「アスナー! 今日の五時に横島GSに会いに行くアルよー」
「えっ、もう!?」
古菲がボランティア警備団への採用が決まってから数日後の放課後、古菲が入るチームのリーダーである横島との顔合わせが決まり、彼女の元へ連絡が入った。約束の時間まであと二時間ほどしかないが、これは古菲も横島も「相手の時間に合わせても良い」と事前に言っていたため、セッティングを任された学園長がちょっとした悪だくみを企んだためだ。
連絡が届いた場所が教室であったためクラスメイト達にも聞かれてしまい、教室は騒然となった。ただし、注目の的になっているのは古菲ではない。クラス内では古菲よりもアスナにとって重要なイベントとして認識されているため、皆の視線はアスナの方に集まる。
「アスナ、ちゃんとオシャレして行きなさいよ!」
「え、いや、それは関係ないじゃない?」
「何言ってるのよ、こういうのは印象も大事でしょ」
言ってる事は正しいのかも知れないが、横島とアスナは既に面識があるのだ。急に着飾っていっても、逆に変に思われるかも知れない。
しかし、そんな正論を振りかざしても、相手に聞く気がなければ全く意味がなかった。クラスメイト達の盛り上がりは、もう誰にも止められない域に達している。
「ほっほほほほ、今日ばかりは私もアスナさんのためにご協力させていただきますわ」
「げ、いいんちょ…!」
クラス委員長にしてアスナとは犬猿の仲である幼馴染、「いいんちょ」こと雪広あやかは、雪広財閥のお嬢様としての財力を駆使して教室内がブティックと化すほどの服を用意してしまった。アスナに言わせれば無駄遣いにもほどがあるが、あやかにとっては百パーセント善意である。
そして、これはクラスメイト達を燃え上がらせる格好の燃料だった。
いつの間にか数人のクラスメイトがアスナを取り囲んでいる。
「って、あんたら何するつもりよ…」
「私達に任せなさい」
「『もう辛抱たまらんですタイ!』とか言って、思わず男が飛び掛ってくるぐらいにしてあげるわ」
「んなヤツ現実に存在するわけないでしょ!?」
案外、近くにいたりする。
「古菲はどうするですか?」
「いつものチャイナで行くアルよ」
古菲が早々に戦線離脱してしまったため、クラスメイト達の標的はアスナに集中する事となった。
こうなったら仕方がないと、アスナは担任教師のネギの助けを求めようとするが―――
「って、なんでこんな時に限っていないのよーーーっ!?」
―――ネギは今日学校を休んだエヴァンジェリンを見舞うために、とっくに下校してしまっていたのだ。
こうなっては、もう誰も彼女に救いの手を差し伸べる者はいない。木乃香は救う気だけは満々だが、クラスメイトの勢いには逆らえないでいる。
「やっぱ、ここはメイド服で!」
「古菲とおそろいでチャイナってのも」
「ミニスカシスターなんてどう?」
「皆さん! 今日はアスナさんにとって大事な日なのですから、このドレスを…」
「そんなのヒネリがないって!」
「ネコミミー!」
「イヌミミー!」
「いーーーやぁーーーーっ!!」
クラスメイト曰く『フルアーマー・アスナ』が完成したのは、それから一時間後の事だった。
しかし、そんな格好で人前に出られる訳がないと、結局は木乃香に見繕ってもらった余所行きの服でおめかしし直したそうだ。
「朝倉、今すぐその写真消しなさい!」
「ハイハイ、わかってるって。これもいいけど、横島さん取材した方が面白い記事になりそうだしね〜…消去と」
何がどう『フルアーマー』であったかは部外秘となったため、永遠の謎である。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.05
アスナが教室でフルアーマーになっている頃、横島は今日は学園都市内の大学部で覗きを敢行しようとしていた。
このような所で発揮してどうすると言う突っ込みは当然あるだろうが、横島はGSとして鍛え上げてきた全ての技術を使って覗きに臨もうとしている。
こうなると、素人が横島を発見する事は不可能となるのだが「…横島さん、何をしているのですか?」彼が女子更衣室裏に辿り着く前に、それを阻止する勇者が現れた。
「あ、え〜っと…茶々丸、だっけ?」
「はい、鬼ごっこ以来です」
そう、エヴァの従者である絡繰茶々丸が真っ直ぐに横島を見据えていたのだ。
ロボットである彼女のセンサーが物陰に潜む横島を発見したのだろう。傍目には壁に向かって話しかける変な人と映っているはずだ。
被っていた手ぬぐいを外しながら出てくる様はほとんど忍者だ。壁に向かって話しかける茶々丸に注目していた周囲の大学生達は、突然現れた横島に驚き後ずさっている。
「茶々丸は中学生だろ? 何だってここに」
「マスターの花粉症が酷いので、ツテのある大学の病院によく効く薬を戴きにきました」
「ああ、そう…」
実行には至らなかったとは言え、横島が覗きをしようとしていた事を分かっているのかいないのか、茶々丸は何を考えているか分からない平静な顔で横島を見ている。
横島は居候のマリアに似たイメージを抱いたが、二人を比べるとマリアの方がまだ表情から感情が読める気がする。ただ単に「慣れ」の問題なのかも知れないが。
「エヴァって吸血鬼だよな? 花粉症なんかになるのか?」
「魔力が減少した状態のマスターの身体は、元の肉体である10歳の少女のそれと変わりありませんので」
「やっぱり小学生だったんか…」
あの女王様っぷりは横島的には有りなのだが、十歳児となると流石に大っぴらにはできないと思えてくる。
ならば、こっそりならば良いのかと聞かれれば、それこそ横島的には有りだ。勿論大人のお姉さんであればそれに越したことはない。
以前、妙神山のヒャクメから聞いた事があるのだが、吸血鬼と言うのは人間と同じ肉の身体を持ちながら、神魔族と同じように霊的エネルギー、吸血鬼の場合は魔力の身体も同時に持っており、二つを合わせて一つの身体としているそうだ。
吸血鬼が人間より優れた力を発揮できるのは、肉体的に人間より強いのではなく、その魔力を以って身体能力をサポートできるからであり、逆に言えば魔力の身体がなければ、日の光に弱い等、数々の弱点を持つ肉の身体自体は人間よりも弱いかも知れない。
つまり、エヴァが魔力を封印された状態と言うのは、吸血鬼にとって吸血鬼足り得る半身を封じられたようなものだ。後に残されているのは吸血鬼としての弱点だけが残った肉体だけ。彼女は『ハイ・デイライトウォーカー』、すなわち日の光を克服した吸血鬼ではあるが、それでも辛い状態には変わりないだろう。
「なんで小学生なのに中学校行ってるんだ?」
「マスターはああ見えて十五年間学生生活を続けていますので」
「あー、例の呪いか。そりゃ、やさぐれて盗んだバイクで走り出すわな」
しかし、横島にとっては理解の範疇外であった。横島にとっての問題は彼女が小学生である事だけである。
「あ、そうだ。今日待ち合わせしてるんだけど、住所だけ教えられてもどこだか分かんねえんだよ。茶々丸、これどこか分かるか?」
「どちらでしょうか?」
横島の見せたメモには桜ヶ丘四丁目二十九と言う住所が書かれていた。件の古菲との待ち合わせの場所だ。
茶々丸はその住所に見覚えがあった。学園都市内である。
「よろしければ、ご案内しましょうか?」
「いいのか? エヴァちゃんが薬待ってるんじゃ」
「構いません、こちらへ」
そう言って横島の返事を待たずにスタスタと歩き始める茶々丸。横島は慌ててその後を追った。
「ここか?」
「ハイ、間違いなくここです」
茶々丸に案内されて辿り着いたのは、森の中の洒落たログハウスだった。まるでおとぎ話の中に迷い込んだかのようだ。
学園長には「いきなり喧嘩を吹っ掛けられない所」と希望していたが、確かにここならば大丈夫だと思える。ただし、周囲は森なので、そちらに出れば分からないが。
「で、ここはどこなんだ?」
「私のマスター、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの自宅です」
「…マジで?」
「マジです」
そう、学園長が横島と古菲の顔合わせの場所に選んだのは、古菲のクラスメイトにして先日横島と鬼ごっこを繰り広げた少女。現在ネギの命を付け狙う吸血鬼の真祖、エヴァの自宅だったのだ。
学園長の笑い声が聞こえた気がした横島が辺りを見回してみるが、当然ながら学園長の姿はない。
「エヴァちゃん体調崩してるんだろ、大丈夫なのか?」
「知恵熱も併発して寝込んでいますが、応対は私がさせて頂きますので問題はありません」
「…いいのか?」
茶々丸が良いと言っているのだから、良いのだろう。
横島はどこか納得いかない様子で、茶々丸に促されるまま中へと入っていった。
玄関に入ると男物の小さな靴が一足。茶々丸に聞いてみるとネギが見舞いに来ているらしい。茶々丸はネギにエヴァの看病を頼んで、大学部の方に薬を貰いに行っていたようだ。
敵対関係にあるのに良いのかと横島は疑問を抱くが、茶々丸はさほど気にしていないらしい。今の状況でエヴァに手出しをするような性格ではないと分かっているのだろう。敵対するまでは普通に教師と生徒であったのだから、当たり前の事かも知れない。
「それで、ネギはどこに」
「二階の寝室でしょうか?」
「あいつが寝込みを襲うような男とは思えんが…」
そう言いつつ忍び足で階段を登っていく横島、なかなか堂に入っている。茶々丸は疑問符を浮かべながらもそれに倣って階段を上っていった。
そして、二人の視界に入ってきたのはベッドの上で寝息を立てるエヴァと、その脇で杖を持ったままうたた寝しているネギだった。
「ネギのヤツも寝ちまったか?」
「…魔力反応を感知。状況から判断しますと、ネギ先生が魔法でマスターの夢を覗き見したのではないかと」
「何、魔法ってそんな事もできるんか!?」
「お静かに」
大声を出しかけた横島の口を茶々丸が押さえて止める。
横目で茶々丸を見てみると、二人の寝顔を見詰める茶々丸の瞳はどこか優しげだった。
一方、横島は目の前を光景を微笑ましいとは思うが、それよりも少女の夢を覗き見しているネギを羨ましいと思う心が強い。アスナが弟子入りしたいと願っている横島だが、その彼は今すぐネギに弟子入りしてその魔法を教えてもらいたいぐらいの勢いだ。
そこで横島は思い出した。彼にはわざわざ魔法を学ばなくても、エヴァの夢を見る手段があると言う事を。
「フッフッフッ…困った時の文珠頼み!」
『覗』
「横島さん?」
茶々丸が制止する間もなく文珠を発動させる横島。茶々丸も巻き込んでエヴァの夢の中へと視界をリンクさせる。
すると、横島達の目の間に広がったのは白い砂浜だった。その中心できわどい黒いドレスを身に纏い長い髪を翻した女性と、ローブを身に纏った若い男が相対している。
「おおっ! 美人のねーちゃんっ!!」
当然横島は女性の方に反応した。
二人から少しから離れたところに夢を覗き見しているネギの姿もあったが、そちらは気にしている余裕はない。
「茶々丸、あのねーちゃんは誰だ?」
「あれはマスターですね」
「え゛…」
間の抜けた顔で茶々丸の方に振り返るが、茶々丸は真顔で「間違いありません」と答える。
「マスターが幻術で見せている姿です」
「くッ、これが魔法か…」
そう言って血の涙を流す横島。余程悔しいのだろう。
そうこうしている内にエヴァが若い男に飛び掛るのだが、男の直前で突如口を開いた落とし穴に落ちてしまった。
その中は水が張られており、更にニンニク、ネギの大量投入により追い討ちを掛けられてたまらず正体を現すエヴァ。やはり今と変わらぬ小学生の姿だ。
「幻術が解けましたね」
「やっぱり、あれがエヴァちゃんの正体かー。惜しいなー、ええ女やったのに」
「魔力が封じられた状態では、幻術もロクに使えませんので」
「一体誰がそんな余計な事を…」
と言ってる間に、ローブの男が呪文を唱え始めた。会話に耳を傾けてみると、悪さができないようにと男が呪いを掛けて魔力を封じてしまおうとしているらしい。
この夢は『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』を掛けられた時のものだと横島はようやく思い至った。
そう、ローブの男とはネギの父、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』ことナギ・スプリングフィールドなのだ。
傍目にもナギが強大な魔力を持っている事が分かる。
エヴァは泣いて助けを求めているが、彼の方は止めるつもりがないようだ。
そして、呪文が完成し―――
「やめんかぁーーーッ!!」
―――横島のドロップキックが男の横顔に突き刺さった。
「え、あれ? 横島さん!?」
ネギもここに至って横島達が背後で見ていた事に気が付いた。
横島が突貫したので茶々丸も駆け寄ってエヴァを落とし穴から引き上げる。
「お前、自分が何をしようとしているか分かってるのか!?」
「お、おい」
「エヴァちゃんの魔力が封じられるって事はな、幻術が使えなくなるって事なんだぞ!?」
「横島、なんで貴様がここに」
「それはつまり、あのムチムチなパツキンねーちゃんが見れなくなるって事じゃねーか!」
「いや、だから」
「貴様は男じゃない! あのチチを! シリを! フトモモをッ!!」
「人の夢を改竄するなぁーっ!!」
エヴァの渾身の力を込めたかかと落としが横島の後頭部に直撃した。
「ハッ! あれ?」
階段を登った所で茶々丸と折り重なるように倒れ伏していた横島は後頭部に衝撃を受けて目を覚ました。
ネギもエヴァも既に目覚めていたようだ。ネギは後ずさって階段近くまで来ており、エヴァは魔力が封じられていると言うのに怒りのオーラを立ち昇らせている。
秘密にしていた事を見られたのだから当然の事だろうが、相当ご立腹だ。
横島の隣で倒れていた茶々丸が彼の背後に回って退路を塞ぐ。ただ単に横島を盾にしているように見えなくもないが、それは気のせいだろう、多分。
「貴様ら、覚悟はできているんだろうな…?」
「ふ、封印が解けたなんて事は?」
そのあまりにも強烈な威圧感に横島が思わず口走った。
対するエヴァはにっこりと微笑み、こう答える。
「あんなので解ければ苦労は無い。だが、安心しろ。今なら素手でも貴様を殺せる」
そこから先は、ネギのトラウマになってしまいそうなお仕置きショーだった。エヴァの一世紀に渡って研鑽し続けた体術が火を噴き、怒りが炎となって襲い掛かる。
夢を覗いたのはネギも茶々丸も同罪なのだが、エヴァの攻撃は主に横島に炸裂していた。
それだけ横島への怒りが大きいのか、夢の中とは言え助けられた事への照れ隠しなのかは微妙なところである。
「幻術の無い私は出涸らしだとでも言うつもりかーっ!!」
「ち、違う! 流石にそこまでは口に出しては言っ、ぎゃー!」
やはり、怒りである可能性が高い。
「あの、横島さん、何してるんですか…?」
「おー、ここはエヴァの家だたか」
約束通りの時間にエヴァの家に到着したアスナ達の目の前に現れたのは、横島に馬乗りになって枕で彼の頭をタコ殴りにするパジャマ姿のエヴァだった。
どんな出迎えがあるのかと警戒していたところにこれでは流石のアスナ達も絶句するしかない。
二人の姿に気付いた事で、エヴァはようやく横島を攻撃するのを止めた。
「む、バカレンジャー二人か…何故こんな所に?」
「横島さんと古菲が会う約束になってたんだけど…」
「ここでか?」
古菲が出したメモを見ると、確かにここの住所が書かれている。
詳しく話を聞いてみると、これをセッティングしたのは学園長との事だ。それを聞いてエヴァは学園長の企みのおおよそを悟った。
「あの狸爺め、とことん邪魔をするつもりか…」
古菲の話によると、この話が決まったのは今日の放課後、つまりエヴァが病気欠席した話は学園長も知っていたはずだ。そして、おそらくはネギがエヴァの見舞いに向かった事も。
おそらく学園長は、ネギとエヴァが戦う際に横島が参戦するように、今日この場で当事者達が鉢合わせるように仕組んだのだ。そして、不覚にも横島はエヴァの過去、エヴァとネギの因縁の根本を知ってしまった。こうなってくると、当日横島が無視を決め込む可能性は低くなってくる。
「チッ…見ての通り私は病気療養中だ。応対は茶々丸にさせるから、二階には上がってくるなよ」
そう言ってエヴァは最後のトドメとばかりに横島の頭を踏みつけ、さらにカカトをぐりぐりとさせてから二階の寝室へと戻っていった。思い切り元気そうだが、それについて指摘する勇者はいない。
横島はどこか恍惚とした笑みを浮かべていたが、幸いにもうつ伏せ状態だったので、アスナ達にそれを見られる事はなかったようだ。
重傷だと思われていた横島は、その後一分も経たない内に完全復活を果たし、古菲は「おおっ!?」と感嘆の声を上げた。
茶々丸がお茶とお茶菓子を持ってきたので、四人でテーブルを囲んだ。横島の隣にネギが座り、向かい合って古菲とアスナが並んで座っている。
「えーっと、君が古菲ちゃん?」
「は、はじめましてアル」
珍しく緊張した様子の古菲。先程の復活劇を見て只者ではないと思ったようだ。
「アスナちゃんは付き添い?」
「え、ええ、そんな所です」
「可愛くめかし込んじゃって…そんな、ちゃんとした席でもないだろうに」
「は、はは…そーですよねー」
木乃香の選んだ少女趣味の服は少々場違いだったらしい。アスナの乾いた笑いが響いた。
横島の方は、そう言いつつも眼福だと思っていたのだが、だからと言って上手く褒めてあげられる程西条ではない。それを横島に求めるのは少々酷であろう。
次に動いたのは古菲だった。
「横島GS、チームを組む前に腕試しを…!」
「病人がいるのに、騒いじゃダメだろ」
「うぅ…」
案の定、古菲は身を乗り出して勝負を挑んできた。予想通りだったので横島はあっさりと切り返し、古菲は残念そうに座り込む。流石に上の階でクラスメイトが寝ているのに勝負をする気にはなれないようだ。
「まぁ、顔合わせと言っても特にやる事はないんだよなぁ」
「私はやる事あたけどネ」
もちろん腕試しだ。
しかし、横島の方に戦う気が全くないようだ。古菲もこれでは良い勝負にならないと今日の所は諦める事にする。
「横島さんと古菲さんってどんな関係なんですか?」
「ボランティア警備団の話はネギも聞いた事あるだろ? あれで一緒のチームになったんだよ」
「ああ、あの団員を募集していた…僕も応募したんですけど、選考で落ちちゃったんですよ」
「そりゃ、子供は寝る時間だからな」
それだけではなく、ネギに他の魔法先生、魔法生徒の存在を隠すためにボランティア警備団に関わらせないようにしているのは学園長の秘密である。
「いざとなれば、他の魔法先生に頼れば良い」と言った風に、ネギが安易に逃げの一手を打てないようにしたいのだろう。言うまでもなく、彼を成長させるためだ。
横島と古菲の二人でお茶菓子をつまみながら見回りのスケジュール等を確認するが、それが終わってしまえば本当にする事が無い。
古菲は今こそアスナの出番だと肘で彼女を小突いた。
「アスナ、出番アルよ!」
「わ、わかってるわよ」
大袈裟に反応するアスナに横島は疑問符を浮かべるが、ネギの方はここ数日の彼女を見てきたので、すぐに察して心の中でエールを送る。
「あっ、よよよよ、横島さん…あのっ」
「とりあえず落ち着いて」
頬、耳はおろか、全身真っ赤にしたアスナ。
古菲とネギが目を輝かせてアスナと横島を見ているので、横島はどうにもいたたまれない雰囲気に戸惑っている。
何事かと横島が自分から訪ねてみようとしたその時、アスナが大声を張り上げて、頭を下げた。
「あのっ、私を弟子にしてください!」
そしてゴンッと響く鈍い音。
アスナはもの凄い勢いでテーブルに頭をぶつけていた。
「弟子…ってGSの?」
「ハ、ハイ! 私、GSになりたいんです!」
「う〜ん、こっちで仕事するのに除霊助手は欲しいと思ってたけど…アスナちゃん、霊力使えるの?」
「う゛…それは、全然」
しゅんと沈み込むアスナ。古菲とネギの視線がどこか横島を責めているように思えてくる。
そうでなくても、その姿を見ていると悪い事をした気になってきてしまい横島は慌てて手を振ってフォローを入れた。
「いやいやいや、別に悪いってわけじゃないって。俺も最初はただの荷物持ちで霊力なんか全然なかったし」
「ええ!?」
「ナント! そうだたアルか!?」
これにはネギ達も驚きの声を上げた。やはり二人ともGSは生まれついて霊力を持つ者がなるものだと言うイメージを抱いていたらしい。大半がそうなので無理もない話だ。
「ほ、ホントですか?」
おずおずと上目遣いで横島を見詰めるアスナに一瞬頭を抱える仕草をした横島は自分の頬に自分で拳を食らわせた。
思わず飛び掛りかけてしまったらしい。流石にネギ達の視線があった事と相手が中学生であった事を踏まえて自重したようだ。
頬への一撃で冷静さを取り戻した横島は、アスナの弟子入りについて真剣に考えてみる事にした。
確かに、麻帆良学園都市でGSの仕事をしていくために除霊助手が必要なのは確かだ。
こちらで仕事をする度に事務所から助っ人を呼び出すわけにもいかない。そんな事をすれば交通費を横島の自腹で賄わなければならなくなる。
そしてアスナを見る。
先日のエヴァとの鬼ごっこを見るに、体力については申し分ないだろう。除霊助手だった頃の横島より遥かに優れていると思われる。
問題は霊力が使えないと言う事だが、横島だって元々は霊力など使えなかった。それを小竜姫の助けを借りて目覚め、鍛えてきたから今の彼がある。
霊力を全く使えない人間を鍛えるのは、六道の生徒の面倒を見るのとはかなり違うが、横島にとっても良い経験となるはずだ。
そして、なにより…。
「?」
アスナが横島の視線に気付いてぎこちなく微笑んだ。
ここまで必死な彼女を見ていると、断るのも悪い気がしてくる。
横島は決めた。元より除霊助手のあてはなかったのだ。
何よりアスナは将来が楽しみな少女だ。仲良くなる機会を逃す手はない。
「わかった。それじゃ、アスナちゃんに除霊助手になってもらおうかな」
「ホントですか!?」
「バイト扱いになるけど、麻帆良女子中ってバイトは?」
「私、学費稼ぐためにバイトしてますから、大丈夫です! その辺は融通効きます!」
「それなら問題なさそうだな」
「やったぁーーー!」
両手を上げて喜ぶアスナ。彼女の顔に眩い笑顔が戻る。
「アスナ、おめでとアル!」
「ありがと、古菲!」
二人は手を取り合って喜び合い。見守っていたネギと茶々丸も口々に「おめでとうございます」と祝福する。
ここまで喜んでもらえると、横島としても弟子入りを了承した甲斐があると言うものだ。
こうしてアスナは、GSとしての道を歩み始める事となった。
霊力も使えない素人であるため、その道は平坦ではないだろうが、それは横島次第である。
「横島さん、ありがとー!」
「はっはっはっ、俺に任せなさい!」
感極まって思わず抱きついたアスナを受け止めて堪能する横島。
調子の良い事を言っているが、この時点で横島の頭の中には、アスナを育てるためのアイデアは一つも浮かんでいなかった。何とも前途多難である。
そして、階下の騒ぎを聞いていたエヴァは…。
「やはり、神楽坂アスナがぼーやと横島を繋げる、か…」
アスナの弟子入りに関しては祝福してやっても良いのだが、やはりネギと横島が手を組むのは避けたい。
「手を打つ必要がありそうだな…フフ、フフフ…」
そう言って不敵に笑うエヴァ。
以前からこの事については警戒していたのだ。当然対抗策も既に考えてある。
茶々丸が貰ってきた薬が効いたのか、花粉症の症状も治まってきた。アスナに関しても「手を打てば良い」と結論が出たので、これで悩まされる事もなくなる。何とも晴れやかな気分だ。
何をするにせよ、吸血鬼としての力が使えない今は何もできない。
今はただ決行の日に備えて体を休めようと、エヴァは布団を被った。
「横島、また貴様かぁーーーッ!!」
そして、彼女が再び悪夢に飛び起きるのは数時間後の話である。
よほどインパクトがあったのだろう。
つづく
あとがき
毎度の注釈ですが、吸血鬼の設定については『黒い手』シリーズ独自の解釈を加えています。
霊的エネルギーによる身体サポートについてはまだ補足説明が必要なのですが、そちらは後々の話で解説します。
今は「吸血鬼は人間程度の肉体を魔力で補強している」と解釈していただければ問題ありません。
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