topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.61
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 ゴールデンウィーク初日。アスナは早朝の内に古菲と夕映を連れて横島との待ち合わせ場所へと出発する。
 ネギもアスナと同じぐらいの時間に起床したのだが、今日から三日で三件と言う除霊強行軍に出発するアスナに触発されたのか、自ら豪徳寺達の特訓に参加すると既に出掛けていたため、アスナ達を見送るのは木乃香と刹那と、昨晩出発時刻について聞き及んでいたあやかの三人だ。
「えへへ、今日から三日間横島さんと一緒かぁ〜♪」
「今日からって、昨日までエヴァさんの別荘で一週間一緒だったじゃないですか」
「聞いてないアルヨ、夕映」
 夢見心地のアスナに夕映がツっこむが、古菲の言葉通り彼女は聞いていなかった。
 他大勢と一緒に過ごした一週間と、限られた人数だけで過ごす三日間では、後者の方が価値があるらしい。ならば二人きりならばもっと良いのかと言うと、それはそれで恥ずかし過ぎるそうだ。複雑な乙女心である。
 かく言うアスナが、上は可愛らしいデザインの7分袖のロングTシャツ、下はクロップドパンツにスニーカーと動きやすいスポーティな出で立ちだが、どこか普段の彼女よりもおめかししているように見えるのは気のせいではあるまい。実は昨晩、エヴァの別荘を出て寮に帰ってから、木乃香とあやか、そして円の三人にこのコーディネイトについて相談していたりする。アスナとしては横島から贈られたジャケットをこの上に着ようと思っていたのだが、円からそれは合わないと止められたため、今はあやかのアドバイスでそれを腰に巻いていた。「身に着けない」と言う選択肢が最初からスコーンと抜け落ちてしまっている辺り、実に彼女らしい。
 動きやすい格好をしていると言う点では古菲も夕映も変わらない。古菲はオレンジ系の色合いで揃えたラグラン袖のTシャツにチェックシャツ、下はデニムのハーフパンツと組み合わせている。
 一方、夕映はボーダー柄のロングTシャツにフリル付きのミニスカートで決めていて、更にその下にはスパッツを穿いている。全体的に落ち着いたシックな色合いで揃えていた。
 足元は、デザインは異なるが二人ともアスナと同じくスニーカー、どちらも動きやすさ重視と言う事だろう。古菲は念のために荷物の中に戦闘時用のチャイナドレスと武術靴を備えている。
 夕映は割といつも通りだが、古菲の方は普段の彼女らしからぬ服装だ。こうなったのには勿論訳がある。
 実は、アスナがあやかと円にアドバイスを求めたのは、前回の時のように「フルアーマー状態」にされないためでもあった。今日から彼女達が横島と一緒に除霊強行軍、即ち二泊三日の旅行に行く事は別荘に居た皆に知られており、寮に帰った少女達がアスナにオシャレをさせようと目論んだのは当然の流れであろう。
 しかし、当のアスナは木乃香、あやか、円の三人に相談を持ちかけて逃げてしまったため、次の獲物として狙われたのが古菲だったと言う訳だ。
 色々と遊ばれてしまったが、最終的には美砂と桜子が中心となって、古菲本人も満足の出来るコーディネイトに落ち着く事となる。当初彼女はチャイナドレスで行くつもりだったので、電車に乗って現地に行くまでの周囲の目を考えれば、彼女達は良い仕事をしたと言えるかも知れない。
 服装以外の三人の大きな違いは荷物の量だ。古菲は着替えを含む最低限の物しか持って来ていないようでアスナより少なく手荷物程度、逆に夕映はアスナより大きなバッグを用意していた。三日間の旅行となるのでその間に読む本なども入っている。
「ところでアスナさん、新聞配達のバイトの方は大丈夫ですの?」
「え…ああ、朝刊配達の時にGW中は休ませて欲しいって頼んできたわ」
 蕩けまくっているアスナだが、これでも既に今朝の朝刊配達のバイトを済ませていたりする。その時にゴールデンウィークが終わるまでの配達を休ませてもらえるよう頼んできた。
 急な話だったので許してもらえるか不安だったが、配達所の人達もアスナが除霊助手になった事を知っており、応援してくれているため、快くその申し出を受け入れてくれたので一安心である。
「それじゃ行きましょ!」
「横島さんとは大宮駅で待ち合わせでしたよね?」
 夕映の言う通り、横島とは修学旅行の時と同じように大宮駅で待ち合わせする事になっていた。
 麻帆良学園都市内で待ち合わせすると言う手もあるのだが、エヴァは麻帆良から出るのに文珠の力を借りて結界を抜ける必要があるため、横島はそちらに付き添っているのだ。
 アスナ達もそれに付き添うと申し出たが、これには横島とエヴァ双方から待ったが掛かる。二人が言うには、自分達だけならば結界を越えた後の大宮駅までの移動は自転車でどうとでもなるが、アスナ達も一緒となるとそうはいかないとの事。正論であるため、アスナも引き下がらざるを得なかった。
「アスナ、そんな急がなくても横島師父は逃げないアル」
 しかし、アスナは早く大宮駅に行きたいようだ。
「そうは言うても、アスナは早く横島はんに会いたいんやもんなぁ」
「現地で待ち合わせしているとの事ですし、早く到着するにこした事はないと思いますよ」
 木乃香と刹那がアスナをフォロー。古菲も早く除霊の仕事に行きたい事についてはアスナと同じなので、夕映の大荷物を引き受けて背負うと、三人で大宮駅へと出発する事にする。

 一方、横島はと言うと、エヴァの家まで彼女を迎えに行ったはいいが、当のエヴァがすやすやと夢の中であるためいまだ出発できずにいた。
 応対してくれた茶々丸の話によると、昨晩のエヴァは別荘を使用せずに二階の寝室で寝ていたのだが、旅行が楽しみ過ぎて枕を抱いてベッドの上でゴロゴロと転がっていたらしく、結局就寝したのは深夜の事だったとか。
「私の方で着替えさせましたので、このまま連れて行って下さい」
 そう言って茶々丸が差し出すのは眠ったままのエヴァ。余所行きの服に着替えているのだが、裕奈達に連れまわされて着せ替え人形にされた時のようなカジュアルファッションとなっていた。上は胸元にレースをあしらったタンクトップとサイドシャーリング付きのレイヤードスタイルのチュニック、下は刺繍入りのロールアップパンツでバッチリと決めている。実に可愛らしいが、クラシカルなロリータ・ファッションを好む彼女の意思ではないだろう。茶々丸が勝手に選んだに違いない。
「…いいのか、それで?」
「構いません。私は、マスターが遅刻しないように全力を尽くしましたので」
 物は言い様である。
 しかし、アスナ達との待ち合わせの時間があるため、エヴァが起きるまで待っている訳にはいかない。
 横島はそのまま自転車に乗って大宮駅へと向かう事にする。エヴァは背負っていくしかないだろう。当然、眠っているエヴァはしがみ付く事が出来ないので、茶々丸がベルトで固定してくれた。更に茶々丸はエヴァにカジュアルシューズを履かせ、大きめのキャスケット帽を被らせる。これで出発の準備は完成だ。
「こちらがマスターの荷物となります」
「スーツケースか…俺の自転車に乗るかな」
 エヴァの荷物は大きなスーツケースであった。横島もそれなりに大きめのバッグを持ってきていたが、流石に彼女ほどではなかった。修学旅行の朝にも使った『歴戦の勇士』である自転車の後ろの荷台に載せると、こちらも茶々丸がベルトで固定する。
 荷物がエヴァ扱いなのか、エヴァが荷物扱いなのかは追求しない方が良いだろう。
「それでは三日間、マスターの事をよろしくお願いいたします」
「任せとけって」
 エヴァは麻帆良学園都市を囲む結界を越えた時点で封印された魔力が解ける。全開状態の彼女をどうにか出来る者が存在するかどうかは微妙なところだ。しかし、茶々丸が心配しているのは、そんな事よりも旅行にはしゃぐ彼女が迷子になったりしないかだったりする。横島も何となくそれを察し、苦笑しながら彼女の頼みを承諾した。
 横島が自転車に跨ると、エヴァの身体が丁度後ろに積んだ荷物に腰掛けるような形となる。茶々丸が上手く位置を調整してくれたのだろう。
 茶々丸と彼女に抱き上げられたチャチャゼロ。そしてすらむぃ、あめ子、ぷりんのスライム娘達に見送られて横島は大宮駅へ向けて自転車を漕ぎ始めた。
「しかし、コイツはホントに目を覚まさんなぁ」
 走り出してもエヴァはすやすやと寝息を立てて起きる気配はない。それどころか、横島の肩に顔を乗せてよだれまで垂らしている。元600万$の賞金首であった事は何かの冗談ではないかと思えてくる何とも油断し切った寝顔だ。
 上手く固定されているため、バランスを崩す事はない。眠ったままのエヴァの小さな手に文珠を握らせて結界を越えると、横島は軽快に自転車を進めて行く。
「むにゃ…イタダキマス…」
「あいたーーーっ!?」
 寝ぼけたエヴァに噛み付かれながら。

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「殺す気かーっ! 魔力全開のお前に噛み付かれたら一発で吸血鬼だぞ!?」
「ス、スマン…」
 幸い寝ぼけたエヴァの噛み付きは甘噛み程度だったので首筋に歯形が付いてよだれまみれになるだけで済んだが、今は朝なのでもし本当に吸血鬼になってしまえば即死である。
 駅に到着してエヴァを起こすと、流石に悪いと思ったのかしゅんと項垂れて素直に謝った。こうも素直に謝られると傍目に子供であるため、横島の方が悪い事をしているような気がしてくるのは気のせいではあるまい。
 着慣れぬ装いに気弱にもなっているようで、茶々丸が勝手に着せた服にも怒るどころか恥ずかしがっている。今頃茶々丸が「計算通り」と表情の変わらぬ顔でほくそ笑んでいるかは定かではない。問題は、早朝と言っても場所が駅となればそれなりに人目があると言う事。エヴァは周囲の目が気になるようだが、それは横島も同じだ。周囲からはいたいけな少女をいじめているようにも見えかねない。
 焦った横島がベンチに腰掛けてエヴァに膝枕をして頭を撫でてやると、彼女は素直にそれを受け容れて、どこか安心したようにその目をを閉じた。その穏やかな表情は数百年生きた吸血鬼だとはにわかに信じ難い。しかし、その外見から考えると年相応と言ったところであろうか。

「横島さん、おはようございま…って、何やってんのよ、エヴァちゃんーっ!?」
 エヴァが再び睡魔に身を委ねようとまどろんでいるところにアスナ達が到着。彼女の大声に起こされてしまったエヴァは、唇を尖らせてムクリと起き上がった。
 どうやら横島達の方が先に到着していたらしい。それだけ横島が猛スピードで自転車を走らせたと言う事だろう。
 アスナはエヴァに対抗意識を燃やして、すぐさま飛び付くように横島と腕を組み、二の腕に頬をすり寄せた。肘に当たるやわらかな感触に横島の鼻の下が伸びるが、とにかくこれで全員集合である。
「ぜ、全員揃ったようだな、それじゃ出発しようか?」
「ハイ、横島さんっ!」
 茶々丸がこっそり荷物の中に忍ばせておいてくれた吸血鬼化治療薬を念のために飲みながら、横島は荷物を持って立ち上がった。待ち合わせの時間があるため予定通りの電車に乗らねばならず、その電車の出発時刻まで、あと十分程しかない。
 一行は、横島が用意していた切符を受け取ると改札を潜り、そのまま目的地へと向かう電車へと乗り込んだ。


 流石に早朝とは言えゴールデンウィークの初日。客の姿もそれなりにあったが、横島達は一列空いている席を見つけて一番端の席に横島が。その隣は腕を組んだままのアスナ、その隣にエヴァ、夕映、古菲の順に並んで座っている。
 別段目立つような大きな除霊具を持っているわけではないので、きっと周囲には横島達も旅行客のように映っただろう。若い男性達の視線が横島に突き刺さるが、自分を見上げるアスナの視線一つでそれらは全てスポイルである。
「ところで夕映、土偶羅のヤツは?」
「昨夜の帰り際に、仕事があるので今日の夕方以降まで呼ぶなと言ってたです」
 夕映は昨晩、深夜遅くまで土偶羅と話をしていたらしい。
 彼女が色々と聞きたいと願ったと言うのもあるが、土偶羅の方も魔法使いについての情報を知りたがっていたようだ。夕映は知らない事だが、土偶羅の仕事と言うのも、魔界正規軍情報部の方に魔法使い及び魔法界に関する情報を報告する事である。
「ところで今日はどこに行くアルか?」
「ああ、今日の行き先は――遊園地だ
「なに?」
 古菲の問いに横島が答えるとそれを聞いたエヴァがピクリと反応した。
 先程まで横島に怒られてしゅんとなり、周囲の目を気にしてもじもじとし、そして、アスナに起こされて唇を尖らせていたと言うのに、今はキラキラと目を輝かせている。
「ゆ、ゆゆゆ、遊園地だと? 貴様、除霊の仕事に行くのではにゃいのか!?」
「エヴァさん、顔がにやけてるです」
「あと、噛んでるアル」
 横島の方も冗談で言っているわけではない。本当に今日の行き先は遊園地なのだ。
「正確には、遊園地の中でやるイベントなんだけどな。そこに展示する物の中に、ヤバいモンが憑いてるのが見つかったらしいんだよ」
「ほぅ…」
 古い物には何かが憑きやすい。これは古今東西変わらぬ不文律である。
 そのため、何かしらの古物が一堂に会する催し物が行われる場合、開催期間中に問題が起きぬよう、事前にGSを呼んで霊視をしてもらうのが通例となっている。
 無論、何かが憑いている場合は除霊せねばならず、憑かれている物を壊さぬよう、吸引札を以って除霊するのだ。
 ただし、これで解決するケースばかりではない。年期の入った悪霊は、それだけでは祓えない場合もある。
 当然、そんな物は催し物に出展する訳にはいかず、そう言った物は神聖な気に満ちた神社仏閣等の奥深くに封じ込め、長時間掛けて浄化すると言う手段が取られていた。それ以外に方法が無かったのだ。
「そこで俺の出番ってわけだな」
「横島さんの…?」
 得意気に胸を張る横島だが、アスナにはどういう事なのかが分からない。
 一方、エヴァはすぐさまピンと来たようだ。それは彼女がつい先程使った物である。
「なるほど、文珠だな」
「当たり。あんま大きな声じゃ言えないんだけどな」
 横島は『浄』の文字を込めた文珠を使えば、取り憑かれた物そのものには傷一つ付けずに除霊する事が出来る。吸引札を使うよりもはるかに強い力で。そう、『文珠使い』の横島は『古物除霊のスペシャリスト』でもあるのだ。
 ただし、『文珠使い』に関する情報は基本的に非公開。そうおおっぴらにこの手の依頼を受ける訳にはいかない。今回の除霊もあくまで個人的なコネで引き受けたのだ。
「それで、どこまで行くアルか?」
「山梨の方だ」
「け、結構遠いんですね…」
 件の催し物はゴールデンウィークの今日から三日間行われる。しかし、悪霊が憑いている物だけはまだ展示されておらず、開園時間までに現地に出向いて除霊する事になっている。それを聞いて、アスナはこんな早朝に出発する事になった訳を理解した。
「それで、その遊園地は何と言う名の所なんだ!」
「ああ、それは――」
 身を乗り出してくるエヴァを手で制して落ち着かせ、横島は今日の目的地である遊園地の名を告げる。

「『武士道甲斐ランド』って言うんだ」

「ああ、たまにテレビで見ますね。世界最大級のお化け屋敷『武者震い迷宮』があるです」
「いやいや、それよりも絶叫マシンが多くて有名なとこではないか。でかしたぞ、横島!」
「え〜っと、CMで見た事があるような…。確か『ゲートをくぐると、そこは戦場だった』っでしたっけ?」
「ぶ、物騒な遊園地アルな…」
 生憎と横島は行った事の無い所であったが、テレビ等で度々話題になる事があるようで、夕映とエヴァの二人は知っているようだ。夕映の言う通り、世界最大級のお化け屋敷である『武者震い迷宮』が全国的に有名らしい。
 一方、アスナと古菲の二人は名前ぐらいは聞いた事があるが、夕映達ほど詳しくはないようだ。
「確か、戦国時代の武田家縁の品が集まる『風林火山展』が行われるのだったな。その関係か?」
 エヴァの問い掛けに横島は頷いた。
 実は、武士道甲斐ランドはエヴァが自分でスケジュールを決められた場合、一番に横島に連れて行ってもらおうと考えていた場所なのだ。それだけに詳しく調べている。勿論、実際に調べたのは茶々丸である。
「風林火山展かぁ…ん? 戦国時代って結構昔、ですよね?」
 断言できないのがバカレッドたる所以であろうか。
「そんな昔の物に憑いてる霊は、やぱり強いアルか?」
「らしいな。依頼受ける時に霊視したヤツから話を聞いたけど、結構強い怨霊らしい」
「へ〜、GSってそうやってバトンタッチする事もあるんですね」
 感心した様子のアスナ達。やはり横島はすごいのだと尊敬の眼差しで彼を見詰めているが、この場合は横島が古物除霊は専門分野だと言うだけである。横島自身はその事を重々承知しているのだが、少女達にキラキラした瞳で見詰められるのは心地良いので、あえて詳しくは説明せずにしばしその幸せに浸る事にした。
 ただ一人、エヴァだけは何となく察している。しかし、当の彼女が武士道甲斐ランドに思いを馳せて呆けているため、ツっこむ者が現れないまま、一行は電車に揺られて現地へと向かうのだった。



「ふわ〜、結構並んでますねぇ」
 一行が武士道甲斐ランドに隣接した駅に到着すると、まだ開園前のため入り口前は多くの客で混雑していた。
 周囲を見回してみると緑が多く、この遊園地が自然に囲まれた場所にある事が分かる。
 横島達は客と一緒に並んで入るわけではないので、彼らを待っていたスタッフに案内されて関係者用の入り口から中に入り、『風林火山展』の会場へと向かった。
 会場入り口前に到着すると、スーツ姿にヘルメットを被った数人の男の姿があり、その内の一人が横島の姿に気付いて駆け寄って来る。
「やあ、横島君。よく来てくれたね」
「唐巣神父、今日はよろしくお願いします」
 そろそろ前髪が心許ないその男の名は唐巣和宏。
 良くも悪くも現役GSのトップに君臨する美神令子、それに次世代を担うと言われている新人GSの代表格であるピートことピエトロ・ド・ブラドーの二人を育てた功績が認められ、現役を引退しないままGS協会に幹部招聘された男だ。勿論、GS協会では新人育成を担当している。
 過去に除霊のために異教の業を使ってしまったため、西欧の『教会』からは既に破門されている身であるが、それでもなお『神父』と呼ばれ続けているのは、彼の温和な人柄故であろう。
 現在はGS協会での仕事が忙しいため、除霊事務所である教会は弟子のピートに任せている。しかし、『風林火山展』は地元の観光協会等も関わっている大きな物。今回のような公的機関が関わる大きな依頼の場合は、こうして彼が陣頭指揮を取るのだ。現役GSにしてGS協会幹部である彼ならではと言える。
「ところで、ピートのヤツは?」
「ああ、彼は今日から別の仕事があってね。昨晩の内に東京に帰ったよ」
 今回の仕事は本来、唐巣指揮の下ピートが霊視を行う予定であった。本当ならば、昨日までに全ての霊視、除霊を終わらせて、今の時点で全ての準備が整っているはずだったのだ。
 しかし、一つだけ唐巣とピートでは物を壊さずに除霊する事が出来ない物が現れ、しかもそれが今回の『風林火山展』メインの逸品であったため、急遽横島に助っ人を要請したというわけだ。彼と個人的に親交がある彼等だからこそ実現したと言える。

「あの〜…横島さん、そのおじさん誰ですか?」
「紹介して欲しいアル」
 握手を交わす二人を見ても、唐巣の事を知らないアスナ達は置いていかれてしまうばかりだ。
 一方、唐巣も横島が一人で来ると聞いていたので、彼女達の姿を見て何者かと首を捻っている。
「あ、紹介しときます、神父。こっちの二人が俺の除霊助手で、そっちの二人は…まぁ、見学です」
「か、神楽坂アスナです! 横島さんの弟子やらせていただいてますっ!」
「古菲アル。弟子じゃないけど除霊助手アル」
「綾瀬夕映です。正式な助手ではないので今回は付き添いです」
 緊張した様子でペコリと頭を下げるアスナ。続けて古菲と夕映も頭を下げる。夕映の方は見学扱いされた事にちょっとムスっとしているが。
「エヴァだ」
 そしてエヴァは多くを語らず一言だけ挨拶をして、すぐにぷいっとそっぽを向いた。
 吸血鬼の真祖であるエヴァは、「神父」と言う時点で良い印象を抱く事ができないのだ。
 その様子を見て唐巣はおやと片眉を上げるが、エヴァがさっと横島の背に隠れてしまったので、彼女の事はひとまず置いておいて話を進める事にする。
「なるほど、君の除霊助手だったのか。だったら、事前に言ってくれたら良かったのに」
「いやぁ、霊力も使えないのに連れて行くわけにはいかないと思ってたもんで…」
 それが昨日になって霊力に目覚めたので急遽連れてきた事を告げると、唐巣は驚いた様子で目を丸くした。
 横島が麻帆良に行って一ヶ月と少し、その僅かな期間で霊力に目覚めたとなると、アスナ自身はおろか横島も気付いていないだろうが、これは驚異のスピードである。唐巣が霊力を見せて欲しいと頼むと、アスナは神通棍を伸ばしてそれを霊力を以って光らせて見せた。それを見ただけで、GS資格を取ったばかりの横島よりも霊力を扱えている事が分かる。
 彼等の話によると、関東魔法協会と関西呪術協会の確執や、麻帆良学園都市を襲撃した悪魔パイパーを含む魔族達と戦った末に目覚めたそうだ。それを聞いて唐巣はなるほどと頷いた。魂の力――生命力である霊力は、事故で重傷を負い、生死の境を彷徨う等、生命の危機に瀕した時に目覚めやすい傾向にある事を彼は知っている。

「ああ、アスナ達にも紹介しとこうか。この人は唐巣神父。GS協会の幹部で、俺を麻帆良に送り込んだ人でもあるんだ」
「ええぇーっ!?」
 唐巣を紹介されたアスナが素っ頓狂な声を上げる。
 横島に会う以前からGSに憧れ『季刊GS通信』を愛読していたアスナは、その名を聞いて目の前の男を知っていたことをようやく思い出していた。GS協会の新幹部、また「あの」美神令子の師匠として。
 その唐巣が横島を麻帆良に送り込んだと言うのだ。彼がいなければ横島に会う事もなく、除霊助手にもなれなかったと考えると、アスナにとっても唐巣は恩人であると言える。
「有難うございます〜! 唐巣さんがいなければ、横島さんと出会う事ができませんでした〜!」
「あ、ああ、どういたしまして」
 感激した面持ちで唐巣の手を取り、ブンブンと振るアスナ。
 何より、横島と出会わせてくれた事を感謝したい。
「私、もっと強くなって、横島さんから頼られるようになりたいんです!」
「そうか、頑張りなさい」
 唐巣は何故彼女がそこまで喜んでいるかは理解できなかったが、つられて思わず笑みが零れてしまう。この真っ直ぐな瞳の少女がGSを志していると言うのは、彼にとって喜ばしい事であった。

 しかし、次の彼女の台詞を耳にして、唐巣の笑顔はピシリと凍りつく事となる。
「そして、美神令子さんみたいな強いGSになります!」
「はぅぁっ!?」
 ショックを受けて胸を押さえて倒れる唐巣。彼にとってそれは様々な意味で禁句であった。
 元々GSを目指して横島に弟子入りしたアスナだが、現在は横島の隣に立ちたいと言う願望の方が強く、手段と目的が逆転している節がある。とは言え、初対面の唐巣相手にそんな事を言うのは恥ずかしいからこそ、横島の隣に立つために、頼りにされる強いGSになりたいと目標として令子の名を挙げたのだ。同じ女性として憧れもあるのだろう。神通棍と言えば令子と言うイメージもあったのだと思われる。
 しかし、そんな事は知らない唐巣にとって、彼女の言葉はショックの大きいものであった。この真っ直ぐな瞳の少女が、金に五月蝿い令子のようになってしまうと言うのか。思わず両手で頭を抱えて天を仰ぐ唐巣。その額から抜け落ちた数本の毛が、風に舞ったように見えたのは気のせいではあるまい。
「大丈夫ですか!?」
「き、気にしないでくれ…!」
 そうは言うが膝を突いてゼーゼーと息を荒くしていては大丈夫には見えない。
 アスナ達は揃って疑問符を浮かべているが、横島のみは令子を直接知っているだけあって唐巣の苦衷を察し、唇の端を吊り上げて虚ろな笑いを響かせていた。

「…そう言えば、唐巣神父が横島さんを麻帆良に送り込んだと言う事は…貴方は魔法使いの存在についても知っていると言う事ですか?」
「おお、そうなるアルな!」
 確かにその通りなのだが、明らかに素人だと思われる少女達の口から「魔法使い」の言葉が出て来た事に唐巣は怪訝そうに眉を顰めた。ネギの周囲にいると忘れがちだが、魔法使いの存在は一般に秘匿されているものである。
 横島は小声でアスナ達が担任として赴任してきた見習いの少年魔法使い、ネギの戦いに巻き込まれている事を告げると、唐巣はなるほどと苦笑した。
 元々、唐巣が横島と麻帆良に送り込んだ目的は、魔法使いとGS、ひいては一般人との間を隔てる垣根を取り除くために協力する事だ。きっと横島もアスナ達を守るべくその戦いに参加してるのだろう。そういう意味では、彼は彼なりに上手くやっていると言えるのかも知れない。

 ここで唐巣ははたと横島の背に隠れるエヴァに視線を向けた。
 横島の連れを疑うわけではないが、放置しておいて良い話でもない。一目見た時からもしやと思っていた事を、現場に向かう前に確認しておく事にする。
「ところで君は…パンパイアだね?」
「…ッ!?」
 静かな唐巣の言葉にエヴァは返事ではなくバッと飛び退いて身構える事で答えた。
 それを見て唐巣はエヴァがバンパイアであると確信する。日の下を平然と歩いていると言う事は、ピートと同じくバンパイアハーフか、ハイ・デイライトウォーカーの真祖。肌にビリビリと感じる魔力から察するに、おそらくは後者であろう。
 今日のエヴァは本当に油断してしまっていたらしい。封印の解かれた魔力をほんの僅かに抑えきれていなかったため、吸血鬼に関しては詳しい唐巣にそれを察知されてしまったのだ。今更ながらに慌てて呪文を唱えると、彼女から放たれていた微かな魔力の波動が掻き消えるように感じられなくなる。
 一触即発の気配を感じた横島が何とかフォローしようとし、アスナ達もエヴァを庇うように両者の間に割り込むが、唐巣はそれを制して微笑んだ。
「心配する事はない、パンパイアと言うだけで私は敵対したりはしないよ。神の名の下に誓おう」
「…吸血鬼を相手に、自分がどれだけ間抜けな事を言っているか、自覚はあるのか?」
 唐巣は両手を広げて敵意はない事を証明しようとするが、エヴァは怪訝そうな目をして構えを解こうとしない。エヴァは、その神の名の下に行われた『魔女狩り』に追われた経験があるのだから当然の反応であろう。
 横島が慌てて、唐巣の弟子であるピートがバンパイア・ハーフだから心配はいらないと言ってエヴァを宥める事で、ようやく彼女は構えを解いて話を聞く態勢に入った。
「いやぁ、すまない。言葉足らずで驚かせてしまったようだね」
「…フン」
 唐巣が言ったところでエヴァは信用しそうにないので、横島が代わってピートが吸血鬼の真祖であるブラドー伯爵の息子であり、七百年以上生きるバンパイアハーフである事と、唐巣の弟子であり現在は彼の除霊事務所を任されてGSとして活躍している事を教える。
 エヴァは闇の眷属であるはずの吸血鬼が神父の弟子となった事を信じられずに呆れ果てた様子だったが、そのピートが横島の同級生であった事を知ると、彼の友人ならば有り得るかも知れないと考えを改め、一転してその話を信じてくれた。横島に対してどういう評価を下しているかがよく分かると言うものだ。
「私は、この旅行を楽しみたいだけだ。邪魔をしてくれるなよ?」
「人間社会の中で生きる以上、人間達の法を守ってくれるのならば、私からは特に何も言う事はないよ」
 釘を刺すエヴァに唐巣は笑みを浮かべて答えた。
 睨み付ける彼女の瞳は剣呑な雰囲気を醸し出しているが、その小さな手は横島の上着の裾を掴んで離さない。何とも微笑ましい姿である。


「ところで、除霊できなかった物と言うのは?」
「ああ、それは今回の目玉となる『信玄公の軍配』でね…」
 唐巣の話によると、『風林火山展』は、武田家ゆかりの品が集められているそうだ。『信玄公の軍配』もその内の一つなのだが、どうやらこれに霊が取り憑いていたらしい。
 霊視をしていたピートはすぐさまそれを祓おうとしたが、数百年の年季の入った怨霊を簡単に祓う事はできなかった。
 傷付ける事もいとわずに除霊すれば話は別だろうが、歴史的価値も高い逸品となるとそうする訳にもいかない。
「数百年…となると戦国時代当時の?」
「ああ、軍配に宿っているのは…信玄公の怨霊だよ

 武田信玄、『風林火山』の軍旗を用い、甲斐――現在の山梨を中心に大きな勢力を誇った『甲斐の虎』の異名を持つ戦国大名であり、現在においても全国的に高い知名度を誇る伝説的な人物だ。
 晩年に上洛を目指すものの、その途上にて病を発し病没したと歴史に記されている。
「どうやら、上洛に掛ける執念が軍配に宿っていて、それが怨霊化したようだ」
「上洛を成し遂げられなかった事が、それだけ無念だったと言う事ですか?」
 理解の早い夕映の言葉に唐巣は「おそらく」と頷いて答えた。
「本物の武田信玄に会えるって事ですか?」
「いや、それはどうだろう?」
 一方、アスナの問いには首を捻って答える唐巣。『信玄公の軍配』なのだから、武田信玄の執念である事に間違いはないのだろうが、それが本人の幽霊であるかと問われると、微妙なところだと考えている。
 本人の幽霊ではなく、軍配に遺された執念。それが唐巣の見解であった。

「今は、奥の倉庫に結界を張って封じているんだ。これから案内しよう」
「やっぱ、ポルターガイストとか起こしてるんで?」
「いや、それがだね…人に取り憑いて身体を乗っ取ろうとするんだよ
「…マジっスか?」
 冷や汗混じりに問う横島に対し、唐巣は神妙な面持ちで頷いた。
 そう、保管されていた箱から取り出された『信玄公の軍配』は、近付く会場設置スタッフの心に度々語り掛け、自分を手に取らせようとしていたのだ。
 あるスタッフがふらふらと軍配に近付き手に取ろうとした際、近くに居たピートがそれを止めたおかげで事なきを得て、すぐさま唐巣が結界を張ってそれを封印。それ以後は倉庫の奥に仕舞い込んで横島の到着を待っていたそうだ。
「…アスナ達は待機させてた方がいいんじゃ?」
「ああ、それには及ばないよ。怨霊の声は結界の外にはほとんど漏れないからね。霊感が鋭ければ聞こえるかも知れないけど、それだけの力があれば、怨霊の声に惑わされる事もないさ」
 一番なのは、さっさと文珠で除霊してしまう事だ。
 短時間で済ませてしまえば、アスナ達が怨霊の声に惑わされる事もあるまい。そう考えた横島は、夕映とエヴァの二人にも除霊を見学をさせてやる事にする。
「さあ、ここだよ。ここに『信玄公の軍配』を封じてある」
 倉庫の一室に案内された一行は、唐巣が開けた扉を潜って恐る恐る中へと入る。
 『信玄公の軍配』とはどんな物かと辺りを見回し、彼等の視線がある一点に集まった。
「一番奥の台座にある。どうだい、禍々しい霊気を放っているだろう?」
「いや、それが…」
「ん?」
 横島達の様子がおかしい。疑問に思った唐巣も何事かと中を覗き込み、驚愕の表情を浮かべた。
「ば、バカな…!?」
 確かに台座はそこにある。しかし、そこに鎮座されているべき『信玄公の軍配』が無い。
 視線を天井近くの窓へとやると、そこに窓ガラスはなく窓枠だけが残されるのみ。床を見てみると、そこには割れたガラスの破片が散らばっている。外からの侵入があったと言う事だ。
「軍配が盗まれたアルか?」
「まさか、一般人に怨霊の声は聞こえなくなっているはず…」
「霊感の強いヤツが近くに居たって事でしょうか?」
 可能性があるとすればそれだ。
 かつてのアスナのように霊感がそこそこ利くが霊力が使えないような状態の者が近くにいれば、怨霊の声が届き、かつ怨霊に操られた可能性がある。この結界は物理的に近付けなくするものではないのだ。
「とにかく軍配を追わねば!」
「そ、そうですよね!」
「エヴァ、夕映を頼むぞ!」
「…仕方ないな、早く終わらせてこい」
 流石に追跡に夕映を連れて行くわけにはいかない。彼女の事をエヴァに頼むと、少々不機嫌そうな表情であったが「仕方がない」と引き受けてくれた。
「横島師父、行くアルよ!」
「おう! 先に行ってくれ、道具取ってから行く!」
 唐巣を先頭に横島、アスナ、古菲の四人が荷物を置いて会場の外へと飛び出した。
 割られた窓の下に移動したところで横島が追い付き、見鬼君を取り出して持ち去られた軍配の怨霊が放つ霊気の残りカスを探知する。
「こっちだ!」
 見鬼君が指差す方向に横島達は一斉に走り出した。
 地面を見ても足跡らしきものは見えないが、霊気の残りカスはしっかりと続いている。
「あっ! あそこにいるアル!」
 人気のない園内を走ることしばし。古菲が今にも園外に飛び出さんとする影に気付き、横島、アスナ、古菲の三人が更にスピードを上げて追い詰めようとする。
 徐々に近付くにつれて、その影の手に確かに軍配がある事を確認する事が出来た。
 影も自分を追い掛ける存在に気付いたらしい。振り返り横島達へと向き直ると、その影は太陽を背に高々と軍配を掲げ、こう叫んだ。

「ウッキィーーーーー!!」

「……サル?」
「猿アルな」
 なんと、そこに立っていたのは人間ではなく猿であった。
「そーいや、動物って人間より霊感強いんじゃ?」
「中でもあの猿は特に霊感が強いのだろうね。しかし、それだけで遠くから怨霊の声に応えて来るとは思えないが…」
 しかし、現にこうして猿は来て、軍配を盗んで行った。
 猿はしっかりと二本足で立ち、横島達を見据える瞳には知性の光が宿っている。
 その目を見て唐巣は気付いた。この猿はただ霊感が強いだけではない。
「完全に乗っ取られているな…まさかあの猿は霊媒体質なのか!?」
「そ、それって…」
 つまり、霊の声を聞きやすく、また降ろしやすい。
 唐巣の考えが正しければ、軍配を持った猿は既に武田信玄の執念に完全に身体を乗っ取られた状態で、それに順ずる知性があると言う事だ。
「おそらく、今のあの猿の状態は…現代に蘇った武田信玄そのものと言っても過言ではない
「「「なにぃーーーっ!?」」」
 横島達三人の絶叫が響き渡り、バッと揃って猿の方に向き直る。
 当の猿はその騒ぎを見下し、その通りだと言わんばかりに唇の端を吊り上げてニヤリと笑っていた。



つづく


あとがき
 『武士道甲斐ランド』の元ネタは言うまでもありませんが『富○急ハイラ○ド』です。
 しかし、そのものではないと言う事をここでお断りさせていただきます。
 ストーリーの展開上、遊園地周辺は緑に囲まれていると言う事になっていますが、これも含めて『黒い手』シリーズ及び『見習GSアスナ』独自の設定と言う事にしておいてください。実際どうなっているかは、私は知りませんので。

 そしてもう一つ。
 『黒い手』シリーズ及び『見習GSアスナ』はフィクションです、実在の歴史上の人物とは一切関係ございません。
 ご了承ください。

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