?」
「ネギだ。こっちに気付いた様子は…ないな」
 生徒達を部屋へと向かわせたネギがにこやかに駆け寄ってきた。
 実は先程、彼の慌てぶりを見かねた二人は通りすがりの振りをして近付き、酔いつぶれた生徒達をバスに運ぶのを手伝ったのだ。それでもネギは横島達の正体に気付かないようで、二人の事を「親切なおじさん」と考えている。この疑うことを知らない純真さが実に微笑ましい。
 ネギは変装した横島と新幹線内で会っているのだが、彼の事をまったく疑わず、このおじさんが良い人なら刹那さんも悪い人のわけがないと考えていた。カモはまだ納得していない様子で警戒していたが、当の横島達は一般人の振りをしているので、カモの事は無視して話を進める事にする。
「それじゃ、俺達はそろそろ失礼させてもらうよ」
「えっ、もうですか?」
「このホテルは君達の貸切りみたいだからね。俺達も今日の宿を探さないと」
「…?」
 そう言いつつも、実は学園長の根回しにより、横島達の部屋はこのホテルに用意されていたりする。
 それを踏まえて横島は、あえてこのホテルから出て行こうとしていた。
 後ろの豪徳寺が目を丸くして何か言いたげだったが、こういう仕事に関しては横島の方が先輩のため、何か考えがあるのだろうと黙っていると、向こうからアスナとアキラ、そしてアキラに支えられた古菲がネギに近付いてきた。
「あ、ネギー!」
「アイヤー、まだ頭がガンガンするアル」
「…大丈夫?」
 古菲の方は意外と色恋沙汰に興味があったのか例の樽酒に引っ掛かってしまったらしく、頭痛に苦しんでいる様子だ。最近のアスナを見ていて、何か思う所があったのかも知れない。
 アスナと古菲の二人が近付いてきたとなると退かなくてはならないと豪徳寺は考える。アキラならともかく、彼女達とはアスナのGS修行の際に顔を合わせているのだ。いかに変装しているとは言え、今は少しでも正体が知られる可能性を減らすためにホテル嵐山から立ち去る事にした。横島は二人と顔を合わせても気付かれなかったのだが、念のためだ。横島と違って彼にはリーゼントと言う目立つ印があるのだから。

「…どうするつもりだ?」
「とりあえず、近くで身を隠せるとこを探すぞ」
 去り際、ホテル嵐山から出たところで豪徳寺が小声で横島に問い掛けた。
 すると横島は、このホテルから離れるのではなく、近くに身を隠してこのホテルを見張ると答える。
 豪徳寺は、それならこのホテルの部屋を使えばと言いたげに疑問符を浮かべるが、横島はそれに対してニヤリと何か企んだ笑みを浮かべるばかりで、決して説明しようとはしなかった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.18


「ネギ、今日起きた変な事…やっぱり、関西呪術協会の仕業なの?」
「ええ、おそらく…って、アスナさんはどこまで知ってるんですか?」
「木乃香がそいつらに狙われてるって話を横島さんから聞いたのよ。私そのために破魔札持ってきてるんだから」
 そう言ってフトモモに装着した破魔札ホルダーをチラリと見せるアスナ。その表情はどことなく嬉しそうだ。単に除霊助手となった印であるそれを見せびらかしたいだけなのかも知れない。
 更に彼女は制服の上に横島からプレゼントされたジャケットも羽織っていた。
「あれ、すると横島さんも京都に?」
「あんた知らなかったの?」
「えーっと…わ、忘れてました」
 この時ネギは、学園長から親書を預かった時に、学園長室前で横島とすれ違った事を思い出し、あの時彼が木乃香の護衛を依頼された事に気付いた。
 そしてもう一つの大事な事も思い出す。そう、ネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である豪徳寺の存在をだ。
「そう言えば、豪徳寺さんの事すっかり忘れてた…」
「…あんた、ひどいマスターね」
 そうは言っても、ネギは修学旅行の話より少し前にエヴァから父、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の隠れ家の話を聞いて以来、ずっとその事が頭から離れなかったのだから仕方あるまい。
 見かねたカモは「ここでちょいと情報をまとめてみようぜ」と提案。確かにそれぞれが持っている情報がまちまちなので、ここで一度整理してみる必要があるだろう。ネギ達は先程まで酔いつぶれた少女達が横たわっていたロビーへと移動し、各々の持つ情報を出し合う事にした。
「まず、こっちの戦力はネギの兄貴とアスナと古菲の姐さん方、それに横島と豪徳寺の兄さん達だな」
 ネギ達四人の囲むテーブルの上に立ったカモは、周囲を見回しながら話し始めた。
 その場にいるアキラの名前が挙がっていないが、それは仕方が無いだろう。彼女はあくまで一般人、戦うことなどできない。その事は彼女自身が一番よく分かっている。
 ただし、一つだけ大きな問題がある。

「…それで、横島師父はどこにいるアルか?」

 それは横島と豪徳寺の二人が今どこにいるのか、彼等に知る術がないと言う事だ。
 つい先程まで変装した二人がネギの目の前にいたのだが、流石に魔法薬を使って変身しているとは思いもよらず、彼等はその事に気付きそうもない。
「ねえ、アキラ。エヴァンジェリンは横島さんの文珠で修学旅行に来れたんだよね?」
「うん、今朝は駅まで一緒だったって」
「姐さん! その後横島の兄さんがどこに行ったかは知らねぇかい?」
 手掛かりを見つけたとカモはアキラの元に駆け寄って捲くし立てるが、彼女は黙って首を横に振った。アキラ達がエヴァに会った時点で横島の姿は既になく、彼女から変装していると言う話は聞いていたが、どんな変装をしているかまでは分からなかったのだ。エヴァは横島のことだから、きっと鼻メガネに禿ヅラだと笑っていたが、流石にそれはあるまい。
「う〜ん、横島さんは木乃香の護衛って話だから、近くにいると思うんだけど…」
「何にせよ、早く合流したいですね」
 そう言ってネギはその話をしめた。今はこれ以上話していても進展はあるまい。何せネギ達は修学旅行中の身、立場上今からホテルを出て横島達を探しに行くわけにもいかないのだから。

 次にカモは敵に関する話を始めた。
「敵の正体はまだ分からねぇ…でも、怪しいヤツは二人! 新幹線で会った桜咲刹那と中年男だ!」
「う〜、刹那が敵なんて信じられないアル」
「あのおじさん、良い人だったじゃない。僕も信じられないなぁ」
「何言ってんのよ、あんたわ〜! あのおじさまは、さっきも助けてくれたじゃないのよ〜!!」
「ちょ、姐さん、出る、内臓出る…っ!」
 しかし、ネギ達は驚きもせずのってもこない。アスナに至っては怒ってすらおり、カモを両手で思い切り握り締める。
 新幹線での出来事を知らないアキラだけが目を丸くして隣の古菲に訪ねるが、彼女は頭が痛いのか億劫そうに「いつものビョーキアル」とだけ答えた。手短な一言だったが、アキラはそれで納得したようだ。
「で、でも、空飛ぶツバメの式神を斬る腕がある事は確かなんだぜ? あの桜咲刹那って女、絶対に素人じゃねえ」
「それは…」
 苦し紛れの指摘にアスナは言葉を詰まらせ、思わず手の力を緩める。その隙にカモはするりとアスナの手をすり抜けてテーブルに降り立った。
 アスナは「桜咲さんは剣道部だから」と言い返そうとしたが、それが説得力に欠ける事はアスナにも分かる。彼女も二つに斬り裂かれた式神和紙を見ているのだ。あれは明らかに何かしらの刃物で斬られている。
 麻帆良学園には一風変わったクラブも多いが、いかに剣道部と言えども普段から刃物を持ち歩いているとは思えないのだ。

「あ、そう言えば!」
 突然大きな声を上げたネギが鞄から出席簿を取り出してそれを開くと、アスナ達も揃ってそれを覗き込んだ。もちろん見るべきは桜咲刹那の部分だ。
「ほら、見てください。ここに京都神鳴流って」
「あ、ホントだ!」
「手書きの文字…ネギ先生が書いたの?」
「いえ、僕がもらった時には既に。だから、これはタカミチの字だと思います」
 出席簿にある刹那の顔写真の下には、印刷された「剣道部」と言う文字以外に、タカミチが書き込んだ「京都神鳴流」という言葉が書き込まれている。ネギは「神鳴流」と言うものに心当たりはなかったが、彼女が京都の何かに関わっている事は確かだろう。  やはり刹那は京都出身なのだと盛り上がるネギ達。アスナがいるので変装した横島が敵と言う方向には行かなかったが、刹那の方はもしかしてと思い始めている。
「そう言えば…清水寺で、桜咲さんが屋根の上に立ってるのを見た」
「え、マジ? 全然気付かなかった」
「私、その時倒れてたアル」
 アキラの目撃証言もあり、今分かる範囲の情報から「桜咲刹那は限りなくクロ」と結論付けたネギ達。カモはアスナ達に刹那を見なかったかと聞いてみるが、誰も彼女の姿を見た者はいなかった。
 このホテルに到着した時、玄関ロビーでクラス全員が集合した際に彼女がそこにいた事は確かだ。ネギがそれを確認している。その場に通りすがった同じ班の夕映に訪ねてみるが、彼女も刹那の行方は知らないらしい。それどころか、彼女は部屋に到着してすぐにどこかに出掛けて行き、それ以降戻ってきていないそうだ。
「分かりました。これから僕が桜咲さんを探してみます。皆さんは部屋に戻っていてください」
 そう言って杖を手に立ち上がるネギ。本来ならネギはこのホテルから出てはいけないのだが、行方知れずの生徒を探すと言う口実があればその限りではない。
 夕映がいるので小声でアスナに「木乃香さんから離れないでください」と伝えると、彼女は木乃香の周りには今酔いつぶれた鳴滝姉妹しかいない事を思い出して慌てて部屋へと古菲を連れて戻って行き、アキラと夕映もそれぞれ部屋に戻って行った。  そしてネギも元気よくホテルから飛び出そうとして―――

「ネギ先生、教員は早くお風呂に入ってください」
「あ、はーい」

―――その直前に呼び止められてしまった。
 呼び止めたのは新田。彼はA組とは無関係なのだが、ネギだけでは心配だとホテル嵐山に泊まる事になっている。魔法使いの事情については一切知らない一般人なので、ネギにとっては魔法の事を知られてはならない要注意人物だ。
 彼に見つかってしまうと、流石にこのままホテルから出て行く事はできない。  ネギは仕方なく彼の言う通り温泉に向かう事にした。刹那の事は気になるが仕方がない。ネギは素直に横島達の到着を待つ事にするのだった。


 一方、件の刹那はホテルの外を見回っていた。
 彼女の班のメンバーの中で、樽酒の被害を受けなかったのは刹那を含めて長瀬楓、綾瀬夕映の三人だ。酔いつぶれている宮崎のどかと早乙女ハルナには悪いが、二人の看病は楓達に任せて刹那はホテルに到着以降、ずっとこうして周囲を警戒している。
 本来なら夜は横島、豪徳寺と交代して三交代になるはずだったのだが、先程横島から彼女の携帯に到着が遅れるとの連絡が入ったのだ。何故かと問い質してみても、横島は理由があるの一点張り。刹那はその責任感故か、一人きりで木乃香を守らなくてはならないと言う重圧を一身に背負っていた。


 そして横島達は、ホテルのそばを流れる川の向こう岸にある公園に陣取っていた。ただし、堂々とベンチに座っているのではなく、木陰に身を隠すように潜んでいる。
 一般人に見つかると通報間違い無しの姿だが、流石は横島と言うべきか見事なまでに隠れている。
「横島、メシ買ってきたぞ」
「おう、サンキュー…って、これ『超包子(チャオパオズ)』じゃねーか。どこで売ってたんだ」
「そこで店長の超鈴音(チャオリンシェン)に会ってな」
 横島が慌てて双眼鏡でホテルの方を見ると、窓の一つからこちらを見ている浴衣姿の超の姿があった。
 ご丁寧に横島の双眼鏡が彼女の姿を捉えてから、こちらに向かってにこやかに手を振っている。
「な、何者なんだ、あいつは…」
「『麻帆良の最強頭脳』と呼ばれる学祭長者だからな。あの子に関しては考えるだけ無駄だと思うぞ」
 そう言って包みを開いて中から肉まんを取り出し頬張る豪徳寺。彼が言うには、彼女は変装した二人の正体も見抜いていたらしい。
 超の奇行に関しては以前から聞き及んでいたらしく、特に気にした様子はない。どうも彼女は麻帆良学園都市全体に名の知れた有名人のようだ。
 茶々丸の生みの親の一人だとは聞いていたが、なるほどと思い知らされる。何とも謎の多い少女であった。

「ところで横島、そろそろ教えてくれんか。何故こうして離れてホテルを見張ってるんだ?」
「ああ、それはな…」
 横島の説明によると、彼は今回の一件について一番大切なのは、敵の正体を知る事と考えているようだ。
 確かに彼の言う通り、敵が何者なのか分からない事には、ネギ達は延々といつ来るか分からない敵を待ち構える事しかできない。そしてネギ達は修学旅行中のため、敵の正体を探るために自由に動けるような立場ではない。
 そうなってくると、敵の正体を探るのはおのずと横島達の役目となるのだが、ここで横島は一計を案じて楽をする事を考えた。一番楽に敵の正体を知るにはどうすればよいのか、彼が考えたのはあえて敵が攻めやすい状況を用意して、向こうからやってくるのを待つ事だったのだ。
「幸い、敵は俺達の事は知らないらしいからな」
「つまり、俺達が無関係の人間を装ってホテルから離れる事で…」
「敵は、こっちの戦力はネギと中学生数人って考えるわけだ。多分、今夜にでも来るぞ」
「来たところを捕まえるか。…ネギ君達を囮にしているようで気が引けるな」
「そのためにこうして近くに隠れてるんだろ。いざって時は、お前は例のアーティファクトで川飛び越えてけよ?」
「あれ、結構バランス取るの難しいんだぞ」
 軽く言ってくる横島に、豪徳寺は肩を落とした。
 彼もエヴァとの戦い以来、下駄型アーティファクト『金鷹(カナタカ)』を使いこなそうと練習をしているのだが、如何せん時間が足りず練習不足で、今はロケットのように飛んでいくだけしかできない。
 本当にいざと言う時は飛ぶつもりではあるが、着地をどうするかが悩みどころである。



 それから数時間何事もなく過ぎ去り、夜の帳も降りて辺りは暗闇に包まれた。
 その間、刹那はこっそり木乃香のいる部屋の様子を伺ったが、彼女は酔いつぶれた者達の面倒を甲斐甲斐しく見ているようだ。
 古菲は頭に氷嚢を乗せてうつぶせに倒れており、鳴滝姉妹の二人は揃って一つの布団に頭まで潜り込んでうんうんと唸っている。アスナも木乃香を手伝ってはいるが、やはりこういう事は木乃香の方が得意なようだ。普段おっとりとしている彼女だが、今はてきぱきと動いている。
 おそらく、今日はどの部屋もこんな調子だろう。昼間の『音羽の滝』の樽酒は、流石にクラス全員を酔い潰す事はできなかったが、メンバー全員があの罠を回避した班はないはずだ。
 そういう意味では、あの一見悪戯のような罠は見事だったと言えるだろう。
 普通、修学旅行の夜と言うものは、生徒達がもっと騒いでいるはず。それがどうだ、この静けさは。敵が秘密裏に事を運ぶのに、これほど好都合な事はあるまい。
 だからこそ敵は今夜現れる。刹那は確信めいたものを感じていた。


「むっ!」
「どうした、横島」
 辺りが暗くなってきたので、双眼鏡を覗き用にと用意していたスターライトスコープへと変えた横島は、ホテルの入り口付近を見て思わず声を上げた。
 そこにいるのは外の見回りに行こうとしていたネギ。それと、入り口で彼と鉢合わせになったホテルの従業員だ。
 彼にとって重要なのはその従業員が女性だと言うこと。横島はその女性に見覚えがあった。
「あれは…新幹線で会った売り子のねーちゃん!」
「…敵を探してるんじゃないのか、お前は」
 豪徳寺は呆れると同時に、この距離で相手を判別できる横島に驚いている。  しかし、気付いた内容と言うのは旅館の入り口でネギとぶつかった女性従業員が、新幹線で彼がナンパした乗務員と同じ人だと言うこと。もう少しその能力を真面目な方向に使えないものかと思わなくもないが、これでこそ横島と言う気がしないでもない。
「はぁ〜、新幹線での制服も良かったけど、こっちの制服もええなぁ。あの後ろ姿でしか見えないチラリと覗く生フトモモ! クーッ、たまらんっ!!」
「お前、ただの変態にしか見えんぞ」
 はしゃぐ横島を見て、疲れたようにこめかみを押さえる豪徳寺だったが、そこである事に気が付いた。
 横島の言う事が正しければ、明らかにおかしい点が一つある。
「…ちょっと待て。今朝は新幹線で働いてた女が、今はホテルで働いてるのか?
 有り得ないとは言い切れないが、たまたま新幹線の乗務員とホテルの従業員を兼業している女性がいて、その勤め先が偶然ネギ達の乗る新幹線であり、宿泊先のホテルだった。それはいくらなんでも偶然が重なり過ぎている、何者かが意図的に合わせていると考える方が自然であろう。
「! 横島、その女が当たりだ!」
「…おおっ、言われてみれば確かに変だ!」
「気付けよっ!!」
 豪徳寺は裏拳でつっこみを入れて駆け出した。
 彼女、天ヶ崎千草はネギと入れ替わるようにホテルへと入って行く。流石にネギも千草の正体には気付いていないようで、そのままホテル周囲の見回りに行ってしまった。
 正に最悪のタイミング、これは横島にとっても予想外だ。彼のスコープには千草が走り去るネギを見送りながら唇の端を釣り上げて哂っているのが映っている。

 今朝からの一連の出来事が、今ここに繋がった。
 新幹線での騒ぎも、清水寺における事件も、全てはネギ達を警戒させるため。千草はネギ達が未知なる敵を警戒して慌しく動く中に隙を見出そうとしていたのだ。彼女はネギ達の事を知っているが、逆にネギ達は彼女の事を知らないからこそ成り立つ策である。

「そー来たかー! せっかく色っぽいねーちゃんと知り合えたと思ったのにーっ!!」
「バカな事言ってないで行くぞ!」
 そう言いつつ靴を脱ぎ始める豪徳寺。ポケットから仮契約(パクティオー)カードを取り出すと、アーティファクト『金鷹』を発動させる。
「靴忘れんなよ!」
「分かっている!」
 靴と靴下を手に、豪徳寺はぐぐっと足に力を込めて『金鷹』を発動、ロケット弾のような軌跡を描きながら川を飛び越えて行った。  それを見届けた横島は最寄の橋に向かって走り始める。とは言え、その橋まではそれなりの距離がある。元より川を隔てただけの距離にありながら、近くに橋がないからこそ敵もこちら側を警戒しないと踏んでいたのだ。これは横島が自分達だけが知りうる情報、豪徳寺の『金鷹』を最初から当てにしていたと言うことになる。
「俺も飛ぶわけにはいかんからな…急ぐか」
 とは言え、自前の足で走る横島ではどうしてもホテルへの到着は遅れてしまうだろう。
 彼には文珠を使って飛ぶと言う奥の手もあるのだが、彼は今それをする気はなかった。代わりに取り出したのは携帯電話、掛ける相手は言うまでもない。
「もしもーし、刹那ちゃんかー?」
『! 横島さん、今どこに居るんですか!?』
「実はそのホテルの向こう岸にいるんだけどね。今、敵がホテルに入った。すぐに木乃香ちゃんとこに行ってくれ」
『わ、わかりました』
 簡単に要点だけを伝えると、刹那は慌てた様子で電話を切った。この後すぐに木乃香の元に向かっているだろう。
 次に横島はネギに連絡を入れる。ホテルから出てしまっている彼には敵の容姿を伝え、慌ててホテルに戻ったりせずに敵が出てくるのを待ち構えて欲しいと告げた。これで敵を追う刹那と、待ち伏せするネギと言う構図が出来上がる。
 ネギ達を焦らせて、その隙を突いてホテルに潜入する策は見事だ。しかし、ここからは千草が追い込まれる番である。
 そして横島は、最後の一人へと連絡を入れる。

「あれ、電話…って、横島さん!?」
 最後の一人、アスナが電話を受けたのは彼女が玄関ロビーの自販機で飲み物を買っている最中の事だった。
 大量に汗をかいている古菲達のため、木乃香からスポーツ飲料を買ってきて欲しいと頼まれたのだ。
「えっ、敵がホテルに…!?」
『ああ、豪徳寺がそっちに飛んで行ってるから、すぐに木乃香ちゃんを連れて合流してくれ』
「わ、わかりましたっ! 木乃香呼んできます!」
『呼んで? 今どこにいるんだ?』
「木乃香に頼まれてジュースを買いに…すいません! すぐに戻ります!」
『いや、もう一人の護衛が…』
 自分が大失敗をしてしまった事に気付いたアスナは、横島の話はまだ続いているにも関わらずその場で携帯を切ると大慌てで部屋へと戻って行った。
 力任せに扉を開けて部屋に飛び込むが、そこには開け放たれた窓と、そのそばに立つ一人の少女の姿が。
 制服姿で夕凪を手に持つ少女、桜咲刹那だ。
 彼女も横島から連絡を受けて、すぐさま部屋に飛び込んだのだが、敵の方が一枚上手だったらしく、既に敵はやるべき事を終えて窓から逃げ去った後だったのだ。
「桜咲さん!?」
「か、神楽坂さん…」
 アスナは部屋の中を見回してみるが、そこに木乃香の姿はなかった。刹那も木乃香を連れている様子もない。
 敷かれた布団など特に荒らされた様子はなく、古菲はうつ伏せに眠ったままだ。
 やはり、もう一人のあの男が共犯者で、彼が木乃香を連れ去ってしまったのだろうかとアスナは考える。
「桜咲さん、やっぱりあんた達が木乃香を狙って!」
「ち、違います! 私は…」
 刹那を問い詰めるが、彼女はうろたえるばかりで何も答えようとしない。
 アスナはこのままでは埒があかないと、彼女に掴みかかろうとするが、刹那は易々とそれをかわすと「失礼します!」と叫んで身を翻し、窓から外に飛び出して行ってしまった。
 当然刹那は木乃香を攫った犯人を追いかけて行ったのだがアスナにそれが分かるはずもない。やはり彼女が敵だったのだと確信し、流石に自分も飛び降りるわけにはいかないので、踵を返し急いで後を追おうとする。
 すると、部屋から出ようとしたところで入り口の脇にあったトイレの扉がガチャリと音を立てて開いた。

「あれ、アスナどないしたん? そんな慌てて」
「木乃香!?」

 トイレの中から出てきたのは木乃香。
 アスナは驚きの表情で木乃香の顔と部屋の中を交互に見るが、ここでふと違和感を感じた。
 木乃香は眠そうに目をこすりながら部屋へと戻り、すぐに異変に気付いてアスナに問い掛ける。
「アスナ〜、風香と史伽の二人はどこ行ったん?
「…あっ!」
 彼女が感じた違和感の正体、それは部屋から掛け布団が一枚なくなっていた事だった。
 鳴滝姉妹が二人で潜り込んでいた掛け布団が彼女達ごと無くなってしまっている。

「まさか…間違えられた?」
 窓際に駆け寄ったアスナが外を見るが、そこには既に刹那の姿はなかった。
 追いかけたいのは山々だが、木乃香を置いて刹那達の後を追うわけにもいかない。
 今のアスナにできる事と言えば、途方に暮れることぐらいだった。



つづく



あとがき
 はたして横島がスターライトスコープなんて持っているのかと言う疑問があります。
 これに関しては「横島なら覗きに関係しそうな物なら、何持っていてもおかしくない」と言う事でスルーしてください。
 入手経路はおそらく厄珍堂で購入か、Dr.カオスの発明品かのどちらかと言うことでひとつ。

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