Epilogue
横島が鬼門の転移によって妙神山に向かった後、少し遅れて南極海上空のルシオラ達の下に神族の捜索隊が現れた。捜索隊を代表して、ヒャクメが逆天号のデッキに降り立ち、ルシオラとベスパが彼女を出迎え応対する。
「遅かったわね。気を使わせちゃったかしら?」
「こっちも捜索の準備をしてたから、気にする事ないのねー。それより―――」
ヒャクメは、何やら言いにくそうにもじもじしている。その様子を見て、ベスパが彼女の言いたい事を察し、小さく溜め息をついた。
「みなまで言うな。お前達も私達がいては、落ち着いて捜索出来んだろう。すぐに退散するさ」
「ゴメンなのねー」
デタントと言っても、神魔族で争わないだけであって、仲良くしようと言う訳ではない。こうしてルシオラ達と平然と話しているヒャクメとて、面識のない魔族とはこのように話す事も出来ないのだ。神族の捜索隊が、上空に逆天号があっては落ち着いて捜索出来ないと言うのも、無理のない話である。
その気持ちは神魔族を逆転させればルシオラも似たようなものなので、ルシオラ一行はおとなしく魔界に帰還する事となる。
「ところで、大丈夫なんでしょうね? ここまでやって『宇宙のタマゴ』が見付かりませんでしたじゃ済まないわよ?」
「それは大丈夫なのねー。私達神族捜索隊が責任を持って回収して、安全な場所に移すから」
そう言って胸を張るヒャクメであったが、逆天号が異空間に潜行して去った後、ざっと周囲を見回した。
「最後に出番あったけど、これは大変なのねー」
眼下に広がる静寂に包まれた南極海。
この中から『宇宙のタマゴ』を探さねばならないのかと、ヒャクメはがっくりと肩を落とした。
それから十数時間後、捜索隊の必死の捜索により『宇宙のタマゴ』は無事回収された。天界に戻った捜索隊は疲労しきっていたが、元はと言えば同じ神族が原因であるため、何も言う事が出来なかったそうだ。
ただ少し、反デタント派に反対し、中立からデタント推進派に鞍替えする者が増えたらしい。
「どうやら、創世は無事に行われそうですね」
「とりあえずは一段落やな」
『宇宙のタマゴ』が、安全な異空間に運ばれたと報告を受けた『キーやん』と『サッちゃん』は、ようやくこの一件が片付いたと、顔を見合わせほっと胸を撫で下ろしていた。
「これで『聖祝宰』一派が丸々おらんようになって、アシュタロスが滅んだ事で崩れたバランスが、元に戻る事になるな」
「ええ、そうなりますね」
少なくない犠牲を払ってしまったが、これで人間界における崩れた神魔のバランスを正常に戻すと言う目的は果たされた事になる。『キーやん』、『サッちゃん』としては、そう言う意味でもようやく一安心と言ったところであろう。
「それにしても、天使絶対の世界ってどう言うとこやろな? 堅苦しそうで、想像もしたくないわ」
「ひどく静かな世界でしょうね。そして、エントロピーの増大により、緩やかに滅んでいくでしょう」
「あ、やっぱり?」
神魔どちらか一方の勝利、或いは完全な融合は、宇宙のエントロピーを早めてしまう。これはデタントが囁かれ始める以前から分かっていた事だ。そして、『聖祝宰』が創世しようとしている『天使絶対の世界』は、まさしく神側が一方的に勝利した世界であった。
「いいじゃないですか。彼等が望んだことです」
「ま、そやけどな」
「デタントが失敗したらこうなる。良い見本になってくれますよ」
「………」
確かに『キーやん』の言う通りだ。『聖祝宰』が創世する世界は、一方が勝利した場合の格好のテストケースだと言えるだろう。互いに干渉出来ない状態になっているが、監視する事なら出来る。
そこまで考えた『サッちゃん』の脳裏に、ふとある疑問が浮かんだ。『聖祝宰』一派の動き。『天智昇』の暴走。もしかしたら、『キーやん』は全てをあえて見逃していたのではないかと。
「なぁ、『キーやん』」
「どうかしましたか?」
「もしかして、最初から狙てた?」
「……さて、どうでしょうね」
『サっちゃん』が問い掛ける。しかし『キーやん』は、黙って微笑むばかりであった。
一方、横島が鬼門の転移で妙神山に移動すると、そこには妙神山に避難していたタマモ、シロを含む妙神山の面々が勢揃いしていた。普段は異空間に居る猿神(ハヌマン)も表に出てきている。
「無事終わらせてきたようじゃの」
「なんとか……って言うか、これで片が付いたんですよね?」
「まぁ、他にも過激派の派閥はあるけど、しばらくはおとなしくしてるだろ」
「メドーサの言う通りですね。アシュタロスとの戦いの後のように、しばらくは平穏が続くでしょう」
アシュタロスとの戦いの後、台風一過と言わんばかりに悪霊や魑魅魍魎がおとなしくしている時期があった。悪霊達が、アシュタロスの持つ巨大な霊圧を恐れたのだ。
小竜姫達は、今回も同じ様な事が起きるのではないかと考えていた。前回、そして今回と、立て続けに発生したため、アシュタロスの時よりも期間が長いかも知れない。
「しばらくゆっくり出来そうだけど、GSとしては困るな……」
「うぅ……美神どの、しばらく機嫌が悪くなりそうでござるよ」
悪霊達がおとなしくなると言う事は、GSの仕事が減ると言う事だ。
平和である事は確かなのだが、それを嬉しい事とは言い切れないとは、GSも因果な商売である。
「ラク出来るならいいじゃない。それに、ウチはそれどころじゃないでしょ? 事務所、壊されちゃったんだから」
その一方で一時の平和を謳歌する気満々なのはタマモ。
彼女の言う通り、横島の事務所を兼ねている家は天使の襲撃により壊されてしまっている。仮に除霊の仕事があったとしても、それどころではないと言うのが現状であった。
確かに、神族過激派による今回の一件は解決したが、GS横島個人の問題は、まだまだこれからが本番と言えるかも知れない。
「天界、魔界は、今回の一件でデタントについて新たな動きがあるかも知れんが……まぁ、人間界に影響はなかろう」
「そうですね。一ヶ月もすれば魔界に避難しているパピリオも戻ってこれるでしょう」
そして、まだまだこれからなのは神魔族も同じであった。
妙神山に駐在している猿神や小竜姫はそうでもないが、ヒャクメはしばらく天界で事後処理に追われる事になるだろう。
魔界側も、これから正規軍が忙しくなるだろう。アシュタロスとの戦い以降、これを機に一気に攻勢に出ようとした神族過激派に天界が難儀したように、今回の一件を機に攻勢に出ようとする、反デタント派魔族を抑えるのに、彼等も苦労する事になるはずだ。
「ま、横島が気にする事じゃないさ。そう言うので苦労するのは上の役目だ」
その一方で完全に他人事のメドーサは、皮肉めいた笑みを浮かべて肩をすくめた。妙神山に幽閉されている立場でありながら実質居候状態の彼女は、神魔族双方に対し、もっと苦労しろとでも考えているのだろう。
「横島さん、また何かあったら連絡してくださいね。電話ならいつでも通じますから」
「はい、その時はよろしくお願いします」
最後は、小竜姫がきれいにまとめてくれた。
今回は問題を起こしたのが神族と言う事もあり、小竜姫も神族と横島の間に立って色々と苦労したが、これでようやく元の関係に戻れそうだ。
視線が合った二人は、互いににっこり微笑むと、最後に固い握手を交わすのだった。
「では行くぞ。横島、お主の家までで良いな?」
「ああ、そこでいい」
妙神山での挨拶を済ませた横島、タマモ、シロの三人は、もう一柱の鬼門の転移で家まで送ってもらう。
横島の家の庭に四人が転移すると、家の片付けを終えたカオス達が、縁側で休憩しているところであった。
「む、やっと戻って来たか。地獄炉の通路は、さっき閉じたようじゃぞ」
「逆天号が来たのか?」
「いや、姿は見えんかった。だが、あやつが出てきたところを見ると、おそらく異空間に潜行したまま魔界に帰還したのじゃろう」
そう言ってカオスが指差す先には、目付きの悪いハニワの姿があった。数は一体だけだ。六体並べると見分けがつかないが、なんとなく以前からこの家にいた目付きの悪いハニワ兵のような気がする。
ルシオラ達は人間達にその姿を見せないよう異空間に潜行したまま魔界に戻り、再び分離した目付きの悪いハニワ兵の内の一体を地獄炉を通じて人間界に送り込むと、その通路を閉じてしまったのだろう。目付きの悪いハニワ兵は、ハニワ子さんを始めとするハニワ兵達に囲まれている。
「横島君〜、おかえりなさ〜い」
冥子が嬉しそうに駆け寄って来た。その後ろに、テレサとマリアも続く。
横島無事帰還の報は、すぐに六道夫人、令子、エミに伝えられ、それから数分後、令子の車とエミのバイクが、物凄いデッドヒートを繰り広げながらやって来た。どちらも『天智昇』との戦いではほとんど蚊帳の外に置かれた状態であったため、ズカズカと庭に回り込んできた二人は、そのままの勢いで横島に詰め寄る。
「横島君! 一体、何があったの!?」
「一から十まで、きっちり説明するワケ!」
当然、彼に抗う術などある訳もなく、また自分が魔族化している事以外は隠しておく理由もないため、ここから飛び立った後の事を二人に説明する事にした。それから十分程してから六道夫人とおキヌも到着し、結局もう一度説明する事になってしまう。しかし、横島はその事をさほど気にした様子はなかった。ルシオラと再会出来たおかげか、終始笑顔であった。ようやく今回の一件から解放されたと言う安堵感もあったのかも知れない。
その後、一行は六道邸に場所を移し、ささやかながらパーティーを開く。六道夫人の感覚での「ささやか」なので、横島達がそれをどう感じたかは言うまでもないだろう。他の関係者も集められて、パーティーは盛大に行われた。
六道夫人はせっかくだからと、横島を今回の一件を解決した立役者としてオカルト業界の御歴々に紹介しようとしたが、流石にそれは場違いだと、テレサが横島の手を引いてその場から脱出した。なんだかんだと言って、彼女は頼りになる秘書である。
「仲間内だけのパーティーかと思ったら、結構スゴイ人らも呼ばれてるみたいだな」
「見た事ない人ばっかりだけど、そうなんでしょうね」
「流石は六道家」と考えた横島とテレサだったが、今回に限ってはそれだけが理由とは言い切れなかった。
『天智昇』が人類の敵に認定され、その行方を捜すために、横島達が考えているよりも遥かに多くの人達が動いていたのだ。それがきっちり解決したのだと事情を説明する場が必要になるのは当然である。
とは言うものの、だからと言って横島もそれに付き合わねばならない理由はない。テレサが横島を連れて脱出したのは、正しい判断だったのだろう。
そのまま二人は、一招待客としてパーティ会場を見て回る事にした。
「ん?」
「どうしたの?」
すると二人は、会場に背を向けて壁際に佇み暗くなっている大柄な男の姿を見付けた。
「あれ、もしかして……タイガーか?」
一瞬、名前が出てこなかったのは内緒だ。
何かあったのかと、二人は彼に近付いて行く。
「おい、タイガー。どうかしたのか?」
横島が声を掛けると、タイガーは生気の抜けた幽鬼のような動きで振り返った。憔悴しきった顔をしている。
「……あ、横島さん……わっしは、わっしは………なんで、エミさんが避難する時に呼ばれなかったんじゃーーーッ!!」
どうもタイガーは、エミが六道邸に避難する際に、声を掛けてくれなかった事を気にしていたらしい。彼もれっきとしたエミの除霊助手である。令子がおキヌを連れてきていたのだから、彼女もタイガーを連れて来てもおかしくはないのだが、エミはタイガーに声を掛けなかった。
その時は六女の臨海学校に行く直前だったため、タイガーを呼ばなかったのはある意味当然の処置と言えるのだが、それ以降もエミはすっかり彼の事を忘れていたようだ。
このパーティも、六道夫人により招待された唐巣神父とピートが街で彼を見掛け、ここまで連れてきたのである。
「……あー、せっかくパーティーに来たんだから、うまいもんでも食ってけよ」
「……そうさせてもらいますかノー」
そのままタイガーは、トボトボと料理の並べられたテーブルの方へと歩いて行った。その大柄な背中がやけに小さく見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
ああ見えても、GS資格取得試験では激戦を制してトップで合格したと言う「美神令子と同じ実績」を持つ彼だが、彼が一人前のGSとなるのは、もう少し先の話のようである。
その後二人は、自分も神族過激派に狙われるのではと戦々恐々としていたピート、むしろ来るなら来いと身構えていて、結局何もなかった雪之丞、陰念と顔を合わせた。彼等もまた今回の一件に巻き込まれた者として、パーテイーに招待されていたらしい。
彼等にも挨拶を済ませ、そのまま二人は中庭の方に出ると、そこには既に先客が居た。愛子と小鳩だ。彼女達もパーティーに招待されていたのだが、自分達は場違いだと感じてしまい、こうして中庭に避難していたのである。
「なんだ、お前等も来てたのか?」
「それはこっちのセリフですよ。こんな所に居て良いんですか? パーティーの主役じゃないですか」
「あー、いいのいいの。実際、あんだけ人を動かしてたのは、六道夫人だしな」
「いや、れっきとした当事者じゃない……」
あっけらかんと答える横島に愛子がツっこみを入れるが、彼は特に気にした様子もなかった。当事者である事は確かなのだが、今も六道夫人の周りに集まっている御歴々と無関係である事もまた確かなのだ。横島の答えは間違ってはいない。
「それにしても、こうして終わってみると……大した事なかったように思えてくるなぁ」
「……そうなの?」
「なんとなく」
喉元過ぎれば熱さを忘れると言うものなのか。或いは、ルシオラと再会出来た衝撃の方が大きくて、それ以外の事が本当に大した事ではないと思えるのだろうか。
もしくは、GSだからこそ、そんな風に考えられるのかも知れない。今日の事件を解決しても、明日にはまた別の超常現象と相対する。それがGSと言うものだ。
「明日から横島除霊事務所、再始動だな〜」
庭の芝生に寝転んで、大きくのびをしながら呟く横島。
その言葉を聞いた三人は顔を見合わせ、プッと吹き出し、笑い合う。
「やる気があるのは、良い事だけどね〜」
「その前に、事務所なんとかしないといけないでしょ」
「そうですよ。いつまでもここでお世話になっている訳にもいきませんし」
心機一転仕事に励もうと考えた横島だったが、その前にやらねばならない事が山程残っているようだ。
だが、それでも彼は進んで行く。人と人ならざるもの達の共存を目指し、一歩、また一歩と少しずつ。
横島の下に集ってくれた仲間達が、家族がいる。そして、魔界ではルシオラ達も頑張っている。ここで弱音を吐いてはいられない。
一人の民間GSとして、若き除霊事務所の所長として、そして何より一家の主として、これからも頑張っていかねばならないと、横島は決意を新たにするのだった。
おわり
あとがき
天界、魔界についての各種設定。
神魔族に関する各種設定。
宇宙のタマゴと、それを用いた創世に関する各種設定。
逆天号に関する各種設定。
鬼門に関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。
なお、『聖祝宰』、『天智昇』の名前、及び外見は『ビックリマ○2000』からお借りしております。
これにて、『黒い手』シリーズ本編は完結となります。
皆様、長い間拙作に付き合っていただき、本当にありがとうございました。
なお、この下は新たな物語の始まりとなります。
『黒い手』シリーズ本編、『絶チル・クロス』、『見習GSアスナ』の『三作品クロス』を許容出来る方だけ、ご覧ください。
→ Prologue
パーティーが終わった翌日、横島一家は一旦家まで戻って来ていた。
問題が片付いた以上、いつまでも六道邸で世話になっている訳にはいかず。これからの事を家族皆で考えようと、家に戻る事にしたのだ。
横島、タマモ、愛子、小鳩、テレサ、マリア、カオス、それにハニワ兵達。皆が庭に面した縁側に集まっている。
しかし、これでもまだ横島一家は勢揃いしていない。
「にいちゃん、たっだいまーっ!」
「うわっ、なんやこれ!?」
「これは酷いわね……忠夫さん、大丈夫かしら?」
「―――ッ!」
玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。更にドタドタと廊下を慌ただしく走る音が聞こえてきて、タマモとよく似た髪型をした少女が横島達の前に姿を現す。
「お、お兄ちゃん! 大丈夫なの!? ケガはない!?」
大樹、百合子夫婦の養女。すなわち、横島の義妹にあたる少女、横島澪である。
ここまで走って来た彼女は、横島の姿を確認すると、まるで空を飛んでいるかのように勢いよく飛び付いて来た。
いや、飛んでいるかのようではない。澪は本当に飛んでいるのだ。彼女は超能力者であり、特殊な瞬間移動能力者(テレポーター)である。自らの超能力を駆使して、飛ぶように移動する事が出来るのだ。
「あーっ! ずるいぞ、澪!」
そうこうしている内に、残りの声の主達も姿を現した。まず、赤毛の少女、明石薫が大声を上げて横島に飛び付いた澪に対抗意識を燃やす。
彼女の名は明石薫。名字が違う事からも分かるように、横島とは血の繋がりも戸籍上の繋がりもないが、その性格は非常に横島に近く自他共に認める横島の義妹だ。
こちらもまた、横島の姿を確認すると、フワッと空を飛んで横島に飛び付いてくる。彼女は念動能力者(サイコキノ)。元より物を動かす超能力なので、自分の身体を持ち上げるなどお茶の子さいさいである。
「なぁ、一体何があったんや?」
「これは……ひどいわね」
長い黒髪をなびかせた眼鏡の少女、野上葵と、色素の薄い髪を、ふわふわのセミロングにした三宮紫穂の二人も、ボロボロになった家を見て絶句していた。
こちらの二人はそれぞれ瞬間移動能力者と接触感応能力者(サイコメトラー)、どちらも先の二人と同様に超能力者である。
四人の少女達は、揃って同じ制服を着ていた。胸元のリボンが可愛らしい制服だ。
彼女達は内務省特務機関、超能力支援研究局『B.A.B.E.L.』に所属する特務エスパー。中でも特に強い力を持つ『ザ・チルドレン』と言うチームに所属している。しかし、この家ではただの子供として過ごしていた。
ここしばらくの間、B.A.B.E.L.での訓練のため家を留守にしていたが、四人ともタマモと同じく横島の妹である。
「ところで忠夫はん、この家どないすんの?」
「ここまで壊れちゃうと……もしかして、建て替え?」
「今、その事を話してたんだがな……」
紫穂の言う通り、横島達の話し合いは建て替えの方向で進んでいた。これを機に、今までのような外から簡単に庭を覗き込めるような家ではなく、六女の生徒達が安心して修行出来るような建物に造り替えようと言うのだ。
それはすなわち、横島除霊事務所がただの個人事務所ではなく、後進を育てるための除霊道場としての側面を持つと言う事でもある。
横島自身、これまで行ってきた六女の生徒達への指導について、自分のこれから先歩むべき道の一つとして、真剣に考えた結果だ。
「えっ、て事は工事するんだよな?」
「その間、私達はどうするの?」
薫と澪の問い掛けに、横島達は顔を見合わせた。それを今から話し合おうとしていた時に、薫達四人が帰って来たため、それについてはまだ決まっていない。
「以前のアパートは手狭ですよね……」
「どこか、マンションを借りる事になるのかしら?」
流石に、横島や小鳩、或いはカオス達が以前住んでいたアパートに戻る事は出来ない。横島だけならともかく今の横島一家全員となると、あれらのアパートでは入りきらないだろう。
「どうせ借りるなら、お主らの学校に近い場所が良いじゃろうな」
「いい所があれば良いんだけどねぇ」
「まぁ、それはこれから探せばいいさ。あと、ここの工事をしてくれるとこもな」
そう言って横島は笑う。工事をしてくれる業者に、工事中の仮の住まい。どちらも心当たりは全く無いが、令子を始めとする周りの面々のコネを利用する気満々であった。
これは正しい判断であろう。特にこの家を工事してくれる業者については、除霊道場である以上、霊的防御についても考えなければいけないので、そちらの知識、技術も必要となる。これは新米GSである横島には荷が勝ち過ぎる話であろう。
「となると、引っ越しかぁ……」
「数ヶ月でまた戻ってくる事になるけどな」
何やら感慨深げな薫。念動能力者である彼女は、念動能力(サイコキネシス)で騒ぎを起こす度に引っ越しを繰り返していたと言う過去があるため、引っ越し自体にあまり良い思い出が無かった。
しかし、今回の引っ越しは別だ。引っ越しと言っても一時的な事であり、転校もしないので学校の友達と別れる事もない。
また、数ヶ月後に新しく建て替えられた家に戻ってくると考えると、今からわくわくしてくる。
「う〜、なんか楽しみだな! にいちゃん、やるならドーンっと立派な家にしようぜ!」
「もちろんだ。それが新しい横島除霊事務所になるんだからな」
それから、薫達も交えての話し合いはとんとん拍子で進んでいった。その結果、令子だけでなく他の面々の力も借りる事になる。かつて事務所をマンションごと爆破された経験がある彼女は、不動産関係者から評判が悪かったのだ。
そして、いよいよ仮住まいとして借りたマンションに引っ越すだけとなったのだが……。
「はい? GS協会で唐巣神父が呼んでる?」
突然、横島は唐巣によりGS協会に呼び出されてしまった。
引っ越しのために荷物をまとめている最中であったが、何かあったのかも知れないと、横島は一人GS協会へと向かう。
横島がGS協会を訪れると、職員の女性に唐巣の執務室へと案内された。GS協会の幹部となった唐巣には、協会本部内に執務室が用意されているのだ。
そして、横島が唐巣の執務室を訪れると、彼は机の上に書類を広げて何やら難しい顔をしていた。
「唐巣神父、何かあったんですか?」
横島が声を掛けると、唐巣はハッと我に返り、顔を上げた。書類に没頭していて、横島が来た事に気付いていなかったらしい。
「横島君……ちょっと、この書類を見てもらえるかな?」
「どれどれ……」
受け取った書類は、ある学校に関する資料であった。横島が目を通してみると、ただの学校ではなく、そこにはいくつもの学校が集まっており、街全体が学校を中心に形成されている所謂『学園都市』である事が分かる。
横島が書類を読み終えて視線を上げると、唐巣は意を決して呼び出した用件について彼に告げた。
それは横島にとって予想外のものであった。確かにそれは、横島にとってもプラスとなる話であろう。しかし、同時にしばらく家族に会えなくなる話でもあった。
だからこそ、横島はその話の内容が真実であるか確かめるために、唐巣に再度問い掛けるのだ。
「え、長期出張ですか?」と……。
つづく
あとがき
澪が横島家の養女となる。
薫、葵、紫穂が横島の妹として、横島の家で暮らしている。
これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。
また、澪の性格、設定は、原作の描写に独自の設定を加えております。
ご了承ください。
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