黒い手 6
「…今回の一件、説明していただけますね?」
「そんな怖い顔すんなやキーやん。非業な運命により引き裂かれた…っつーても2人で1人になってたけど、愛し合う者達のために私達も、力を尽くそうじゃあーりませんか♪ そう全ては愛ゆえに〜 ルルル〜♪」
「神界の最高指導者として、魔界の最高指導者に警告します」
「…なんや?」
「死ぬほど似合いません。即刻おやめなさい」
「ほっとけ」
閑話休題。
厳粛な雰囲気の和室に通された横島、猿神を中心に両脇に小竜姫、ヒャクメが座して待ち構えている。
横島は対面して座につき、パピリオはその斜め後にちょこんと座った。
「横島、腕の方は大丈夫か?」
「え、ええ肌の色も肘あたりまで元に戻りましたし」
横島は魔族化した右腕を包帯に見せかけた小竜姫の竜気が込められた帯で固め三角巾で吊っている。肘から上は肌を露出させているが見た目には人間のそれに戻っていた。
「ヒャクメの分析によれば、それは人間に戻ったのではなく人間に擬態している状態のようじゃ」
「擬態…そいやワルキューレも最初に会った時人間に化けてたなぁ」
「正直に言うが、お主が完全に魔族化する事はもはや止められん。お主から魂と融合し、なおかつルシオラと言う核を失った魔力を取り除く事は命に関わる」
「完全に魔族化するのは時間の問題…ですか」
横島の言葉に猿神は頷く。
ヒャクメの目には肩まで魔族化した右腕がハッキリと見えているようだ。
「それを踏まえた上でお主に聞こう。これからどうするかじゃ?」
「下山します」
横島は迷う事なく即答した。
「下山して何をするつもりじゃ?」
「…人も、妖怪も、魔族も神族も…人ならざる者達の共存する道を見つけたいと考えてます」
「横島さん…」
「横島さんじゃないみたいなのねー」
横島の表情を眩しそうに見詰める小竜姫、さり気にヒドい事を言うヒャクメ。
そして、猿神は成長した愛弟子を目を細め嬉しそうに見詰めていた。
「それじゃ、私はヨコシマと一緒に山を降りるでちゅよ」
「ダメです!」
パピリオは横島とともに下山しようとするが、すぐさま小竜姫が止めた。
「うむ、理由はどうあれお前達は神族のテリトリーで騒ぎを起こしたわけじゃからな、しばらくは妙神山でおとなしくしとれ」
「うぅ…わかったでちゅ。ヨコシマ、体には気を付けるでちゅよ? 何かあったらすぐに駆け付けまちゅからね」
「ありがとう、パピリオ」
母のような口調のパピリオに苦笑する一同。
当のパピリオはあくまで本気だ。ベスパに横島をまかせられたという責任感もあるのかもしれない。
横島はその気持ちがうれしくてパピリオの頭を撫でてやるのだった。
「本当に面白い人間ですね、我々も彼の行く末を見守る事にしましょうか…」
「今んとこはなー」
上の空で返事を返す『サっちゃん』は完璧に腑抜けている。
「それはもういいです。どうしてそこまで彼に拘るのです?」
『キーやん』は前々から疑問に思っていた事を問い掛けてみた。
「どうしてやて? キーやんも知っとるやろ? 魔界に有象無象おる連中ってのはほとんどがカゲキにステキな武闘派ばっかやねんで!?」
「それは知ってますが、それとこれとは…」
「関係ある! 見てみぃあのワルキューレの変わり様を!」
変なポーズで『キーやん』を指差す魔界の最高指導者。
『キーやん』はとりあえずそのポーズには触れないで話を進める事にする。
「ワルキューレと言うと 月の一件で報告に来たジークさんの…?」
「そや! 堅い、キツい、怖いの三拍子揃た女がえらくぷりてぃになったもんや! ヨコシマをわしの部下にして あのテの連中との交渉にあたらせたらやな」
「武闘派の方達もおとなしくなると?」
ワルキューレもまさかこんな所で両界の最高指導者達に話題にされているとは想像もできないだろう。
「キーやんはええよな〜、神界の最高指導者言うても3人がかりで管理してるんやろ? わしなんか1人で全部やってるんやで? ぜーんぶ!」
そのほとんどの仕事は『ルー坊』に押し付けられているが。
「使えそうなん見つかってんから わしにくれてもええやん? ぎぶみー労働力! ヨコシマ カァムバァーック!!」
「………」
呆れ果てて何も言えなかった。
翌日、横島が妙神山を発つ時がやってきた。
「ヨコシマ、美神のおばちゃんにいじめられたらいつでも帰ってくるでちゅよ」
「は、はは…大丈夫だって…たぶん」
少し自信なさげだ。パピリオの台詞の一部に怖い物があった気もするが、あえてそれは無視する。
「横島さん…」
「小竜姫様…」
二人のやり取りを見守っていた小竜姫が一歩前に出て横島の前に立つ。
「この数ヶ月で貴方の決心、覚悟を見せてもらいました。私もこの妙神山の管理人として、神界、魔界共存のテストケースをまかされた身として、貴方を見習ってこれからも精一杯務めを果たしていきます…」
「そ、そんな俺は大した事してないっスよ」
慌てて否定する横島だったが、それを見詰める小竜姫の眼差しは変わらない。
そして、いつか貴方の隣に立つに相応しくなるために…
それは言葉には出さない誓い
「それじゃ、また…」
「ええ、私達はいつでもここで待っていますから」
いつかその誓いを果たすべく今は別れる2人。
横島は大きく手を振り妙神山から去っていった。
「…わしらもおったんじゃがのぅ」
「小竜姫、ちょっと雰囲気作りすぎでちゅ!」
「す、すいません…」
「ま、いーけどねー」
一方、魔界では
「さぁ、これで姉さんは蘇る」
ベスパは眷族の妖蜂達に作らせた巣型のカプセルにルシオラの霊破片を入れ復活の時を待っていた。
姉さんにまず何をしよう?
あの時の事をあやまろうか?
それとも末の妹と姉さんの残してくれた同じ魔力を分けた兄の近況を話そうか?
ピシッ
ベスパの考えがまとまるよりも早くカプセルに亀裂が入り復活の時を迎えた。
「姉さん!…え゛?」
なんと、カプセルから出て来たその姿はルシオラである事には間違いないが、パピリオ以上に幼い少女の姿だったのだ。
いかに蘇るに足る霊破片があったとしても やはりギリギリの量だったからだろうか?
完全に元の姿に戻るには足りなかったらしい。
そして、問題はそれだけではない。
ルシオラは悠然と歩を進め魔界の空の下高らかにこう宣言したのだ。
「待ちに待った時が来たのよ! あの時の私が、無駄死にでなかったことの証のために!」
「ちょ、ちょっと姉さん?」
しかし、ルシオラは止まらない。
「再びワン・フロム・ザ・ハートの理想を掲げるために! 海辺のチャペルでの結婚式成就のために!」
一息に言い切り、ここで天に向かって高々と小さな拳を突き上げ、こう叫んだ。
「『GS美神』よ、私は帰ってきたあぁぁぁッ!!」
とりあえず、魔界にチャペルはないと思われる。
「あたし、何か間違ってたか? 横島の影響か? それとも、元々こうだったのか? 教えて下さい、アシュ様ぁー!?」
魔界の空にルシオラの高笑いとベスパの絶叫が響き渡る中、お空に浮かぶアシュ様は「私のせいじゃないぞ〜」と爽やかな笑顔で手を振るのだった。
おわる
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