topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.135
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 茶々丸と共に帰宅したアキラは、早速行動を開始した。横島に近付き、もっと彼の事を知るのだ。
 ここで積極的に話し掛ける事が出来れば良いのだが、彼女の性格でそれは難しい。アキラに出来る事と言えば、サロンに皆が集まっている時に、出来る限り彼の近くに座る事ぐらいであった。「隣」ではなく「近く」なあたり、彼女の控えめで奥ゆかしい性格が見て取れる。
 現在、アキラが座っているのは、横島と一つのテーブルを囲む向かいのソファ。彼から見て右斜め前の位置だ。先程まで出城の方で霊力供給の修行を受けて、彼を押し倒すような形であふんあふんと言わされていたため、この距離にいるだけでその事を思い出して顔が真っ赤になってしまう。
 天然で経絡が開いているタイプのアキラは、マイトの割には大量の霊力を注ぎ込まれても耐えられるため、霊力供給の影響が他の人よりも長く続く傾向があった。アスナのようにその後の修行で霊力を消費する事が出来れば良いのだが、まだ霊力が扱えないアキラではそうはいかない。そのため彼女は自分の中を流れる横島の存在を敏感に感じ取りながら、自然にそれが霧散していくのを待つしかなかった。
 アスナ達は、この傾向が羨ましいそうだ。他の面々は修行中に消費する霊力、魔法力が多いか、そこまで多くの霊力を供給出来ないと言う理由から、出城での修行が終わるまでに供給された霊力は感じ取れなくなるらしい。
 そう言うアスナは現在横島の隣に座り、彼の腕に抱き着くようにしてしなだれかかっている。アキラに言わせれば、彼女の方こそ羨ましかった。確かに身体の内側を駆け巡る横島の霊力を感じ取るのは心地良い事だ。しかし、それよりも彼と直接触れ合える方が嬉しいに決まっている。

 羨ましいと言えば、コレットもそうだ。
 一度仮契約(パクティオー)を断られたが、彼女はそれぐらいでへこたれるような柔な性格ではなかった。
 セラスの計らいでレーベンスシュルト城に滞在する事になった彼女は、非常に積極的に横島に接近するようになっていた。今もアスナの反対側を確保し、アスナと同じように彼に甘えている。
 恥ずかしくない訳ではないが、それ以上に憧れの横島にひっつき甘える事が出来ると言う誘惑には勝てないらしい。ここまで来るといっそ清々しいものだ。

 こうしていつもより少し近い距離で横島を見る事で、アキラはある事を知る事が出来た。
 横島の事ではない、アキラ自身の事だ。
「……う、うらやましい」
 アキラは自分で思っていた以上に、横島に甘えたいと言う願望を抱いていたらしい。
 こうして近くで見ているとアスナとコレットが羨ましくて堪らないのだ。自分も同じようにしなだれ掛かる事が出来ればと考えたが、横島と殆ど変わらぬ自分の体格では、そのまま押し倒してしまいそうな事に気付いてがっくりと肩を落とした。

「そろそろ行くわよ、横島君」
「おう、もうそんな時間か?」
 そうこうしている内に横島達が警備の仕事に行く時間がやってきた。今日は高音、愛衣と一緒のチームだ。
 彼等の出発に合わせて寛ぎの時間は終了し、夜の勉強会が始まる。
 コレットが一番驚いたのは、実はこの勉強会らしい。友達同士が集まってわいわい楽しく暮らしているイメージがあったため、真面目に勉強している姿が思い浮かばなかったようだ。
 しかし、いざ勉強会が始まると周りの雰囲気に触発されたのかアーニャと一緒に魔法の練習をしたり、人間界の文化について学んでいたりする。食文化、特にお菓子関連に偏っているかも知れないが、人間界を知ろうとしている事は確かである。この姿を見れば、セラスは彼女をここに送り込んだのは正解だったと喜ぶだろう。


 千雨曰く、このレーベンスシュルト城での生活は「真面目な分、余計に質が悪い」らしい。
 何の問題もなく、快適であるからこそ離れがたい。彼女は元々麻帆良祭で起きるであろう騒動を警戒し、自衛のためにここに移り住んだ。そう、麻帆良祭が終われば女子寮に戻る事も考えていたのだ。
 しかし、今もそのつもりなのかと問われると答えに詰まってしまう。ここでの生活を知ってしまった今、あの人との接触を避け、一人で部屋に篭もっていた女子寮の生活に戻れるだろうか。いや、戻れるわけがない。友達付き合いが煩わしいと思っていた千雨も、今では昼休みにここの住人以外のクラスメイトと談笑している姿が見られる。
「ったく、これだから横島さん質が悪いんだ……」
 警備の仕事に向かう彼の背を見送りながら小さく呟く千雨の頬は、微かに紅く染まっていた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.135


 いつもならば横島達が警備の仕事から帰ってきて、勉強会もお開きとなり、何の問題もなく一日が終わるのだが、この日は少し違っていた。
 普段はのんびりと戻って来るはずの横島達、しかし今日は愛衣が慌ただしくサロンに駆け込んできたのだ。
「すいません! 治癒の水薬、残ってましたか!?」
「ど、どうしたの、愛衣ちゃん! 誰かケガでもしたの!?」
 もしや横島が怪我をしたのではないか。そう心配したアスナが慌てて愛衣に駆け寄ると、彼女の腕の中に小さな生き物が抱きかかえられている事に気付いた。
「あれ? これって……」
「その、野良猫なんです。警備の途中で見付けて……」
 愛衣が抱きかかえていたのは、小さな子猫だった。最近、麻帆良郊外で多発している魔物の出現に巻き込まれたらしく、酷い怪我を負っている。
 横島はすぐに文珠で治療しようとしたが、高音がそれを止めた。子猫の後ろ足の骨が折れている事に気付いたためだ。文珠で治すのは良いが、変な風に骨が繋がってしまわないだろうかと心配になり、文珠を使用して良いか分からなかったのだ。
 現在、横島と高音の二人は、それぞれ学園長とガンドルフィーニに連絡を取っている。場所が街に近かったため、一刻も早く報告しておいた方が良いと判断したのだろう。
「ウチがヒーリングしたろか?」
「だ、ダメです、このちゃんっ!」
 いの一番にヒーリングをしようと木乃香が名乗り出たが、刹那が大慌てでそれを止めた。
「なんで? なんで治したったらあかんの?」
「その、このちゃんの霊力は強過ぎるんです。私や、横島さんなら耐性があるから大丈夫ですが、このような小さな生き物となると……」
 つまり、霊力の制御が完璧ではない木乃香がヒーリングしようとすると、経絡にダメージを受けた夕映のような状態になりかねないと言う事だ。刹那の説明を聞いた木乃香は、せっかくヒーリングが使えるようになったのに目の前で苦しんでいる子猫を助けられない事実を思い知らされ、しゅんとなってしまう。
「ウチに貸してみ」
 助け船を出したのは千草であった。彼女はレーベンスシュルト城の住人の中では、横島に次いで霊力の扱いに長けている。
「月詠、この足看たって」
「は〜い」
 夏美が手元にあったタオルをテーブルの上に敷くと、千草は子猫をその上に乗せて月詠を呼び寄せる。
 月詠はつつくような仕草でしばらく足を触っていたが、やがて「えいっ」と軽く骨を接ぎ直してしまった。子猫が悲鳴のような鳴き声を上げるが、月詠はまったく意に介さない。
 骨が接ぎ直されると、早速千草はヒーリングを開始した。子猫の身体に合わせて、極力抑えたヒーリングだ。
「忠夫のヤツ、治療の札は持っとるか? なかったら、ウチの部屋から―――」
「私、持ってる! ちょっと待ってて、すぐ持って来るから!」
 アスナは横島から預かっている札の中に治療用の札も混じっている事を思い出し、自分の部屋に置いたままのホルダーを取りに走った。
「あと、添え木になりそうなヤツ。なんでもいいわ」
「割り箸でもいいかな?」
「この子猫にゃ十分やろ」
 そう言っている間もヒーリングを続ける千草。アスナの持って来た治療用の札は刹那が受け取り、それを骨折した足に巻くように貼り付ける。美空が厨房から持ってきた割り箸は、月詠に手頃な長さに斬らせて、それを添え木にして札の上に包帯を巻いた。
「ほい、これでよしと」
 無事に治療は済んだ。子猫は足に巻かれた包帯を邪魔に思っているようだが、治療用の札が効いているらしく先程ほど苦しんではいない。

「ただいまー」
「愛衣、あの子猫はどうなったの?」
「大丈夫です、お姉様。皆が手当てしてくれました」
 そこに学園長達への連絡を終えた横島と高音が戻って来た。
 学園長達も魔物の出現が徐々に街に近付いている事には気付いていたらしく、更に警戒を厳重にすると言う予定通りの対応が取られる事になる。
 魔物を召喚しているであろう『フェイト』を捕捉する事が出来れば一番良いのだが、彼はなかなか尻尾を掴ませてはくれない。援軍の力を借りれば一般人に被害を出さずに対処出来る規模なのが救いだろうか。麻帆良を守る事よりも『フェイト』を倒す事を第一の目的にしている西からの援軍も、一般人に被害が出るかも知れない魔物の出現は看過する事が出来ないようで、この件については全面的に協力してくれていた。

「あの、急に割り箸が必要になるとは、夜食でも作った方がよろしいのでしょうか?」
 そして、厨房にいた茶々丸も戻って来た。突然美空が現れ、何事かと問い掛ける間もなく割り箸を掴んで走り去って行ったので、何事かと急ぎ用事を済ませてきたのだ。
「ああ、ゴメンゴメン。さっきの割り箸は怪我したネコちゃんの添え木に使わせてもらったの」
「―――ッ!?」
 テーブルの上の子猫に視線をやり、茶々丸の目が驚きに見開かれた。
「夜食はいらないよー。こんな時間に食べたら太っ……え゛っ!?」
 美空が言い終わる前に、茶々丸は彼女を突き飛ばしてテーブルに駆け寄る。不意を突かれてそのまま転びそうになった美空は、近くにいたアスナが受け止めた。
 そして茶々丸はと言うと、テーブルの前でしゃがみ込み、テーブルの上の子猫に視線の高さを合わせてその顔を覗き込んでいる。
「ま、まさか……!」
「どうしたの、茶々丸!?」
 茶々丸の突然の行動に皆が呆気にとられるが、アキラだけが何とか反応する事が出来た。
「もしかして、その子猫って……!」
 そう、アキラだけが彼女の行動の理由を察する事が出来たのだ。
「横島さん! この子に一体何が!?」
 その子猫はいつも茶々丸が餌をあげている野良猫の内の一匹だった。今日一度見ただけのアキラは気付かなかったが、茶々丸は一目でそうだと気付く。
「落ち着け茶々丸。そいつは魔物が召喚された時近くにいて、その魔物に襲われてたんだ」
「魔物……あ、あの、他に猫はいませんでしたか?」
「他に? いや、見掛けなかったな」
「そうですか……」
 ため息混じりに肩を落とす茶々丸。彼女が知る限り、この子猫は普段母親、二匹の兄弟と一緒にいたはずなのだ。
 たまたまはぐれていたのか、それとも何かあったのか、茶々丸にそれを知る術はない。分からないと悪い事ばかり考えてしまうもので、茶々丸はだんだんと不安になってしまう。
「すいません。ちょっと気になる事があるので、今から出掛けてきても良いでしょうか?」
「え、今からか?」
「はい」
 じっと横島の目を見て頼み込む茶々丸。横島は思わず頷いてしまいそうになるが、その前に二人の間にエヴァが割って入った。
「どうした、お前らしくもない。もう夜も遅い。何がしたいかは分からんが明日にしろ、明日に」
 エヴァらしからぬ良い子な言葉だが、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを解く目処が立った彼女は、これ以上学園長に借りを作らないよう極力おとなしく過ごすようにしていた。解呪後、スムーズに麻帆良から出て行くためだ。なんだかんだと言って元賞金首。彼女の一挙手一投足は、それだけの重みがある。
 学園祭準備期間中、生徒は深夜の外出を控えるように言われている。準備期間中は寮に仕事を持ち帰って作業する者も多く、普段より夜間外出をする生徒が増える傾向があるため、改めて夜間の外出が禁じられるのが通例であった。
 また、他の警備の者達の迷惑になると言うのもある。横島達はこうして警備を終えて戻って来たが、今夜の警備が終わってしまった訳ではない。これ以降の時間は学生が警備に参加する事は出来ないが、学生以外の手により朝まで警備は続けられる。
 そんな中に茶々丸が外出すれば、警備の人間達に迷惑が掛かるのは自明の理だ。そしてそれは魔法先生か、援軍の大人達と言う事になる。その上で何かしらの目的を果たすためには、学園長に口添えしてもらう必要があるだろう。エヴァとしては、そうやって借りを作るのは避けたかった。
「………分かりました」
 それは茶々丸にも理解出来た。
 こうなっては仕方が無い。彼女に出来る事は、今夜はこれ以上魔物が出現しない事を祈るばかりであった。



 翌朝の早朝、夜が明けてからならば問題ないだろうと待ち構えていた茶々丸は、ジョギングをするために皆が起きるよりも早く動き始める。
 しかし、動いていたのは彼女だけではなかった。
「アキラさん……」
「茶々丸が、あの子達の事を気にしてると思ったから」
 そう、昨夜の様子からアキラは彼女の行動を予測し、いつもより早起きして茶々丸を待っていたのだ。
「あの、私は」
「朝なら大丈夫だと思うよ。ほら、行こう」
「は、はい!」
 まさか見つかるまいと思っていた茶々丸はしどろもどろになるが、アキラはそんな彼女を力付けるように肩に手を置き、そして同行を申し出た。彼女も昨日一度会っただけとは言え、あの野良猫達の事は気になっていた。
 今日はジョギングを休む事になってしまいそうだが、それは仕方があるまい。早速茶々丸とアキラの二人は、例の公園へ行って見る事にする。
 レーベンスシュルト城を出て、更にエヴァの家からも出ると辺りは夜が白々と明けて明るくなっていた。この時間帯ならば警備の人間に見咎められる事はないだろう。
「この時間帯ですとバスも少ないので、自転車で行きます」
「分かった。大丈夫、自分のがあるから」
 茶々丸は横島が持ち込んだ自転車に、アキラは女子寮から持ち込んだ自分の自転車に跨る。人気の少ない不便なところにあるこのエヴァの家では、自転車は非常に有用な交通手段だ。側の小川から顔を覗かせたすらむぃ、ぷりんに見送られながら勢い良く自転車を漕ぎ出す二人。茶々丸もさる事ながら、アキラもアスナに並ぶと言われる天然の人並み外れた健脚で、かなりのスピードで走り出した。
「野良猫達、今もあの公園にいるのかな?」
「あの子達のほとんどが、あの公園を寝床にしていますので、おそらくは……」
 昨夜、魔物が出現した事で散り散りになって逃げている可能性も考えられるが、今はそれを考えても仕方があるまい。
 この時間帯は車の量も少ない。これならばスムーズに公園まで辿り着けそうだ。西からの援軍に魔法界からの援軍。警備らしき者達と何度かすれ違ったが、既に夜が明けているので何も言われる事はない。
 それにしても南の帝国から来たであろう、亜人のコレットよりも人間離れな姿をした者達が、麻帆良のコンビニの前でたむろしている姿と言うのは、なかなかにシュールな眺めである。その光景を横目に、アキラは思わず「すごい」と呟き、そしてコンビニの店員は大変だと思ってしまった。
 関東魔法協会が情報公開の準備を進めていると言う話は聞いている。アキラは、ネギ達が魔法使いである事を隠さずに堂々と出来るようになるぐらいに考えていたが、実はそれだけではないのかも知れない。

「着きました」
 そんな事を考えている内に二人は例の公園に到着する。昨夜はここに魔物が現れたらしいが、既に全て片付けられており早朝の公園は静かで平穏そうだ。
「あ……それじゃ、猫達を探そっか」
「はい」
 入り口に自転車を駐めると、二人は公園の中へと入って行く。本当に静かだ。昨夜の戦闘の形跡すらも見当たらない。もしかしたら、横島が文珠で直した可能性も考えられるが。
 茶々丸がいつもの噴水の前まで行くと、いつもの習慣か辺りから野良猫達が姿を現した。
「少ない……ですね」
 しかし、いつもより数が少ない。例の骨折した子猫の母親の姿と兄弟の内の一匹はいるが、残りの一匹の姿が見えない。
 茶々丸がここで餌をやっている全ての野良猫がこの公園を寝床にしている訳ではないので、今この公園にいないだけとも考えられるが、こうして姿が見えないとどんどん心配になってくる。
「茶々丸、どうする?」
「とにかく、他の子も探してみましょう。どこかで動けなくなっている可能性もありま―――」
 アキラが背後から声を掛けると、茶々丸は振り返って答えた。しかし、全てを言い終わる前に彼女は言葉を止めてしまう。
「どうし……ッ!?」
 どうかしたのかと尋ねようとしたアキラだったが、不意に自分が影の中に入っている事に気付く。いつの間にか背後から何か大きなものが近付いて来ていた。
 勢い良く振り返ると、そこには山羊の頭蓋骨を被り、六本の腕を持った大柄な体格の何かが立っていた。思わずまじまじと見たアキラは、その頭が頭蓋骨を被っているのではなく、頭蓋骨そのものである事に気付く。身体の方も骨だ。ズボンを穿いているため下半身は見えないが、裾から覗く足下はやはり骨であった。
 アキラは頭がついていかずに呆然としていたが、茶々丸の方はすぐに気付いた。目の前に立っている骨は、明らかに魔族であると。
 茶々丸はアキラを庇うように二人の間に立ち、目の前の魔族をキッと睨み付ける。
「ああ、落ち着いて。怪しい者じゃないよ、ホラ! おっかしいなぁ、認識阻害の魔法は掛けてるはずなのに」
 茶々丸の敵意に気付いた魔族は、慌てた様子で腕の一本に着けた腕章を見せる。二人はそれに見覚えがあった。横島達も持っている、警備を担当する者達に配布されている腕章だ。つまり、目の前のこの魔族もまた、警備を担当する一人と言う事である。おそらく南の帝国から来た援軍なのだろう。
「も、もうしわけありません。急な事で驚いてしまって」
「ああ、うん、いいんだよ。人は見た目が九割って言うからね」
 茶々丸がペコリと頭を下げると、魔族はどこか達観した様子で許してくれた。こう言うナリをしているので、慣れたやり取りなのかも知れない。
「どうかしたか?」
 更にもう一人、スキンヘッドの巨漢が近付いて来た。頭頂から帯のような模様が顔の真ん中を通っている。それがどこまで続いているかは、黒いコートのような服を着ているため分からない。
「ああ、こんなに朝早くから女の子が息を切らせて公園に入ってきたから、何かあったのかなーって」
「フム……」
 スキンヘッドの男はチラリと茶々丸達を見る。頭髪だけでなく眉もなく、更にコートの襟が口元を隠しているため、その表情を読む事は出来ない。その腕には件の腕章がある。この男も警備の一人だ。
「あ、あの、昨日ここに魔物が現れたって聞いて……!」
 アキラが問うと、男の目元が一瞬ピクリと動いた。
「何故君がそれを……? まぁいい、関係者なら話は早い。確かに昨夜、ここに魔物が出現して戦闘があった。我々が来た時には既に戦闘は終わっていたがな」
 相手の方も、アキラと茶々丸が関係者だと思ったようで、スムーズに話が進みそうだ。
「それから再び出現しないかと、ここで張っていたのだが……当てが外れたようだな」
 つまり、昨夜は横島が戦ってから、ここに魔物は出現していないと言う事である。
 南の帝国からの援軍である傭兵の彼等は、活躍すればするだけ報奨金が貰えるため当てが外れて残念そうだが、茶々丸の方は安心した様子でほっと胸を撫で下ろす。
「見たところ、その子達が心配で来たってとこかな?」
 尋ねてきた骨の魔族に、茶々丸は素直に肯いて答えた。
「それで、皆無事だったの?」
「いえ、まだ全て確認出来た訳では……いつも餌をやっている時間ではありませんし、今はここにいないだけかも知れません」
「なるほど……いや、待てよ」
 スキンヘッドの男がアゴに手をやり、何やら考える仕草をする。
「どうかしましたか?」
「もしかしたら、もう一匹いるかも知れんぞ。先程向こうで猫の鳴き声を聞いた」
 男が指差す先には茂みがあり、その前に自販機とベンチが設置されている。彼は、魔物の再出現をあのベンチで缶ジュースを飲みながら待ち構えていたのだろうか。
 茶々丸とアキラは顔を見合わせてコクリと頷き合うと、茂みの方へと近付いて行った。野良猫達がその後に続き、男と魔族も一緒に付いてくる。
「それで、鳴き声はどこから?」
「……上だな」
 しばし考えた男は、空を指差して答える。無論、本当に空から鳴き声がしていた訳ではない。柵に囲まれた茂みには何本か木が生えている。おそらく男が聞いた鳴き声は、木の上から聞こえていたのだろう。
「確かに聞こえる……!」
 茶々丸が茂みに近付いた時から、微かに鳴き声が聞こえ始めた。茶々丸は、その鳴き声がいつも餌をあげている野良猫の一匹である事に気付く。
「あっ、あそこ見て!」
「あんな所に……」
 茶々丸より先にアキラが見付けて一本の木を指差した。太い枝の付け根に一匹の小さな子猫がいる。男と魔族も、アキラの指差す先を見て、子猫の存在に気付いた。
「魔物から逃げて、登ったはいいが降りられなくなったと言ったところか……モルボルグラン!」
「了解」
 早速木に登って助けようとしたアキラ達よりも早く、モルボルグランと呼ばれた骨の魔族が腕の一本を延ばして子猫を救出する。そして、予想外の動きに呆気に取られる二人の前に、その子猫を差し出した。
 茶々丸がその子猫を受け取る。遠目で見た時からもしやと思っていたが、骨折した子猫の兄弟の姿が見えなかったもう一匹だ。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ、これくらい」
 モルボルグランは、怖い外見の割に気さくな性格をしているらしい。茶々丸が礼を言うと、表情こそ変わらないものの照れたような仕草を見せる。
 子猫は鳴き続けて疲れ果てた様子だったが、怪我をしている訳ではなさそうだ。急いで来たため、餌を持って来ていないが、これは何か食べさせてあげた方が良いかも知れない。
「茶々丸、その子達どうするの?」
「……どうしましょうか」
 アキラの問い掛けに、困った表情を見せる茶々丸。これだけ野良猫達の事を気に掛けている彼女が、今までこの子達を飼おうとしなかったのには訳がある。
 それはマスターであるエヴァの存在だ。『登校地獄』の呪いで魔法力を封じられた状態の彼女は、肉体的に外見相応の少女とほとんど変わらないどころか、むしろ弱い面もあり、季節の変わり目には花粉症を患ったりする。そんな彼女は猫の毛にも反応するアレルギー体質のため、これまで猫を飼う事が出来なかったのだ。
「事情はよく分からんが、保護するなら早い内がいいぞ」
「僕らが麻帆良に来てから、日に日に魔物の出現が増えてるからね〜」
 茶々丸の事情を知らない二人が、口々に保護を勧めてくる。
 二人の言っている事は事実であった。特にここ数日は魔物の出現が目に見えて増えており、今日は無事だったこの猫達も、明日も無事とは保証出来ないのが現状だ。
「茶々丸、とにかく連れて帰ろう」
「しかし……」
「もし飼えなくても、その時は飼ってくれる人を探せばいいんだ。とにかく、ここに置いておくのは危ないよ」
「……確かに」
 ここに置いておくのは危険だと言うのは、茶々丸も同意見であった。
 城で飼う事は出来ないかも知れないが、早急に保護する必要がある。そう考えた茶々丸は、見付けた猫達を一旦レーベンスシュルト城に連れ帰る事にする。見付けた猫は七匹。二台の自転車のカゴに分乗させれば、連れて帰る事が出来る。
「話は決まったようだな。では、もう魔物も現れんだろうし我々は帰るとしよう」
「ありがとうございました! あ、あの……」
 スキンヘッドの男が踵を返して立ち去ろうとしたところを、アキラが呼び止めた。
「あの、お名前を教えてくれませんか? そちらの人がモルボルグランだって言うのは分かったんですけど」
「……そう言えば、名乗ってなかったな」
 振り返った男は、両手を背中の腰に回し、ビシッと背筋を伸ばして二人の前に立つ。彼の決めポーズなのか、ただ真っ直ぐに立っているだけだがなかなかに決まっている。
「私は賞金稼ぎ結社『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』17部隊隊長、アレクサンドル・ザイツェフ」
「同じく、17部隊のモルボルグランだよ」
「人呼んで、『黄昏のザイツェフ』」
 ザイツェフと名乗った男の頬が微かに動いた。襟で口元が見えないが、おそらく笑ったのだろう。それだけを言うと、二人は再び踵を返して立ち去っていった。
 『黄昏のザイツェフ』こと、アレクサンドル・ザイツェフ。故郷特有の恥ずかしい本名「チコ☆タン」をひたすらに隠し通す男である。



 その後、七匹の子猫を連れて帰った二人は、別棟の前で猫達に餌を食べさせている間に、エヴァに猫を飼わせてもらえないかと頼み込んだ。
「猫を飼いたい? 構わんぞ」
「……は?」
 すると、エヴァは思いの外あっさりと許可してくれた。あまりにもあっさりとしていたため、茶々丸が思わず聞き返してしまうほどだ。
「そんな事情があるなら、もっと早く言え馬鹿者が。魔法力が枯渇していた以前ならともかく、今の私は横島のおかげでこの通り、ある程度魔法力が使える状態だからな」
 そう言ってエヴァはソファの上に立ち上がる。
「今の私には、猫の毛などへでもないわ! はーはっはっはっ!」
 腰に手を当て、なだらかな胸を反らしてふんぞり返るエヴァ。そこまでして自慢するほどのものかと言う気もしたが、せっかく良い気分で許可してくれたのだから水を差す事もあるまい。
 他の住人達も、特に猫が嫌いと言う者もいなかったため、保護してきた猫達はレーベンスシュルト城で受け容れられる事となった。

 その日の放課後、茶々丸はいつもの時間に餌を持って公園を訪れ、更に三匹の猫を保護する事が出来た。彼女が餌をあげていた猫はこれで全てではないので、更に翌日も公園を訪れてみたが、結局残りの猫を見付ける事は出来なかった。後はもう、この公園から逃げ出してどこか別の場所で無事に暮らしていると願うしかないだろう。
 その後、保護された十匹の猫達は、刀子の車で獣医に連れて行かれて健康診断、予防接種を受けさせる等、飼うための準備が行われ、正式にレーベンスシュルト城の飼い猫となる。
「良かったね、茶々丸」
「はい」
「あの人達にも感謝しないとね」
「そうですね」
 幸せそうに猫に餌をやる茶々丸の背を眺めながら、アキラは公園で助けてくれたザイツェフとモルボルグランの事を思い出していた。特にモルボルグランは魔族だったが、話してみると気さくな良い人だった。
「『人と人ならざるものの共存』か……」
 横島が事務所の方針として掲げている言葉、その意味がほんの少しだけ分かったような気がする。
 人ならざるものと協力して誰かを助ける。悪くないかも知れない。一般人が思い浮かべるGSのイメージとは少し異なるが、そう言う方が自分の性に合っているかも知れない。
 そんな事を考えながら、アキラは足下にすり寄ってきた子猫の頭を軽く撫でてやるのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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