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絶対可憐にワイルドに 2


 何とも掴みどころの無い人物。
 『文珠使い』を初めて目の当たりにした皆本の抱いた印象はそれだった。

 依頼の手続きが終わった後、ナオミはすぐに現場に向かおうと提案したが、これに桐壺が待ったをかける。
 と言うのも、今回の任務は出発前にナオミにより沈められた谷崎に代わって、局長である桐壺自らがその代理を務めるつもりなのだ。言うまでもなく、文珠が見たいと言う一心なのだろう。
 更にザ・チルドレンを後詰めとして屋敷外に待機させると言う大盤振る舞いだが、こちらは薫がおねだりしたためだ。
 こうなってくると屋敷付近に陣取っているマスコミが邪魔となるため、例によって警察に協力を要請し屋敷周辺の交通規制を行ってもらっている。現在は全てのマスコミの退去が終了するまで、横島宅の居間で待機しているのだ。

 庭に鎮座する巨大な土偶と、その周囲にたむろするハニワについてはこの際無視する。
 皆本はただ、オカルトに関する勉強不足を痛感していた。


 縁側では、薫達三人が横島を取り囲み、ナオミがすぐ隣でそれを見守っていた。
 皆本と桐壺は居間の方にいるため、五人とは少し距離が離れている形となる。
「にいちゃん、どうなんだよ。六女のねーちゃん達との仲は進んだのか〜?」
「あのな、前にも言ったが、俺は六女からあの子達を預かってる立場で…」
「またまた、そんな事言って、毎週末はウハウハなんだろ?」
「薫…お前は、六道理事長の恐ろしさを知らんから、そんな事が言えるんだ」
「………あのおふくろと比べて、どれくらい?」
「………………互角、かな?」
「にいちゃん、あたしが悪かった」
 出会って間もないはずなのだが、まるで本当の兄妹のようだ。
 薫のセクハラ発言に対しては、むしろ横島の方が押され気味で、その分薫が好き勝手にじゃれついている印象がある。

 対して、葵はむしろ年齢性別を越えた友人のように見えた。
 同じ関東で暮らす関西人として何かしらのシンパシーを感じているのかも知れない。「ボケとツッコミ」と言う表現がこれ以上となくしっくり来る。
「横島はんも大変やなぁ、薫のヤツ邪魔やったら放り投げたってもええよ?」
「いや、それは流石にまずいだろ」
「何言ってんだ、にいちゃんはこうして青い果実を堪能して…」
「横島はん、フケツー!」
「誤解を招くような事言うなーーーッ!!」
 立ち上がって大声を上げる横島に対し、薫と葵はクモの子を散らすようにわーっと逃げる。
 しかし、その表情は笑顔で実に楽しそうだ。これも彼女達の遊びの一環なのだろう。横島当人も、口調の割には怒っているようには見えない。
 紫穂もその事を承知しているのか、横島と繋いだ手を離さずに優しく微笑んでいる。

「何と言うか、普通の高校生ですね」
「そうだネ、人類唯一の文珠使いとは思えんよ」
 こうして少し離れて見ていると、薫達を相手しながらも、チラチラと隣のナオミを伺っている様子が見て取れる。
 それを見て、若いなぁと思ってしまう皆本光一二尉、当年二十歳。まだまだ若いはずだ。
「こうして見ると、超能力云々ではなく、単純に子供の扱いがうまいのかも知れないな。やはり皆本君とは違う」
「…そんなに違いますか? 僕と彼とでは」
「違うネ」
 薫達に関しては目が曇りまくる桐壺の言葉に、皆本は不審気な目を向けるが、それをものともしないはっきりとした言葉で断言されてしまった。

「オープンスケベとムッツリスケベぐらいに違うよ、君」
「どっちがどっちですかッ!?」
 言うまでもなく、解りきった事だろう。

 そう言いつつも流石年の功と言うべきか、桐壺は横島と皆本の差のおおよそを既に見抜いてた。

 まずは立ち位置。
 皆本が立場上、薫達に対して「大人」のスタンスで接しているのに対し、横島はあくまで薫達と同じ視線で接している。
 横島の方が年が近いと言うのもあるだろうし、横島当人に子供っぽい面があると言うのも否定はできない。だからこそ、薫達は横島の方に親近感が沸くのだろう。
 こればかりは実年齢、精神年齢や性格の問題だ。言ったところで、すぐに変えられる物ではない。
 何より、皆本まで横島と同じようなスタンスで薫達に接するようになられては困る、他ならぬ桐壺が。

 もう一つは育ちの差だ。
 横島がつい最近まで普通の高校生であったのに対し、皆本は子供の頃からエリート街道をひた走っていた天才児だ。そのためか、皆本は直感よりも知識に頼る面がある。それだけの知識も持っている。
 対する横島は、足りない知識を補うためか、むしろ直感に頼る傾向にあった。

 更に皆本は超能力の研究者であったため、彼は強力な超能力の危険性と言う物をいやと言うぐらいに知っている。それ故に、どうしても深刻に考えてしまうのだろう。これは仕方のない事だ。
 これもまた、皆本が横島のように軽くなってもらっては困る、他ならぬ桐壺がだ。

 要するに、桐壺に言わせれば二人が違うのは当然なのだ。それぞれに役割がある。
「もっとも、彼の一番凄い所は、普通人(ノーマル)も超能力者(エスパー)も、人類と言う枠すら超えた視点で物が見れると言う点なのかも知れないがネ。無知ゆえの蛮勇…とは言い切れんよ、ここまでくると」
「それが、オカルトと言う事でしょうか」
 皆本の問いに答えず桐壺は庭の土偶を見る。
 横島が言うには、あれは地脈からエネルギーを引き出す発電機らしい。当然科学の産物では無いだろう。
「何とも、シュールなメルヘンと言うか…」
 B.A.B.E.L.に属する者として未知なる力を科学で解明しようとしてきたが、この光景を見ていると「知らない方が幸せな事もあるんじゃないか」と思えてくるのだった。


「あの、横島さん。いつもここに来ている六女の皆さんってどんな人達なんですか?」
「え?」
 突如、ナオミの方から声を掛けられて横島は戸惑う。
 どうも、梅枝ナオミと言う少女を過剰に意識しているようだ。
「あ、ああ…皆良い子だよ。薫達とも仲が良いし」
「そうなんですか…」
 どこかホッとした様子で微笑むナオミ、それを見て横島も同じく胸を撫で下ろす。
 薫達はこの家に来るようになってから、何度も女子高生に囲まれる横島を見てきたが、明らかに今までに無い反応だ。
 何か企むような顔になって目配せすると、紫穂がててててっと横島の背後に回り込み、横島の背中にぴとっと貼りつく。
「し、紫穂ちゃん?」
「どうしたの…横島さん、いつもと違うじゃない」
「そそそ、そんな事はないだろ」
 慌てて誤魔化そうとするが、全く誤魔化せていない。
 そして、紫穂はこういう反応こそを望んでいたのだ。ここぞとばかりに背後から抱きしめるように腕を廻し、頬を撫でるように手を添えた。

「隠してもダ・メ♥ 私にはちゃーんとわかるのよ?」

 そう言って妖しげな笑みを浮かべる紫穂。何故か横島でなく薫が興奮して鼻息を荒くしている。
 当然、心を読まれている事はわかっているのだが、何故か横島は抗えない。

「ホラ…胸の中、全部透視(み)せてごらんなさい?」

「あああっ! そんなこと言っても、美少女のぬくもりが背中ああ、いや耳に息ああああ…」
 更に紫穂は攻め込み、指先の触れる方とは反対側に、甘えるように頬寄せた。紫穂の頬と手で横島の顔を挟み込む形だ。
 空いた手は脇を通して胸に廻し、ハグするような形になっている。
「あああっ! い、いかん、このままでは顔に出てしまう。はぁーん!」
「思いっ切り出とるやん」
 錯乱気味の横島に対し、葵が見逃さずにつっこんだ。

 この男、一見女子高生に囲まれても平然としているように見えるが、それはあくまで表面上の事。心の中では如実に反応し、色々と葛藤して、鼻息を荒くしているのだ。
 そんな時に心を読んでみると、何故かエサのぶら下がった檻を前にうろうろする、どこか横島似の狸のイメージが見えたりもする。
 そんな事もあって、紫穂にとって横島はこれ以上なく面白い相手であり、機会さえあれば引っ付いて心を読んでいた。
 まるで全てを暴こうとするような勢いなのだが、いつも例の精神防壁に弾かれていた。それ故に更に積極的になっているのは、紫穂だけの秘密である。

「よ、横島さん、大丈夫ですかっ?」
「かぁーっ! にいちゃん、うらやましいぞっ!!」
「見んといてー、汚れたわいを見んといてー」
 周囲の騒ぎとは裏腹に、消耗し切ったのか倒れ込む横島。紫穂を背中に乗せたままだが、先程までの雰囲気とは打って変わってまるで親子亀のようだ。

「…彼は、いつもあんな風にやられてるのかネ?」
「…みたいですね」
 男二人は、横島を哀れんでそっと手を合わせた。

 ちなみに、ここまでやられても横島は紫穂が心を読む事について何か言った事は一度も無い。
 将来有望な美少女に対してあまり強く出る事ができないと言うのもある。超能力に対して寛容だと言うのもあるだろう。
 妙神山で触れる必要もなく心を読めるヒャクメと一緒に約半年も過ごせば、気にするだけ馬鹿らしいと思えてしまうのも事実だ。

 しかし、横島の心を視てきた紫穂は、それとは別のある可能性に辿り着いていた。
 もしかして、横島忠夫と言う男は見られる事に悦びを感じるマの付く人ではないかと言う可能性だ。そう考えると色々としっくり来る気がする。
「…それはそれで、私との相性は良さそうね」
 そう小さく呟いて紫穂はクスッと笑い、横島の背に顔を埋めた。

「って、いつまでひっついてんだ! はーなーれーろー!」
「あら、横島さんこれで喜んでるのよ?」
「まぁまぁ、薫はいっつも一人占めしとるやん」
「あの、これから任務だから、あまり消耗するような事は…」
 横島の周囲で薫達が騒ぎ出す。更にハニワ兵に案内された柏木がマスコミの退去が終わった事を告げに来たが、渦中の人である横島はピクリとも動かない。世間体と言う名のガラス細工の理性と、文字通り世界の命運を左右する煩悩の狭間で打ちひしがれている。

「あれ、薫じゃない。どうしたの?」
 柏木の更に背後からの声に薫はビクっと振り返った。
「げっ、タマモねーちゃん!」
 そこに立っていたのは妖狐のタマモ。散歩にでも行っていたのだろうか、手には老舗豆腐屋の袋を提げている。また稲荷寿司を買って来たのだろう。
 彼女はざっと部屋を見回し、倒れる横島の背に跨る紫穂を見ておおよその事を悟った。
「…ダメじゃない、言ったでしょ? 横島で遊ぶ時は生かさず殺さずだって」
「「「はーい、ごめんなさーい」」」
 お姉さんぶって嗜めるタマモに対し、薫達は素直に謝っておとなしくなった。
 信じられないぐらいにおとなしい三人に、皆本は思わず後ずさり、足を滑らせて庭に転げ落ちる。
「か、薫達が素直に…ッ!?」
「何をそんなにうろたえているのかネ、君は」
 内心皆本と同じように感じていた柏木とナオミの二人は苦笑いだ。

「局長! あの子は一体!?」
「君は初対面だったか、彼女は横島君が保護しているタマモ君。発火能力(パイロキネシス)を始めとしていくつものPK、ESP、はては合成能力まで使いこなす天才少女だよ」
「ほ、本当ですか、それは!」
 表向きはそういう事になっている。
 元々オカルトGメンに追われる身であるタマモを救うために、能力を持った少女として認定させ、公的に別人にしてしまおうと美智恵が提案したのだ。美智恵と桐壺に面識ができたのはこの時だったりする。
 GSである横島の保護下にあるため超能力者としては登録されていないが、美智恵により揃えられた≪人間レベルに手加減した≫資料によればタマモの超度は3前後。全ての能力を使いこなせば6程度になるのではないかとB.A.B.E.L.は判断しているらしい。
 公的にタマモは、GS横島の保護管理下にある人間、横島タマモなのだ。

 しかし、皆本の反応も無理はないだろう。普段の薫達を知っていれば、いくら天才的な超能力者だとしても、ここまで素直に同年代の少女の言う事を聞くとは思えない。
 だが、理由そのものはいたって単純だ。何てことはない、三人揃ってタマモと言う少女を尊敬しているのだ。超能力者ではなく女として。
 傍目には少し年上程度なのだが、頭の回転はすこぶる速く、時折覗かせる妖艶さは「大人」を感じさせる。何より、タマモは本能的に男の心を玩ぶ術を熟知しているのだ。尊敬し、師と仰ぐのもある意味当然であろう。
 横島や皆本にとって傍迷惑な事実だが、それについては今更なので割愛する。

 横島達から見ればタマモもまだ子供なのだが、むしろそこがポイントなのかも知れない。
 薫達から見た場合、皆本達はおろか横島や六女の生徒達も「届かない大人」であるのに対し、タマモはあくまで「大人っぽい子供」なのだ。それだけ三人の子供達にとっては身近であり、自分達でも頑張れば手が届くかも、と思える目標なのである。

 そんなタマモが初対面の皆本、ナオミをスルーして桐壺の前に立った。
「あんたらB.A.B.E.L.の人間よね。って、事は仕事できたの?」
「ウム、そうなのだが、横島君がこの有様では…」
 桐壺相手にも平然と話すタマモ。だが、生意気な子供と言う印象は薄く、その堂々とした態度は、それが当然のように思わせる。
 薫達はこの辺りも尊敬しているのかも知れない。
 そして横島は、まだピクリとも動かないでいた。いつもならそろそろ復活しても良い頃なため、タマモは眉を顰めてそちらを見る。
「変ね。いつもなら、そろそろ蘇ってるはずなのに」
「クスクス…いつもより緊張してたみたいだから」
 紫穂は笑いながらも怖い目をしているがタマモは気にしない。
 それよりも「いつもよりも緊張」と言う言葉から考えられる原因を探し、ふとある事に気が付いたタマモはチラリとナオミに視線をやる。
「横島を起こすわ。あんたにも協力してもらうわよ」
「私が、ですか?」
 突然話を振られたナオミは驚いて目を丸くし、タマモはいかにも何か企んでますと言った顔でニヤリと笑った。



「横島さん、横島さん、起きてください」
「もー、わいのことはほっといてー」
 そう言いつつも、横島はふとナオミの顔を見上げてみると、心配そうな顔をしてしゃがみ込んでいた。
 先程まで大騒ぎしていた薫達の姿は無い。それどころか周囲にナオミ以外の人影がない。
 横島は何故か肌寒さを感じていた。まるで、いつか雪山で遭難した時のようだ。
「大変だわ、身体が冷え切ってる…!」
 驚きの声を上げたナオミはしばし躊躇していた様子だったが、やがて決心したのか唇をきゅっと力強く結ぶ。
「横島さん…」
「…?」

「私が、人肌で暖めてあげますから…」

 そう言ってナオミは上着を脱ぎ、襟元のリボンに手をかけ―――

「君みたいなコが、そんな事しちゃいかぁーんッ!!」

―――そこで、横島が叫びながら立ち上がった。

「おお。本当に目覚めたぞ!」
「やるな、タマモねーちゃん!」

「…え?」

 立ち上がった横島が周囲を見回してみると、そこには先程までと変わらぬ皆の姿が。ナオミもきっちりとB.A.B.E.L.の制服を着込んでいる。
「あれ?」
「…フッ」
 足元にはニヤリと笑うタマモ。
 その表情を見て横島は全てを悟った、全ては仕組まれた幻覚だったのだと。

「だまされたぁーーー! え〜匂いやったのに! え〜匂いやったのにぃ!!」
「ちょろいわね〜」

 あとはいつもの如しだ。横島は柱に頭を叩きつけ始めた。
 みるみるうちに柱が赤く染まっていくが、薫達も見慣れているのかそちらには特に注目せずにタマモの元に集う。
 だが、ナオミだけは、その様子を見て青ざめてタマモに詰め寄った。
「タ、タマモちゃん? 私、イメージの中でどんな事してたんですか!?」
「大した事はしてないわよ。でも、あいつはあんたみたいなのに幻想抱いてるだけだから」

「こんな事なら夢の中だけでも堪能しとくんだったー!!」

 一方、再びノリについていけなかった皆本はと言うと。
「精神感応能力! いや、匂いも感じると言う事は催眠能力も合わせた合成能力か!?」
 タマモの能力を真面目に分析していた。
 超能力として分類すればそうかも知れないが、タマモはただ単にいつも通り化かしたに過ぎない。

「皆本はん。ここじゃ真面目に考えたヤツが馬鹿みるで」
 やけに実感のこもった声で、かつて薫に贈られた言葉を、今度は葵が皆本に贈った。


「ほらほら、仕事があるんでしょ。とっとと稼いできなさい」
 そう言って額から血をだくだくと流す横島の背に発破をかけるタマモ。
 すると横島はすぐさま重傷状態から復活し、ひょいとタマモを摘み上げる。
「その通りだ、除霊助手。さぁ行くぞ」
「って私も!?」
「今回は薫達が現場の外で待機してるらしいからな。お前もそこで待機してろ」
「そんなのなら、私が行く必要はないじゃない! まだ買ってきた稲荷寿司食べて…!」
「ハニワ兵、それ冷蔵庫に放り込んどいてくれ」
「ぽー!」
 サングラスを掛けたハニワ兵がすぐさまタマモの手から袋をひったくって持っていってしまう。こういう時の彼は実に素早い。

「やめてー! 冷やすと固くなるぅーっ!」
「さぁー、除霊に行くぞー!」

 悲痛な叫びをあげるタマモを小脇に抱えたまま横島達は現場の屋敷への向かう。
 桐壺が交通手段としてヘリを用意したため、近隣の住民が野次馬として集まっていたが、それを見た皆本はヘリとカオス式地脈発電機とを見比べて、どうしてこんなありふれた物を珍しがるのだろうと疑問符を浮かべていた。
 日常と言うものは、時に恐ろしいものである。



「うぅ〜、私の稲荷寿司〜。油揚げ〜」
 現場に到着した時、タマモはまだ泣き崩れていた。
 その様は、先程まで薫達にお姉さんぶっていた時とは打って変わって実に子供らしく見える。
「今すぐ最高級のきつねうどんの用意を!」
「ハッ!」
 興奮気味の桐壺の命令を受けて、局長直属の特殊部隊「Aチーム」がフル装備のまま料理を始める。
 Aチームの面々の料理の腕は手馴れたもので、周囲に良いかつお出汁の香りが漂い始めた。
「薫達だけじゃなくて他の子供にも甘いんですか、局長」
 呆れた様子の皆本。止めようかと思ったが、逆に桐壺のテンションが上がりそうなので控える。賢明な判断だ。

 桐壺が特殊部隊用のフル装備に身を固めている間にうどんが完成し、タマモは無事復活。
 横島も、今回は美神の元で一時期事務所運営を押し付けられた時から愛用しているスーツ姿で除霊にあたる事になっている。B.A.B.E.L.の立場上、あまり外部に依頼した事は知られたくないらしい。
「さぁ、行こうか」
 そう言って桐壺は銃を構えるが、幽霊相手に実弾がどこまで効果があるのかは疑わしいが、オカルトGメンと違ってB.A.B.E.L.には銀の銃弾など支給されていないので仕方がない。

「ナオミちゃん。ミイラは確認したけど、幽霊の姿は見てないんだよね?」
「は、はい!」
「でも、この様子を見ると何かおるんは確かやろなぁ…」
 そう言う葵の視線の先には古びた屋敷を取り囲むように物が飛び交っている。
 家具、割れた窓ガラス、果ては捨てられた空き缶まで、ありとあらゆる物が飛び交い、その勢いは凄まじくまるで竜巻のようだ。
「どうする? ウチの瞬間移動で中に入るか?」
「…いや、それはやめとこう。中の状況がわからない以上、葵ちゃんを連れて行くのは危険だろう」
「そんな、気にせんでもええのに」
 そうは言っても、今回の任務に関しては横島の意見が最優先だ。彼が駄目と言えば駄目である。
「しかし、それじゃどうやって中に入るつもりなのかネ。あの念動能力の嵐は相当なものだぞ」
「でも、飛んでるのはただの物なんでしょ。あれぐらい簡単に防げるっスよ」

 横島が提案したのは実に単純な事だった。
「それじゃ行きましょうか」
「ウム!」
「大丈夫なんですか?」
 横島、桐壺、ナオミの三人が乗り込んでいるのは、B.A.B.E.L.の装甲車。
 物を投げつけられてもビクともしない装甲車を物理的なバリケードとして屋敷に接近。あとは扉なり窓なりを破って中に侵入しようとの事。
 竜巻のような勢いとは言え、念動能力自体は「物を動かす力」に過ぎない。爆弾でも飛び交っていない限り問題はないと判断したのだ。
 そのまま桐壺がハンドルを握り勢い突貫。壁にぴったりと張り付くように横付けにして扉を開き、窓を破って屋敷の中への侵入を成功させた。その間、色々な物が装甲車にぶつかる音がしていたが、戦闘用車両だけあってビクともしない。
 三人が中に入ると、ナオミは念動能力でタンスを動かして割れた窓を物理的に塞いだ。元より屋敷の外だけを飛び交っていたものだ。屋敷の中に飛び込んで来ようとする様子は無い。
「…我々を排除しようとはせんみたいだな」
「悪霊ってのは何考えとるのかわからん…と言うか、何も考えられなくなってる事もありますからねぇ。そういうのは直接会うまでは考えるだけ無駄っスよ」
「そ、そうなのかネ?」
 安堵の溜め息を漏らす桐壺に横島が苦笑して答える。
 桐壺自身、銃火器で武装したテロリスト相手にも素手で渡り合う事のできる猛者だが、流石に本物の幽霊屋敷と言うのは初めての経験らしい。

「それじゃナオミちゃん、ミイラがあったって部屋まで案内してくれるかい?」
「わかりました、こちらです!」
 突入したのは一階のリビング。件の部屋は二階にあるため、まずは玄関ロビーまで行って、そこの階段から二階へ上がらなくてはならない。
 三人は周囲を警戒しながら、横島を先頭にリビングを出た。今のところ、霊の気配は感じられない。


 一方、屋敷の外ではタマモがきつねうどんを食べながら、丼片手に屋敷を注視していた。
「タマモはん、どないしたん?」
「………霊の位置が掴めないのよ。なんか、漠然として」
「君は、そういうのもわかるのか?」
「じゃなきゃ調査とか任されないわ。こう見えてもオカルトGメンの霊視を手伝った事もあるのよ?」
 驚く皆本にタマモはしれっと返す。ちなみに、オカルトGメンの仕事は美智恵を通し、買い食いのための小遣い稼ぎとして横島には内緒で引き受けていたりする。
 タマモにしてみればこれは生まれ持った犬族の超感覚を駆使しているだけで、出来てあたりまえのことなのだが、それと知らない皆本には衝撃的だったらしく「遠隔透視能力(クレヤボヤンス)…いや、それだけでは…」と考え込んでしまう。
 彼女の超感覚は獣よりも高い精度で匂いを嗅ぎ分けるだけでなく霊波も嗅ぎ分け、更には「死臭」や「不吉な予感」と言った概念的な物まで察知する。しかし、この事は皆本に知らせない方が良いだろう。余計に混乱させるだけである。

 タマモの超感覚ならば、屋敷を覆う念動能力のフィルタがあったとしても中の様子を霊的に探る事は不可能ではない。
 しかし、それでも霊がどこにいるかがわからない。まるで屋敷全体に靄がかかっているかのようだ。

 雑霊が集まっているのか、それとも…。

「…ま、横島なら死にはしないでしょ」

 色々と可能性は考え付くが、中の横島達に伝える術がないので、タマモは取りあえず目の前のきつねうどんに集中する事にした。



おかわり





 私のイメージする横島と紫穂はだいたいこんな感じです。

 薫、葵、紫穂の少女三人。そして、皆本と横島の二人。
 役割の被るキャラはおのずと出番がなくなっていくもので、それぞれのキャラの差について書いてみました。
 おかげでナオミの影が薄いのなんの…。

 絶対可憐チルドレンとのクロスは割と評判が良いので、ネタがあれば続けていこうと考えています。
 もっとも原作がまだ途中で完結していない上、『黒い手』シリーズの外伝的な位置付けですので、兵部等の扱いの難しいキャラは今後も登場させないと言う事になるでしょう。
 彼の仲間である敵側のエスパーが登場するにしても、あくまで兵部のいない世界の同じ人と言う事になると思います。

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