絶対可憐にワイルドに 1
超能力支援研究局『B.A.B.E.L.』。
日本でたった三人しかいない『超度(レベル)7』の超能力者、明石薫、野上葵、三宮紫穂を擁する内務省特務機関である。
ICPO超常犯罪課日本支部、通称『オカルトGメン』。
世界有数の霊能力者、美神美智恵を武のトップに、魔族の技術に精通した研究者、須狩を知のトップに擁する警察庁に属する対霊障組織である。
B.A.B.E.L.は超能力による犯罪を取り締まり、オカルトGメンは民間GSの扱いにくい事件、GSへの依頼料を支払えない人達を襲う霊障に対処する。
超能力と霊能力がいかなる関係にあるかは、いまだ研究の余地だらけで明確な解答は存在しない。
B.A.B.E.L.は生きた者が起こす事件、オカルトGメンは死んだ者が起こす事件に対処すると言う者もいるが、これはあながち間違いとも言い切れないだろう。
しかし、時にはこんな特殊なケースも存在したりする。
「相手は複合能力者だ、気をつけろよナオミ」
「はい、谷崎主任!」
彼女の名は梅枝(うめがえ)ナオミ。ザ・チルドレンに次ぐ『超度(レベル)』6の念動能力者(サイコキノ)であり、B.A.B.E.L.の特務エスパーである。
コードネームは『ワイルド・キャット』。以前は『キティ・キャット』と呼ばれていたが、ある一件により改名された。
現場運用主任である谷崎一郎一尉曰く、まだ若いが仕事は正確、確実。おまけに清楚で上品。素直で真面目で美しい、まさに理想の特務超能力者との事。
そんな彼女が、今は郊外の古びた屋敷に潜入している。まるでホラー映画のワンシーンのようだ。
かねてから指名手配中だった超能力者がこの屋敷に潜伏していると言う情報が入り、相手を気絶させる事で行動不能に陥らせる『念動失神制圧(サイキック・スタン・サブジェクション)』を扱えるナオミが抜擢されたと言うわけだ。これが力の加減の効かない『超度』7の薫では、相手の身はおろか屋敷ごと消し飛ばしかねない。
「近隣の住民の話では、ここは幽霊屋敷と呼ばれているそうだが…言われてみれば奴は催眠能力(ヒュプノ)と念動能力(サイコキネシス)の複合能力者だ。お化け屋敷ぐらいすぐに作れるな」
「でも、それだけでは説明がつかない情報もありますが…?」
この屋敷に関する情報は潜入前に頭に叩き込んできた。
その中には、催眠能力と念動能力だけでは説明がつかない現象もあったのだ。
「共犯者がいるとは考えにくいし、突如合成能力に目覚めたとも思えん。幽霊屋敷と言う情報に踊らされた錯覚だろう」
「…はい」
複合能力と合成能力。言葉自体は似ているがその意味合いは大きく違う。
前者は一人の超能力者が複数の能力を併せ持っている事だ。対して後者は複数の能力を組み合わせた「一つの」能力を指す。これは複合能力で能力を組み合わせるのとは少し違い、合成能力者と言うのは、多くの場合そういう形でしか能力を発現させる事ができないのだ。
「! 谷崎主任、音が聞こえます」
「これは…TVでも見ているのか? 見ろ、あの部屋から明かりが漏れている」
「ここからは、私が…」
谷崎をそこに留まらせて、少し自分の身体を浮かせて足音を立てないように部屋に近付くナオミ。
部屋に中はまったく動く気配もなくTVの音だけが聞こえてきている。ドアの隙間から漏れる光も、ブラウン管が発する光だけで、部屋の灯りも点けていないようだ。
「…あ、ビデオの予約忘れてた」
部屋の中で流れている番組、それは彼女が毎週楽しみにしていたドラマだった。その事に気付くと同時にとんでもないミスを思い出してしまったが、今はそれどころではない。
一気に決着を付けるべく部屋に踏み込み―――
「コードネーム『ワイルド・キャット』、任務遂行させて………っ!!」
―――直後、ナオミの悲鳴が屋敷内に響き渡った。
翌日のB.A.B.E.L.の休憩室。ナオミ、薫、葵、紫穂の四人がテーブルを囲んでいたが、ナオミはどこか沈んだ様子で、その瞳は涙が浮かんでいる。
「エスパーが幽霊になってた!?」
涙声で昨日の出来事を語るナオミに対し、ザ・チルドレンの薫が素っ頓狂な声を上げた。
昨夜、部屋に踏み込んだナオミが見たのは、ソファの上のミイラだった。なんと、指名手配中の超能力者は既に死んでいたのだ。
TVもずっと付けっぱなしだったのだろう。あの光景を思い出してしまいそうで、もうあのドラマは見れそうにない。
「催眠能力に掛かったって事はないんか?」
葵の問いに対してナオミは俯いたまま首を横に振る。
谷崎も最初にその可能性を疑った。しかし、あの後自らも部屋に入りそれが本物の死体である事を確認している。
同時に谷崎の脳裏に浮かんだのは、この屋敷における幽霊騒動の最新の目撃談は三日前の物だと言う事だった。ミイラは明らかにそれ以上の時間が経過している。
悪寒を感じた谷崎の指示により、すぐさま屋敷から脱出したため事なきを得たが、その直後から屋敷周囲に家具が飛び交い、それは今も続いているそうだ。
すぐさまB.A.B.E.L.は警察に要請して付近の交通規制を行い、桐壺達が緊急対策会議を開いている。今頃、屋敷の周辺はマスコミが集まって大騒ぎになっているだろう。
「エスパーの幽霊なんて聞いた事ないわね」
「でも、ポルターガイストとか超能力って言われたら、それはそれで納得やん」
「あ、そーか」
ポンと手を打つ薫。考えてみればポルターガイストぐらい自分の力で起こせる。
「で、でも…あれが幽霊の仕業なら、どこが対処する事になるのかしら?」
おずおずと問い掛けるナオミに三人は頭を悩ませる。
相手は指名手配中の超能力者である。B.A.B.E.L.が対処すべきであろう。
既に幽霊になっているならば、オカルトGメンの範疇であろうか。
しかし、元々はB.A.B.E.L.の任務だ。うちでは対処できませんとオカルトGメンに丸投げするのは無責任とも思える。上の人間は、面子等の事も考えるかも知れない。
元々ナオミは責任感がとても強い。自分が出動した任務だと言うのに、逃げ帰ってきた結果が今の状況である。特殊なケースとは言え責任を感じても無理は無いだろう。
「考え過ぎじゃねぇの?」
「薫ちゃんなら、それで済む話なんでしょうけどね」
心を読むまでもない予想通りの薫の言葉に、紫穂は思わず苦笑する。
元々、悩み相談だったと言うのに趣旨が変わってしまっている。ナオミは控えめに小さく溜め息をついた。
一方、オカルトGメンの事務所では美智恵が大きな溜め息をついていた。
彼女を思い悩ませる原因とは、傍若無人に育ってしまった長女…も確かにそうなのだが、今はそうではなく、オカルトGメン日本支部の立場についてだ。
元は民間GSである美智恵は、オカルトGメンの事を民間GSへの戒めだと認識している。
オカルトGメンが頼りになるならば、おのずとあこぎな商売をするGS、実力の足りないGSは淘汰されていくと考えているのだ。
日本と言う国は、長い間民間GSの天下であったため、オカルトGメンになろうと言う霊能力者が少ない。
更にB.A.B.E.L.が青田買いのようにオカルトGメンが手出しできない未成年の能力者を特務エスパーとして連れて行ってしまうため、おのずとオカルトGメンに残るのは出涸らしのような者ばかりになる。
無論、美智恵もただ手をこまねいていたわけではない。
まず彼女が最初に考えたのは、海外のオカルトGメンから人材を集めて、日本におけるオカルトGメンの地位を向上させる事だった。
これが丁度アシュタロスとの戦いが終わった直後、悪霊達が騒ぎを起こすのを控えていた時期の話だったため、うまく行くと思われていたこの提案だったが、実現する直前で悪霊達が堰を切ったかのように活動を再開してしまったため、海外のオカルトGメンは本国を手薄にする事ができなくなり、流れ流れて実現しないまま今に至っている。少し手遅れだったと言う事だろう。
次に、令子を鍛えるために使用した都庁地下の霊動実験室でオカルトGメンのメンバーを鍛えさせて欲しいと上に打診してみた。かなりの荒療治ではあるが、それ相応の効果が見込める提案だった。
しかし、上からの返答はつれない物で、今のオカルトGメンに使用させたところで効果は見込めないとの事。
確かに、今の姿を見ればそう思うかも知れない。その状況を変えるために鍛えたいと言っているのにままならない物だ。
何とか民間GSの資格を持っている者には特別手当を出すと言う提案だけは押し通す事ができた。
西条もこれには全面的に協力。親会社の倒産で放棄されていたスポーツジムを買い取って改築し、訓練の場としてオカルトGメンのメンバーに開放している。無論、安い買い物などではないが、西条曰く「貴族の義務」と言う物らしい。
更に、美智恵に続いてオカルトGメン日本支部を立て直すべく送り込まれた二人目の刺客、開発室長に就任した須狩に対しての全面的な援助を上層部に約束させ、より実戦的な装備の開発を急がせている。
もう一つ、彼女を悩ませているのはザ・チルドレンの薫が横島の妹であると判明したと言う事だ。
結局それは誤解であった事が判明したが、薫は横島の妹として他のザ・チルドレン二人を連れて横島宅に入り浸るようになっている。この事自体は美智恵も微笑ましく見守っていた。
一人の母親として、彼女達の扱いには色々と言いたい事があるし、むしろ、親から引き離すような形で子供を特務エスパーにしているB.A.B.E.L.は二人を見て反省しやがれコンチクショウと考えている。
だが、組織として見た場合、B.A.B.E.L.がGS協会に対するコネを手に入れたのは確かなのだ、しかも極上の。
このままでは今までの「GS協会だけ別格で、オカルトGメンとB.A.B.E.L.が互角」と言う構図が崩れてしまうかも知れない。
何より、B.A.B.E.L.の局長桐壺帝三は横島の持つ文珠に興味を持っている。これから先、彼に対してどういうアクションを起こすか分かったものではない。
「まったく、頭が痛いわね…」
横島は才能がある。前々から思っていた事だが、想像以上の大物になったと言わざるを得ない。
元々物の怪の類に好かれやすい性質ではあったが、それが『愛子組』により組織的なコネとなった。
愛子組の本拠地が妖怪保護区に指定された事により、あの山には現在人間と争う気の無い妖怪が集まりつつあるらしい。
神族に対しては猿神斉天大聖の直弟子にして竜神小竜姫の姉弟弟子と考えると、仏教系のみに偏ってはいるが、人類随一と言ってしまっても良いだろう。妙神山では、ほとんど身内扱いである。
そして魔族。扱いの難しいコネではあるが、今後デタントを推進していく事を考えれば極めて重要だ。
横島はルシオラ達三姉妹と義兄妹のような関係にあるが、末妹パピリオが神魔を繋ぐ交換留学生になったりと、その三姉妹が魔界デタント派の重要人物となりつつある。
最後に人間、今までの横島には最も縁遠い物であろう。しかし、GS協会の名物幹部『交渉役』猪場道九が独立保証人になる事により道が拓けた。
今は人類全体がデタントについて考えなければならない時期に来ており、人類以外と交渉できる人材が求められている。そのため今や横島は≪猪場の懐刀≫と呼ばれるまでになっているのだ。
「………」
頭の中で横島の持つコネを列挙してみて、その凄まじさに思わず立ち眩みを起こしかけた。
はっきり言って、横島一人で三界とコンタクトを取る事ができてしまう。
当の本人は一民間GSとして、今日もハニワと一緒にのほほんと過ごしているだろうと言うのに。
「…本人は絶対に無自覚よね」
横島の最大の問題はそこだ。二番目の問題は色仕掛けに弱いと言う事である。
美智恵は偏頭痛を覚えて、こめかみを押さえていた。
そして今、次のコネとして名乗りを上げているのがB.A.B.E.L.だ。六道家も常々怪しい動きをしている。
無論、美智恵も手を拱いて見ているつもりは毛頭無い。『文珠使い』横島の重要性を考えると公的機関に独占させるわけにはいかないので、特にB.A.B.E.L.を牽制しなければならない。
「須狩ちゃん。この女性用の防護服、もっと露出度を上げる事はできないかしら?」
「…セクハラで訴えられますよ。それとも、自分で着る気ですか?」
速攻で却下されてしまった。自分で着るのも遠慮したい。
「薫ちゃん達はまだ子供だからともかく、特務超能力者には年頃の女の子もいるのよ。このままでは横島君は篭絡されるわっ!」
「それについては同感です」
昔の突然服を脱いで飛び掛ってきた横島を思い出す須狩。現在の横島の状況はともかく、当人の人となりを知る者の評価はだいたいこんなものである。
そしてB.A.B.E.L.では、美智恵の危惧していた事が実現しようとしていた。
「共同作戦、ですか?」
「…ああ、やはり餅は餅屋。相手が幽霊になっているならオカルトのプロに頼むしかないだろう。…我々の立場上、オカルトGメンに話を持っていくのは難しいだろうがな」
「大人の意地の張り合いかいな」
面白くなさそうに煙草を吹かす谷崎に対し、葵が容赦ないつっこみを浴びせる。
確かにその通りだ。本来なら同じ公的機関であるオカルトGメンに協力を要請するべきだろう。しかし、互いに張り合う微妙なライバル心が、それを許さない。
「そうなるとGSに…て事はにいちゃんの出番か!?」
「はっはっはっ、そういう事になるネ」
目を輝かせて立ち上がったのは薫。谷崎はますます面白くなさそうに眉をひそめたが、笑顔で入ってきた桐壺がそれを肯定する。
自分達の手に負えない時に、民間GSの協力を仰ぐ事はオカルトGメンでも行っている事だ。その事自体に反対する者はいない。
しかし、この共同作戦に参加する事になるであろうナオミを十二才の時に見出し、あらゆる意味で理想的な女性に作り上げ、いずれは結婚をと目論んでいた谷崎としては文句の一つも言いたくなるだろう。何せ横島はナオミと一歳しか違わない、普通に交際してても不思議ではない年齢差なのだから。
もっとも、その野望は心底嫌がるナオミにより潰えて、キティ・キャットがワイルド・キャットに変貌する切っ掛けとなったのだが。
「結局、局長は『万能の霊能』と言われる文珠を見たいだけでしょう」
「君はどうなのかネ、興味がないとは言わせないよ?」
「そ、それは…」
ザ・チルドレンの担当主任である皆本が桐壺の本音を指摘するが、逆に言い返されて言葉を詰まらせた。
研究者の側面を持つ皆本にとっても、謎のヴェールに包まれた文珠が興味深い研究対象である事は間違いない。
「文珠に関しては、私も興味あるわね…」
静かに話を聞いていた紫穂が妖しく微笑んだ。そのある種尋常ではない様子に思わず皆が注目する。
実は先日の騒ぎの際に、紫穂は横島に文珠で心を読まれかけたのだ。
結局、桐壺達の横槍で未遂に終わったが―――
「超度7の接触感応能力者(サイコメトラー)の心を読もうなんて…おもしろいわ」
―――おおいにプライドを刺激されていたようだ。薫、葵の二人も含む全員が恐怖して後ずさっている。
「と、ともかく! こういう場合はGS協会と言う組織を通さずに個人に依頼する方が何かと波風が立たないんだよ」
「それでも、美神令子とか、小笠原エミとか、彼より有名なベテランはいくらでもいるでしょうに…」
「その辺りは、依頼料が割高になりますからね」
谷崎はなおも食い下がるが、秘書の柏木にピシャリとそう言われてしまうと、もう黙るしかない。
後はナオミが承諾するかどうかだが、当人は至って平然と承諾した。
横島との面識は無いが、薫達からの話で彼の人となりはある程度知っていたため、むしろ安心している。
薫曰く、バカだけど優しいにいちゃん。
葵曰く、将来出世しそうな商売上手の有望株。
紫穂曰く、超能力なんかで人を差別したりしない人。
これらの情報だけを聞いていると、横島と言う男はとても良い人のように思えるのだ。
もっとも、紫穂だけは「かわいい女の子かどうかで区別するスケベだけどね」と心の中で一部情報を隠匿していたりするが、ナオミにはその事を知る術は無い。
「それでは、ワシがナオミ君達四人を連れて依頼に行ってこよう」
「僕も行きます。横島君には三人が世話になっていますから、いずれ挨拶に行かなくてはと思っていましたので」
「もし彼が、私のナオミに手を出そうとしたなら、この銃で…」
ここでナオミの中に眠る『ワイルド・キャット』が顔を出した。
「いーかげんにしろ! 変態指揮官ッ!!」
ナオミの念動能力により谷崎はあっさりリタイア、横島除霊事務所に向かうのは桐壺、皆本、ナオミ、薫、葵、紫穂の六人となった。
「皆本、楽しみにしとけよ〜。あの家は女子高生でいっぱいだからさ!」
「…お前が普段、向こうでどんな迷惑をかけてるかが目に見えるようだよ」
「「………」」
葵と紫穂は、あえて肯定も否定もしなかった。
そして横島除霊事務所。
幾つもの組織の思惑の渦中にありながら、当のここは至ってのんびりとした牧歌的な雰囲気が漂っていた。
桐壺達が到着すると、まずハニワ兵達が出迎える。薫達は慣れたものだが、ここに初めて訪れたナオミ達三人は動き回るハニワに戸惑っている。この家ではよく見られる光景だ。
「たっだいまー!」
「横島はん、おるかー?」
玄関を潜るとすぐに横島が顔を出して、そこに薫が飛びついた。
「おー、相変わらず元気だな悪ガキども」
薫を抱き上げ、葵の頭を撫でる姿は、兄を通り越して父親のようにも見える。
実はB.A.B.E.L.から横島の携帯に連絡を入れた時、彼は高校の方にいたのだが、至急の仕事があると言う事で早退してもらっていたのだ。
「って、あれ? 六女のねーちゃん達は?」
「まだ学校だよ。急な仕事って、一体何があったんだ?」
「それについてはワシの方から説明しよう」
「…わかりました。こちらへどうぞ」
桐壺がネクタイを締め直しながら出てきたので、横島の方も仕事時の顔となって一行を事務所の方へ案内する。
その様子を見て、皆本は薫達もこれぐらい公私の分別をつけてくれればと思ったが、口に出すように愚は冒さない。
「堂々とした人ね。それに、優しそう」
「そうね。誤魔化しもあそこまでいけば大したものだわ」
「…?」
庭に面した廊下を歩きながら小声で話すのはナオミと紫穂。
その視線の先には、横島と彼に肩車される薫、そして横島の隣を歩く葵の姿がある。
ナオミはそんな三人の微笑ましい様子に好印象を抱いているようだが、紫穂の方はそうでもなさそうな素振りを見せた。
おずおずと横島の事が嫌いなのかと聞いてみるが、そんな事はないと笑顔で否定する。
対する横島も、実は意図的に背筋を伸ばしていた。
薫達が来たからと言ってわざわざ背筋を伸ばしたりはしない。問題はナオミの方だ。
谷崎の言うナオミ評は、決して身内贔屓の出鱈目ではない。
強力な超能力者の常として、あまり人とは触れ合えずに育ってきた彼女。特務エスパーになってからは更にそれが顕著となり、籠の中の鳥として世間ズレせずに男の理想を体現するように育てられてきたのだ。
そんな、ある種の理想像である十六歳を前にして、横島忠夫と言う男が平然としていられるだろうか。言うまでもない、物理的に不可能である。
「わざわざ触れる必要もないぐらいわかりやすいわね」
わざわざ心を読む必要がないぐらいにわかりやすい横島の態度に、紫穂は苦笑する。
横島と紫穂の二人、仲が悪いのかと問われれば、答えははっきり言って否だ。
むしろ、横島宅にお邪魔している時の紫穂は横島にべったりで離れないでいる、それこそ薫がヤキモチを妬くほどに。
いかに超能力者に対しての差別意識が薄いと言っても、やはり心を読まれるのは嫌だろうと、紫穂の方が他の住人に遠慮しているからこそ、横島の近くにいると言うのもある。
だが、それ以上に紫穂は横島の心に興味があるのだ。
と言うのも、初めてこの家にお邪魔した時、紫穂は横島の心を本気で読もうとしたのだが、その時に彼の心の中に精神防壁が張り巡らされていて、その向こうが読めない事に気が付いた。
薫を平然と妹として受け容れている時点で普通の人間ではないとわかっていたが、想像以上に変な人だ。
横島が霊能力でプロテクトしているかとも思ったが、調べてみるとどうも違う。その精神防壁にはご丁寧に「関係者以外立ち入り禁止なのねー」と注意書きが添えられていたのだ。イメージの中だと言うのに。
これは横島のセンスとは少し違う気がする。明らかに別の誰かの手による者だ。
文珠で自分の心を読もうとした横島に対するライバル心があるのは確かだ。しかし、それ以上に紫穂がライバル視しているのは、その精神防壁の主なのかも知れない。
事務所に使用している和室に到着し、横島は一番奥の席に着いた。向かい合う席に桐壺を中心に、右に皆本が、左にナオミが座る。
薫は当然のように横島の隣に座ろうとしたが、皆本に窘められて面白くなさそうに愚痴りながらもテーブルの右側に三人並んで席に着いた。今は兄妹としてではなく、依頼者と依頼を受けるGSとしてここにいると言う事だ。
「横島君、今朝のニュースにもなっていたが、今騒ぎになっている幽霊屋敷の事は知っているかネ?」
「あ、すいません。学校に行く日は朝が早くて」
今の住居は通っている学校から遠いため、登校する日は朝TVを見ている時間がない。
ならばこの資料を、と桐壺は柏木が事前に用意していた資料を横島に渡す。
そこには、幽霊屋敷に関する資料だけでなく、幽霊になったと言う指名手配犯の超能力者に関する資料も揃っていた。
「幽霊になった超能力者って生前の超能力が使えるんですねぇ」
「…データが足りないので何とも言えんが、どうやらそうらしいネ」
ハンカチで汗を拭う桐壺。
横島はまったく気にしていないのだが、彼の方は、超能力とオカルトを同列に語るのに抵抗があるらしい。
「それじゃ、俺がこいつを除霊すればいいんですか?」
この問いにはナオミが身を乗り出して答えた。
「あの、この任務は元々私に任されていた物なんです。足手まといになるかも知れませんけど、私にもお手伝いさせてください!」
必死に頼み込むナオミを見て「ええ子やなー」と思った横島は―――
「まかせて下さい、美しいお嬢さん! この横島忠夫が貴方を守る騎士になります!」
「あ、あの、横島さん…?」
―――瞬時にナオミの隣まで移動し、彼女の手を握る事で応えた。
「にいちゃん、何うらやましい事やってんだ!」
「横島はん、相変わらずやなー。がっついたらあかんで」
「本当におもしろい人よね、フフフ…」
直後、飛び掛る薫を皮切りに始まる大騒ぎ。
桐壺はこれから任務に行くのだからと薫を宥めようとするが、彼女は聞く耳を持たない。
しかし、桐壺の心配は的外れだ。薫の念動能力が横島を床に沈める…が、すぐさま起き上がり「これは、男としてー!」と言い訳を始める横島。全くダメージがなさそうに見える。
騒ぎに乗り遅れて、一人取り残される形となっていた皆本は「薫の念動能力を受けながらも平然と…これが文珠使いの実力か!?」と驚いていた。
あながち間違いとは言い切れない、かも知れない。
つづく
受付嬢『ダブルフェイス』の二人の方が、横島の女性の好み「強くて、スタイルの良いお姉さん」にビンゴの様な気はしますが、あの二人は本来特務エスパーではないようなので今回は除外です。
と言うわけで、横島すら何かする事を躊躇するおキヌちゃんタイプ清楚さに美神のような強気さをミックスしたようなハイブリット。作中でも理想の女性と評されたナオミの方に白羽の矢を立ててみました。
横島にとって、ある意味最終兵器と言えるのではと思ってみたり。
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