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虎の雄叫び高らかに 7


 メドーサ主催のお仕置大会が終わった翌朝、文珠で傷を治療した横島は何故か修行場を使った三人の中で一番元気だった。
 修行者であるピートとタイガーと違い、客人である横島達は二人とは違う部屋をそれぞれあてがわれている。
 ワルキューレも客人として訪れていたが、流石に泊まって行くだけの時間的余裕はないらしく、昨日の晩の内に魔界に帰還している。

「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「ん、タマモか?」
 振り返ると障子の影からタマモが顔を覗かせてこちらを伺っている。
 横島は着替え中で上半身を晒したままだった。決して筋肉質ではないが、鍛え上げられている事が傍目にもわかった。
 タマモは着替え中である事に躊躇する事なく何か言いたげな顔で横島に近付き、その胸板に爪を立てる。
「!?」
「ちょっと…確かめたくてね」
 一息に横薙ぎにし、そのまま横島を押し倒した。
 そして、横島に覆い被さると、傷口から滴る血にそれよりなお暖かい舌を這わせ、妖艶とも言える恍惚とした表情を浮かべる。

「な、何を…!?」
「昨日から気になってたのよ…この、私の肢体を熱くさせて…心を蕩けさせるこの匂い…」
 そう言いつつも横島の胸に顔をうずめたまま甘えた声で鼻を摺り寄せる。
「あんた、自分で気付いていないでしょうけど…僅かに零れているのよ?」
「な、何の事だ…?」
 タマモは横島の体を弄りつつも、流し目を使ってくる。しかし、横島には彼女の口から紡がれる言葉の方が気にかかった。
 タマモはそんな横島の様子を不愉快と感じなくもないが、同時に自分の言葉を理解していないと確信し、更なる揺さ振りをかける。
「自分ではワザと使ってないんでしょうけど…身を守る時にほんの少し…私のような超感覚がないと気付かないぐらいの少し…魔力が零れているのよ
「!?」



「こうしているとわかるわ…あんた、純粋な人間じゃないのね?」
「それは…」
「別に答えなくてもいいわ…でも、どこか別の女の匂いを感じるから…ここで、あんたを私のモノにしちゃおうかしら?」
 タマモの瞳が妖しく光る。
 横島は抗おうとするが、少女の放つ香りに脳の奥が痺れたかのようにうまく体を動かす事ができない。
「ムダよ、このままあんたを操って一気に…って、できるんだから」
「な、なんでこんな事を…やめるんだ、タマモ…」
 横島の言葉にタマモの表情が変わる、横島の胸にうずめていた顔を上げ、体全体をなすり付けるように横島の顔を覗き込むと、今度はその首筋に噛み付くように自分の顔を埋めた。
「なんでって…わからないの? あなたが欲しいからよ。私だけのモノにして二度と離さないの…だから…」
「タマ、モ…」
 横島は必死にうまく動かぬ体を奮い立たせ、右腕を持ち上げる。

 タマモは親に悪戯が見つかった子供の様にビクリと華奢な体を震わせ首筋にうずめた顔を上げ、怯えたような視線を横島に向けるが、次の瞬間横島の右手がふわっとタマモの髪に触れた。

 タマモの目が一瞬驚きに見開かれるが、横島がその手でそっと撫でるとタマモは安堵した様子で目を細め、その目に浮かぶ涙を見られぬよう横島の首筋に再び顔をうずめ、鳴咽を漏らす。


「……バカ、そんなに優しくされちゃ…操りたくなくなっちゃうじゃない…お願い、もっと撫でて」



 妖艶さが鳴りを潜め、甘える子供のように身を委ねる小さな少女を横島は優しく撫で続けるのだった。





「タマモ…俺の右腕は魔族化しているんだよ」
「やっぱり、そうなのね…」
 タマモは涙を拭い体を起こすと横島の右腕を見る。
「こうして見ると人間と変わらないけど…やっぱり、内から滲み出る何かがあるわ。私にはわかる」
「…怖いか?」
 横島がそう問うと、タマモは微笑んでその右腕を抱きしめる。
「そんな訳、ないじゃない…これは私を包んでくれる素敵な手よ?」
「そうか…」
 空いた左腕でタマモを抱きしめる横島。



「横島さ〜ん、もう朝ですよ起きて下さ〜い」
 何時まで経っても起きてこない横島を、小竜姫がエプロン姿で起しに来たのはちょうどその時だった。









「横島、昨日は手痛くやられたようじゃの」
「はぁ」
 実は起きた後傷だらけになった横島。
 つい先程、小竜姫にやられた傷だと言う事は流石に言えない。


 横島は食卓につく際にパピリオに手を引かれ、パピリオとヒャクメの間に座っていたため直接の被害は受けてはいないが、小竜姫とタマモの2人は横島の向いに並んで座り、竜気と妖気でスパークを散らしている。

「はい、横島あーんでちゅ♪」
「あ、私もするのねー」
 パピリオとヒャクメが更に油を注ぎ、タイガーとピートはビッグイーターに噛み付かれた訳でもないのに石と化していた。

 そしてメドーサは
「おい横島、コイツはどうにかならんのか?」
「ならんだろ、そうなった愛子は止められん」
 一夜明けても愛子の妄想はまったく収まらなかったようで、甲斐甲斐しく『母親』をする愛子にうんざりした様子だった。



「ときに横島、独立して除霊事務所を構えたそうじゃの」
「はい、仕事はこれからですけど」
「わしらは人間の商売に関しては何とも言えんが、除霊に関しては相応のモノを教えて来たつもりじゃ。昨日のメドーサとの戦いでも得る物があったであろう」
「…はい」

 昨日の戦いはまさに完敗だった。
 手も足も出ないとはまさにあれの事、戦いは力があれば勝てると言うものではない。その事を思い知った。
 特に今の横島は魔力を使えず、擬態に霊力を割いているため、使える力は限られている。これからはその限られた力をいかにうまく使うかが求められてくるのだ。

「お前の目指す道、これからじゃぞ」
「はい!」
 力強く返事を返す横島に猿神は目を細める。
「よし、後でわしの部屋にくるがいい」
「え、はい、わかりました」





 朝食後、横島は言われた通りに猿神の部屋に向かった。
 猿神の部屋は普通に歩くだけでは辿りつく事ができず、脱衣場から修業場への扉を開ける事で行ける異空間の1つにある。
 どうやら猿神の自室は神界に近い環境らしく、少し体が重くなるが、それでも横島は背筋を伸ばして襖を開けた。
「来たな、そこに座るが良い」
 促されるままに横島は腰を下ろした。
 そこは歴史を感じさせるかなりの広さがある寺院のような広間なのだが、その厳かな雰囲気に似合わぬ幾つかのTVとゲーム機、そしておびただしいゲームソフトの数々が実に猿神らしい。

「これを見よ」
 猿神が横島に見せた物、それは一振りの刀だった。
「あの、俺は刀とかは使わないんですけど…」
「それぐらい知っておるわい、これは…戒めじゃ」
「戒め?」
 先程まで笑っていた猿神の表情が真面目なそれになる。対する横島もつられるように姿勢を正して息を飲んだ。

「よいか、霊能者と言うのは刀のような物…ナマクラもあれば名刀もある。言わば霊力が鋼で、霊能が刃じゃ。刃がなければ刀は斬る事ができず、いかに鋭い刃を持とうとも、その身がガラスでは脆く砕け散る」
「それを忘れるな、と言う事ですか」
「うむ」
 横島は恭しくその刀を手に取り抜き放つ、鋭い輝きを放つ。
 それは無銘ではあるが、鍛えられた名刀である事が素人目にもわかる。

「その刀に負けぬよう、これからも精進を続けるが良い」
「はい、ありがとうございました!」
 横島は猿神に刀を返すと深く頭を下げる。
 今の横島は鋼と刃、そのどちらも持っているとは言い難い。精進の道はこれからと言う事だ。





「横島さん、話は終わりましたか?」
「そろそろ出発せんと帰るのが夜中になってしまいますケン」
 横島が朝食をとっていた居間に戻ると、タイガー達が石化から回復して帰り支度を済ませて待っていた。


「横島、これをおみやげに持って帰るでちゅ」
 パピリオが横島に大きな風呂敷包みを渡し、横島はそれを受け取ったが、

「…なんか、動いてるんだけど?」
「元気いいでちゅよ♪」
 微妙に会話が噛み合わない。
 恐る恐る横島が風呂敷包みを開いてみると、

「ぽー」
「…久しぶりだな、お前等」

 風呂敷包みの中から顔を出したのは10匹ほどのハニワ兵だった。

「レポートを提出しに行ったついでにベスパちゃんに会いに行って横島が事務所を作ったって話をしたら、人手が必要だろうって部屋にいたハニワ兵を何匹か包んでくれたでちゅよ♪」
「包んでって…」
 にこやかに話すパピリオの話の内容にその場にいた一同は絶句していた

「ルシオラちゃんが改造したから、性能は10%アップで、しかも動力源が謎のクリーンエネルギーに代わってとっても経済的でお得でちゅ」
「そ、そうか。ありがたいなー」
 実はベスパの眷族だけではフォロー仕切れない部分を監視させると言う影の目的がある事をパピリオは知らない。横島も当然気付かない。

 一同が活動を再開するには、今しばらくの時間が必要だった。





 その後、一同は妙神山の門を出て、それぞれに別れの挨拶をする。

「それじゃ、お世話になりました」
「おかげさまで強くなれましたケエ」
「貴方達の努力あっての事です、これからも精進を忘れないで下さい。特にタイガーさん、次のGS資格試験頑張って下さいね」
「ハ、ハイですジャー!」
 タイガーもピートもここでの修行で自信がついたであろう。
 特にタイガーはここでの成果を以ってGS資格試験に挑戦する事となるので、むしろこれからが本番と言える。



「また、暇見つけて横島さんとこに遊びに行くのねー」
「…神族ってのはヒマなの?」
 ヒャクメの能天気な言葉にタマモが冷やかにツっこむ。
「そもそも、お前は妙神山所属の神族じゃないだろ。いつまでここで遊んでいるつもりだ?」
 横島の言葉にヒャクメは一瞬驚いた表情を見せるが、やがて思い当たる事があったのか手をポンと叩いた。
「言い忘れてたのねー。私、正式に妙神山の所属になったのねー」
「え゛? いつ?」
「半年前」

 実はヒャクメは神界において注目される立場となっていた。「唯一アシュタロス戦役を最後まで戦い抜いた神族」として。
 よくある、英雄を仕立て上げて戦意高揚を図るというアレだ。
 当時のヒャクメはルシオラの事もあって英雄扱いされる事に耐え切れず、自ら願い出て妙神山へと転属されていたのだ。

 神界から離れたいという理由だけでもなかったらしいのだが。

「妙神山に5ヶ月いて毎日見掛けると思ってたら…」
「横島さん何も言わないから知ってると思ってたのねー」
 なんとも間の抜けた話だ。



「メドーサ、出所したら一緒に暮らしましょうね」
「出所って言うな!」
「似た様なモノでちゅよ」

 愛子はできる事ならばメドーサも連れて帰りたいと考えていたが、当のメドーサが監察処分で妙神山に幽閉されている身と知って仕方なく身を退いた。

 まさしく今は、愛子の中では感動の親子の別れのシーン。メドーサの方は迷惑そうにしているが、愛子はメドーサを抱きしめて離そうとしない。
 メドーサの恐ろしさを知る鬼門は、そのメドーサを翻弄する愛子を尊敬の念を込めて見つめていた。



「それじゃ、帰るとするか!」
「そうね、ここの料理もいいけどやっぱり家できつねうどんが食べたいわ」
 こうして5人は下山し帰路につく。
 帰りの電車賃を持っていなかったタイガーが横島に立替えてもらったのは言うまでもない。




「ふぅ、明日から営業開始か…」
「その事なんだけど、一度美神さんとかエミさんとか、皆を呼んでパーティをやらない?」
「え?」
 帰りの電車の中、愛子が開業祝いのパーティをやろうと提案してきた。
「エミさんは家を手に入れた日に一緒に宴会をしたけど、他にも世話になった人はたくさんいるでしょ?」
「それもそうだな…よし、やろうか!」
「そうこなくっちゃ!」
 二人の話を聞いていたタマモも身を乗り出してくる。
「パーティはいいけど、きつねうどんは出してよね」
「まかせて、いなり寿司も出してあげるわ!」
「それなら反対する理由はないわね」
 油揚げが食べられるとなると、タマモもすぐさま賛成した。



 このパーティが新たな出会いと再会をもたらす事になるのだが、今の横島達には知る由もない。



「ピート、唐巣神父にパーティの話伝えといてもらえないか?」
「ええ、任せてください」
「エミさんにゃ、タイガーの方から頼めるか?」
「魔理さんも誘っていいですかいノー?」
「おキヌちゃんも誘うからな、魔理ちゃんと弓さんも誘わにゃいかんだろ」
 そんな会話を交わしながら横島は、開業祝いのパーティに誰を誘おうかと開業にあたり世話になった人達に思いを馳せるのだった。




おわる



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