topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.126
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 その日の放課後、愛衣は珍しく一人で帰路についていた。普段ならば3−Aの誰かと一緒だったり、どこかで高音や横島と合流するのだが、今日は3−Aは本格的に学園祭の準備が始まり、横島と高音の二人は警備の打ち合わせがあるため、一緒に帰る事が出来ない。
 レーベンスシュルト城で暮らし始めてからは、ずっと周りが賑やかだったため、妙に寂しさを感じる帰り道であった。今日は作業スケジュールの予定で早く帰れるようになって喜んでいたが、こんな事なら学園祭の準備があっても良かったのにと愛衣は思う。
「あ……」
 一瞬、周囲の風景に違和感を感じた愛衣は、ふと足を止めて辺りを見回した。
「……間違えちゃった」
 物思いに耽りながら歩いている内に道を間違えていたらしい。いつの間にかエヴァの家ではなく、女子寮へ帰るための駅へと続く道を歩いていたようだ。
 小さく溜め息をついて元来た道を引き返していく愛衣。女子寮に住んでいた頃の登下校路を歩いていると、レーベンスシュルト城に引っ越す以前の事が思い出される。
 この佐倉愛衣と言う少女は、元々引っ込み思案なところがあり、友人がいても、どこか一線を引いた付き合いをしていた。
 これは彼女が生まれ育った環境も関係している。彼女の両親は魔法界と人間界を行き来して活躍する魔法使いだった。それに合わせて、愛衣も幼い頃から二つの世界を行き来して育ったのだ。
 問題は、両親の仕事の都合上、人間界で過ごす時間の方が長かった事。魔法使いである事を隠さずに付き合える魔法界の友人達と過ごす時間は短く、魔法使いである事を隠さねばならない人間界の友人達と過ごす時間の方が長かったのだ。
 そのため、彼女はいつしか魔法使いである事がバレてしまう事を恐れ、常に友人達とは一線を引いた付き合いをするようになってしまった。これは麻帆良で暮らすようになってからも変わらず、高音と知り合ってからはますますその傾向が顕著になってしまう。
 それも仕方のない事だろう。やはり、秘密を抱えたまま友人と付き合っていくのは、気を病むし、気苦労が絶えない。能天気な美空でさえ、明るく振る舞いつつも魔法使いである事がバレないよう気を使っていたのだから、生真面目な愛衣がどれだけ苦労していたかは推して知るべしである。
 その点、魔法生徒同士であれば秘密を共有しているため気楽に付き合える。そのせいか麻帆良学園では、愛衣に限らず魔法生徒同士が学校、学年、クラスの枠を越えて集まる傾向があった。
 そう、高音と愛衣のような例は、麻帆良の魔法生徒の間では特に珍しくもないのだ。美空とココネも、その一例である。

「そう言えば千草さん達、今日はお城にいるのかな?」
 最近新たに加わった住人、千草、月詠、アーニャの顔を思い浮かべた愛衣は、いつしか足取りが軽くなっていた。
 愛衣は、女子寮からレーベンスシュルト城に引っ越した事に心底満足している。他の面々も言っている事だが、魔法使いである事を隠さずに過ごせるあの城は、とても気楽に過ごす事が出来る。まるで魔法界にいるかのようだ。
 ボトル内の温暖な気候に、本城程の豪華さはないが別棟のシックな佇まいは、居住空間としては文句の付けようがない。最近は、サロンでテレビを見たりまほネットにも繋げられるようになり、更に居住環境は向上していると言えるだろう。
 何より、秘密を守る事と修行場所を確保する事、麻帆良の魔法生徒達に共通する悩みを、まとめて解決してくれるのが嬉しい。
 引っ越した当初は、大好きな横島、高音と一緒に暮らせると言うのが一番大きかったが、今はそれだけではない。二人だけでなく、レーベンスシュルト城に集まる皆が友人であり、共に住む皆が大切な仲間だ。
「………」
 昨日の裕奈達の霊力供給を思い出し、ぽっと頬が赤く染まる愛衣。誰かに見られてないかと辺りを見回すが、幸い周囲の人影はまばらで、誰も彼女に注目はしていなかった。
 あれは修行と思いつつも、愛衣の心の中に羨ましいと言う気持ちが湧き上がってきていた。これは彼女だけに限った話ではないのだが、霊力供給の修行を受けている者達は、あの修行を自分達と横島を結ぶもっと大切ななにかとして捉えている面がある。また、横島とだけでなく、共に修行を受ける者同士を固く結ぶ絆にもなっていた。
 高音達と共にレーベンスシュルト城に移り住んだ愛衣。女子寮の方でも、学校と同じように周囲から一定の距離を置いて生活していたため、当初はこんなにも他の住人達と仲良くなれるとは思っていなかった。
 皆の前であふんあふんと言わされ、お互いに恥ずかしいところを見せ合っているのだから、彼女達の間に連帯感めいたものが生まれるのもある意味当然なのかも知れない。そう言う意味でも、彼女達の間には絆が芽生えていた。
「早く霊衣届かないかな……そしたら、私もお兄様と……」
 愛衣は頬を染め、俯き加減にはにかんだ表情を見せる。そんな彼女には、共に修行をする者達とは違う点が一つだけあった。アスナ達がもっと横島と仲良くしたいと考えているのに対し、愛衣は横島と高音の二人に仲良くして欲しいと思っている面がある。そして、その二人の間に自分も交ざりたいと考えていた。
 彼女にとっては「お兄様」の横島だけでなく、「お姉様」と呼び慕う高音の事も同じくらい大切なのだ。
 そんな愛衣に一番近い考え方を持っているのは、他ならぬ木乃香かも知れない。実際、夕映も合わせた三人は読書と言う共通の趣味もあり、とても仲が良かった。
 彼女もまた自分が横島と仲良くするだけでなく、刹那にも横島と仲良くなって欲しいと考えていた。もっとも、仲の良い二人の間に交ざりたいと言う愛衣に対し、木乃香の場合は仲の良い自分と横島の間に刹那も加えたいと言う「主体」の違いがありそうだが。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.126


「あの、すいませ〜ん」
「えっ?」
 妄想と言う名の物思いに耽っていた愛衣を、不意に掛けられた声が現実に引き戻した。
 ハッと顔を上げてみると、そこには制服姿の少女が一人立っている。
「………?」
 愛衣はその少女の姿を見て、一瞬違和感を覚えた。その違和感の正体は何なのかと考える。黒を基調とした上着に大きな白い襟、胸元には大きな赤いリボンが付いている。白地のスカートは、裾に上着と同じ色の太いラインが入っている。そう、少女の着ている制服は、麻帆良学園都市に存在するいずれの制服とも異なっていた。つまり、目の前に立つ少女は、麻帆良の生徒ではない可能性が高いと言う事だ。
「えっと、あなたは……」
 麻帆良祭の見物客が姿を見せ始めるのは、もう少し先の話。これは警備員の仕事かも知れない。そう考えた愛衣は、更に顔を上げて少女の顔を確認しようとして―――「あっ」と思わず驚きの声を漏らした。
 褐色の肌にベビーブロンドの髪。メガネを掛けたその少女の顔は、人なつっこい笑みを浮かべている。エメラルドのような瞳が愛衣の顔を覗き込んでいた。
 更に、その少女の頭の上には柔らかそうな毛に覆われた長い一対の耳が生えている。まるでウサギの耳のようだが、よく見ればスカートの裾からも同じような毛に覆われたシッポが顔を覗かせている。こちらはウサギのシッポのようには見えない。
 今まで何の違和感も覚えなかったのは、おそらく認識阻害の魔法が掛けられていたからであろう。つまり、彼女は魔法関係者だと言う事だ。
「あ……その制服ってもしかしてアリアドネーの……」
 そして、愛衣はもう一つ思い出した。その少女が着ている制服は、魔法界最大の独立学術都市国家アリアドネーにある魔法学校の物だと言う事を。
 愛衣が自分の正体に気付いた事を察したらしく、少女はほっと安堵の笑みを浮かべた。
「良かったぁ、それが分かるって事は、やっぱりあなた魔法生徒なんですよね?」
「え、ええ……」
「私、魔法界から来たコレットって言います。ちょっと道をお尋ねしたいんですけど……」
「コレット……さん?」
 コクコクと頷きながら返事をした愛衣は、そこでハッと我に返り辺りを見回す。先程と同じく人の姿はまばらであったが、この辺りでは見掛けないアリアドネーの制服が目立ってしまっているらしい。耳の方は認識阻害の魔法で誤魔化す事が出来るが、人間界にあってもおかしくない制服はそうもいかないらしく、おかげで二人はにわかに注目を集めつつあった。
「ちょ、ちょっと場所を変えましょう!」
「え? うわっ……!」
 いかに認識阻害の魔法が掛かっているとは言え、周囲から見えなくなる訳ではない。このままこの場で注目を集めるのは不味いと考えた愛衣は、コレットの手を引き、慌ててその場から離れるのだった。



 時間は少し遡り、まだ愛衣が学校で授業を受けている頃。
 麻帆良学園都市内にあるホテルの一室では、アリアドネーの制服に身を包んだ少女達が、賑やかに話をしていた。アリアドネー魔法騎士団の華『戦乙女旅団』のメンバー――ではなく、それを目指して日夜勉学に励む魔法学校の生徒達だ。今回の麻帆良祭の警備任務に、見習いとして同行してきている。ルームサービスのケーキに舌づつみを打ちながらきゃあきゃあと騒ぐその姿は、修学旅行中の女学生のノリだ。

 『北の連合』、『南の帝国』が、それぞれ国家の威信を懸けて援軍を派遣してきていると言うのに、何故『アリアドネー』は、このような見習いの少女達を連れて来たのか。そこにはアリアドネー騎士団総長であるセラスの、ある思惑があった。
 そもそも『アリアドネー』が援軍を派遣したのは、連合、帝国の間に立って、中立の立場で両者が騒ぎを起こすのを防ぐためだ。
 実のところ、帝国のテオドラ皇女が、連合のリカード元老院議員に対抗して援軍を派遣しなければ、セラスも中立都市としての立場を重んじて人間界の問題に首を突っ込もうとはしなかっただろう。
 しかし、現実にセラスは援軍を派遣せざるを得なくなった。
 派遣する以上は、ただ巻き込まれて派遣するのではなく、アリアドネーにとってプラスとなる何かが欲しい。そう考えたセラスは、魔法学校の生徒達を見習いとして麻帆良に派遣する事にする。これは、関東魔法協会が進めている情報公開を見越しての事であった。
 情報公開が行われれば、当然人間界と魔法界の交流が始まる事になるだろう。しかし、情報公開以前から水面下で人間界に魔法使い達を派遣し、密かに交流を続けてきた連合と違い、アリアドネーや帝国は人間界との繋がりが全くと言って良いほどに無い。
 その遅れを少しでも取り戻すため、援軍として麻帆良に赴くだけでなく、アリアドネーの未来を担う学生達に、人間界を知ってもらおうとセラスは考えた。そう、彼女達見習いの使命は、援軍として麻帆良に派遣されている間に人間界と交流し、そして知る事である。

「このケーキおいしい〜♪」
「魔法界のとはちょっと違うけど、人間界のお菓子も悪くないね〜」
 しかし、現実はそう甘くはなかった。
 麻帆良の地に降りたってから数日。見習いの少女達の好奇心は、人間界そのものではなく、主に食文化に向いていたのだ。現在彼女達は、魔法界と人間界のケーキの違いについて研究中である。
 頭の上に長い耳を持つコレット・ファランドールを筆頭に明らかに人間でない容姿の者がほとんどだが、この辺りも人間界の女学生と変わらないのかも知れない。
 無論、彼女達はふざけている訳ではない。セラスの言葉は、ちゃんと理解している。しかし、彼女達にとって人間界は未知の世界。今まで学校でも『旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』と言う名で、歴史の授業で名前を聞くぐらいであった。その程度の知識しかないため、人間界と交流しろと言われても困る。魔法使いである事を隠さねばならない等、事前に基本的な事を注意されているとは言え、どうやって魔法使いである事を隠しながら交流を持てば良いのかは見当もつかなかった。
 麻帆良の魔法使い、中でも年の近い魔法生徒と知り合う事が出来れば良いのかも知れないが、ここでは魔法生徒も一般人も同じ制服を着ている。まず、大勢の生徒の中から魔法生徒を見つけ出す事が困難だ。

 そんな中、コレットは窓際の椅子に腰掛けて、黙々とケーキを食べていた。今回援軍として連れて来られた見習い達は、人間界を知り、交流する事が目的であって、そもそも戦力として期待されていない。そのためメンバーの選抜は、志願者の中から抽選で選ぶと言う方法が採られていた。
 これはコレットにとって幸運であった。彼女は魔法学校での成績もあまり良い方ではなく、歯に衣着せずに言ってしまえば落ちこぼれだ。実力を問うテストなどがあれば、見習いとは言え援軍に選ばれる事はなかっただろう。
 とは言え、学校中から抽選で選ばれたため、周りがほとんど知らない者ばかりと言うのは問題だ。知り合いと言えば同じクラスからクラス委員長のエミリィ・セブンシープと書記のベアトリクス・モンローの二人が選ばれているが、この二人――正確にはエミリィ一人は、先程からツインテールの長いブロンドの髪を翻らせ、皆の中心になって盛り上がっている。
「ああ、ネギ様! あなたは、今いずこに……!」
「いずこにって、授業中じゃない?」
 話題は、英雄『千の呪文の男(サウザンドマスター)』ことナギ・スプリングフィールドの子、この麻帆良学園都市で教師をしている見習い魔法使い、ネギ・スプリングフィールドのようだ。
 芝居掛かった仕草でネギの名を呼ぶエミリィに、先輩の一人が冷静にツっこみを入れている。
 このエミリィと言う少女、今回の援軍に参加するまで周囲にも知られていなかったが、実は母親の代からの熱狂的なナギファンである。
 ネギが『千の呪文の男』の息子である事は魔法界でもあまり知られていない事なのだが、今回の任務にあたり麻帆良の魔法関係者の情報を見て、エミリィはスプリングフィールドと言う姓と子供の頃のナギにそっくりな容姿で、あっさりと気付いてしまった。流石は熱狂的なファンと言うべきか。
 これはエミリィに限った事ではないらしく、彼女以外に何人もがその事に気付いてしまった。この事はセラス、テオドラ、リカードそれに学園長も予想していたらしく、ネギの正体は援軍に参加した面々に知らされる事になる。当然、無闇に会いにいったりして騒ぎ立てたりしないよう、注意した上でだ。
 と言いつつも、リカードは毎日のようにネギパーティのセーフハウスを訪れてはネギを始めとする面々に稽古を付けてやっているが、これは麻帆良祭を狙っているとされる『フェイト』がネギを狙うかも知れないと言う「言い訳」の下に正当化されていたりする。
 ちなみに、ネギの姉であるネカネ・スプリングフィールドはネギほど注目を集めていない。本人も優秀な治療術師ではあるのだが、やはり魔法学校を首席で卒業し、父親とうり二つの容貌を持つネギの方に、人々は期待してしまうようだ。

 騒ぎを起こさないために、無闇にネギに会いに行く事の出来ない援軍の面々。しかし、これには一つだけ例外があった。
 それがアリアドネーの見習い達だ。人間界と交流するために知り合った人間界の者が「偶然」ネギであっても、それは仕方がない事である。
 これについてはセラス総長も認めていた。彼女は、ネギの周りに魔法の存在を知る一般人が居る事を知っていたので、ネギを通して見習い達がその一般人と知り合う事が出来ればと考えていたのだ。
「くっ……! 昨日もネギ様を捜し求め、街中を彷徨ったと言うのに……!」
 しかし、世の中そんなに甘くはなかった。エミリィを筆頭に何人かはネギを探し求めて街に繰り出しているのだが、今のところ誰一人としてネギと接触する事が出来ていなかった。
 それもそのはずだ。ネギの存在については知らされたが、彼の個人情報全てが公開された訳ではない。エミリィ達が知っている事と言えば、ネギが十歳の少年であり、魔法先生の一人であると言う事ぐらいだ。
 そう、彼女達は学校が終わる時間を見計らって教職員宿舎を中心にネギを捜索していた。学校が終われば直接セーフハウスに向かい、後は水晶球内に篭もって修行と言う毎日を送るネギと出会えるはずがない。特にこの数日は、修行を終えた後麻帆男寮に帰る事もしていないため、本当に通学時間以外にネギと出会う事は不可能な状態が続いていた。
「今日こそ! 今日こそ、ネギ様と運命の出会いをッ!!」
 拳を高々と掲げて、力強く宣言するエミリィ。周りの面々がお〜っと感心して拍手をする。昨日も同じ事を言っていた事は、ご愛敬であろう。

 よくやるものだ。コレットは、拳を掲げるエミリィの姿を見て小さく溜め息をついた。
「どうされましたか?」
「ふぇっ!?」
 いつの間にか、ベアトリクスがテーブルを挟んで向かいの席に座っていた。いつもエミリィと一緒にいる彼女だが、今のエミリィのノリには流石について行けないのだろうか。
「あ、あはははは、こうして見ると変わった街並みだなぁっと」
「……確かに」
 エミリィとは魔法学校に入学する以前からの仲らしいベアトリクスに、「エミリィを見て呆れてました」などと言う訳にもいかず、コレットは窓の外の景色を指差し、笑って誤魔化した。
 ベアトリクスもそれに乗ってくれたようで、窓の外に見える麻帆良の景色を見てポツリと呟く。そのそっけない仕草とほとんど変化を見せない表情からは、誤魔化しに気付いているかどうかを読み取る事は出来ない。
 それに合わせて、コレットも窓からの景色を眺めてみた。適当に誤魔化すために口に出した言葉だったが、改めて見てみるとやはり魔法界で見る景色とは違ったものに見える。
「ですが、麻帆良は比較的魔法界に近い街並みだそうですよ」
「あ、らしいね〜」
 空港から麻帆良までの間にバスの窓から見た景色を思い出して、コレットはポンと手を叩く。高層ビルが立ち並ぶ東京の景色は、魔法界の面々には衝撃的であった。コレットなどは、窓に顔を貼り付けてビルがそびえる空を見上げていたほどだ。
 景色だけではない。空を飛ぶ乗り物と言えば「飛行魚」が常識の魔法界出身者から見れば「飛行機」からして一風変わった乗り物だった。バスもそうだ。麻帆良内を移動するのに使う路面電車についても事前にレクチャーを受けたが、コレットは今のところ怖くて使っていない。
「こうしてみると、本当に魔法界とは違うのですね……」
「……うん、そうだね」
 しみじみと呟くベアトリクス。その変わらぬ表情の向こうに戸惑いの感情が見えたような気がした。その呟きに共感を覚えたコレットも、思わずしんみりしてしまう。
「人間界を知ると言う目的だけなら、ここやトーキョーの景色を見るだけでも目的は果たされるかも知れませんね」
「そ、それは言えてるかも……」
 冗談なのか本気なのか分からない一言。仮に冗談だとしても、その内容はある意味的を射ていた。
 人間界との交流と一言で言うが、こうして現実に「異世界」を目の当たりにしてしまうと、その難しさを思い知らされてしまう。麻帆良には関東魔法協会があり、多くの魔法使いが居るとは言え、住民の大半は魔法の存在を知らない一般人だ。
 自分達とはあまり関わりのない話と考えているコレットでさえ、情報公開など本当に出来るのかと疑問を抱いてしまう。
「ベアトリクスはいいよね〜」
「何がですか?」
「だってほら、認識阻害無しでも普通に街中歩けそうじゃん」
「……ああ」
 コレットの頭の上に長い耳があるように、エミリィも横向きに尖った耳をしている。それだけならば彼女の長い髪に隠す事も可能なのだが、コレットと同じくスカートの裾から覗くシッポだけはどうしようもなかった。
 そんな二人に対し、ベアトリクスはれっきとした人間であり、前下がりのショートボブにした黒髪、肌は色白と、耳の形なども含めて日本人とさほど変わらない外見をしている。アリアドネーの制服姿ならば、人間界の学生だと言っても通じるぐらいだ。
「外見はともかく、お嬢様との会話内容の問題もありますから、認識阻害の魔法無しと言う訳にはいきませんよ」
「あ、そうなんだ」
 「お嬢様」と言うのは、エミリィの事である。彼女はアリアドネーの名門セブンシープ家の令嬢であり、ベアトリクスは幼い頃エミリィと同居していた事がある。そのため彼女はエミリィの事を「お嬢様」と呼んでいた。
「ビー! そろそろネギ様が下校なさる時間よ!」
 そして、エミリィの方もベアトリクスの事を「ビー」と愛称で呼んでいる。上下関係があるように見えるこの二人だが、なんだかんだと言って仲の良い親友同士であった。
「そう言えば、コレットさん」
 ベアトリクスを連れて出掛けようとしていたエミリィが、ふと足を止めてコレットの方に振り返った。
 更にツツツツと足音も立てずにコレットに歩み寄り、顔を近付けてずずいっとにじり寄る。
「ん? な、何?」
「あなた、街中であまり見掛けませんけど……まさか、秘密のネギ様スポットを見付けたんじゃないでしょうね?
「いやいやいやいやいや! ないから! そんな事ないから!」
 プレッシャーすら感じさせる問い詰めに、コレットはぶんぶんぶんと激しく首を横に振って答える。
 ウソではない。確かにコレットも『千の呪文の男』のファンだが、ネギを探すつもりならばエミリィ達と同じように教職員宿舎付近を捜索している。
「そう……まあいいわ。昨日も一人で出歩いていたみたいだけど、ここが異境の地だと言う事を忘れてはダメよ」
「それは分かってる……て言うか、心配してくれたんだ?」
「そ、そんな訳ないでしょ! あなたに何かあったら、皆に迷惑が掛かるって言ってるのよっ!」
 からかうような口調のコレットに対し、顔を真っ赤にして否定するエミリィ。全く素直ではない。
「大丈夫だよ〜。知らない人にほいほいついて行ったりしないって」
「それは子供……まぁ、いいですわ。本当に気を付けなさい」
「は〜い」
 こうしてネギの下校時刻に合わせて「人間界の食文化研究」は終了し、見習い達はそれぞれ待機中のホテルを出て行動を開始した。
 ある者達はネギを探し求めて。またある者達は更なる食文化の追求のために。
 そして、コレットはと言うと―――



「もう大丈夫ですよ」
「う、うん……」
 愛衣に手を引かれたコレットは、そのまま駅のホームに辿り着いていた。これまで電車を利用した事のないコレットは、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。
 向かいのホームには、人の姿がちらほら見えるが、愛衣とコレットが立つホームには彼女達以外の姿はない。
 それもそのはず、ここは愛衣達がエヴァの家から麻帆良女子中に通うために利用している駅だ。本来の通学ルートではなく、エヴァの家は人気の少ない場所にあるため、この路線は普段から人の数は比較的少ない。今は学祭準備期間中であるため、この時間帯は更に少なくなる。
 認識阻害の魔法もあるので、向かいのホームからは単に学生が二人いるだけにしか見えないだろう。これで安心して話せると言うものだ。二人はベンチに並んで腰掛けて話をする。
「あの、アリアドネーから来た援軍の方……ですよね? 何のご用でしょうか?」
「あ、うん。ちょっと道を尋ねたくて、魔法使いを探してたんだ」
「ど、どうして私が魔法使いだと……?」
 コレットの返答にたじろぐ愛衣。何故、自分が魔法使いだと分かったのだろうか。コレットが魔法使いだと分かったのは、愛衣がアリアドネーの制服を知っていたからだが、愛衣は他の者達と変わらぬ麻帆良女子中の制服姿だ。
「あなた、魔法の品を何か持ってるでしょ? それが感知魔法に引っ掛かったんだ。驚かせちゃったらごめんね〜」
 顔の前で手を合わせて可愛らしくウインクして見せるコレット。愛衣は思わず胸の内ポケットがある辺りに手を当てた。そこには仮契約(パクティオー)カードが入っている。コレットの感知魔法に引っ掛かったのは、おそらくこれだろう。
「な、なるほど、そう言う事でしたか……それで、どこへ行く道を知りたいんですか?」
 愛衣は、内心ドキドキしながらも努めて冷静に受け答えする。
 しかし、コレットの次の言葉でその付け焼き刃の冷静さは吹き飛ばされてしまった。
「えっとね、『マホダンリョー』ってとこに行く方法を教えて欲しいのよ」
「マホダンリョー……『麻帆男寮』ですか!?」
「そうそう、多分そこ」
 愛衣は思わす立ち上がり、大声を上げてしまった。魔法関係の場所、例えば図書館島の場所などを聞かれるとばかり思っていたので、完全に意表を突かれた形である。
「その……麻帆男寮に何のご用ですか? お知り合いでもいるとか?」
「知り合いって訳じゃないんだけどね。有名な人がいるみたいだから、会いに行ってみようかな〜って」
「有名人、ですか?」
 麻帆男寮に有名人などいただろうか。しかも、魔法界出身のコレットが知っているような有名人が。
 愛衣は首を傾げてコレットに尋ねる。すると、コレットは満面の笑みを浮かべてその有名人について教えてくれた。
「今、麻帆良に来てるって話だからね。せっかくのチャンスを逃したくないんだ〜。ほら、この人だよ」
 そう言ってコレットが見せてくれたのは、魔法界で発行している雑誌だ。その表紙を飾る人物を見て、愛衣は驚きに目を見開いた。

「魔王アシュタロスを倒した英雄の一人、タダオ・ヨコシマ。この人に会ってみたいの!」

 そう、雑誌の表紙を飾っていたのは横島であった。立て続けに新しいアーティファクトを出現させた事に関連して、アシュタロスとの戦いについても特集が組まれているようだ。
 このコレットと言う少女、エミリィと同じく『千の呪文の男』ファンではあるのだが、彼女とは少し違う面があった。面食いなエミリィと違い、コレットは英雄譚や軍記物が大好きなのだ。魔法界の軍隊についても、過去の大戦での戦果を空でスラスラと言えたりと、非常に詳しかったりする。
 そんな彼女にとって「最も新しい英雄」と言える魔王アシュタロスとの戦いに参加したGS達は、『千の呪文の男』に続くヒーローであった。その中でも、最近になって魔法界でもアーティファクト関係で名前が知られるようになった横島。流石に『千の呪文の男』のようにグッズなどは販売されたりしていないが、コレットが彼に注目しないはずがない。

 その一方で愛衣は驚きを隠せないでいた。横島がアシュタロスとの戦いに参加していたと言う話は聞いた事があるが、詳しい経緯については横島本人も、何か知っているであろう土偶羅も話してはくれなかった。
 もしかしたら、この人は自分の知らない横島を何か知っているのではないだろうか。そう思った愛衣は思わずコレットの手を取り、そしてこう言った。

「その話、もっと詳しく聞かせて下さい! 是非!」



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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