「はぁ〜、やっぱり横島さんってスゴかったんですねぇ」
一通り話を聞き終えたアスナは、ソファに身を沈めるように座り、感嘆のため息をついた。
「う〜ん、やっぱり魔法界で流れている情報は、細かいところを憶測で補ったのが多いなぁ……」
コレットはと言うと、ノートをパラパラとめくりながら自分が書き込んだメモの内容を確認している。自分が集めていた情報が、あまり正確でなかった事にこちらもため息をついているが、それとは裏腹にその目は輝いていた。
「かなりの量になりましたね」
「うん! ユエのと合わせたら、レポートが一つ書けそうだよ〜」
同じく横島とコレットの話を聞いてメモを取っていた夕映。二人とも普段から真面目な生徒と言う訳ではないが、自分の興味がある事に関しては別腹らしい。この点に関しては似た者同士のようで、ノートを見せ合って二人は盛り上がっていた。お互いに同類の匂いを感じ取ったのか、今日初めて会ったと言うのに随分と仲良くなったものだ。
「す、すごいですね……」
そして二人が出会う切っ掛けを作った愛衣は、二人の勢いに圧倒されていた。
彼女にとってもコレットと横島の話は興味深いものではあったが、夕映達のように「研究」したいとまでは思わない。夕映、コレットの二人は、好きなもの、興味を持ったものはとことん突き詰めなければ気が済まない質なのだろう。
アリアドネーでは『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』と、その息子ネギに押されて、全然語り合える者がいない新しい英雄横島。こうして語り合える友を見付けたコレットの笑顔は輝いていた。正に運命、出会うべくして出会った二人なのかも知れない。
アスナ達がコレットのテーブルに集まっている隙に、隣のテーブルで横島の隣をちゃっかり確保しているのは千鶴。このサロンではよく見掛ける光景、熾烈なポジション争いである。千鶴の反対側には夏美が座っており、こちらは緊張してカチコチになっていた。こっそり手を伸ばして横島の手――その指先だけを握っている。これでも夏美にしては頑張った方だろう。
一方、横島に寄り添うように身体をぴったりとくっつけて座る千鶴は、彼の肩にしなだれ掛かる体勢で上目遣いに話し掛けた。
「忠夫さんって、魔法界でも有名なんですねぇ」
「ぜ、全然、自覚ないんだけどな」
腕を包み込む柔らかな感触にドギマギしながらも、横島は努めて表情は緩まないようにして答える。アスナ達との日々の修行で魂を鍛えてマイトを高めつつある横島だが、もしかしたら一番鍛えられているのは、周囲の目を気にするようになった自制心かも知れない。
溢れ出そうな煩悩を覆い隠すポーカーフェイスも鍛えられれば良いのだが、こちらはまだまだ完璧には程遠かった。千鶴などに言わせれば、そこがまた自分を意識してくれていると分かって嬉しいところであり、また可愛いところらしいが。なんとも「あばたもえくぼ」である。
「有名な割にはデタラメな情報も多いみたいだけどねー」
「ちゃんと伝わってるのは、大まかな流れぐらいだな。それも完璧じゃないみてーだし」
一方、和美とカモは夕映、コレットのメモを眺めながら困った表情をしていた。特に修行で話を聞きに来られないネギに代わってここに来たカモは、虚実入り混じった情報の山に埋もれ、どこまでネギ達に伝えたものかと頭を悩ませている。和美も報道に携わる立場として、こんなガセネタばかりが蔓延して良いのかと頭を抱えていた。
横島の方も、間違っている部分は間違ってるとハッキリと言い、訂正したりもするが、それ以外の事をあえて語ったりはしなかったため、大まかな流れが分かったと言っても、あちこち抜け落ちている部分も多い。
特に横島が潜り込んだ艦の土偶羅魔具羅以外のクルー、つまりルシオラ、ベスパ、パピリオの三姉妹については全く触れられていない。横島もそれは違うと否定はしても、訂正したりはしなかった。
カモ達には分からなかった事だが、艦を降りた後についても三姉妹に関する情報は一切無かった。これは魔界側から情報が流れていないためだ。
魔界と言うのは細かなルールとは縁がない世界なのだが、「力が全てを支配する」と言う唯一絶対のルールがある。現在ルシオラは、アシュタロスの後を継いで新たな魔王となっており、彼の学友である≪ソロモン先生≫の教え子達、幾人もの魔王を含む七十一柱の大悪魔達が彼女を庇護する立場を取っている。
ルシオラ達に関する情報を無闇に流す事は彼等と敵対する事にも等しく、魔法界に赴く魔族達もこの点に関しては≪ソロモン先生≫の教え子達を恐れて自重しているのだ。
「まぁ、大まかな流れさえ分かれば問題ないか?」
「そうだね。とりあえずは」
しかし、そんな魔界側の事情などカモ達に分かるはずがない。
和美は、話の流れから多少の不自然さは感じていたが、それ以上踏み込んではいけないような予感めいたものも感じていた。
「あーっ!」
ふと隣のテーブルを見ると、アスナが千鶴達の様子に気付いて負けじと横島に飛び付いていた。横島の首に手を回して正面から抱き着き、腰に跨って身体を密着させている。
「アスナも、まだまだ子供だねぇ〜」
その騒がしい様子を眺めて、和美は苦笑した。
身体の方はしっかり育っているので、抱き着かれる横島は堪ったものではないだろうが、同情する気は起きない。自分の蒔いた種なので、しっかり我慢してもらおう。仮に我慢出来なくなったとしても、それはそれでネタになる。
和美は思う。あんな毎日を送る横島から情報を引き出すのは一筋縄ではいかないだろうと。
いや、実は一つだけ簡単な方法があるのだ。ネギも似たような傾向があるのだが、横島は更に輪を掛けて身内にはとことん甘いところがある。つまり、和美自身もあの輪の中に入り、横島パーティの身内になってしまえば、横島から話を聞き出せる可能性は高い。
確かに、それなら好奇心は満たされるかも知れない。だが、それがジャーナリストの道かと問われると首を傾げてしまう。また、アスナ達を見ていると分かる事だが、一度飛び込んでしまえば、きっとそのまま戻れなくなってしまうだろう。和美自身も横島に対して、少なくとも友人としては好意を抱いているので、そうなる事は目に見えていた。
「ま、そこまで気にする話題じゃないって事かね」
実際、横島の周りにいる面々の中には、ひとかたならず勘が鋭い者もいる。彼女達も何も言ってないようだが、その心中では不自然さに気付いているのかも知れない。
「……ん?」
誰かに見られている。自分を見詰める視線を感じた和美は、キョロキョロと辺りを見回した。すると、横島にしなだれ掛かったままの千鶴が、じっと自分を見ている事に気付く。そして和美と目が合った千鶴は、スッと立てた人差し指を口元に持って来ると、ウインクして見せた。
やはり彼女は気付いている。しかし、横島から言い出さないものをわざわざ聞きだそうとは思わないのだろう。たとえそこに何があろうとも自分の気持ちは変わらない。そう言う自信があるからこその余裕なのかも知れない。
それは、気付いていないであろうアスナ達も一緒なのだろう。横島への揺るぎない想いがそこにはある。
ソファの上で横島を囲む少女達を見て、和美は今更ながらに思い知った。やはり、あの輪の中には半端な覚悟で飛び込んではいけないと言う事を。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.129
「コホン、ところで私からも聞いていいかな?」
メモを整理し終えたコレットは、サロンに居る面々を見渡し小さく咳払いをすると、改まった態度で皆に声を掛けた。横島にじゃれついていたアスナ達も、一旦動きを止めてコレットの方を見る。その姿を見てコレットは、噂の英雄にベタベタと触れる事を羨ましいと思ったが、今は気になる疑問を解決する方が先だ。
「どうしてあなた達は情報公開のテストケースになったの? クラスに魔法生徒がいたみたいだけど、それは他のクラスにもいるんでしょ?」
そう言ってコレットは、チラリと愛衣の方を見る。彼女も魔法生徒だが、アスナ達とはクラスどころか学年も異なる。
何故、3−Aだけが情報公開のテストケースになるのか。それは当然浮かぶ疑問であった。
顔を見合わせるアスナ。そして彼女達は気付いた。自分達の担任があのネギ・スプリングフィールドである事を、コレットは知らないのだ。しかし、これは話してしまっても良い事なのか。次に視線は刀子とシャークティに集まる。
皆の視線を受けた刀子とシャークティは顔を見合わせた。ネギの情報はあまり大っぴらにするものではないが、話してはいけないとも言われていない。偶然とは言え、コレットはこうして3−Aの面々と関わりを持ったのだ。これでネギの事を秘密にしようとすれば、かえって不自然な事になってしまうだろう。
アリアドネーが、見習い達に人間界との交流を持たせたいと考えている事は、二人ともセラスから聞いていた。何かあればフォローしてやって欲しいと。これを切っ掛けに交流を深めるのも良いだろうと、シャークティが説明役を買って出る。
「彼女達の担任は、ネギ先生なのよ。その縁で、情報公開のテストケースに選ばれたの」
「え……っ? そうだったんですか!?」
コレットは思わず立ち上がり、驚きの表情を見せる。まさか自分がネギの情報を得てしまうとは。今頃同じ見習いであるエミリィ達は必死にネギを探しているだろうに、何ともままならない話である。
「やはりネギ先生は魔法界でも有名なのですか?」
ずいっと身を乗り出してあやかが尋ねる。彼女達はこれまでネギが魔法使いである事は知っていても、魔法使いの中でのネギの評価と言うものを聞いた事がなかった。エヴァなどはいつも「ぼーや」と言っているが、彼女を魔法使いのスタンダードと考えて良いかは甚だ疑問である。
「援軍の話が持ち上がってから話題になり始めたよ。それまではさっぱりだったかな? 情報が流れてなかったせいだと思うけど」
ネギの父である『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』こと、ナギ・スプリングフィールドについては、ずっと以前から魔法界では噂の的であった。彼が英雄として活躍していたのはかれこれ十数年前になるので、それこそコレットが生まれる以前の話となる。
その英雄の息子であるネギについては、これまで魔法界で大っぴらに話題になる事は無かった。それが急に騒がれ出したのは、ひとえに今回の麻帆良への援軍が原因だ。援軍に赴く者達の間で、この麻帆良の地で英雄ナギの息子が修行していると言う情報が流れたのである。
「まぁ、ナギ様の息子〜って事で注目してる人が多いかな」
「コレットさんもですか?」
「私はそこまでじゃないかなぁ」
夕映の問い掛けに、コレットは苦笑を浮かべながら答えた。
英雄譚が好きなコレットにしてみれば、横島やナギは既に英雄だが、ネギはまだそうではなかった。魔法界にはネギの事を「英雄の再来」として見る向きがあるが、彼はまだ子供なのだ。将来有望と言う意味では注目してはいるが、エミリィ達のように今からキャーキャーと騒ぐつもりはない。
「て言うか、今のトレンドはアシュタロスを倒した英雄だよねっ!」
ひょいっとあやかをかわして、コレットは横島に駆け寄って行く。そう、何よりもアシュタロスを倒した立役者の一人である横島が、今こうして目の前にいるのだ。「英雄候補」も「英雄」の前では霞んでしまうのである。
「横島さん、もっと色々とお話ししたいんです!」
そしてコレットは、彼の手を取り目を輝かせる。
「お、おう。て言うかアスナ、そろそろ降りろ。お客さんの前だぞ」
「は〜い……」
夏美が気を利かせてスッと横島の隣を空けたので、アスナは名残惜しそうに横島の膝の上から降りて、その空いたスペースにちょこんと座った。コレットはテーブルを囲む、横島の向かいのソファにスペースを空けてもらい、そこに座る。
「で、何が聞きたいんだ?」
「もちろん、アーティファクトの事ですよ!」
アスナ達は、アシュタロスとの戦いに関する話を聞いて満足したようだが、コレットにとってはここからが本番であった。そもそも、彼が魔法界で話題になった切っ掛けは、新しいアーティファクトを立て続けに発見したためである。
強力なアーティファクトと言うものは、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』だけでなく魔法使いにとっても憧れの的だ。もし、良いアーティファクトを出す秘訣と言うものがあれば、それは全ての魔法使いにとって喉から手が出るほど欲しいものであろう。
「あの、そちらのお二人が『魔法使いの従者』なんですか?」
コレットの視線の先にいるのは、横島の両隣に陣取るアスナと千鶴の二人。アスナはえへんと胸を張り、千鶴はにこやかに微笑みながら、仮契約(パクティオー)カードを取り出して見せた。
「それは『エンシス・エクソルキザンス』! それじゃ、キョウトの大魔神を倒したって言うのは、あなたね!」
「え、えんし……?」
コレットは、興奮気味にビシッとアスナを指差すが、アスナの方は突然意味不明の単語が出てきたため、呆気に取られて首を傾げている。
「あ、それ『ハマノツルギ』の正式名称。多分、覚えられねーと思ったんで、オレっちが意訳して教えたんでさぁ」
「ふ〜ん」
実は、アスナのアーティファクト『ハマノツルギ』と言うのは正式な名前ではない。本来の名前は『ensis exorcizans(エンシス・エクソルキザンス)』と言い、日本語に直訳すると『魔を祓う太刀』となる。
しかし、バカレッドなアスナではこんな難しい名前は覚えられないだろうと、カモが気を利かせて意訳した名前『ハマノツルギ』と教えていたのだ。
「でも、『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を倒したのは、私一人の力じゃないわよ」
「そうなの?」
「そうよ! あれは横島さんと一緒に、二人で力を合わせて倒したんだからっ!」
ぐぐっと拳を握り締めて力説するアスナ。
あの時、アスナと横島は文珠を使った同期合体により一人となっていた。横島自身の霊力と彼がアスナに供給する霊力が同じぐらいの量になるよう調節する必要があり、横島が内側に入り込んでいたため、外見上はアスナ一人になっていたのだ。
つまり、あれは横島と二人の共同作業だ。そう主張するアスナは、自分の身体を抱き締めるようにしてくねくねとしだした。その様子を見てコレットは引いた様子だったが、周りの面々はいつもの事だと気にした様子もなく、話を続ける。
「実は私も従者です」
「私は仮契約したばっかりなんだけどね」
「わ、私も、横島師父と仮契約してるアル」
「ま、一応な」
夕映、裕奈、古菲、千雨の四人も、それぞれ仮契約カードを出してみせた。夕映と裕奈は堂々と。古菲と千雨は、どこか恥ずかしげだ。
目の前に並ぶ六枚の仮契約カード。この内、五枚が新発見のアーティファクトであり、残りの一枚『ハマノツルギ』は現在進行形で『両面宿儺』を打ち倒した伝説の武器となりつつある。魔法界で噂されている英雄の従者達が今、コレットの目の前に勢揃いしている。正しく圧巻であった。
「……………ハッ!」
我に返るコレット。しばし、夕映達に見惚れて無言になってしまっていた。
慌てて取り繕うように夕映達に質問を投げ掛ける。
「そ、そう言えば、皆はどう言う関係なの? ここに集まってるけど、まさかここが寮って事はないよね?」
人間界の常識に疎いコレットでも、魔法のボトルが寮になるなど有り得ない事は理解出来る。それだけに、ここにいる面々が、どう言う繋がりでここに集まっているのか興味があった。
「私達は、警備の別働隊と言う名目でここに集まってるです」
夕映は、麻帆良祭を狙う敵『フェイト』が、京都での戦いで木乃香を狙っていた事と、今回も彼女が狙われる可能性を考慮して、別働隊としてここに集まっている事をコレットに教えた。『フェイト』の名はコレットも聞いていたが、木乃香が狙われていると言う事については初耳であった。
同時にコレットは、木乃香の父がナギのかつての仲間であった近衛詠春である事を知るが、やはりネギと同じく「英雄の娘」以上の感想は抱かない。詠春本人がこの場にいれば話は別だっただろうが、コレットとしては英雄譚として謳われる実績が何より大事らしい。
咄嗟の質問であったが、中々興味深い話が聞けた。コレットは身を乗り出して、更に詳しい事を尋ねる。
「それじゃ麻帆良祭が終わったら、ここは解散するの?」
「………」
だが、それはある意味禁句であった。アスナ達は思わず顔を見合わせる。
特に刀子達はショックが大きい。修行を目的にレーベンスシュルト城で暮らし始めたアスナ達と違い、刀子、高音、愛衣、シャークティ、美空、ココネの六人は、明確に警備の仕事のためにここで暮らし始めたのだ。当然、麻帆良祭が終わり警備のシフトが通常に戻れば、ここで暮らす理由はなくなるのだが―――
「そ、それは、その……」
―――しかし、刀子はすぐに肯定の返事をする事が出来なかった。高音と愛衣も同じようだ。三人の表情からは動揺が見て取れる。
シャークティは冷静であったが、彼女の袖をココネが摘み、すがるような目でシャークティを見上げていた。
仕事のためにレーベンスシュルト城で暮らし始めた面々だが、今はここでの暮らしに心地良さを感じ始めている。今はもう、仕事が終わったから「はい、さようなら」とは言えそうにもない。
「言っとくが、私は横島を逃がす気はないぞ。他はどうでもいいがな」
最初にハッキリと宣言したのはエヴァであった。毎晩彼の血を吸っているエヴァにしてみれば、彼のいない生活など最早考える事も出来ない。もし、刀子達だけでなくアスナ達も女子寮の方に戻る事になったとしても、横島だけは帰す気は無かった。むしろ、横島と木乃香達料理上手以外はいらないから帰れとも考えているが、流石にそれは口には出さない。
「……わ、私達の本来の担当は、麻帆良祭が終わってもネギ先生に付きっ切りでしょうし、わた、私達と横島君のチームは、今後も続くわ、きっと! だから、その……私もここに残るからっ!」
エヴァの宣言に対抗するように、続けて声を上げたのは高音だ。顔を真っ赤にして一気にまくし立てた。本人も気付いているかどうか定かではないが、高音自身が彼をパートナーとして認めた瞬間である。
「お姉様……ハイ! 私もついて行きます!」
一方、愛衣の方はすぐに気付いたらしく、高音の言葉に感動して目を潤ませていたりする。
「私のチームは臨時って訳じゃないし、横島君と刹那がここにいる限り、私もここに残るわ」
続いて動いたのは刀子。刀子、刹那、そして横島のチームは、ガンドルフィーニがネギに付きっ切りになったため急遽組む事になった高音達と違い、刹那の状況の変化に合わせて新しく組まれたチームだ。麻帆良祭が終わったとしても、チームが解散する事は無い。
だが、それだけが理由で無い事は周りの面々は皆分かっていた。彼女が横島に気があるのは周知の事実である。ただでさえ彼の周りには年の近い少女達が多いと言うのに、自分から離れて不利になるような真似などするはずもなかった。
そしてシャークティは、縋るような目を見詰めてくるココネの頭を撫でると、大丈夫だと微かに微笑んで見せた。
「私達は、アスナ達と同じように修行のためにここに居る。修行場所が提供されている限りは、ここから離れる事はないな」
「………!」
シャークティがハッキリと口にすると、ココネは目を輝かせてコクコクと頷いた。その表情を見て、シャークティは思わず苦笑してしまう。無表情で感情を表に出す事も稀であったココネ。今も表情豊かと言う訳ではないが、こうして喜びの感情を全身から湧き上がらせている。
これも横島のおかげかと考えると、ますますここから離れる訳にはいかないと言うものだ。
「はぁ〜……さっさと帰りたいとは言えない空気だねぇ」
そして美空は、一人こっそりため息をついていた。
基本的に不真面目で修行もサボりがちだった彼女は、レーベンスシュルト城に引っ越して以来、毎日欠かさず行われる修行から逃げ出したいと考えていた。早朝マラソンは、早起きにも慣れてきたおかげで割と平気なのだが、マラソンの後と夕方に行われる魔法の修行はキツい。一緒に修行する裕奈とココネは真面目なのだから尚更だ。
そして、当然修行のためにここに住み始めたアスナ達は、麻帆良祭が終わったとしてもここから離れる事は無い。離れる事があるとすれば、それは横島がここから離れる時だ。
「へぇ、それじゃここに集まって住んでるのは修行のためなんだ?」
「元々、修行のためにここに住んでいたのを利用して、別働隊の待機場所として使うようになったです」
「この城の周りにある出城の一つが、私達の修行場所アル」
「ゲートタワーからは……本城の影になって見えなかったっけ?」
「いいなぁ、なんか楽しそう」
流石に霊力供給の修行についてまではアスナ達も説明しないが、それでも彼女達が楽しそうに修行している事は伝わってきた。
アリアドネーの魔法学校では落ちこぼれであるコレットにしてみれば羨ましい事この上ない話である。
アスナ達と話していると、彼女達がここに住む理由が修行ばかりではない事も伝わってきた。やはり、ここでの共同生活が楽しいのだろう。千雨が早朝のマラソンについて愚痴ったり、アスナが料理の腕が中々上達しないとぼやいたりしているが、その表情はどこか満更でもない様子なのだ。これまたコレットにとっては羨ましい話であった。
コレットは、チラリと視線を横島に向ける。
アスナ達の話を聞いて、もう一つ分かった事がある。やはり、ここの中心となっているのは横島だ。城主はエヴァだが、彼女もまた横島を中心に動いている。
横島が英雄――すなわち「ヒーロー」だとすると、そのパートナーであるアスナ達は「ヒロイン」だ。こうして目の前で皆賑やかに騒いでいると言うのに、客人であるコレットには、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。
「………」
この時、コレットの中にある願望が生まれた。自分もこの中の一員になれないだろうかと。
横島が英雄譚を紡ぐヒーローであり、アスナ達はその周りを彩るヒロインである。
『千の呪文の男』は伝説だが、横島は違う。すぐに手が届く距離に彼は居るのだ。
手を伸ばせば触れられるかも知れない。いや、その手を取ってくれるかも知れない。
英雄譚の登場人物になるチャンスが、今目の前にある。そう考え始めると、途端にドキドキと胸が高鳴ってきた。紅潮した頬を見られないように、コレットは顔を伏せて俯いてしまう。
だが、ここで逃げる訳にはいかない。このまま客人として帰ってしまえば、こんなチャンスは二度と訪れないかも知れないのだ。コレットは、膝の上に乗せた両の拳をギュッと握り締めると、赤くなった顔を上げて真っ直ぐに横島を見詰めた。
「あ、あのっ、横島さん!」
「ん? どうした?」
心なしかコレットの語気が強くなっている。
横島は思わず身構えた。彼女の語気が強いからではない。コレットの放つ雰囲気から、ある種の決意を感じ取ったのだ。
コレットは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、再度横島の目を見詰めて、意を決して口を開いた。
「横島さん、私とも仮契約してくださいっ!」
その雰囲気は、かつてアスナも、夕映も、古菲も、千鶴も、千雨も、裕奈も放っていた雰囲気。
コレットはハッキリとした口調で、横島に仮契約を申し込んだ。
つづく
あとがき
魔界のルシオラ達に関する話は、『黒い手』シリーズ外伝、『ぷちルシちゃん』シリーズをご覧下さい。
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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