topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.49
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「夏美ちゃん、ところで…那波さんはどこ?」
「え?」
 エヴァが夕食を終えて食後のデザートと言わんばかりに横島に襲い掛かり、十分過ぎる量の血を戴いて満足気な笑みを浮かべていた頃、のどかに介抱されているネギを横目に、ふと千鶴の姿が見えない事に気付いたアスナが夏美に問い掛けた。
 和美が中心となってクラスメイトの所在を確認した時は夏美と一緒と聞いていたが、今は姿が見えない。そう、アスナは子供になった千鶴が千鶴だとは気付けなかったのだ。
 それも仕方のない事だろう。普段中学三年生の千鶴を見慣れているのに急に十歳近く若返ったのだ。確かにどことなく面影はあるが、それで同一人物と気付けと言うのが無茶な話。そもそも、アスナ達はパイパーの事をまだ知らないのだから当然である。
「ところで、この子は夏美の知り合いアルか?」
 子供の千鶴を抱き上げて古菲が問う。
 愛衣にひしっと抱き着いたまま離れない高音と違い、こちらは快活で人見知りをしない子供のようだ。古菲に抱き上げられて無邪気に喜んでおり、その可愛らしい姿に皆が集まって来て頭を撫でたりしている。
「え〜っと、その…その子が、ちづ姉なんだけど
 その瞬間、皆の動きがピタリと止まった。
「…え゛?」
「いや、だから、呪いで子供にされちゃったみたいで」
 そう言われてまじまじと少女の顔を見てみるが、言われてみると確かに、面影があるどころではない。他人の空似にしては似過ぎている気がする。
「ホントに…?」
「でも、確かに似過ぎやな…」
「え〜っと、お嬢ちゃん。お名前はなんて言うのかな〜?」
 腰を屈めて桜子が問い掛ける。いつも通りのにこやかな笑顔だが、どことなくその表情が引きつっているのは、彼女自身心のどこかで夏美の言葉が真実であると感じているからであろう。
 そんな桜子達の心中を余所に千鶴は片手を挙げてこう答えた。
「なばちづるでーすっ!」
 実に元気な良い返事であった。
 これは決定的である。偶然と考える事もできなくはないが、千鶴本人の姿は見えず、夏美の言葉もあり、他人の空似と言うには似過ぎていて、そして同姓同名。ここまで来ると疑おうにも疑いきれない。
 つまり、この少女は彼女達のクラスメイト、那波千鶴当人だと言う事だ。

 別荘内にアスナ達の絶叫が響き渡ったのは、それから数秒後の事である。

「やかましいぞ、貴様らッ!!」
 エヴァがチャチャゼロを頭の上に乗せて屋上に戻ってきたのは、丁度その時であった。
 その背後を見れば、風が吹けば飛んで行ってしまいそうな横島を、茶々丸が担いで運んで来ている。
「って、横島さーん!?」
 それに気付いたアスナが慌てて駆け寄るが、対する横島は少し手を動かすのみで、返事をする元気も残っていないようだ。明らかに血の吸い過ぎである。
「エヴァちゃん、これはやり過ぎでしょ!?」
「貴様らの今夜の予定は、後は休むだけだろう? それに比べて、こっちはこれからも修行なんだ。明日も早朝から始める予定だしな」
「うぅ…」
 エヴァの思わぬ反論にたじろぐアスナ。
 彼女の言う通り、アスナ達は別荘内の時間で言う明日の朝まで休むつもりであった。修行どころか、今日も前回別荘で一晩過ごした時のように、また横島と同じ部屋で休めないかと考えていたぐらいだ。
「な、何よ、私だって修行を――」
「それは止めておいた方がよろしいかと」
 思わずムキになってアスナが言い返そうとするが、それを茶々丸が冷静に制する。
 横島がいつも以上に血を吸われている事を知っているので、アスナの修行を見れるような状態にない事を理解しているのだ。こちらはこちらで横島を介抱する気満々である。これも茶々丸流『お客様のおもてなし』の一環なのであろう。
「ネギ先生以外の皆さんを、これよりお部屋にご案内いたします」
「俺はいい。まずは女性陣を案内してやってくれ」
 茶々丸は皆を宿泊用の部屋へ案内すると恭しく一礼するが、豪徳寺はこれをやんわりと断った。
 ネギがまだ修行を続けると言うのに、自分だけ休む気にはなれないのだろう。そして、豪徳寺が残ると言い出すと、当然のごとく中村と山下の二人も残ると言い出す。
 これは茶々丸にとっても予想の範囲内であったので、彼女はすぐさま豪徳寺達がここに残る事を承諾し、横島を担いだままアスナ達を引き連れて塔内へと入って行った。のどかも豪徳寺と一緒に残ろうとしたが、ネギが休んでくださいと言ったので、彼女もアスナ達に同行する。

 一方、愛衣と高音はこれに付いて行かずに屋上に残った。
 茶々丸は愛衣達も案内しようとしたのだが、魔法使いでない人間が近くに居ると高音が怯えてしまう事から少し離れた部屋を希望していた。
 幼い頃から人間界と魔法界を行き来してきた愛衣にも、魔法界で生まれ育った高音がこのような反応を見せるのは仕方のない事だと理解出来る、いや、出来てしまう。今の彼女にとって人間は別種族と言う認識なのだ。人間が妖怪か何かに囲まれているような感覚に近い。
 横島に対してもそのような反応を見せた事が、愛衣にとってはショックであった。愛衣自身も高音を姉のように、横島を兄のように慕っているので尚更である。
 横島は関東魔法協会による情報公開の前準備として麻帆良に来たらしいが、これこそが魔法使いと人間の間に横たわる現実だ。それを実感した愛衣は、彼等がやろうとしている事の困難さを思い知って、小さな溜め息をつくのだった。


見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.49


「なんて言うか…凄い所だな。マクダウェルの奴は毎日こんな所で暮らしてるのかよ」
 部屋へと向かう道すがら、塔内を見回しながら千雨が半ば呆れ気味に呟いた。
 彼女達の住む女子寮も、寮としては破格に豪華であるが、流石にこの別荘の前には膝を屈せざるを得ない。
「本来はワインの早期熟成や、姉達の待機場所として使われているもので、普段からこちらで生活されているわけではありません。しかし、最近は資料調査のためにここで過ごされている事が多いですね」
「京都から持ち帰った『アレ』ですね」
「はい、アレです」
 そこで興味深げに目を光らせるのは夕映。元より本には並々ならぬ興味を持つ彼女の事だ、エヴァが持ち帰った資料についても、以前から目を付けていたのであろう。
「…待て。その様子だと、皆シネマ村のあの時の時点で知ってたのか?」
「いえ、確かに私が知ったのは、丁度その頃でしたが、桜子さんなどは、その日の晩、襲撃を受けて――」
「襲撃? あの日の晩は別に何も…」
「そりゃ、ちうちゃん石になってたもんねぇ」
「はぁっ!?」
 何気ない桜子の言葉に素っ頓狂な声を上げる千雨。
 それはそうだろう、彼女達は一瞬の間に石にされてしまい、治療されたのは夜が明けてからなのだ。いつの間にか眠ってしまったと思っていたので、突然こんな真相を明かされてしまっても、どう反応して良いか分からない。
「そっか、この中だとちうちゃんと夏美ちゃんが知らなかったんだねぇ」
 千鶴もそうなのだが、今の彼女は子供の頃の記憶しかないので、考えないでおく。
「アスナはネギ君が来た頃から知ってたアルナ」
「古菲や亜子は『桜通りの吸血鬼』の時に知ったしね」
「ボク達は、修学旅行初日の晩ー!」
「ヨコシマン格好良かったですー!」
「私達も修学旅行中に知ったです」
「そうそう。スゴかったよねぇ、シネマ村とか」
「なんでお前らはそう平然と…そもそも、この『別荘』とやらの存在自体が――て言うか、桜通りの吸血鬼の件、お前らも関わってたのかよ。いつの間にか話聞かなくなってたけど」
 『魔法使い』と言う非日常を、さも当然のように受け容れているアスナ達に千雨は眩暈がする思いであった。
 そんな彼女を、次のアスナ達の言葉が更に打ちのめす事となる。

「まぁ一応、ネギが勝ったから解決って事になるのかな?」
「『時間切れだ、時間切れ。停電の復旧が予定通りならば私が勝っていた。あと、貴様らが横槍を入れなければな』と、マスターは申しておりました」
「アハハ、茶々丸さん、それそっくり〜!」

「お、おい、それはどう言う…」
 エヴァの口調を真似る茶々丸に桜子は拍手をして囃し立てるが、千雨はそれどころではない。アスナ達の言葉をそのまま解釈するならば、『桜通りの吸血鬼』の一件は、ネギとエヴァが戦い、ネギが勝利したからこそ解決したと言う事だ。
 何故、二人が戦わねばならない。
 いや、そもそも、何故ネギが勝利し、エヴァが敗北した事で一件が解決するのか。
 そして、このような現実離れした『別荘』を所有するエヴァは何者なのか。
 千雨の頭の中でぐるぐると疑問が渦巻いている。
「あー…つまり、あれか? 『桜通りの吸血鬼』の正体は、マクダウェルって事か?」
 そう考えるしかあるまい。
 千雨が引きつった笑みを浮かべながら問い掛けると、茶々丸はあっさりとそれを肯定する。
「その通りです。マスターは吸血鬼の真祖、ハイデイライト・ウォーカーであり、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』とも呼ばれております」
「何だそりゃ!? やべーじゃねぇか! 私らも血吸われるんじゃないだろな!?」
 千雨がそう考えてしまうのも無理はないだろう。アスナ達は一瞬きょとんとした表情をしたが、ややあって、その可能性が有り得る事に気付いてポンと手を打つ。
 しかし、アスナ達はそれは無いと考えていた。エヴァとはそう長い付き合いと言うわけではないが、あの一件以来エヴァが彼女達に対し血を欲しがる素振りを見せた事など無いためだ。
 茶々丸も、エヴァの名誉のために振り返って千雨の持つ疑惑をきっぱりと否定する。
「それはありません」
「何でだよ!?」
「最近のマスターは舌が肥えてきたのか、横島さん以外の血を召し上がろうとはしませんので」
 ただし、それはエヴァの食い道楽としての名誉であった。
「う゛…」
 そのきっぱりと断定する口調に千雨も思わずたじろいでしまった。血を吸われ過ぎたのか、文字通りに真っ白になっている横島が目の前にいるだけあって、非常に説得力が有り過ぎる。
 ともかく、茶々丸の言葉を信じ、前向きに考えるならば、この『別荘』で過ごさねばならない一週間の間、横島が居る限り自分の身は安全と言う事だろう。

「ん?」
 ここで千雨がある重大な事実に気付いた。
「ちょっと待て、今外には誰もいないんだよな? あの『別荘』が入ってたフラスコ? あれが外からどうにかされるなんて事は…」
 その言葉に「あ…」と声を上げるアスナ達、誰も――正確には、夕映を除く他全員が、その事に全く気付いていなかったようだ。
「その点については大丈夫だと思います。以前エヴァさんが、この家には最大限の魔法的防御を施していると言っていました。見た目はログハウスでも、図書館島並の護りの堅さを誇るとも」
「と、図書館島…?」
 その疑問には以前横島とネギがここで戦い、一泊する事になった際にエヴァを質問責めにした事がある夕映が答えるが、千雨にはそれがどの程度なのかが理解できない。
 事情を知る者であれば、人間界に点在する神族の拠点並と言えば分かりやすいかも知れない。要するに、世界屈指の霊的、魔法的防御力を誇ると言う事だ。
 例えば、火を放とうとしても耐火の術が施されているため、そもそも火が付かない。仮に周囲の森が全焼したとしても、このログハウスは煤一つ付く事は無いだろう。
「補足いたしますと、この地下室全体は核シェルターとなっております。たとえ現代兵器で攻撃されたとしても、地表以下は傷一つつかないでしょう」
「はいぃ!? 一体、誰がんな事を…」
「私の生みの親である超さんとハカセさんの二人です」
「あの二人かよ…」
 常識人である千雨も、二人――特に超の名を出されてしまっては黙らざるを得なかった。
 実は、千雨は以前から茶々丸の存在に疑問を抱いていた。
 明らかにロボット、しかも自律行動できる人型ロボットだ。表情こそ乏しいものの、その動作は人間のそれに非常に近い。千雨はその筋の専門家ではないが、現行の科学技術を遥かに凌駕している事は理解できる。
 中学生が核シェルターを造る事ができるのかと言う疑問もあるが、その答えは目の前にある。

 茶々丸のようなロボットが造れるのだ、核シェルターだって造れない道理は無い。

 その事実に思い至った時、千雨は思わず立ち眩みを起してしまいそうになった。
「は、はは…やっぱロボットなのかよ。人工知能なのかよ。いつの間に世界はファンタジーになったんだ?」
「ファンタジーなどではありません。それに、人工知能ではなく人工魂です。『魂の合成』については七世紀も前に『ヨーロッパの魔王』と謳われるDr.カオスが、日本でも戦前にオカルト研究家の渋鯖男爵が成功させております」
「いや、そう言う問題じゃなく…て言うか誰だよ。歴史の教科書にもそんな事は載ってないだろ」
 少しズレた茶々丸の返答に千雨はがっくりと肩を落とす。
 千雨は普段からGSも胡散臭い存在だと考えているタイプの人間だ。のどか達のように小説やマンガ――ファンタジーも好んで読むが、あくまでフィクションとして捉えている。現代科学以外は基本的に信用できない人間なのだ。
 これは一般的に見れば、さほど珍しい話ではない。GS資格も国家資格ではあるが、あくまで「何だか分からないモノを退治するために、何だか分からない能力を持った者が必要」と言う認識に過ぎない。だからこそ、より優れた能力を持った者のみが残るように、受験生同士の実戦と言う試験方法が取られているのだ。その発想は蠱毒のそれに近い。
 組織となったGS協会はそれ以上の事も考えているようだが、マスコミにオカルトが注目されるようになった今でも、一般人の認識は昔とさほど変わらないだろう。あくまで現代社会の基盤は科学であるのだ。
「て言うか、誰だ。お前を造ったのは、超か、葉加瀬か、マクダウェルか」
「三人の共同作業です。現在はまだ実現していませんが、サイバネティクスやエレクトロニクスを駆使すれば、魔法に頼るのは極一部で済むと言われております。理論上は量産化も可能であると」
「いや、お前ここにいるじゃん」
「いえ、私以外の成功例は存在しません。超さんでも量産化は出来なかったようです」
「超に不可能があったって事に驚きだな…」
 妙なところで感心する千雨。彼女が抱く超像がどのようなものかがよく分かる。
 ちなみに、チャチャゼロはずっと以前にエヴァが魔法のみで生み出した存在だ。
 葉加瀬もまた超やエヴァの力を借りずに科学技術のみで人工知能を実現しようとしているそうだが、こちらが成功したと言う話は今のところ聞かない。


 何にせよ、一週間の時間が出来てしまった事は確かだ。
 アスナや古菲は修行をするのだろうが、千雨はそうはいかない。
 しかし、GSである横島が近くにいないと安心出来そうになかった。今目の前で茶々丸に担がれるその姿はとても頼りなさそうだが、シネマ村で助けてくれた時の姿は、それなりに頼り甲斐がありそうに見えたのだ。
「…綾瀬達は一週間何するつもりなんだ?」
 千雨がそう問い掛ける。その視線の先に居るのは夕映、和美、亜子の三名。のどか、そして桜子や風香、史伽に関しては、前者はネギの側に居ると言う答えが返ってくるのは目に見えていたし、後者三人は普通に一週間遊び呆けていそうなのであえて聞かない。
 そして、夏美と一緒に居れば、千鶴の面倒を見るのに付きっ切りになりそうだ。千雨としては出来るだけそれは避けておきたかった。
「私はエヴァさんから本をお借りして、魔法、オカルトについて文献調査してみようと思っています」
「あ、私もそれに参加かな。カモっちも手伝ってくれるだろうし」
「お前ら、もう『そっち側』の人間だな…」
 千雨は、クラスメイト――その中でも比較的常識人側に居ると思っていた二人が、急に遠く離れていってしまったかのような錯覚を覚えた。
 もはやクラスにまともな一般人は自分しかいないのではないかと目の前が真っ暗になってしまいそうだが、かく言う彼女自身もこの世界に一歩踏み出し掛けている事に気付いていない。
 しかも、踏み出す先に地面など存在しない。後は落ちていくのみである。

 そんな目の前の現実から目を逸らそうとする千雨に、風香と史伽が反論する。
 この二人は修学旅行中に木乃香を誘拐しようとする騒ぎに巻き込まれて、事情を知ったそうだ。
 木乃香が狙われていたと言う話は、シネマ村で騒ぎがあった時から聞かされていたが、千雨は身代金目的の誘拐か何かと考えていたので驚きを隠せない。
「そうは言うけど、これは紛れもない現実だろー?」
「ちうちゃん、潜水艦が取られたってニュース見なかったですか?」
 彼女達の知る一番大きなオカルト関連のニュースと言えば『過去と未来を見通す者』アシュタロスによる核ミサイルを積んだ原子力潜水艦のシージャックだ。
 あれが初めて現実に目の当たりにした霊障と言う一般人がほとんどであろう。千雨だけでなく、3年A組のクラスメイトのほとんどがそうであった。
「いや、それは見たけどよ…あの時だって、別に何も起こらなかったじゃないか」
「今にして思えば…麻帆良が何事もなかったのは、学園長達が尽力してくれていたおかげなのでしょう」
「…いや、あの頭の長さは変だと思ってたけどよ。やっぱり『そっち側』なのかよ、あのジジイ」
 千雨にとって、その情報は納得できる事であった。学園長も『そっち側』であれば、子供であるネギが麻帆良女子中で教師をやっている理由も理解できると言うものだ。要するに、3年A組は『そっち側』の事情に巻き込まれてしまったのである。

「て言うか、あの佐倉愛衣ってヤツも魔法使いなんだよな?」
「らしいわね、私達も今日初めて会ったんだけど」
 更に千雨は問い掛けるが、これにはアスナも答えようがない。
 と言うのも愛衣に会ったのは今日が初めてなのだ。彼女が抱く高音と言う少女も悪魔パイパーに子供にされてしまったそうだが、アスナは子供になる以前の高音を知らない。
「横島師父は以前から知ってるアルか?」
「修学旅行から帰ってきた後に紹介されたそうです」
「へーって、何で夕映っちがそんな事知ってんのよ?」
「私達、図書館探険部の仲間ですので」
 そして、夕映は子供にされる前の高音を知る数少ない一人であった。更に言えば、高音達から魔法先生の存在についても聞き及んでいたりする。
 これにはアスナが驚きの声を上げた。いつの間にか夕映が横島に接近し、愛衣、高音の二人を巻き込んで図書館島地下迷宮に潜っていたなど知らなかったのだから無理もあるまい。

 ちなみに、夕映は『天使のハンバーガー』で臨死体験した数日後、三人にはきっちりと入部届けを提出させていた。
 高音はあの後、横島に色々と見られてしまった事もそうなのだが、それ以上に図書館島地下迷宮を管理する側である魔法生徒が地下迷宮探索をしてしまった事を気にしていたので、図書館探険部に籍を置けば、地下迷宮の探索は学園が認めた部員の権利であるため魔法先生達から責められる事はないと誘ったのだ。
 魔法先生達のブラックリストに載っている夕映が言うセリフではないかも知れないが、図書館探険部の規則を紐解いてみても、彼女の行動を禁止するようなものは、実は存在しない。そのリスト自体が図書館島を管理するためには都合が悪い存在と言う観点で魔法先生達が作成したものだからだろう。
 総責任者である『大司書長』が認め、学園長が黙認している以上、夕映の言う通り、図書館探険部員であれば、あの高音達の行動は咎められる事はない。
 夕映の誘いにまず高音が首を縦に振り、続けて愛衣、横島も入部届けにサインをしたのは言うまでもないだろう。
「横島さんったら、いつの間に…」
「思い切り幽霊部員ですけどね」
 その後、横島と高音は一度も部活に参加した事はない。
 一方、愛衣はなかなかの読書家のようで、これまでに何度か参加して、その都度本を借り出しており、夕映も何度か彼女の本探しに協力している。
 豊富な本のラインナップに驚いた様子で、メンテナンス中は本棚に並んだ本など気に掛けた事もなかったと愛衣は笑みを浮かべていた。出会いにこそ色々と問題はあったが、今では二人は良い友人である。

 夕映は明日以降の文献調査は、可能であれば愛衣にも協力してほしいと思っているのだが、高音があの調子では参加できるかどうかは微妙なところであろう。
 高音は生真面目で口調がきつい面もあるが、決して悪い人間ではない。むしろ正義感が強く、思いやりのある性格をしている。そんな彼女がああも怯えるのは何故なのか。
 その原因が「魔法界出身」にあると言うのであれば、明日はそれについて調査したい。
 夕映はこう見えて義理堅い一面を持っている。のどかがネギと仲良くなりたいと言うならば応援するし、横島が人間と魔法使いの仲を何とかしたいと言うならば、知識の面でそれをサポートしようと思う。
 彼を図書館探険部に誘ったのは彼女自身の目的があっての事だが、いざ入部としたとなれば夕映と横島は仲間同士だ。助け合うのは当然だと彼女は考える。
 自分達と距離を置こうとしている愛衣と高音の事を気に掛けているのもまた、その仲間意識故であった。


 幾つかの階段を降り、塔の半ばに差し掛かった辺りだろうか。少し広いロビーのような場所に出たところで、先頭を歩いていた茶々丸が振り返って皆に問い掛ける。
「ところで皆さん、部屋割りについてですが――」
 曰く、この塔内に部屋の数はかなり多く、その気になれば一人一部屋から全員で一部屋の大部屋まで自由に選ぶ事ができるそうだ。
「横島さんの近くがいいけど、男と一緒の部屋は嫌だぞ」
 いの一番にそう答えたのは千雨。普段人の名を呼ぶ時は基本的に姓を呼び捨てにする彼女だが、横島は年上なので「さん」付けである。
 流石に男と相部屋は勘弁して欲しいが、まだこの『別荘』やエヴァを始めとする魔法使い達を信用し切れたわけではないので、横島から離れたくはないのだろう。いくらGSを胡散臭いと考えているとは言っても、実際に助けられた事があるため、彼個人については信用している。
「私は…横島さんと一緒がいいかな。ちづ姉も懐いてるみたいだし」
 逆に横島との相部屋を望んだのは夏美。彼女も千雨と同じく、今日魔法使いについて知った口だが、こちらは横島のより近くに居る事を望んだ。
 恥ずかしさは当然あるが、それ以上に戦いの場に居合わせ感じてしまった恐怖を忘れる事ができずにいるのだ。
 自分と手を繋ぐ千鶴の、子供らしい高い体温を感じると、自分がしっかりしなくてはと思うのだが、あの時の事を思い出すと、今でも足が震えてしまう。
 ここが安全なのは、先程までの茶々丸達の話を聞いて頭では理解はしているが、心と身体はそうはいかないらしい。今夜は横島が側に居てくれないと恐くて眠れそうにもなかった。

 他の面々にも聞いてみるが、一人部屋を希望したものはいなかった。皆、大なり小なり大勢のクラスメイトが攫われた現在の状況に恐怖や不安を抱いているのだろう。
 更に、アスナを筆頭に風香、史伽が横島との相部屋を希望するが、現実問題として彼女達の希望をそのまま叶えるのは色々と問題がある。
「お前らな、大部屋で共同生活ってなったら着替えとかどうすんだよ?」
 これは千雨の言葉だ。実際、寮では二人、ないし三人で共同生活をしている彼女達は、ルームメイトが見ている前で着替える事などざらであった。しかし、今回はここに横島と言う異分子が一人加わるのだ。千雨の言う通り、着替えを始めとする幾つかの問題が浮上してくるだろう
 そこで茶々丸は一行を更に一階下の階層へと案内する事にする。
「茶々丸さん、ここは?」
「正確には違うのですが、団体用のゲストルームとして使える部屋があります」
 茶々丸が案内したのはかなり大きな部屋であった。その部屋にはソファやテーブルがあっても、ベッドが無い。言うなれば大きなリビングルームである。
「この部屋を囲むように十のベッドルームが備え付けられており、それらの小部屋も合わせて一つの部屋となっております」
「なるほど、各ベッドルームを使えば、着替えの問題は解決しそうですね」
 ここならば、横島と同じ空間で過ごしながら、それぞれ独立した部屋で過ごす事もできるだろう。
 それならばと古菲と夕映が加わり、アスナ、風香、史伽、夏美、千鶴と合わせて七名がこの部屋を選び、残りの千雨、和美、桜子、さよ、亜子、のどかの六人はすぐ隣の大部屋を使う事になった。
 結局のところ、皆自分達だけで過ごすのは不安であり、修学旅行を通じて親しくなった横島と言う護衛を求めたのだろう。後は横島と一緒の部屋になっても気にするか気にしないかの違いが、このグループ分けを決定付けたようだ。桜子は横島と一緒でも気にしない側であったが、ここでは和美、さよと一緒の部屋を選んでいる。

「…で、結局のところ横島さんは大丈夫なのか?」
「吸血鬼化予防のために治療の魔法薬は既に飲ませていますので、おそらく」
「いや、そう言う問題じゃ…って、なりかけてんのかよ!?」
 茶々丸に言わせれば、半ば日常になりかけた事なのだが、常識人の千雨から見ればそうではない。
「だ、大丈夫なんだろうな? こんなとこで、夜中に吸血鬼に襲われでもしたら、まんまホラー映画の世界だぞ!?」
「御安心を。吸血鬼に襲われる人がいるとすれば、それは横島さんです。アスナさん達はマスターに備えて施錠を忘れないようにしてください」
「そっちも問題だが、私が言いたいのはそこじゃねーっ!!」
 天然ボケを炸裂させる茶々丸に対し、千雨のツっこみが冴え渡っていた。


 一方、屋上のネギ達はと言うと、豪徳寺達三人がエヴァに対し、ネギの修行に自分達も参加させて欲しいと申し出ていた。当然エヴァはこれに良い顔をしないでいる。
 と言うのも、アーティファクト『金鷹』の力で気が強化され頑丈になっている豪徳寺はともかく、中村と山下の二人は、気を扱えるようだが素人の域を出ていない。つまり、ネギや豪徳寺に比べて、耐久力で著しく劣るのだ。様々な戦闘パターンでネギを痛めつける事を目的とした修行において、彼等は足枷にしかならないのだろう。
「待てよ…」
 しかし、ここでエヴァはある事を思い出す。
「ぼーや、確かヘルマンは三匹の魔物を連れていたんだったな?」
「はい、僕が直接遭遇したわけじゃありませんが、そう聞いています」
「ふむ…」
 顎に手を当て豪徳寺達を見る。
 ヘルマンの連れた魔物、すらむぃ達は三体。豪徳寺達も三人。
 これは丁度良いかも知れない。エヴァはにんまりと唇の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「よし、貴様もついでに私が稽古を見てやろうじゃないか」
「本当か!?」
「ああ、ぼーやがヘルマンとの一騎討ちに専念できるように、貴様らが三匹の魔物をそれぞれ担当するんだ」
「おおーっ! タイマン勝負だな! 先鋒、次鋒って…あれ、一人足りない?」
「阿呆、そんな悠長に一試合ずつしてる暇などあるか」
 一対一の戦いに燃え上がる中村に対し、エヴァが冷めた目でツっこみを入れる。
 エヴァが豪徳寺達三人にすらむぃ達を担当させようと言うのは、横島が人質を救出しやすくするためでもあるのだ。一対一で試合をし、他の者はそれを見守るような事をしていたら、常に手隙の者が三体残る事になる。それでは全く意味が無い。
 話に聞くヘルマンの性格を考えるに、申し込めば嬉々として受け容れそうなだけに、中村の勘違いは、ここでキッパリと否定しなければならなかった。

「ただし、私が見てやれるのは長くても一日三時間程度だぞ」
「…理由を聞いてもいいかな? お嬢ちゃん」
 山下の「お嬢ちゃん」の言葉に青筋を浮かばせながらも、エヴァはしっかりとその理由を説明する。
 彼女に言わせれば、豪徳寺達の面倒を見るのはあくまでついでなのだ。相手が複数である事は確かなので、ネギに集団戦を学ばせるために、ネギ側の駒として彼等を使う事にしただけに過ぎない。
 そして、今現在、何よりも優先しなければならないのは、ネギがヘルマンに勝てるように一対一の技術を学ばせる事だ。今回集団戦が必要になるのは、ヘルマンを前にして、すらむぃ達が手出しできない状況を作り出すまでの事。ただでさえ時間が足りないのだ、一日三時間程度が限度であろう。
 そして、エヴァも面倒を見るからには手を抜くつもりは全くなかった。
「三時間あれば、貴様等がいかに実力不足かを思い知らせるには十分過ぎる。その方が、後の修行にも身が入るだろう? 私の優しさに泣いて感謝するがいいさ」
 そう言ってサディスティックな笑みを浮かべるエヴァ。
 頭に人形を乗せた可愛らしい少女だと言うのに、この迫力は一体何なのだろうか。
 背丈は豪徳寺達よりかなり低いと言うのに、その迫力のせいか見下されているかのように感じてしまう。
 先程、魔法使いの事情を知ったばかりの中村と山下であったが、豪徳寺がわざわざ頭を下げて教えを請う理由を、その心で、魂で理解した。そう、目の前の少女が頭抜けた実力者であると言う事を。

「では、始めるとするか…死ぬなよ? 片付けが面倒だから」
 実際に片付ける事があるとすれば、茶々丸の役目となるのだろうが、あえてそう言う。要するに「死ぬな」と言う事なのだが、これはすなわち死んでもおかしくない程度の攻撃を行う事を意味する。
「チャチャゼロ、貴様も参加しろ」
「殺ッテモイインダナ?」
 そう言ってエヴァの頭の上のチャチャゼロがむくりと起き上がり、一振りのナイフを取り出して地面に降り立った。
 突然人形が動き出した事に中村と山下の二人はぎょっとした様子であったが、今日遭遇した悪魔パイパーや、この『別荘』自体が非日常の塊のようなものだ。気を取り直して豪徳寺を中心にネギを護るように三人でフォーメーションを組んで、彼女達の攻撃に備える。
「一応手加減はしてやれ――だが、あまりにも不甲斐無いようなら、殺っても構わんぞ」
「ケケケ、リョーカイ」
 こちらも可愛らしい外見とは裏腹に物騒な人形だ。
 しかも本物のナイフを所持している。冗談や悪ふざけの類ではない。
 本番はすらむぃ達三体なのに対し、チャチャゼロ一体のみと言うのは最初であるがためのハンデである。
「そちらはぼーやが指揮しろ。ここで仲間の使い方を学ぶんだ」
「え、でも…」
「ネギ君、失敗を恐れずに思い切り行くんだ」
 戸惑うネギに対し、豪徳寺は力強く激励する。
 中村と山下の二人もそれを受け容れているようで、ネギの方に視線を向け、コクリと笑顔で頷いた。
「兄貴、オレっちも協力するぜ!」
 カモもネギの肩へと駆け上がってくる。
 彼ならば、ネギが戦っている間でも冷静に戦況の推移を見る事ができるだろう。
「いいかい、兄さん方! 今回の目的は、兄貴が姐さん達を攫った変態伯爵と心置きなく一騎討ちできるようにする事だ! だから今は、チャチャゼロの姐さんを兄貴に近付けない事を考えりゃいい!!」
「なるほど…確かにその通りだな」
「フッ、プリンセスを助けんとする小さな騎士のために花道を切り拓く、か…それもまた良しだ!」
「よっしゃー! それなら分かりやすいぜ!」
 小さな身体で大声を張り上げるカモ。豪徳寺達もそれに納得したように頷く。やはりカモは頼りになる。戸惑っていたネギの瞳に力が戻ってきた。
 それを見ていたエヴァはほぅと感嘆の声を漏らす。
「ククク…分かっているじゃないか、小動物。駒は小粒だが、なかなかの布陣だぞ、ぼーや」
「分かっています。僕には勿体ないくらいの人達です!」
「それが理解できているなら言う事は無い。後は私が言った事を忘れるな『ここで学べ』とな」
「ハイ!」
 力強く返事するネギに、エヴァは満足そうに頷いた。
 正直、ネギ達に勝ち目はないだろう。しかし、協力してくれている豪徳寺達に対する責任感がある分、彼は貪欲に学ぶに違いない。

「よし、では――行くぞ」
 その静かな一言が試合開始の合図となる。
 階下のアスナ達と違って彼等の夜はまだまだ終わりそうになかった。



つづく


あとがき
 エヴァの別荘内の描写については、『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
 ご了承ください。

 今回は横島の台詞が一切ありませんでした。
 エヴァ、吸い過ぎです。ダメージ大です。
 しかし、アスナ達に囲まれていますので、翌朝には全快している事でしょう。

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