topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.13
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 神楽坂アスナにはある日課があった。いや、最近になってできたと言うべきだろうか。それは毎日神通棍を手に精神を集中させる事だ。横島に神通棍を贈られて以来毎日続けており、昼休みに教室の隅でうんうん唸っている姿がよくクラスメイトに目撃されている。
 横島はまだ霊力を使えないアスナには基本的な身体能力を高める修行をさせていたのだが、彼女はそれだけでは満足できず、もっと「GSっぽい」修行を求めていたのだ。
 素人故、ミーハー故と悪く言うこともできるが、現在『GSの弟子』、『新聞配達のバイト』と言う二足の草鞋が互いに足を引っ張り合っている状態の彼女は、自分が『除霊助手』としてやっていけると言う手応えが欲しいのだろう。

「出ろ〜、霊力出ろ〜」
 ここ数日のアスナは特に気合が入っていた。
 先日、木乃香が横島に付き添って除霊の現場に行ったという話を聞いたためである。木乃香はあくまで「守られる対象」であったのだが、これは理屈ではなく感情の問題らしい。
 しかも、その現場にはエヴァ、真名も同行し横島に協力していたとか。そんな話を聞いてしまうと、自分はそこまで頼りにならないのかと思えてしまう。
 確かにアスナにはまだ危険だからと言う理由もあったが、彼女を外した最たる理由は木乃香に知られないように同行していた刹那が「木乃香の護衛」と言う正体をアスナに知られないためだ。横島がアスナを頼りにしていないと言うことはないのだが、アスナはそんなこと知る由もない。

「横島さんの腕に抱かれて、気が付いたら裸になってたんよ。ウチ恥ずかしいわぁ」
 その話を聞いた時、霊力以外の何かに目覚めかけたのはここだけの話である。
 確かに、水晶球の中での出来事は夢だったと勘違いしている木乃香にとっての事実はそうなのだ。彼女は一切嘘を言っていない。それが真実か問われれば当然否なのだが、関係者一同は刹那のために知らぬ存ぜぬで押し切るだろう。濡れ衣を着せられる横島も刹那の秘密を明かすぐらいならば自分が汚名を被ることを選ぶはずだ。
「でも、ええ夢見れたわ〜。横島さんのおかげかなぁ?」
 木乃香の言う「ええ夢」とは夢の中、正確には水晶球の中で中学入学以来疎遠になっていた刹那が助けに来てくれたことを指す。実に嬉しそうにそれを語る表情を見てしまったら、ルームメイトのアスナと言えども詳しく問い質すこともできない。
 仕方なくエヴァに聞いてみたが「貴様の期待しているような事は一切ない」と一蹴されてしまった。

 神楽坂アスナ、当年十四歳。少々燻り気味である。



「横島君、見合いをつぶすために走り回っておったそうじゃの」
「ナ、ナンノコトデセウ?」
「しかも、木乃香の着物をひん剥いて傷物にしてくれたとか」
「えーっと、それは…」
 一方、今日も麻帆良女子中の学園長室に呼び出されて冷や汗をだらだらと垂れ流す横島。
 学園長の手には先日のお見合いの報告書がある。どうやら屋敷での事は既に知られてしまっているらしい。
「孫を傷物にされたからには、責任を取ってもらわんとの〜…」
 爺馬鹿炸裂と言うべきか、途方もない威圧感で迫る学園長。
 下手に弁解する事のできない横島は蛇に睨まれた蛙のようになってしまうが、彼が身を翻して逃げ出す直前に学園長室の放つプレッシャーが一瞬にして霧散してしまった。

「…とまぁ、冗談はこれくらいにしておこうかの」
「へ?」
「詳しい事情については刹那君から聞いておる。木乃香が世話になったそうじゃの」
 そう言って人の悪い笑みを浮かべる学園長。彼は最初から全てを知っていたのだ。
 考えてみれば刹那を横島に紹介したのは学園長その人である。安心して気の抜けた横島がその場にへなへなと崩れ落ちたのは言うまでもない。
「木乃香の方から頼んだそうじゃのぅ。本当はワシの方で手を打つつもりじゃったんじゃが」
「…そうだったんですか?」
「家柄的には名家じゃから婿殿…木乃香の父は立場上断れんようじゃったが、孫をあんなのにくれてやる気はありゃせんよ」
 ちなみに、学園長は魔法先生を取り揃えて、高畑タカミチも出張先から呼び戻し、「木乃香と結婚したくば、ワシら全員を倒してみせい」と迫るつもりだったとか。
 確かにそれが一番手っ取り早いであろう。傷つけてもよい事を知っていたなら、横島達もそのような方法を選んでいたはずだ。

「それよりも、あのスティーブとか言うガキは何者なんです? エヴァは学園長の弟子だと言ってましたけど」
「…君達が会ったのは、水晶球に魂を宿した分身体だったんじゃな?」
「そんな感じらしいっスね。俺にはよく分かりませんけど」
「………」
 学園長は横島の答えを聞くと眉を顰めて黙り込んだ。
 横島もソファに座って茶を一口。学園長が口を開くまで根気よく待つ。

「今から何十年も前の話なんじゃが…」
 やがて重々しく口を開いた学園長の口から語られたのは、裏の魔法世界でも隠匿されている影の魔法史だった。
 かつて学園長には一般人の弟子が七人いたらしい。その中の一人が一般人の生まれながらに強い魔法力を持つスティーブ・ファー・アークィンだ。彼は留学生として麻帆良学園都市に来たらしい。
 当時の学園長は、魔法使いと一般人を隔てる垣根を取り払うために、一般人を魔法使いにして両者の差を縮めようと躍起になっていた。だからこそ自らも弟子を取って魔法使いを育成していたのだ。中でもスティーブは一番の有望株だったとか。
 弟子達は皆あの屋敷に住み、書斎に用意された本は弟子達が求めて学園長が用意したものらしいが、そのほとんどはスティーブが求めたものだと言う。
 しかし、それを語る学園長の表情はどこか暗い。横島は単純に優秀な弟子ならば誇れば良いのにと思うが、話はそう単純なものではらしい。
 横島の疑問に気付いた学園長が更に絞り出すように言葉を紡ぐ。気疲れしたかのように肩を落とし、元より老人の彼が一層年老いてしまったかのようだ。
「あやつがああなってしまったのも、ワシに責任の一端があるからのぅ…」
「…そうなんスか」
 あの屋敷にはできるだけ触れないようにしているため、学園長は分身体が屋敷に地下室を作って隠れ棲んでいることも知らなかったようだ。

 学園長が机の引き出しから一枚の写真を取り出し横島に見せる。そこには学園長を中心に七人の少年少女が写っていた。年の頃は小学生から大学生まで満遍なくと言ったところだろうか、当時の麻帆良学園都市内から学校を問わずに集められた精鋭七人だと思われる。
 その内の一人があのスティーブだ。この写真では顔を塗り潰されたりしていないのではっきりと本人だと確認できる。あの幻と何一つ変わらぬ姿、彼の着ていた学生服は当時のものなのだろう。
「そいや、他の六人は今何やってるんスか?」
 と軽く聞いてみるが、それは触れてはならない部分だったらしく学園長は言葉を詰まらせる。
 失敗したかと横島がおろおろしていると、学園長は苦渋の表情で次の言葉を紡いだ。
「…死んだよ。スティーブが殺したんじゃ」
「ッ!?」
 語られる衝撃の事実。
 つまり、あの地下室にあった血痕はこの写真に写るスティーブ以外の六人のもの。
 自分が殺人現場にいた事に気付いた横島は思わずお茶を吹き出した。

 やはりあの場で倒して正解だったと思った横島だったが、次の学園長の言葉はそんな彼を裏切るものだった。
「あやつが今どこでどうしているかはワシにも分からん」
「は?」
 横島が絶句してしまうのも無理はないだろう。
 先日あの屋敷でスティーブを倒したにもかかわらず学園長は今も彼は生きていると言っている。
 それもそのはずだ、スティーブの足取りは二十年前に消息を絶って以来皆目見当もつかないらしい。あの屋敷に残されていたのは『分霊』に過ぎなかったのだ。
「でも、人間の魂は粘土みたいにちぎったりつけたりはできないはずじゃ…?」
「それを可能とするのが『魔法』…無論、一般には知られていない禁術じゃよ」
 スティーブがあの屋敷で兄弟弟子を殺したのは、そのための儀式だったと学園長は推測しているそうだ。
 彼には何か心当たりがあるようだが、今それを横島に教える気はないらしい。

「横島君…孫を、木乃香を守っておくれ」
 がしっと横島の手を握る学園長。普段の横島なら男に手を握られるなど御免だが、彼の真剣な目を見るとそれを拒むことができない。孫を守りたいと言う彼の気持ちがひしひしと伝わってくる。
 木乃香は生まれついて持っていた自身の強い力と、関東魔法協会の長である祖父と関西呪術協会の長である父の権力、その両方の理由から狙われる立場にある。修学旅行における彼女の護衛を依頼されたのはそのためだ。
 横島は基本的に可愛い女の子の味方。お姉さんなら尚良しであり、少女であればその将来性を買う。
 木乃香はほのぼのとした春の日差しのような雰囲気を持ち、横島にとって所謂「何かしたら悪者」なタイプではあるが、それだけに保護欲をそそられると言うものだ。
 学園長に言われるまでもない。横島は元より守る気満々だと言わんばかりに、自分の胸をドンと叩いて応えた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.13


「霊力出ろ〜〜〜〜〜っ!」
「アスナがんばれー!」
 その日の放課後、3年A組の教室ではアスナが神通棍を手に唸っていた。横島との修行が始まるまでの僅かな時間も自主的に修行に充てているのだ。
 彼女の周囲では『3年A組のチアリーダー』と謳われる麻帆良チアリーディングに所属する椎名桜子、釘宮円、柿崎美砂の三人が応援しているが、神通棍は一向に反応を見せない。それもそのはず、アスナは「自分の中の霊力を感じる」と言う最も基本的なことができていない。いくら頑張ったところで霊力が引き出せるわけがないのだ。
 今日は職員会議もないため残っていたネギも含め教室にいる皆が彼女に注目し、その中でも一番心配そうにハラハラとした面持ちで見守っているのは意外にも「いいんちょ」こと雪広あやかであった。木乃香も当然応援しているのだが、こちらはどちらかと言うと皆で盛り上がるのを楽しんでいる節がある。
 いつもならそろそろ息切れする時間だ。今日も駄目かと皆が諦めかけたその時、間近で見守っていた古菲がある変化に気付いた。
「おお! アスナ、神通棍が光てるアル!」
「え?」
 突然の大声に視線が神通棍へと集中する。
 確かに彼女の言う通り、うっすらとではあるが神通棍が微かな光を放っていた。
「で、、できたの…?」
 本人に霊力を使っている感覚はないようだが、確かに神通棍が光っている。
 数秒遅れて教室中がわっと歓声に包まれた。
「おめでとうございます、アスナさん!」
「ありがとう、ネギ!」
「ほらほら、早く愛しのお師匠さまに見せてあげないと」
「だからそんなんじゃないってば」
 「パル」こと早乙女ハルナの茶々入れに照れ笑いで返すが、確かに彼女の言う通りだ。
 一刻も早く横島に報告したい。そう思ったアスナは横島との待ち合わせ場所である世界樹前広場に向かって走り出した。ネギもその後を追う。
「アスナさん! 危ない物を振り回しながら走るのはお止めなさい!」
「仕舞っちゃったら次出るから分からないから〜!」
 伸ばしたままの神通棍を持って走るアスナをあやかが咎めるが、彼女は嬉しそうにそれを振り回したまま走り去ってしまう。見送るあやかは腰に手をあてて怒った様子を見せるが、その表情はどこか柔らかかった。



 古菲、そしてネギを連れ立って世界樹広場に辿り着くと、そこには横島だけでなく修練に励む豪徳寺の姿もあった。
 アスナと古菲にとってはいつも通りの光景だが、今日初めてここに来たネギは自分の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』の姿を見て目を丸くしている。
「豪徳寺さん、どうしてここに?」
「おお、ネギ君か。俺も『魔法使いの従者』としてもっと強くなれるように修行をな」
「そうだったんですか…」
 豪徳寺は元より向上心が強く、強さを求めて裏の世界に足を踏み入れる事を望んでいた男だ。
 茶々丸に敗北したことを気に掛けて、次は勝つとばかりに日々鍛錬に励んでいるらしい。
「くぅ〜、豪徳寺の兄さんは男だねぇ。俺っち感動したぜ!」
 ネギの肩の上のカモも豪徳寺を従者の鑑と褒め称えた。
 教室では事情を知らない生徒達の目があるため黙っていたが、この場には魔法使いの事を知る者ばかりなので人目を気にせずに話している。

「横島さん、見てください!」
「ん? …こ、これは」
「すごいでしょ〜?」
 アスナが実に嬉しそうに満面の笑みで淡く光る神通棍を見せると、横島は驚きに目を見開かせた。
 昨日今日で使えるようになるものではないと思っていたので、ここまでの素質を持っていたのかという驚き故である。
「アスナさん、霊力に目覚めたんですよっ!」
「おおっ、嬢ちゃんやったな!」
 ネギ達も我が事のように喜んでいる。
「ん…?」
 何かに気付いた横島はじっと目を凝らし始め、じっと見詰められる形となったアスナは頬を染める。
 神通棍に宿る光とアスナ、感じる違和感の正体を探るべく両者を見比べているようだ。
「アスナ…」
「ハ、ハイ!」
 横島にがしっと肩を掴まれ、至近距離で見詰め合う形となったアスナ。これが映画ならこのままキスシーンに移行しそうな勢いだが、今の彼女はそれが気にならない程に浮かれてしまっている。
 気分は正に得意の絶頂。険しい山を登りきり頂上で朝日を拝むと、きっとこんな気分なのだろう。
 これで自分も除霊の現場に出られるのかと期待に胸を膨らませる…が。

「お前、憑かれてるぞ」
「へ?」

 横島は容赦なくアスナをその山頂から蹴落とした。

「「「「「ええーーーっ!?」」」」」
 横島とアスナ以外全員の驚きの声が重なる。
 アスナは状況を理解できずにキョロキョロしているが、神通棍は変わらず淡い光を放っている。
 確かに横島の言う通り、微かな光にも関わらずアスナがこれだけ舞い上がっても変化しないと言うのは変だ。霊能力を覚えたての頃の横島のように、冷静さを失えば消えてしまうのが普通のはずである。
「え、それじゃこれは…?」
「憑いてる霊だろうな、薄っすらとだけど何かいるの見えるし」
 身も蓋もない横島の物言いにガクリと肩を落とすアスナ。盛り上がったところで突き落とされただけにそのショックは大きいようだ。ネギがおろおろしながら声を掛けているが、それに応えるだけの元気など今の彼女に残されていない。

 アスナの力の抜けた手から神通棍が転がり落ちるが宿る光に変化はない。これは決定的だ。アスナが霊力に目覚めていたとしても、手から離れた神通棍に霊力を宿し続けられるような技術はあるはずがない。
 つまり、憑かれているのはアスナではなく神通棍と言うことだ。
 横島はどんな霊が憑いているのかとそれを手にとってみると、光に変化が現れた。ゆらゆらと陽炎のように揺らめき、どことなく怯えているようだ。
「横島さん…?」
「こりゃ、悪い霊じゃないかも…」
 そう言って霊視に集中する横島。すると彼の目に神通棍にしがみ付き、怯えた様子の涙目で自分を見る少女が映った。長く白い髪に紅い瞳、アスナ達とは違うセーラー服を身に着けている。
 小刻みに震える様はまるで小動物のようだ。猫の子にそうするように指を差し出して舌を鳴らしたくなる衝動をぐっと抑えて、まずは安心させるべく努めて優しく話し掛けた。

「え〜っと…君、誰?」
『すいませ〜ん、祓わないでくださ〜い…』
「いや、悪霊でもない限り祓ったりしないから」
『あうぅぅぅ〜…』
「まいったな…」
 幽霊の少女は横島がGSである事を知っているらしく、君の敵じゃないと説明するのに随分と時間が掛かってしまった事をここに記しておくことにしよう。


「横島さん、幽霊の人が見えるんですか?」
「魔法使いにゃ見えんのか?」
「いえ、初めてなんです。僕の通ってた学校にはいなかったですから…」
 暗に別の学校には居たと言っているのだが、その事について言及する者はいない。
 横島が少女の外見についてネギ達に伝えると、カモが心当たりがあるのかしっぽを立てて騒ぎ出した。
「兄貴、出席簿だ!」
「え?」
「横島の兄さん、神通棍に憑いてる幽霊ってのはコイツじゃねぇですかい?」
 カモに促されてネギが鞄から取り出したのは3年A組の出席簿。
 開いてカモは出席番号一番の相坂さよの写真を指差した。白い髪に紅い瞳、そしてセーラー服。間違いなく神通棍に憑いている少女であった。
「確かにこの子だな。って事はネギの生徒なのか?」
「えーーーーっ!?」
 驚きの声を上げるネギ。彼も彼女については全く知らなかったらしい。
 出席簿には前担任の高畑タカミチの字で「1940〜」、「席、動かさないこと」と書かれている。つまり、学校側は彼女の存在を把握していたと言うことだ。
「あ、そう言えば…この制服、昔の写真で見たことあるかも」
「つまり、昔の生徒アルか」
 ようやく復活したアスナが、過去に見た学園長室に飾られていた写真にさよと同じ制服の少女達が写っていた事を思い出した。1940年当時からずっと幽霊をしていたとなると、もう五十年以上幽霊を続けている事になる。

「でも、何だって神通棍に?」
『あの、これを光らせたら気付いてもらえるんじゃないかなーって』
「…なるほど」
 すんすん泣きながら答えるさよの説明によると、この小動物を彷彿とさせる気弱な彼女は幽霊歴自体は長いのだが、目立たないと言うか存在感がないため、今までどんな霊能力者にも見つかったことがないとか。
 もう何十年も話し相手がおらず、寂しくて自分を見つけて欲しいと、霊力に反応する神通棍に取り憑いたそうだ。これならば自分でも何とかできるのではないかと思ったらしい。
「…だ、そうだ」
「って事は、私神通棍ごとその子を振り回しながらここまで来たって事?」
「そうなるアルな」
 横島の通訳を聞いて呆れた顔をするアスナと古菲。
 この中でさよの言葉が聞こえるのは横島だけのようだ。魔法使いのネギや気の使い手である豪徳寺はおろか、オコジョ妖精であるカモにも彼女の存在を感知することができない。
『うぅ、私やっぱり幽霊の素質ないんでしょうか?』
「普通の人から見りゃ、幽霊の九割はそんなもんだと聞くが…とりあえず神通棍から離れろ。光らせてる間ずっと霊力を消耗するぞ。幽霊にとって霊力は命そのものだ」
『あ、はい』
 少し名残惜しそうに地面に降り立つさよ。神通棍から光が失われ、さよはちょこんと芝生の上に座り込んだ。そんな彼女に触れられるか試してみようと横島はその頭に手を乗せてみる。
 ふわふわとした不確かな感覚。喩えるならば綿、いや溶けて消えてしまいそうな粉雪と言うべきだろうか。
 そこに存在している事は分かるのだが、幽霊であった頃のおキヌと比べるとやはり手に伝わる感覚がどこか曖昧だ。
 横島が自分に触れられることに目を丸くして驚いたさよは、自分からも横島に触れてみようと手を伸ばすが…。
『あれ?』
 横島の胸板に触れようとしたその手はすぅっと溶け込むように彼の身体をすり抜けてしまった。
『あれ? あれ?』
 今度は両手を前に出してみるが、やはり横島の身体をすり抜けてしまう。そのまま必死に手をブンブンと振ってみるが何の感覚もない。
 それがショックだったのか『ふえぇ』と涙目になるさよに、横島は慌ててわしゃわしゃと髪が乱れるぐらいに頭を撫でる…が、彼女の髪型は微動だにしなかった。やはり、横島の方も完全に触れられているわけではないのだ。

「えーっと…そこにいるの?」
 急に手を激しく動かし出した横島に若干引きながらアスナがおずおずと声を掛けた。
 さよが見えない彼女達には涙目のさよを目の当たりにした横島の焦りなど伝わるはずもない。
「一応ここにいるんだが…やっぱ、見えんか?」
 一同揃って首を振る。
 それを見てさよはがっくりと肩を落してしまい、横島はぽむぽむと軽く頭を叩いた。こちらの方が『触れられている』感覚が伝わると思ったのだ。
 今度は自分に触れる横島の手に触れようとするさよ。すると今度はしっかりと触れる事ができた。幽霊になって以来、初めて感じる人の感覚。さよは驚きに目を見開いた。
『あ…ど、どうして?』
「ああ、俺の方が触るために霊力高めてるからな」
 さよは嬉しそうに横島と握手をすると、思い切りぶんぶんと振り始めた。
 アスナ達には横島が急に一人で腕を振り始めたようにしか見えない。

「う〜ん、横島さんの文珠で何とかならないんですか?」
「…どんな文字入れるよ? そもそも、効果がずっと続くもんでもないぞ?」
 仮に文珠で皆に見える状態にできたとしても、それはあくまで一時的な事に過ぎない。それでは定期的に文珠を使わなければならなくなるだろう。
 それよりも横島には別の代案があった。
「それより、この神通棍じゃないけど別の依り代を探した方がいいかもな」
「「ヨリシロ?」」
 聞き慣れない言葉にアスナと古菲が揃って疑問符を浮かべた。
 依り代とは、その名の通り霊的存在が宿る物の事だ。この場合、人間としての肉体を失ったさよのために別の身体を用意しようと言う話になる。
 実は怒声或いは嘆きといった魂の底からの叫びが出るまでしごき倒すといった方法もあるのだが、この小動物のような少女を見ているとそれは避けたくなるのが男として、いや人として当然の事であろう。
 魔法の道具についてならここにいるネギも含めて幾つかの伝がある。オカルト方面を頼るならばカオス、いざと言う時は厄珍に相談すればよいだろう。後者の場合は有料となるだろうが。
 どうするにせよ、さよについては今日の修行を終えてから考えれば良い。そう考えた横島はもう一つの気になっている事に話を変えるためにアスナの方に向き直った。
「ま、この子の事は後で考えるとして…なんでアスナは神通棍使ってたんだ?」
「う゛…」
 突然の話題転換に言葉を詰まらせるアスナ。
 横島からは霊力の修行は今やってもあまり意味がないと言われていたのだ。
 怒られてしまうのではないかと、しどろもどろになって弁明を始める。
「あ、えーっと、私も早く霊力使えるようになって早く除霊現場に出られるようになりたいなーって。そしたら横島さんの役に立てるじゃないですか! …その、だから…ゴメンナサイ」
 言っている内に、どんどん自分が悪いことをしているような気がして自分から謝ってしまう。
 横島としては別段怒るつもりはなかった。むしろ自主的に練習していたアスナを褒めてやりたいぐらいだ。
 そこまで頑張っているのなら霊力を扱うための修行を始めてもいいのではないかと思えてくる。奇しくも彼の胸の内には試行錯誤の末に考えついた練習法の案が一つだけあった。

「霊力を使うってどんなのか…体験してみる?」
「え?」
 悪戯を思い付いた子供のような笑みでニヤリと笑う横島。
 それに対するアスナの顔は正に豆鉄砲を食らった鳩であった。



「なにぃ、神楽坂明日菜が幽霊に憑かれているだと?」
 まき絵達に捕まらないように部活を早めに切り上げて帰宅しようとしていたエヴァを、龍宮真名が呼び止めた。
 真名も教室でアスナが神通棍を光らせたところを目撃していた一人なのだが、その際に神通棍と重なるように人影を見たような気がしたのだ。
「確証はない。だが、おそらく…」
「ほう、お前の魔眼を持ってしても見抜けなかったのか」
 そう言いつつ特に感慨を抱いた様子もないエヴァに真名は訝しげな表情を見せる。
 エヴァはどこか面倒臭そうで、すぐにでも話を切り上げて帰りたいと言わんばかりだ。
 最近、まき絵達に付き纏われている事は知っているが、それとは別の理由のように見える。
 ここで真名はピンときた。元より真名がエヴァに声を掛けた理由を考えれば、答えはすぐそこにあるのだ。
「お前…さては知っているな?」
「な、何の事だ?」
 わざとらしく視線を逸らすエヴァ。露骨にもほどがある。
「マスター、分かりやす過ぎです」
 ぽつりと呟く茶々丸。従者にまでつっこまれてしまった。
 真名は自分が見抜けなかったものでも、エヴァなら或いはと考えて彼女に声を掛けたのだ。
 そして彼女の反応。そこから導き出される答えは一つである。
「悪いが一緒に来てもらうぞ」
「あっ、こら離せ!」
 エヴァは何かを知っているが面倒臭くてそれを隠している。そう判断した真名は彼女を抱え上げて強制的にアスナの元へ連れて行く事にした。
 小脇に抱えられたエヴァはじたばたと抵抗するが如何せん魔力を封じられた身、この体勢では自慢の体術も発揮できず真名にされるがままになっている。
 傍目には大人と子供なのだが、それを指摘するのは双方の怒りを買うので決してお勧めはできない。

「あれ、珍しい組み合わせだね」
「マスター、朝倉さんがお見えになりました」
「む…」
 掛けられた声の主に視線をやると、そこにには茶々丸の言う通り『麻帆良パパラッチ』の朝倉和美の姿があった。
 流石に人前で小脇に抱えられた体勢は恥ずかしいので「ちゃんと行くから下ろせ」と小声で言うと、恥ずかしいのは真名も同様なので素直にエヴァを下ろす。
「そう言うお前は取材か?」
「記事になるかはまだ分かんないんだけどね。霊力を使えるようになったアスナに突撃インタビューでもと思って」
「………」
「どったの? 何か拙いの?」
 和美の返事を聞いて黙り込む真名。それを見て和美は怪訝そうな表情を浮かべた。
 問い質された真名は、どこまで隠し、そして教えるかを考え始める。
「あー、神楽坂はな…霊に憑かれている可能性があるんだ」
「何だって!? …って、なんでたつみーにそんな事が分かるのよ?」
 『たつみー』とは極一部のクラスメイトだけが使う真名のニックネームだ。
「それは…ほら、私は巫女だからな」
 そう言って誤魔化す真名。
 確かに彼女は龍宮神社で巫女のバイトをしているので、和美は「巫女ってそんな事もできるんだ」と素直に信じた。横島の登場でオカルトに対する抵抗感が薄れてきているのも信じた理由の一つであろう。
 代々続く神主の家系に生まれた娘が幼い頃から巫女としての修行を行う事は決して珍しい事ではない。
 そんな彼女達は初詣等の人の集まる時期のみのバイト巫女とは根本的に違うのだが、素人の和美はその辺を理解できていないようだ。
 実際のところは、真名の能力は巫女のそれとは根本的に違っていたりする。

「とにかく神楽坂達のところへ急ごう」
「そうだね、アスナ達はいつも世界樹前広場で修行してるはずだよ」
「マスター、私達も行きましょう」
「チッ、仕方が無いな…急ぐぞっ!」
 四者四様の反応だが、アスナの元へ急がねばならないと言う意志は一致している。
 四人は顔を見合わせて頷き合うと、エヴァの号令で世界樹広場に向かって歩を進めた。
 特にエヴァには急がねばならない理由がある。

「あれ、エヴァちゃんどこ行くのー?」
「エヴァちゃんも今帰り? 一緒に帰ろーよ」
「ああもう、うるさい連中が…」

 しかし、彼女の努力は今日も無駄に終わってしまった。
 エヴァの視線の先にはまき絵達四人の姿がある。彼女達が部活を終える前に逃げるつもりだったのだが、今日は真名の足止めにより失敗に終わってしまったようだ。
「…私のせいか?」
「いえ、二日に一度は失敗していますのでお気になさらずに」
 しれっと言う茶々丸の言葉は身も蓋もなかった。

「今日は神楽坂明日菜の所に行かねばならんのでな、お前達と遊んでいるヒマはない」
 そう言って四人を追い払おうとするエヴァ。それはいつもの事なのだが、彼女が口で言うほど嫌がっていない事を四人は知っているためまったく気にしていない。
「それじゃ私達も行くよ!」
「何?」
「アスナがどんな修行してるか、ウチらも興味あるしなー」
「それにアキラも横島さんに会いたいでしょ?」
「い、いや、私は別に…」
 それどころか揃って自分達も行くと参加を宣言。
 結局総勢八名と言う大所帯で世界樹広場に向かう事になってしまった。



 そしてエヴァ達は大急ぎで世界樹前広場に辿り着いたのだが、そこで思わず足を止めてしまった。
 思わず身を隠し、物陰から見つからぬように近付いて行く。
「これでどうだ?」
「何か気持ちいいかも…あっダメ…熱い」
 男女の甘い声が出迎えたのだ。
 それが横島とアスナの物だと気付いた一同の頬がかぁっと熱くなる。
 普段のアスナからは想像もつかない弱々しい声。
 クラスで二人の仲について冷やかした事は確かにある。
 しかしそれはあくまで冗談であって、本気で二人が恋仲だとは思っていない。
 まさか、からかわれている内にその気になって行き着く所まで突っ走ってしまったのかと、八人は混乱の坩堝に叩き落されてしまった。
 エヴァはわなわなと震え、真名はどう反応してよいのやらと困った様子で頬を掻いている。茶々丸も似たような反応だ、どう反応すれば良いのかわからないらしい。
 一方、まき絵、裕奈、和美の三人は明らかに楽しんでいた。他人の色恋沙汰は彼女達にとってこれ以上とないオモチャなのだろう。
 そんな三人に対して亜子は耐性がないのかあわあわと動けなくなってしまっている。同じく微動だにしないアキラは、どこかショックを受けているようだった。
 それぞれに異なる反応を見せる八人に共通している事は、揃って耳まで真っ赤になっている事である。

「い、痛い…横島さんっ!」
「我慢するんだ。それは最初だけ、慣れるまでの間だから!」
「何をやっとるか貴様ァーッ!!」
 か細い悲鳴のようなアスナの声。その一声が限界だった。
 それを聞いたエヴァが思わず飛び出し、彼女の足が吸い込まれるように横島の顔面に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ!?」
 それに対して抗議の声を発したのは、意外にも横島ではなくアスナだった。
 彼女の手には神通棍があり、真名達が教室で見ていた時よりも強い光を放っていた。しかし、その光は急速に弱まり、みるみるうちに消えてしまう。
「あ、あれ?」
「せっかく霊力使う練習していたのに!」
 そう言って怒るアスナに着衣の乱れはない。倒れる横島も同様だ。
 何か致命的な勘違いをしていたことに気付いたエヴァは、すぐ傍にいたネギに説明を求める。
「おい、ぼーや! これは一体どういう事だ!?」
「どういう事って…横島さんがアスナさんの背中から身体を通すように霊力を流して、アスナさんが握った神通棍を光らせてたんですけど…」
「エヴァ達は一体どういう勘違いをしたアルか?」
「や、やかましいっ! ガキは黙ってろっ!!」
 本気で分かっていない古菲の問いに怒鳴って返すエヴァ。
 カモと豪徳寺は流石に分かっているらしく、少し離れたところで苦笑してそれを見守っている。

「えーっと、それじゃさっきの声は?」
「やだ、皆で聞いてたの? 初めて霊力を流されたんだけどさ、結構気持ちいいのよね。身体が熱くなるって言うか」
 誤解されるような声になっていたのは彼女自身自覚はあるらしい。まき絵の問いにアスナは照れながら答えた。
 それを聞いてエヴァは納得した。契約による従者への魔法力供給でも似たような現象が起きるのだが、身体に霊力等を漲らせる事により、身体が火照るような状態になる事があるのだ。アスナのように慣れていないものだと、力の流れる感覚をくすぐったく感じる事もあるらしい。先程の彼女は正にその状態だったのだろう。
「それじゃ痛いってのは?」
「それがさー、最初は気持ち良いだけかと思ってたら急に痛くなったのよねぇ」
 「なんでかしら?」と首を傾げるアスナ。
 これはエヴァにも分からず一同の視線がおのずと横島に集まる。
 顔に靴跡を付けたまま起き上がった横島は、首を鳴らしながらその疑問に答えた。
「そりゃ、筋肉痛みたいなもんだ。今まで使った事のない力を使ったわけだしな」
「霊力でもなるんですか?」
「同時に身体も動かすともっと酷い事になるぞ。昔神様に憑依されて、そいつが俺を隠れ蓑に大暴れしたもんだから、エライ目に遭った事がある」
 珍しく座った目で説明する横島。 相当酷い目に遭ったのか、思い出したくないような素振りが見て取れた。
 かつて横島が韋駄天八兵衛と言う神に憑依されて『ヨコシマン』となって大暴れしていた頃の話だが、実は彼の言う「エライ目」には、口元をマフラーで隠し、「8」と縫い付けたランニングシャツにトランクス一丁と言う姿にさせられた事も含んでいたりする。
「…横島。後学のために聞いておくが、どんな感じだったんだ?」
 代表として豪徳寺が聞いてみると、横島は表情を変えぬままギギギと軋む音が鳴るような動きでそちらに顔を向け、そして彼が実際に味わった痛みを語り始めた。

「そうだな…一言で言えばまず両手両足がボキッと折れて、そこに肋骨にヒビが入り、ちょっと苦しくてうずくまったところを横綱がドスンと乗ってきた感じだ。これに殺人的な筋肉痛が一緒になって襲ってくる

 ひきつった笑みで淡々と語る横島の言葉に一同の顔が青ざめる。亜子などはそれを聞いただけでフラリと倒れ込んでしまった。
 彼の言葉に嘘はない。仏である韋駄天の霊力を以って身体を酷使されただけでなく、瀕死の重傷を完治直前で治療を止めた事による痛みもあるのだが、実際に彼が味わった事のある苦痛だ。
「わ、わわわ、私もそうなるんですか!?」
 慌てた様子のアスナが問うが、それは笑って否定された。横島の挙げた例はあくまで元鬼族である強大な韋駄天の力があってこそ。彼の霊力程度ではそこまでのダメージにはならないのだ。
 アスナはほっと胸を撫で下ろし、同時に霊力を扱う事を軽く考えていた自分を反省する。
「基本的な身体能力を鍛えろってのは、そういうダメージから身を守るためでもあるんだよ」
「は、はい…」
 そう言ってアスナに背を向けた横島は話を締める。似合わないが、彼にも師匠としての自覚が多少はあるようだ。
「まぁ、やる気があるならこれからもさっきの霊力を使う修行は続けていこう。慣れれば自分だけでも霊力が使えるようになるだろうしね」
「いいんですか!?」
 驚いた顔で問い返すアスナに横島は「もちろん」と答える。

『あのー、どうしてそのレコーダーを大事そうに隠してるんですか?』

 そんな彼のポケットの中には、先程のアスナの声を録音したボイスレコーダーがあった。
 霊力を扱う修行はやはり彼女のためだけではなかったらしい。アスナから見えない彼の顔は見事ににやけていた。



つづく


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