topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.81
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 レーベンスシュルト城でのパーティを終えた翌朝、アスナ達は皆でエヴァの家から登校する事になった。
 ゴールデンウィーク明けと言う事もあるが、レーベンスシュルト城で数日過ごした事もあって、学校に行くのが随分と久しぶりのような気がする。
「……今更だけど、寮の方、騒ぎになってないわよね?」
「大丈夫じゃない? 寮内でもさ、割とクラスで固まってて他のクラスの人達と顔合わせる事って少ないし」
「ウチの学校、進級してもクラス変わらないもんね」
 突然、クラス一つが丸々全員帰ってこなかったのだから、もしかしたら寮の方で騒ぎになっているかも知れない。しかし、彼女達の寮では、何をするにも、例えば入浴するにもクラスで集まっている事が多く、同じクラスの面々とは仲が良い反面、クラスが異なると途端に交流が少なくなる傾向にある。また学園長も皆で城に泊まる事については何も言わなかった事から、きっと大丈夫だろうと楽観的に考えていた。
「横島さんの方は大丈夫なんですか?」
「ん〜、俺は初日から門限破るわ、豪徳寺に追い掛け回されるわで、初っ端から変わり者扱いだったからなぁ。GSだって事も知られてるし、寮に帰らなかったとしても今更じゃねえか?」
「あ、ある意味楽そうですね〜」
 そして、アスナ達と同じく昨晩は城に泊まった横島も暢気である。こちらはゴールデンウィーク以前から「警備」の仕事や、エヴァの家で夕食をご馳走になり、そのまま泊まっていく事が多かったため、既に門限破り、無断外泊の常習犯として認識されているらしく、アスナ達のように集団ではなく一人だけで騒ぎにもならないと言う事もあって寮に帰らない事を気に病んだ様子もなかった。
 制服姿の女子中学生の集団の中に同じく制服姿の男子高校生が一人混じっていると、流石に目立ってしまう。しかし、エヴァの家が人気の無い所にあるおかげか、人目に付かない内に目的のバス停に到着した。横島はここからバス通学だ。
「それじゃ、また放課後にな」
「あ、ハイ! それで、放課後の修行ですけど……」
「エヴァの家に集合で。世界樹前広場での修行は結構周りの邪魔になってたからな」
「そうですね……分かりました!」
 昨晩の内にレーベンスシュルト城内の時間の流れは外と同じ速さに変更されているため、これからは何時入っても城内の時間は外と同じで、二十四時間の制約もなく、いつでも出られるようになっている。
 おかげで、横島達は世界樹前広場を使わなくてもレーベンスシュルト城の出城と言う修行場所を確保する事が出来ていた。これからはこちらを使ってアスナ達の修行をする事になるだろう。
 3−Aは学園長により情報公開のテストケースとして選ばれた。これは魔法使いの存在を知っていると言う事を、学園長達に秘密にする必要が無くなったと言う事なのだが、同時に魔法使いの存在を周囲にバレないように気を付けなければならないと言う事でもある。アスナ達の場合は霊能力者を目指す修行ではあるが、一般人には奇異に映る事は変わりないため、必要以上に目立つ事は避けた方が無難であろう。
「そんなのは今更な気がするがなー」
「修行内容も変わってきたからな。気を付けるに越したことはないだろ」
 エヴァは今まで世界樹前広場で修行してきたのだから意味がないだろうと指摘するが、ゴールデンウィーク以前とは違いアスナも霊力が使えるようになり、現在はサイキックソーサーを覚えるための修行に励んでいるため、今までの修行と一緒にする事が出来ない。それに、魔法使いのGSを目指す裕奈も加わった事も考えると、やはり修行場所を移した方が無難であろう。
 エヴァもツっこみを入れてはいるが、横島がレーベンスシュルト城に居てくれた方がいつでも血を戴けるので、彼女にとってもその方が好都合だったりする。口では文句を言いながらも、目を輝かせたその表情は彼が来るのを歓迎していた。もし、彼女に犬のしっぽが生えていれば、千切れんばかりにブンブンと振っていたに違いない。

「そう言えば、ネギ君の家はどうなったのかなぁ?」
 その後、横島と別れて学校に向かう最中に、桜子が思い出したかのように呟いた。
 彼女達の担任であるネギは、昨晩エヴァから貰った空の水晶球を持って、友人の小太郎と共にあやかに紹介された近く取り壊されると言うトレーニングジムへと文字通り飛んで行った。その建物をエヴァのレーベンスシュルト城のように水晶球に収める事により、ネギパーティの本拠地にしようと言うのだ。
「あれ? そいや超りんは?」
「そう言えば、ハカセさんも見ませんわね」
「私達が起きる前に出掛けちゃったのかな?」
 風香がきょろきょろと周りを見回し、一行の中に超と聡美の姿が無い事に気付いた。出発まで慌ただしくて気付かなかったが、一同が朝起きた時点で彼女達の姿は見えなかった気がする。
 しかし、誰一人として二人を心配する者はいなかった。あの二人――と言うか『超一味』に関しては、心配する必要など無いと言う事を皆分かっているのだ。
「どうせまた何か企んでるんでしょ」
 どこか呆れたような口調のアスナの言葉が、彼女達の超一味に対するある種の信頼の厚さを物語っていると言えよう。

 いつもとは異なる通学路ではあったが、一行はそのまま何事もなく学校に到着し、教室でネギが来るのを待っていると、ネギは予鈴が鳴ってすぐに、超と聡美の二人を伴って教室に顔を出した。
 何故三人が一緒に来たのかと、あやかが説明を求める。するとネギは、昨晩小太郎と二人で紹介してもらったトレーニングジムに到着し、水晶球に収めようとしたところ、突然背後から超が「こんなこともあろうかと!」と声を張り上げながら現れた事を説明する。
「あんたら、何やってんのよ」
「いやいや、放っておいたら大変な事になるからネ。私達、必死に追い掛けたヨ」
「大変な事?」
 ネギが貰ったあの水晶球の中に建物を収めるには、元々中にある空間とこれから収める建物周囲の空間を入れ替える必要がある。例えばネギが件のトレーニングジムを収める場合、ジム周辺の空間ごと建物を水晶球に収め、代わりに元々入っていた空間――この場合は、何もない平野がその場に現れる事になる。
「それが何か問題なの?」
「何を言うかナ。周辺の空間をそのまま削り取る事になるネ」
「具体的に言いますと、水晶球の境界線のところでトレーニングジムに繋がってる電線がスッパリといっちゃいますね
「……マジで?」
 超と聡美は無言でコクリと頷いた。二人とも大真面目である。一定範囲の空間を入れ替えると言う仕様である以上、どうしても境界線を越えて伸びる電線等は途中で切断してしまうのだ。勿論、水道管なども例外ではない。幸い、ガスについてはガス管が通っておらず、その建物ではプロパンガスのボンベを使っていたそうだが。
 ネギも小太郎も超達に指摘されるまで気付いていなかったので、彼女達が駆け付けていなければ大変な事になっていただろう。おのずと皆の視線がその事をネギに伝えなかったエヴァに集まるが、当の彼女は視線を逸らして誤魔化した。
 実際のところ、その問題はエヴァ自身も知らなかったのだ。彼女はビデオの留守録も出来ないほどに機械には疎いのだから、この件について責めるのは少々酷な話かも知れない。
「まぁまぁ、皆さん。超さん達の協力で、この通り建物は問題なく水晶に収める事が出来ましたし。学園長に報告したところ、後の処理はしてくれるそうですから」
 ネギがトレーニングジムの入った水晶を見せて取りなした事でその場は何事もなく収まった。
 とは言え、今の状態では中で電気も水道も使う事が出来ないので、超と聡美は今日の放課後にでも早速中に入って作業をするそうだ。電気については、元々山奥に建てられた建物のため予備電源が設置されているらしく、そちらの設備を利用するそうだ。水道についても、水晶内の循環を受け持つ装置が元々あるので、そちらを利用するらしい。
 早くネギパーティの本拠地が欲しくて昨晩の内に急いでトレーニングジムを収めに行ったネギだったが、彼等が実際にこの建物を利用出来るようになるには、もう少し時間が掛かりそうである。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.81


 特に問題もなくホームルームを終え、授業が始まるのだが、アスナは今までにない真剣さで授業に臨んでいた。ゴールデンウィーク中の経験から、六女進学を目指すと言う事を、今まで以上に真剣に考えるようになったのだ。昼休みにはあやかに頼んで補習をしてもらうと言う変わりようである。どれほどかと言うと、幼馴染みであるあやかが感動して涙するほどなのだから、相当であろう。
「私もいいアルか?」
「私もお願いするです」
「え、ええ、いいですわよ」
 それを見て古菲と夕映の二人も自ら申し出て補習に参加する事になる。流石にあやか一人では三人の面倒を見るのは難しいため、千鶴が先生役に名乗りを上げた。今まで『バカレンジャー』と呼ばれていた彼女達だが、着実に変わりつつあるのは確かなようだ。
 アスナに対してはあやかがマンツーマンで、古菲と夕映には千鶴が中心となり、何事かと集まってきたにぎやかし達が周囲から口出ししている。
 その様子を木乃香は楽しそうに眺めていた。アスナのルームメイトである彼女は、アスナの六女進学のためには勉強をどうにかしなければならないと考えていたので、こうして皆が協力してくれるのを見ると、思わず頬が緩んでしまう。
「そうや。せっちゃんも、もうちょっと頑張らなあかんな〜」
「そ、そうですね……あの、私にもお願い出来ますか?」
「ウチに任せとき〜」
 更にもう一人、頑張らなければならない者がいる事を思い出し、木乃香はポンと手を叩く。そう、彼女の隣に立つ刹那も、アスナ達ほどではないにしろ、成績はあまり芳しくなかった。
 木乃香自身、まだハッキリと決めた訳ではないのだが、祖父が長である関東魔法協会、父が長である関西呪術協会。その両者の間で微妙な立場にある彼女は、そのどちらとも距離を取るため麻帆良、京都以外に進学しようと考えている。アスナ達も目指している六女は、最有力候補の一つであった。刹那もまた木乃香のパートナーとして六女を目指すならば、やはりアスナ達のようにもう少し勉強も頑張る必要があるだろう。
「おやおや〜、こうなってくるとまき絵と楓もバカレンジャー返上出来るように頑張らないとねぇ」
「えっ、わ、私も?」
「いや、拙者は別に……」
「ふっふっふっ、問答無用っ!」
 こうなってくると皆も触発されてしまうのか、数日もしない内に3−Aでは昼休みに勉強会をすると言う謎のブームがにわかに訪れる事となる。後日、職員室の方でこの事が話題となったが、ネギは何が起こったのか分からずに疑問符を浮かべるばかりだったそうだ。

 一方、横島はと言うと、こちらは昼休みに勉強をするような殊勝な性格をしているはずもなく、一人揚々と食堂棟への道を歩いていた。豪徳寺達はネギパーティの本拠地となる建物をどう使うかで盛り上がっていたため、一人である。
「あら、横島君?」
「お兄様! お一人ですか?」
 誰か知り合いはいないかと探しながら歩いていると、高音と愛衣の二人と鉢合わせになった。話を聞いてみると、彼女達もこれから昼食だそうなので、横島もご一緒させてもらう事にする。
 高音はこんな所を誰かに見られてはと眉を顰めていたが、愛衣が嬉しそうにどうぞどうぞと歓迎したため、断る事が出来なくなってしまった。
 そして三人は、学生達で賑わうレストランに入り席に着く。高音が「一緒に食事するんだから、男の甲斐性見せてくれるんでしょうね?」と冗談交じりに言ったところ、ゴールデンウィーク中の除霊強行軍のおかげで懐が温かいのか、あっさりとここの払いは自分が持つと快諾してしまった。
 逆にこの反応は高音にとって予想外だ。彼女は横島忠夫と言う男を見誤っていた。この男、美女、美少女に奢る事に関しては太っ腹である。
「そいや、二人はゴールデンウィーク中は何してたんだ?」
「いつもの警備よ」
「大変だな、お前等も」
 話を聞いてみると、高音と愛衣のゴールデンウィークは麻帆良の警備でろくに出掛ける事も出来なかったそうだ。ヘルマン一味の襲撃があった直後だけに厳重な警備となり、例年よりも忙しかったと高音は語る。高音達には知らされていないようだが、学園長がヘルマン一味よりも郊外の山中で魔物を召喚していた『彼』の方を危険視しているのは間違いあるまい。
「ああ、そうだ。ちょいと認識阻害の魔法頼めるか?」
「? いいけど」
 横島が頼むと、高音は疑問符を浮かべながらもすぐさま認識阻害の魔法を唱えてくれた。これで何を話しても、周囲には普通に談笑しているようにしか聞こえなくなる。
「何の話? 認識阻害をするって事は魔法関連の話なんでしょうけど」
「いずれ学園長から話があると思うんだが、二人には伝えておこうと思ってな」
 そう言って横島は、3−Aが学園長により情報公開のテストケースとなった事を二人に告げた。学園長は全てを――高音と愛衣の二人が3−Aの面々に魔法使いであるとバレた事も知っていたと言う事実に高音はショックを受けたようだが、情報公開のテストケースになったと言う事は、正体がバレた事が問題ではなくなるのだと考え直し、崩れかけた精神を立て直す。エヴァの家で使われる食費が大きな原因であった事は、学園長の名誉と高音の精神衛生上の問題から黙っていた方が良いだろう。
「あと、近々ネギのヤツに魔法先生達を紹介するらしい」
「え、そうなんですか?」
「ヘルマン伯爵を倒した功績を認められた……ってところかしら」
 高音の言葉に横島は頷いた。それも理由の一つだ。元を辿っていけば、やはり食費の問題に辿り着くのかも知れないが。
「そうなると、ガンドルフィーニ先生はまた忙しくなりそうね」
 そう言って高音は小さく溜め息を付いた。彼女達の担当であるガンドルフィーニは弐集院と並ぶ親馬鹿1号、2号である。これまではネギの成長を促すために、彼がすぐに頼って困難から逃げたりしないよう魔法先生達はその存在を隠していたが、これはネギの事を気に掛けている彼等にとっても辛い事であるのは言うまでもなく、それが解禁されると言うのだから、彼等がネギに掛かりっきりになるのは目に見えている。これまでもガンドルフィーニと弐集院の子育て談義がケンカに発展した時などは、高音と愛衣だけで仕事に当たる事も多かったが、これからはそれが増えていく事になるのが目に浮かぶようで、高音はこめかみを押さえて唸っていた。
 もっとも、横島にしてみれば高音と愛衣だけで仕事をする事になると、三人目のメンバーとして自分が宛がわれる事が多いため、むしろガンドルフィーニの離脱は願ったり叶ったりだったりする。高音と愛衣が一緒で、ガンドルフィーニがいない。彼にとっては、正しく夢のような話と言えよう。
「そうそう、エヴァのヤツがあの別荘よりもデカいレーベンスシュルト城ってヤツを出したんだよ。お前等もいっぺん来てみたらどうだ?」
「『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の城、ねぇ……」
「え、お城ですか?」
 高音は元・賞金首の城と聞いて一瞬眉を顰めたが、愛衣の方は「お城」と言うメルヘンを思い起こさせる単語の登場に目を輝かせた。
 この辺りは、同じ魔法使いでも魔法界育ちと人間界と行き来しながら育った者の違いであろうか。高音は幼い頃から聞かされてきた悪名を忘れる事が出来ないのに対し、愛衣の方は実際に綺麗な金色の髪をした可愛らしい少女の姿を見て、エヴァに対して恐怖心どころか可愛がりたい衝動にかられていたりする。
 とは言え、高音自身も実際にエヴァを目の当たりにした事で戸惑っている状態であり、曲がりなりにも横島の事を信用していないわけでもない事もあって、特に否定する事はなく「時間が出来たらね」と返すに留めておいた。なんだかんだと言っても誘われて悪い気はしていないようである。そんな高音の様子を見ながら愛衣は妄想を膨らませていた。
「そこ、結構デカい風呂があってなぁ。ど〜れ、一緒に入っておにーさんが背中を流してあげよう」
「え、あの、その……」
「ほれほれ、良いではないか良いではないか、良いではないかはぁ〜ん」
 懲りずに愛衣に迫る横島の顔面に間髪入れずに高音の拳が炸裂した。平手ではなく拳を繰り出す辺りに、彼女の遠慮の無さが見て取れる。
 こんなやり取りを見ても「二人は仲が良いなぁ」と思えてしまう愛衣は、やはりどこかズレているのかも知れない。愛衣は、横島の襟首を掴んでガクガクと揺さぶる高音の姿を見ながら、何故か微笑ましいものを見るかのように、にこにこと微笑んでいた。


 そして時間は過ぎ、放課後となる。授業を終えて帰路につこうとする3−Aの面々だったが、ここでネギも交えて今日もレーベンスシュルト城に泊まりに行くかどうかが話題となった。城の主であるエヴァは興味がなさそうに好きにしろと言うばかりで、全ての判断はアスナ達に委ねられる事となる。
 エヴァにしてみれば、レーベンスシュルト城内の時間の流れを外と同じにした以上、家の中に居ようが城の中に居ようが部屋が違う程度の差でしかなく、それならば居心地の良い城内に居た方が良いと考えるのが自然であろう。彼女に取って3−Aの面々が城を寮代わりにする事によって発生する問題は、素人だけで城内に居させるわけにはいかず、常にエヴァ自身か茶々丸辺りが城内にいなければならない事だけなので、その問題も無意味なものになる。よって、彼女にとってアスナ達がレーベンスシュルト城で暮らす事は何の問題にもならなかった。来たければ来いと言うノリである。
 学園長としては、元々エヴァが全寮制の学校であるにも関わらず寮以外で暮らしている事を黙認している手前、仮にアスナ達全員がレーベンスシュルト城で暮らす事になっても黙認するとの事。後はアスナ達がどう判断するかの問題だ。
 しかし、数日泊まって遊ぶにはともかく、いざ生活する事を考え始めると、いくつかの問題点が浮かび上がってきた。
「お城かぁ、いい所なんだけど寮に比べて学校まで遠いんだよねぇ」
「仕方がないだろう。私はこれまで色々な学校に通わされてきたんだ。今の学校に通うためにあの家に住んでいるわけじゃない」
 まずは交通の便だ。元々エヴァが人気の無い所で暮らすための家なので、周囲には緑が多いが、最寄りのバス停までも結構な距離があり、駅となると更に遠くなってしまう。
 更に言えば人家が少ない場所と言う事は店の類もあまりなく、平たく言ってしまえば不便な場所なのだ。エヴァの家が建っている場所は。
 『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』により学生を続けなければならない彼女は、卒業する毎に麻帆良学園都市内の学校を転々としていたため、元々登校の便は考慮外なのである。
 ちなみに、小学校に通わされた事もあるそうだ。エヴァにとっては忘れたい忌まわしい過去である事は言うまでもない。
「テレビもネットもないんだよね」
「『家』にはあるが、『城』にはないな」
 もう一つの問題は、レーベンスシュルト城に皆が宿泊するに当たり、茶々丸が横島と一緒に洗濯機を始めとする電化製品、生活用品を買いに行った事からも分かるように、城内の設備のほとんどが19世紀当時の物だと言う事だ。雰囲気は良いのだが、ハッキリと言ってしまえば不便なのだ。これがネックとなり、半数以上の者達がレーベンスシュルト城は遊びに行く場所であり、暮らす場所ではないと判断する事になる。
「実際、そこまでやっちゃっていいのかなーって気はするよねー」
「でも、修行しなきゃいけないし、あんまり人目に付くのも不味いみたいだし」
「そりゃ、アスナ達はねぇ。でも、私達は修行とかするわけじゃないし」
 現実問題として、レーベンスシュルト城に住むと言う事は、一般人には内緒にしなければならない秘密を持つ事になり、平穏無事な日常を蔑ろにする行為に他ならない。それが本当に必要かどうかを考える必要がある。
 その点、彼女達は冷静であったと言えるだろう。レーベンスシュルト城で横島やあやかが言ってた事が役に立ったのかも知れない。
 結局、レーベンスシュルト城に泊まり込む者として、横島の下で修行をするアスナ、古菲、夕映、裕奈の四人が名乗りを上げた。
 木乃香も流石に寮で式神を出す事は出来ないため、霊能力者としての修行をするのであれば、レーベンスシュルト城に来た方が良いのだが、こちらはルームメイトのネギの事が気になって踏ん切りが付かないようである。
 しかし、そのように木乃香が悩んでいると、当のネギもレーベンスシュルト城で寝泊まりはしないものの、手に入れた水晶球の本拠地に移りたいと言い出した。少なくとも、超と聡美が作業している間、主として居なければいけないのは確かなのだが、それ以降もそちらに住みたいと考えているようだ。
 突然出て行くと言い出したネギに木乃香は何故と問い詰めるが彼は答えようとしない。そこでアスナが、嫌な予感がして逃げだそうとしていたカモを捕まえてそちらに矛先を変えてみたところ、こちらは呆れるほどにあっさりと本当の理由を白状してしまった。どうやら、ゴールデンウィーク中に小太郎から女子寮に住んでいる事をさんざん馬鹿にされてしまったらしい。ネギが女子寮に住んでいる事を知ると、腹を抱えて笑っていたそうだ。自分は麻帆男寮で世話になっているので言いたい放題である。
「あの、女子寮に置いておくと豪徳寺さん達が自由に出入り出来ませんし、どうせなら別の場所に置かせてもらおうかな〜って」
「………」
 ネギはしどろもどろになって言い訳を続けるが、木乃香は無言だった。頬を膨らませている。見た目には怖いどころか可愛らしいのだが、何か言いたそうな顔をしているのに言わないところが怖い。木乃香にしてみればネギは任されて預かった子供であり、自分は保護者代わりなのだ。それが出て行くとなれば納得がいかないのも当然であろう。
 ところが、ネギが本拠地に移ると言い出した理由はそれだけではない。エヴァに返してもらった父の所有物であった書物をその本拠地に収蔵する事になるため、そちらを調べるためにも、自分も本拠地に移りたかったのだ。これは彼にとっての譲れない一線である。
 何とか木乃香を説得しようと勇んだネギであったが、彼女の無言の圧力にネギはあっと言う間に壁際まで追い詰められてしまった。そこで見かねた刹那が助け船を出す事にする。
「あの、このちゃん。こうしたらどうでしょう」
 刹那の提案は、まず木乃香もアスナと一緒にレーベンスシュルト城に移り、ネギも彼の希望通りに麻帆男寮に移るが、定期的にレーベンスシュルト城にネギが顔を出すと言うものであった。更に彼女は、勿論私も一緒に移りますと付け足す。
 ネギとしてもエヴァにアドバイスを求める事はあるだろうし、レーベンスシュルト城に顔を出す事に問題は無い。木乃香もネギの決心が固い事に気付き、その条件ならばと引き下がる事にした。
 その後、ネギはレーベンスシュルト城に移った横島の部屋を小太郎と二人で使わせてもらう事になる。本拠地の入った水晶球は当初その部屋に置かれるはずだったが、途中でそれではのどか達が自由に出入り出来なくなる事に気付き、学園長に相談した結果、魔法先生達が補給所として利用する都市内各所にあるセーフハウスに置かせてもらう事になった。ネギが魔法先生達と顔を合わせれば、自分も魔法を教えると言い出す者が現れかねないため、そちらも考慮しての判断だと思われる。

 結局、女子寮からレーベンスシュルト城に移るのはアスナ達四人に木乃香と刹那を加えた六人と言う事になった。移らないと決めた者達も、アスナ達に勉強を教えるあやかや、寮を離れて生活する彼女達を案じる千鶴、夏美、アキラは、時間の許す限り城に顔を出すそうだ。風香、史伽も、横島が居ると言う事もあり、城内を遊び場として城を利用する気満々である。
 そして和美は、さよと共に皆を繋ぐ連絡役を買って出た。流石に麻帆男寮に潜入するわけにはいかないので、ネギパーティについては、水晶球が置いてあるセーフハウスの場所を教えてもらう事にする。これは3−Aが情報公開のテストケースになったからこそ可能となる手段と言えよう。
 桜子達も、高級リゾート顔負けのレーベンスシュルト城を見逃すつもりはないらしく、時間を見つけては遊びに行くとの事だ。女子寮から城に移るのは六人だけだが、これからはエヴァの家が3−Aの溜まり場になりそうである。

 話もまとまり、寮に帰る面々と別れたアスナ達は、そのままエヴァの家へと向かう。
 その道すがら、アスナは一行の顔を一人一人眺めながら、ふと考えた。

 古菲と夕映、この二人はアスナと同じ横島の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である。
 ヘルマン一味の襲撃があるまではアスナだけが『魔法使いの従者』と言う横島との特別な絆を持っていたと言うのに、今は二人もその特別な絆を結んでいる。アスナが仮契約(パクティオー)する際に、エヴァは仮契約に大した意味は無いと言っていたが、その言葉の意味をアスナは今になって思い知っていた。仮契約だけで横島と特別な関係になれると考えるなど甘かったのだ。
 しかも、古菲と夕映の方が横島と仮契約する事について深く、真剣に考えていたのではないかと思えてしまう。正直なところ、アスナは今、自分がこの二人に負けているのではないかとも考えていた。

 そして裕奈は、彼女は修学旅行の頃から横島を兄のように慕っていた妹分だ。彼女は仮契約はしていないが、横島の下で「魔法使いのGS」を目指すため、これからは共に修行に励む同志である。
 父親に返してもらった星の飾りが付いた練習用の杖を子供のように振り回しているが、その杖が亡き母親との思い出の杖である事をアスナは知っている。彼女もまた自分の体に流れる血を自覚し、自分の将来について真剣に考えた上でこの道を選んでいた。

 更に、千鶴とアキラの二人も近い内に関係者になる可能性があった。
 二人はそれぞれ横島により霊能力者の資質があると評されている。千鶴は生まれ付いての霊力が強く、切っ掛けがあればすぐにでも霊力に目覚めてしまいそうな「なりかけの霊能力者」だ。アキラの方はアスナのように生まれ付いて経絡がわずかに開いているタイプであり、霊力が強いわけではない。彼女の場合は「霊能力者になる資質」と言うよりも「横島の修行を受けやすい資質」と言った方が正確なのだが、横島の修行さえ受ければ霊能力に目覚めやすい事は確かであった。
 二人とも今はまだ霊能力者を目指すのか決めかねているようだが、どちらも真面目な性格をしているので、きっと真剣に考えた上で答えを出すだろう。特にアキラは、修行を受けなければ後天的に目覚める可能性はほとんど無いので尚更である。

 風香、史伽、夏美の三人は、横島により霊能力者の資質は無いと言われている。しかし、それは経絡を開こうとすると激痛が走ると言う事であり、無理だと言っているわけではない。横島はそれを可能とする術を持っているのだ。そのため、風香などは露骨に諦めきれない様子が見て取れた。
 風香と史伽は横島に強い憧れの気持ちを抱いている。特に横島に助けられた事がある風香はその傾向が顕著だ。夏美も目立たないが、レーベンスシュルト城でメイド服を着た彼女を見て、アスナは密かに甲斐甲斐しく横島の世話をするのが似合うのではないかと思っていた。
 彼女達は、経絡を開こうとすると激痛を味わう事になるので、覚悟を決めるためにおのずと真剣に考える事になるだろう。そう、真剣にだ。

「皆真剣だなぁ……」
 ポツリと呟いたアスナは、一人で暗くなってしまっていた。
 そう、皆真剣なのだ。それに比べて自分はどうかと考えると、内向きのスパイラルに落ちてしまいそうな気分になる。
 横島パーティの一員である事と、横島の弟子としてGSを目指す事。彼に憧れる気持ちで負けるつもりはさらさらないが、自分は彼女達とどこか違う気がする。だからこそ、もっと真剣に考えなければならない。考えて、その答えを見つけ出さなければいけないのだ。
 ゴールデンウィークが終わり、3−Aが情報公開のテストケースに選ばれた事で、彼女の周囲は目まぐるしく変わりつつあった。女子寮からレーベンスシュルト城に移る事になったのがその筆頭である。
 これからだ。これからが、GS見習いとしての本番なのだ。アスナはぐっと拳を握りしめ、決意を新たにするのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。
 また、麻帆男寮は、『見習GSアスナ』オリジナルの建物です。

 ネギの水晶球の仕様、及び中に収められた本拠地となるトレーニングジム。
 女子寮における同じクラスの面々とは仲が良い反面、クラスが異なると途端に交流が少なくなる傾向。
 エヴァはビデオの留守録が出来ない。
 エヴァの家周辺の地理、及び学校との位置関係。
 エヴァは卒業する毎に学校を転々としている。
 麻帆良学園都市各所にある魔法先生達のためのセーフハウス。

 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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