topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.59
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 あっさりとスライム娘の一体、すらむぃを捕らえてしまった横島は、次に取るべき行動を決めるために周囲をざっと見回した。勿論アスナ達が最優先なのだが、後顧の憂いを断つためにもネギや豪徳寺達の戦いを無視するわけにはいかないだろう。
「さて、次はどこに加勢するか…」
「こんにゃロ、こんにゃロ!」
 そうしている間にも小脇に抱えられたすらむぃが横島の背を蹴っているが、全く効いていない。まるで子犬か何かがじゃれついて来ているかのようだ。
 横島は何とはなしにすらむぃの頭を撫でながら、周囲で行われている三つの戦いを観察した。

 まず、ネギはエヴァとの修行が効を奏したのか、へルマンと互角の勝負をしていた。
 徐々にステージ上に移動しているが、これはネギが人質の事を気に掛けているからだと思われる。ヘルマンとの戦いに集中し切れていないと言うのが少々気に掛かるが、少なくともしばらくは放っておいても問題は無いだろう。
「あっち行くのは止めといた方がいいゼ、伯爵が怒るからナ。止めねーケド、行くならあたしは置いてけヨ?」
「俺だって好き好んであの間に割り込もうとは思わんわ」
 何よりネギ、ヘルマン双方共に横槍を入れられる事は望んでいないはずだ。ここは放置決定である。

 そしてアスナ達、こちらは苦戦している。
 スライム牢を形成しているぷりんは、一人裏口を警戒していただけあって三体のスライム娘の中でも頭が切れるようだ。体表には水を集めて防護幕とし、また自分の身体を切り離して分身を作り上げる。必要とあらば躊躇なく自分の身を傷つけて自分と人質を守ることが出来るのだから、かなり手強い。
 しかし、アスナ達とて一歩も引き下がりはしない。
 空から愛衣が援護していると言うのもあるが、何より高音の『黒衣の夜想曲(ノクトゥルナ・ニグレーディニス)』が強力だ。その自動的に高音を守る外套は分身達を寄せ付けず、見事にアスナと古菲のフォローもこなしている。
 とは言え、それもぷりんに対する決定打にはなりそうにない。それだけぷりんの守りが堅過ぎるのだ。
「ぷりんのヤツはズルイよなァ、無敵モードで勝って何が楽しいんダカ」
「俺は楽に勝てるならそっちを選ぶが…」
「ケッ、腰抜けメ」
 見解の相違はともかく、アスナ達が今すぐどうにかなると言う事はなさそうだ。

 そして豪徳寺達とあめ子の戦い。ここが一番の問題である。
 眼鏡を掛け、帽子を被った少女の姿をしているあめ子は、おとなしそうな見た目とは裏腹に攻撃的な性格をしているらしい。自分の身体を広く張り巡らせて、足元から身体を膨らませて殴り掛かると言う戦い方で豪徳寺、中村の二人を翻弄していた。
 豪徳寺がアーティファクト『金鷹』で気を強化しても、流石に高音の域までは届かない。正直なところ、二人には荷が重い相手であろう。

「薫ちん、俺達も忠夫ちんみたくやってみるか?」
「無茶を言うな、適材適所と言うものが…それに、二番煎じが通じる相手とも思えんしな」
「クスクス、私には効きませんよー。すらむぃちゃんみたいにバカじゃありませんから」

「あめ子ー! 聞こえてるゾ、テメーっ!!」

 流石に豪徳寺達の性格では横島のような方法は使えないだろう。
 それに、勝てないと言ってるわけではない。あめ子は攻撃一辺倒でぷりんの様に防御策は講じていないため、豪徳寺の超必殺『漢魂』がクリーンヒットすれば十分倒せるはずだ。そう、倒すだけならば。
 豪徳寺達の抱える問題は、自分達の足元に広がるあめ子のどこを攻撃すれば良いかが分からないと言う事。
 攻撃してくる触手のような腕を吹き飛ばしてもほとんどダメージがない事は既に分かっている。あれはぷりんの防護幕のような粘性を持った水の塊が質量を以って叩きつけられて来るようなものに過ぎないのだ。
 そして横島にとっての問題は、スライムとは言えあめ子の外見が可愛らしい少女だと言う事。
 横島忠夫と言う男は三界――いや、魔法界も合わせて四界の美女、美少女の味方である。今は年端もいかない少女の姿だが、いつでも美女に変身できるとなると放っておくわけにはいかない。
「…蒸発させるのは忍びない、か」
 ステージ上にちらりと目を向けると、高音を中心としてアスナ達が奮闘している姿が見える。
 横島はバンダナの中に仕込んであるアスナの仮契約カードがしっかりと固定され、霊力を送り続けている事を確認すると、もう少し持ち堪えてくれと心の中で祈りつつ、あめ子を捕らえるべく豪徳寺達の援護へと向かった。

「………」
 すらむぃは小脇に抱えられたまま、不思議な生き物を見るかのような目で横島の顔を見上げていた。
 先程の言動から察するにあめ子を安全に捕らえるつもりのようだが、見たところ腕に巻いて隠し持っていた呪縛ロープは一本。他に隠し持っている様子はない。
 豪徳寺の持つ呪縛ロープを受け取ろうと言うのか。
 しかし、横島は思いの外早くその足を止めた。豪徳寺達はおろかあめ子からもまだまだ距離が空いている位置だ。
 一体何をするつもりなのか、すらむぃは疑問符を浮かべる。
「おっ?」
 ここで横島は意外な行動に出た。小脇に抱えていたすらむぃを降ろしたのだ。
 縛られているとは言え両足は自由、ロープの端は横島が握っているため、力が出ない状態では逃げ切る事は難しいが、邪魔をする事ぐらいは出来るはず。
 しかし、すらむぃはあえてそうせず、興味深そうに横島の次の行動を待った。この状況で一体どうしようと言うのか、実に好奇心がそそられる。むしろ、バカ呼ばわりされたところなので、ぎゃふんと言わせてやれとこっそり思っているのは、すらむぃだけの秘密だ。

「さて、と…」
 横島はそれ以上あめ子には近付かず、その場でしゃがみ込んでタイルに覆われた地面を見る。
 すらむぃはとことこと近付いて一緒に覗き込むが、横島が何を見ているのかがさっぱり分からない。
「お、あったあった」
 そう言って横島は手を伸ばした。
 その先にあるのはタイル――ではなく、その隙間の溝。そこをなぞるように指を這わせ、そして何かを摘み上げる。
「なんダそりゃ?」
「これを、こーして…」
「はうぅ!」
 突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには膝を突いて倒れるあめ子の姿があった。
 豪徳寺と中村も、何が起こったのか分からずに呆然としている。
「エ? ナンデ?」
「フッフッフッ…豪徳寺ー! 中村ー! お前等もっと頭使えー!」
 すらむぃにも何が何だか理解できないが、横島が勝ち誇っているので、彼が何かをしたのだろう。
「何をしたと言うんだ、横島!?」
 理解できないのは彼等も同様らしい。問い掛ける豪徳寺に対し、横島はこう絶叫することで返した。
「体広げて攻撃してくるっつー事は、そこもかしこも縛るとこだらけやんッ!」
「「「そういやそうだったーっ!!」」」
 豪徳寺、中村、すらむぃの絶叫が見事に重なった。
 そう、横島が摘み上げたのは、あめ子がタイルの溝に沿って広げた身体の一部だ。それを、すらむぃを縛る呪縛ロープの端ときゅっと結んでしまっている。
 これもまた盲点、見事なまでの裏技だと言えよう。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.59

「あ、デモ、あたしらは水取り込んで大きくなってモ、すぐに同化はできないんダ。こんなハシっこのちょっとじゃ、あめ子の割合は少ないと思うゼ」
 呪縛ロープは縛った相手の力を抑え込む事が出来る。
 すらむぃはこのように腰、身体の中心部をしっかり縛られているため力のほとんどを抑え込まれているが、あめ子が縛られているのは伸ばした身体の先端だ。
 スライムと言う生物は、何かを取り込んでその肉体を大きくするのだが、取り込んだものを完全に消化するまでには若干の時間を要する。その間はスライムの肉体は元々の肉体であった核(コア)の部分と、これから取り込もうとする部分に分かれる事になるのだ。
 そう、横島が縛った部分は、あめ子がこれから取り込もうとしていた部分。あめ子が操る事が出来る以上、その一部はあめ子であり、すらむぃ程完全ではないにせよ、力を抑える事が出来る。
 すらむぃの言う通り、割合は少ないので、それだけで戦闘不能と言うわけにはいかないが、見ての通り力が抜けている事は確かだ。

「豪徳寺、今の内に縛っちまえ! 犯罪にならない程度に、かつ芸術的に!
高度な要求をするな! そんな余裕があるわけないだろ」
 そう言いつつも、豪徳寺はこのチャンスを逃してはならないと、呪縛ロープを手にあめ子へと近付いて行く。
 あめ子は何とか逃れようと立ち上がるが、その動きは鈍い。
「…悪く思わんでくれよ」
 あまりきつく縛る必要はないだろうか。こうなってしまうと見た目が子供であるため遠慮が出てきてしまうのも無理はあるまい。あめ子は自分の足元から拳を伸ばして迎撃しようとするが、スピードはさほど落ちていないようだが、威力が半減してしまっているので、中村でも防ぐ事が出来る。
 豪徳寺はロープを手に一歩、また一歩と慎重にあめ子へと近付いて行った。


 ちなみに、アスナ達と相対するぷりんの防御策も、実はこの取り込んでから消化するまでのタイムラグを利用している。これから取り込もうとしている部分、いくらダメージを受けても致命傷にはならない部分で核を覆う事により、無敵の防護膜としているのだ。
 そして、アスナ達も防戦一方で燻っているだけではない。彼女達も横島の戦いからヒントを得ていた。
 実は呪縛ロープを隠し持っているのは横島だけではなく、豪徳寺達が突破された時のためにと、両手が自由な古菲も呪縛ロープを渡されていたのだ。
「アスナ!」
 古菲が呪縛ロープの端を投げ渡す。破魔札でぷりんを迎撃していたアスナも横島に目を向けていたため同じ考えに至っていたらしく、それを受け取ると彼女の意図を察してコクリと頷いた。
「行くわよっ!」
 二手に分かれ、ぷりんの分身を薙ぎ払いながら突き進むアスナと古菲。
 横島が見せてくれた通り、端でも縛ってしまえば力を封じる事が出来る。無敵の防護膜と言っても、それはあくまでぷりんの一部。ならば丸ごと縛ってしまえと二人は考えていた。
 ぷりんもすぐさまそれに気付き、二人を食い止めようとする。
 スライム牢の上の上半身だけのぷりんが左右の腕を十倍以上に膨らませて、振り子の要領で牢を囲もうと走る二人の行く手を遮るべく叩き付けた。
「なんのっ!」
 古菲は軽い身のこなしでそれを容易くかわす。
「うわっ!」
 しかし、アスナはそうはいかない。
 かろうじてその一撃を『ハマノツルギ』で受け止めるが、足はそこでぴたりと止められてしまう。

 そしてこの時、横島達の方にも動きがあった。
「負けませんっ!」
「おわっ!?」
 あめ子が最後の抵抗を試みたのだ。
 ちょうちょ結びにされた自分の一部を取り戻そうと、横島へと数本の拳を伸ばす。
 スピードが落ちていたため、横島は身を仰け反らせる事でそれをかわすのだが、不運にも拳の一つが額に巻いたバンダナを掠め、その衝撃でバンダナに仕込んでいた仮契約(パクティオー)カードが飛ばされてしまった。
 カードが横島の身から離れると言う事は、横島とアスナを繋ぐ霊力供給ラインが断たれると言う事。

「え?」
 その瞬間、アスナの身を包んでいた横島の霊力がフッと消え失せる。
「あ…」
「アスナさん、足を止めてはいけませんわ!」
 自分を守ってくれていた横島に抱き締められているような感覚が消えてしまい、ある種の喪失感に襲われたアスナが思わずそこで動きを止めてしまうのも無理はない。
 頭上から聞こえてくるあやかの声で我に返るが時既に遅し、ぷりんはその一瞬の隙を見逃さなかった。
「…死ね」
 『ハマノツルギ』で止めていたハンマーの拳が、網の様に広がってアスナを包み込む。
 アスナにそれを防ぐ術はなく、瞬く間に捕らわれてしまい、ぷりんはそれを力任せに振り回しながら、ステージの床、壁へと叩き付けた。
 古菲と高音が慌ててアスナを助けようとするが、分身達がそれを阻む。
 空中の愛衣が飛び降りようとするあやかを何とか宥めながらぷりん目掛けて魔法を撃ち込もうとするが、ぷりんは空いた手を槍のようにして攻撃してきたため、自分達が落下しないようにするのに精一杯だ。
 そうこうしている間に、ぷりんは最早用済みと言わんばかりにアスナを壁に向けて放り投げた。
 その衝撃で壁は崩れ、アスナはそのまま瓦礫の下敷きになってしまう。

 ものの数秒の出来事、その数秒で空気が凍りついた。
「アスナーーーッ!!」
 アスナが瓦礫の底へと埋まっていく姿を目の当たりにしてしまった横島は、もはやすらむぃとあめ子には目もくれず、絶叫しながらステージ上へと駆け上がって行く。
 当然、ぷりんは分身を使ってそれを阻止しようとするが、横島は『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』でそれを薙ぎ払い、瓦礫の山へと駆け寄ると、それを撤去し始めた。
「古菲さん、貴女も!」
「わかたアル!」
 高音もぷりんの相手は自分一人で引き受けて、古菲をアスナの救出へと向かわせる。
 魔法使いとして一般人の犠牲など言語道断、高音の顔には明らかな焦りの色が浮かんでいた。


「あれ? 何が起きたんだっけ…?」
 一方、アスナは何が起きたか理解できずに、暗闇の中に居た。
 身体中が痛むような気もするが、痛いと言う感覚も無い気がする。
 何とか立ち上がろうとするが、指先一つ動かない。押さえつけられているのとはまた異なる感覚、全身に力が入らないのだ。
 たった一つだけ、はっきりと感じるものがある。それは額から頬へと伝う暖かい何か。おそらく血であろう。アスナはこの時になってようやく、自分がぷりんの猛攻を受けた事を思い出した。
「横島、さん…」
 緑色の淡い光が舞う暗闇の向こうに横島の姿が見える、気がする。
 アスナはそれに向かって弱々しく手を伸ばした。いや、実際に手が動いたのかは分からない。ただ、力を振り絞って伸ばそうとした。
 暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる横島は優しげに微笑み、そして手を伸ばして―――

「え?」

―――アスナ以外の「誰か」の手を取った。
「え? え?」
 ここは霊能力者としての弟子であり、GSとしての除霊助手であり、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である自分の手を取るべきシーンではないのか。
 自分を差し置いて一体誰の手を取ったと言うのか、アスナは横島と手を取り合う相手の顔へと視線を向けた。
「ウチ恥ずかしいわぁ…」
「木乃香!?」
 その相手と言うのは木乃香。スライム牢の中で眠っていたはずなのに、いつの間にか助け出されている。
 頬を染めたその表情は今まで見た事が無いものであった。
 更に、横島の空いたもう片方の手を取る影があった。刹那だ。こちらも木乃香と同じように捕らわれていたはずなのに、いつの間にか助け出されている。横島が助け出したのだろうか、アスナを放っておいて。
 しかも、刹那までもが頬を染めて横島に寄り添っている。「あんたはそんなキャラじゃないだろう」とツっこんでやりたいが、何故か声が出ない。
「アスナ…」
 ここで木乃香が振り返ってアスナの方を見た。
 アスナも何か言おうとするが、声を出そうとしても口から吐き出されるのは息ばかり、アスナが苦しくなって眉を顰めている事など気付かないかのように、木乃香はどこか遠くを見て次の言葉を紡いだ。
「ウチ、アスナの代わりに立派なGSになるわ…」
「お嬢様…きっとアスナさんも見守ってくれています」
 まるで故人のような扱いである。
 これはまるで走馬灯のようではないか。
 文句を言ってやろうにも、声も出せなければ、身体を動かす事も出来ない。
 どうしたものかと思案していると、更なる人影が彼女の前に現れた。
「ヨコシマ〜…」
「ヨコシマさ〜ん…」
 風香と史伽の二人だ。まるで猫の子が擦り寄るようにして横島に甘えている。見た目が子供であるためか、横島もニヤけたりはしないものの、頬が緩んでいるようだ。
 更に、横島の背に乗るようにしてエヴァが姿を現し、その首に手を回して、こう言い放った。
「案ずるな、神楽坂明日菜。貴様がいなくとも、私達が存分に甘えまくってやる」
 そしてアスナを見下すようにしてニヤリと笑うエヴァ。
 何か言い返してやりたいが、アスナは喋る事が出来ない。
 木乃香に助けを求めようとその姿を探してみるが、何故か彼女の姿はどこにも見えなくなってしまっていた。
 そして再びエヴァへと視線を戻すと、今度はエヴァの姿が消え失せている。
 疑問符を浮かべるアスナ。一体何が起こっているのか全く理解できない。
 更に風香と史伽の方へと視線を向けてみると、そこに二人の顔はなく、代わりに目に飛び込んで来たのは可愛らしいデザインのブラジャーと、ボタンが幾つか外されたブラウス。
 ぎょっと目を丸くしたアスナが、視線を上げて顔を確認してみると、そこには風香と史伽の二人ではなく、アキラと裕奈が横島に寄り添うようにして腕を組む姿があった。彼の表情は先程までのものとは打って変わってニヤけ切って鼻の下がのびてしまっている。
「アスナ、大丈夫だから…」
「アスナの分まで私達が遊び倒すから!」
 誰もそんな事は頼んでない。ツっこんでやりたいが、どうしても声が出ない。
 アスナが呆然としていると、一瞬アキラと裕奈の姿がぼやける。目を擦る事ができないため、目を凝らしてよく見てみると、いつの間にか横島の隣に居る二人が古菲と夕映に変わっていた。
「アスナ、大丈夫アル!」
「その通りです、心配する必要はありません」
「横島さんの『魔法使いの従者』は」
「横島師父の除霊助手は」
「私達に」
「任せるアル」
 口々に語り掛けてくる二人にアスナは身体が動かないと言うのに一瞬「ガビーン!」と仰け反り、続けて「ムキー!」と烈火の如く怒りを爆発させる。
 彼女らの言葉通り、この二人なら除霊助手も魔法使いの従者も立派に務められるだろうと思えるだけに余計腹が立つ。
 今の自分では、横島の「頼れる弟子」になれないのであろうか。
 「いーもんいーもん、どーせ私なんてバカだし、素人だし」言葉を紡ぎ、身体を動かす事が出来たならば、きっとこう呟きながら体育座りでいじけていただろう。そんな感じに不貞腐れていると、どこからともなく聞こえてきた賑やかな声がアスナの耳に届いた。
 何事かと横島の方へ視線を向けたアスナの目に飛び込んで来たのは、高音、千鶴、愛衣に囲まれた彼の姿だった。
 横島の前には愛衣、どこか照れた様子で、横島の鼻息が荒いため、まるでセクハラされているかのようだ。
 そして背後には高音と千鶴。高音は例の『勝負服』で、千鶴は学校の制服の上にエプロンを着けて、アスナではどうあがいても太刀打ちできない胸を横島の肩に押し付けている。
 当然、横島の顔はニヤけまくりで、鼻血を噴き出さないのが不思議なくらいだ。
 しかし、アスナの目は横島を捉えていなかった。

 どうして………どうして、こんな時まで地味に控えめなの、夏美ちゃん。

 彼女のツっこみ魂は高音と千鶴の間、横島の背後に隠れて密かにその背に顔を埋める夏美を的確に捉えていた。
 何故、そんなところにばかり目が行ってしまうのか、アスナは頭を抱えたい気分だった。もっとも、身体が動かないので抱えようにも抱えられないが。

 もう、どうでもいい。
 色々な意味で絶望に打ちひしがれたアスナががっくりと項垂れていると、カツカツと硬い足音が近付いて来た。
 この時になってようやく気付いたのだが、上下左右の感覚が曖昧なため、正確にどちらから近付いて来ているかは分からない。耳の感覚に頼るのならば、頭の上から近付いて来ている、ような気がする。
「大丈夫かナ? 明日菜サン」
 そこに立っていたのは超。『超包子(チャオパオズ)』の例の制服に身を包んだ彼女は、何故か肉まんを一つ手の上に乗せていた。
 彼女は横島と一緒と言うわけではなさそうだ。
 もしやと思い視線を先程まで横島達が居た方に向けてみると、既に彼等の姿は消え失せている。
 そして再び視線を戻すと、超は手の上の肉まんを指差し、にこやかな笑顔でこうのたもうた。

「このイメージ映像は『超包子』の提供でお送りしたネ
「なんでやねーんっ!!」

 腹の底――いや、魂の奥底から声を振り絞ったツっこみが響き渡った。



 一方、瓦礫の山の外側では横島と古菲が必死の瓦礫撤去作業を続けていた。
 それぞれに瓦礫を担ぎ、投げ捨てる。古菲の方が大きい瓦礫を担いでいるように見えるのは気のせいと思いたいところだ、横島としては。
「アスナ〜、待ってろよ〜! 俺がっ、今っ、助けてやるぞ〜!」
「うぅ〜、吹飛ばせば早いアルが…」
「アスナごと吹っ飛びそうだから、流石にそれは止めとけ…ん?」
 ここで横島が一つの異変に気付いた。瓦礫の中から何かが噴き出てくるような感覚、ぐっと顔を近付けて耳を澄ませてみると何かが細かく震えるような音が聞こえてくる。
「お、おい古菲、何か聞こえないか?」
「え? …特に何も聞こえないアル」
 古菲も動きを止めて耳を澄ませてみるが、彼女には何も聞こえていないようだ。
 横島は瓦礫の山に耳を当ててみるが、やはり何か聞こえてくる。
 耳鳴りのような音、とでも表現するべきだろうか。
 疑問符を浮かべた横島が少し顔を上げた瞬間、それは起こった。

「なんでやねーんっ!!」

 響き渡るアスナの声、それと同時に火柱が噴き上がり瓦礫を吹き飛ばす。
 いや、火では無い。それは霊波の奔流、アスナから湧き上がる霊力であった。
 瓦礫を掻き分けるように姿を現す『ハマノツルギ』、いつものハリセンではなく、アスナの仮契約カードに描かれている大剣が天を衝いている。
「え? あれ? 超さんは?」
 噴煙を掻き分けてアスナが姿を現した。
 額から流れる血が頬、顎と流れ、服は所々破けており、手足からも血を流して満身創痍状態である。
「無事だたか!?」
「古菲…? あれ、私…何、これ…?」
 アスナの無事を喜び古菲が駆け寄るが、どうにもアスナの返事は要領を得ない。
 その身は炎のようなもので包まれており、流血量は相当のようだが、彼女の頬は却って上気している。
「アスナ、それはまさか…」
「え、あ、私燃えてる!? 横島さーんっ!」
「いやいやいやいや! 霊力、霊力アルよ! 横島師父ーっ!」
 二人で横島の姿を探し求めるが、彼からの返事は無い。
 この時、彼がどうしていたかと言うと―――

「目がぁッ! 目があぁぁぁぁッ!!」

―――アスナが吹き飛ばした瓦礫がものの見事に顔面に直撃し、悶絶して転げ回っていた。

「グッ…だ、大丈夫だ!」
 悶絶しつつも、アスナが霊力に目覚めている事はしっかり感じていたようだ。人質救出のためには今を逃す手はないと痛みを堪えて横島は立ち上がる。
「アスナ、あいつらはどこぞの魔法使いが使役するために召喚したヤツのはずだ!」
 つまり、『ハマノツルギ』が通用すると横島は叫ぶ。
「で、でも、さっき攻撃したけど効かなくて…」
「すらむぃが言ってた、あいつらの身体は二つの部分に分かれてるって。核の部分を狙うんだ」
「それってどこに…」
 問題はそこだ。
 普通に考えればスライム牢の上に生えたぷりんの上半身こそが怪しい。しかし、ここまで巧妙な防御策を弄するぷりんが、そんな素直な所に核を晒しているだろうか。とてもじゃないがそうは思えない。
「と、とにかく高音を援護するアル」
 そう言うや否や、古菲は踵を返して分身ぷりん達との戦いへと舞い戻って行った。
 アスナもすぐさま後を追おうとするが、横島はそれを止め、文珠を使って彼女を治療する。
 横島はあまり近付き過ぎると再び鼻血を噴き出してしまう。
 そのため、遠目にスライム牢全体を眺め――ふと、ある事に気付いた。
「アスナ…」
「…え、ホントですか?」
 アスナの耳元で何事か呟く横島。
 それを聞いたアスナは驚きに目を丸くして、ぷりんのスライム牢を見る。
「まずは俺が行く。アスナは後から来るんだ」
 アスナがコクリと頷いたのを確認すると、横島はスライム牢目掛けて駆け出した。
 ぷりんは分身を差し向けてそれを食い止めようとするが、横島の狙いは中央の一番大きな牢ではない。微妙に狙いのズレている分身達をサイキックソーサーで吹き飛ばしつつ、横島は木乃香が捕らわれている小さな牢へと近付き、『開』の文字を込めた文珠を叩き込む。
 水風船が割れるようにして牢が弾け、ドサリと木乃香が落ちる。本当ならばここで彼女の介抱をしたいところなのだが、今はそんな暇は無い。「高音!」ぷりんと戦う背に一声を掛けると、彼女の方もそれで察してくれたらしく、『黒衣の夜想曲』が手を伸ばして懐に抱き込むようにして木乃香を引き寄せてくれた。
 続けて横島は、中央のぷりん、正確には裸で捕らわれている人質の少女達を見ないようにして刹那が捕らわれている牢に向かうと、もう一度『開』の文珠を叩き込む。
 流石のスライム牢も文珠には抗えないらしく、刹那も横島の手により無事救出される。
 そのまま横島は刹那を横抱きに抱え上げると、ぷりんの追撃を掻い潜ってその場を離れた。高音にばかり頼っていられないと言うのもあるが、これはぷりんの注意を自分へと集めるためでもある。
「これで決めるわッ!」
 背後、しかもすぐ間近から聞こえてきた声にぷりんがぎょっと振り向くと、そこには既に『ハマノツルギ』を構えたアスナが腰を落として突きを繰り出そうとする直前であった。
「クッ…」
 ぷりんは分身を動かしてアスナの邪魔をしようとするが、それは間に割り込んだ古菲がガッチリとガード。
「って、アスナ! 無茶しないでよ!」
「皆、ちゃんと避けてよ!」
 アスナが大剣で突きを繰り出してくる事に気付いた裕奈達が、牢の中で慌てて左右に分かれる。
 その直後にアスナは掛け声と共に『ハマノツルギ』を牢へと突き刺した。
 霊力が込められた鋭い刃物であるため、『ハマノツルギ』はずぶりと容易く牢の中へと潜り込んでいく。
 横島は言っていた。どうして牢の中に閉じ込められた人質達は何事もなく平然としているのか。普通に考えるならば、窒息しているはずではないか。
 確かにその通りだ、液体と個体の中間のような物質に覆われて呼吸などできるはずがない。
 その答えは、スライムの肉体そのものにある。そう考えるしかないだろう。
 理屈は分からないが、スライム娘の中で人間は呼吸できる。そう考えるしかない。
 だとすれば彼女達の周りにあるのが、これから取り込もうとする半分以上が水である部分と、核となるスライムの部分、どちらであるかは自明の理である。
 そして、木乃香と刹那が捕らわれていた小さな牢にぷりんの本体はいなかった。いや、あれもぷりんの一部だったのだろうが、既に溶けて形を失ってしまっている。ならば、現在進行形で分身達を操る核はどこに隠れているのか。
「あんたはそこに居るのよッ!!」
 刃先が牢の中央まで到達したところで、アスナは渾身の力を込めて『ハマノツルギ』で下から上へと斬り裂いた。
 ぷりんのスライム牢は爆発、同時に分身達も形を失って床に落ちていく。
 人質達がその勢いで投げ出されてしまうが、それは高音が咄嗟に『黒衣の夜想曲』を解除し、人数分の使い魔を呼び出して彼女達を受け止めた。
 そして横島が再び鼻血を噴かないように、自分の戦闘服と同じように使い魔を裸の彼女達に纏わせる。これで横島も安心だ。
「ム…?」
 ステージ上に残った牢の残骸が全て水に戻った後、少し離れたところに何かの塊らしきものがポトリと落ちる。
 それに気付いた古菲が近付いてみると、そこにはぐるぐると目を回したぷりんがのびていた。あの瞬間、『ハマノツルギ』が突き刺さった部分を切り離す事で、送還を免れたらしい。
 アスナの方を見てみると、感極まった彼女が大剣を放り出して横島に抱き着いている。
 わざわざ水を差す事はないだろう。古菲は笑みを浮かべながら、そのまま一人でぷりんを縛り上げるのだった。



「ほほぅ、ぷりん達が倒されたか。ネギ君、なかなか良い従者を連れているね」
「…従者なんかじゃありません、仲間です!」
 ヘルマンはステージ上にチラリと目を向けて、何故か嬉しそうに微笑んでいる。おそらくネギを倒した後は、彼女達と戦いたいとでも考えているのだろう。
 ネギも、ヘルマンとは言葉も交わしたくないと考えていたが、皆を「従者」呼ばわりされると流石に黙ってはおられず、語気を強めてそれを否定した。豪徳寺は正真正銘の従者なのだが、ネギの中では共に戦う「戦友」のような意識があるようだ。
 その豪徳寺達の方も見ると、既にあめ子を縛り上げた後だった。すらむぃもおとなしくしている。
 周囲の戦いは終わった、後はネギがヘルマンを倒すだけだ。
 『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』を唱える。これで持続時間のカウントが再びゼロに戻る。
 この効果が切れるまでに決着を着ける。ネギは真っ直ぐにヘルマンを見据えて『魔法の射手(サギタ・マギカ)』の詠唱を開始した。
 一方、ヘルマンはこのネギの動きを妨害しようともせずに黙って見守っている。自分を憎み、本気で攻撃してくるネギを真正面から叩き潰す事を目的としているためだ。
 九矢の『雷の矢』がネギの周囲に滞空し始めるが、ネギはまだ攻撃を開始せず、更に詠唱を続ける。
 何か大技で来る気か。ヘルマンは唇の端を吊り上げて構えを取った。
「これで決めます!」
 ネギは再度詠唱した『魔法の射手』九矢を杖の先端に収束させ、ヘルマン目掛けて突撃を開始する。
 初手で放ったあの大技か。いや、違う。今回の攻撃は杖に込めた魔法以外に、ネギの周囲に滞空する『魔法の射手』が存在している。連携攻撃で来るつもりか。
 同時に十八矢の制御、ネギは力一杯歯を食いしばり何も考えずに突っ走っているのだろうが、横島辺りならその表情からすぐに弱点を見抜いて対処しそうな程に危うい戦法だ。
「………」
 ヘルマンもネギの身体を暴風の如く巡る魔法力の奔流から、すぐさまその弱点に気付いた。
 これは避けに徹し、放っておけば自滅する。
 初撃で倒せなかったため火力を補う事が目的なのだろうが、元々九矢以上を維持するのは無理があるからこそ九矢なのだ。その倍も維持しようとするならば、いまだ十歳にも満たない未成熟な肉体に掛かる負荷は相当なものとなる。
 しかし、ヘルマンはあえてそれを正面から受ける事を選んだ。
 多少無茶をしても、自滅するまでの短時間で決着を付ける。その決意――否、覚悟が伝わってくる。ヘルマンは手負いの獣を彷彿とさせるネギの双眸にゾクゾクする思いだ。どうしてこの戦いを避けられようか。
「たあぁぁぁッ!」
「むうぅんッ!」
 振り下ろされた杖をヘルマンは両腕を交差して受け止めた。
 弾ける魔力。勢いを付けていた分、ネギがヘルマンを押しているが、地力に差が有り過ぎるためか数歩分引かせるに留まる。
「フンッ!」
 杖を弾き、魔力を込めた拳をネギの顎目掛けて炸裂させると、その一撃でネギは吹き飛ばされ、その衝撃で彼の周囲で滞空した九矢の『雷の矢』が掻き消されてしまった。
 案の定だ、ヘルマンはほくそ笑んだ。完成した魔法を維持すると言うのは、タイミングを見計らって撃ち出せると言う利点がある反面、少しでも集中が乱れると維持できずに霧散してしまうと言う弱点もある。元より無茶をしているネギには、ヘルマンの攻撃に耐えながら魔法を維持する事など出来るはずが無い。
 ネギは次の一手をどう打ってくるか。
 それに対しカウンターを決めてやろうとヘルマンが踏み込みのために片足を一歩下げた瞬間、それは起こった。
 なんと、下げた足が滑り、ヘルマンは思わず体勢を崩してしまったのだ。
 何事かと足元に目をやり、そこでヘルマンは信じられないものを目にする事となる。
「なっ…!?」
 そこにあったのはパーツごとにバラバラとなったブーツ。魔族であるヘルマンにとっては身に付けている衣服全てが肉体の一部である、当然ブーツも例外ではなく、本来ならばバラバラになるなど有り得ない。
 その有り得ない事が起きた。それこそ有り得ない。
 ヘルマンが目を凝らしてみると、足元に小さな何かが淡い光を放っている事に気付いた。
「こ、これは…!?」
 光を放っていたのは文珠、『開』の文字が込められている。そう、思わぬ伏兵、アキラにより撃沈した横島の手から零れ落ちたあの文珠だ。濡れたタイルの地面に素足とくれば滑って当然であろう。
 ネギもこの隙を逃しはしなかった。
 詠唱の完了も待たずに動き出し、ヘルマンが態勢を立て直すよりも先に、その腹目掛けて魔法力を込めた杖を突き立てるが、まだ足りない。
 加速するための距離が足りない。
 杖にはヘルマンの身体を貫くための刃の様な鋭利さが足りない。
 何より、魔法を乗せているわけではないため破壊力が決定的に足りなかった。
「フハハハハ! なかなかの瞬発力だよ、ネギ君! しかし、惜しいかな、私の命にはあと一歩届いていない!」
「まだですッ!」
 その叫びと共に発動する『魔法の射手』、突き立てた杖の先端に集中し――そして発動する。
「ムッ、これは…」
 魔法はへルマンの身体を貫かず、光の帯となってその身体を束縛していく。
 ネギが放ったのは『魔法の射手』であっても、『雷の矢』でも『光の矢』でもない。相手の動きを封じる『戒めの矢(アエール・カプトゥーラエ)』。基本魔法の一つだが、まともに食らってしまえば、魔族と言えども脱出するには時間を要する。
 無論、長々と拘束できるわけではない。稼げる時間はせいぜい一分にも満たないであろう。
 しかし、ネギにはその僅かな時間で十分であった。杖を高々と掲げて詠唱を始める。

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル!』

 ネギは思い出していた。別荘を出る際に横島とエヴァから受けたアドバイスを。
 初撃は二番目に強い攻撃を叩き込め。横島にそう言われた時、ネギはすぐさま、何故一番強い攻撃ではいけないのですかと問い掛けたが、それについては、すぐさまエヴァが横から口を挟み「一番強い攻撃は、ここぞと言う時のために取っておけ」と返してきた。
 横島曰く、先に放った必殺技は破られるものらしい。ネギにはよく理解できなかったが、戦いと言うものは得てしてそういうものなのだそうだ。

『来れ、虚空の雷、薙ぎ払え(ケノテートス・アストラプサトー・デ・テメトー)!』

 しかし、魔法と言うものは、強くなればなるほど詠唱時間が長くなる。戦いの最中に、一番強い魔法を詠唱する時間をどう捻出すれば良いのだろうか。
 この問いに対しては、横島とエヴァの二人は息の合った調子で異口同音に答えた。「自分で考えろ」と。
 答えになっていない。その時はそう思ったが、今になって、それがどう言う意味なのかが、おぼろげながら理解できたような気がする。

 ヘルマンが目の前で態勢を崩した時、ネギはチャンスだと思った。
 しかし、その時のネギは、維持していた『雷の矢』を掻き消されてしまっており、強力な魔法で攻撃しようにも、足を滑らせただけのヘルマンが、それだけの時間を与えてくれるとは思えない。
 このままでは、せっかくのチャンスを無駄にしてしまう。そう思った瞬間、ネギの頭の中で今まで学んできた事がカチリと組み合わさって一つの形となった。

『雷の斧(ディオス・テュコス)ッ!!』

 発動した魔法は掲げた杖へと収束していき、その先端から悪魔が翼を広げるように雷が噴き出て、杖を柄として文字通り『雷の斧』と化す。
 出来上がった、決めの一撃に至るネギの戦いが。
「てりゃああぁぁぁッ!!」
 雄叫びと共に振り下ろされる『雷の斧』。
 この晩、晴天にもかかわらず、麻帆良学園都市に天地を貫く稲光と共に轟音が響き渡った。



 濡れたタイルに覆われた地面に横たわるヘルマン。
 三体のスライム娘達は全員捕らわれており、人質も全て解放。
「ハ、ハハ…君の勝ちだよ、ネギ君」
 ヘルマンも素直に敗北を認めた。ネギ達の完全勝利である。
 感極まったあやかが箒から降り立ちネギに駆け寄ろうとするが、これは高音が止める。ヘルマンが完全に沈黙したわけではないからだ。 魔法界生まれの彼女にとって、魔族は存在自体が禁忌であり、口で敗北を認めたところで、到底信じられるものではない。
 ちなみに、この時アスナは、霊力に目覚めた喜びを今になって噛み締めており、横島へと飛び付いていた。古菲を始めとする何人かは彼女の周りで祝福しており、既に敗北を宣言したヘルマンには注意を払っていないようだ。真正面から戦う事をよしとする性格から、騙まし討ちするなど考えられないと言うのもあるだろう。
「横島君が極自然に文珠を落とし、ネギ君がそこに向かって私を誘導する…実に見事な作戦だった!」
「「いや、それ偶然だから」」
「グハァッ!?」
 ネギと横島の連携を褒め称えるが、二人にそれを一言で斬って捨てられてしまい何故か血反吐を吐くヘルマン。確かに、あの文珠のおかげでネギが勝てたのは間違いないだろうが、二人にとっては本当に偶然だったのだから仕方がない。
「うわっ、戦ってる時よりダメージ大きいんじゃネーカ?」
「伯爵かわいそうですぅ」
「…バカですね」
 小声でひそひそと喋っているのは呪縛ロープで縛られたスライム娘達。こちらは豪徳寺達がその手綱を握っている。
「フッ…ハハッ、ハハハ……まぁ、いいだろう。もはや私に人間界に留まる力は残されていない。このまま塵と化して魔界に還れば、あの男との契約も御破算になるだろう」
「あの男…?」
 その言葉に如実に反応したのはネギ。
 確かに考えてみれば妙な話だ。ヘルマンは六年前にネギの故郷の村を襲い、老魔法使いスタンによって『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』に封じられたはず。
 小太郎の話によると、ヘルマン、パイパーと共に麻帆良を襲撃したフードの男が『封魔の瓶』を持ってヘルマンを脅していたそうだが、もしその瓶が六年前にスタンが使った物と同じだとすると、フードの男は六年前の故郷の村にも居たと言う事になる。
「それは一体誰なんですか!?」
「…すまないね、ネギ君。契約が生きている限り、彼の名前を君に教える事は出来ない」
 契約の際に交わされた約束なのだろう。ヘルマンは足元から塵と化して散り始めているが、この契約は魔界に還るまで健在なので、今のヘルマンは伝えたくとも、契約者の名前をネギに伝える事ができない。
「だが、一つだけ伝える事が出来る…君が今、知りたいと思っている事をね」
「何ですか!?」
 ネギはしゃがみ込んで勢い良くヘルマンに詰め寄った。その目の奥には、微かにだが黒い火が灯っている。
 良い目をしていると、ヘルマンはほくそ笑んだ。ネギが自分を倒したのならば、彼の更なる成長を望み、次なる敵を紹介してやろうと言うのだ。やはりこの紳士の仮面の裏側に潜んでいるのは、紛れもない魔族の顔である。
「君は今…こう考えているのだろう? 『封魔の瓶』から私を解放した者と、六年前に君の故郷を襲撃するよう命じた者、この二者がイコールで結び付くか否か」
 ヘルマンの問いにネギはコクリと頷いた。
 それこそがネギの知りたい事だ。

「…答えは、イエス…だよ、ネギ君…」
「…ッ!?」

 その言葉を最後にヘルマンの全身は塵となって消えていった。
 風に散る黒い塵を眺めながら呆然と立ち尽くすネギ。
 やがて、脳にその情報が届き、学園都市周辺の山中で魔物を大量召喚しているフードの男こそが、六年前に故郷の村を襲撃した黒幕である事を理解すると、ネギは弾かれたように動き出そうとする。
「クッ!」
 しかし、身体の方はもう限界であった。
 やはり、ヘルマンとの戦いで無理に無理を重ねたのが祟ったのだろう。ネギは最早戦える状態ではない。
 いや、横島が文珠を使えば何とかなったかも知れない。しかし、彼はあえてそうしなかった。ここまでボロボロになりながらも尚戦おうとする彼が危うく見えたのだ。
 逆に愛衣に頼んで『眠りの雲(ネブラ・ヒュプノーティカ)』を使ってもらい、抵抗する力も残っていなかったネギを眠らせてしまう。
 その後は皆を連れて監視カメラを操作していた聡美達と合流。
 後の事は魔法先生達に任せて、自分達は木乃香達の安全を確保するためにエヴァの別荘へと戻るのだった。


 この時、屋外ステージの裏口からこそこそと抜け出す一つの人影があった。
「ヨコシマは退く事を選らんだか…ま、妥当な判断ネ」
 超鈴音である。彼女はつい先程まで舞台袖に潜んでおり、アスナが瓦礫の下で見たイメージ映像は、どうやったかは分からないが、本当に彼女が提供していたようだ。
 しかし、彼女はネギ達に姿を見せる事なく、そのまま屋外ステージから去って行ってしまう。優しげな月を思わせる淡い光を供にして。
 超が密かに屋外ステージに潜入していた事を知る者はいない。
「…何やってたんでしょうね、超さんは」
 ただ一人、監視カメラを操作していた聡美を除いて。



 一方、横島達が無事にエヴァの家に辿り着いたのとほぼ同時刻、山中で魔物の掃討に当たっていたガンドルフィーニと神多羅木の二人は、フードの男を追い詰めつつあった。
 しかし、彼等の表情は晴れない。実は、既にガンドルフィーニが二人、神多羅木が三人のフードの男を倒しているのだが、それらは全てダミーであり、未だ魔物の大量召喚は食い止めるには至っていないのだ。
 弐集院が魔法生徒達を率いて防衛線を引いているため、街への被害は今のところゼロだが、このままでは押し切られてしまうのも時間の問題だろう。一刻も早く本物のフードの男を見つけ出して、召喚を止める必要がある。
「ムッ…」
 森の中を疾走する彼等の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。
 フードの男が開けた場所で足を止め、何か魔法を詠唱するでもなく、じっと彼等二人を見据えているのだ。
 とうとう観念したのか。その可能性も否定できないが、今までの例があるため、二人は警戒しながら近付いて行く。
「発動体を捨てろ!」
 まずは、ガンドルフィーニが銃を構えながら前に出た。
 続けて隣に立つ神多羅木は、じりじりと別角度からフードの男を狙い撃ち出来る位置へと移動する。
 対するフードの男は発動体を捨てようとはせず、二人の脅しなど気にも留めずに淡々とした口調で語り掛けてきた。
「どうやら、ヘルマンも倒されたようだね…やはり、魔族と言えどもこの程度か」
「聞こえなかったのか、発動体を…!?」
「僕ほどの力があれば良いんだろうけど…まぁ、仕方がないね。今日は挨拶代わりだ、そろそろ退く事にするよ」
「待てッ!」
 男が詠唱を始めたため、ガンドルフィーニが銃を撃ち、神多羅木が『魔法の射手』を放つ。
 しかし、男はそれを防ごうともせずに、全てを無防備に受け止めた。
 風の矢は顔に、銃弾は肩へと命中。フードの男の腕が吹き飛び――溶けて消える。それを見て二人は気付いた、目の前に居るのも、水で形作られた分身であると。
 もしかしたら最初から本体などおらず、自分達はずっと分身達に踊らされていたのかも知れない。その事に思い至った神多羅木は小さく舌打ちする。

「近衛近右衛門に伝えておくといい…」

 そう言ってフードの男は、顔を覆っていたフードを下ろしてその素顔を二人の前に晒した。

「フェイト・アーウェルンクスが麻帆良に戻ってきたとね…」

 その名を聞いたガンドルフィーニ達は驚きの余り言葉を失ってしまった。
 無理もあるまい。何故なら、その名は麻帆良の魔法関係者にとっての禁忌なのだから…。



つづく


あとがき
 スライムの吸収に関するタイムラグ等の設定。
 人間に変身した魔族の衣服は、魔族の肉体の一部であり、また、それを『開』く事が出来る文珠の効果。
 そして、自称『フェイト・アーウェルンクス』ことスティーブに関する設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
 特にスティーブに関しては、原作のフェイトとは全くの別設定である事を重ねて申し上げておきます。

 これにてヘルマン編は一区切りです。
 次回はへルマン編のエピローグとなりますが、それは同時に次エピソードのプロローグとなるでしょう。

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