topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.132
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 ストレートの長い髪、目元は少し垂れ目気味でメガネを掛けている。白いフリル付きのワンピースを好む一見おとなしそうな少女だ。
 しかし、その正体は最強と謳われる退魔集団『神鳴流』の中でも特に異彩を放つ少女、『狂人』月詠。
 強大な妖魔を斬り伏せるために大振りの野太刀を好む神鳴流にしては珍しく、小太刀の二刀流を戦闘スタイルとしているが、これはあえて相手の懐に飛び込む事によって自らの身を危険に晒し、「死」を身近に感じるためである。何故わざわざそんな事をするのか。彼女はそれに悦びを見出す、ある種の「マ」の付く人であるためだ。
 それと同時に彼女は、強い者を斬る事に悦びを覚える「サ」の付く人でもある。
 相反する二つの要素を心の内に抱え込む少女。「死」に取り憑かれていると言っても良いかも知れない。

 そんな彼女も、このレーベンスシュルト城では驚くほど穏やかな日々を過ごしている。
「あ、あのっ、よろしくお願いしますっ!」
「そんな緊張せんでもええですよ〜。これからしばらくの間、みんなが学校に行ってる間も一番長〜く一緒に過ごす事になりますし」
 セラスが訪ねて来た日の晩、今日からレーベンスシュルト城に居候する事になったコレットが緊張した面持ちでぺこりと頭を下げると、月詠はにこやかな表情でソファから立ち上がり、彼女の手を取った。
 その姿を見ていた刹那は驚きを隠せなかったが、月詠の隣に座っていた千草の方は、至極当然であると言わんばかりに態度を変えずに流している。そう、コレットの実力では「強い者を斬りたい」月詠のお眼鏡に適わなかったのだ。

 元々月詠が斬りたがるのは強い者ばかりで、弱い一般人には基本的に危害を加えようとはしない。ただ単に興味を抱かないだけかも知れないが、誰彼構わず傷付けようとする訳ではないと言うのは大きい。
 不本意ながらレーベンスシュルト城で暮らし始める以前から月詠の保護者役となっていた千草も、なにかと斬りたがる月詠に対し「斬る価値もない」と誘導する事で彼女をコントロールしていた。
 しかし今はそれも必要ない。夏休みになれば横島が妙神山に連れて行って竜神小竜姫と戦わせてくれる事になっているので、月詠はまるで借りて来た猫のようにおとなしくしているのだ。おかげで3−Aの面々とも問題なく付き合えている。
 以前の月詠を知る千草や、京都での戦いで付け狙われた刹那には信じ難い事だが、3−Aの多くの者達は月詠を友人として受け容れていた。皆が学校に行っている間、一緒に過ごす事が多いアーニャも、月詠に懐いていたりする。身体の一部にシンパシーを感じたのだろうか。

 コレットも、月詠の事を悪い人ではないと感じたらしい。にこやかに言葉を交わすと、他の者にも挨拶しなければならないからと、軽くおじぎをしてからその場を離れて行った。実際被害は発生しないと思われるので、それで特に問題はあるまい。
 千草がチラリと刹那の方に視線を向けてみると、じっと疑いの眼で月詠を見詰めていた。そこまで疑わなくても良いのではないかと思うが、彼女は京都での戦いで月詠に付け狙われた身なので仕方あるまい。
 もう少し仲良くなってくれればと思うが、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。
 ここまで考えて、千草は今の自分の思考がまるで娘の交友関係を心配する親のような考えになっていた事に気付いた。
 千草はこのレーベンスシュルトで暮らし始めてから、いつの間にか横島達が学校に行っている間の留守を守り、月詠だけでなくアーニャやチャチャゼロ、それにすらむぃ達の面倒も見る事になっている。
 これでは母親のような気持ちになるのも当然かも知れないが、そこはそれ。千草としては、そこまでの年ではないので全力で拒否したい。
 せめて「母」ではなく「姉」であるように心掛けねばなるまい。千草はぐっと拳を握り締めて決意を固めるのであった。

 だが、しかし―――

「ん、ちょっと待てよ……」

―――ここで千草は、「ある事」に気付いてしまった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.132


 翌朝、いつも早朝のジョギングを行っている横島もまだベッドですやすやと眠っている時分。そろそろ起きなければならないであろうと言う時に、彼の部屋を一人の女性が訪れた。
「んふふ、まだ寝てるようやな」
 千草だ。今日は彼女が食事当番であるため、これから厨房に向かうのか既に着替えてエプロンを身に着けている。「年齢の割には」可愛らしいデザインのエプロンだが、それは禁句だ。
 そっと扉を開けて中に入ってみる。あまり散らかっておらず、意外と整然とした部屋だ。元より物が少ないと言うのもあるが、毎日のように夏美が訪れて洗濯物を回収するついでに掃除してくれているおかげだろう。
 この部屋にある主な家具は三つ。横島が持ち込んだ服がまとめて入れられたプラスチック製の半透明の衣装ケースと、窓際に置かれたシンプルなデザインの横長のテーブル。それに元々備え付けられていた古めかしい大きなベッドだ。三つの中でベッドだけが異彩を放っている。しかし、部屋自体がアンティークな雰囲気を放っているため、どちらかと言うと浮いているのは衣装ケースとテーブルの方であった。
 姿見すら無いあたり、横島忠夫と言う男の身嗜みに対する無頓着さが見て取れる。彼は夜の警備に行く際はスーツを身に着けて行くのだが、しょっちゅうネクタイが曲がった状態でサロンに降りて来ては、気付いた誰かに直されていた。木乃香がやると仲の良い兄妹のようで何とも微笑ましい光景なのだが、千鶴がやるとまた別の雰囲気を醸し出すのだ。同い年であるはずなのに。
 ムッと若干眉をひそめながら千草は更に部屋を見回す。実は、千草が横島の部屋に入るのはこれが初めてだった。
 それにしても、本当に物が無い部屋だ。先程の三つ以外にある物と言えば、テーブルの上のCDプレーヤーと、積み上げられたCDアルバムぐらいだ。これらは桜子達と一緒にカラオケに行った際、意外と歌が上手いが最近の曲を知らない横島に、覚えて聞かせて欲しいと桜子、美砂、円の三人がCDを貸し、それを聞くために急遽購入した安物のプレーヤーである。
 他には同じようにテーブルの上に並べられた三つの金魚鉢。その内の一つにだけ水が入っており、それ以外は空っぽだ。無論、中に入っているのは水ではなく蕩けて液状になって眠っているスライム、この金魚鉢は彼女達のベッドだ。よく見ると金魚鉢にはそれぞれ油性マジックででかでかと名前が書かれている。それによると金魚鉢の中で眠っているのはぷりん。すらむぃとあめ子は外の小川で夜の見張りをしているのだろう。彼女達にしてみれば、夜遊びみたいな感覚らしいと千草は以前聞いた事があった。
 そして最後の一つ、これも主な家具に入れても良いかも知れないが、横島が普段使う物ではないため省いた物。そう、さよのために用意されたベビーベッドである。横島と茶々丸が二人で買ってきたばかりの最新の大型だ。中にはさよとチャチャゼロの二人が仲良くすやすやと眠っている。二人ともデザインは同じだが、色違いのパジャマを着ている。同型の人形をベースにしているためか、こうして見ると双子の姉妹のようにも見える。起きている時の性格はまるっきり正反対だが。
 二人のパジャマは茶々丸のお手製であり、彼女が使っている物と同じデザインの色違いであった。人間と同じように夜はベッドで休む茶々丸は、当然人間と同じようにパジャマを使用している。実は、エヴァにも色違いの物が贈られているらしい。

「んんっ……もう朝ですかぁ?」
 その時、さよが目を覚ましてひょこっと身体を起こした。
「起きたか? もう時間やで、はよ起き」
「は〜い……」
 寝ぼけているのか、部屋の中に千草が居る事に疑問を抱く事もなく、さよはもそもそと着替え始める。彼女は毎朝のジョギングには横島にひしっとしがみ付いて参加していた。自らの足で走る訳ではないのであまり意味はなさそうなのだが、おとうさんと一緒にいたいらしい。
 千草はそんな微笑ましい様子を横目に見ながら、横島の眠るベッドへと近付いて行った。丸まった掛け布団を抱き枕のようにして寝ている横島。どんな夢を見ていると言うのか、少々だらしない寝顔だ。
「すけべぇな夢でも見とるんか? しゃーないやっちゃなぁ」
 それも許してしまえるあたり、そこまで自覚はなかったが千草は自分で考えている以上に横島に参ってしまっているらしい。
 しかし、それを否定する気はない。そうでなければ、今ここに来ていないだろう。
「ほら、そろそろ起きなあかんで」
「……ん〜?」
 千草は、横島を優しくゆすって起こす。しばらくもぞもぞしていた横島だったが、千草が「はよ起き」と軽くぺしぺし頬を叩くと、やがて目を覚ましてむくりと起き上がった。
「……あれ? なんで千草がここに……?」
「おはよう、目ぇ覚めたか?」
 さよと違い、横島は寝ぼけながらも千草の存在に気付いたが、何故彼女がここにいるのかまでは見当も付かないようだ。髪が乱れた頭をかきながら、寝ぼけ眼のまま首を傾げている。
「ほらほら、いつまでも寝ぼけとらんと。もうじきジョギングの始まる時間やで……忠夫」
「あ、ああ……って、ん?」
 ある違和感に気付いた横島が千草の方に視線を向けると、彼女はそれから逃げるようにサッとそっぽを向いて視線をそらした。その横顔の頬は微かに赤い。更にじ〜っと彼女を見詰めると、その頬がだんだんと赤みを帯びていく。
「ほ、ほな、ウチは月詠達も起こさないかんから! 忠夫もはよ着替えて下降りや!」
 顔が真っ赤になった千草は、畳み掛けるようにそう言い放つと、そそくさと部屋から出て行ってしまう。
「なんだ……?」
 後に残された横島は、訳が分からず戸惑うばかりであった。


 廊下に出た千草は真っ赤になった頬を手で押さえながら、ドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。
 とうとうやってしまった。と言っても呼び方を「横島」から「忠夫」に変えただけなのだが、これは思っていた以上にドキドキとするものだ。いい年して何を年頃の少女のようにと千草自身も思うが、ドキドキしてしまうのだから仕方がない。平然とそう呼んでいる千鶴の事を尊敬してしまいそうだ。
 昨晩、いつの間にか自分がレーベンスシュルト城の留守番と子守を担当している事に気付いた千草は、今の自分の立場を「まるで主婦のようだ」と感じた。自分が妻であり、月詠達が子供。そして夫は――言うまでもなく横島である。
 その考えに至った時、千草はまず「それも悪くない」と思った。次に平然とそれを受け容れている自分に驚いた。

 幼い時に両親を亡くして以来、東の魔法使い達への恨みを胸に抱えながら復讐のために修行に励んだ年月。結局その恨みは的外れであった事が判明し、真の仇である『フェイト』に対しても、『両面宿儺(リョウメンスクナ)』の豪腕を以て強烈な一撃を食らわせてやった。
 それからと言うもの、千草はどこか気が抜けたような日々を送っていた。仇討ちが果たされた訳ではないのだが、やるべき事を全て終わらせてしまったような感覚があり、抜け殻のようになってしまったのだ。
 しばらくの間、ただ黙々と関西呪術協会から与えられる禊としての任務をこなす日々が続いた。今にして思えば、月詠がパートナーとして宛がわれたのは良かったのかも知れない。彼女の手綱を握っている間は少なくとも退屈はしなかったし、アーニャ達の面倒を見る練習にもなった。

 そんな彼女に転機が訪れたのは、麻帆良への援軍のメンバーに志願し、選ばれた時である。
 敵があの『フェイト』であると聞き、彼を斬れると胸を躍らせる月詠に対し、千草は今度こそ仇を討つと決意を固めながらも、その心はどこか冷め切っていた。本当の親の仇だと言うのに、全く心が動かない。援軍のメンバーに選ばれても何も感じないのだ。
 そして彼女は自覚してしまった。人生の目標として掲げてきた復讐は、『両面宿儺』で一撃を食らわせたあの時に、自分の中では終わってしまっていたのだと言う事を。
 それ故に麻帆良に来て以来、千草はまったくと言って良い程やる気がなかった。陰陽師としては干されてしまい、出世の道も閉ざされた状態。関西呪術協会の援軍の面々にとっては次の長を決める重要な戦いらしいが、その事にも興味が持てない。半ばやけくそ気味に自分は与えられた任務を淡々とこなすだけと考えていた。
 そんな風に燻る彼女の前に現れたのである。あの男、横島忠夫は。

 京都で敵対していた時から、いや、新幹線で魔法で変装した彼に会った時から、同じ関西人としてだろうか、何か通じるものを感じていた。「違う出会い方をしていれば、親友になれたかも知れない」と言う奴だ。
 麻帆良で再会し、除霊助手にして欲しいと言い出したのも、彼とならば上手くやっていけると思ったからだ。
 その予感は的中し、彼は千草に木乃香達と和解する切っ掛けを与えてくれて、しかも彼女だけでなく月詠までも受け容れてくれた。月詠の方も、小竜姫に会わせてくれると言う約束があると言う事もあり、彼に懐いて除霊助手と言う立場を受け容れている。いつの間にか月詠に対して親心を抱いていた千草は、それが何より嬉しかった。
 そう「親心」だ、「姉心」ではない。昨晩、自分の立場を「主婦」に見立てた時、千草は自分を誤魔化すのを止めた。母親でも良いではないか、それなら父親は横島だと。
 GS資格を取り、横島の右腕になってやろうと言う千草の願望は、いつしか公私に渡る彼のパートナーになると言うものに変化していた。年齢差も何のそのだ。刀子の言葉ではないが、千草にとって横島は「金の草鞋を履いてでも探す価値のある男」だったのである。


 だが、こうして名前を呼ぶだけで赤面している内はまだまだかも知れない。
 廊下で赤面していた千草は、ハッと我に返り、誰かに見られてはいないかと辺りを見回す。幸い人影はなかったので、小走りでその場を離れ、月詠とアーニャを起こしに行った。
 ところが、この二人は千草と同じく今日の食事当番なので既に起きており、廊下でばったりと出くわしてしまう。
「あら、千草はん。おはようございます」
「おはよー、チグサ」
 二人共エプロンを身に着けており、笑みを浮かべて千草に挨拶をする。
「〜〜〜〜〜っ!」
「どないしました?」
「え、ああ、何でもない何でもない」
 心持ちを改めると、見え方まで変わってくるものだ。並んで挨拶をする二人の可愛らしさに、思わず身悶えしかけていた。
 そうだ。横島を「夫」のように見ると言う事は、面倒を見ている月詠達を「子」として見ると言う事なのだ。
 アーニャはともかく、月詠の笑顔まで可愛いと思ってしまうとはとんだ不覚であった。横島も身内に関しては似たような傾向があるが、これが親の贔屓目と言うものなのだろうか。
 千草は壁に手を当て、もたれかかるような前傾姿勢で荒い息を整えようとする。そんな挙動不審な背中を見て、月詠とアーニャは何事かと顔を見合わせるのだった。
「ほ、ほな、ウチはコレットのヤツを起こしてくるさかい、先に台所の方に行っといて」
「はぁ……大丈夫ですか?」
 「頭は」と続けようとした月詠だったが、流石にそれを口に出すのは気が咎めた。そのような良心が発揮できる辺り、彼女にも成長が伺える。
「だ、大丈夫や……」
 絞り出すような声でそれだけを言うと、ふらふらとした足取りでコレットの部屋へと向かう千草。月詠達は、その後ろ姿をただただ見守る事しか出来なかった。

 そして千草はコレットの部屋まで辿り着いた。まだ彼女は部屋から出てきてないようで、扉の前に立ってノックしてみる。
「……は〜い」
 しばらくして小さな返事が返ってきた。間延びした声の調子からして、まだ寝ていたのかも知れない。
「まぁ、慣れてないと厳しい時間やろなぁ」
 早朝マラソンが始まるのは、普通の学生にしてみれば随分と早い時間だ。アリアドネーの魔法学校がどのようなカリキュラムを組んでいるのか千草は知る由もないが、この様子では、コレットは普段から慣れている訳ではなさそうだ。
「おはようございますぅ〜」
 やがて、眠そうに目をこすりながらコレットが扉を開けて出てきた。早朝マラソンの話は昨日の内に聞いていたので、ちゃんと着替えて準備している。
 コレットが着ている服は、一見体操服のように見えるが微妙に違う。上は長袖で襟元がフード状になっているのが一番大きな特徴だろうか。胸元の名札には「Collet」とアルファベットで名前が書かれている。そして下はブルマだ。シッポを出すための穴がしっかり開いている。足下は黒いソックスであり、シューズと合わせてこれもアリアドネー指定の物であった。
「それ、アリアドネーのか?」
「え……あ、ハイ!」
 寝ぼけているのか、コレットは声を掛けられてもすぐに反応出来なかった。ハッと我に返って声を掛けられた事に気付くと、しゃんと背筋を伸ばして答えた。
 まるで教師に声を掛けられたかのような態度だ。千草は苦笑しながら「そんな緊張せんでええ」とコレットの頭を撫でる。
「ちゃんと目ぇ覚めたか? 寝ぼけたまま走ったら、こけてケガするで」
「だ、大丈夫です!」
 ぐっと握り拳を作って力強く返事をするコレット。
 仮契約(パクティオー)を断られた事を理屈の上では納得していたが、やはりショックはショックだったらしい。こうしてセラスの計らいでレーベンスシュルト城に住めるようになったのだから、一日、いや一分一秒でも早く皆に溶け込みたいと考えている。
 コレットは、そのためにも皆と一緒にする修行は積極的に参加しようと考えていた。頑張って早起きしたのもそのためである。
「コレット……」
「はい?」
「ハミパンしとるで」
「えぇっ!?」
 しかし、どこか抜けているのがコレットらしいのだろうか。ブルマの裾から伸びるふんわりと柔らかそうなふとももと共に白い布地がはみ出していた。紺色のブルマと褐色の肌の間に挟まれ、やけに目立って見える。仮に目立ってなかったとしても、横島ならば絶対に見逃さないだろう。
 慌ててはみ出たパンツを仕舞い込むコレット。その姿を見て千草は思わず自分の学生時代を思い出してしまった。それが何年前の事なのかは気にしてはいけない。
「もう大丈夫ですか?」
 千草の前でくるりんと回ってみせるコレット。肩までの長さに整えられた髪が長い耳と一緒にふわりと揺れる。
 何とも可愛らしい姿だ。年は月詠、それにアスナ達と同じらしいが、こちらは月詠と違って素直に可愛いと思える。
 コレットは、今日からレーベンスシュルト城で暮らす身だ。当然、こちらにいる間は学校もないので、セラスの呼び出しが無い限り千草達と一緒にいる事になる。どうせならば仲良くしたいものだと千草は思った。
「ああ、大丈夫や。行っといで」
「ありがとうございます! それじゃ、行ってきます!」
 千草の言葉を聞いてコレットはにっこり微笑むと、ペコリと頭を下げて廊下を駆けて行った。
「慌てて階段踏み外すんやないで!」
「は〜い!」
 千草がその背に向かって声を掛けると、コレットは足を止めずに顔だけ千草に向けて手を振った。
 他に人がいればぶつかってしまうかも知れない。そうでなくとも放っておくと壁にぶつかりそうだ。
「ちゃんと前見て行き!」
「はぁ〜い!」
 千草が窘めると、コレットは再び前を向いて走り出した。
「ったく、危なっかしいやっちゃなぁ……」
 そう言いつつも、心の中では微笑ましいと思っている千草。彼女自身気付いているかどうかは定かではないが、その頬は明らかに緩んでいた。
「さぁて、ご飯の支度でもしよか」
 腕まくりして厨房へと向かう千草。最近、レーベンスシュルト城の面々は昼食を食堂棟か『超包子(チャオパオズ)』で食べている。学校に行かない千草達も、昼は横島達と合流して一緒に昼食を食べるのだ。
 そのため、今はお弁当を作る必要がない。それを残念に思える自分に、ちょっと驚いてしまう。
 一人暮らしだった頃、両親の仇を討つ事ばかり考えていた頃はこんな事考えもしなかった。むしろ面倒だ、修行の時間が減ってしまうとすら考えていた。
 しかし、今は違う。手料理を食べてもらえない事を残念に思ってしまう。環境が変われば人は変わるものだ。

 そう、関西呪術協会を離れ、横島の除霊助手となった事で千草は変わった。
 仇を追い求め復讐の炎に身を焦がす事も、組織の中でドロドロとした権力闘争に身を投じる事もない。
 いつか同僚の陰陽師が、GS協会と言う組織の庇護を受けながら個人個人で独立して活動している傾向の強い民間GSは「恩知らずの根無し草」だと言っていた。当時の千草も、この言葉に頷いていた。
 だが、いざ自分がその立場になってみると、これはこれで悪くない。組織のしがらみに囚われない身分と言うのは気楽なものだ。
 横島から話を聞いてみると、仕事を探すために営業努力せねばならない等、民間GSにも民間GSなりの苦労があるそうだが、横島は意外と頼れる所長のようなので、千草はあまり心配していない。それに、彼とならば一緒に苦労するのも悪くなさそうだ。
 横島除霊事務所ならではの苦労として、アスナを始めとする少女達と張り合ったりする事もあるが、年頃の少女達にライバル視されると言うのもこれはこれで悪くない。「大人の女」として張り合いも出ると言うものだ。
 何より、彼女達とは心底いがみ合っている訳ではない。一つ屋根の下で過ごしていれば、いつしか親しみを覚えるもの。京都では敵対した者も多いが、今では良い友人達、いやそれ以上の存在である。
「さて、朝の修行が終わったら『腹へったー』って帰ってくるやろからな。早いとこ、朝ご飯作ったろか。ホンマ、手の掛かる子らや」
 口では文句を言いながらも、その表情は満更でもない千草。なんだかんだと言って、アスナ達の事が可愛いのだ。張り合う以上負けたくないと言う思いはあるが、それと同じくらいに彼女達とも仲良くありたい。
 「家族」、その言葉が一番しっくりくるだろうか。そう、このレーベンスシュルト城に住む者達は、一つの大きな家族だ。
「ほんま果報者やねぇ、ウチの忠夫は」
 再び「忠夫」と口にした千草は、またもや頬を紅潮させる。きょろきょろと辺りを見回し、誰の姿もない事を確認してほっと胸を撫で下ろすと、照れ臭そうに小走りで厨房へと向かった。
 もう少し慣れねば本人を前にして平然と呼ぶのは難しいだろう。しかし、止める気はさらさらない。
 横島達が出掛けている間、家を守る者として「主婦」を目指す千草。彼等が出掛ける時に、月詠、アーニャ、コレットの三人と並んでいってらっしゃいと見送る自分の姿を思い浮かべて、顔がにやけている。
 そしてまた「忠夫」とその名前を呼ぶのだ。横島はどのような反応を見せてくれるだろうか。彼は自分がどう呼ばれるかにはあまり拘りはないようだが、そこに込められた想いは汲み取ってくれるような気がする。アスナ達はどのように反応するだろうか。きっと対抗意識を燃やしてくるに違いない。
 そんな事を考えながら厨房に向かう千草。その足取りは軽く、今にもスキップをしそうな勢いであった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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