絶対無敵! グレートマザー再び!! 7
地獄組の組長――いや、既に隠居しているので元・組長の依頼を見つけた横島は、すぐさま令子に連絡を取った。膝の上の薫も身体を起こし、自分も会話を聞こうと携帯電話に耳を近づける。ちょうど横島と薫の頬で携帯電話をサンドイッチするような形になる。澪の方は薫の真似をしようにも、小さな携帯電話に顔を近づけるスペースは残っているはずもない。そこで、横島の携帯電話がない反対側の頬に、自分の頬をぴとっとくっつけてみた。当然、そんな事をしても会話の内容は聞こえないが、そこは大した問題ではないらしい。何だか満足気である。
曲がりなりにも知人であるだけに、横島としては困っているならば助けてやりたいところなのだが、如何せん彼は令子のお得意様。先走って依頼を受け、横取りしたと言われれば目も当てられない事になる。先日、古物除霊の縄張りについて教わったところだけに、横島は慎重であった。
「あ、美神さんですか?」
「横島君? ど、どうしたのよ、急に電話掛けてきて……」
「あ、いえ、ウチもネット繋げてGS協会のサイト見てたんですけど、そこで地獄組の組長の依頼見つけたんですよ」
「……はぁ?」
横島の言葉に、令子は何故か肩透かしを食らったかのような声を漏らす。大した用事ではないので、呆れてしまったのだろうか。
「あ〜……あのサイトって、依頼主は分からないようになってるはずでしょ?」
「ほら、前にシロを連れてお邪魔した別荘があったじゃないっスか。あの写真が載ってたんスよ」
「どの依頼なの? ちょっと待ってね、こっちでも見てみるから、依頼ナンバーを教えてちょうだい」
電話の向こうで何やら歩くような音が聞こえる。令子が携帯電話を持ったまま、パソコンの置いてあるオフィスに移動しているのだろう。そのまましばらく待っていると、令子も同じページに辿り着いたらしい。受話器の向こうで「確かに、あの別荘だわ……」と呟いていた。
「ねぇ、横島君」
「何スか?」
「あの別荘、確か……罠仕掛けて爆破したわよね?」
「そう言えば……」
横島は忘れていたが、令子はハッキリと覚えていた。
二人がこの別荘を訪れたのは、初めてシロと出会った頃、妖刀『八房』を巡る騒ぎの真っ最中であった。犬飼ポチの追跡から逃れた一行が、潜伏先に使わせてもらったのが、この別荘である。
その後、この別荘は犬飼ポチを誘き寄せる罠として使われ、犬飼ポチが侵入したところで令子の手により爆破されたはずなのだが……。
「建て直したのかしら?」
「て言うか、アレ借り物でしたよね? 美神さん、あの後フォローしなかったんですか?」
「ぶっちゃけ、すっかり忘れてたわ」
「………」
更に話を聞いてみると、既に令子は、あの元・組長とは疎遠になっているらしい。確かに彼が現役だった頃は金払いの良いお得意様だった。しかし、隠居した今となっては依頼もないため、疎遠になるのも仕方の無い事なのだろう。この様子ならば、横島がこの元・組長の依頼を受けても角が立つ事はなさそうだ。
「この依頼、俺が受けてもいいですかね?」
「う〜ん……この報酬に満足出来るなら、受けてもいいんじゃない? 維持費とかも、ちゃんと考えなさいよ?」
この依頼の報酬は、建て直された別荘の現物支給となっている。相応の価値はあるだろうが、令子はこの程度では食指が動かない。
「受けるなら、また呪い掛けられてる可能性もあるから気をつけなさいよ。あんた呪いの事とか分からないでしょ? 何かあったら、連絡してきなさい」
「了解っス」
意外にも親切な一言で締めて、令子は電話を切った。もしかしたら、元・組長は呪われている可能性があるだけに、横島がエミに相談する事を危惧したのかも知れない。横島にとってエミは独立の際に世話になった頼りになる業界の先輩だ。その事を知っているだけに、令子は彼の元・上司として思うところがあるのだろう。
横島が携帯電話を切ると、それに合わせて薫が引っ付けていた頬を離した。澪の方は、この状態が気に入ったのか、横島の首に腕を回してひしっと抱き着いたまま離れようとしない。
「さて、どうすっかな……」
「なぁなぁ、にいちゃ〜ん」
にんまりとした笑みを浮かべた薫が猫撫で声ですり寄ってきた。その目は何かを企んでいる時の目だ。キラキラと輝いている。
「……どうした、薫」
「この依頼ってさぁ、別荘が手に入るんだよな? な? やろうぜ〜、何ならあたしも手伝うからさ〜」
その言葉を聞いて、横島は彼女が初めてこの家に来た時の事を思い出した。今住んでいるこの家が、除霊の報酬で貰った物だと聞いた薫は、次は別荘が貰えるような仕事をして欲しい、川原でキャンプをしたりバーベキューが出来るところが良いと言っていたのだ。
この依頼は、まさにその条件にピッタリであった。近くにはシロの修行に使った川原もあるのだから、薫の求める別荘そのものである。
「手伝いはいらんが……まぁ、知り合いだから、助けてやりたいな」
「なんや、歯切れ悪いなぁ、忠夫はん」
踏ん切りの付かない理由は、その薫が欲しがっている報酬であった。横島は報酬が低いからと言って断る事はほとんどない。むしろ、人と妖怪の共存のためであれば、自分の目的を通すために依頼主の言い値よりも下げる事だってある。
しかし、別荘となると話は別であった。不満があるわけではない。むしろ、あるのは「不安」である。別荘などもらったところで、持て余してしまうのではないかと言う不安があるため、横島はこの依頼を受けて良いものかと迷っていた。
「美神さんも維持費とか考えろって言ってたしなぁ……」
もし、これで依頼主が妙齢の女性であれば、横島はそんな不安を蹴散らして依頼を受けていただろう。しかし、この依頼主は厳つい顔をした男性であるため、それが彼を冷静にさせている。
どうにも雲行きが怪しい。このままでは依頼は受けないと言う方向で話が進みそうだ。そんな雰囲気を敏感に感じ取った薫が、残念そうな表情になる。それを見かねた紫穂は、一か八か助け船を出す事にした。
「百合子さんに相談してみたら?」
「おふくろにか?」
「そうだよ! かーちゃんだって別荘欲しがってるかもしんないじゃん!」
一年の大半をナルニアで過ごし、盆暮れ正月にもなかなか帰ってこない彼女が、日本の別荘を欲しがるかどうかは甚だ疑問である。しかし、このままでは依頼を受けないと言う事になってしまいそうだったので、薫も賭けに出る事にした。百合子なら、百合子ならきっと何とかしてくれると、わずかな望みを賭けて。
「いいんじゃない? 実際に建物を見てみない事には何とも言えないけど」
「やったー!」
薫と紫穂が百合子の下へと向かい、彼女を呼んできた。そして件の依頼のページを見せ、事情を説明してみたところ、彼女はあっさりと引き受けても良いと判断を下した。即断即決である。
「いいのか?」
「維持費の問題なら、父さんにでも払わせりゃいいのよ。それぐらいの甲斐性はあるだろうから」
百合子は横島から別荘の所在地等の情報を聞き、この別荘は報酬として十分な資産価値があると判断したようだ。持ち続ける気がないならば、売却してしまえば良いとも考えている。
「かーちゃんの許可も下りたぞ! さぁ、引き受けようぜ〜♪」
「分かった分かった。待ってろ、手続きするから」
横島も元々報酬に関する不安があっただけで、嫌がっていたわけではない。報酬の問題がなくなってしまえば知人を助けるのに躊躇はなく、背中にしがみ付いた薫にせがまれるままに、元・組長の依頼を受ける手続きをした。
これで後はGS協会からの返事を待つだけだ。他に候補者がなく、能力的にも問題は無いと判断されれば、詳しい資料が送られてくるか、GS協会に呼び出されるかするだろう。その上でも問題がなければ、いよいよ正式に契約と言う事になる。
「結構時間掛かるんだなぁ……」
「二、三日ってとこじゃないか? それまでに向こうで受けてきた二件の内、一件ぐらい終わりそうだな」
「よしっ! それなら、あたしも手伝って――」
「ダメだってば」
「……ちぇっ」
どさくさ紛れに、一緒に仕事をすると言う言質を取ろうとした薫だったが、横島はあっさりそれを躱してしまった。
彼女の『念動能力(サイコキネシス)』は頼りになるのだが、やはり危険な除霊現場に連れて行きたくはないのだろう。以前のB.A.B.E.L.、オカルトGメンとの共同除霊であれば、自分が気を抜いても他の者達が薫達を守ってくれるが、単独除霊となると、そうも言ってられないのである。
「ところで、澪は何をしてるんだい?」
「………」
その間、澪はずっと横島に頬寄せて気持ちよさそうに、その目を閉じていた。
相当気に入ったのか、うとうとしてそのまま眠ってしまいそうな勢いである。
この数日で分かってきた事なのだが、澪は寂しがり屋の一面があるらしい。この家に来るまでの彼女は、自分がどれほど過酷な状況にあるかも理解出来ずにいた。この家に来てタマモと一緒に過ごすようになってから、ようやく自分が寂しかった事に気付いたぐらいだ。
ところが、一旦寂しくない状況を知ってしまうと、生来の寂しがり屋の部分が顔を出してしまう。澪は、誰かと一緒でないと耐えられないようになってしまっていた。一人で居ると、あの家に居た頃の事を思い出してしまうので尚更である。
今まではタマモやハニワ兵達ばかりに心を開いていたのが、横島や薫達とも話せるようになったのは、大きな成長と言えるだろう。中でも横島は特別であった。澪自身も気付いていないが、父親に甘えるような感覚なのかも知れない。
「ああ、そうそう。その別荘見に行く時は、母さんも一緒に行くわよ」
「は?」
「あんた、建物見たって善し悪しは分からないでしょ?」
「そりゃ、まぁ……」
予想外の百合子の一言に、横島の動きがピタリと止まった。それと同時に、肩を落としていた薫の目が再び輝き始める。百合子も除霊に関しては素人のはず。彼女が行くのであれば、自分も行って良いだろうと考えている。
「危険かも知れないんだが」
「それはあんたが判断しな。一応、プロなんだから」
最終的な決定権は横島に委ねているようだ。しかし、こうなると断るのは難しかった。明確な理由があるならばともかく、下手に誤魔化そうとすると、すぐに紫穂の『接触感応能力(サイコメトリー)』で読まれてしまうだろう。
GS協会からの連絡を待つ横島。翌日、詳しい情報が届き、内容を確認してみたところ。霊障は夜にしか起きていない事が分かった。これならば、昼の内なら百合子達を連れて行く事が出来てしまいそうだ。とりあえず、承諾する旨の返信をして、横島は元・組長側の反応を待つ。
その後、組長からの返事が来るまで何故か数日の時間が掛かってしまった。その間に横島は、澪の事をタマモと滞在中の百合子に任せ、テレサを除霊助手にして一件の除霊を済ませてしまう。
そして、週末になってようやく横島に依頼すると言う返事が届く。この連絡をしてきたGS協会の方に尋ねてみると、どうやら元・組長は他に引き受けてくれるGSが現れないか待っていたらしい。しかし、報酬が現物支給の依頼は避けるGSが多く、結局横島に依頼する事になったそうだ。
「俺だと、何か問題あるんですか?」
「横島さんがと言うか、美神令子除霊事務所の関係者ってのが引っ掛かってたらしいですよ」
「? 美神さんのお得意さんのはずなんだが……」
更に話を聞いてみると、あの元・組長、どうやら令子の事がトラウマになってしまっているらしい。GS協会の方から令子本人は来ない、横島は令子とは違うタイプのGSである事を伝えて、ようやく話が進んだそうだ。
確かに元・組長は令子とエミの戦いに巻き込まれて何度も酷い目に遭っている。しかも、隠居してのんびりしている所に令子が現れ、オカルトにして刃傷沙汰を持ち込んできたので、なりふり構わず逃げ出した。そして、騒ぎが収まって戻ってきてみると、別荘が爆破されて跡形もなくなっていたのだから、トラウマにもなろうものである。令子本人のみならず、その関係者にも二度と関わりたくないと思っても無理はない。
その話を聞いて、横島は顔を引き攣らせた。この依頼、受けるべきではなかったと彼の頭を過ぎったが、後悔先に立たずである。ここ数日、薫は別荘に行くのだとご機嫌だった。百合子は百合子で、自分だけではなく澪、薫、それに葵と紫穂まで連れて行くつもりで、余所行きの服を用意している。
奇しくも今日は金曜日。明日出発と言う事になるのだが、土日は学校が休みである。愛子や小鳩にも別荘の話は伝わっており、どんな所か気にしている様子だ。小鳩のバイト先のパン屋は、六女の生徒達がメインターゲットであるため、休日の方が却って休みが取れるらしい。このままでは、横島家総出で行く事になってしまうだろう。
そうこうしている内に、いつもの六女のメンバー達が訪ねてきた。そう、土日は彼女達にとっても、泊まり掛けで修行が出来る日なのだ。これまで、横島が仕事のためにいない時はあっても、全員が留守にする事はなかった。この問題は彼女達も交えて話さねばなるまい。
流石に全員が居間に入ると手狭であるため、襖を開放して隣の部屋にも六女の少女達が入る。何人かは居間に面した廊下の縁側に腰掛けて
彼女達に事情を説明すると、やはり皆揃って困ったような表情を浮かべた。彼女達もGSを志す者として、除霊現場に素人を連れて行く危険性については知っている。しかし、今回の依頼、報酬の内容から、この一件を横島の家族サービスのように受け取ったらしい。あながち間違いとは言えない。そのため、反対してよいものかと戸惑っている節がある。
「あの〜。お母様達をお連れするのが不安でしたら、私がボディガードを引き受けましょうか?」
おずおずと手を挙げたのはかおり。周囲の六女の面々は「その手があったか!?」と言いたげな表情で彼女を見る。
六女の生徒達にとって、除霊現場に出る事はある種のステータスであった。現在、この家に集まるメンバーの中では、それぞれ令子とエミの除霊助手であるおキヌと魔理の二人だけが得ている栄誉である。
かおりは特にこの二人と親しいだけに、それを羨ましく思っていたのだろう。秀才と誉れ高き頭脳をフル回転させて、ここぞとばかりに自分も除霊現場に出られる提案をしてきた。
「い、いや、あれだ。そんな大勢で押し掛けるのも不味いだろ。依頼主、結構追い詰められてるみたいだし」
「……あ、そうでしたね。申し訳ありません」
しかし、かおりは元・組長の追い詰められている状況を話した途端に、しゅんとなって引き下がってしまう。ここで相手の事を考えて引き下がってしまう辺りが、彼女の良い子なところである。隣の魔理は「良い子ぶりやがって」と呟いていたが。
もし、これが平日で出発まであと数日あれば、六道夫人がこの話を聞きつけ、あれよあれよと言う間に除霊実習とする算段を付けてしまっただろう。そして、彼女達を連れて行かねばならないようになっていたに違いない。そう言う意味では、明日出発の案件だったのは幸いであった。
「と言うわけで、別荘が気になるのは分かるけど、家にも誰かが残ってないといかんだろ」
「私が残ってもいいわよ」
「お前は来い。色々調べにゃならんのに」
案の定、真っ先に居残りに立候補したのは、あわよくはサボろうとするタマモであった。しかし、そうは問屋が卸さない。依頼内容が単純な悪霊退治でない場合、彼女の超感覚と頭脳は横島除霊事務所の生命線である。それこそ、小脇に抱えてでも連れていかねばならない。
「それなら、ワシが残ろうか?」
「カオスの爺さんが?」
「あと、マリアとハニワ兵が残れば、六女の娘らは問題あるまい」
「お任せ・ください」
マリアが恭しく頭を下げる。どうやら、カオスは別荘にはさほど興味が無いようだ。カオス一人であれば家の事を任せるのは不安だが、マリアとハニワ兵達も残ってくれるとあれば何の問題もないだろう。澪がハニワ兵と離れる事になるが、タマモ、テレサ、横島、それに百合子が一緒ならばおそらく大丈夫なはずだ。
「いつもの合宿は控えた方がいいのかな?」
「いや、夜はマリア達だけになるし、いつも通り泊まってってくれた方が、俺としては安心なんだが」
「そう言う事なら、遠慮なく♪」
こうして話し合いは丸く収まった。横島達は元・組長の別荘へ、マリアとカオスとハニワ兵達が留守番として残り、六女の面々はいつも通りこの家でプチ合宿をする。これで問題なく話は進みそうであった。
「話は〜、聞かせて〜もらったわ〜」
六道夫人が、冥子を伴って現れるまでは。
「今日は〜、横島君に〜お願いが〜あって〜来たのよ〜」
「ハ、ハイ、なんでしょうか?」
にこやかな六道夫人に対し、自然と正座になって畏まってしまう横島。六女の面々も背筋を伸ばして緊張の面持ちである。今ここに現れるのは、流石に予想外だったのだろう。薫達も、横島から百合子と同じぐらい怖い人と聞いているので、おとなしくしている。
百合子にとっても見知った顔ではあったが、詳しい事までは知らなかった。ただ、皆の様子から彼女が只者ではない事は理解出来る。ただ一人初対面である澪は、状況が理解出来ずに呆然としていたが。
「忠夫、こちらの方は?」
「あ〜、こちらは六女の理事長さんで、オカルト業界のドンと言うか、何と言うか……」
「あらあら〜、そんなに〜大したものじゃ〜ないわよ〜」
ころころと朗らかに笑う六道夫人であったが、現在の日本のオカルト業界における六道家の影響力の大きさは、業界に身を置く者にとって常識である。百合子もそこまで詳しいわけではないが、二人のやり取りから、横島とそれなりに交流がある業界の大御所であると判断した。
「横島君の〜、お母様ですね〜。この前は〜、ロクにご挨拶も出来ずに〜すいません〜」
「い、いえ、こちらこそ、あの時は犬も食わない夫婦ゲンカに巻き込んでしまって……」
二人の間で繰り広げられる、所謂「大人の挨拶」。六女の面々は、六道夫人の意識の矛先が百合子に向いた事で、ほっと肩の力を抜いて一息つく。
ちなみに、二人が言っている「この前」、「あの時」とは、百合子が大樹と離婚すると言い出した時の事だ。横島を連れてコメリカに行く事になり、送別会まで開いたのだが、その時の参加者の中に、六道夫人も居たのである。もっとも、この時は顔を合わせた程度で挨拶も出来なかったため、実質的には今日が初対面と言っても過言ではないだろう。
「横島君には〜、いつも〜、ウチの生徒達ばかりか〜、冥子まで〜お世話に〜なっちゃってて〜」
「いえいえ、ウチのバカ息子がご迷惑をお掛けしていないかと……」
「そんな事〜ありませんわ〜。冥子も〜、横島の事は〜、すっごく〜頼りに〜してるのよ〜」
「やだぁ〜、お母様ったら〜♪」
二人の会話に、まるで年頃の少女のように頬を染めて恥ずかしがる冥子。こう見えても、令子より年上である。
「ところで、今日はどうしてこちらに? 先程の『話は聞かせてもらった』と言うのは?」
「実は〜、横島君が〜受けた〜除霊の〜仕事は〜、冥子の〜依頼成功率を〜上げるのに〜、丁度良いんじゃないかって〜目を付けてたの〜」
「まぁ、そうだったんですか」
嘘である。幾ら何でもそんな真似までして冥子の除霊成功率を上げようとしたりは……多分しない。
そして、流石の六道夫人も普段から横島の事を監視したりはしているわけではなかった。しかし、GS協会には六道家の息の掛かった職員も多く、そちらのルートから横島が除霊の依頼を探しに来たと言う情報を得たのだ。
「そこで〜、横島君に〜提案なんだけど〜、その依頼〜冥子と〜共同除霊って事に〜してくれないかしら〜?」
そして、横島が受けた依頼について調べ、元・組長の依頼は冥子と共同除霊にする事が出来ると判断し、こうして横島家を訪れたのである。
「報酬は〜、横島君が〜全取りで〜いいのよ〜。最近の〜冥子ったら〜、失敗して〜ばかりだから〜、ここで〜成功率を〜上げておきたいのよ〜」
「は、はぁ……」
「それに〜、この除霊は〜冥子の〜式神が〜役に立つと〜思うわ〜」
「いや、十二神将がいりゃ大抵の除霊で大活躍でしょうに」
タマモの言う通りである。冥子の式神『十二神将』をフルに使う事が出来れば、大抵の除霊は何とかなるだろう。冥子にその力が無いだけで。
冥子の除霊成功率を上げておきたい。この除霊に十二神将が役に立つ。どちらも本当の事であった。しかし、無論これだけではない。こうして百合子が帰国しているのだから、これを期に繋ぎを取っておきたいと言うのも、紛れもない本音であろう。
百合子も六道夫人の話を聞き、彼女が横島の事を高く買っている事はなんとなく察しがついた。情報が足りないため、その裏で何を考えているかまでは分からなかったが。
「澪ちゃん〜、こんにちは〜」
「あ、あの、こ……こんにちは……」
「うれしい〜、澪ちゃんが〜、挨拶してくれたわ〜」
一方で、屈託のない笑顔で澪に話し掛け、彼女が照れながらも挨拶を返してくれた事を喜ぶ冥子に対しては、素直に好感を抱いていた。同時に、お互い子供の事で苦労しているのだなと六道夫人に対して少し同情した。
「そうだわ〜。横島君〜、明日の除霊〜お母様達も〜連れて行くんでしょ〜?」
「は、はい、そう言う事になってます」
「何人か〜、ウチの子を〜、連れていったらどうかしら〜? 弓さんが〜言ってたけど〜、ボディガードに〜なるわよ〜」
「え、いや、それは……」
「除霊実習と言う事で〜、責任は〜私が持つわ〜。宿は〜、六道家で〜用意して〜あげるから〜」
危惧していた状況が起きてしまった。全員連れて行く事にならなかっただけまだマシではあるが、相当な大所帯で行く事になってしまいそうだ。何とかして共同除霊の話自体断れないかと考えていた横島であったが、こうなってしまうと六女の面々までもが六道夫人の案に賛成する側に回ってしまうだろう。薫達も賑やかになるのを素直に歓迎している。
問題があるとすれば澪なのだが、彼女も冥子に挨拶を返した事からも分かるように、色んな人と話してみようと努力している。ここで水を差してはいけないのではないか。そんな思いが、ふと横島の頭を過ぎった。こうなってしまうと、もう六道夫人の提案を断る術は無い。
「……分かりました。それじゃ、お願いします」
「任せて〜ちょうだい〜♪」
こうして横島は六道夫人の提案に屈した。その返事を聞いて彼女は満足気に頷くと、宿の手配等をするために冥子を連れて帰って行く。明日の朝、冥子が迎えに来てくれるそうだ。
一方、残された六女の少女達の間では火花が散っていた。六道夫人が去り際に、明日付いて行って良いのは四人までと言い残したためだ。
このままでは拳と霊能力を交えた「話し合い」に発展しそうだったため、横島が慌てて「ジャンケンで」と提案。確かに明日出発なのだから、怪我をするような「話し合い」はいけないと、百合子立ち会いの下に厳正なるトーナメント戦が行われる事となった。
「やった! やりました、横島さん!」
「フッ、当然ですわ」
その結果、まずおキヌにかおりの二人が勝ち抜けた。初戦でかおりに敗退した魔理が「ジャンケンに当然とかねーだろ」と愚痴っている。
「………よし」
次に勝ち抜いたのは、『ファントムの仮面(ペルソナ)』の使い手である天城美菜であった。横島がGS協会で世話になっている事務員、天城の娘だ。
仮面の力を発動させると勇猛果敢な性格になる反面、普段はぼんやりしている彼女。髪質のせいかもっさりと広がった髪が、その明るいブラウンの髪色も相まってライオンのたてがみのようである。そのため彼女は周囲の友人達から『眠れる獅子』と評される事もあった。ただし、強いと言う意味ではなく、普段は眠っているんじゃないかと疑わしくなるほどに、ぼーっとしていると言う意味である。
いつもぼんやりとしている彼女は、あまり感情を表に見せる事はない。しかし、勝ち抜いた事で小さくガッツポーズをしている辺り、喜んではいるようだ。やはり、彼女も除霊現場に出てみたかったのだろう。
「ハイ、私の勝ち〜♪」
四つ目の席を勝ち取ったのは『雷獣変化』の使い手、メリー・ホーネットだ。他の少女達に比べて大柄なメリーは、美菜とは正反対に、コメリカ人らしいオーバーリアクションで喜びを表現する。ボリュームのあるスタイルに横島だけでなく薫の目も釘付けである。
彼女は両親共にコメリカ人であり、生まれもコメリカだ。しかし、両親の仕事の都合で日本に移住して長いため、その透き通るような白い肌、明るいブロンドの髪に碧眼と言う外見に反して、実に日本語が堪能であった。
彼女はGSを志す者にしては珍しく、怪談の類を苦手としていた。悪霊が目の前に現れる分には平気なのだそうだが。その弱点を克服するためにも、今の内に場数を踏んでおきたいと考えているのだろう。
残りの面々は、残念ながら今回は居残りとなり、明日はいつも通りに横島家でプチ合宿となるだろう。
しかし、一度前例が出来てしまうと、第二第三も期待出来るかも知れない。彼女達はそれに望みを託し、今回はおとなしく引き下がる事にした。
「しかし、えらく大所帯になったもんだねぇ……」
「おふくろが、せめて別荘見に行くのは除霊が済んでからって事にしてくれりゃ……」
「いや、ハズレの物件掴まされないように、事前に見ておいた方がいいんじゃないかと思ったんだけど、不味かったかい?」
そう言って頭を掻く百合子。彼女にしてみても、薫達への家族サービスのつもりだったのだが、思っていた以上に大事になってしまったきらいがある。
とは言え、薫達は勿論の事、一緒に除霊に行ける事になったおキヌ達も喜んでいる。きっと、六道夫人も冥子も喜んでいるだろう。苦労をするのは横島一人だけだ。ここは若い頃の苦労と言う事で、思い切り苦労してもらう事にしよう。
「……まぁ、いいか。なんとかなるだろ」
もっとも、当人はあまり苦労するとは考えてないようだが。
「ねぇ、お兄ちゃん。結局、明日はどうするの?」
「ああ、皆――と言ってもハニワ兵達は留守番だけど、おふくろや薫達と一緒に遊びに行くんだよ。もちろん、澪もな」
「ホント!?」
彼にとっては、そんな事よりも澪の方が重要なのだろう。彼女を膝に乗せて、明日の事を色々と話している。
わいわいと賑やかな少女達を眺めながら、ふとある事に気付いた百合子がぽつりと呟いた。
「それにしても……依頼主の人、驚くでしょうね」
そう、今回の六道夫人の横槍で最も被害を被った人物は、この場にはいない。何故なら、それは間違いなく、思わぬ団体で押し掛けられる事になった依頼主、地獄組の元・組長なのだから。
百合子は申し訳ないと思いつつも、どうする事も出来ない。とりあえず、会ったこともない元・組長のために合掌するのだった。
つづく
あとがき
澪の父親がハニワ兵である。
澪が横島家の養女となる。
依頼斡旋窓口がある、公式サイト、会員ページ等、GS協会に関する描写。
これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。
また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
ご了承ください。
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