topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.65
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 神楽坂アスナの朝は意外と早い。
「……ねむ」
 朝刊配達のアルバイトをしているため、その生活リズムが身に付いているのだ。おかげで昨日は夜遅くまで古菲、夕映と話をしていたせいで寝足りないにも関わらず、こうしていつもの時間通りに目覚めてしまったのだから、習慣も良し悪しである。
 寝ぼけた頭で周囲を見回し、アスナはここが自分の部屋でない事に気づいた。時計の秒針が一周するぐらいの時間考えた彼女は、ここが旅館の一室であり、昨日はここに泊まった事を思い出す。
「あ、そっか。除霊の仕事に来てたんだ……」
 襖一枚を隔てた向こうの部屋では横島が眠っている事を思い出し、瞬く間に頬が赤く染まっていく。
「ま、まだ、寝てるかな? ここはやっぱり起こすべきかしら?」
 今日は早朝から山に捜索に行くと言う話だったし、起こすべきだろう。そう考えたアスナは四つん這いで襖に近付き、開けようと手を掛けたところで、妙に涼しげな懐に違和感を感じた。
 ふと、胸元に目をやり、自分がどんな格好をしているかに気付いて「きゃっ」と声を上げる。昨日は浴衣を着て眠ったのが、寝ている間に見事にはだけてしまっていたのだ。どうりで涼しいはずだ。彼女は寝る時はブラも外すため、丸出しである。
 流石にこれでは横島を起こしに行く事が出来ない。彼はきっと喜ぶだろうが、同時に鼻血を噴出して再び夢の世界に旅立ってしまうだろう。慌てて着直そうとし――そこでふと、ある事を思い付いて動きを止めた。前述の通り、今日は朝早くから山に出発する事になっている。ならば、浴衣を着直すのではなく、出発の準備を整えてから横島を起こしに行けば、自分を頼りになるしっかりした弟子と思ってくれるのではないかと思い付いてしまったのだ。
 隣の古菲と夕映、その向こうのエヴァはいまだに夢の中、今がチャンスである。思い付いたら即実行だと言わんばかりに、アスナはいそいそと枕元に置いていたバッグの下へと移動し、着替えの服を取り出し始めた。
 出来れば今日もオシャレをして少しでも可愛く見せたいところだが、生憎と今日の現場は山中。上はTシャツの上に横島から貰った例のジャケットを羽織るとして、下は枝葉で足を怪我しないよう、丈夫なデニムのパンツを選ぶ事にする。ただし、スリムストレートで脚線のシルエットを見せる事が出来、ストレッチのワンポイントも入っており、オシャレ心も忘れていない。この辺りはコーディネートを相談した円からのアドバイスである。
「……ハッ!」
 この時、アスナの脳裏に電流が走った。
 山の中に入る事を前提に選んだ服装なのだが、デニムのジャケットにパンツ。更にジャケットの下はTシャツ。
「これは、まさか……ペアルックっ!?
 Tシャツの柄等、細かな部分は色々と異なるが、奇しくもそれは横島が普段除霊の際に着ている装いとそっくりなのだ。
 元々横島の装いがシンプルなものなので、偶然だとも考えられる。アスナ自身、意識していたつもりはないのだが、もしかしたら無意識の内に心のどこかで気に掛けていたのかも知れない。そう思い至り、赤い頬がぼんっと湯気を上げながら更に赤くなってしまった。
 ぶんぶんと手を振ってその考えを散らすと、コホンと気を取り直して横島を起こしに行く事にする。
 ここでアスナの脳裏によぎったのは、素直に起きてくれれば良いが、起きなかった時はどうすれば良いのかと言う事だった。アスナにとってはいつも通りと言っても良い時間だが、まだ早朝だ。横島にとってもそうだとは限らない。「あと五分」とかベタな事を言って布団に潜り込んでしまう可能性は十分ある。
「その時は、横島さんが起きるまで、私も隣で……って、いやいや、一緒に寝ちゃダメで、ここはやっぱりおはようのキスでちゅっと優しく起こして……キャ〜〜〜っ!
 一人で妄想を発展させてきゃあきゃあと騒ぎ出すアスナ。枕をぎゅっと抱きしめて、足をバタバタさせながら転がり始める。

「朝っぱらからあふんあふん言うな、色ボケがぁーーーっ!!」

 そんな事をしていれば、周囲も気付くのは当然の事であり、エヴァの渾身の力を込めたツっこみのエヴァキックが炸裂するまで、一分と時間を要さなかった。
「いたた……一体何なのよ〜」
「それはこっちの台詞だ、神楽坂アスナ!」
 涙目で起き上がろうとするアスナを小さな身体で仁王立ちして見下しているエヴァ。こちらも浴衣がはだけているのだが、それをツっこめるような雰囲気ではない。ある意味予想通りの事だが、彼女は朝に弱い性質らしく、早朝に起こされてかなり不機嫌であり、こめかみをひくひくとさせている。
「ハッ、エヴァちゃん! いつの間にっ!?」
「……それは本気で言っているのか?」
 あれだけ騒げは起きるのが当たり前である。起こされたのはエヴァだけではない。古菲と夕映も起こされ、眠そうに目をこすりながら、何事かとアスナ達の方を見ている。この二人もやはり浴衣が着崩れた状態だ。夕映の方は比較的マシであったが、あくまで比較的な話であり、揃って何ともあられもない姿となっている。
 意外にもしっかりと目を覚ましていそうなのは古菲。彼女も中国武術研究会、通称『中武研』の朝練等で朝には強いようだ。逆に完全に寝ぼけているのは夕映。こちらは深夜まで読書している事が多く、図書館探検も基本的に深夜に行っているため、元々夜型人間であり朝に弱い。ちなみに、朝に弱いのはエヴァも一緒なのだが、こちらは怒りが眠気を吹き飛ばしているのだ。

「まったく、まだこんな時間ではないか」
「いや、早朝から出掛けるって話だし、早く起きた方がいいかなーって」
「それは分からんでもないが……何故、それが転がる事に繋がるんだ」
「いや〜、あはは……」
 流石に、「妄想してました」と答える事は出来ず、アスナは虚ろな笑いで誤魔化そうとする。もっとも、ジト目で見据えるエヴァはそんな彼女の心の内など、容易く見透かしていそうだったが。
「横島のヤツも起きたか?」
 エヴァに問われ、そっと襖をわずかに開いて隣の部屋を覗いてみるが、横島は先程の騒ぎにも気付かずまだ眠っているようだ。まだ布団の中である。
「え〜っと……まだ、みたい」
「それなら、私達も今の内に着替えてしまうアル」
「まぁ、そうだな」
 エヴァは自分の格好に気付き、古菲の提案に同意する。結局、横島が起きる前に皆が着替える事になってしまった。
「………私は、まず顔を洗って目を覚ましてくるです」
「って、その格好で出ちゃダメー!」
 洗面所へ行くには横島の寝ている部屋を通らなければならないため、浴衣をはだけさせたままの夕映を行かせるわけにはいかない。アスナはとりあえず前を閉じて襟元を正してやってから、夕映を送り出した。

「今日は変身する獣と勝負だたな。いや〜、横島師父と一緒だと色んな相手と戦えるアル」
「…あんた、その格好で山に入るつもり?」
「これが私の戦闘服アルよ?」
 さも当たり前のように答える古菲。そう言って着替え終えた彼女の装いはチャイナドレスであった。確かに彼女にとってはその通りなのだろうが、アスナはそんなに手足を出して山の中に入って良いのかと思ってしまう。
「いや、山の中探し回るんだったら、やっぱり長袖とかじゃないと」
「…おおっ! そうだたアル」
 ポンと手を打つ古菲、本気で気付いていなかったようだ。鞄の中から長袖のカンフースーツを取り出し、それに着替え始める。こちらは足首まで隠れるパンツとセットとなっている。あまり厚手と言うわけでもなさそうだが、これを着ていれば枝葉で手足を怪我する事もないだろう。アスナは今まで古菲がそれを着ているところを見た事がないが、かなり使い込まれているようだ。おそらく中武研で使用しているものだと思われる。
「これで大丈夫アルよ〜」
 彼女のイメージカラーである黄色を基調としたカンフースーツに身を包み、まるで見せびらかすように満面の笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねる古菲は何とも可愛らしい。
「……なんで視線を逸らすアルか?」
「いや、ちょっと」
 それが所謂「子供らしい可愛らしさ」である事について、アスナが同級生として言及する事が出来なかったのは仕方のない事だろう。誰も彼女を責める事は出来ない。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.65


「なんだこれは」
 一方、自分の鞄を開いたエヴァは、氷の魔法を得意とする魔法使いだと言うのに自分が凍り付いていた。
 鞄の中に着替えが入っていたのは良い。出発前日、エヴァは茶々丸にしっかりと準備しておくようにと命じていた。茶々丸も命令をしっかりと遂行したため、出発当日の朝、エヴァが眠ったままでも横島に運ばれて出発する事が出来たのだ。
 問題があるとすれば一つ。鞄の中に詰め込まれている着替えが、この前、裕奈達に連れられて買ってきたカジュアルな服ばかりで彼女の趣味に沿う物ではなかったと言う事だ。
「なんだと言うのだ……!」
 何度鞄の中を覗き込んでみても現実は変わらない。
 エヴァは、アスナと古菲が彼女の異常に気付くまで、身じろき一つせずにその場で氷の彫像と化していた。

「エヴァちゃん、今日も可愛いわね〜♪」
「貴様、もう一度吸血鬼にして欲しいようだな…」
 結局、今日もエヴァは趣味に合わない衣服に身を包む事になってしまった。ハイネックのTシャツにジャンパースカートと言う出で立ちだ。足元は白のハイソックスで固めているが、彼女の事だ、山に入って手伝おうと言うわけではないだろう。

「ところで、綾瀬夕映はどうした?」
「そう言えば遅いアル」
「……ハッ! まさか!?」
 勢い良く立ち上がったアスナが両手で思い切り襖を開けると、そこには案の定、こちらの寝室まで戻る事なく力尽き、途中で倒れ横島の眠る布団の上で猫の子のように丸くなって眠る夕映の姿があった。やはり、彼女には辛い時間帯のようだ。上に乗られた横島は心なしか寝苦しそうにしている。
「ちょ、ちょっと夕映ちゃん。起きなさい」
「う〜ん、あと五分……」
 しかし、夕映は起きなかった。それどころか、アスナから逃げるように横島の布団の中に逃げ込もうとする。
「あんたがそれを言うかーっ! おはようのちゅっ なんかしないわよっ! さっさと起きろぉーーーっ!!」
 涙目なのは気のせいだろうか。アスナは八つ当たり気味に横島の布団をひっぺがし、夕映の肩を掴んで持ち上げ、ガクガクと揺さぶって彼女を起こそうとする。
 結局、その騒ぎのおかげで横島も目を覚ましてしまうのは、今から数十秒後の話である。ちなみに、夕映は横島が目を覚ましてもなお眠り続けていた。彼女の朝の弱さは相当のもののようだ。


「随分と早く起きちまったが、まぁ、その分早く出発出来るって事でよしとするか」
「す、すいません……」
 横島が目を覚ました後、アスナ達は一旦寝室に戻って襖を閉め、彼が着替えて身だしなみを整えるのを待ったが、彼の場合は浴衣を脱ぎ捨て、着替えるだけなので本当に短時間で済んでしまった。普段から髪型のセットなどもしていない様子なので、その辺りは元々無頓着なのだろう。
 聞けば横島のような新人GSには都内の仕事はあまり回ってこないため必然的に地方の仕事が多くなり、普段から早朝に出発する事が多々あるらしい。そのため、今では否応無しに朝に強くなってしまったそうだ。言われてみれば、ゴールデンウィーク中の三件の仕事も、全て地方のものである。
「夕映の方は寝かせといてやれ、山に入る俺達と違って、今から町に出たってどこも閉まってるだろうし」
 結局、エヴァと夕映の二人はもうしばらくこの部屋で過ごし、横島、アスナ、古菲の三人のみで出発する事になった。現在、夕映は一人だけ寝室で夢の中である。
「朝ごはんはどうするアルか?」
「ああ、元々頼んでないんだ。早朝出発は元々の予定だったから」
 横島は朝食を抜く事も考えていたが、それを聞いた古菲が悲しそうな顔をしたので、途中でコンビニエンスストアに寄る事にする。
 田舎町なので数は少ないだろうが、横島は昨日の内に近くにある店の位置を把握していた。地方で仕事をする場合は、コンビニの世話になる事が多いと言う経験上身に付いた知恵である。
「エヴァ達の分も買ってこようか? 旅館の方に頼んでもいいけど」
「……いや、いい。それならば、私達も朝はどこかの店で頂く事にしよう。着替えたところだが、開店の時間までは温泉にでも浸かっているさ」
「そうか、ふやけるなよ」
 さも当然のようにエヴァが手を差し出し、朝食代を要求してきた。それは夕映の分でもあるため、横島は財布を取り出し、昼の分と合わせて渡しておく。一応「無駄遣いはするなよ」と釘を刺しておいたが、彼女相手にそれがどれだけ効果があるのかは、甚だ疑問であるのは言うまでもない。

 山に入る準備を整え、三人揃って旅館の入り口を出ると、そこで竹箒を手に前の駐車場を掃除している男性従業員と出会った。昨日、横島達を駅まで迎えに来てくれた若女将の夫――若旦那だ。
「おや、もう出発ですか?」
「ええ、何とか今日中に解決しておきたいので」
「それなら、私が登山道の入り口まで送りますよ。ちょっと待っててください」
 そう言って若旦那は横島の返事も待たずに竹箒を片付けに行き、車のキーを持って戻ってきた。歩いて現場まで行くつもりだった横島だが、ここはお言葉に甘えて世話になる事にする。古菲のために途中でコンビニに寄ってもらい、おにぎりとパン、それとジュースをいくつか買い込んだ。若旦那が言ってくれればお弁当ぐらい用意したのにと言っていたが、横島としても、ただでさえ一人の予定のところを急遽五人で押し掛けて迷惑を掛けているのだから、これ以上早朝に弁当の準備をしてもらうなど、出来るはずがない。ただでさえ、予定よりも早い時間に出発しているのだから。

 その後、一行はコンビニで買った朝食を食べる間も無く登山道の入り口に到着した。
「あの立て札の先が登山道になります」
「こっから登ろうとした登山客が怪物を目撃したんでしたね」
 横島の問いに若旦那はコクリと頷いた。つまり、ここから登れば横島達も件の怪物に遭遇する可能性が高いと言う事だ。
 怪物がここに現れては困るので若旦那には帰ってもらい、三人はベンチに腰掛けて朝食を食べる事にする。食べている最中に怪物が襲ってくる可能性もあるのだが、それならばそれで、その場で退治してしまえば良いと考えているので気楽なものである。

 しかし、件の怪物は彼等の期待には応えてくれず、朝食中に姿を現す事はなかった。
「出てきませんでしたねー」
「ま、動物ってのは夜行性が多いからな。今は腹減ってないのかも」
 元よりあまり期待していた訳ではないので、横島はあまり落胆した様子もなく、残ったゴミをゴミ箱に捨てると、荷物の中から見鬼君を取り出した。両手で持つサイズの箱の上に前を指差した人形が乗っていると言うオモチャのような代物であるが、これはれっきとした霊波、妖気を探知するレーダーである。これは横島がオカルトGメンの西条がイギリスに留学していた頃に使っていた物を個人的に譲り受けたものだ。その割には箱の上の人形は公家のような姿をしているが、これは西条が高い性能と信頼性を求めて、イギリスに居た頃から日本製の高級品を使っていたためである。
 お古ではあるが、性能は確かだ。化ける事を覚えた動物であれ、本物の怪物であれ、妖力を持っているはず。横島はそれをキャッチするために見鬼君のスイッチを入れた。
「あ、反応があった!」
 見鬼君は、すぐさま微弱な妖力をキャッチする。距離はありそうだが、これを逃さずに追跡すれば、件の怪物の下に辿り着けるだろう。
「アスナ、俺が先頭を行くから、これを持って付いて来てくれ。あと、指差す方向が変わったらすぐに教えてくれ」
「分かりました!」
「古菲はその後ろ、見鬼君があるから心配ないと思うけど、不意打ちには気を付けろよ」
「分かたアル」
 横島、アスナ、古菲の順に並んで一行は登山道に入って行く。この時点で横島は件の怪物が妖怪なのではないと確信していた。仮に本物だとすれば、距離が離れていても、見鬼君がもう少し激しく反応しているはずだからだ。ところが見鬼君は微弱な反応しか示さない。これはすなわち、妖力に目覚めているにしても、化ける程度の力しか持っていないと言う事である。実際、もっと強い力を持っているのならば、もう少し大きな被害が出ていたであろう。
 今日の仕事は楽に終わりそうだ。横島は余裕しゃくしゃくの態度であった。


「……おはようございます」
「ようやく起きたか、綾瀬夕映。早く着替えろ、朝食に行くぞ」
 横島達が登山道に入ってからおよそ一時間程経過した頃、旅館の方ではようやく夕映が目を覚ましていた。まだ眠そうではあったが、既に温泉から上がっていたエヴァの方は待ちくたびれたらしく、すぐさま彼女を着替えさせる。
 しかし、夕映の方はもそもそとして動きが鈍い。完全に覚醒していないようだ。イライラしながらそれを眺めていたエヴァだったが、途中で我慢できなくなってしまい「ええい、さっさとせんか!」と怒りながらも夕映の着替えを手伝い始める。茶々丸がこの光景を見ていれば、きっとハンカチで目元を拭っていた事だろう。
 エヴァに手伝ってもらい、胸元や裾に刺繍をあしらったワンピースに着替え終えた夕映。しかし、彼女ははまだどこかぼーっとしている。目覚めるまで待っていられないと、エヴァは彼女の手を引き、引きずるようにして旅館を出た。途中ですれ違う従業員達がなんとも暖かな視線を二人に向けている。エヴァ達の事が手を繋いで歩く仲の良い二人の少女に見えているのかも知れない。
「……エヴァさん、そんなに強く引っ張らないでください」
「ええい、とっとと目を覚まさんか!」
「いや、眠いものは眠いのです」
「歩きながら寝るなーーーっ!」
 当の本人達にとってはそれどころではないのだが、傍目で見ている分には微笑ましく見えているのだろう、多分。


 一方、山道を歩く横島達一行は、徐々にだが妖力の主に近付きつつあった。
「横島さん、だんだん反応が強くなってます」
「近いみたいだな……って、おい!?」
 その時、突然横島達の前方に強い妖力が発生し、横島が驚きの声を上げる。向こうも彼等の接近に気付いたのだろう、急激に妖力を膨らませてこちらを威嚇してきた。アスナはおろか、霊力が使えない古菲もその存在に気付いてあとずさってしまう。
「こ、こんなに強いの……?」
「真っ直ぐに妖力が感じられる方を見て目を逸らすなよ! 相手が獣だとすれば、目を逸らせば襲ってくる!」
「分かたアル!」
 横島の言う通りにアスナと古菲が茂みの一点を見据えていると、茂みを掻き分けるようにして横島を見下ろすようなサイズの巨大な獣が姿を現した。頭に一対の大きな角が生えており、全身の長い毛が生えた牛のようにも見えるが、どこか微妙に異なっていた。手足は牛どころかライオンのような肉食獣のような形をしている。現実に存在する何かに化けていると言う訳ではなさそうだ。
 すぐさま霊視ゴーグルを取り出し、相手の正体を見極めようとする横島。アスナと古菲はその巨大な姿に恐怖を感じながらも、必死に踏み止まって巨大な獣の虚ろな瞳を見据えている。
 そのおかげで、横島は相手の正体を霊視する事が出来た。小さい、目の前に見える巨大な姿とは裏腹にかなり小さい動物だ。アスナと古菲は獣の瞳を見ているが、実際その方向には何もないだろう。
「アスナ、古菲! 敵は小さいぞ、むしろ見るのは足元の方だ!」
「え?」
 その言葉につられてアスナと古菲が獣の足元の方に視線をやると、霊視ゴーグルに映る小さな動物のシルエットがビクリと身震いするのが分かった。本体は臆病な動物のようだ。
「アスナ、殴れ!」
「え、あ、ハイ!」
「あ、単純に殴るんじゃなくて……」
 言われるままに獣に向かって殴り掛かるアスナ。しかし、彼女はこの時一つ大きな勘違いをしていた。横島が殴れと言ったのは、アスナの持つ『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』の力で、相手の変身を無効化して欲しかったのだ。『化ける』と言うからには、何かしらの術を使っているはずと横島は考えたのである。
 問題は、アスナの方がそこまで深く考えていなかったと言う事だ。
「うわっ、めり込む!?」
 それが幻術だと認識出来ていないアスナは、動物の変身を無効化する事が出来なかった。実体がないため手応えはなく、そのまま素通りするかと思いきや、殴ろうとした右腕が肩まで入り込んだところで、何かにガッチリと掴まれたようになって腕が抜けなくなってしまったのだ。それどころか、アスナはずぶずぶと引きずり込まれていく。
「アスナ!」
 古菲がすぐさま動き、彼女の腰に手を回して引きずり出そうとするが、アスナの身体を引っ張り出す事が出来ない。横島も見鬼君を放り出して古菲にしがみ付いて協力するが、結果は同じだった。アスナの顔の横半分までが獣の身体に飲み込まれてしまっている。
「アスナ、聞こえるか! そいつは幻術だ! 術で化けてるんだから、お前の『魔法無効化能力』が効くはずだ!」
 横島は叫んだ、アスナのもう片方の耳までも埋まってしまう前に。横島の声が届き、獣の身体に飲み込まれそうになって焦っていたアスナは一気に冷静さを取り戻す。これは幻、これは幻、と心の中で念じながら飲み込まれている何も持っていない拳をぐっと握り締め、そこに神通棍があるつもりでアスナは霊力を送り込んだ。
 その瞬間、風船が弾けるようにして消える獣の身体。やはり、横島が予想した通り、獣は動物が化けた姿だったようだ。

 「妖力」を用いた「術」を、アスナの『魔法無効化能力』で無効化出来るのかと疑問に思う方もいるだろう。
 この場合、「妖力」と言うのは、人間の持つ「霊力」、魔族、吸血鬼の持つ「魔力」と同じように、魂と言う器を満たすエネルギーの分類である。以前エヴァがアスナに説明した事だが、魂の力は直接引き出すか、身体や精神を通して引き出すかによって『生命力』、『気』、『魔法力』に別れる。そして、アスナの『魔法無効化能力』は『魔法力』に対し有効であると言う事は、土偶羅から聞いた通りだ。
 横島は、動物が使っていた『化ける』術は『魔法力』を用いたものだと考えた。実はこれは確信があった訳ではなく、直感に近いものだったりする。ヒントとなったのが、いつかエヴァが夢の中で見せた大人の姿に化ける幻術であった事は、横島だけの秘密である。

「タヌ、キ…?」
 獣が消え去った後、その足元に残されていたのは、一匹のタヌキであった。怯えた様子のタヌキはその場から一目散に逃げ出そうとする。
「あ、待ちなさい!」
 呆気に取られていたアスナだったが、タヌキが逃げ出したのを見ると、腰に回された古菲の腕を解き、逃げるタヌキを追い掛ける。タヌキは再び化けてアスナを脅かそうとするが、彼女にはもう通用しなかった。どんな怪物に変身しようとも、アスナが霊力を込めた手でそれに触れると弾けて霧散してしまうのだ。更に言えば、そんな風に変身を繰り返して妖力を消費していくと、タヌキ自身がどんどん疲弊していく事になる。既に足元はふらついており、捕獲は時間の問題であった。

「ふぅ〜。一時はどうなる事かと思ったが、何とかなりそうだな」
 窮地を脱し、タヌキを追い掛け回すアスナを見守りながら、横島はアスナを引っ張り出そうとした体勢のままふーっと一息ついた。
 『魔法無効化能力』は便利だが、幻術のような絡め手の場合、アスナがそうと認識していなければ効果がないと言う弱点がある。今回はまさにそれだ。横島の指示の仕方にも問題があったと言えるだろう。横島とアスナ、師弟揃って要勉強である。
「よ、横島師父……」
「どうした?」
 いつもの元気がない古菲の声。疑問符を浮かべた横島は、視線を落として彼女を見て、そこでピシリと固まってしまった。
 先程、横島はアスナを助けるために、彼女を引っ張る古菲を引っ張った。アスナと古菲の場合、その身長差から背の低い古菲がアスナの腰に手を回す事になったが、逆に横島と古菲では横島の方が背が高いため、少々事情が異なってくる。
「む、むむ、む、胸を…」
 背の高い横島は、古菲の脇のすぐ下から手を回す体勢となり、彼女の胸を思い切り鷲掴みにしていたのだ。いや、正確には「している」のだ、現在進行形で。しかも、指摘された事で確かめるように指をわきわきと動かし、しっかりとその存在を指先の感覚で確認する。
「横島師父……」
「不可抗力だーっ! これはアスナを助けるために仕方なくーーーっ!」
 と言いつつも手を放さないのは、彼が横島忠夫だからだろうか。いかに子供っぽいとは言え年頃の少女、こんな事をされて平気な訳がない。絹を裂くような悲鳴と共に、古菲が振り返り様にビンタを炸裂させ、横島は木の幹に叩きつけられるようにして沈黙する事となった。

「たっだいまー、ちゃんと捕まえましたよー! ……って、あれ? どうしたんですか?」
「ハハハ、な、何でもないよ」
 アスナが疲れ切ったタヌキを捕まえて戻ってくると、横島の頬に赤い手形が付いていた。
 何があったのかと聞いてみるが、横島は虚ろに笑うばかりで、古菲も顔を真っ赤にして答えてはくれず、アスナは首を傾げる。
「と、とにかく、役所の方に連絡を入れよう。捕まえとくためのオリを用意してもらわないとな」
 話を変えて、横島は夕映の仮契約(パクティオー)カードを取り出して額に当てた。山の中では携帯電話が圏外のため、仮契約カードの機能を使って夕映に直接連絡を取るのだ。一方的にしか話せないが、要件を伝えるには十分である。
「……と言うわけで、役所の方に連絡してオリを用意してもらってくれ」
 用件を伝える横島。夕映からの返事は聞こえないが、ちゃんと伝わってはいるだろう。
「それにしても、この子はどうして山に入ってくる人脅かしたりしたのかな?」
「ナワバリ意識、アルか?」
 アスナに抱えられた状態では『魔法無効化能力』のおかげで変身する事も出来ず、タヌキは観念した様子だ。そうでなくとも変身する余力は残っていないのだろう。
「町に下りたのも、エサを探すためかもな……って、危ね!」
 とは言え、横島が頭を撫でようとすると威嚇して噛み付こうとしてくる。野生動物であり、人に慣れていると言うわけではなさそうだ。
 何が原因で『化ける』事を覚えたのかは分からないが、こうして捕まえた以上、事件は解決だろう。そのまま山を下りるべく、横島は先程放り投げた見鬼君を拾い上げようとする。
「……ッ!?」
 その瞬間、地面の上の見鬼君が猛烈に反応し始めた。
 見鬼君が指差す先は横島の真後ろ、アスナ達の居る方向だ。慌てて振り返り、アスナの抱えるタヌキを見るが、変身しようとしている様子はない。
「後ろだッ!」
 アスナ達の背後の茂みから、先程の巨大な獣を上回る大きさの怪物が姿を現した。突然の出来事にアスナ達も驚き、慌てて後ずさろうとして尻餅をついてしまった。それを隙を見せたと判断したのか怪物はアスナ達に向かって前進し始める。
「アスナ! 古菲!」
 横島はすぐさま両手から二つサイキックソーサーを投げつけて怪物の目の前でぶつけて爆発させ、その隙にアスナと古菲に体勢を整えさせる。
「そっちのタヌキに余力はない、古菲が預かるんだ!」
「そして、私は変身を解除させればいいんですね!」
 今度は横島の意図を正しく理解し、アスナは抱えていたタヌキを古菲に預け、自らは手に霊力を込めて怪物を向かい合った。
 横島は再び霊視ゴーグルを通して怪物の正体を探るが、やはりこちらも小さい動物のようだ。おそらくタヌキであろう。
「二匹いたと言う事アルか?」
「……らしいな」
 目撃者の勘違いか、二匹の出没するタイミングがズレていたのか、或いは二匹で一体の怪物に化けていたのかは分からないが、現にこうしてもう一匹いる以上、化けタヌキは二匹居たのだろう。
 二匹はつがいなのだろうか。こうなってくると、ますます『化ける』事を覚えた理由が分からなくなってくる。
 それについては後で考えるとして、今は捕らえる事が先決だ。厄介な事に、こちらは先程の戦いを見ていたらしく、アスナに近付こうとしない。アスナの方から近付き、変身を解除する事に成功すると、やはり、その正体はタヌキであった。
 しかし、ここからが問題だった。タヌキは再度変身しようとはせず、アスナから一定の距離を取ってそれ以上近付こうとしないのだ。アスナの方から近付いて捕まえようとするが、すばしっこくて捕まえる事が出来ない。何故一気に逃げ出さないのかは謎だが、このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
 このままでは、タヌキは妖力を温存し、それを捕まえるために走り回るアスナが疲弊すると言う、先程とは正反対の結果が待っている。何か手を打たねばならない。
 そこで横島は、アスナとタヌキが睨み合っている間に古菲に近付きタヌキを受け取ると、彼女も捕獲に参加させる事にした。横島はタヌキを片手で抱えた状態でも空いた片手でサイキックソーサーを投げる事が出来るからだ。
「アスナ、挟み撃ちにするアル!」
「分かったわ!」
 タヌキを中心に円を描くようにして動く古菲は、そのままタヌキの背後に回り込もうとしている。タヌキは古菲の方を警戒しながらも、アスナから視線を逸らす事が出来ず、横島が捕まえているタヌキの事も気になる様子だった。
「それにしても……俺達何やってんだろうな」
 張り詰めた空気の中で、横島がポツリと呟く。相手は妖力を持ったタヌキ。確かにそうなのだが、一行は緊迫感こそあるものの、霊能力とはあまり関係ない世界に突入しようとしていた。



つづく


あとがき
 アスナと古菲が朝に強く、夕映とエヴァは朝に弱い。
 アスナの『魔法無効化能力』に関する設定。
 アスナの『魔法無効化能力』とネギま原作にある魔法以外の能力との関係に関する設定。
 これらは原作の描写に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
 ご了承ください。
 

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