絶対可憐にワイルドに 4
「…俺らの相手って、一体誰だ?」
「…除霊って、ここまでする必要があるんですか?」
横島とナオミの眼前には、完全武装のオカルトGメンとB.A.B.E.L.がテントを張り、住宅地だと言うのに、前線基地が築かれつつあった。
「すげーっ! B.A.B.E.L.やめてオカルトGメンに入ろうかな…」
「えー、オカルトGメンってケチ臭いって言うやん」
「どうせならGS資格取った方がよくない?」
「君達! 冗談でもそう言う事は言わんでくれないかネ!?」
はしゃぐ少女達に対して、悲鳴のような雄叫びをあげる桐壺。
いかにも「軍の特殊部隊」と言わんばかりのB.A.B.E.L.の隊員達に対し、製作者である須狩の趣味なのかオカルトGメンの装備はまるでSFの世界だ。それが薫はいたくお気に召したらしく、瞳をキラキラと輝かせている。
それを見た美智恵はニヤリと悪どく笑っていたかと言うと、そうでもない。薫の反応は彼女にとっても予想外だったらしく「こんな反響もアリなのね」と、来期以降の新人募集に使えると考えているようだ。それと、自分の趣味も反映させてやろうかとも。
横島はとりあえず、ナオミを連れて西条に事情を聞きに行く事にした。
美智恵に聞くのが一番なのだろうが、彼女と桐壺の間に入る気にはなれない。タマモに聞けばわかったかも知れないし、西条に聞くよりもB.A.B.E.L.の秘書官である柏木朧一尉に話を聞きに行った方が数少ない美女と話すチャンスなのだが、横島はあえてそうしなかった。
理由は一つ、ナオミの前で鼻の下を伸ばすのを避けたのだろう。六道女学院の生徒達の前でもそうなのだが、最近の横島は変に好印象な目で見られているため、それを失わせまいとする傾向にある。
「と言うわけで消去法で残った西条、これは一体何なんだ?」
「いきなり失礼な奴だな、君は………まぁ、大人の事情だ。君達が気にする事じゃないよ」
いつもなら、横島に対しては「売り言葉に買い言葉」を地で行きながら軽くあしらう西条なのだが、今日はそんな気にはなれない。
この騒ぎの原因はB.A.B.E.L.司令桐壺の軽率な行動と、それに対抗意識を燃やしたオカルトGメン上層部。それらに美智恵が反応し、嬉々として突っ走ったためだ。横島はただ巻き込まれただけである。
とは言え、そもそも横島が自分の立場を考えて軽率に出てこなければこんな事には―――
「いてっ! いきなり何だ?」
「もう少し自重したまえ」
「はぁ?」
―――よくよく考えてみると横島にも責任がある気がしたので、西条は軽く彼の頭を小突いてやった。
彼は依頼されてきただけなので酷な様な気もするが、そろそろ「自重」と言う言葉を覚えて欲しい。
「横島君、ちょっといいかしら?」
「あ、はい」
美智恵に呼ばれて行ってみると、美智恵、桐壺を筆頭に柏木、皆本と、この場における指揮官レベルの人間ほとんどが集まっていた。横島と共に着た西条が加われば「ほとんど」が「全員」になる。
薫達が子供だけで集まっているため、手持ちぶさたとなっていたナオミも横島についていったのだが、それを見た美智恵のこめかみがひくついた。それに気付いたナオミがビクッと横島の背に隠れてしまったので、慌てて表情を元に戻して平静を装う。
「それで横島君、屋敷を一通り霊視してみてどうだった?」
「それがどうも、何かいるのは間違いないと思うんですけど、影も形も…」
その言葉を聞いて美智恵は桐壺に視線を向けると、彼も黙って頷いた。
桐壺は霊を見ることはできないので、この場合は一方の責任者である桐壺も状況を理解しているかを確認しているのだろう。
「屋敷の中では、ポルターガイスト現象は起きなかったのね?」
「はい」
「案の定、判断力は乏しいみたいね」
呟いて腕を組む美智恵。その時、オカルトGメン御用達の高性能な機器を担いだ隊員達が調査を済ませて戻ってきた。
四人の隊員達はそれぞれ調べてきたデータを美智恵に提出する。どうやら四方からポルターガイスト現象を起こしている力のマイト数を調べてきたらしい。
「…やっぱり、ほとんど同じ数値が出ているわ」
普通ならば、たとえタマモやシロのような超感覚を持っていたとしても、細かな力の大小の差など分からない。人間に比べればその精密さは高まるが、やぱり彼女達からしてみればじっぱひとからげで「悪霊レベル」に過ぎないのだ。
しかし、オカルトGメンは違う。令子曰く「無駄に高性能」と言われた装備は、除霊には必要なくてもこのような調査に役に立ったりする。なにせ零コンマ以下の数字ではっきりと力の大小が示されるのだ、職人の無駄なこだわりと言えよう。
美智恵は四つの計器を見比べると思っていた通りだと笑みを浮かべた。
「見事にコンマ以下の数値まで同じ」
「美神隊長、それは一体…?」
「屋敷の四方で調べさせた、ポルターガイストのマイト数を調べたものですわ。0.1以下の差はありますが、言うまでもなくこの程度は誤差の範囲です」
調査し、結果を精査する。低レベル集団と言われているオカルトGメン日本支部ではあるが、これに関してはGS協会よりもはるかに優れていると言って良いだろう。彼等の持つ無駄に高性能な機器や、個人の集まりであるGS協会と違って「組織」であるという利点が活かされているのだ。
問題があるとすれば、今までそのデータを活かせる者がいなかったと言うことだろう。収集したデータがあっても、それを扱うのが素人では何もわからない。
だが、今は違う。西条すらも子供扱いする美智恵がいるのだ。オカルトGメンだからこそ集められる数々の情報は、経験の塊とも言える彼女の頭脳を以って活かされることとなる。
この話だけを聞くと「オカルトGメンも民間GSに負けていない」と思えてしまうかもしれないが、それは大きな誤解である。
確かに一つの事件に対処するには十分だろう。しかし、彼等の求められているのは日本全国をカバーするだけの大組織。オカルトGメンの抱える問題とは、ひとえに「人手不足」の四文字に集約されているのだ。
閑話休題。
「それで、美神隊長。そのデータから何がわかるのかネ?」
「そうですね…色々とありますが、例えば―――敵の正体とか」
訪ねる桐壺に対して、勝ち誇ったような笑みを浮かべる美智恵。実際、勝ち誇っているのだろう。
「でも姿が見えないんですよ? 実際に現場に入ったわけでもないのに、何がわかると言うんですか」
皆本が反論するが、美智恵は「若いわね」と言わんばかりの顔で周辺の地図を取り出した。先程隊員達が調査してきた四つの地点をその上に示す。
「これは…」
「この四つの地点で同じ数値が測定された。さて皆本二尉、これはどういう事かわかるかしら?」
「まさか、この中心が指名手配犯の居場所? いや、それだけでは正体がわからない。何より同じ数値を出たのは偶然じゃなくて、きっと美神隊長が何か…」
地図とにらめっこをしながら頭を悩ませる皆本。美智恵の出したヒントから答えを導き出そうとしている。
一方、横島はさっぱり分からないようで早々に諦めてしまったようだ。
「それより、早いとこ除霊しなくていいんスか?」
逆に早く除霊を済ませてしまおうと促そうとするが、美智恵はそれをあっさりスルー。逆に横島の方にも話を振ってきた。
「横島君にも一つ問題を出しましょうか」
「え゛…簡単なのにしてくださいよ」
まるで授業中に教師に指名された時のような態度に美智恵は思わず苦笑してしまう。
「それじゃ、簡単なのにしましょうね。今現在、悪霊に起きている被害は?」
「そりゃあ…あれですよね」
そう言う横島の視線の先は、屋敷の周囲を物が飛び交うポルターガイストの嵐。これは誰にでも分かることだろう。
「次はナオミちゃん」
「え、私ですか?」
「ええ、現在の被害は屋敷を取り囲むポルターガイスト。では、視点を変えてそれによって起きている被害は?」
「え? え? ポルターガイストそのものじゃなくて、ですか?」
美智恵の問いにナオミは戸惑った。彼女に言わせれば、ポルターガイストが発生している事自体が被害なのだ。
基本的に真面目なためか真剣に悩むナオミ。じっくり考えてみるとある事が分かってきた。
存在しないのだ。ポルターガイストによって起きる被害と言うものが。
確かに、あの屋敷に入れなくなると言うのは被害と言えるだろう。しかし、そもそもあの屋敷は普段使用されていないものだ。
「分かったみたいね」
だんだんとナオミにも美智恵の言わんとしている事が分かってきた。
確かに、飛び交う物自体は互いにぶつかり合ったりして破損したりしているだろうが、それは既に起きてしまった事。今から急いで解決したとしても、その被害は消えたりしないだろう。
だとすれば、時間を引き延ばす事にメリットがあるのかと言う事になるが…。
「せっかくのオカルトGメンとB.A.B.E.L.の共同作業なんだから、大事にしてやらないとダメよね」
「なるほど! その通りですな」
邪悪に微笑む美智恵に、合点がいったのか負けじと黒い笑みを浮かべる桐壺。どうやら作業に掛かる時間を引き延ばす事によってこの除霊を大事にしたいようだ。
横島、ナオミ、更には西条、皆本、柏木まで呆れた顔をしている。
「それはともかく、要するにポルターガイストを起こし続けるにも限界があるのよ」
「確かに、エスパーはそうなんですけど…あの、あ、悪霊も同じように考えていいんですか?」
「魂を維持する必要がない分、使える量は増えてるけど大して変わらないわ。判断能力に欠けていると言うなら好都合よ、疲弊し切ってくたばる直前まで見物させてもらいましょう」
「………いいんですか? それで」
良いのである。
民間GSであれば、早く解決するほどボーナスが出たりする事もあるが、オカルトGメンにはそのような枷がない。ならば、時間を掛けて楽をしようと、美智恵は言っているのだ。
後々マスコミ等からつつかれても困るので、他の家屋に被害が出ないように結界を張りはしたが、それだけだ。美智恵はあらかじめ用意していた紅茶の入った水筒を取り出して、のんびりティータイムに突入している。
「横島君、薫ちゃん達と遊んでらっしゃい。お姫様達が退屈しないようにね」
「へーい」
横島はすぐさま席を立ち薫達の元に向かい、ナオミもまた横島の後を追った。思いの外好意的に見られていると美智恵は眉を顰めたが、薫達の輪の中にタマモがいるのが見えたので、こちらは彼女に任せておけば問題ないだろうとそのまま見送ることにする。
美智恵は、夕方ぐらいまでにはポルターガイストは収まると予測していた。
紅茶やお茶菓子を事前に準備している事から察するに、ここに来る前から敵の正体を察して、対処方法まで考えていたようだ。見事としか言いようがない。
美智恵に言わせれば、そもそもポルターガイストが屋敷の「外」で起きてる時点でおかしい。
「騒霊」と書かれる事もあるこの霊障は、一般人から見てもわりとありふれたものと言えるだろう。しかし、それが「何故」起きている、いや起こされているかを知っている者は少ない。
明確な答えがあるわけではないが、美智恵は防衛本能によるものだと考えていた。
自分の近くに他者を近付けないために壁を作る。相手が一般人だろうとおかまいなしにポルターガイストを発生させるのは、判断能力に乏しいため、一般人でも自分達に危害を加えられないと判断できないのだ。
彼女は実際に除霊の現場でこちらの霊力に反応して激しさを増すポルターガイストを何度も目の当たりにした事がある。それだけでなく霊障の事例書を紐解いてみると、このような反応は一般人が近付いただけでも起きると言う事が分かるのだ。知性を失ってもなお失われない生存本能と言ったところだろうか。
「だめだ。やっぱり、屋敷から等距離である事しか分からない」
頭を抱える皆本。超能力に関する豊富な知識を紐解いて、なんとか解答を導き出そうとするのだが、如何せん美智恵には十分な情報量でも皆本には少々足りないようだ。
「とりあえずは、それだけ分かれば十分よ。皆本二尉もこっちでお茶にしたら?」
「………はい」
がっくりと肩を落とす皆本。
彼の前に立ち塞がっているのは、霊能力と超能力の差だ。前者は「マイト」と言う単位が伝えられる以前から「霊力計」と言うものが存在していた。対して後者は『超度(レベル)』と言う単位を使用している。これが一旦どんな差を生むと言うのか。
「そうね。皆本二尉、貴方達の言う『超度』ってどういう基準で計っているのかしら?」
「それは、超能力で起こされる現象を…」
「そこよ!」
ビシッと皆本を指差す美智恵。いきなりの大声にビクッと後ずさった皆本。しかし、元々聡明な頭脳の持ち主なのだろう、「あっ」と声をあげて手を叩く。これだけのやり取りで何かを掴んだようだ。
今、皆本にあるのはオカルトと超能力の間にある矛盾だ。彼は超能力研究者として、オカルトでも超能力のように解明できると考えている面がある。しかし、ある一点において超能力の方がオカルトよりも曖昧な点だあると気付いた。いや、一枚のフィルターが入りぼやけていると言うべきか。
具体的に言うとこうだ。
『超度』と言うのは、超能力を以って起こされる現象の大きさで数値を計る。例えば『超度6』のナオミならば「家屋倒壊3%以下。地割れや山崩れが発生する」といった具合にだ。対して霊能力、いや霊力は、その現象を起こす力そのものを計るのだ。この差が両者の精密さを分けているのだろう。
地震の『震度』と『マグニチュード』の違いをイメージすると分かりやすい。
そして超能力、特に念動能力のような外部に影響を及ぼすタイプは、そのパワーと距離が反比例する傾向にある。この法則が『マイト』にも当てはまるとすれば…。
「ポルターガイストを起こしている本体は…まさか!?」
「そのまさかよ」
四つの点の中心を測ってみても、屋敷がL字型のせいか屋敷外になってしまう。それが皆本を悩ませていた。しかし「屋敷から等距離」である事に意味があるとすれば話は違ってくる。そこから導き出される答えは一つだ。
「屋敷、ですか…」
今まで静観していた柏木も答えに辿り着いたらしく、ポツリと呟いた。
そう、ポルターガイストを発生させているのは屋敷そのもの。正確には件の指名手配犯が何らかの原因で死亡した後に悪霊化し、屋敷そのものに取り憑いてしまったのだろう。このまま時間が経過して屋敷と言う『肉体』に馴染んで魔性に堕ちれば、机妖怪・愛子のようにこの屋敷も妖怪化していただろう。
美智恵は屋敷を取り囲むポルターガイストの話を聞いた時点でだいたいの青写真が浮かんでいた。ポルターガイストの嵐が一体何を守っているのかと考えた場合、考えられるのは一つだったからだ。民間GS時代に培った知識と経験があってこそと言えるだろう。
一方、子供達は薫が持ち込んでいたカードゲームに興じていた。クラスメートの男子の間で流行っている『甲殻王者カニキング』だ。
薫と紫穂が対戦し、葵は薫の手札を後ろから覗き込んでいる。タマモだけは興味がないらしく、かと言ってきつねうどんばかりと言うのも何なので、今度は信太巻きを作ってもらっていた。
最近、桐壺の『チルドレン就学計画』により、彼女達は小学校に通えるようになっていた。そのおかげあってか三人、特に薫は子供らしい趣味を身に着けつつあった。カードゲームもその一つだ。
ちなみに、このゲームを知った薫はすぐさま桐壺におねだりして大人買いしてもらい、全種コンプリートした豊富なカードを以ってクラスのチャンピオンに君臨している。
「食らえ! 道楽シリーズ最強の『花咲ガニ』!!」
「あら、レアカードね」
「フッフッフッ…大人買いしてやっと一枚手に入れた最新のレア! その力を見せてやれーっ!!」
「それじゃ、『食中毒発生』。営業停止で三ターンの間動かないで」
「ぐはーっ!? 紫穂、ブラックな妨害カードばっか使うなよ!」
「あら、これも戦術よ」
ただし、一番強いのは普段遊ばない紫穂だったりする。
薫は強いカニをこれでもかと言うほど集めてデッキを組む傾向にある。彼女だけでなくクラスメイトの男子は大抵そうだ。
対する紫穂はトリッキーに、対戦相手を罠にはめて倒すことを好んだ。この辺りにも性格が現れていると言えるだろう。
薫の後ろで観戦していた葵が、薫の持つ一枚のカードを指差しながら口を開いた。
「ほら、薫。コイツも出せるやん」
「くー! 切り札なんだけど『カニ漁船大漁旗』! デッキから好きなカニカードを選んで…来い、世界最大の『タカアシガニ』! コイツなら、お前のカニを飛び越えて本体を直接…!」
「『密漁船拿捕』、その『タカアシガニ』のコントロールはこっちがもらうわね」
「鬼ぃーーーッ!!」
いいようにあしらわれていた。
「薫ちゃん、それは何?」
「最近のゲームか?」
薫が紫穂に完全撃破されて口からエクトプラズムを吐き出している時、丁度美智恵との話を切り上げた横島とナオミが四人の下に訪れた。ナオミは元より子供のおもちゃ等には疎く、横島の子供の頃はカードゲームは流行っていなかったので、遠目に見た時はトランプで遊んでいると思っていたようだ。
「にいちゃん、あたしの仇を討ってくれー!」
「いや、そりゃムチャやろ」
「横島さん、この手のはあまり知らないと思うわよ?」
紫穂はいつも通りの態度ながらどこか勝ち誇っている。
「最近の子供は頭使うゲームやってるんだなぁ」
「…カニ、ですか?」
薫が大量に持っていたカードを眺める横島とナオミ。割とすんなり理解を示す横島と違ってナオミは「何故カニなのか?」と言う疑問を抱いているが、それは薫達にも分からない。
「それより、除霊の方はええんか?」
「んー、なんか相手が疲れるまで待つらしいぞ。それまで遊んどけってさ」
「それでええんかいな」
「早く終わらせてボーナスが出るなら急ぐんだけどなぁ」
「………なるほどなー」
金勘定に聡い葵はその一言で物凄く納得した。呆れた表情をしているが、彼女だって横島の立場ならきっと同じ判断を下すだろう。
対して途端に目を輝かせたのは薫、すぐさま横島の手を引いてゲームに巻き込もうとする。かくいう横島も、ナオミと二人っきりだと間と理性がもちそうになかったので、一緒に遊ぶのはむしろ望むところだった。
そして紫穂は突如降って湧いた横島との対戦に心躍らせている。表情はあまり変わらないが。
「あーあ、紫穂にも火が点いてもうたわ。てか、ええんか? もう除霊と関係ない世界に突入してまいそうやけど」
「いいだろ、オカルトGメンがわざわざあれだけの装備持って出張ってきたんだ。一民間GSはもうお役御免って事で…と言うか、あんま前面に出ない方がいいみたいだし」
これが令子やエミならば、面子の問題や報酬の引き下げを恐れてオカルトGメンと対立していただろうが、横島は現在の状況をさほど気にした様子はない。令子達のように引く手数多でスケジュールが埋まってるわけではないし、普段から地方への出張で除霊一件に一日掛ける事も珍しくないのだ。ここで半日拘束されたとしても、普段より短いぐらいである。
むしろ、ここで薫達と遊んでいるだけでそれなりの報酬がもらえるとすれば、横島は迷わずこちらを選ぶ。その上、同じく出番のなさそうなナオミが隣にいるのだ。今更何のためらいがあろうか。
一つ気がかりな事があるとすれば、ナオミが「横島さんの除霊は見れないんですね」と残念そうにしている事だが、これについては「どうせ悪霊なんて『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』一発で終わりっスよ」と笑うしかないが、実はメリットとデメリットを省みた妥協の結果だったりする。と言うのも、横島はこの屋敷に取り憑いた悪霊を祓う方法が分からないのだ。
目の前に出て来てくれればそれこそ『栄光の手』で一発なのだが、屋敷を傷つけずとなると今の状態ではそれも難しい。別段、屋敷を傷つけてはいけない等の条件は付けられていないのだが、元来貧乏性の横島では余計に修理代の掛かりそうな除霊はできない。
文珠を使えば良いのかも知れないが、それは出来る限り使いたくない最後の手段。一悪霊の除霊に使用したなどタマモから愛子あたりに伝えられれば小遣いカットは確実だ。そしてカットされた分の小遣いは、タマモの腹を満たすために消費されてしまうだろう。
そんな理由もあって、後学のためにも今回の除霊は美智恵にやってもらった方が横島としては有難いのだ。ナオミに格好悪いところを見せなくて済むと言う理由も大きい。
「そうだ。霊能力の事が知りたいなら、土日あたりに家に来るといいよ。六道の子達も修行してるし」
「い、いいんですか?」
「もちろん大歓迎さ!」
遠慮がちに上目遣いで聞いてくるナオミに、心の中「だけ」で鼻血を噴出させつつ表面上は爽やかな笑みを装いながら返事する横島。ここまでくると一つの技と呼んでも差し支えないかも知れない。
「おっ、にいちゃんナンパか?」
「ナ、ナナナナナナンパちゃうわ!」
「どもり過ぎやで、横島はん」
紫穂はカードを切りながら心を読んだわけでもないのに「下心みえみえね」と、生暖かい目で横島を見ている。対してナオミの方はあまり免疫がないらしく、頬を染めていた。今頃ナオミの担当官、谷崎は精神感応能力者でもないのに、何かを察知して身悶えながら転がっているのだろうか。
何にせよ、紫穂にわざわざナオミを止める理由はない。どうも、ナオミは横島にとって好みではあるが、自分のペースに持っていけないタイプのようだ。彼をからかうネタが増えるのならばむしろ大歓迎である。
「それより横島さん、勝負しない?」
「おお! そうだな、ちょっと待ってくれ準備するから!」
案の定、横島は薫達の追求から逃れるため紫穂の誘いに乗って来た。
「超能力はなしでいくわ」
「フッ、こっちも文珠は無しだ!」
「貴重なもんゲームに使いなや」
横島の隣に腰を下ろす葵は、律儀に裏手でつっこんだ。
「向こうは盛り上がっているようだネ」
「彼はああで子守りが得意ですから」
微笑ましそうに横島達を見守る桐壺と美智恵、張り合わずにこうしている間は平和だ。普段は苦労し通しの西条、柏木の二人も、今だけはゆるやかな時間を過ごすことができる。
逆にのんびりできないのが皆本。生来真面目な彼は、そわそわしっぱなしで幾度となくまだ除霊しないのかと聞いている。
「ところで美神隊長、どうやって、その、除霊するんですか?」
「そうねぇ…せっかくだから結界車両使いましょうか」
「隊長…」
困った様子でこめかみを押さえる西条。この時点で西条の頭には三つ、美智恵の頭には五つの、屋敷に取り憑いた悪霊を祓う方法が浮かんでいた。
美智恵の考えた五つの中で一番派手な方法と言うのが、屋敷の四方を結界車両で固めて負荷を掛けて消滅させると言うものだ。西条はコストの事を考えて意図的に排除した方法だったりする。
そこまでする必要のある相手かと問われれば、言うまでもなく否。結界車両は本来対魔族用に作られた物、ただ単にB.A.B.E.L.に自慢するために派手にしたいだけなのだ。
「…隊長、ヘタすれば始末書モノですよ」
「派手にやれって言ったのは上だし」
冷や汗を流す西条に対し、美智恵に悪びれた様子はない。
「結界車両の出力なら、わざわざ時間をつぶす必要もなさそうね、やっちゃいましょうか」
「こちらとしても、早く終わるにこしたことは…しかし、大丈夫なのですか?」
「結界車両を使うなら、時間をかけたところで大した違いはありません」
それだけ一悪霊に対して結界車両の出力が圧倒的なのだ。繰り返すが、結界車両は本来対魔族用の物である。
「横島君、これから仕上げを行う。君も警戒していたまえ」
「は? そっちでやっちまうんだろ?」
「ああ、結界で囲み、その負荷で消滅させる」
「だったら、とっととやってくれよ。俺の文珠もいらないだろ?」
疑問符を浮かべる横島に西条は呆れた表情を覗かせた。
彼は間違いなく本気で言っているのだろう。だが、西条が伝えた今回のような方法は、神通棍で強制的に除霊するのとは根本的に違う。
これも先輩としての役目だと気を取り直し、西条は懇切丁寧に説明する事にした。
「…いいかい、負荷を掛けると言う事は、消滅させるまでにある程度の時間が必要って事だ。それまでに燻り出されてくる可能性もある」
「もしかしなくても、出てきた場合って…」
「暴走せずに出てきた例は聞いた事がない」
実は、美智恵は意図的にそれを狙っている節がある。本来ならば燻り出されてくる可能性を少しでも減らすために四方だけでなく「上」にも結界ヘリを飛ばすべきなのだ。
西条はそれをしない理由に二つほど心当たりがあった。一つは過去に何件か同じような方法で大量の悪霊を一気に除霊しようとした時、「下」から悪霊が逃げ出した例があると言う事。もう一つは、美智恵当人が、新型の破魔札マシンガンを使いたがっていると言う事だ。B.A.B.E.L.との共同除霊と言う、オカルト業界でも注目されるであろう一大イベントを、お披露目の場にしたいのだろう。
わざと逃げ道を用意して、上に逃げ出した直後に四方から一斉に撃墜するつもりなのだろう。
「しかし、何て言うか…盛り上がりに欠ける除霊だなー。次に何が起こるかだいたい分かるって、どこかのTV番組じゃないんだから」
「毎回そんな心臓に悪い除霊をしていたら身が持たないだろう。先人の知恵は活用すべきだ」
通常除霊に関しては、九割方過去に似たような事例が存在する。陰陽寮や西欧の『教会』のような古くからある組織には、千年以上の長きに渡っての除霊の歴史が膨大な資料として残されており、そこに載っていない事例を探す方が難しいぐらいだ。
それらを紐解き情報を得ることにより、あらゆる霊障に的確に対応できるようになるのだが…どうやら、西条の目の前に立つ横島忠夫と言う男にはそれが当てはまらないらしい。ひとえに勉強不足のせいだろう。
西条はこの時、オカルトGメンの教本をはじめとした各種資料を横島に送りつけてやろうと心に決めていた。
このまま放っておくと危なっかしくて見ていられないし、だからと言って、先人の知恵を得るために令子を頼りにするような事は避けたかったのだ。せっかく二人が疎遠になるように横島に協力してきたと言うのに元の木阿弥になるのは避けたい。
「まぁ、色々あったが、美神隊長のおかげで安全に除霊を済ませられそうだネ」
「そうっスね。それじゃ、そっちも気を付けてください」
にこやかな桐壺。こちらはオカルトGメンに対するライバル意識もあるが、それ以上に薫達が安全であることが重要なようだ。ただし、対超能力の更なる技術研究のため、明日から皆本をこき使う気満々である。
薫達とのゲームを切り上げて、西条から渡された吸引札を手に立ち上がる横島。
薫達三人は皆本、桐壺と共に、横島はナオミと共に、そして西条と美智恵もそれぞれオカルトGメン、B.A.B.E.L.の兵を率いて四方の警戒にあたるため、配置につくべく移動を開始する。
そして、タマモも流石に全員が動き出すとさぼり続けるわけにもいかないらしく、横島と共に動き出した。
とは言え、さぼる気満々なタマモ。歩くにも気だるそうにナオミにもたれかかりながらである。
「あ〜、だるいわね〜」
「タマモちゃん、大丈夫?」
「お前は食べ過ぎだ」
なにせ、桐壺が用意した油揚げは高級豆腐の老舗謹製の物だったのだ。ここぞとばかりに彼女が食べ過ぎてしまったのも無理はあるまい。
「ところでさ〜、横島〜」
「本気でたれてやがるな、お前は」
呆れた表情をしているが、横島の視線はタマモの頭を受け止め、包み込むナオミの胸に釘付けだったりする。
「ナオミ、コイツ今『おっぱいマクラ』とか考えてるわよ」
「え?」
「それはともかく! タマモ! 何か用があったんじゃないのか? もうじき結界車両が作動するから、急ぎじゃなかったら…」
横島は必死に誤魔化そうとする。タマモの方も、今はからかう元気もないので仕方なく用件を済ませる事にする。
屋敷の外から霊視しただけなので、はっきりと断言できないのだが―――
「屋敷の中に、何か封じられてるっぽいお札か何かがあったと思うけど、それどうしたの?」
「「え゛?」」
タマモの一言に、その場の空気が凍りついた。
―――彼女の超感覚は、他者の意志で動き苦しむものの波長と、その奥に隠された縛りつけられるものの悪意を察知していた。
その瞬間、無情にも結界車両が起動し、空気を振動させる耳障りな音と共に屋敷の四方が巨大な結界に囲まれてしまった。
つづく
あとがき
毎度のことではありますが、『超度(レベル)』と『マイト』の関係に関する設定は『黒い手』シリーズ独自の物です。
原作には存在しない設定なのでご了承ください。
原作でも数コマしか登場していない『甲殻王者カニキング』。
カードゲームについてあまり詳しくない方は軽く流してしまってください。今後、このゲームを大きく取り上げる予定は今のところありません。別のおもちゃを取り上げる予定はありますが。
とりあえず、実在するゲームに存在するカードと同じ効果の物しか出していませんので、そんなムチャなカードはないと思います。いくつかのゲームをちゃんぽんにしていますが。
原作での描写を見る限り、袋のサイズから察すればスナック菓子に一枚カードが付いているコレクションカードタイプとも思えます。しかし、「最強」と描写されている事を考えればカードに強弱があって、かつそれが重要視される、最近よくある対戦型カードゲームのようにも思えます。『黒い手』シリーズでは後者という事にしました。
ちなみに『密漁船拿捕』は当初別の名前でしたが、あまりにも危険過ぎたので変更しました。
こんな事やってるから「すみっこ好き」とか言われるのでしょうねぇ…。
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