topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.68
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「は? 共同戦線、ですか?」
 呆気にとられた横島が問い返すと、令子は「そうよ」と胸を張って応える。令子はコートの下にハイネックのニットを着ているのだが、彼女の胸はそれを持ち上げるようにして強烈な存在感を誇示していた。最近色々と恵まれた環境にある横島だが、久しぶりに見ると言う事もあっても、思わず視線が釘付けになってしまう。
 当然、令子はその視線に気付いていたが、ここは自分の思い通りに話を進めるために、それを利用する事にする。
「よ・こ・し・ま・くんっ!」
 令子はまず、横島の顔を両手で掴み、ゴキッと強引に自分の顔の方を向かせる。
「念のために聞いておくけど、そっちはどうやってユニコーンを捕まえる気なの?」
「え? そりゃ、アスナも古菲も足には自信があるんで、三人掛かりで追い詰めて文珠で眠らせようかな〜っと」
「ふ〜ん」
 言われて令子は並んで立つアスナと古菲の二人を見ると、アスナは緊張した面持ちでシャンと背筋を伸ばした。
 二人とも体力はありそうだ。もしかしたら、除霊助手だった頃の横島以上かも知れない。確かにこの三人ならば、獣ぐらい容易く捕らえてしまうだろう。それが「ただの」獣であれば。
「無理ね。やるだけ無駄よ」
 しかし、ユニコーンはただの獣ではないのだ。
 令子は狙撃用のライフルを取り出して横島に見せた。実は令子達は横島達がここに到着する前に、このライフルを使ってユニコーンを狙撃しようとしている。しかし、結果は見ての通り、ユニコーンは健在だ。苦虫を噛み潰したかのような令子の表情は、こんなはずではなかったと言いたげである。
「自動追尾の霊麻酔弾を使ったんだけどね……」
「そんな速いんスか? ユニコーンって」
 この横島の疑問には、令子ではなくエヴァが答えた。
「どうせ、テレポートでも使われたんだろ」
「……その通りよ」
 面白くなさそうにエヴァの言葉を認める令子。
 横島は思わず「マジ?」とおキヌとシロに確認を取るが、二人は神妙な面持ちで頷いた。どうやらウソではないようだ。
「え〜っと、つまり、ユニコーンって馬だけあって足が速くて……」
「その上、追い詰めるとテレポートして逃げるアルか?」
 アスナと古菲は明らかに引いていた。流石の体力自慢の二人も、テレポートを駆使して逃げ回る相手を捕まえる自信は無い。
「みたいですね、私もそんな伝承は聞いた事がなかったです」
 夕映の言う通り、ユニコーンのテレポート能力については、一般の伝承では伝えられていなかった。馬を走って追い掛けると言う発想がなく、テレポートするまで追い詰められる者がいなかった可能性もあるが、それを知る術はない。

「と言うわけで、私は古典的手段を提案するわ」
「古典的、でござるか?」
「ユニコーンは、美しく清らかな乙女の膝に頭をあずけて眠ってしまうと言いますが――もしかして、それですか?」
「そう、それよ。除霊を見学したいとか言うだけあって、なかなか勉強してるじゃない」
 夕映は令子が何を言わんとしているのか察しがついたようだ。先程、テレポートを指摘した事からも分かるように、エヴァもユニコーンの伝承については知っているのだろう。これならば話は早い。令子は手短にユニコーンを捕まえるための作戦について話す事にする。タイムリミットは美智恵率いるオカルトGメンが到着するまで。令子に残された時間は決して長くはなかった。

 令子の作戦は、令子、おキヌ、シロの三人と、アスナ、古菲、夕映、エヴァの四人が「清らかな乙女」に扮し、ユニコーンが膝に頭をあずけて眠ってしまったところを、横島の文珠で眠らせて捕らえると言う至ってシンプルなものだ。しかし、これは古来より伝わる由緒正しいユニコーンの捕獲方法であり、横島にはそれ以上の手段は思い付かない。
 そして、令子にとっては、ここから先が本題であった。
「横島君、一つ勝負といきましょう」
「誰がユニコーンに選ばれるか、ですか?」
 横島の言葉に令子は頷いた。つまり、令子、おキヌ、シロの美神令子除霊事務所のチーム三人と、アスナ、古菲、夕映、エヴァの横島除霊事務所のチーム四人、合計七人により、古来の伝統に則った方法でユニコーン捕獲を試みようと言うのだ。
 もちろん、令子の提案はこれだけでは終わらない。
「あんた達四人の内の誰かがユニコーンを眠らせたら、そのままママの方に引き渡せばいいわ。その代わり――」
「美神さん達が眠らせたら、角はもらってくって事ですか?」
「分かってるじゃない」
「う〜ん……」
 横島は腕を組んで考え込んだ。はっきり言ってこの提案、彼の方に受けるメリットは少ない。
 確かに「美しく清らかな乙女」でユニコーンを釣ろうと言うのであれば、人数が多い事に越した事はない。令子の提案を受けるメリットはこの一点に尽きるであろう。しかし、もう少ししたら美智恵がオカルトGメンを率いて到着するのだ。今日の捕獲対象がユニコーンである事を知っている彼女ならば、ユニコーンを捕らえるための方法を用意している可能性が高い。つまり、横島はアスナ達でユニコーンを捕らえる事が出来なくとも、美智恵の到着を待つと言う選択肢もあるのだ。むしろ、令子の提案を受けて負けてしまった場合、後で美智恵に叱られてしまうだろう。
「美神さん、やっぱり美智恵さんが怖いんでこの話は……」

「これがユニコーンを釣るための衣裳よ!」
「ああ、今朝用意してたのってこれだったんですね。花輪もセットですか?」
「み、美神さん、ちょっと薄くないですか?」
「スカート丈も短いアル」
「作ったヤツの趣味としか思えないんだけど、一応これが伝統の衣裳なのよねぇ……麻酔銃で終われば話は早かったのに」
「皆でこれを着て、ユニコーンにうふ〜んって色仕掛けすれば良いでござるな」
「そ、それはちょっと違う気がするです」
「どうでもいいが、私は除外しとけよ。元賞金首で釣れるとは思えんからな」
「一人だけ逃げようなんて、ズルイわよ、エヴァちゃん」
「こ、こらっ、離さんか。横島、貴様も何か言ってやれ。この話、受けるメリットは少ないだろう!」

「外野はこう言ってるみたいだけど、最終的に事務所の方針を決めるのは横島君よ。どうするの?」
「美神さん! 一刻も早くユニコーンを捕獲するために頑張りましょう!」
「横島ーッ!」
 しかし、助けを求めるエヴァをよそに、薄手の衣裳を着た七人を見たい一心で、横島はあっさりと屈してしまった。ビシッと敬礼をして令子に承諾の意を伝える。手にはどこからともなく取り出したデジタルカメラ。準備は万端である。
 その返事を聞いた令子は、表情を隠そうともせずにほくそ笑むのだった。

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「ったく、なんで私がこんな事を……」
「そんな事言わないで、よく似合ってますよ」
 一軒の民家を借りて着替える事となった女性陣、中でもエヴァは不機嫌であった。アスナ、古菲、夕映、シロの四人は既に着替えを済ませて玄関の方で待っている。同じく着替え終えたおキヌだけがここに残り、エヴァの着替えを手伝っていた。
 おキヌがなんとかエヴァを宥めようとフォローを入れるが、あまり効果はないようだ。この「清らかな乙女」になるための衣裳が、彼女の趣味に合わないのだろう。
「氷室キヌと言ったな。考えてもみろ、私は元・賞金首だぞ? それが『清らかな乙女』だと思うか?」
「そ、それは……」
 おキヌは言葉を詰まらせた。確かに「元・賞金首」が「清らかな乙女」に該当するかは疑問である。しかし、おキヌには横島がそんな人物を平然と連れて歩いているとはどうしても思えない。何より、頭に花輪を乗せ、薄手の衣裳に身を包みながらも頬を膨らませている少女が、彼女自身が言うような悪人には到底見えなかった。
「そっちは着替え終わった?」
 襖を開けて一人で着替え終えた令子が顔を出した。同じ衣裳を着ているはずなのに、エヴァとは全く違う印象を受けるのは、身長を含むその他諸々の差のためであろう。無論、アスナ達とて負けず劣らず可愛らしい姿になっているのだが、むしろその姿は微笑ましく、やはり大人の魅力を醸し出す令子には敵わないようだ。
 その後、横島と連絡を取り、七人でユニコーンがいる現場に向かうのだが、集まったギャラリーなどはやはり令子を見て感嘆の声を上げていた。
 逆に一番騒ぎそうな横島が静かにしていたが、こちらは鼻息も荒く、黙々と手にしたカメラで撮影を続けていたため、そちらに集中し、声が出ないようだ。令子達が近付いて来ると、横島はサッとカメラをユニコーンの方へと向ける。
「横島さん、何やってるんですか?」
「いや〜、せっかくだし、カメラに収めとこうかな〜っと」
「ああ、ユニコーンを見る機会なんてめったにないですもんねぇ」
 アスナは横島の誤魔化しをあっさりと信じたようだ。令子は訝しげな視線を向けていたが、今はそんな事よりも一刻も早くユニコーンを捕獲する方が先決であるため、キッと鋭い視線を畑の野菜を食い散らかすユニコーンへと向けた。
「……全然移動してないのね、私達が着替えてる隙に逃げないか心配してたんだけど」
「俺らが周りにいても全然おかまいなし、ふてぶてしいヤツっスよ」
「捕まるわけないと余裕を見せているわけだな。それで、誰から行くんだ?」
 先を促すエヴァ。彼女としては早く終わらせて元の服に着替えたいのだろう。今の衣裳に比べれば、子供っぽい茶々丸の用意した服の方がマシだと考えているようだ。勿論、こうして着替えさせられたが、自分が出てユニコーンを釣ろうとは欠片も考えていない。
「それじゃ、私達とあんた達で一人ずつ行くって事でいいわね?」
「は、はい!」
「私はそれでいいアル」
 令子の提案に対しアスナ達があっさりと承諾すると、令子はユニコーンに近付き、さほど離れていない場所で腰を下ろした。
「美神さんが良いとか悪いとかじゃなくて……なんかウソ臭いなぁ」
 これは撮影中の横島が抱いた感想である。確かに傍目には「美しい乙女」なのだが、令子が清らかかと言われると、どうしても首を捻らざるを得ない。周囲のギャラリーもどことなく嘘臭さを感じ取っている。
 そんな中、ユニコーンが令子の存在に気付いたのか、ふと顔を上げて彼女の方に視線を向けた。
 ユニコーンは、ゆっくりと一歩ずつ近付いて来て、鼻先を令子の顔に近づける。獲物が掛かったと、令子が心の中でガッツポーズを取った次の瞬間、ユニコーンの角が光り、高い耳鳴りのような振動音が聞こえてきた。
「こ、これは……テレパシー! 思考走査(スキャン)されてるっ!?」
 驚愕の表情を浮かべる令子をよそに、ユニコーンの頭の中には「守銭奴」、「クソ女」、「自己中心的」、「意外と未練アリ?」、「性悪」、「案外寂しがり屋」、「魔族も認めるエゲつなさ」等々、令子を表す単語が次々に浮かんでは消えている。浮かび上がる怒りの青筋、全てダメと言うわけではないが、ユニコーンは彼女を清らかな乙女として認めなかったようだ。失敗を悟った令子が慌てて逃げ出そうとするが、それよりも早くユニコーンが動き、渾身の力を込めて後ろ足で蹴り上げ、令子はものの見事に宙を舞うのだった。

「やっぱ、バッタもんじゃダメか〜」
「誰がばったもんよっ!?」
 カメラを回しながら呟く横島に、戻って来た令子が抗議の声を上げるが、実際ユニコーンにダメ出しをされたところなので強く出る事が出来ない。それにしても、この人も大概頑丈である。
「つ、次は私ですね……」
 令子チームの一番手が失敗に終わったため、次は横島チームの一番手、アスナの番だ。
 こちらは令子と違って中学三年生、その姿は、美しいと言うよりも可愛らしいと言った方がしっくりくる、健康的な快活さが溢れていた。
 先程令子が宙に舞うのを見たばかりなので、腰が引けてしまうのは仕方があるまい。しかし、いかなる形であれ、これは天下の美神令子除霊事務所と横島除霊事務所の勝負だ。横島のために役に立ちたいと言う強い使命感がその恐怖を覆い隠してしまう。
「それじゃ横島さん、いってきます!」
「おう、アスナは美神さんみたいにバッタもんじゃないから大丈夫だ!」
「まだ言うかーっ!」
「まぁまぁ、美神さん」
 今にも殴り掛からんとする令子をおキヌとシロで止めているが、アスナは緊張のせいかその騒ぎも聞こえていないようだ。一歩ずつ、慎重にユニコーンに近付いていった。
「さぁ、来なさい。ユニコーンちゃん……」
 先程の令子と同じ位置に腰掛けるアスナ。ユニコーンもすぐに彼女の存在に気付き、チラリとそちらに視線を向けるが、今度は近付こうとしない。
「警戒してるのでござろうか?」
「騙されたばかりだから、無理ないアル」
「いや、その点は大丈夫だろう。奴らの女好きは最早本能のレベルだ。頭では警戒しても、完全に無視したりは出来ない」
 シロと古菲がもう近付いてこないのではないかと心配するが、エヴァがあっさりとそれを否定した。
 彼女の言う通り、ユニコーンが清らかな乙女の膝に頭を預けて眠ると言うのは、神話の時代から語り継がれるユニコーンと言う種の遺伝子に刻み込まれた本能なのだ。罠だと分かっていても、そこに清らかな乙女がいれば、その膝に頭を預けずにはいられないのである。
「横島さんみたいですね」
 シュートに決まる夕映のツっこみ。令子と古菲が揃って頷き、おキヌは苦笑いを、そしてシロはきょとんとしていた。

「ち、近付いてこないわね……」
 しびれを切らしたアスナがもう少し移動して近付こうかと思い、立ち上がろうとしたその時、距離を取ったままのユニコーンの角が再び光り始めた。
「思考走査ってヤツ? 距離があっても使えるのね!」
 一瞬、身構えようとしたアスナだったが、ここはでんと構えているべきだと思いなおし、再び腰を下ろした。
 その間にもユニコーンの思考走査は進み、彼の脳裏に次々と単語が浮かんでは消えていく。「バカレッド」、「煩悩一直線」、「暴走癖」、「最近言動が女子中学生の枠からはみ出つつある」、「女横島見習い」、特に最後の一つが頭に浮かんだ時、ユニコーンは明らかに呆れた顔になり、興味をなくしてしまったらしく、そのままそっぽを向いてしまった。
「……フンッ」
「い、今、もしかして私、馬に鼻で笑われた……?」
 正しくその通り、完全敗北である。アスナはトボトボと横島達の所へ戻って来た。令子のように蹴り飛ばされなかったのが不幸中の幸いであろう。
「アスナでもダメだったか〜」
「まぁ、当然だろうな。コイツが『清らか』など、モラル崩壊にも程がある」
「そこまで言う!?」
 アスナの抗議の声も、ユニコーンにダメ判定を出された所なので冴えが無かった。
 一方、令子は笑みを浮かべていた。アスナが失敗に終わったのだから、次は令子たちの番だ。
「おキヌちゃん、出番よ!」
「こ、こわいです〜!」
 そう訴えても、ユニコーンの角が掛かっている以上、令子は許してくれない。諦めたおキヌはおそるおそるユニコーンに近付いて行き、令子、アスナよりも少し離れた位置に腰を下ろす。
 ユニコーンはまたかと言いたげに気だるそうな様子でおキヌの方に顔を向け、再び角を光らせる。もう、自分を捕らえるために人間達が何かしていると言う事は理解しているのだろう。それでもしっかり思考走査をして確かめるのは、彼等の本能故である。
「………」
「………」
 距離をおいて無言で見詰め合うユニコーンとおキヌ。その間に思考走査が進み「天然ボケ」、「年寄りくさい趣味」、「色気イマイチ」、「カマトト」、「結構耳年増」、「最近影薄い」と言った単語がユニコーンの脳裏を駆け巡っていく。
 それがひと段落つくと、おキヌに対する興味を失ったらしく、ユニコーンは再び畑の野菜を食べ始めた。
「み、見向きもしませんね……」
「な、なんて好みのうるさいヤローだ」
 ほっと胸を撫で下ろしたおキヌに対し、横島はカメラを回したまま怒っていた。彼は他の皆がダメでも、おキヌならば大丈夫だと思っていたのだ。それについては令子も同じだったようで、少なからずショックを受けている。

「次、古菲!」
「任せるアル!」
 次は横島チームの二番手、古菲。ここからは言わば「お遊戯」、カメラを回す横島も、煩悩よりも娘の成長をカメラに収める父親のような心境になるメンバーだ。古菲はおキヌと違って恐れる事なくユニコーンにかなり近い位置まで近付いて行く。仮にユニコーンが後ろ足で蹴り上げようとしても、逆に足を掴んで捕らえてやろうとでも考えているのだろう。
 ユニコーンが角を光らせても、古菲は物怖じせずに構えている。「能天気」、「ストイック」、「意外と純情」次々とユニコーンの脳裏に単語が浮かんできてユニコーンが少し古菲の方へ頭を近付ける。ここまでは良かった。問題はここからだ。「格闘バカ一代」、「私より強いヤツに会いに行くアル」、「ユニコーンは強いアルか?」、ここまで来たところでユニコーンがビクッと後ずさりしてしまった。ユニコーンの興味がどうこうではなく、古菲の興味がユニコーンと戦ってみたいと言う方向に発展してしまったようだ。
「な、なんか引いてますね」
「古菲でもダメだったか〜」
 それ以上ユニコーンは古菲に近付こうとせず、逆にこのまま放っておけば逃げ出してしまいそうだったので、横島は失敗と判断して古菲を呼び戻す事にする。

「次は拙者でござる!」
 古菲が失敗に終わり、続いては令子チーム最後の一人、シロだ。師と慕う横島に良い所を見せるべく、すくっと立ち上がる。
「『さんぽ』だろ」
「『先生』じゃないですか?」
「何言ってるのよ二人とも、『肉』に決まってるじゃない」
「ヒドいでござるよ! 拙者こんなにぷりちーなのにっ!?」
 しかし、結果は横島達三人が予想した通りであった。確かに「清らか」 であるし、「乙女」でもある。少女ながらもう少し成長すれば、きっと「美しい」と言う形容詞が似合うようにもなるだろう。
 それでもユニコーンはシロをお気に召さなかったようだ。悪くはないのだが、良くもないと言ったところだろうか。彼女の方を見ようともしなかった。令子チーム三番手、シロ、大失敗である。

「相当好みが五月蝿いみたいだな。夕映、どうする?」
「あまり期待できない気もしますが、一応行ってみるです」
 令子チームの三人が失敗に終わったため、横島は美智恵の到着を待つと言う選択肢を選ぶ事ができるようになる。そのため、夕映は無理をしてユニコーンに近付く事はないのだが、夕映自身にユニコーンをもっと近くで見てみたいと言う好奇心があった。意を決してユニコーンに近付いて行き、おキヌと同じ場所に正座をして座る。
 ユニコーンは警戒しているのか近付こうとせずに出来るだけ距離を取って角を光らせる。夕映は注射される子供のように目を閉じ、ぎゅっと握り締めた拳を膝の上に乗せてユニコーンが近付いて来るのを待った。
「……え?」
 しかし、事は夕映の望み通りには進まなかった。
「逃げたー!」
「なんでっ!?」
 なんと、夕映を思考走査したユニコーンはビクッと身を震わせ、何かに怯えるように、馬なのに脱兎の如く逃げ出してしまったのだ。
「ちょ、ちょっと、その反応は失礼じゃないですか!」
 夕映が立ち上がり抗議するが、その間にもユニコーンは走り去ってしまう。
「見事な逃げ足アルな〜」
「夕映、お前何考えてた?」
「何と言われても、いつも通りとしか……」
「夕映ちゃん、普段何考えてるの?」
 アスナのツっこみに夕映は答える事が出来なかった。夕映にしてみれば、いつも通りなのだからいつも通りとしか答えるしかない。流石、仮契約(パクティオー)カードの衣裳が露出度高めの悪の女幹部ルックなだけはある。
「横島君、何やってるの! 追うわよ!」
「ハッ、そうだった!」
 そうこうしている内に、横島達から見えるユニコーンの姿がどんどん小さくなって行った。このままこの近辺から逃げ出してくれれば、この村の人達にとっては万々歳なのだろうが、角を狙う令子も、美智恵にユニコーンを引き渡す事になっている横島にしてみても、捕獲出来なければ意味が無い。結局のところは別の所で被害が出るだけなのだから。
 令子とシロ、そして横島、アスナ、古菲の合わせて五人がギャラリーの人達をそこに残してユニコーンを追い掛け始める。おキヌ、夕映の足ではついて行けないので、ここに居残りだ。エヴァもわざわざ走って追い掛けるのも面倒なのでここに残っている。
「まぁ、当然の結果だろうな」
 エヴァが頭に乗った花輪を取りながらぼやく。彼女は最初からこういう結果になる事を予測していたようだ。特に驚いた様子も無い。
「あ、あの、エヴァちゃん? 理由を聞いても良いかしら?」
「私も興味あるです」
 おキヌがおずおずとその理由を尋ね、夕映も好奇心から問い掛ける。残された村人達も、何故こんな結果になったのか興味があるようだ。黙ってエヴァの言葉に耳を傾けている。
 皆の視線を一身に受けるエヴァは、実に面倒臭そうに頭を掻きながら説明を始めた。
「少し考えれば分かる事だろう。こんな衣裳がある事からも分かるように、ユニコーンの捕獲方法と言うのは、古来より確立されたものなんだ。これがどういう意味が分かるか?」
「え? え? つまり、伝統的な方法で……」
「ハッ、まさか!」
 急に質問を振られて戸惑うおキヌ。一方、夕映はエヴァの言葉の意味に気付いたようだ。
「古来より、『美しい清らかな乙女』は――狩人とグルだったんですね
 夕映の言葉にエヴァは満足そうに頷いた。
 そう、古来より狩人達は『美しい清らかな乙女』達の膝の頭を預けて眠ったユニコーンの角を奪ってきた。つまり、その伝統的な狩りは、乙女の方に悪意があったかどうかはともかくとして、同時に乙女達に騙されてきたユニコーンの歴史でもあるのだ。
「そりゃ、ユニコーンも疑い深くなるさ。わざわざ思考走査して確認するほどにな」
「そう考えると可哀そうですね、ユニコーンって」
「まぁ、どんな毒も中和し、呪いも解いてしまうような角を持った事が不幸だな」
「そう言えば、ユニコーンの角でエヴァさんの呪いを解く事は出来ないのですか?」
「出来るならとっくにやってる」
 夕映の指摘にエヴァは溜め息を返事の代わりにした。
 令子のような密猟者は人間界、魔法界を問わずどこにでもいるのか、ユニコーンの角の粉末と言うのは、人間界でもそうであるように、魔法界でも裏ルートであれば、ある程度流通しているのだ。むしろ、魔法界の方が流通量が多いだろう。
 エヴァに『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを掛けた張本人であるネギの父、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』が消息を絶ってから数年が経った頃、学園長はエヴァの呪いをなんとか解く事が出来ないかとユニコーンの角の粉末を裏ルートで手に入れて試した事があった。
 エヴァも、これなら解呪できるのではないかと期待したが、結果は大失敗。『登校地獄』は悪意をもって災厄・不幸をもたらす呪いと言うよりも、行動を制限する制約、すなわちギアスと呼ばれる種類の魔法に近いようで、ユニコーンの角は効果を表さなかったのだ。
「あれで融通が効かないものなんだよ、ユニコーンの角と言うヤツはな」
「はぁ、そうなんですか」
「勉強になるです」
「それより、さっさと戻って着替えるぞ。こんな服、いつまでも着てられるか」
 そう言ってエヴァは先頭に立ち、着替えのために借りた民家へと戻って行った。おキヌと夕映もそれに続く。
 追いかけっこになってしまった以上、おキヌや夕映では、もうどうしようもない。エヴァなら何とか出来るだろうが、こちらはやる気がない。暢気な話であるが、この三人は周囲の村人達と同じく、既に観戦モードであった。


 その頃、美智恵は西条とオカルトGメンを連れて現地に到着していた。
 まず、農協に向かうが誰もおらず、続けて役場に出向いても結果は同じだった。美智恵は先に到着しているはずの横島に電話を掛けてみるも、彼は現在ユニコーンと追いかけっこの真っ最中、何より、除霊中は携帯電話の電源を切っているため、連絡がつかない。
「せっかく、大急ぎで捕獲許可を取ったのに、どうしたのかしら?」
 もしかしたら、どこかにユニコーンが現れて、そこに皆が集まっているのかも知れない。こうなれば自分で探すしかないと通りすがりの少女に尋ねてみるも、彼女も旅行者でこちらに到着したばかりらしく、空振りに終わってしまった。
 今時の少女にしては珍しく、礼儀正しく会釈して去って行った少女を見送り、美智恵は西条の方へと向き直る。
「こうなったら人海戦術しかないわね」
「分かりました、手分けして農協、役場の人達、それにユニコーンを探しましょう」
「それに横島君もね」
 美智恵は腕の中の赤子、ひのめをあやしながら笑って答えた。
 オカルトGメンの制服姿で我が子をあやす姿は違和感があるが、彼女こそがユニコーン捕獲のための美智恵の切り札である。
 彼女は、乱獲されたユニコーンがかなり疑い深くなっており、眠らせて捕獲するためには、それこそ純粋無垢な赤子を使うしかない事を知っていたのだ。横島の裏技に期待して先に現地入りさせたが、それでも駄目だった時のために美智恵が用意した方法と言うのが、我が子ひのめでユニコーンを眠らせると言う方法なのだ。
「さて、横島君はどんな方法を考えたのかしらね?」
 割と近い空の下で、彼等が必死にユニコーンと追いかけっこしている事を、美智恵は知る由もない。

「だぁー! 流石に速いっ!」
「そりゃ、馬ですし……」
 一方、横島達とユニコーンの追いかけっこは佳境を迎えていた。
 長時間走り続ける体力はともかく、馬のスピードに彼等がついて行けないのだ。横島達より少し後方で、令子が多少スタートが遅れても車に乗ってくるべきだったと愚痴っている。
 何とか引き離されないようにしているものの、これでは追い着くなど夢のまた夢であろう。
 シロだけがかろうじて食らいついてはいるが、捕まえられる距離まできたら、ユニコーンは再びテレポートしてしまうに違いない。
「横島さん、このままじゃ逃げられちゃいますよ」
「そうは言ってもなぁ……」
「! 横島師父、ユニコーンの前に人がいるアル!」
「なにぃっ!?」
 驚き、目を見開いて見てみると、確かにユニコーンの前方に一人の少女の姿があった。横島達は知らない事だが、先程美智恵がユニコーンの事などを尋ねた少女だ。このままでは少女がユニコーンに轢かれてしまう。横島は何とか馬を止めようと考えるが、何をするにももう間に合いそうにない。
「危ないッ!」
 出来る事と言えば叫ぶ事ぐらいだが、これで状況を好転させる事が出来るはずもなく、少女はユニコーンの勢いに押されて尻餅をつくように倒れ込み、ユニコーンもまたもつれ込むようにして倒れてしまった。
 シロがすぐさま追い着いたようだが、彼女は少女とユニコーンが倒れた場所を見て呆然と立ち尽くしている。
「うわわっ、人身事故!?」
「走るぞ! 怪我なら文珠で治せる!」
「分かたアル!」
 更にスピードを上げてユニコーンに近付く三人。少女の安否を確認しようとした彼等は、そこで信じられないものを目撃する事になる。
「ハァ、ハァ、あんた達、速過ぎでしょ……って、何これ!?」
 少し遅れて到着した令子。彼女の目に飛び込んで来たのは、馬に轢かれた少女――ではなく、その髪の長い少女の膝に頭を預けてすやすやと眠るユニコーンの姿だった。
 令子の声に弾かれたように動き出した横島は、迷う事なく少女に近寄り、その手を取った。
 少女は、長身でかなりスタイルが良い。横島の鼻息が思わず荒くなるのも仕方がない事だろう。また、その柔らかな手を横島に握られても、拒む事なく、真っ直ぐに横島の目を見詰め返している。
「お嬢さん、大丈夫ですか!?」
「はぁ、特に問題はありませんが、これは一体何事でしょうか?」
 状況を理解出来ないのか、小首を傾げる少女。それに合わせて明るい翠の長い髪が揺れた。
 本来、両耳があるべき部分からは髪を掻き分けてアンテナが立っている。
「ん? アンテナ?」
「あの、横島さん。マスターを迎えに来たのですが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「あー……えーっと、もしかして、茶々丸か?」
「はい、ハカセに頼んでニューボディに換装していただきました」
 なんと、ユニコーンが認める『美しい清らかな乙女』は、エヴァの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』にして、超、ハカセ、エヴァによって共同開発されたアンドロイド、絡繰茶々丸だった。
 手を握った感触につられて気付かなかったが、顔は少し表情が柔らかくなったかと思う程度で、以前とほとんど変わっていない。しかし、一方で身体の方は劇的に変化していた。首、手、足と、以前は関節が剥き出しだった部分が、人間のそれとほとんど見分けがつかなくなっている。この様子では服で見えない胴体の方も、人間のそれに近付いていると思われる。
 横島は、今この場にいないハカセにありったけの賞賛の言葉を送りたい気分であった。
「その子、マリアの同類みたいだけど、横島君の知り合い?」
「アスナ達のクラスメイトです」
「クッ……」
 口惜しげな令子。これがまったくの第三者であれば、勝負はノーカウントと言い張る事が出来るが、どうやら彼女、茶々丸は横島の知り合いらしい。どうやってユニコーンの角を手に入れようかと考えを巡らせていると、背後に覚えのある気配を感じて、ギクリと肩を震わせた。
「れ〜い〜こ〜、こんな所で会うなんて、奇遇ねぇ」
「マ……ママ?」
 振り向いたら案の定、ひのめを抱いた美智恵の姿があった。ようやく彼女達もここに辿り着いたのだ。
「やっと見つけたわ、横島君。まさか、ユニコーンも一緒に見つかるとは思わなかったけど」
 美智恵の視線の先には茶々丸の膝で眠るユニコーンの姿がある。これなら、容易く捕らえる事が出来るだろう。美智恵が西条に視線を向けると、西条は頷いてオカルトGメンの面々にユニコーンを呪縛ロープで捕らえるべく、指示を出して動きだした。
「そこの貴女、ユニコーンの捕獲が終わるまで、もう少しじっとしててもらえるかしら?」
 美智恵に頼まれた茶々丸は、マスターであるエヴァがいないため、チラリと視線を横島の方へと向ける。それに気付いた横島が小さく頷いたため、茶々丸は承諾の返事を返した。
 眠るユニコーンを捕らえるのは簡単な事だ。そのままオカルトGメンはテキパキと捕獲作業を進め、麻酔を打って用意していた馬運車にユニコーンの大きな身体を運び込む。

「さて、令子。なんで貴女がここにいるか、詳しい話を聞きましょうか?」
「え、いや〜、それは、その……」
 天下の美神令子も、母親には敵わない。美智恵に問い詰められてしどろもどろになってしまっている。
「それは、話せば長くなるわけで……」
「そうね、思ってたよりユニコーンを早く捕まえる事が出来たから、時間はたっぷりあるわよ。ゆ〜っくり聞かせてもらいましょうか」
「あぅ……」
 墓穴である。
 何にせよ、ユニコーンの身柄がオカルトGメンに預けられてしまった以上、角を手に入れるのはもう諦めるしかないだろう。
 後は依頼されて普通にユニコーンを捕獲しに来たのだと、何とか誤魔化すしかない。美智恵相手にどこまで通じるかは甚だ疑問ではあるが、やるしか道はないのだ。
「横島君の方は時間あるのかしら?」
「え? ええ、今日中に麻帆良に到着すればいいですけど。茶々丸は何か予定があるか?」
「マスターを迎えに来ただけですので、お付き合いします」
「それなら、お昼ご飯奢ってあげるわ。ユニコーン捕まえるために走り回ってくれたみたいだし」
「はぁ、それじゃお言葉に甘えて」
 そんな会話を交わしている間にユニコーンの捕獲は完了した。この後、ユニコーンは人間界、日本における神族の拠点である妙神山を通じて、本来住んでいる世界、冥界へと帰されるそうだ。流石に、オカルトGメンの一般職員だけには任せておけず、西条が指揮官として妙神山に運ぶ事になる。
 西条と共に馬運車が去り、残された一同はまず、先程の現場にユニコーンの捕獲が無事成功した事を報告しに戻る事にした。その後は、アスナ達の着替えだ。
 その間、令子は観念した様子で美智恵に引きずられるようにして歩いている。ちなみに、ひのめはシロに預けられていた。
「美神さんでも勝てない人っているんですねぇ」
 その様子を見てしみじみと呟くアスナ。こちらは憧れの人の意外な一面を見て呆然とした様子であった。
 もっとも、これは直接知らない彼女だからこその感想でもある。現に、おキヌやシロ、そして横島などは苦笑するばかりだ。彼等にしてみれば、目の前で繰り広げられる親子のやり取りは、それこそ「いつもの事」だったのだから。



つづく


あとがき
 ユニコーンが思考走査する理由。
 ユニコーンの角狩りの歴史と伝統。
 ユニコーンの本来の生息世界が冥界である。
 『登校地獄』は呪いではなく制約であるため、ユニコーンの角では解呪できない。
 これらは『黒い手』シリーズ及び、『見習GSアスナ』独自の物です。ご了承下さい。

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