アスナが横島に弟子入りから数日が過ぎた。
個人的な出来事なので新聞記事になる事はなかったが、彼女のクラスメイトの好奇心を刺激するには十分過ぎる内容だったようだ。曰く、師弟とは仮の姿で実は恋人同士である。曰く、アスナの足長おじさんである。
正解は額面通りただの師弟関係なのだが、素直に受け取る者はいない。
「そう言えば今日の放課後も会いに行くんだって?」
「バイトよっ!」
「またまた〜」
「照れなくていいよ」と肩を叩くのは明石裕奈。バスケ部に所属し部活に夢中な彼女は、一見こんな話題には興味が無さそうなのだが、それ以上にお祭り好きなので、この騒ぎを楽しんでいるようだ。
アスナとしては何か言い返してやりたいところなのだが、裕奈の方は私生活の方でも新体操部の『バカピンク』佐々木まき絵や、水泳部の大河内アキラ、サッカー部マネージャーの和泉亜子ら四人で遊んでいる方が楽しいらしく、浮いた噂が欠片もないため反撃の糸口を掴む事ができないでいる。
「アスナさん。今日は大停電の日ですから、夜8時以降の外出は禁止ですわよ。急いだ方がよろしいのではなくて?」
「あ、そうか。忘れてた」
アスナが困っていると、見かねたあやかが助け船を出してくれた。彼女はこういう時は迷わず助けにくる。
普段はアスナと犬猿の中のあやかだが、基本的に「いいひと」であり、友情に厚いのだ。
振り返りざまに「アリガト!」と言って教室を出て行くアスナ。素直に礼を言われるのは恥ずかしいらしく、あやかはそっぽを向いて応える。
こうなると次にからかいの対象になるのはあやかである。彼女はすぐさま裕奈達に取り囲まれてしまった。
「あやかったら、いいひとなんだけど…」
「なにかと損するタイプだよねぇ」
その騒ぎを少し離れた所で見守っているのは、あやかのルームメイトの那波千鶴と村上夏美。ルームメイトだけあって、彼女の本質をものの見事に突いている。
「ちづ姉、助けなくていいのかな?」
「私、保育園の方に行かないといけないから」
学園都市内の保育園で保育士のボランティアをしている「ちづ姉」こと千鶴は、にっこりと優しげな、それでいてどこか迫力のある微笑みを残して去って行った。
こちらはあやかに助け船を出す気はまったくないらしい。残された夏美にはどうする事もできなかった。
クラスメイトに囲まれて少し遅れてしまったため、校門を全速力で駆け抜けるアスナ。
「ったく、皆して好き勝手に…」
「ニャハハ、皆アスナを応援してるアルよ」
「いーえ、あれは絶対に楽しんで…って、古菲、いつの間に!?」
「私も行くアル」
走りながら彼女達の騒ぎっぷりに愚痴をこぼしていると、いつの間にか併走していた古菲がそれに答えた。
「いいけど、邪魔しないでよ?」
「実戦を見るのも修行アルよ?」
かく言う古菲は、昨日までにも何度か横島に勝負を挑んでいるが、のらりくらりとかわされて受けてもらった事は一度もなかったりする。
その横島は、現在ボランティア警備団の打ち合わせに参加していた。
今夜は大停電で学園都市全体の灯りが消えてしまうため、魔法先生、魔法生徒総出で警備にあたるのだ。現在は、それぞれの担当範囲について話し合っている。
「皆も知っての通り大停電の日は学園を覆う結界が弱まる日でもある。この学園への侵入を目論む者にとってはまたとないチャンスじゃ。皆全力で警備に当たって欲しい」
いつもの好々爺な雰囲気はどこへやら。重々しく語る学園長には、まさに関東魔法協会の長と言うべき貫禄が備わっていた。
列席する魔法先生達は全員分かっている様子だが、横島には「結界」と言われても何の事か分からない。
「…あの、結界って?」
「麻帆良の地を守るために学園都市全体を囲むように張られている結界の事だよ。維持のために電力を使っているから、停電中は結界の力が弱まるんだ」
そこで、隣の席の生真面目そうな魔法先生、ガンドルフィーニに聞いてみると簡潔に説明してくれた。
ちなみに、この席順は横島が望んだものではない。
最初は学園長曰く「生徒に人気のある」女教師、葛葉刀子のスラっとした後ろ姿を見て思わず飛び掛り、彼女の刀によって撃墜。更に懲りずに隣の席に座ろうとしたがこれにも失敗して、現在はガンドルフィーニと神多羅木に挟まれているのだ。むさ苦しいことこの上ない。
神多羅木の方はサングラスに顎鬚と見た目にも威圧感があるので、横島はガンドルフィーニの方にしか話し掛けられないでいた。
「横島君はチームの古菲君が一般人じゃから、麻帆良女子中寮の周辺を担当して欲しい」
「古菲の寮だからですね」
「うむ、何かあればワシから連絡を入れるので、その時は古菲君を寮に戻して現場に向かっておくれ」
「トラブルが向こうからやってきた場合は?」
「…その時はやむなしじゃの。もし、それで魔法使いの事がバレても君の責任にはせんよ、口止めは必要じゃがの」
必要とあらば、横島の裁量で好きにやって良いとの事だ。
学園長はエヴァの企みをある程度把握しているので、その辺りの事も踏まえて言っているのだろう。
何かあれば連絡を入れると言っているが、学園長の腹の内では連絡する気などさらさら無かったりする。
彼は横島がエヴァの企みに巻き込まれる事を望んでいた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.06
打ち合わせを終えた後は、アスナとの時間だ。
むさ苦しい空気から離れられて嬉しいのか、横島はスキップまじりでいつもの修行場所、世界樹前広場へと向かう。
しかし、世界樹の麓の人影を見つけるとその足がピタリと止まった。
古菲がアスナと一緒に来るのがいつも通りならば、そこに先客がいるのもまたいつも通りである。
「なんでお前がここにいる」
「フッ、水臭いじゃないか」
そう言ってニヒルに笑うのは豪徳寺薫。
ネギとの仮契約以降むやみやたらと横島に挑んでくるのは止めたのだが、彼がアスナの面倒を見ている事を知ると、豪徳寺も来て修行をするようになったのだ。そんな彼は先日古菲に完全敗北したばかりである。
ちなみに、彼はネギとキスをしてしまった事は知っていたが、さほど気にはしていない様子だった。事故だったと言う事もあるが、仮契約の事を知らないと言うのが大きい。パートナーを求めていたネギ側と違って、さほど重く受け止めていないのだ。
「横島さーん!」
「おっ、来たかアスナ」
横島が豪徳寺の事を極力無視していると、アスナが元気な声で駆け寄ってきた。
古菲に「師弟同士でちゃん付けは甘えに繋がる」と言われたので、横島は彼女の事を「アスナ」と呼び捨てにしている。
その時同時に、古菲は自分の事も呼び捨てにするようにとも言い、彼女もまた「横島師父」と呼ぶと宣言した。強くなる事に貪欲な彼女の事だ、横島からも学べるものがあればどんどん吸収していくつもりなのだろう。
六道の生徒達の面倒見てきた頃は「おキヌちゃん」に合わせて皆をちゃん付けで通していた横島は戸惑うばかりだ。
彼自身、彼女達を甘えさせてきたつもりはないが、彼女達は主に六道女学園で霊能力者として学び、横島はそれを補助してきただけと言えなくもない。実際、彼が教えてきたのは霊能力の礎となる霊力の鍛え方だけだ。
それに対してアスナは横島が一から育てていかねばならないのだ。責任重大である。
その上で、大きな問題がひとつある。それは横島が霊力に目覚めた経緯だ。
彼は元々小竜姫により『心眼』を授けられて霊能力に目覚めた。
『心眼』と言うのは潜在能力を引き出し百パーセント活用する力を持っている、言わば赤ん坊の歩行器のようなものだ。霊力を扱う技術が皆無であった横島が霊能力に目覚めたのは『心眼』のおかげである。
そのため、完全な素人であるアスナをどう修行させれば良いのか、さっぱり見当もつかないのだ。
「妙神山に連れてって「心眼ください」なんて言ったら小竜姫様にしばかれるよなぁ」
横島に思い付く方法と言えばこれぐらいだが、流石にこれは虫が良すぎるだろう。
危険な手段でもよければ実際に横島が行った命懸けの試練の数々があるのだが、流石にそれをやらせる気にはなれない。なんだかんだと言って、横島は女の子には甘かった。
「横島さん、今日は何しますか?」
「そ、そうだな…アスナは基礎体力はあるみたいだし、組み手でもやってみようか」
そんな訳で弟子にして以降、横島達は古菲や豪徳寺を交えて毎日のように組み手をしていた。
猿神の元で霊力を鍛える術を身に付けた横島としては六道の生徒達と同じように瞑想をさせたいのだが、如何せんこれは自分の中の霊力を感じ取る事ができなければ意味のない修行なので、今のアスナには無意味だったりする。
「そうそう、これを渡しておくぞ」
そう言って横島は脇に置いていた鞄から棒状の物を取り出した。アスナを弟子にしたその日の内に除霊具を取り扱う世のGS達御用達の店、厄珍堂に連絡をして取り寄せた神通棍だ。
「なんだそりゃ、警棒か?」
「これって…神通棍! いいんですか!?」
豪徳寺は知らなかったが、流石にGSに憧れるアスナは知っていた。神通棍とは霊力を流し込む事によって力を発揮する棒状の除霊具だ。美神令子を初めとして多くのGSが使用している最も基本的な除霊具と言えるだろう。
ネバネバとした低級霊など素手で触れるのが憚られる悪霊を相手にする時も重宝するため、普段は使わない横島も除霊時には必ず一本は携帯する事にしていた。
彼は元々除霊具をさほど必要としないタイプの所謂『第三世代』の霊能力者であり、他に使用した事があると言えば破魔札ぐらいしかない。
しかし、破魔札と言うのは素人でも使える反面、霊能力者でなければうまく使いこなせないと言う代物だ。
物が紙だけに真っ直ぐ投げるのも難しいのだが、そのための練習用として『五十円』等の低価格破魔札があるのだ。こちらは現在厄珍堂に取り寄せてもらっている。
事情を話すと厄珍は得意満面そうな声で「特殊ルートでしか手に入らない代物ネ」と『五円』の破魔札を集められるだけ集めて送ってやると約束してくれていた。カンシャク玉程度の威力しかないため一般には出回っていないらしい。
そんな諸々の理由があり、横島はアスナに最初に使わせる除霊具にこの神通棍を選んだ。
こちらも最初は練習用を注文しようとしたが、実戦に出ても手に馴染んだ物が使えた方が良いと言う理由と、練習用は作りも甘く脆く実戦用を買った方が結局はお徳と言う理由。そしてトドメとばかりに「弟子へのプレゼントを安物で済ませるつもりアルか?」と横島には痛い理由を並べ立てて強引に実戦用を買わされてしまった。値段にして三倍近い開きがあったりする。
「今は使えないだろうけど、慣れておくのに越したことはないからな。今日からはそれを使うぞ」
「は、はい! がんばります!」
「アスナ、頑張るアルー♪」
そう言って横島も神通棍を伸ばして二人で打ち合い始めた。
横島は剣術を修めているわけではないが、妙神山で約半年間修行していた間に名だたる武神、小竜姫と手合わせしてきた事は伊達ではないようだ。アスナが神通棍を手に力任せに殴りかかるが、横島はあっさりと弾いてしまう。
更にはアスナの手元、足元、隙を見つけては軽く攻撃をしていく横島。観戦していた古菲と豪徳寺が「おおっ!」と感嘆の声を上げた。
実は彼自身が小竜姫にやられた事の見よう見まねなのだが、それでここまで出来れば上出来である。
「あ、ありがとうございました〜」
「お疲れさん、バイトの時間大丈夫か?」
更に小一時間打ち合った後、アスナの新聞配達の時間が近付いてきたため、ここで修行を切り上げる事となった。
アスナを鍛える上でネックとなるもう一つの問題だ。
両親がおらず、学費を学園長に出してもらっている彼女は、朝夕新聞配達をして少しずつ学費を返していっている。そのため、アスナの修行時間がどうしても限られてしまうのだ。疲れを取るための休憩時間も必要なので尚更である。
横島も貧乏生活が長かったため、お金の問題が重いのはよく理解できるので、その事に関しては何も言えないでいた。
「今日は大停電だ、嬢ちゃんもバイトが終わったら早く帰れよ」
「わかってますよ。毎年のことですし」
そう言ってアスナは笑う。体力も回復したようだ。
「俺たちは、メシの後見回りだな」
「そうアルねー。食堂棟にいい店あるから案内するヨ」
横島達はこの後、大停電中の見回りがあるので、このまま一緒に夕食を食べに行ってそのまま見回りに繰り出すそうだ。まだ周辺に詳しくない横島に代わって、古菲がおいしい店を紹介すると張り切っている。
そして、豪徳寺も今夜は寮でおとなしくしていようと踵を返したその時―――
「兄さん、兄さん。ちょいと話があるんだ」
「ん、誰か呼んだか?」
―――どこからともなく豪徳寺を呼ぶ声が聞こえた。
周囲を見回してみるが、声の主の姿は見当たらない。
「足元だよ、こっちを見てくれ」
「足元…?」
言われるままに視線を移動させると、そこにはネギのペットであるカモの姿が。
「………フェレットか?」
「だから、オコジョだってば!」
やはり間違えられた。しかしカモはへこたれない。
わざわざネギから離れ、単独行動でここまで来たのだ。手ぶらで帰るつもりはさらさらなかった。
一方、麻帆良女子中内のコンピュータルームでは、モニタの淡い光に照らされて三つの影が蠢いていた。
エヴァと、茶々丸と、そしてもう一つ…。
「…どうだ?」
「エヴァの魔力を封じてるのは『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪い以外に、この学園を覆う結界が作用してるからネ」
「学園を守ると言うアレか?」
「それとは別の結界があるヨ」
学園を守る結果に関してはエヴァも聞き及んでいる。
エヴァの魔力を封じる結界はそれと重ね合わせるようにして、その存在を隠匿してたようだ。
魔力ではなく電力を使用しているのも、その存在を隠すのに一役買っていたのだろう。しかし、そのために停電時に最大の弱点が生まれるのだから良し悪しである。
「…解除できるな?」
「モチロン、ちょろいもんネ」
そう言って三つ目の影はニッと笑った。
その名は超鈴音(チャオ・リンシェン)、『麻帆良の最強頭脳』と謳われる天才少女である。
「よし、大停電が始まると同時に行動を開始するぞ」
「横島さんにはどう対処しますか?」
「それについてはもう考えている」
ニヤリと笑うエヴァの口元には吸血鬼の証である牙が覗いていた。
「狙いは神楽坂明日菜だ、行くぞ!」
「…了解しました、マスター」
恭しく頭を下げる茶々丸。彼女にとってマスターの言葉は絶対だ。
「フハハハハ、今夜こそ『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』とも恐れられた夜の女王に返り咲いてやるっ!」
そう言ってエヴァはタンッと軽やかに飛び立ち、「へぶぅっ!」と見事に顔面から墜落した。
まだ封印が解けていない状態では空を飛ぶことができなかったのだ。
「あ、マスター。鼻血が…」
「うぐぐ、空も飛べぬとは何て不便なんだ人間の身体と言うものは…」
今までにも何度かあった事なのだろう。慣れた様子でサッとハンカチを差し出す茶々丸。かいがいしく世話をするその様子はまるで母親と子供だ。
「くううっ! それもこれもスプリングフィールドの一族のせいだ! だが待っていろ! 今夜の作戦でぼーやなどケチョンケチョンにしてくれるわっ!!」
「マスター…」
「それは逆恨みです」とは言えなかった。繰り返すが、茶々丸にとってマスターの言葉は絶対なのである。
『―――こちらは放送部です…これより学園内は停電となります。学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてください。繰り返します…』
学園都市全体に放送部の放送が流れ、そして大停電が始まった。
いつもは明るい光に満ちている街が一斉に暗闇に沈んでいく。
「さぁ、私の時間の始まりだ…」
「きゃー!」
「あちゃー、消えちゃったよー」
「まだおフロ入っとるのにー」
麻帆良女子中寮の大浴場では、四人の少女達が悲鳴を上げていた。入浴中に大停電が始まってしまったのだ。
明石裕奈、和泉亜子、大河内アキラ、佐々木まき絵の四人が一糸纏わぬ姿で立ち往生している。
「もー、まき絵が無理矢理おフロ入ろなんて言うからー」
「あ…う…」
「どうした、まき絵?」
全く反応がないまき絵にアキラが声を掛けるが、まき絵は三人の背を向けたまま微動だにしない。
「行け、我が下僕…」
「まき絵、大丈…」
アキラが言い終わるまでにまき絵が振り返り、唇の端をニィッと吊り上げ、普段の天真爛漫な彼女からは想像もできないような笑みを浮かべた。
八重歯だろうか、口元の尖った歯がやけに目立つ。
その時、アキラは気付いた。まき絵の身体が暗闇の中でうっすらと光っている事に。
それは、横島達GSが『魔力』と呼ぶ光だとは、アキラ達には知る術もなかった。
「残りはお前だ…」
「はぁ〜、遅くなっちゃったなぁ。やっぱ新聞配達の時間が邪魔よねぇ…夕刊の配達止めて、その分朝刊を毎日にしようかしら?」
そんな事を言いながら帰宅の途についているのはアスナ。
GSとしての修行時間が足りない事は彼女自身よく分かっていた。
「横島さんと古菲は今頃見回りしてるのよね、私も行こうかしら」
どうしようかと思案しながら懐中電灯片手に真っ暗になった道を歩いている内に麻帆良女子中寮まで、角を一つ曲がればすぐと言う所まで来て―――
「横島の所に行くのか? …丁度良い」
「…え?」
―――そして、影が舞い降りた。
「アイヤー、真暗闇てなんかドキドキするアルなー♪」
「そうか?」
「暗闇だと敵がどこに潜んでるか分からないからネ♪」
「って、そっちかい! んな物騒なドキドキはいらんわっ!」
非常事態が進行している事も知らず、横島達は暢気に見回りを続けていた。
横島はある程度の霊視、感知能力があるのだが、周辺に魔法先生達もいるためその中に混じったエヴァを感知できないでいる。「強い魔力がある」と言うのは分かるが、そもそも横島は魔法先生達がどれぐらいの力を持っているかを知らないのだ。
「ム…あれはバカピンク?」
「は? 何者だ、それ…はぁ!?」
急に足を止めた古菲の視線の先を懐中電灯で照らした横島は、そこに立つ人影に気付いて顎が外れんばかりに驚いた。そこにはなんと、黒を基調としたメイド服に身を包んだ佐々木まき絵の姿があったのだ。
「な、何をやっとるんだあの子は…趣味か!?」
「横島師父、落ち着くアル! まき絵が趣味に走るならレオタード着てくるアルよ!」
「レオタードか、それはそれで…って違う!」
古菲の的外れな指摘に一瞬乗りかけた横島だったが、我に返って持ち直した。
横島もそうだが、古菲も突然の出来事に焦っているらしい。
「ッ!?」
その時耳に届いた風切り音を頼りにしゃがみ込んだ瞬間、横島の頭上を延髄を狙った回し蹴りが通過した。
振り返り、古菲と背中合わせになるようにして身構えると、そこにはやはりメイドの姿があった。こちらは大河内アキラだ。長い黒髪が微かに湿っているようだが、それを気にしている様子は無い。
「クッ、こっちは結構ええチチしとるやないか。高校生か?」
「や、アキラもクラスメイトアル」
「こっちは趣味か?」
「アキラなら…競泳水着?」
「水着か…それも良い」
何故か小さくガッツポーズをする横島。アキラの水着姿を想像しているのだろう。
そうこう言っている内に左右から、更に二人のメイドが姿を現した。明石裕奈と和泉亜子の二人だ。
「何だこれは、俺の歓迎会か!?」
「そう言う話は聞いてないアル」
能天気に話していられるのはそこまでだった。
佐々木まき絵の背後から更にもう一人のメイドが現れたのだ。
「バ、バカレッド!?」
「アスナ?」
そう、そこに立っていたのはアスナ。
他の四人と同じようにメイド服に身を包むその瞳には虚ろな光が宿っている。
「エヴァさまの命令よ。しばらくここで、私達と遊んでもらうわ」
そう言って笑うアスナの口からは鋭い牙が顔を覗かせていた。
「マスター、アスナさん達が横島さん達と接触しました」
「そうか…あいつらには、せいぜい足止めしてもらわんとな」
横島の横槍を防ぐためにエヴァが考えた方法、それは本来ネギにぶつけて遊ぶ予定だったまき絵達にアスナを加えて横島の足止めに使うと言うものだった。
プロのGSが相手ではそれほど時間を稼ぐことはできないだろうが、元より大停電が終わるまでに事を済ませねばならないのだ。遊ぶ事を止める事も踏まえて、十分な時間だとエヴァは計算していた。
「さて、私達もぼーやの元に向かうとするか」
「………」
そう言ってエヴァは屋根の上から飛び立った。封印が解除されているので、今度は墜落しない。
そして、茶々丸は無言で足のバーニアを噴かせてその後を追う。
「あの、マスター…」
「何だ?」
「当初の予定では、幻術を使って大人の姿でネギ先生の元に行くはずでしたが」
「この姿である事に、何か不都合でもあるのか?」
「………いえ、申し訳ありませんでした」
妙に迫力のあるエヴァに、茶々丸は頭を下げて謝るしかなかった。
「横島さん、アソボ!」
感情の篭っていない声と同時にアスナは神通棍を片手に横島に飛び掛った。
夕方までとは明らかに違う動き。横島は咄嗟に素手で受け止めるのがやっとだ。
「横島師父! アスナの神通棍が光ってるアル!」
「なんで使いこなせて…て、あれは魔力?」
実戦さながらに輝く神通棍に宿る力はあきらかに魔力だ。それに気付いた横島はある一つの結論に辿り着いた。
「まさか、皆…吸血鬼化してるのかっ!?」
「なんと!? そう言えば、まき絵は『桜通りの吸血鬼』に襲われたって…」
「その時か…」
そう言って歯軋りする横島。彼もかつて吸血鬼の真祖であるブラドー伯爵との戦いの最中に吸血鬼になった事があるのだ。ブラドー本人ではなく、彼に噛まれたエミに噛まれた二次被害だったが。
そして、経験があるだけに、今彼女達が抱える一番の問題を理解できた。
「まずいな…このままだと、夜明けと同時に五人は死ぬぞ」
「…ッ!?」
突然の横島の言葉に絶句する古菲。
そう、吸血鬼となった者は吸血鬼と同じ弱点を背負う事になる。十字架に弱ければ、ニンニクにも弱い。そして、最大の弱点が日の光だ。彼女等は日の光を浴びると灰となって散る。
「ど、どどどど、どうするアルか!?」
「落ち着け!」
そう言いつつ、左右から近付いてきた裕奈と亜子の腕を取る横島。
腕を引いて二人をひとまとめにすると、目の前にいるアキラに向かって二人を突き飛ばした。咄嗟の反応なのか、本人のクセなのかは分からないが、アキラは避けもせずに二人を受け止めて、巻き込まれるような形で三人折り重なるように倒れ込む。
「まずは五人をひとまとめにするんだ! そしたら、俺が何とかする!」
「わかたアル!」
「思いっきり行っていいぞ! 吸血鬼に生半可な攻撃は効かない、経験あるから分かる!」
「それは有り難いアルよ!」
先程まで焦りはどこへやら。やるべき事が分かれば古菲は速かった。
手にした懐中電灯をまき絵に投げつけ、彼女がそれを弾いている隙に一息で肉迫。
更に、まき絵が次の行動に移る前に当て身をくらわせて動きを止めると、振り返りざまに足払いをしてアスナを転ばせてしまった
いかに吸血鬼化したとは言え、素人は素人。夜の間は吸血鬼の力で身体能力が高まりタフになるのだろうが、格闘技術までが上がるわけではない。『ウルティマホラ・チャンピオン』を相手にするには少々荷が重かったようだ。
「よし、今だ!」
「任せるアル!」
古菲は倒れた二人を担ぎ上げると、そのまま三人が折り重なっている所へ向けて放り投げた。
そこですかさず横島が『醒』の文字を込めた文珠を炸裂させ、五人は文珠から放たれた強烈な光に飲み込まれた。
吸血鬼化したからと言って正気を失うわけではない。今の五人のような状態にはならないはずなのだ。実際に吸血鬼になっても正気を失わなかった横島の経験に基づく話である。
吸血鬼化した後に何らかの術で洗脳を施した。そう判断した横島は、まずはその洗脳を解くべく彼女達の目を「醒」まさせたのだ。ひとまとめにしたのは、使用する文珠を一つで済ますためだ。
「な、何をしたアルか?」
「洗脳を解いた…はずなんだが」
エヴァに誤算があるとすれば、ボランティア警備団についての情報を手に入れられなかった事だろう。十五年間学生生活を続けてきた彼女は、学校内のイベントに関心が薄いを通り越してまったく無かった。
そのため、古菲の存在が彼女にとっては想定外となったのだ。
横島だけならこれだけ手早く事を進められなかっただろう。
「う、ううん…あれ、ここは?」
「お、目が覚めたか、アスナ」
まず最初に目を覚ましたのはアスナだった。
自分の上にまき絵がのしかかっているのに気付くと、彼女をどけて身を起こした。
「横島さん! って、私なんでこんな格好をっ!?」
「ああ、それは…」
「横島さんの趣味っ!?」
「違うわーッ!!」
メイド服が嫌いだとは言わないが、彼はそれだけに限定するほど心の狭い男ではない。
それにしても、流石は師弟。見事な信頼関係である。
二人の大声のせいか、他の四人も次々に目を覚ました。
初対面である横島の存在と自分達がメイド服を着ていた事に驚いた様子だったが、異常事態に巻き込まれていると言う自覚はあるらしく、今はしゅんと項垂れている。
「とりあえず確認しときたいんだが…五人とも、牙生えてるよな?」
五人はそれぞれに口の中を確認するが、五人揃って犬歯が有り得ないぐらいに尖っていた。立派な吸血鬼だ。
「横島さん、コレ治す方法知らないんですか?」
「俺が知ってる方法は一つだけだな…」
その言葉に五人が身を乗り出して、横島の次の言葉を待った。
「ズバリ、支配秩序の崩壊だ!」
吸血鬼とは血を吸う事で相手を魔力で支配していく。噛まれた者は噛んだ者に絶対服従するしかない。
しかし、ひとたび支配者である上の吸血鬼が他の吸血鬼に噛まれてしまえば、支配秩序が崩壊し下の吸血鬼を支配する魔力が消滅してしまうのだ。
かつて吸血鬼になった横島も、この方法で人間に戻っている。
横島の知っている吸血鬼治療、唯一の方法だ。
「上の吸血鬼…?」
「それって、つまり…」
「よし、今から皆でエヴァを噛みに行くぞ!」
「「「「「「ええーっ!?」」」」」」
古菲も合わせた六人の声が、暗闇に閉ざされた学園都市に響き渡った。
つづく
あとがき
ネギの出番が少なくて申し訳ありません。
横島の行動指針決定までは今回の話の中に入れねばとこのような構成となりました。
ネギの活躍については次回をお待ちください。
あと、豪徳寺も活躍します、多分。
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