topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.20
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「ヨコシマン、参上ッ!」

「ヨ、ヨコシマンやと…」
「うわっ、本物だ! すっげー!」
「って、待てクソガキ!」
 車両を破壊して飛び込んできた横島の姿を見た風香は満面の笑みで彼に駆け寄った。
 千草は突然の出来事に呆気に取られていたため、人質であるはずの風香を取り逃がしてしまう。
 アスナと刹那も少し遅れて風香の元に駆け寄るが、風香が横島に飛び付いたことで、もう彼女を捕らえるのは間に合わないと判断した千草は、逆に退いて一つ前の車両に移動してしまう。

「風香、大丈夫だった?」
「平気だよっ!」
 そう言って笑う風香だが、その目元には涙の跡がある。横島達が駆けつけた事で安心したと言うのもあるだろうが、半分は強がりであろう。
 その事に気付いたアスナは微笑んで風香の頭をくしゃっと撫でてやる。念のために言っておくが、この二人れっきとした同級生である。とてもそうは見えないが。

「信じたくなかったが…やっぱり、売り子のねーちゃんか。天ヶ崎千草だっけ?」
 通路越しに話し掛ける横島。
 自分が新幹線で売り子をしていた事を知っているのは何者かと疑問に思った千草だったが、横島の目を見て一人の人物に思い当たった。年齢が違っていても、そのどこか子供っぽい目が印象に残っていたのだ。
「あん時の! そうか、あれは変装してたんやな」
「ああ、『赤いあめ玉、青いあめ玉、年齢詐称薬』ってヤツでな」
「クッ、そんな微妙にパチモンくさい名前ので…」
 横島が敵の正体を探るために自らの正体を隠していた事を悟った千草は唇を噛む。自分はまんまと誘い出されてしまったわけだ。
 舌打ちをした千草は自分の影から式神『猿鬼(エンキ)』を召喚。横島は咄嗟に身構えるが彼女は彼等を攻撃するために式神を召喚したのではなかった。
 千草の背後に召喚された猿鬼は、そのまま大口を開いて彼女を飲み込む。
 目の前でそんな光景を繰り広げられて度肝を抜かれた横島達だったが、次の瞬間彼等の前に現れたのは猿鬼の口から顔を覗かせた千草の姿だった。その姿はまるで―――

「今度は遊園地でバイトか?」
「ちゃうわっ! 式神使いの弱点である本体を守る画期的な技やっ!!」

―――猿のきぐるみ、ではないようだ。

 見た目はふざけているが、式神の中に入る事により式神の力を得る攻防一体の技である。人間を体内に収納できるという特性を持った式神でなければならないので全ての式神使いができるわけではないが、千草は数少ない「式神を着込む」事のできる一人であった。

「今は、逃げる事を優先させてもらうえ」
 着込んだ式神を使って攻撃してくるのかと思いきや、こちらの車両に来るどころか千草は身を翻して逃げ出してしまった。猿鬼の身体能力で走っているので、かなりのスピードである。
「待て、逃がさんぞッ!」
「待てと言われて待つ阿呆はおりまへん」
 真っ先に刹那が飛び出し、横島達も続けて千草を追いかけた。
 猿鬼の頭では、車両同士を繋ぐ連結器部分の扉で引っ掛かるかと思ったが、そこは半実半霊体の式神。頭部がまるでゴム鞠のように変形して扉をすり抜けてしまう。
 しかし、そこで千草は振り返り、必死に追い掛けて来た彼等を見下すような笑みを浮かべた。
 千草を追って一つ前の車両に移動した横島達は、そこでその笑みに気付いたが時既に遅し。突然背後から勢いよく扉が閉じられた音が響き、慌てて振り返ってみると、薄っぺらい人型の簡易式神が扉に張り付いている姿がガラス越しに見える。
 風香が駆け寄り扉を開けようとするが、張り付いた簡易式神によって扉はビクともしない。
 続けて前方から聞こえる同様の音。この時千草は既にもう一つ前の車両に移動を済ませていた。今度は前方の扉が同じ型の簡易式神によって閉じられてしまう。
「閉じ込められた!?」
「謀られたか!」
 千草は最初に後方の扉の位置で立ち止まっていた時、既に簡易式神を仕込んでいたのだ。
 よく見ると、前方の扉にはガラスの向こう側の簡易式神だけでなく、こちら側にも一枚の呪符が貼り付けられている事に刹那は気付く。
 何の札かは分からないが、密閉空間となった車両であれを発動されては拙い。そう判断した彼女は扉と簡易式神ごと呪符を一刀両断にすべく駆け出すが、その前に千草はその呪符を発動させてしまった。

『お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす』

 その瞬間、呪符から激流が噴き出した。
 斬り掛かろうとしていた刹那は、それに押し流されて後に続いていた横島に叩き付けられる。その脇を進んで呪符に手を伸ばしたアスナだったが、こちらも際限なく溢れ出す水の勢いに、完全に足が止まってしまっていた。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「何この水ーっ!?」
 止まることを知らず水は溢れ出し続け、それはやがて車両全体を満たすまでになる。
「ホホホ、車内で溺れ死なんようにな」
 ガラス越しに千草が洒落にならない事を言っているが、横島達はそれどころではなかった。
 特に扉を開けようと力を込めていた風香の肺にはほとんど酸素が残っていない様子で苦しそうにしている。最早一刻の猶予もない。
 しかし、いかに刹那と言えども水の中では『夕凪』を振るう事ができない。横島は泳いで呪符まで近付こうとするが、水はいまだに流れ続けているようで、うまく進む事ができずにいる。
 このまま全員溺れてしまうかと思われたその時だった。

「いや〜っ、浴衣が〜っ! ゴボボ…」
「クッ、浮力が…!」
 水の中でアスナの浴衣の裾が捲くれ上がって胸元もはだけてしまう。比較的小柄な刹那は何とか踏み止まろうとするも水の力には抗えず、腰を後ろに突き出した不安定な体勢で浮かんでいる。
「ふおぉっ!!」
 そして、間近にいた横島はその全てを視界に収め、脳裏に焼き付けた。
 途端に湧き上がる霊力の奔流。それに気付いて振り向いた刹那は慌ててスカートの裾を押さえる。
 更に拙いのはアスナだ。こちらは既に入浴を済ませて寝巻き代わりの浴衣姿。下着も上は外していた。何より制服姿の刹那と違って浴衣は全体的にひらひらとしている。手で押さえようとしても、水の流れの中では押さえきれるものではない。

 だが、これが彼女達にとっての起死回生の一打となった。
 煩悩によって湧き上がった霊力が全身に充満した事を感じた横島はそれを眉間に集め、アスナの胸元を捉えていた視線をキッと千草へと向ける。

『煩悩集中ゥーーーッ!!』

 そして少し胸を反らした横島は、その反動で押し出すように額から強力な霊波砲を放った。かつて心眼の霊力コントロールにより使用できていたあの霊能である。発射を確認した横島は小さくガッツポーズをとった。今の自分ならば使えるかも知れないと考えてはいたが、実際に可能かどうかは半信半疑だったのだ。
「うひーっ!」
 扉の呪符に向けて突き進むそれは、容易く水を切り裂き見事に命中。呪符をその背後の扉、扉に張り付いた式神ごと貫いた。
 千草も咄嗟に身を伏せていなければ、猿鬼の頭を吹き飛ばされていただろう。
「な、なんつー霊波砲や…ん?」
 猿鬼の頭に降り注ぐ水の感覚。何事かと顔を上げてみると、横島の霊波砲が貫いた後から、後部車両を満たす水が流れ出ていた。
 拳大の穴のため今は大した量ではない。しかし、現在進行形で後部車両を満たす水が出口を求めてこの一点に集中している。みるみるうちに穴の周囲に亀裂が走り、ガラスが砕けて怒涛の勢いで水が流れ込んできた。
「あれ〜〜〜!」
 人を呪わば穴二つ、今度は千草が激流に流される番である。
 ここで追撃を掛ける事ができればよかったのだろうが、霊波砲を放った横島はすぐさま身を翻し風香の元へと駆け寄ろうとしているためそれは適わない。
 扉のガラス部分が砕けて一気に水が流れ出たのはいいが、それでも横島達が今いる車両と前の車両で丁度半々といったところ。水面の高さはまだ背の低い風香には少々厳しいものだったのだ。
 ざぶざぶと水面を掻き分けながら風香の元に駆け寄った横島はすぐさま彼女を抱き上げる。すると彼女は咳き込みながらも横島にしがみ付き、荒い息で大きく深呼吸を始めた。どうやら間に合ったようで、横島はほっと胸を撫で下ろすのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.20


 一方、刹那は足が床につくと、すぐさま千草を捕らえるべく駆け出した。しかし、扉に差し掛かった辺りで急激に水位が下がりだし、驚いて足を止めてしまう。
 周囲を見回してみると視界に入ったのは開かれた左右の扉、そこから車内の水が流れ出ている。いつの間にか千草の目的地である京都駅に到着していたようだ。
「クッ!」
 水の勢いに乗って車外に流れ出た千草は、すぐさま立ち上がると一目散に逃げ出した。
 それに気付いた刹那はすぐさまその後を追う。風香を抱き上げたままの横島は床に倒れていたアスナを助け起こすと、三人で刹那の後に続いた。

 元々の目的である風香を取り戻す事は既に達成している。しかし、ここで千草を捕らえる事ができれば、今回の一件はほぼ解決すると言っても良いだろう。故に、明日以降のためにもここで決着をつけておきたいのだ。
「追い詰めたぞ、天ヶ崎千草っ!」
「しつこいお人どすなぁ…」
 千草が駅から出る直前に刹那が追いついた。
 覚悟を決めたのか、向き直り刹那と相対する千草。勿論捕らえられる覚悟ではない。逃げ切るために追跡者と戦う覚悟である。すぐさまもう一鬼の式神『熊鬼(ユウキ)』も呼び出して戦闘態勢を整えた。

「追いついたぞ、売り子のねーちゃん!」
 そして、横島達も追いついて来た。
 ただし、この場に風香はいない。彼女は完全な素人なので、少し離れたところに隠れさせている。
「おや、水も滴るイイ男ってやつやねぇ…」
「そっちもサルのきぐるみが似合ってるぜ。せっかくの美人が台無しだ」
 ずぶ濡れで追いついた横島の姿を見ると、千草は新幹線において偽りの姿でナンパされたのが気に障ったのか、小馬鹿にした笑みを浮かべて皮肉で出迎えた。
 対する横島も負けじと言い返す。せっかく美女と知り合えたのにそれが敵であったため、こちらも腹を立てているのだ。
 売り言葉に買い言葉。一瞬こめかみをひくつかせた千草だったが、自分と違って横島の方は結局のところ美人であると認めているので、いくばくかの精神的な余裕がある。無論、そればかりではないが。
 と言うのも、ここに来れば「彼女」が待っているはずなのだ。現在の追い詰められた状況を打破するにはこれ以上となく適役な彼女が。ならば、今はナンパ男の相手でもして彼女が来るまで時間を稼ぐのが良いだろう。そう、『死の気配』に取り憑かれ、より強い者と戦うためだけに神鳴流の同胞を裏切らんとする『狂人』の到着を待つために。

「私は貴様と問答する気は無いぞ、覚悟ッ!!」
「チッ!」
 そのまま横島と適当に話をして時間を稼ごうとしていた千草だったが、刹那にその手は通じないようだ。千草を押さえれば木乃香を守れると言う明確な目的がある以上、一本気な彼女にとって問答など無用の長物なのである。
 千草は慌てて熊鬼に命じて刹那を防がせようとする。しかし、刹那の『夕凪』と熊鬼の爪がぶつかり合う直前、横合いから「え〜い」と飛び出してきた小さな影が刹那に体当たりをして吹き飛ばしてしまった。
 空中で体勢を立て直した刹那が見事な着地を決めて影を目で追うと、小さな影は体当たりで目を回したのか「はう〜」とおぼつかない足取りでふらふらとしている。
 よく見てみると、それは小柄な少女だった。脱色しているのか特徴的な明るい髪色のストレートヘア。眼鏡を掛け、鍔広の白い麦藁帽子を被り、身に纏う衣服には見事なフリルがあしらわれている。何とも可愛らしい少女だ。
 ただし、その小さな両の手が持っているのは対となった長短一組の小太刀二刀流。そう、この少女こそが千草の待ち人、『狂人』月詠である。
「どうも〜、神鳴流です〜。おはつに〜」
「え…、お…お前が神鳴流剣士…?」
「はい〜、月詠いいます〜」
 その間延びした口調に呆気にとられる刹那。月詠は刹那の知る葛葉刀子をはじめとした神鳴流剣士とはあまりにも違い過ぎていた。
「これで形勢逆転やなぁ」
「クッ、待ち伏せか…やるな、ええチチしてるだけの事はある。だが、なんぼええチチしとっても、お前は悪いチチだっ!
「誰が悪いチチじゃーーーっ!!」
 形勢は逆転したと勝ち誇ろうとした千草だったが、横島の一言で一気に崩されてしまった。
 スタイルには気を使い、自信を持っているだけに「悪いチチ」呼ばわりが我慢できなかったのだろう。
「どこが悪いチチやねん! この張りのある美乳をよく見ろォッ!!」
「もっとよく見せろォッ!!」
「何言ってんですか、横島さん!」
「ハッ、つい…」
 激昂した千草が、勢いでシャツのボタンを引き千切って自らの胸元を露わにしようとしたので横島は身を乗り出して鼻息を荒くしたが、アスナのつっこみが後頭部に炸裂したために何とか正気に戻ることができた。

「そうは言うても、枕言葉に『年の割には』て付きますんよ〜」
 意外にも月詠までもが話に乗ってきた。
 流石に彼女がこう出るとは思わなかったのか、向こうで千草が吹き出している。
「なるほど! 若く明るいアスナのチチの将来性には敵わんって事だな!
「え、そんな…って、やっぱり、さっき見てたんですかーっ!?
「ああ、しまった!」
 見事に自爆する横島。
 アスナは更に強烈なつっこみを食らわせようとするが、濡れた浴衣姿で攻撃しても横島にとっては逆効果である事に気付いていない。

「お前ら、ちょっと黙れ」

 痴話喧嘩混じりの騒ぎが収拾つかなくなってきたあたりで、ドスの利いた千草の一言がその場にいる全員を黙らせた。会話に参加していなかった刹那にとってはとんだとばっちりである。

「月詠! 遊んどらんで、慎ましやかなもん同士でさっさと戦い!」
「はい〜♪ 先輩、ひとつお手柔らかに〜」
 恨み混じりの千草の命令が飛び、月詠が左の短刀を逆手に持ち替えて踏み込んでくる。
「だっ、誰が慎ましやか同士だ!? そこは神鳴流同士と言うべきだろう!」
「安心しろ、刹那ちゃん! スレンダーなのにも、また違った魅力があるぞ!」
「そう言う問題じゃありませんっ!」
 横島のボケに律儀につっこんだ刹那は月詠を迎え撃つが、意外な速度で踏み込んで来た彼女は「え〜い…、やぁ、たぁ、とぉー」と口調こそのびやかなのだが、その小回りの効く小太刀二刀流の構えから連撃を繰り出し刹那に反撃の隙を与えない。
 刹那の『夕凪』は彼女の小柄な体格に比べてかなり大振りな野太刀であるため、月詠の小太刀のスピードに追いつけないのだ。検非違使の流れを汲み、古来より退魔を生業としてきた彼女達神鳴流にとって、強靭な身体を持つ鬼、妖に対抗するために野太刀の破壊力を頼りとするのは伝統的なスタイルであるのだが、今はそれが仇となってしまっている。
「ホホホ、月詠の剣はまさしく神鳴流を殺す剣、神鳴流キラーやな。伝統の野太刀を後生大事に抱えとると、小回りの効く二刀を相手にするのは骨やろ?」
 二人の神鳴流剣士の戦いを見て千草は勝ち誇った笑みを浮かべるが、刹那はそちらに対応している余裕がない。
 代わりに怒りを露わにしたのはアスナ。ホルダーから破魔札を取り出すと、千草に向かって駆け出した。
「よく分かんないけど、あんたを倒せばいいんでしょっ!」
 本来ならば投げて攻撃するのが破魔札だが、まだ実戦で扱えるほどの自信を持てないアスナは直接相手に叩き付けるために全速力で疾走する。人並み外れた健脚の出番だが、対する千草は慌てず熊鬼で彼女を迎え撃った。
 眼前に立ち塞がれたアスナは目標を熊鬼に変え、繰り出される爪を掻い潜って破魔札を叩き込む。

 ぽむっ。

「…あれ?」
 しかし、聞こえてきたのは思いの外貧弱な破裂音。
 当の熊鬼は勿論のこと、月詠さえも手を止めてアスナの方を見ている。
「あああああ! 間違えて五円札使っちゃった!!」
 その言葉を聞いて皆が一斉にずっこけた。
 気を取り直してアスナはホルダーから横島から渡された破魔札の内の最高額である二十万札を取り出し再び叩き付けようとするが、それよりも早く立ち直った熊鬼のボディブローが無防備な脇腹に突き刺さった。
「い、痛…」
 横島に贈られたジャケットのおかげで熊鬼の爪が肉を抉るのは防ぐ事ができたが、ダメージは大きい。
 アスナは残された力を振り絞って一矢報いようと破魔札を振りかざすが、その手を振り下ろす前に小猿型簡易式神の群が彼女に襲い掛かった。
「フン、破魔札も使えん素人が粋がるから痛い目見るんや。おとなしゅう引っ込んどれ」
 簡易式神の群がアスナを持ち上げて熊鬼から引き離そうとする。
 このまま運ばれるぐらいならと、咄嗟に熊鬼に使うはずだった破魔札でアスナは簡易式神達を攻撃。五円札とは比べ物にならない程の爆発が巻き起こり彼女を運ぼうと群がっていた小猿達をまとめて吹き飛ばす。
「見なさい! ちゃんとした破魔札だって持ってるんだから!」
「………」
 攻撃がうまく行き群を一掃できた事で勝ち誇ったアスナだったが、千草は冷め切った目でそれを見ている。
 アスナが訝しんでその動きを止めた瞬間、彼女の背中に強い痛みが走った。
「がっ!?」
「…阿呆、素人やから逃がしたろうと思とったのに」
 床に押さえつけられたアスナが何が起こったのかと見上げてみると、そこには彼女の上にのしかかる熊鬼の姿。このまま小猿達に逃がされるはずだったアスナが意外な反撃を見せたので、危険だと判断し彼女を取り押さえたのだ。
 破魔札に関してはプロである千草は、むしろあの運搬するだけで碌な攻撃能力を持たない簡易式神の能力を把握せずに行った不用意な反撃を見てアスナが素人であると言う確信を強めたが、熊鬼にその高度な判断は求めるのは酷というものである。
「アスナッ!」
 それを見て弾かれたように横島が動き出した。
 すぐさま左手でサイキックソーサーを発動させると熊鬼にそれを投げつけ、吹き飛ばす。
 続いて空いた右手で背中側に隠し持っていた物を刹那に向かって投げた。
「刹那ちゃん、それを使って!」
「これは…!」
 月詠を押しのけてそれを受け取った刹那は驚きに目を見開いた。
「退魔を生業にしてるって事は…当然使えるんだろ?」
 そう言って横島はニッと笑う。
 刹那が受け取ったのは手頃な長さの棒、彼が仕事中は常に備えとして一本所持していると言う神通棍であった。
「なるほど…これなら!」
 横島の言う通り、神鳴流剣士にして多少の陰陽術も扱える彼女は霊力を使用することができる。当然神通棍の扱い方も心得ていた。すぐさまそれを伸ばすと霊力を込め、月詠の一撃を受け止める。
「先輩〜、神鳴流の剣士が刀を捨てはりますか〜?」
「フッ…神鳴流は武器を選ばずッ!」
 力で月詠を押しのける刹那。神通棍は『夕凪』のような切れ味はないが、長さも手頃で軽く、何より霊力を込める事によって頑丈さだけならば『夕凪』にも勝る。
「うぅ、斬れませ〜ん」
「当たり前だ! 魂のこもらぬ貴様の軽い剣で斬れはしない!」
 神通棍の扱いは基本的に剣と変わらない。単純な殺傷力では刀に劣るが、それこそ人間を相手にするには無用の長物だ。

 そして、この隙に横島も動いていた。
 刹那に神通棍を投げ渡した直後からアスナの元に駆け寄り、先程サイキックソーサーで吹き飛ばした熊鬼に対してはもう一つのサイキックソーサーを出して更に追撃をかける。
「アスナ、大丈夫か!?」
「よ、横島さん…ゴメンナサイ…」
 抱き上げると、アスナはボロボロと涙を流している。傷の痛みだけではなく、せっかく横島から破魔札を贈られたと言うのに役に立てなかったことがよほど口惜しいのだろう。
 掛ける言葉の見つからない横島は、アスナを背に隠すように立つと、熊鬼に向き直って『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を発動させた。
 千草は慌てて熊鬼を退かせて横島と距離を取る。アスナは素人だが、横島が侮れない事は電車の中での戦いで重々承知していた。そして、おそらく目の前の男が魔法使いではなくGSだと言うことも。
 民間GSもピンキリだが、ピンの方になると神魔族の戦いに関わる者もいると言う。目の前のナンパ男がそうだとは思いたくないが、電車の中での霊波砲の事を考えると、なめて掛かれる相手でない事は確かだ。
 チラリと視線を月詠の方にやると、刹那が『夕凪』を捨てたことでやる気を著しく削がれたようだ。彼女も神通棍に持ち替えた刹那と互角の戦いに持ち込まれている。
「……潮時、やな」
 これ以上戦っても益はないと判断した。今ならばアスナのダメージが大きいためこちらが退けば向こうも退くだろうと考えた千草は、小猿の簡易式神を再び出して、横島に向って突貫させる。
 当然、横島は『栄光の手』で蹴散らそうとするが、霊破刀の刃先が触れた瞬間簡易式神が強烈な光を発して弾け飛ぶ。
 これは予想外だったようで、光に目を灼かれたのか横島は目を押さえて苦しんでいると、その隙に千草は熊鬼を月詠と刹那の間に割り込ませ、あえて刹那の一撃を食らって影に戻す。
 熊鬼から伝わった痛みで意識が飛びかけるが、そこは着込んだ猿鬼に身を委ねることでカバー。突然割り込んできた影に虚を突かれた刹那が動きを止めると、猿鬼はその力で月詠を担ぎ上げて全力疾走で逃げ出してしまった。

「待てッ!」
「待つんだ刹那ちゃん! アスナのダメージが大きい!」
「!?」
 追い掛けようとした刹那を横島が呼び止める。
 振り返ると、横島は倒れたアスナを文珠で治療していた。熊鬼の爪による怪我はなかったものの、叩きつけられた衝撃が予想以上に効いていたようだ。
 刹那だけでなく、隠れていた風香も出てきてアスナに駆け寄る。
「アスナー、しっかりしろよー!」
「神楽坂さんは大丈夫ですか?」
「文珠で『癒』したから大丈夫だけど…今日はもう戻って休ませた方がいいな」
 そう言って横島は、刹那と風香に手伝ってもらいながらアスナを背負う。普段なら背に感じる感触に鼻の下を伸ばすところだが、流石に今の状況ではそれも控えている。

「…ところで、どうやってホテルまで帰ろうか」
「そ、そうですね。電車ももうないでしょうし…」
「えーっと、タクシー?」
 風香がそう提案し、横島達もそれしかないかと考えていると、助け船が意外なところからやってきた。

「ヨコシマ、迎えに来たネ」
「…助かるけどさ。自重しろ、謎が多すぎるぞ」
 そこに立っていたのは『麻帆良の最強頭脳』こと超鈴音。
 何故ここにいるかは謎だが、今は助けに来てくれたことを素直に感謝したい。何より早くホテルに帰ってアスナを休ませたいのだ。
「ところで、何で迎えに来てくれたんだ? できるだけ早く帰りたいんだが」
「それじゃ、ホームに戻るネ。ヨコシマ達が乗ってきた電車をまた走らせるヨ」
 そう言って超は横島達を先導して行く。
 電車に戻るとそこにはネギ達も居て、壊れたはずの最後尾の車両が別の車両に取り替えられていた。
 超に聞いてみると、壊れた車両は証拠隠滅のために処分したとのこと。後は事件を揉み消したい関西呪術協会が何とかしてくれるだろうと笑っている。

「おねえちゃーん!」
「史伽ーっ!」
 そして、史伽もネギ達と一緒に京都駅まで来ていた。
 風香の姿を見つけると駆け寄りひしと抱き合って互いの無事を喜んでいる。何とも微笑ましい光景だが、横島には一つ気になることがあった。
「おい、ネギ。もしかしてあの子達にも魔法を…」
「いえ、超さんが来てくれたおかげでバレずに済みました。嵯峨嵐山駅からはあの新しい車両に乗って来たんですよ」
 魔法について知られていないと聞いてほっと胸を撫で下ろす横島。
 ネギは彼が背負うアスナについて聞いてくるが、横島は「疲れて眠ってしまった」とだけ答えた。
 元気そうに振舞っているが、嵯峨嵐山駅で千草の言った言葉にショックを受けているのが見て取れる。そんな彼に魔法使いと陰陽師の戦いでアスナが怪我をしたと知らせるのは酷だと思い、あえてその事は伏せる事にしたのだ。

「それはちょっと過保護じゃないかナ?」
「そうは言ってもまだ子供だからな…って心を読むな」
「顔に出てるだけネ」
 そう言って超は肩をすくめる。実際に顔に出ていたかはともかく、彼女については考えるだけ無駄だと横島は出発を促す。
 全員が乗り込んだ後、電車は超の運転で走り出した。彼女が運転免許を持っているかどうかも謎だが、それこそ考えるだけ無駄だと言う事だろう。

「あ、そうだ。帰ったら夜食にまた肉まん頼むわ」
「こっちを警戒してる割には、遠慮がないネ」
 確かに警戒はしているが、それとこれとは話が別だった。
 それだけ超包子の肉まんはおいしいのだから仕方があるまい。
「腹が減っては何とやらだ」
「分かたネ。お安くしとくヨ」
「…領収書を頼む」
「OKネ、学園長宛で書いとくヨ」
 つまり経費で落とすと言うことだ。
 そんなやり取りをしながら、電車は嵯峨嵐山駅へと帰って行った。

 ネギは千草の話にショックを受けてしまっている。
 アスナも今回の戦いで役に立てなかった事にショックを受けているだろう。大きな怪我をした事による精神的ショックも心配だ。
 刹那も神通棍を使う事でかろうじて互角の戦いに持っていったが、月詠は途中から明らかにやる気を無くしていた。次の戦いでも同じ手が通用するか微妙なところだろう。
 何より、互いに正体が知られてしまったので、千草が次にどんな手を使ってくるか全く予想できない。これが一番の大問題であった。

「問題山積みネ」
「だから、心を読むなと…お前はアレか、長年連れ添った妻か」
「アイヤ、プロポーズか?」
「いいから、前見て運転しろ」
 超の軽口をあしらうが、彼女の言う事は間違っていない。
 修学旅行はまだ初日だと言うのに既に問題は山積みだ。
 これからどうするべきか悩むところではあるが、今はただホテルに戻る事が先決であろう。

「…明日からが本当の勝負ってとこか」
 そう言って決意を新たに表情を引き締める横島。
「その状態で言っても締まらないネ」
「ほっとけ」
 しかし、その足はアスナに膝枕をし、肩には疲れて眠ってしまった風香がもたれかかっている。
 やはり横島には、真面目な表情は似合わなかった。その表情が崩れるまで、あと数秒と言ったところである。



つづく



あとがき
 千草が式神を着る事ができると言うのは『見習GSアスナ』独自の設定で
 原作には存在しませんのでご了承ください。

 ただ、単行本の4巻、31〜32時間目『怪奇! 京都・お札三枚女!!』において
 階段の上に千草が立っているシーンでは足元に置かれていたサルのきぐるみが
 式神熊鬼、猿鬼が登場した辺りから見えなくなっているのは事実だったりします。

 そのため、もしかしたら…と考えて、この設定を捏造してみました。

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