topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.84
前へ もくじへ 次へ


「あああああ〜、どうしよう〜〜〜っ!」
 「私、新しいリボンを買いに行こうと思うんです。付き合ってもらえませんか?」と言って横島を誘ってから、二日が経過していた。アスナは現在、顔を真っ赤にしてベッドの上で転げ回っている。二人で買い物に行くのは、週末の休みにと言う事になり、いまだ実現はしていなかった。
「アスナさん! せっかくこうして勉強を教えに来てるんですから、もう少し真面目にやって頂けません?」
 そんなアスナの頭目掛けて、あやかが消しゴムを投げた。寮から持って来たテーブルの上にノート、教科書が広げられている。彼女はアスナに勉強を教えるためにレーベンスシュルト城を訪れたのだ。ちなみにこれはアスナが頼んだわけではない。彼女のやる気を見て、あやかの方から申し出てくれた事である。
 二人が居るのはレーベンスシュルト城内のアスナに宛がわれた一室である。女子寮と違い、こちらでは一人で一室を使っていた。寮の方は既に荷物をまとめて引き払っており、部屋にあったテーブルはこちらに持ち込んでいる。しかし、如何せん壁紙や絨毯は十九世紀当時のままであるため、備え付けのベッドや、倉庫から持って来たタンスと違い、テーブルだけがなんとも浮いた状態であった。

「今からそんな状態では、当日まで身が保たないのではなくて?」
「でもさ〜、もう、どうすればいいのか分からないのよ〜」
「デートとなれば、その気持ちも分からなくもないですけど……」
「でっ、デートじゃないわよっ!」
 この二日の間に、アスナが横島を誘った事は3−A中に広まっていた。ただし、買い物にではなくデートに誘ったと言う内容で。
 実のところ、アスナはそんなつもりで横島を誘ったつもりはなかった。あくまで買い物として――いや、特に深くは考えてなかったと言った方が正確であろう。新しいリボンを買うのならば横島に選んで欲しいと思ったから誘った。ただそれだけの事に過ぎない。周りからデートだ、デートだと囃し立てられ、アスナは二人だけで買い物に行く事が、事実上デートと変わりない事にようやく気付いたのだ。
 気付いてしまうと、もう横島の顔をまともに見る事が出来ない。それでも日々の修行はサボるわけにはいかないため、彼と顔を合わせる度にアスナは大混乱に陥ってしまっていた。
「何にせよ、今から気にしたって仕方ありませんわ」
「そりゃまぁ、そうなんだけどね……」
 あやかは呆れて溜め息をつく。そりゃそうだろう。なにせ、アスナが横島と一緒に買い物に行くまでまだ数日あるのだ。恥ずかしいのは分かる。緊張するのも分かる。だが、もう少し落ち着けと言いたくなるのもまた当然の反応であろう。
「……ねぇ、今日の勉強休みじゃダメ?」
「ダメです。丁度良いじゃない、勉強に集中してれば緊張している事なんか忘れてしまいますわ」
「うぅ……」
 本音を言えば、あやかはネギの下に行き彼の手伝いをしたいに違いない。にも関わらずこうしてレーベンスシュルト城でアスナに勉強を教えているのは、ひとえに六女受験を目指すアスナのためであった。厚い友情の援護射撃である。
 アスナもそれが分かっているだけに、あやかにそう言われてしまうと弱い。気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべながら、もそもそとベッドから起き上がる。彼女の言う通り、勉強に集中すれば緊張を忘れられるかも知れない。アスナはパンッと自らの頬を叩いて気合いを入れ直し、あやかの向かいの席に座ってマンツーマンの補習授業に臨むのだった。


 レーベンスシュルト城に訪れているのはあやかだけではない。アスナとあやかの二人が部屋で補習をしている一方で、パレスの書斎には千鶴とアキラ、それに夕映と茶々丸の姿があった。別荘の方から運んできた本が所狭しと本棚に収められている。
 千鶴は強い霊力を持ち、何かあればすぐにでも霊力に目覚めてしまう可能性がある。アキラはアスナと同じように経絡が僅かに開いており、横島の修行を受けやすいと言う資質を持っていた。そんな二人は現在、横島の下で霊力を目覚めさせる修行を受けるのかどうかを決断せねばならない立場にある。
 とは言え、オカルトに関しては素人である二人に、判断するために必要な情報があるはずもない。そこで彼女達はオカルト業界に関する知識を得るためにレーベンスシュルト城の書斎を訪れていた。エヴァが集めていると言う業界の最新研究レポートを見せてもらうためである。
 もっとも、素人が研究レポートを見たところで理解出来るはずもなく、夕映と茶々丸が二人のサポートに回っていた。夕映とてまだまだ勉強中の身ではあるが、千鶴達よりは理解が早い。千鶴達にとって有り難い助っ人だ。また、エヴァのためにレポートを集めたのは他ならぬ茶々丸である。今もまた、オカルト業界について調べる千鶴達を見事にフォローしていた。
「霊能力者になって、何がやりたいのか……か。霊能力者って何が出来るのかしらね?」
「よく分からないけど、除霊以外にもあるのかな……?」
 千鶴達はレポートだけでなく、書斎にあった本も参考に調べていく。茶々丸曰く、エヴァは一時期、GSならば『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を解呪出来るのではないかと、オカルト業界について調査していた時期があったらしい。魔法使いの書斎にオカルト業界に関する本があるのはそのためなのだそうだ。
「破魔札のような除霊具を作るような仕事もあるです」
「そもそも、GSと一言で言っても様々なタイプが存在します。例えば横島さんも通常除霊だけでなく、古物除霊を引き受けたりもしていますし」
「……難しいんだね」
「GS以外にも道があると分かっただけでも収穫かしらね」
 横島に調べてもらった者達の中では、最も資質があると言われた千鶴。やはり自分がGSになって悪霊や妖怪と戦っている姿はイマイチピンとこないようだ。横島曰く、霊能力者の道を選ばないのであれば妙神山と言う修行場に行けば霊力を封印してもらう事が出来るとの事。しかし、せっかく生まれ持った資質なのだから、何か活かせる道があるのならば活かしたい。それが千鶴の偽らざる本音であった。
 一方、アキラは少々事情が異なっていた。こちらは経絡が少し開いているとは言え、霊力自体は人並みである。つまり、アキラが望むのならば、霊力を目覚めさせる修行を受けずに一般人のまま生きて行く事も可能なのだ。しかし、それは親友裕奈と道を違える事を意味する。結局の所はアキラ自身の問題であり、彼女が答えを出さねばならないのだが、それだけでは終わらないだけに悩みは大きかった。

「……しかし、なんとも夢のない話ですね」
「夕映さん?」
 最新のオカルト研究レポートに目を通し、呆れた表情で呟いた夕映。それに気付いた茶々丸は、小首を傾げてどうかしたのかと尋ねた。
「いえ、こういうのを読んでいると、今まで抱いていたオカルトに対するイメージが崩れていくような気がして」
「それはなんとなく分かる、かな」
「そうねぇ、『神秘』とか言う言葉がなくなっちゃいそうな気分になるわね」
 それはアキラ、千鶴も同じのようだ。彼女達にとってオカルトと言えば、本で読んだり、テレビで時折放送される特集番組を見るぐらいの遠い世界の話であった。それを「現実」のものとして大真面目に研究したレポートが、今彼女達の手元にある。
 今の彼女達の気持ちは「オカルトが身近な話になった」と言うよりも、「夢がなくなった」と言った方が正確であろう。
「以前、マスターが言っていました。『私達は、ファンタジー世界の住人などではない』と」
「ファンタジーではない、ですか。正にその通りなのでしょうね」
 考えてみれば、横島もそうだ。
 彼は夏休みになるとエヴァの呪いを解くために、彼女をヒャクメと言う女神の下に連れて行くと言っていた。
 ちょっと遠出して旅行に行くぐらいの気軽さで神族に会いに行く。冷静になって考えてみれば、これはとんでもない事である。何よりもすごいのは、横島がそれを当然の事として受け容れている事だ。
「忠夫さんは、そういうものも平然と受け容れてしまっている。受け容れる事が大切なのかも知れないわね」
 千鶴の言葉にアキラは神妙な面持ちで頷いた。
 「オカルト」と言う存在を受け容れ、己の道とするかどうか。二人に求められている決断は、まさにその一点にあった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.84


「ねぇねぇ、ヨコシマ! 僕にも修行してよぉ〜」
 その頃、横島はパレス側のテラスで風香、史伽の二人に捕まっていた。風香はベンチに座る横島と向き合う形で彼の膝の上に跨って座り、史伽は彼の隣にちょこんと座り、ひっつくようにして腕にしがみ付いている。
 アスナがあやかと勉強中である事からも分かるように、彼等は一緒に暮らし始めたからと言って、ずっと修行漬けの日々を送っているわけではない。今は、アスナ達にもそれぞれの用事がある。木乃香と刹那の二人は買い物に行っており、古菲と裕奈はまだ帰ってきていない。いつもじゃれついてくるすらむぃも外の守りに就いているため、横島にとっては珍しく、のんびり一人の時間を過ごせるはずだった。鳴滝姉妹が現れるまでは。
 千鶴、アキラと違い霊能力者の資質はないと判断された二人だが、資質がなくとも霊力に目覚めさせてしまうのが横島の修行だ。後は本人達のやる気次第と言うわけなのだが、風香はそのやる気が人一倍溢れていた。控えめな史伽の方はそれほどでもないのだが、こちらは純粋に横島を慕っているらしい。彼女は姉の風香のように修行を求めてはこない。だからと言って彼に甘えられる機会を逃すつもりもないようだ。
「なんでお前はそんなに霊能力者になりたいんだ」
「ヨコシマみたいなヒーローになりたいんだっ!」
「あのな……」
 修学旅行の時以来、そう呼ぶのは止めるように言っていたが、風香の中では正義のヒーロー、ヨコシマンのイメージが根強いらしい。横島自身に憧れる気持ちと、ヒーローに憧れる気持ち。その二つが相まって、彼女の想いをより強固なものにしている。
 しかし、横島としても望まれたからと言って「はいそうですか」と修行を始めるわけにはいかない。霊能力者になる事が危険な事だと言う事は度々言ってきたつもりだ。
 風香が本気である事は、息遣いも感じられるような距離まで顔を近づけ、真っ直ぐに見詰めてくる瞳を見れば伝わってくる。本気で頑張ろうとする少女に応えてやりたいのは山々だが、だからと言って、こんな無邪気に慕ってくれる妹のような少女を危険と隣合わせの世界に「さぁ、いらっしゃい」と引き込めるかと言われれば、それとこれとは話は別であった。
 形は小学生と見紛うばかりでも、心は年頃の少女のつもりである風香にしてみれば、子供扱いは失礼な話である。しかし、横島もこればかりは譲るつもりはなかった。
 そのまま横島は、のらりくらりと風香のおねだりを受け流していく。そして頃合いを見計らってひょいと風香を下ろすと、史伽の手を取り二人一緒にテラスから出て行ってしまった。風香が引き下がってくれないのであれば、自分がその場から逃げ出すのだ。
 当然、風香もその後を追う。この追いかけっこが鬼ごっこに発展するまで、そう時間は掛からないだろう。やがて風香達の楽しそうな声がレーベンスシュルト城内に響き渡る。思い悩むアスナとは裏腹にこちらは平和そのものであった。


 もう一人、レーベンスシュルト城に思い悩む少女の姿があった。夏美である。
 彼女もまた風香と同じように霊能力者の資質はないと判断された一人だ。とりあえずレーベンスシュルト場を訪ねるあやか、千鶴に付き添ってきてはいるが、風香のように積極的にはなれずにいた。
 今は、霊能力者にはならなくとも何か手伝える事はないかと、千鶴に付き合っている茶々丸の代わりに家事を手伝っている。茶々丸や木乃香、それに千鶴ほど料理は上手くないので、掃除ぐらいしか手伝える事はなかったが。
 廊下を掃除していた時、横島がメイド服姿を可愛いと言ってくれたので、夏美はこのレーベンスシュルト城で掃除をする時は、メイド服に着替えるようにしていた。メイド服姿もだんだん板についてきた気がする。
 茶々丸の姉達が普段からちゃんと掃除しているため、夏美一人でもそれほどの手間ではない。掃除機を持った夏美の足が、ある扉の前でピタリと止まった。横島の部屋の前である。
 恐る恐る震える手をドアノブに伸ばし、触れるか触れないかの距離でビクッと手を引っ込める。
 横島にメイド服姿を褒めてもらった時、軽い気持ちで「よければ、横島さんの部屋も掃除しましょうか?」と尋ねたところ、彼は思いの外あっさり頼むと返事を返してきた。一人暮らしの頃は部屋を散らかし放題だった彼。レーベンスシュルト城に移ってから、麻帆男寮に居た時よりも部屋で過ごす時間が多くなり、部屋は散らかっているらしい。
 これには冗談半分で聞いた夏美もビックリである。年頃の男性なのだから、恥ずかしがって断るものだと思っていたのだ。夏美は知らなかった。横島は、甘えられるところではとことん甘える性格をしている事を。
「た、頼まれたんだから、ちゃんと掃除しないとダメよね」
 自分に言い聞かせるように呟くと、ぐっとドアノブを握って一気に扉を開いた。
「うわぁ……ぁ? それほどじゃない、かな?」
 本人が散らかってると言う男性の部屋と言う事で、それこそむせ返るような匂いを期待――もとい、イメージしていたのだが、幸か不幸か思っていた程ではなかった。夏美はこころなしかがっかりしたように見えるのは気のせいであろうか。
 横島の部屋は思っていたよりも物が少ない。元々備え付けられていたベッド以外は、半透明のプラスチック製衣装ケースと大きな旅行用の鞄程度だ。壁に木刀が立てかけてあるが、これは京都で買った修学旅行土産である。考えて見れば、彼は仕事で東京から麻帆良に来ているのだ。私物は東京の家に置いてきていて、ここには仕事道具程度しか持って来ていないのかも知れない。
「あ、散らかってるってこれか」
 床を見てみると、横島が脱ぎ捨てたであろう衣服が散乱していた。トレーニングウェアとして使っているジャージや、パジャマだ。朝夕の修行を終えた後や、学生服に着替えた後など、脱ぎ捨ててそのままにしているのだろう。
 いつもなら茶々丸あたりが部屋を訪れて回収するのだろうが、その彼女が千鶴に付き合って書斎に行っているため、夏美が回収前にこの部屋を訪れる事になったと言うわけだ。
「とりあえず、服は全部ベッドの上に置いといて、まずは掃除機かけちゃおうか」
 一旦、手にした掃除機を床に下ろし、夏美は床の衣服を拾っていく。
 手にした白いTシャツを眺めながら、夏美はふと思った。横島に霊力供給をしてもらった時、夏美は身体が熱くなるのを感じた。霊力により身体が活性化するためらしいが、ならば送り込むために霊力を使っている横島も身体が熱くなっているのだろうか。今度、修行中の横島の身体を触らせてもらえば分かるかも知れない。きっと、じっとりと汗ばんでいるだろう。
「汗ばむ……」
 自らの思考の帰結に夏美の動きが止まった。
 手にしているのは横島の白いTシャツ。このシャツには、横島の匂いが染み込んでいる。それに気付いた夏美の視線が白い布地に集中し、だんだんと周りが見えなくなってきた。徐々にシャツが顔に近付いて行く。あと僅かで鼻の頭がシャツに触れようとしたその時、夏美はハッと我に返って手に持ったシャツをベッドの方へと放り投げた。
「ダ、ダメダメダメダメ! 何やってるのよ、ダメでしょ、そんな事!」
 そして、他の散乱している衣服を次々とベッドに放り投げていく。鞄と木刀も衣装ケースの上に置くと、何かを振り払うように掃除機をかけ始めた。

 それなりに広い部屋だが、物が少ないため掃除はすぐに終わってしまう。
 隅々まで掃除機をかけ終えた夏美の視線は、再びベッドの上の服に注がれた。
「………」
 彼女の視界に広がるベッドの上の服、服。夏美は気付いた。放り投げた服が今どこにあるのかを。そう、ベッドである。横島が普段そこで寝ているベッド。夏美はそこから目が離せなくなっていた。
「ダメ……ダメだよ、そんな事しちゃ」
 口から紡ぐ言葉とは裏腹に、足はフラフラとおぼつかない足取りでベッドに近付いて行く。
 横島の脱ぎ散らかした服が無造作に広げられたベッド。夏美はそこに飛び込みたいと言う誘惑にかられてしまっていた。
「もう、ダメ……」
 誘惑に屈し、そのままベッドに倒れ込む。丁度顔のところに最初に手にしたシャツがあり、夏美はそれに顔を埋め、思い切り横島の匂いを胸一杯に吸い込むのであった。

 ダメだ、ダメだと言いつつも身体は言う事を聞いてはくれない。横島の匂いに包まれて堪能している内に、夏美はいつの間にか眠ってしまっていた。
 その後、部屋に戻ってきた横島は、自分のベッドでメイド服姿の夏美が幸せそうに眠ってるのを見て度肝を抜かれる事になる。もっとも、驚いたのは横島に起こされた夏美も同様であったが。
 寝起きで頭がぼーっとしていた夏美は、とろんとした目をしたまま目の前に居る横島にひしっと抱き着いた。突然抱き着かれた横島は何が起きたか理解出来ずにどうすれば良いのかとおろおろするばかり。その間に夏美は、嬉しそうな笑みを浮かべて猫が甘えるように鼻をすりつけ、そして思い切り深呼吸をした。
「あ、あの、夏美ちゃん?」
「……はっ!」
 名前を呼ばれてようやく我に返る夏美。自分が何をやっていたのかに気付いて、横島を思い切り突き飛ばしてしまう。
「はうッ!?」
「ご、ごめんなさーいっ!」
 突き飛ばされた横島は、後頭部をしこたま壁にぶつけて悶絶。夏美は顔だけでなく耳まで真っ赤にし、大慌てでベッドの上の服をかき集めると、それを持って部屋を出て行ってしまった。
 勿論、洗濯機のある部屋に持っていくのである。こっそり一枚持ち帰ったりはしない。多分。

 夏美は悩んでいた。自分でも分からなくなってくる自分自身に。アスナの悩みと比べてどちらがより重いかは意見の分かれるところであろう。言える事があるとすれば、ただ一つ。今日もレーベンスシュルト城は平和であると言う事である。


 その一方で平和どころではない人もいた。
「どどどどど、どうしよう、カモ君!」
「兄貴、落ち着けって! 別に取って食われるわけじゃねぇよ」
 ネギである。彼は今日、魔法先生達を紹介すると学園長に呼び出されていたのだ。緊張してしまうのも無理もない話である。現在麻帆良に居て、かつネギが知る学園長以外の魔法先生と言えば、裕奈の父である明石教授だ。彼は優しそうな人であった。しかし、ネギが一度勝負した事がある名前も知らない『覆面教師X』のような魔法先生もいるため油断は出来ない。
「おや、ネギ君じゃないか」
「えっ……あーっ!」
 突然背後から声を掛けられ振り返ったネギは、その声の主の顔を見て大声を上げた。
「タカミチー、久しぶりー!」
 そこに立っていたのは眼鏡を掛け、無精髭を生やしたスーツ姿の男性、高畑・T・タカミチであった。麻帆良に来る以前からのネギの友人にして、アスナ達の元・担任である。懐かしい顔にネギはパッと表情を輝かせた。先程までの緊張など、どこかに吹き飛んでしまう。
「いつ日本に帰ってきたの?」
「ついさっきだよ。学園祭直前に帰国するつもりだったんだけど、急に予定変更になっちゃってね」
「何かあったの?」
「あ〜、いや、大した事じゃないよ」
 心配そうに尋ねるネギに対し、高畑は朗らかに笑ってみせた。
 人の良い笑顔を見せるこの高畑と言う男。実はネギの父である『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』のパーティメンバーであった。関東魔法協会の最大戦力でもある。ネギが3−Aの担任になって自由に動けるようになった彼は、今日まで裏の魔法使いとして世界各地を転戦していたのだ。麻帆良にいなかったのはそのためである。
 そんな彼が急遽帰国した本当の理由は、麻帆良にフェイト・アーウェルンクスと名乗る『彼』が現れたためであった。いつ『彼』が再度襲撃してくるか分からない状況下であるため、至急麻帆良の守りを固めなければならない。そこで学園長は、関東魔法協会の最大戦力である高畑を急遽呼び戻したのだ。
「向こうの仕事が予定より早く終わっただけさ」
「そうなんだ」
 嘘である。高畑はネギに本当の事を話さなかった。彼の中では、いまだ「子供」のネギのイメージが根強いのであろう。

「学園長から聞いたよ、活躍してるそうじゃないか」
「そんな、僕一人の力じゃないよ」
「ハッハッハッ、そう言えるのもネギ君が成長した証拠だな。本当に、色々あったみたいだね」
 和やかに談笑してた二人だったが、ここでふと高畑の表情が曇った。それに気付いたネギは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ど、どうしたの?」
「ほんっとーに、色々あったんだねぇ……」
 高畑はここに来る前に学園長に会って、彼が海外出張している間に何があったのか、そのあらましを聞いて来ていた。修学旅行で京都に行き、関東魔法協会の親書を関西呪術協会に届けさせると言うのは出発する前から聞いていた話である。しかし、ヘルマン一味の襲撃は予想外である。3−Aが情報公開のテストケースになった事に至っては、予想しろと言う方が無茶であろう。
「なんて言うかね、気分は浦島太郎だよ……」
 学園長から聞いた話を思い出し、どっと疲れたように肩を落とす高畑。実際、精神的に疲弊していた。元・教え子達全員が知らぬ間に修学旅行、ヘルマン一味の襲撃と危険に巻き込まれているのだから無理もあるまい。
 しかも、親代わりに面倒を見てきたアスナがGSを目指して横島に弟子入りをし、今や彼女を筆頭に数人が女子寮を出てエヴァのレーベンスシュルト城で暮らしていると言う。
 一ヶ月程海外出張している間に3−Aを取り巻く状況は一変してしまった。それだけ彼女達が色々な経験を経て成長していると言う事でもあるのだが、それが嬉しくもあり、寂しくもある。高畑はなんとも複雑な表情を見せ「僕も年を取ったかな」と自嘲気味な笑みを浮かべた。

「それにしても、魔法先生達を紹介されるなんて、ネギ君も成長したんだなぁ」
「兄貴だっていつまでも子供じゃないんだぜ。なにせ、自分の本拠地も持ってるんだからな!」
「……『秘密基地』とかそう言う話?」
「んなわけねぇだろ。真祖の姐さんから水晶球貰って、取り壊し予定の建物を譲ってもらったのさ」
「へ、へ〜……本当に、成長したんだねぇ……」
 カモの言葉に呆然としながらも、しみじみと感心する高畑。カモの言葉をそのまま受け取るならば、ネギは既に自分のパーティを持っていると言う事だ。正直早過ぎるのではないかと思うが、その水晶球を魔法先生、生徒用のセーフハウスに置いていると言う事は、学園長も公認と言う事だ。
「タカミチ、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
 やはり血は争えないと言う事か。きょとんとしたネギの顔に彼の父親の面影を見た高畑は、懐かしそうに目を細めるのだった。
「それじゃ行こうか。魔法先生達のところへ案内するよ」
「うん!」
 その話を聞いて納得がいった。学園長は贔屓目でネギに魔法先生達を紹介しようとしているわけではない。
 高畑から見ればまだまだ未熟もいいところだが、これからは魔法先生達も彼の成長に協力する事が出来る。高畑もしばらくは麻帆良から離れられないのだろう。ならば、ネギの修行に出来る限り協力しよう。これからの日々に思いを馳せ、高畑は嬉しそうに微笑んでいた。



 ネギと高畑が学園長との待ち合わせ場所に向かっている頃、アスナとあやかはマンツーマンの補習を終えていた。
「……まったく、今日は全然勉強に身が入らなかったわね」
「うぅ、しょうがないじゃない。私にとっては大問題なんだから」
 しかし、結果はあまり芳しくなかったらしい。補習を受けるアスナが終始上の空だったのだ。
 アスナが髪を留める鈴のついたリボンに触れると、リンと澄んだ音が鳴った。アスナが子供の頃から付けているリボンなので、アスナだけでなく幼馴染みのあやかにとっても聞き慣れた音であった。
「それは確か……高畑先生から戴いた物だったかしら?」
「まぁね、ずっと昔の話だけどさ」
 アスナが上の空であってもあやかが怒らないのは、そのリボンが彼女にとっていかに大切なものであるかを知っているからであろう。アスナを見るあやかの視線はどこか見守るようなものであった。
「やっぱりさぁ、高畑先生に知らせた方がいいのかしら?」
「私はそこまでする必要はないと思いますけど……それはアスナさん次第ではなくて? それに、高畑先生は海外出張中じゃなかったかしら? 今にして思えば、それも魔法使い関係の仕事なのでしょうね」
「あ、そっか……帰ってきてからでいいかな? う〜ん……」
 アスナは腕を組んで考え込む。
 明日になれば知る事になるだろう、かつての憧れの人――高畑が帰国した事を。
 その時にはまた、彼女は決断を迫られるのだ。高畑にリボンを換える事を伝えるべきか。伝えるのならば、何を、どう伝えるべきかを。
 あやかの言う通りそこまでしなくても良いのかも知れないが、アスナにとって、それは避けては通れない問題であった。




つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 また、夏美が横島の匂いフェチであるのは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

前へ もくじへ 次へ