小鳥は哀しく唄う 3
「ぽー」
サングラスを掛けたハニワ兵の元に一体のハニワ兵が訪れた。
その中身は他のハニワ兵に比べて若い。生前は少年であったが、若い身空で命を落としてしまったのである。彼は煙草と言う物に憧れがあるらしく、それを持つハニワ兵に興味津々な様子だ。
ここでサングラスを掛けたハニワ兵の大の大人になっても失われなかった、そして彼が命を落とす原因となった子供じみた好奇心が鎌首をもたげてきた。
この少年は一体何故地獄に落ちたのだろう?
彼等は地獄から溢れ出て彷徨っている所をルシオラに捕まりハニワ兵にされたのだ。つまり、この少年も地獄に落ちていたと言う事になる。しかし、この煙草の先から上がる煙を見て目を輝かせる彼が何をしたと言うのだろうか?
「ぽぽー?」
「ぽー!」
思い切ってストレートに聞いてみる。すると、少年はどこからともなくバットを取り出して「親父の頭を猛打賞」と答えた。それを見てサングラスをかけたハニワ兵は野球少年だったらしいと見当をつけた。彼も子供の頃はメジャーリーガーに憧れていた。そのため、少年の気持ちはよくわかる。
そのバットはよく見てみると重さを増すためか、細い金属片が何本も打ち込まれている。子供の頃からそれで素振りを続けていれば、成長すればホームラン王にもなれたかもしれない。そうなる前に若い命を散らしてしまった事が罪だと言うのならば皮肉な話である。サングラスを掛けたハニワ兵は勝手に一人そう納得してしきりに頷いた。
事実とまるで違う気がするが気にしてはいけない。
「ぽー?」
今度は少年の方が逆に聞いてきた。サングラスを掛けたハニワ兵は何故命を落としたのかと。
サングラスを掛けたハニワ兵はニヒルに笑うと遠い空の下に思いを馳せた。そして生前の記憶を辿り思い出す、彼が受けた最後の命令、それは、彼等のスポンサーに敵対する組織の頭、その幼い娘を誘拐する事だった。そしてパートナーとしてあてがわれた黒髪の女、忘れもしない自分の命を奪ったあの女と出会ったのだ。
初めはオリエンタルな雰囲気を醸し出す彼女に見惚れた。口説いてやろうと考えたが、直後彼女が殺しを生業にしている事を知って三秒で諦めた。その女性は当時話題になっていた凄腕の殺し屋だったのだ。
彼が目標の少女を誘拐し、彼女が始末をする。簡単に終る仕事のはずだった。
黒髪のあの女が裏切るまでは…。
ハニワ達でかつての人生を語り合う、これは面白いかも知れない。そう考えたサングラスを掛けたハニワ兵はニヒルに笑う。
尤も、ハニワであるため様にはならなかったが。
一方、のんびりとしたハニワ兵達とは裏腹に全力疾走する横島達。
普段走って移動する必要がある時は子狐の姿になって横島の頭の上に乗るタマモも、その横島が急に走り出したため、変化するタイミングを掴めず、仕方なく人間の姿のまま走っている。多少息が上がっているとは言え横島について行けるのはやはり妖怪としてのポテンシャルあっての事だろう。須狩は既に息も絶え絶えである。
「グーラーの反応は!?」
「も、もうすぐよ…その大きな木の所を左に!」
「わかった!」
返事と同時に更にスピードを上げる横島。こうなるとタマモでも彼に付いて行く事ができない。
「まったく、馬鹿みたいな体力ね…」
「一体、どういうトレーニングをすればあんな風になれるのよ…」
まさか、猿神がゲームをプレイ中に食べるスナック菓子とジュースを買うために何度も妙神山を昇り降りした成果だとは夢にも思うまい。
そうこうしているうちに横島は更にスピードを上げ、彼女達をぐんぐん引き離して見えなくなってしまった。
「私のナビゲート無しにどうするつもりなのかしら?」
「目的地はすぐそこなんでしょ? 霊視できる距離に入ったのよ、きっと。それじゃ、私達はゆっくり行きましょうか」
「…そうね」
そう言って限界に近付いていた二人はスピードを緩めた。
横島から遅れる事数分。目的地に辿り着いた彼女達の目の前に拡がるのは、毛玉に埋もれて横たわる横島の姿だった。
「よ、横島!?」
タマモは慌てて駆け寄り毛玉を引き剥がそうと掴むが、その瞬間毛玉の群が一斉にピヨピヨと暴れ出す。
そしてギロリと思いの外鋭い目付きでタマモを睨みつけた毛玉達は、タマモが状況を理解するよりも早く、狙いを横島から彼女へと変えて雲霞の如く襲い掛かった。
「大きくなったものね…」
しばし後、感慨深げに呟くのは須狩。
彼女がその毛玉が事件当時に比べて成長したガルーダの雛だと気付いたのは、毛玉に埋もれる役が横島からタマモへと替わった後の事だった。
「お前達、何の騒ぎだい…って、あんたは」
「無事だったようね」
そう言ってエプロン姿のグーラーが姿を現したのはその直後。須狩はその姿を確認してほっと安堵の溜め息を漏らした。
「ちょ、ちょっと! 早くこっちを助けなさいよ!」
毛玉に埋もれたタマモを救助する事も忘れて…。
「すまないねぇ、ウチの子達が」
「ったく、躾はちゃんとしときなさいよ。これだからガキは嫌いなのよ」
先程まで埋もれていたせいか息が荒いタマモ。同じように毛玉、ガルーダの雛達に襲撃された横島の方は既に態勢を立て直していた。
一方、須狩はグーラーにエプロンを脱がせると彼女の身体をチェックしているが、計器が示す値を見て首を捻る。
「おかしいわね、どこにも異常がないわ」
「正常だって事だろ? だったら問題ないじゃないさ」
少し眉を吊り上げるグーラー。確かにそうなのだが、須狩にしてみれば自身の計算が狂った、いやグーラーを取り巻く状況が計算と違っていたと言う事が重要なのだ。
須狩は近くにいた心配そうにグーラーを見上げるガルーダを一匹抱え上げるとメジャーを取り出してサイズを測る。数字の一つ一つを入力していき、それらを見て目を見開いた。
「あなた、運が良かったわね。この子達予測していたデータより小さいわ。栄養が足りてないのかしら?」
「成長がおそいって事かい? おかしいね、この子達は皆食欲旺盛なんだけど」
今度はグーラーの方が首を捻る。ガルーダ達の食事を確保するために日々奔走していると言うのに、ちゃんと食事を摂らせているのかと
疑われたのでは堪ったものではない。
「空気が合わないんじゃないの? ガルーダって人間界をうろちょろしてるレベルの魔物じゃないでしょ?」
「あ」
横島の膝の上のタマモが髪を手櫛で整えながら呟く。それを聞いて須狩はある事実を思い出した。
ガルーダを研究していた時も彼等を培養カプセルに入れていたが、あれは元々ガルーダを人間界で育成する事ができないためだったのだ。
タマモの言う通り、ガルーダはバリ、ヒンドゥーで伝説となる魔物であるが、そのあまりにも強力過ぎる力により魔属性に転じ、デタントが騒がれ出した頃に神界、魔界の最高指導者の判断により、その生息地域を完全に魔界に移した種族である。その後あっさり魔界の瘴気に適応してしまうあたり、元より魔界向きの性質を備えていたのであろう。
ちなみに、このようなケースは割と有り触れた話で、伝説級の怪物達が現代において目撃されない理由の大半はこれだったりする。
「…よくわからないけど、こいつらはこのままじゃ成長しないって事かい? 結構大きくなってると思うんだけど」
「むしろ、ここまで育った事が奇跡に近いわね。食欲旺盛なのは、 人間界にいるために力を抑えつけられている分をカロリーで補おうとしてたのでしょうね」
二人の話を聞いて、横島は「俺もいずれそうなるのかなー」と遠い目をしていた。
「それで、どうするのよ? ここはこいつらにとって暮らしにくい場所なんだし、どっかに連れて行けば怪鳥騒ぎは解決?」
「怪鳥騒ぎ?」
どうやらグーラーは人里で騒がれている事を知らなかったようで、怪訝そうな顔をする。
横島達は、とりあえずガルーダ達の処遇は後回しにして、グーラーにここに来る事になった事情の説明を始めるのだが、それを聞いたグーラーはぷっと吹き出し、笑い出してしまう。
「そりゃない、そりゃないって」
「いや、実際に写真も撮られてるんだよ。町の方じゃ騒ぎになってる」
横島が手渡した写真に写っているのは翼を広げて飛び去る不鮮明な影。それを見たグーラーはこめかみを押さえて考え込む。
「何かの間違いだろ? だって、こいつら…まだ、飛べないんだよ?」
「「「・・・え゛?」」」
その時、確かに彼等の時間が止まった。
横島達の時間が停止している頃、元殺し屋の魔族は食べ物を求めて彷徨っていた。
最近は朝食こそ昨日の晩の残り物で済ませてはいるが、朝から狩に出掛けて獲物を手に入れる頃には夕食時と言うのも珍しくない。一日二食、獲物次第では一食の生活が続いていた。
彼女の名はハーピー。かつて時間移動能力者狩りをアシュタロスにより命じられたが、美智恵により魔界へ強制送還された魔族だ。その後、魔界で傷を癒しているところでアシュタロスのコスモプロセッサにより、あの時再び人間界に召喚されたのだが…それは彼女にとって迷惑な話だった。
確かに、当初は復讐心に燃えていた。しかし、傷を癒している間にどうやってあの美神令子を殺そうかと他の魔族と交戦した際の情報も集め、綿密にシミュレートして…そして、怖くなってしまった。
美神令子の能力、性格、そして周囲に集まっている人員、どれをとっても凄まじいの一言だ。特にその性格を知れば知る程人間と言う生き物が恐ろしくなる。
ここぞと言う所で邪魔をしてくれた丁稚が神魔族を滅ぼす事も可能とされる『文珠』を身に付けたと知った彼女は、傷が癒えた後も布団に包まって震えていた。もう、これ以上人間と関わり合いになりたくないと。
それ故に、コスモプロセッサの召喚に抗う事もできず、人間界に「来てしまった」ハーピーは、アシュタロスが倒されると同時に人間達の前から逃げるように飛び去ったのだ。どこをどう飛んでいるのかわからないまま我武者羅に飛んでいるうちに、何故か美神令子のいる日本に辿り着いたなんて笑い話にもならない。
人間を襲うなり悪事を働く気力があれば、こんな森の中で狩りをする生活などせずとも、もう少し満たされた生活をする事もできたかも知れない。しかし、彼女の脳裏には美神一族、GSへの恐怖心が植え付けられている。
何より彼女は魔界に戻りたくとも自力で魔界に戻る力はない。そのため人里離れた森に隠れ住む事を余儀なくされていた。
「うぅ、何か栄養あるものは…」
そう言って森の中を彷徨うハーピー。
彼女の普段の食事は川魚だ。テレサはこんな小さな川で取れる魚では怪鳥の腹は満たされないと予測していたが、人間に見つからない事を絶対条件として狩をしなければならない彼女にしてみれば、ここ以上の狩場は存在しないのだ。
無論、テレサの予想通り腹を満たすには足りないのだが、選択の余地は無い。下手に鳥や獣を追って森の外に出てしまうと人間とほぼ変わらぬ身体を持ち、更に翼を広げる彼女は恐ろしく目立つ。これまでに何度か人間に目撃されてしまい、川以外での狩は自粛しているのが現状だった。
「ん、あれは…」
しかし、『サっちゃん』はまだ彼女を見捨ててはいなかったらしい。
少し下流に進むと、そこに見慣れぬ影が二つあった。一つは金色の髪をした若い女性、丸腰でさほど強そうには見えない。そしてもう一つの影、その女性の足元にいる獣…いや、鳥だろうか? 初めて見る種類の鳥だったが、いかにも丸々として美味しそうだ。
言うまでもない、その二つの影とはテレサとガルーダの雛だ。
「今日はごちそうじゃん♪」
舌なめずりをして慎重に風下に回り込む。
不意を打って一撃で鳥を仕留める。人間の方は逃がしてしまってもいいだろう。どうせ存在はバレているのだ。人間達が恐れてここに近付かなくなるならそれで良し、GS等を送り込んでくるならさっさと逃げるまでだ。あの丸々とした鳥を食べれば、それぐらいのエネルギーは確保できるだろう。
今、テレサとガルーダは川の方に注意が向いている。逆の茂みに身を隠すハーピーにとってまたとない好機だ。これを逃す手はないと低く身構えた彼女はその翼を広げる。
「もらったぁっ!」
掛け声と同時に茂みから飛び出すハーピー。テレサもその音に気付いて振り返るが、到底迎撃が間に合うタイミングでは無い。
「しまった!」
「ぴよっ!?」
しかし、獲物を引き裂かんとするハーピーの鋭い爪がガルーダに触れようとしたその瞬間、不意にハーピーがその動きを止める。彼女の視線とガルーダのそれが交錯したのだ。
「ひよこ、あんたは逃げな…あれ?」
足手纏いにいてもらっては困る。そう判断したテレサが叫ぼうとするが、茂みから飛び出したハーピーはそれよりも早くガルーダに飛び掛った。
だが、爪で引き裂きもしなければ、その牙で噛み付いたりもしていない。なんとハーピーはそのふわふわの羽毛に包まれた丸い雛鳥に頬擦りしていたのだ。
「かわいいじゃ〜ん♪」
「………あんた、誰?」
テレサがその一言を搾り出したのは、ハーピーが茂みから飛び出してからしばらく経った後の事だった。
「すると、あんたが噂になってるこの森の怪鳥なのね?」
「他にそれらしい鳥はいないから、多分そうじゃん」
ガルーダを抱き締め頬擦りし続けるハーピーの後頭部にロケットアームを食らわせて話を聞いてみると、やはり彼女が件の怪鳥らしい。
今まで人間を襲った事はないと言っているので、横島の目的に一歩近付いたかと安堵するが、その話の途中でハーピーの腹の虫が豪快に鳴る。
彼女は今まで川で取れる魚を主に食べてきたらしいのだが、テレサの予想した通り小川で取れる量では彼女の腹を満たすにはやはり足りないようだ。
「…苦労してるのねぇ」
「うぅ」
テレサは苦笑して立ち上がると彼女のために魚を取ってやる事にする。同じコスモプロセッサに振り回された者同士と言う事もあるが、望んでもいない場所に居なければならない者同士、親近感を抱いたのかも知れない。
しかし、釣りの道具など持っていないテレサ。悪戦苦闘の末数匹の魚を捕まえる事に成功するが、ハーピーはその間ずっとガルーダの雛を抱き締めたままだった。よほど気に入ったのだろう。
「あんたね、いつまでもひよこ抱えてないでこっち来なさいよ。魚焼くわよ」
「お前、この愛くるしい目を見て何とも思わない!?」
「愛くるしいねぇ…」
「ぴよっ!」
ハーピーからひよこを取り上げ、自分の目の高さまで持ち上げてみるが、どう見てもテレサには生意気そうな憎たらしい目にしか見えない。
何にせよ、ここでガルーダの雛が可愛いかどうか言い争っていても仕方がない。とりあえずは獲った魚を食べさせて、後は横島にまかせよう。そう判断したテレサは雛をボールのようにハーピーに渡すと火を熾す事から始める事にした。
こうして知り合ってしまったのだ。横島が無体な判断を下そうものなら、その後頭部にロケットアームを食らわせてやろうと、心密かに決意していたのはテレサだけの秘密である。
「とりあえず、今ここに来てるGSは途方も無く優しい馬鹿で、後先考えない良い奴だから、それ食べ終わったら一緒に来なさい。きっと、悪いようにはしないんじゃないかなーって思うから」
「その言い方、微妙に不安になるじゃん…」
ハーピーの隣で川魚と突っつくガルーダの雛も「まったくだ」と言わんばかりにぴよっと頷いた。
一方その頃、遠く離れた横島除霊事務所の庭では、カオス式発電機の前にハニワ子さん、目付きの悪いハニワ兵、そして参加を拒否した一部のハニワ兵を除くほとんどハニワ兵達が集まり、ぽーぽぽーと怪しげな宴を開催しようとしていた。
サングラスを掛けたハニワ兵、なかなかどうして行動力がある。思い立ったが吉日か、あれからすぐに他のほとんどのハニワ兵達を集め、自分の過去暴露大会を開催してしまったのだ。まぁ、他のハニワ兵達もサングラスを掛けたハニワ兵とほとんど変わらない仕事量だ。もしかしたら、彼等も暇を持て余していたのかも知れない。
大会に参加しないハニワ子さんは庭を眺められる居間から彼等を様子を訝しげに眺めていたが、基本的に仕事以外の時間における彼等の行動は人に迷惑かけない限りは自由である。好きにやらせておこうとマリアの隣に座り主婦向けのバラエティへと意識を向ける。サングラスを掛けたハニワ兵の悪巧みより芸能情報の方が気になったわけではないだろう、多分。
目付きの悪いハニワ兵はいつもからかっているテレサがいないためか心無しかつまらなそうに屋根の上で空を見上げ、他の不参加のハニワ兵達は横島家のもう一つのTVがある所、すなわちカオスがねぐらにしている蔵の研究所に行って別の番組を見ているのであろう。彼等も彼等なりに時間を潰す方法を模索している。
「ぽぽー♪」
そして、庭では楽しげなサングラスを掛けたハニワ兵の言葉を開会の挨拶代わりとし、大会が幕を開けるのだった。
つづく
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