虎の雄叫び高らかに 3
突然だが、横島は窮地に陥っていた。
前門の怒れる竜、後門の妖狐。と言えば聞こえがいいかも知れないが、要するに修羅場である。本人にその意識はないが。
唯一おとなしくしていた机妖怪に縋るような視線を向けるが、机妖怪こと愛子は苦笑いで顔を横に振るばかり。確かに、竜神と伝説級の大妖怪の転生体を相手にただの学校妖怪では分が悪い。
しかも、愛子は元が木製の机なので火に弱い。タマモが得意としているのは狐火であり、小竜姫は今にも火を吹きそうだ。変身しないままで。
「…で、そちらのお2人が誰なのか説明していただけますね?」
「は、はい! 紹介しますデス! こっちの机妖怪の愛子がウチの事務員で、そっちのタマモが妖狐で俺の除霊助手っス!」
小竜姫の放つ霊圧に耐えかねた横島はすぐさま怯えながらも2人を紹介するが、その後すぐに愛子の影に隠れてしまう。
確かに嘘は言っていない。小竜姫もその説明に少し落ち着きを取り戻したが、
「ひとつ屋根の下で同棲中だけどね〜」
からかうようなタマモの言葉に再び霊圧が高まった。
「ふっふふふっ。いつまでもここにいては修行のジャマですよねぇ、場所を変えましょうか?」
そろそろ笑顔を保つのも限界がきているようだ。
横島と愛子は脱衣場のスミで怯えている。
そんな二人に対しタマモは、流石と言うべきか全く意に介する事のない態度で平然としていた。
「それじゃ、部屋にご案内しますわ…3人別々の部屋になりますが、かまいませんよね?」
妙神山の管理人としての立場がある小竜姫は、辛うじてその責務を果たそうとするが
「あ、私は今日も横島と一緒に寝るから同じ部屋でお願いね」
空間にヒビが入る音が聞こえた、ような気がした。
「あら〜、『お兄さん』に甘えたい盛りなの? まだまだ『子供』ねぇ〜」
「あんま客のプライベートに立ち入るもんじゃないと思うけど、『管理人』さん?」
「私と横島さんは斉天大聖老師を同じく師とする『姉弟弟子』なんですよ。ただの『雇い主』と『従業員』じゃないんですから」
「ええ、そうね〜。一緒に事務所を立ち上げた『運命共同体』だし、切っても切れない関係って言うの? こういうの」
にこやかに会話を続ける2人だが、その周囲で小竜姫の竜気とタマモの妖気がぶつかり合いスパークを散らせ始める。
横島はこのままここにいてはマズイと愛子を連れて脱衣場から逃げ出した。普通に考えれば愚挙だが、後先を考えている暇はない。
「あれ? 横島さんと愛子さん?」
ピートが猿神の到着を待っていると、突然横島が脱衣場の扉を蹴破って愛子を連れて飛び出して来た。声をかけようとしたが、横島はピートにそんな暇も与えずに走り去ってしまう。
呆然としていたピートだったが、その直後小竜姫とタマモが横島を追って飛び出して来たのを見ておおよその事を理解して溜め息をつくのだった。
「小竜姫ったら子供の挑発にのってしょうがないのねー」
「まったくだねぇ」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこには先程まで鬼門の所にいたヒャクメともう1人。
「お前は…メドーサ!?」
そう、ヒャクメの隣に立っていたのはあのメドーサだった。
「なんだとぉーーーッ!?」
ピートの声が聞こえていたのか、横島が愛子を小脇に抱えたまま戻ってきて愛子を下ろすとメドーサに近付く。
当然、タマモと小竜姫も横島を追いかけてきたが、タマモが横島の様子に気付いて立ち止まったため2人揃って転んでいた。とりあえず一時休戦である。
「お前、ホントにあのメドーサか?」
「誰かと思えば横島じゃないか。久しぶりだねぇ…そうだよ、あんたに二度も殺されたメドーサさ」
挑発的な笑みを浮かべるメドーサに対し横島とピートが身構えるが、すぐさまヒャクメは間に割って入って来た。
「ちょ、ちょっと待つのねー! あのメドーサに間違いはないけど今は監察処分の身だから!」
「「え?」」
ヒャクメの言葉に思わず2人の動きが止まる。
猿神がその場に現れたのは ちょうどその時だった。
ヒャクメから状況を聞いた猿神は首をかしげる。
「はて? 人間の方にも連絡は行っているハズなのだが…アシュタロスに従っていた魔族、妖怪は皆恩赦を受けておるのだぞ?」
猿神のその言葉に横島とピートは驚きを隠せない。 その様子に気付いたヒャクメが説明を引き継いだ。
「当のアシュタロス本人が罪を許される形で輪廻の輪から外れたから、それに従っていたしたっぱ連中だけ罪を問うわけにはいかないのねー」
「悪かったねぇ、したっぱで」
メドーサの突っ込みを無視してヒャクメは続ける。
「勿論GS協会とかが懸けてる賞金は健在だし、無罪放免とは言わないけど、メドーサみたいに既に一度除霊されているのは賞金も消えちゃってるから無罪放免とほとんど変わらないのねー」
ヒャクメはあえて口に出しては言わないが、このあたりはアシュタロス亡き後の神魔のパワーバランスも考慮した上での処遇だ。
「まぁ…私みたいに色々やってると、賞金なくなってもこうやって監視付の幽閉処分になるんだけどな」
そう言うメドーサの手には買い物カゴが下げられている。どうやら小竜姫がお使いを頼んでいたようだ。
幽閉と言う割にはそれなりに自由にやっているらしい。
「でも、お前は文珠の直撃を受けたんだぞ?」
「あー…その事なんだけどねぇ…」
メドーサが頭をかきながら言葉を濁し、今度は小竜姫が口を開く。
「土偶羅からの情報なのですが…あの時コスモプロセッサで復活した者はコスモプロセッサが動いている限り、倒されても復活していたそうです」
「! って事は他の連中もどっかで生きてるのか!?」
「コスモプロセッサが破壊された後、祓われてなかったらね」
小竜姫とメドーサの説明によると、アシュタロスに従っていた魔族の中で自力で魔界に戻る力がある者の内半分程はアシュタロスが倒された後さっさと魔界に戻ってしまったらしい。
メドーサに言わせれば大半の魔族の忠誠などその程度との事だ。
人間界に残っているのは自力で戻る事ができない者か、戻れるが戻る意志がない者。
後者の中で何らかの悪さを企む者はGS協会からも賞金が掛け直されたりしているが、前者に関しては妖怪と同じ扱いで今後騒ぎを起こさない限りは放置するそうだ。
無論、メドーサのように過去の罪状によってはなんらかの処分がある。
「まぁ、積もる話があるなら場所を変えてせい。ピートとやら行くぞ」
「あ、はい! それじゃ」
猿神に連れられピートは脱衣場へと入っていった。あそこからまたタイガーとは別の異空間に移り修行をするのだろう。
「私ゃ別に話もないんだけどねぇ…」
「俺もねーよ」
とは言え、このままここに立っていも仕方がないので、5人は脱衣場の向こうの異空間の様子を見る事のできる広間へと場所を移す事にした。
「そう言えばパピリオは? 姿が見えないけど」
「パピリオは正式に魔界からの留学生になったから忙しいのねー」
「あの子は今、魔界にレポートを提出しに行ってますので、明日には戻ると思いますよ」
ヒャクメと小竜姫の言葉に驚きを隠せない横島。
小竜姫に言わせればパピリオは精神的に幼いものの元々頭は良いので、やる気さえあれば今のような活躍も納得できるとの事。
更にヒャクメが「今頃、魔界の担当者は『絵日記風』レポートに頭を抱えているだろう」と付け加えた。それでこそパピリオだ。
「ところで、メドーサはいつ妙神山に来たんだ? 俺が下山した1週間前まではいなかったけど」
「あんたが下山した2日後さ。それまでは神界の方で身動きできなかったんでね」
ちなみに、妙神山を幽閉場所に選んだのは他ならぬメドーサ本人だとか。理由は退屈せずに済んで、なおかつ融通が効きそうだから。
メドーサからしてみれば神界に幽閉されるのは論外で、人間界にいる神族の中では小竜姫が一番「甘い」そうだ。
なおかつ主である猿神が普段ゲーム猿であるため、さほど堅苦しくない雰囲気が良いらしい。
「私としては、ちょっと複雑なんですけどね…」
「それが人に夕飯の買い物に行かせたヤツの態度かい?」
少し憂鬱な態度をとる小竜姫に対し、メドーサはジト目で突っ込んだ。
一方その頃、タイガーは
「う〜む…できん!」
想像以上に苦戦していた。
剛練武の方は試合場の中に足を踏み入れない限りこちらには反応せず今はじっとしているが、先程試合場に入り、虎に変身しないまま精神感応能力を発動しようとしたのだが、何故か変身しないままでは精神を集中させる事ができなかった。
しかも、発動に時間がかかり過ぎる上に剛練武に迫られ仕方なく変身して精神感応を仕掛けてみたのだが、剛練武は生物と言うより兵鬼に近いのか、精神感応はほとんど効果がなかったのだ。
「確かに精神感応が効く敵ばかりでないし、わっしは直接戦う力は弱い…もしかしたらわっしの本当の弱点はこっちかも知れないノー」
小竜姫や横島達に言われた言葉を思い出してみるが、確かに精神感応をする時に虎に変身する霊力はまったくの無駄である上、拳に霊力を込めようとしてもうまく力を込める事ができない。
小竜姫の真意がどこにあるにせよ、これがタイガーの精神感応の弱点である事は間違いない。
そこでタイガーはまず、変身せずに精神感応する術を身に付ける事から始める事にする。本当にそれで勝てるようになるのか少々疑問も残るのだが、他にやるべき事が見つからなかったからだ。
一方、脱衣場に入った猿神とピートは緊張した面持ちで、傍目には猿にしか見えない斉天大聖と向き合っていた。
正直な所、威厳の感じられない猿神を前にして本当に小竜姫の上司なのだろうかと不安になるが、横島が自ら「師匠」と呼ぶのだからと自分を納得させる。
かく言う小竜姫も傍目には小柄な女性であり、パピリオに至っては小学生程度だ。やはり、神魔族にとって外見などさほど意味がないと言う事なのだろう。
「さて…お主は横島や雪之丞の行った修行をしたいと考えているのだろうが、ハッキリ言ってお前には向いておらん」
「!?」
「あれはまだ成長途中でこそ意味のある修行。お主のように700年も生きておればおのずとその魂は柔軟性を失ってしまいおるからの」
「そう…ですか」
口惜しいが、その言葉に間違いはないだろう。薄々ピート自身も勘付いていた事だ。
「わしから言わせれば、お主の鍛えるべきはその心にある。そこで、お主に課す修行は…これじゃ!」
脱衣場の扉を開けた先は清澄とした気に満ち溢れた森だった。少し進んだ所に大小の石が積み上げられており、猿神はピートにその上で座禅を組ませる。
「お主はここで瞑想し、まずは自分の心と向き合うが良い。と言ってもそれだけでは漠然としておるな。それで悩んで答が出なかったからこそ、ここの門を叩いたのであろう?」
座禅を組み、瞳を閉じたままピートは頷く。
「わしのできる助言は1つ。お主は雪之丞と良く似ておる」
「雪之丞と? それは一体…?」
しかし、猿神はピートの問いには答えずその場を去ってしまった。自分で気付けと言う事だろう。
「僕と雪之丞が似ている? それは一体…」
ピートの呟きが森に染み込んでいく。
修行は始まったばかりだ。しばしの間、ピートは自問自答を繰り返すのだった。
ちなみに、メドーサの登場によるうやむやで修羅場を回避したと思われていた横島だったが、その日の晩小竜姫により手足を縛られた上で『一晩抱き枕の刑』に処される事となる。
若干名の視線と殺気を感じながらになると思われるため、精神的に途方もないダメージを負う事になりそうだ。
つづく
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