続・虎の雄叫び高らかに 2
「さーて、成里乃ちゃんは無事一次試験を突破できたかな」
「横島、フリだけでもタイガーの心配もしてやれよ」
一次試験が終わり、二次試験までの準備時間となる昼休み。ここに、横島が雪之丞を伴って現れた。
午前中は学校で授業に出ていた横島が、昼休みになって試験会場に向かおうと校門を出ると、何故かいつものコート姿の雪之丞が待ち構えていて、そのまま二人で電車に乗って今に至る。
雪之丞は陰念が受験している事は知らない。純粋に後学のために一つでも多くの戦いを見たいと考えているのだ。
特にどこかで待ち合わせすると約束した訳では無いが、今が昼時である事を考えれば食事を摂れる所に居るだろうと休憩所へと向かう。
成里乃は今朝愛子の作った弁当を受け取っていたし、タイガーは外食できるほど懐が暖かいとは思えない。
その考えは正しかったようで、試験会場前の広場に行くと一つのベンチを占領して弁当を食べるタイガーがすぐに見つかった。
「お、タイガー。今日は奮発したのか」
「横島さん! あ、これはエミさんが」
どうやら、朝に続いてエミが買ってきたらしい。横島も一人暮らしをしていた頃はよく世話になっていた弁当屋チェーンの袋がタイガーの脇にある。
「その様子だと、一次試験は大丈夫だったみたいだな」
「なんとか二次試験に駒を進める事ができましたジャー」
「そいや、ピートの奴も来てるらしいけど、会ったか?」
「いや、見かけませんノー」
タイガーとピートが出会わないのは当然の事だ。
ピートは試験を何事も無く進めるためのガードとして会場に来ているのだが、彼の担当しているのは試験会場の外なのだ。ずっと試験会場の中にいたタイガーと会えるはずが無い。
そのまま三人揃って話しているとやはり大柄なタイガーが目立つらしく、成里乃の方から横島を見つけて駆け寄って来た。
朝は制服姿だったが、今は母親が送ってきたと言う着物を身に着けている。こちらに来てから着替えたのだろう。
「横島さん!」
「成里乃ちゃん、一次試験はどうだった?」
問い掛ける横島に、成里乃は小さくガッツポーズをして笑顔を見せる。
彼女も無事二次試験に駒を進めたようだ。
そのまま四人で談笑するのだが、知っての通り横島、雪之丞は若手GSの代表格である。一般の知名度は大した事ではないが、GSを志す者達の間ではその限りではない。つまり、注目されているのだ。
タイガーと成里乃の二人はおのずと他の受験者から注目される事となり、更なるプレッシャーが二人を襲う事となるのだが、本人達はその事に気付いていなかった。
一方、会場内の唐巣は頭を抱えていた。
先程終えた一次試験の結果、想定以上の合格者が出てしまったのだ。
おおよそ百二十八名の合格者でトーナメントを行い、上位三十二名が合格。と言うのが本来の予定なのだが、今回は二百名以上の受験者が一次試験を突破している。
不思議な物で、試験毎に新たなGSが誕生するが、何故かGS全体の人数と言うのはあまり変わらない。
やはりGSは危険な職業と言う事だろう。誕生するGSと同じぐらいに、姿を消すGSもいるのだ。
資格を取得できる人数を増やすべきか、それともより強い者のみを残すべきか。総責任者である唐巣は二次試験開始までにその判断を下さねばならない。オカルトGメンから見ればなんと贅沢な悩みかと言われるだろう。
だが、公務員であるオカルトGメンと違って民間GSは商売なのだ。GSを多く供給したとしても、霊障と言う需要も多くなるわけではない。つまり、全体的な仕事不足になる可能性がある。
流石に、これは自分一人の判断ではどうしようもない。
唐巣はGS協会に判断を仰ぎ、協会は急遽今回の試験の合格者を増やす事を決めた。オカルトGメンほどではないにしろ、GS協会もコスモプロセッサによる世界中での魔族の復活、召還により、多くの人材を失っているためと言うのが表向きの理由だ。
しかし、本音は違うところにある。霊力を量っただけでは、その者の霊能がどのような物か判別がつかないためだ。
今までなら気にも留めなかっただろうが、第三世代の台頭が囁かれる昨今は雑に扱うわけにはいかない。
もしかしたら、霊力そのものは一次試験で落ちてしまうぐらいに小さくとも、極めて希少な霊能を持つ者だっているかも知れない。その者達に関しては最早どうしようもないが、一次試験を突破した者はできるだけ確保しておきたいと言うのが、GS協会の本音であろう。
これもアシュタロスとの戦いの影響かと唐巣は溜め息をついた。
あの戦いにおいて世界の命運を握っていたのはそのほとんどが日本のGSだった。例外は留学中に海外でGS資格を取得している西条と魔鈴。それとGS見習いですらないDr.カオスとマリアだ。
そのため、現在オカルト業界では日本が注目されている。
西条達がそうであったように、どの国でGS資格を取得しても、GS協会のある国であればそれで除霊ができる。どうせなら日本で資格を取ろうと考え出す者が現れても不思議ではない。
何より日本古来のオカルトを司る陰陽寮と繋がりの深い日本のGS協会は、現地のオカルト業界全体に対して世界でも有数の影響力を持っている。資格を取得すれば、そのまま日本で仕事をしようと考えている者もいるのだろう。一次試験合格者増加の原因はこの辺りにもある。
だが、それだけではない。
徐々に入れ替わりが行われていた現役GSが、今回の試験により一気に若い世代に入れ替わる事となる。
囁かれる第三世代の台頭。急に増加した霊能力者達。まるで、何者かが裏から糸を引いているかのように全てが繋がる。あのアシュタロスの叛逆も、まるでアシュタロス以外の誰かに仕組まれていたかの様だ。
かつて小竜姫は、修行中のタイガーに対して人間の適応能力は必要とする事から始まると言った。
ならば、魔王級の降臨と言う世界規模の霊障に際し、人類と言う種は何を必要としたのだろうか。
「これも一つの世代交代かな」
そう言って唐巣は微笑む。まるでギャラルホルンを聴いているかのような気分だった。
その頃、横島達は会場内に移動していた。
タイガーと成里乃の食事は既に終わっていたので、横島と雪乃丞は観客席の方で食事を摂る事にしたのだ。試合開始までまだ時間があるのでタイガーと成里乃も共にいる。
「ふっふっふっ、俺には愛子特製の弁当があるからな」
「クッ…俺はファーストフードだ。だが見ろ! スクラッチでバーガーを一つ当てて来たぜ!」
「何ぃ!? 只か、只なんだな!?」
意味もなく張り合う二人。若手GSの代表格、のはずである。
成里乃自身こういう横島の変に『特別』でない庶民派な所は嫌いではないのだが、自分達が注目されている事に気付いてしまったため、いたたまれなくなって他人の振りをしようと視線を二人から逸らす。
すると、丁度その先にこちらに近付いてい来る集団を見付け、更にその中の紅一点が顔見知りである事に気付いた。
「あら、弓じゃない」
「「何!?」」
すぐさま反応する二人。ここに来ているとは予想していなかったのだろう。
驚いた顔で、その集団の方に目を向ける。
「よう、久しぶりだな」
「………」
そう言って不敵な笑みを浮かべるのは陰念。
しかし、横島達は無言だ。しばし後、ようやく気付いたのか雪之丞が口を開いた。
「その傷、もしかして陰念か?」
「冷てぇな、かつての同僚だってのによ」
横島もその言葉で思い出したらしく、陰念と雪之丞の顔を交互に見比べている。
「お前…魔族化の後遺症で禿げたのか?」
「禿じゃねぇ! 剃ってんだよ!」
「反省するのに頭丸めるなんて、ベタな…」
「ウチは元々仏教系だッ!!」
せっかくシリアスに登場しようとしたと言うのに、横島のせいで一気に崩されてしまった。
かおりも、急な雰囲気の変化についていけなかったのか、疲れた表情で項垂れている。
「しかし、良く人間に戻れたな」
「…ん、ああ、すぐさま治療されたのが幸いしたらしい」
実はあの時点での陰念の魔装術は、未完成のためか纏った霊気の鎧が肉体に定着していなかったのだ。未熟故に人間に戻る事ができたと言う事実を本人も知っているが、その事にはあえて触れないでいる。
「陰念、お前は今回も…」
彼等の着ている袈裟に見覚えのあった雪之丞が問い掛けるが、何故か歯切れが悪い。それもそのはず、その袈裟は雪之丞にとって恩人である養父が着ていた物と同じ物なのだ。
彼が何を言いたいのか察した陰念は皮肉った笑みを浮かべて答える。
「勿論、白龍会の代表としてさ。俺しかいねぇからな」
「………」
そう言われると、雪之丞は押し黙るしかない。
白龍会、その会長が営む白龍GS。
個人運営の除霊事務所規模であるにも関わらず多くの門下生がいたのは、そのほとんどが雪之丞の様な孤児だったためである。白龍会の会長が、門下生と言う名目で孤児達を引き取って育てていたのだ。
メドーサにより石化されてしまった養父は、正直なところ当時の彼等にとってそれほど重い意味を持たなかった。恩人ではあるが「弓家一門でありながらも、うだつの上がらないろくでなし」そんな風に考えていたのだ。
だからこそ、彼等はメドーサの誘いに乗った。断った者は殺されるか石にされた。
GS資格試験後海外に逃げて以降、白龍会を避けている雪之丞にとっては、今でもその印象は変わっていないだろう。
しかし、陰念は違った。
治療が終わり、白龍会に戻った彼を待っていたのは、石化の治療が終わっていた養父と門下生達だった。
罵られる事は覚悟していた。今まで育ててくれた養父と、共に育った兄弟達を裏切ったのだから。
しかし、彼等はそれどころではなかった。養父は石化の後遺症により片足が動かなくなっていたのだ。石化している間中、自重を片足で支えていたのが祟ったらしい。
養父はその後遺症により引退。現役GSが一人もいなくなった白龍会は弓家一門からも追放、看板を降ろさなければならなくなったのだ。当然、白龍会がなくなると孤児である門下生達は路頭に迷う事になる。
ここで奮起したのが陰念である。頭を丸めて弓派総本山闘竜寺に出向き、次のGS資格試験で自分が合格してみせるから、取り潰しを待って欲しいと頼み込んだのだ。
白龍会をどうするかで頭を悩ませていた弓家一門にしてみれば渡りに船であったと言えるだろう。
このまま白龍会を取り潰す事は容易い。しかし、それでは弓家門下の寺が騒ぎを起こして取り潰された。それでこの一件の決着がついてしまう。残るのは弓家一門の歴史上消すに消せない汚点だけであろう。
だが、騒ぎを起こした張本人が更生して汚名返上するならば結果は変わってくる。弓家一門としても、それを援けた方が色々と都合が良い、おためごかしである。
そして彼は、魔装術を捨ててこの試験に向けて一心不乱に修行を続けてきた。白龍会の仲間を救うために、白龍GSを再興するために。白龍会の新会長として、GS資格試験に乗り込んで来たのである。
「色々苦労してんだなぁ。光ってるぜ、今のお前」
「頭が、とか言ったら霊波砲だぞ」
そう言われたので、口に出すのは止めた。
そんな軽口のようなやり取りをしていた横島と陰念、項垂れていた雪之丞の三人がハッと真剣な表情となって同じ方向に視線を向けた。
急な雰囲気の変化に戸惑ったタイガー達も遅れてそちらを見ると、明らかに日本人ではない風貌に黒い着物と言うアンバランスな姿の女性がこちら見ている。
大胆に胸元を開き、透き通るような白い肌を晒しているため周囲の注目を集めているが、それを気にしている様子は無い。もしかしたら正しい着物の着方を知らないのかも知れない。
「何だ、あの女は」
「…デカいな」
事も無げに佇み、気だるそうにこちらに流し目を送っているが、それでも凄まじいまでの霊力を感じる。令子以上かも知れない。
かなりの高身長で体格も女性にしてはしっかりしている。軽くウェーブのかかったブロンドの髪、美人と言って良い容貌だろう。少々垂れ目であるためか、外見からはあまり凄味を感じないが、霊力を感じられる者にしてみればそのアンバランスさが逆に怖い。
その女には成里乃も見覚えがあった、一次試験で一緒の組だったのだ。圧倒的な霊力で周囲に立っていた受験者を吹き飛ばしていた。彼女の印象は「圧倒的」その一言に尽きる。
「あの人、一次試験で見ました。名前は確かレディ・ハーケン」
「日本人には見えませんわね」
かおりもレディ・ハーケンに視線をやって呟く。
「今回の受験者は外国人が増えてるらしいわ」
実は受験者二人は一次試験で外国からの受験者を何人も見掛けていた。
「うーん、実にデカい」
「何度も言うな。だが、確かに手強そうだ」
「メドーサよりデカい」
「あ゛? お前の目は節穴か、そこまでじゃねぇだろ」
「メドーサ以上のあの乳! 流石は外国産っ!!」
「………お前は、本気で変わらんな」
一方、雪之丞も黙り込んでいた。
この男、戦いの事となると性別など関係ないと言う考え方を持っているが、レディ・ハーケンを前にして様子がおかしい。
「ママに似ている、美しい…!」
見惚れていたようだ。
その呟きを聞いて、かおりが手にしていた缶ジュースをぐしゃりと握りつぶす。
「前々から聞きたかったんジャが、美神さんに似て、弓さんに似て、あの人にも似ているママとやらは、一体どんな美人なんですかいノー?」
前者二人に共通している事と言えば、女王様気質だと言う事だろうか。
「何にせよ、厳しい試験になりそうだな」
「前の時よりかはマシだろ」
成里乃を心配して呟く横島に対して、陰念は不敵に笑う。
確かにその通りだ。メドーサが暗躍し、人間の身体をいとも簡単に破壊する魔装術の使い手が三人もいたのだ。この試験自体「死んでも事故」で済ませられる命の危険が付き纏う物だが、その危険度は比較にもならない。
だが、試験そのものが簡単になったわけではない。海外からも強力な霊能力者が受験に訪れているのだ、受験の難易度自体はむしろ上がっていると言えるだろう。
「一筋縄では行きそうにないわね…」
不安そうな面持ちの成里乃。
彼女の様な古来より伝わる術具を受け継ぐ者と言うのは、得てして異教、未知なる敵を苦手としている事が多い。無論彼女も例外ではない。
幼い頃から修行に明け暮れてはいるが、その修行相手も指導をするのも同門である事がほとんどだからだ。
一昔前までは、それは世界中どこに行っても普通の事で、それ以外の手段で霊障に対抗する力を身に付ける事はできないと言うのがオカルト業界の常識だった。
それを打破し、業界に革新をもたらしたのが、他ならぬ美神美智恵だ。実は彼女も、師匠である六道夫人を見て式神使いになりたくないと考え、新鋭の除霊具を駆使する今のスタイルを編み出した過去があったりする。
「ま、どんな敵が来ようとぶちのめすだけだ」
「お気楽ですわね…と言うか、せめて表情は僧侶らしくなさい。何のために剃髪したのかわかりませんわ」
弓式除霊術を受け継ぐかおりも受験者ではないが成里乃と似たような感覚なのに対し、同じ弓一門である陰念は剣呑な笑みを浮かべ、むしろ未知なる敵との戦いを歓んでいるようにも見える。雪之丞も表情こそ変えないが陰念と似たような感覚だった。
横島は好戦的な二人のように歓びこそしないものの、少女達のように恐れたりもしていない。元より知識の足りない彼にとっては未知なる敵「しか」いないからだ。
「み、皆強そうですノー」
そして、タイガーも未知なる敵「しか」いないタイプだった。
何より、元々来日してエミの弟子になったタイガー。話題に上がってはいないが、実は彼も海外から来た霊能力者だったりする。
その後、レディ・ハーケンは横島達に対して何かするわけでもなく、艶っぽい笑みを浮かべて悠然と去っていった。
「デカい、デカいんだが…何だろう、あのねーちゃん危険な香りがする。もしかして悪女? 美神さん系?」
「そんな目で言っても説得力ないぜ?」
口調は戸惑っているのに、目だけは「いいもん見た」と言わんばかりに輝かせる横島に対して、陰念は呆れた顔で突っ込んだ。
ただ、危険な香りがすると言うのは陰念も同意見である。
「…まぁいい、俺も試合があるから行かせてもらうぜ」
「そうですわね、精神統一の時間も必要でしょうし…横島さん、それでは失礼いたします」
陰念とかおりが、お付きの僧衣の一団を引き連れて去っていった。雪之丞も責任感をくすぐられたのか「悪い、俺も行って来る」と言ってその後に続く。
タイガーと成里乃の二人も試合の準備のために立ち去ったため、後には横島一人だけが残される事となった。
「仕方がない、一人寂しく弁当食うか…」
そう呟いて客席に着こうとしたが「あら〜、横島くん〜一人なの〜?」聞き覚えのある間延びした声に呼び止められた。
恐る恐る振り返ってみると、そこに立っていたのは六道夫人。成里乃を連れて手続きをするために会場に来て、そのまま観戦するために残っていたのだろう。
「よければ〜、おばさまと〜一緒に〜、観戦しない〜?」
横島は逃げ出した。
しかし、回り込まれた。
「照れなくても〜いいじゃない〜」
「は、はは、そうっスね」
一緒に観戦するはずだった雪之丞も去ってしまったため、横島は諦めて六道夫人と一緒に観戦する事にした。
彼女は今、十ニ神将のうちクビラだけを連れて肩に乗せている。
「そう言えば、冥子ちゃんは今回も救護班を?」
「そうなのよ〜、あの子〜普段の〜仕事の〜成功率が〜低いから〜、こういう時こそ〜頑張らないと〜いけないのよ〜」
相変わらずの間延びした声で返事をして指差す先には、これまた時代がかった看護士の制服に身を包んだ冥子の間延びした指示の元、ショウトラを中心とした式神達が駆け回っていた。
二次試験は横島の時と同じく、霊力を込めた攻撃のみ有効な実戦形式で、今日一回、明日一回勝てばGS資格試験合格となる。
その後の試合は合格者の順位を決める物なので、負けても棄権しない限り資格剥奪とはならない。試験を受けた当時の令子の様に一位を目指すのも、横島のようにさっさと五体満足に負けて資格だけ手に入れる事を目論むのも人それぞれだ。
「おばさま〜、いつもは〜協会の〜資料映像を〜見てたんだけど〜、前回は〜記録が〜残らなくて〜見れなかったの〜。やっぱり〜生で〜、見ないと〜駄目ね〜」
「前回って俺達の?」
「そうよ〜、おばさま〜横島くんの〜活躍〜見たかったのに〜」
「………」
残念そうな六道夫人に対し、横島はむしろ安心したような表情をしている。
当時の自分の戦い、特に雪之丞とのダブルノックアウトはお世辞にもみっとも良い物ではない。それが闇に葬られたと言うのだから、横島にとっては感謝すべき事だ。
GS協会の調査の結果、メドーサが最後に残していった火角結界の余波により、霊的な記録媒体が焼きついてしまったためと結論付けられているが…。
一方、その頃妙神山では―――
「くしゅん!」
「小竜姫、風邪でちゅか?」
「まさか、ナントカは風邪ひかないって言うだろ」
「…誰か噂でもしてるのでしょうか? あと、メドーサは後で買い物に行ってきてもらいます」
「またかい!?」
―――真相は意外な所にあった。
実は人間達はあまり知らない事なのだが、火角結界と言うのは強大な力がある反面、その力を爆発するまで内に抑え込んで外に漏らさないと言う特性を持っている。そうなると結局爆発しなかった火角結界によりテープが焼きついたと言うのはおかしな話だ。
ここまでくればおわかりだろう。
真犯人、それは他ならぬ小竜姫だったりする。彼女がカウントダウンする火角結界を止めようと放った強大な竜気の余波が、会場にあった記録媒体を全滅させたのだ。
この事は、本人、濡れ衣を着せられたメドーサ含めて誰一人気付いていない。
閑話休題。
会場の準備が整い、昼休みが終わって二次試験が開始される。
最初に唐巣が会場に出てきて一次試験突破者が多かったため、二次試験合格者を増やす事が皆に説明された。二回勝利した者が合格と言うシステム自体は変わらない。
「奥様、一次試験突破者のリストをいただいて参りました」
「あら〜、フミさん〜ありがとう〜」
「それでは、私はお嬢様のお手伝いがありますので」
用事を済ませると、すぐさま冥子の元に戻る六道家のメイド、フミ。彼女の持ってきたリストによると、既に一回戦の組み合わせは決められているらしい。一次試験合格者は二百十ニ人、つまり今回の試験の合格者は五十三人と言う事となる。
トーナメント表を見ると、最初の組にタイガーと成里乃の名前が、次の組に陰念の名前があった。
「まずは成里乃ちゃんの試合からだな」
「試合は〜同時に〜行われるから〜見られる試合は〜一つだけですものね〜」
この組み合わせは審判長である唐巣の手により「ラプラスのダイス」を振って決められた物だ。これはあらゆる霊的干渉をよせつけず、絶対公平に運命を示す。タイガーが目立てないのは最早宿命なのだろう。哀れタイガー。
実況は前回と同じくGS協会記録部、広報課の枚方亮。前回試験時のトラブルを経験してなおこの仕事を続けているあたり、なかなかに肝が据わっている。
解説は厄珍、ではなく―――
「ハーイ、皆のアイドル女神ヒャクメなのねー♪」
―――妙神山から特別ゲストとしてヒャクメが招待されていた。
たかだかGS資格試験のために神族を解説に呼ぶなど、なかなかに豪気な振る舞いだ。
彼女のひととなりを知る横島などは「あいつヒマなのか?」ぐらいの感慨しか抱かなかったが、彼女の事をよく知らない受験者達は明らかに動揺している。
ちなみに、彼女を招待しようと考えたのは唐巣ではなくGS協会上層部である。
これまでは古来より伝わる術具、最新の除霊具を扱う受験者が大半であったため、厄珍のようなその道のプロが解説に呼ばれていたのだが、個人個人で独特の霊能を扱う第三世代の台頭の事を考えると、もっと霊能力者そのものを視れる者が必要となる。
そこで現在人類と最も親交が深く、かつ分析のプロとも言える女神、ヒャクメをゲストに呼ぼうとGS協会幹部猪場が提案したのだ。彼はヒャクメが現在妙神山に駐在している事を横島から聞き及んでいた。
そして、依頼を受けたヒャクメ当人は、横島が下山して以来ピート、タイガー以外の修行者も訪れず、暇を持て余していたので「面白そうなのねー」の一言で快諾して現在に至っている。
そのような経緯や動機など知る由もない受験者の動揺は相当な物だろう。
横島はそこまで思い至らなかったが、隣の六道夫人は何となく察し今回の受験者達の受難を思い、そっと涙していた。
「それにしても〜成里乃ちゃん〜、因縁の〜対決ね〜」
「え、相手誰ですか?」
思わず六道夫人の持つトーナメント表を覗き込む横島。しかし、成里乃の対戦相手の女性の名は見た事も聞いた事もない名前だった。
六道夫人が言うには、その女性は去年六道女学院を卒業した元除霊科の生徒らしい。クラス対抗戦にも出場していたとか。
横島は心配そうな面持ちで試合会場に立つ成里乃を見詰めていたが、逆に六道夫人はにこやかな顔とは裏腹に内心不敵にほくそ笑んでいる。当事者同士は戦いにくいか、むしろいがみ合うかのどちらかだろうが、横島の元での修行の効果を確かめるには絶好のチャンスではないか。
試合会場の成里乃はと言うと、実に落ち着いたものだった。
対戦相手の方は成里乃の事を知っているらしく、一年生の分際で受験なんて生意気だと息巻いているのに対し、成里乃は相手が六女の卒業生である事を知らないのだ。
ただ一つ、自分の方が強いと確信していた。
試合開始の合図と共に母から託された板扇を眼前に構えて霊力を込めた。すると、墨で書かれた黒字に霊力が宿り、白く輝き始める。
普段使用している扇よりも、はるかに霊力が収束されていくのを感じ取る事ができる。成里乃はそのまま扇に宿った霊力を、霊波砲として相手に放った。
「きゃーっ!!」
神通棍で殴りかかろうと突進していた対戦相手は、もろにカウンターを受けて試合場を囲う結界まで吹き飛ばされ、そのまま叩きつけられてしまった。
審判がかけより安否を確認するが、既に気を失っている。完全に戦闘不能だ。
「勝者、早生成里乃!」
成里乃、あっさりと一回戦突破である。
霊能力者としての技術は対戦相手の方が経験を積んでいる分高かったのかも知れないが、当人の霊力そのものが横島の元で修行を積んだ成里乃に比べて貧弱だったのだろう。
「まぁ〜、一回戦は〜だいたい〜こんなものよね〜」
「そ、そーっスね…」
横島の一回戦、それはカオスとマリアの攻撃から逃げ回り、ギブアップしかけたところでカオスが銃刀法違反で自滅したと言う物だった。記録映像が全滅していて本当に良かったと思う。
一方、横島達が見ていなかったタイガーの試合だが、こちらは陰念が注目していた。おのずとかおりと雪之丞もその試合を見る事となる。かおりは横目で成里乃の試合にも注意を払っていたが。
「確か、あの野郎は妙神山に行ってたんだよな?」
「ああ、そう聞いている」
陰念の問いに対し、どうして皆で妙神山に行くなら俺も呼ばなかったのかと横島達三人にぼやいた事がある雪之丞が答えた。別段示し合わせた事ではなく、偶然一緒になっただけらしいが。
「ククク、どこまで腕を上げたか見せてもらおうじゃねぇか」
「…陰念、一度自分の姿を鏡で見てらっしゃい」
ある意味雪之丞以上に好戦的で獰猛、しかし外見は剃髪した僧衣姿の陰念。
本当にこの男を弓家一門として認めていいのかと、かおりは思わず頭を抱えていた。
「フンガァーッ!!」
虎の獣人に変化して、体当たり一発で相手を沈めるタイガー。
前回の試験当時のタイガーしか知らない陰念はおろか、普段タイガーを見ている雪之丞もこれには驚いた。豹変としか言いようが無い荒々しさがそこにはある。
「獣化能力…いや、少し違うな」
「タイガーは精神感応能力者(テレパス)だ。おそらく自己暗示もミックスして…」
「待て、方向性こそ違うが魔装術の性質も…」
「魔装術ってのは…」
「………」
侃々諤々。
かおりそっちのけで討論し始める陰念と雪之丞。タイガーの技を一度見ただけで、その本質に迫ろうとしている。
実戦、特に未知の敵、魔族等を相手にする時は、この分析力が物を言う。そういう意味で二人は本物の戦士なのだろう。かおりは二人の会話に付いて行く事ができない。
実戦経験が足りないためか、あの一度でタイガーの技の性質を予測する事ができないと言うのもあるが、「あれは…誰?」そもそも、彼女の知るタイガーと、目の前の虎男を同一存在と認識できずにいるようだ。
「なんジャ…? 勝ったと言うのに付き纏うこの虚しさは…」
哀れ、タイガー。
つづく
石化している間、自重を片足で支え続けたと言う、陰念達の養父。
実際にコミックスで確認してみてください。本当に片足で立ってますから。
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