topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.23
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 ネギは魔法使いか否か。その真相を知るべく動き出した『麻帆良パパラッチ』こと朝倉和美。と人形のさよ。
 チャンスを窺っているが、横島と豪徳寺が一緒にいるためどうにも隙が見当たらない。
 露天風呂が混浴なので、そこに潜り込めばネギと二人きりになれるかと思ったが、ネギは豪徳寺を連れて露天風呂に行ってしまった。本人は横島も一緒にと考えていたようだが、横島と豪徳寺のどちらかが常に護衛に就いているようにしたので、二人が同時に入浴するわけにはいかなかったのだ。
 これは刹那の負担を減らすための横島なりの心遣いである。勿論、豪徳寺にも異論はなく二つ返事で承諾。当の刹那が護衛は自分の役目だからと断ろうとしたが、横島達二人掛かりで説得されて現在彼女は部屋で休んでいる。
 横島としては休むついでに木乃香に会いに行けば良いと考えていたようだが、こちらについてはやはり頑固であった。全く会おうとしない。

「そう言えば…GSの横島さんは何となく分かるんだけど、豪徳寺さんってなんでいるんだろ?」
『豪徳寺さんは世界樹前広場で横島さんとしゅぎょーしてましたよ』
「へー、豪徳寺さんもGS目指してるのかな? それとも…」
 『魔法使い』と言う言葉が和美の頭をよぎる。
 そこでふとある事を思い出した和美は、すぐさま踵を返して部屋に戻る。桜子達は出掛けているらしく不在、この方が和美にとっても好都合だ。
 鞄からデジカメを取り出して中のデータを見始める和美。そこに入っていたのは、修行中のアスナを撮った写真のデータだ。世界樹前広場で撮った写真も数多く入っている。
「やっぱり…」
『どうしたんですか?』
「これ見て、端に映ってる豪徳寺さんの肩のとこ」
『う〜ん…あ、これカモさんですか?』
 小さいためはっきりとは判別はできないが、黒い学ランに映える白い姿は紛れもなくオコジョのカモ。
 ネギのペットであるはずのカモだが、最近は豪徳寺と一緒にいる所をよく見かける。思えばアスナの誕生日を祝った時も、カモは豪徳寺の肩の上に居たはずだ。
「やっぱり、豪徳寺さんはネギ先生の関係者…? う〜ん、でもこれはネギ君の正体を知るのには繋がらないんだよねぇ」
『どういうのなら繋がるんですか?』
「そうだねぇ…例えば、ネギ先生があの杖でフリフリドレスに変身してたとか。その上、カモっちが変身の掛け声とか喋ってたら完璧なんだけど…」
 和美の言う事はどこかずれている。桜子の『プリンセス』発言が尾を引いているらしい。
『はぁ、そんな事は言ってなかったですねぇ、カモさん』
「でしょ〜………って、え?」
『知らなかったんですか? 喋れるんですよ、カモさんって。流石西欧のペットはスゴイですねぇ』
「えーーーっ!?」
 意外なところに隙があった。さよはカモが人間の言葉を話しているのを目撃していたのだ。
 当のさよは気付いていないようだが、これはとても重要な情報だ。人語を解するペットを連れたネギ、やはりただ者ではない。魔法使いだと言うのも、疑惑から確信に変わりつつある。
 カモも修学旅行に来ているはず。ここは横島と豪徳寺から離れないネギを狙うよりも、カモを探し出した方がよいのではないか。そんな風に考え始めた和美だったが、この時既に彼女には邪悪な魔の手が迫っていた。和美がネギを追跡していたように、『邪悪な魔の手』も彼女の後を尾けていたのだ。

「クックックッ…ば〜れ〜た〜かぁ〜」

『きゃあっ!』
「誰っ!?」
 突然響き渡る怪しげな声。
 突然の事にさよは和美に抱きつき、抱きつかれた和美は声の主を探すが、どこにもその姿は見えない。いや、その表現は正確ではないだろう。見えてはいるのだ、和美がそれに気付かないだけで。
「俺っちはここだぜ、玄関のとこだ」
「玄関…?」
 声のするままに視線をそちらに向けると、そこには小さな白い影。ニヒルに決めているつもりなのか、タバコを手にしたカモの姿がそこにあった。
「姐さん、あんたキラリと光るもん持ってるぜ」
「ほ、ホントにオコジョが喋ってる…」
 話に聞いてはいたが、いざ現実に目の当たりにするとまた違った衝撃があった。
 見た目には可愛らしい白い毛並のオコジョがタバコをくわえて、唇の端を吊り上げて笑っているのだ。何ともシュールな光景である。
「話は聞かせてもらったぜ。兄貴の正体に気付くなんざ、流石だぁ姐さん。どうだい、俺っちと取引しねぇかい?」
「…取引?」
 怪訝そうな表情を浮かべる和美。
 構図としては彼女の前で悪魔が契約書をチラつかせている様なものだが、ここで和美の持ち前の好奇心が鎌首をもたげてきた。詳しく話を聞いてみると、和美が知った情報を記事にしないと言うなら、彼女を身内として迎え入れて情報をオープンにしてくれると言うもの。更にカモは、この誘いを断り下手に動こうとすると、記憶を消されてしまうと言う『忠告』も添えてきた。
「それは脅し?」
「脅すつもりはねぇ、純然たる事実ってヤツさ。姐さんが思ってる以上に、こっちは古くて大きい集団なんだ」
「………」
 和美は唸った。この契約を受け容れれば記事にはできないが、好奇心を満たすことができる。
 そして、今の時点で分かるのは『魔法使い』と言うのはネギ一人ではなく組織として存在すると言うこと。この事実を公表しようとすれば記憶を消されてしまうと言うのも本当だろう。おそらく記事にしてももみ消されてしまうに違いない。
「……オッケイ、分かったわ」
「ククク…契約成立、だな」
 断ったところで手に入れた情報を失うだけ。ならば、『真実の探求者』を自称する彼女としては、更に情報を手に入れるために踏み込むしかない。和美は自分にそう言い聞かせて、カモとの取引を承諾する事にした。

「その代わり、報酬ははずんでもらうよ」
「OKOK、今後俺っち達への取材は姐さん一人に独占させるべ」
「まず一つ、ネギ先生や横島さんは『魔法使い』なの?」
「半分正解、半分ハズレだな。ネギの兄貴が『魔法使い』なのは姐さんの予想通りだが、横島の兄さんはれっきとしたGSさ。免許だってちゃんと持ってる」
 横島がGSである事は確かなようだ。つまり、アスナの弟子入りも正当なもの。和美は横島の調査を手伝い、アスナの弟子入りを後押ししていた身なのでほっと胸を撫で下ろす。
 しかし、横島のネギへの関わり方を見るに、彼が『魔法使い』と何かしらの関係があるのは間違いあるまい。和美はアスナの弟子入りで有耶無耶になっていた横島への突撃取材を敢行すべきかと考え始めている。

『ふ、二人とも、何か怖いですよ〜』
「そう?」
「フッ、これがお子ちゃまには分かんねぇ『大人の世界』ってヤツさァ…」
 そう言ってタバコをふかすカモ。
 その姿を見てさよは、いつかエヴァの言っていた『悪』の意味を唐突に理解するのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.23


「おーい、兄貴ー!」
「あ、カモ君。どこに行って…って、朝倉さん!?」
 露天風呂を出て、再びロビーに場所を移して明日以降の打ち合わせをしていたネギ達。
 そこにカモを肩に乗せた和美が現れた。左肩にはオコジョ妖精のカモを右肩には生き人形のさよを乗せるその姿は、まるで『こちら側』の関係者である。
 しかし、彼女は一般人。カモが普通に喋っているのを嗜めようとしたネギだったが、それを和美が手で制した。
「兄貴、さっき子猫を魔法で助けたところを朝倉の姐さんに見られてたみたいだぜ」
「えぇッ!?」
「でも安心しな。俺っちが誠心誠意心を込めて説得したおかげで、姐さんも秘密を守るために協力してくれる事になったんだ」
「『誠心誠意』ってのはともかく、これからは秘密を守るエージェントとしてよろしくね。ホイ、魔法使いだって証拠写真、返しとくよ」
「あ、ありがとうございます」
 お礼を言ってネギは写真の束を受け取る。確かにそこには不鮮明ではあるが、杖に乗って飛び去るネギの姿が写っていた。確かにこれが公表されていれば、ネギはオコジョにされて魔法界に強制送還されてしまっただろう。
 新たな問題発生かと思われたが、ネギが問題山積みで頭を悩ませているのを見かねてカモが動いてくれていたらしい。横島と豪徳寺はカモの性格を知っているだけに「嘘臭い」と言いたげな顔をしているが、ネギは心の底から信じているようだ。何とも純粋である。
「…あの笑み、素直に信じてよいものか」
「まぁ、ネギの迷惑になるような事はせんだろ…むっ」
 その時、何かに気付いた横島が豪徳寺を連れて姿を隠した。
 何事かとネギが後を追おうとすると、そこに学園広域指導員の新田が現れた。一般人である彼は横島と豪徳寺がここにいる裏の事情を知らない。そのため彼の接近を察知した横島は咄嗟に身を隠したのだ。
「こら、お前達もうすぐ就寝時間だぞ。自分の班部屋に戻りなさい」
「あ、はい」
 新田を前にしては、和美も素直に従うしかない。『鬼の新田』と呼ばれる彼は、麻帆良女子中学校で最も恐れられている学園長に次いで古株のベテラン教師なのだ。
「ネギ先生も、夜は部屋から出ないように。見回りは私がやっておきますので」
「わ、わかりました」
「それと生徒達に伝えておいてください。就寝時間以降は朝まで部屋から外出禁止、見つけたら朝までロビーで正座させると…ネギ先生も例外ではありませんよ?」
「う…」
 ネギはこの後、横島達の部屋に移動して打ち合わせを続けるつもりだったが、ここは一旦部屋に戻るしかないだろう。横島達も戻ってこないので、一同はその場で解散し部屋へと戻った。

「…さて、それじゃ私達も動き始めようかね」
「ああ、兄貴のためにもこの作戦、失敗するわけにはいかねぇぜ!」

 ただし、和美とカモの二人を除いて。


「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた、『ラブラブキッス大作戦』でしょ」
「優勝者には豪華賞品だって!」
「でも、新田に見つかったらアウトでしょ」
「それぐらいじゃないと、スリルがないよー」


 カモと和美の作戦、それはネギとのキスをゴールとした、その名も『くちびる争奪! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦!』だ。
 ルールは二人一組のグループで参加。『鬼の新田』の監視を掻い潜り、旅館内のどこかにいるネギの唇を奪えばゴールとなる。妨害は可能だが、武器は手に持った枕のみ。投げようが叩こうが自由だ。
 上位入賞者には豪華賞品がプレゼントされる事になっているが、もし新田に見つかってしまったら他言無用で朝まで正座。死して屍拾う者無しである。

「参加者、どんどん集まってるよー」
「クックックッ、ここまでは計算通り」
 悪どい笑みを浮かべるカモ。彼はただ余興としてこのイベントを企画したわけではない。当然、裏の目的があった。
 その目的とは、仮契約(パクティオー)カードの大量ゲットにある。ホテル全体を仮契約用の魔法陣で取り囲む事により、ホテル内でキスした者全てを仮契約させてしまおうと言う作戦だ。
 どちらがマスターになるかで魔法陣の調整が必要なのだが、今回は男性と女性のキスのみ有効とし、男性をマスターに女性を『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』とするようにしている。もし、エヴァが参加してネギとエヴァでキスが成立すれば、ネギは吸血鬼の真祖であるエヴァを従者とする事ができるのだ。可能性は低いが賭ける価値はある。
 それが無理だとしても、カモは仮契約一件につき五万オコジョ$を得る事ができる。同時にトトカルチョも行う事になっているので、彼等の元には相応の金が転がり込む事になるだろう。笑いが止まらないとはこの事だ。

 この作戦、当初は班対抗にするつもりだったが、結局は班の垣根を越えてグループを組む事が許されている。
 と言うのも和美の班メンバー、人形のさよは無理として、他の三人。桜子、美砂、円が参加しそうになかったのだ。彼女達はむしろトトカルチョの方に興味があるのだろう。特に桜子は。
「…ま、トトカルチョはメンバーが出揃ってからだね」
「メンバー表が出来ないことにはな」
 参加受付の締め切りは今夜の十時半までだ。大本命とされている『いいんちょ』ことあやかもメンバー選びが難航しているらしく、まだ参加を表明していないため、賭けの行方はまだ誰にも分からなかった。


「楓さん、お願いするですよ!」
「あいあい、任せるでござるよ」
 一方、参加者兼観客であるクラスメイト達は大騒ぎになっていた。
 本命があやかだとすれば、対抗はのどか。それはクラスの中で周知の事実となっている。
 のどか、そして班メンバーの夕映も、本来ならばこんなイベントなど「くだらない」と一蹴していただろうが、ネギの唇が掛かっているとなると黙っているわけにはいかないようだ。
 そのために夕映は一計を案じた。勝負のカギはいかに早くネギの元に辿り着くかだ。そう考えた夕映は、のどかを確実にネギの元に送り届けるために楓をのどかのパートナーとして参加させる事にする。
 楓にとってはこのようなイベントなど児戯にも等しいのだが、だからこそ軽い気持ちでこれを承諾。こうしてネギへの想いはクラスで一二を争うのどかと、女子中学生にはおおよそ必要ないA組の中でも指折りの戦闘能力を誇る楓のコンビが生まれたのだった。

「なんですって、のどかさんが楓さんとグループになって参加を!?」
 一方、大本命のあやかは今もパートナー選びに頭を悩ませていた。
 班メンバーの中から選ばねばならないのであれば陸上部員である春日美空を選んでいたであろうが、クラスメイト全員となると話が違ってくる。能力もさることながら、ネギ争奪戦においてライバルにならない者が好ましい。
 今の彼女の状況は和美の目論み通りであった。ネギとのキスを目的に参加する者、お祭り騒ぎを楽しみたい者、合わせてクラスの半数と少しと言ったところだろう。騒がしいクラスとして有名なA組ではあるが、その騒ぎを傍観するだけの者も半数ほど存在する。
 だからこそ和美は、個人戦を提案したカモを制して二人一組のグループ戦を押し通したのだ。これならば、あやかの様な者が本来ならば傍観者でいようとする者達も巻き込んでくれるだろうと言う計算である。
「ハッ、そうですわ!」
 あやかは何事か思いついたのか、やおら立ち上がると何も言わずに部屋から出て行ってしまった。それを見て『傍観者でいたい側』である班の面々はほっと胸を撫で下ろしていたりする。
 部屋を出たあやかは、そのまま二班、超達の部屋へと向かう。彼女がパートナーとして選んだ猛者、それは―――

「貴方の力、貸していただきますわっ!」
「フッ、私の腕は高いぞ?」

―――楓と並ぶ実力者、龍宮真名だった。
 こちらも、このようなイベントは傍観者としてやり過ごすタイプなのだが、あやかの誘いとなれば話は別だ。
 ネギに関する事には目が眩みまくる彼女のことだ、こんなイベントであっても勝つためには金に糸目はつけまい。真名は心の中でほくそ笑んであやかが条件を出すのを待つ。

「…期間限定、予約しなければ食べられないと言う高級スイーツのチケットでいかがです?」
「OK、引き受けよう」

 A組の枠を飛び越えて麻帆良学園の中でも指折りの実力を誇るスナイパー、龍宮真名。現在れっきとした十四歳。
 甘い物に弱いのが玉にキズである。

「え、いいんちょは真名と組んだの!?」
「く〜、これでのどかを抜いて本命に返り咲きかぁ?」
「て言うか、楓対真名が見れるの?」
 「「「すごーい!」」」と声を重ねる桜子、美砂、円。
 彼女達の手には参加者リストがあった。先程からひっきりなしにクラスメイト達が訪れてそのリストを覗き込んでいる。実際に行われるイベントと同じくらいに盛り上がっているトトカルチョだ。
 そのリストにはのどか組、あやか組以外の既に参加を表明している者達の名も連ねられている。
 まず、話を聞いて真っ先に参加を表明したのがまき絵と裕奈のコンビだ。続いて名乗りを上げたのが風香と史伽。まき絵がどこまで本気かは微妙なところではあるが、残りの三人は間違いなくお祭り騒ぎを楽しみたいメンバーであろう。
「そう言えば、古菲が参加してないんだねー」
「最近アスナとずっと一緒だし、そっちの方で頭一杯なんじゃない?」
 現在の参加者は四組。和美は最終的に五組になると考えていたのだが、トトカルチョのリストを見に訪れている面々を見る限り、最後までこの四組だけになりそうだ。

「人気はのどか組といいんちょ組に分かれそうだね」
「私はその二組が足を引っ張り合うと思うなー」
『桜子さんはどのグループに賭けますか?』
「う〜ん、そうだなぁ」
 さよの言葉に、リストを見ていた面々の視線が桜子に集まった。
 しばし、円から受け取ったリストとにらめっこしていた桜子。皆が息を呑んで見守っていると、やがて顔を上げた彼女は遠い目をしてポツリと呟いた。
「う〜ん、何かピンとくるのがないなぁ。のどか、楓ペアがあやしいケド」
「それ、ほとんど本命だよ」
 期待して待っていただけに一同はがっくりと肩を落とす。桜子がこれでは自分で考えるしかあるまい。トトカルチョ参加者達は、再び参加者リストを囲んで頭を捻り始めるのだった。


 一方、アスナは横島の部屋を訪れていた。
 そろそろ自分達の入浴時間なのだが、その間の護衛をどうするか聞きに来たのだ。
 アスナが部屋に入るとそこには横島と豪徳寺だけでなく刹那の姿もある。夜間の見回りのローテーションを決めているようだ。
  「風呂か…それじゃ刹那ちゃんが」
「いえ、私は外から警戒していますので」
「ダメ?」
「ダメです。私がお嬢様の前に立つわけにはいきません」
 やはり頑固だ。どうしても木乃香の前に出るつもりはないらしい。
 しかし、今回の横島には秘策があった。刹那の返事を聞いてニヤリと笑うと鞄の中から着替えとバスタオルを取り出す。
「いやぁ、しょうがないなぁ」
 と言っている割には顔がにやけている。
「…横島さん、まさか」
「だって入浴中は一番無防備なんだぞ? 誰かが近くで護ってるしかないだろ」
 「いやぁ〜、まいったなぁ」と頭を掻く横島。確かに正論なのだが、別の魂胆があるのが丸分かりだ。
 横島ならば本気でやりかねない、そう感じた刹那。アスナが居れば横島を止めてくれるのではないかと期待してみるが、こちらは「護衛する上で必要」と言う事を変に意識し葛藤しており、役に立ちそうにない。
 刹那が木乃香との入浴を承諾したのは時計の秒針が一回りしてからの事だった。横島の言う通り、入浴中は無防備になる。こうなれば背は腹に代えられないと言ったところだろうか。
「あの、アスナさん。お嬢様の前で私の剣、『神鳴流』については言わないで下さい。お嬢様には本当に知られるわけにはいかないので」
「え、ええ、分かったわ」
 頼み込む刹那の顔は真剣そのもの。気圧されたアスナは、少し言葉を詰まらせながら了承した。
 アスナとしても木乃香と刹那が子供の頃のように仲良くできればと考えていたのだが、どうにもそんな単純な話だけではないようだ。しかし、刹那の方も木乃香と仲良くしたくない訳ではない、アスナにもそれぐらいは理解できる。刹那の言う秘密を守るのも大事だが、二人の仲を修復するのも大事だと考えていた。

「ところで横島さん、何か旅館の周囲に結界を張りましたか? 先程から妙な感じがするのですが」
「? いや、俺は知らんぞ。そう言われてみれば、何か…でも、危険な感じはしないな」
 刹那と横島の会話に豪徳寺は疑問符を浮かべるばかり。彼も気の使い手ではあるが、霊力を扱う二人のような霊感はないらしい。簡単な霊視ができるようになったアスナも何も感じ取れずにいる。
 二人が感じ取っているのはカモがホテルの四方で建物を囲むように張った仮契約用の魔法陣だ。しかし、感じ方は少々違うようで、何かしら力場の中にいる事を察知している刹那に対し、霊感が『危険感知』としての意味合いが強い横島は、彼女に言われるまで全く気付いていなかった。この魔法陣は実際に仮契約、キスを行わない限り何の効果も発揮せずにただそこにあるだけなので、横島には感知する事ができなかったのだろう。

「それじゃ、私達はお風呂に行ってきますので」
「おーう、ネギの方には俺から話しとくから」
「お願いします」
 そう言ってペコリと頭を下げると刹那はアスナと共に露天風呂へと向かった。その表情は複雑そうではあったが、決して嫌がっている様子ではない。それを見た横島は「良い事をした」と満足気に頷くと、先程の打ち合わせの結果をネギに伝えるために彼の部屋に向かう事にした。
 彼は新田に部屋から出ないように言われている上、ホテルの廊下を歩いているとどうしても目立ってしまうのだ。そのため、この打ち合わせに参加するのは見合わせて今は部屋でおとなしくしている。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「…そこからか?」
 ただし、天井裏を通って。
 新田に見つからないためなのだが、怪しい事この上なかった。


「…あのさ、お風呂に行くまでに聞いときたいんだけど」
「何でしょう?」
 並んで歩くアスナと刹那。露天風呂に向かう途中でアスナが遠慮がちに口を開いた。昨夜の京都駅での戦いを見たときから、彼女に聞いておきたい事があったのだ。
 しかし、それは木乃香に対して秘密である彼女の力に関わる事なので、露天風呂に到着するまでに話を済ませてしまおうと言う算段である。
「桜咲さん、昨日…その、神通棍を使ってたよね?」
「え、ええ…横島さんのをお借りして」
「って事は、桜咲さんって霊力使えるの?」
「ハイ、神鳴流は元々退魔を生業としていますので」
 アスナの悩みなど知る由もない刹那はあっさりと答えた。
 霊力は物理的な肉体を持たぬ悪霊や妖と戦うのに有効なため、彼女達の様な退魔師は多かれ少なかれ扱えるものなのだ。特に刹那は神鳴流の剣術だけでなく補助的なものとして陰陽術も少し修めているため、その傾向が強いと言える。
「桜咲さんはどうやって霊力使えるようになったの? 教えて!」
「そ、それは…」
 これがアスナの目的であった。
 霊視ができるようになったとは言え、まだ神通棍が扱えるわけではない。そこで、横島との修行以外でも一人でできる練習があれば実践したいと考えたのだ。
「…すいません。私は生まれつき霊力が使えましたので、そう言うのはよく分からないんです」
「ガーン!」
 しかし、刹那の答えは彼女の期待を裏切るものだった。
 生まれつき霊力が使える。その言葉にアスナはショックを受けたようで、刹那は慌ててフォローに入る。
「神楽坂さんは、横島さんの下で修行をしているのでは? そんなに焦る事はないと思いますが」
「そりゃそうかも知れないけど…私、昨日何の役にも立たなかったじゃない。木乃香も大変な目に遭ってるのに、足手纏いにしかなれないなーって思うと、ね…」
 アスナが必要としているのは『今』横島の役に立てる力のようだ。
 言葉で言うほど簡単でない事は、彼女が一番よく分かっている。
「こうなったら、もう一度エヴァちゃんに噛んでもらうしか…」
「それやると昼間は動けませんよ」
 そんな話をしながら露天風呂に到着する二人。霊力に関する話は一旦そこで打ち切る。
 木乃香達は既に中に入っているようだ。アスナ達は脱衣場で浴衣を脱いで篭に放り込むと、タオルを巻いて浴場へと入る。すると、そこには班メンバー以外の先客の姿があった。
「ムッ、神楽坂明日菜ではないか。遅かったな」
「エヴァちゃん…なんでここに? 時間が違うでしょ?」
「私が時間を間違えたとでも? 失敬な、ずっと入ってるだけだ」
「長風呂にも限度ってものがあるでしょ」
 そこに居たのはエヴァ。元々肌が白いせいか、火照った頬がリンゴのように赤くなっている。その事からも相当長時間湯船に浸かっている事が窺える。

「あ、せっちゃん! ほんまに来てくれたんやな〜」
「お、お嬢様…って神楽坂さん、背中を押さないでください」
「いいからいいから、行ってきなさい」
「あ、ちょっと…!」
 そこに刹那の姿を見つけた木乃香が駆け寄ってきた。どうやら古菲が入浴中の護衛は刹那がするしかないだろうと予測していたらしく、刹那が来るかも知れないと木乃香に伝えていたようだ。刹那、横島、豪徳寺の三択なのだから、刹那が来ると予測するのはある意味当然のことだろう。
 木乃香と刹那の仲については古菲も考えるところがあったようで、ここは全面的に木乃香の味方をするようだ。木乃香を手伝い、刹那の手を引いて強引に連れて行ってしまう。
 その強引さに刹那は戸惑った様子だったが、力尽くで拒む気もないようでされるがまま。それを察したアスナは、にこやかに連れて行かれる刹那を見送るのだった。

「ところで、茶々丸さんは?」
「あいつならとっくに上がったさ」
 それ以降、一人でずっと温泉に浸かっていたとの事だ。
 麻帆良学園都市に温泉はないので、この機にとことん堪能しておきたいのだろう。
「ところで、お前達は何を企んでいるんだ?」
「は? 私達が木乃香の護衛をしている事は知ってるでしょ?」
「いや、それとは別に…」
 急にエヴァがすーっと近付き、小声で問い掛けて来たのでアスナも思わず声を潜めて返す。
 しかし、エヴァが聞きたいのはその事ではなく、ホテル周辺に張り巡らされた仮契約の魔法陣についてだった。刹那と違って魔法陣の存在を察知するだけでなく、それが仮契約用の魔法陣である事も把握している。
「仮契約って…ネギと豪徳寺さんがやったアレよね。そんな話全然聞いてないわよ」
「となると、ネギのぼーや…は違うな。小動物あたりの独断か?」
「その魔法陣があると、どうなるってのよ?」
「バカレッドにも分かるように説明するとだな…」
 エヴァの説明によると、魔法陣が有効の間は、ホテル内でキスを交わした者達全てで仮契約が成立するそうだ。更に、男女間でしか成立しない事、男をマスターに女を従者にするように仕組まれている事を教えてくれた。
 ただし、仮契約の各種条件については詳しく調べた訳ではないので断言できないとの事。かく言うエヴァは魔法陣を調べに行く気は全くないらしい。キスをしなければ何の影響もないので放置する気満々である。

「…っ!」
 この時、アスナの脳裏で天啓がひらめいた。
 目の前にいるエヴァ、そして仮契約の魔法陣の情報、それらが霊力を使えるようになる方法を導き出したのだ。
「ん? なんだ、私の顔に何かついているか?」
 アスナはエヴァの顔をじっと見詰める。
 先日の吸血鬼騒ぎの決着がついた後、エヴァの家で彼女は言った。アスナがすぐにでも霊力を扱える方法を。
 それは少女にとって一大事だ、軽々しくできる事ではない。
 かく言うアスナも、できれば避けたいと思っていた。しかし、「横島さんって、大人になると結構シブいのよね…」一つの大きなハードルが取り除かれる。
 何より、親友の木乃香を助けるには、今この時に力が必要なのだ。
 焦らずとも良いと言われても、この修学旅行中に何かあれば悔やんでも悔やみきれない。

「私、やるわ」
「何をだ?」

「横島さんと、横島さんと仮契約する!」

「……………頭でも打ったか?」

 突然の宣言に呆けた顔で返すエヴァ。
 しかし、アスナのその瞳には揺らぐ事のない決意の炎が宿っていた。



つづく



あとがき
 やっちまった感はありますが、当初からの予定通りです。
 この後の展開のためにも、このイベントは外す事ができませんので。

 なお、カモは朝倉の事を原作では「姉さん」と呼びますが、
 『見習GSアスナ』におけるカモは原作よりチンピラっぽいので、
 ニュアンス的な事も判断した上で「姐さん」と呼ばせております。

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