topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.136
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「い、いいんだな? ホントーにいいんだな?」
「……うん、お願い」
 クラスどころか学年でもトップクラスの長身と、小動物のような愛らしさを併せ持つ少女、大河内アキラは、緊張した面持ちで横島の問い掛けにもじもじしながらコクンと頷いた。
 ここはレーベンスシュルト城内にある南国の草木、花が咲き乱れる庭園。城内でも特に多くの南国の鳥達が訪れる場所でありアキラのお気に入りの場所だ。アキラに誘われたのか、いつもより小鳥達の姿が多いような気がする。
 そして彼女の前に立つ男横島は、興奮のあまり鼻息を荒くしていた。今にも服を脱いでアキラに飛び掛からんとする勢いである。
 こうして二人が向かい合っている理由は一つ、ここで『仮契約(パクティオー)』を行うためだ。マスターは横島で、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』はアキラ。横島にとっては七人目の従者である。もっとも、魔法使いではない彼等にとっては従者と言うよりも共に同じ道を歩むパートナーとしての意味合いの方が強い訳だが。
 心を落ち着かせようと大きく深呼吸をするアキラ。彼女が息を吸って吐く動きに合わせて胸が上下し、それがまた横島の目を釘付けにしている。
 そんな横島の熱い視線を感じながら、アキラは『仮契約』すると決めた昨日の夜の事を思い出していた。



「は? 仮契約する? お前ら揃ってか?」
 そう言って呆れた表情を見せたのは千雨。その顔は「なんで私にそんな事を言うんだ」と訴えている。
 茶々丸が世話をしていた野良猫達が正式にレーベンスシュルト城の飼い猫になった日の夜、横島がいつもの夜の警備に出ている間にアキラ、そして愛衣の二人は横島の従者であるアスナ達を集めて、横島に仮契約を申し込む事を伝えた。
 横島に新しい従者が増える。その事自体はアスナ達も拒もうとはしない。現時点で六人の従者がいるのだから、それこそ今更である。
 むしろ問題となるのは従者となる者の心構えだ。アスナや千雨などが仮契約した時は、非常時のため力を求めての事だったが、今では従者である事と、彼と共に歩んでいく事を真剣に考えている。GSや霊能力者になる事についてはあまり積極的ではない千雨も、魔法使いの情報公開やデタントの話を聞き、世界の変遷のような大それた事はともかく、自分の今後については真剣に考えている。
 今の魔法界においては重要視されているどころか軽く扱われがちな仮契約だが、今の彼女達にとって横島と仮契約する事は、彼の目指す「人と人ならざるもの達との共存」の道を共に歩んでいく決意の証となる大切な儀式なのだ。
 これについては横島も同じような考えを持っている。以前、ミーハー気分で仮契約を申し込んできたコレットを心の中で血涙を流しながら断ったのもそのためだ。コレットの方も断られた理由に納得しているようで、今は人間界について真剣に勉強している真っ最中だ。仮契約を諦めた訳ではないようなので、次にコレットが仮契約を申し込むのは彼女の中で明確な答えが出た時であろう。

 だからこそ、アスナ達は二人に問い掛ける。
 何故横島と仮契約する気になったのか、何故彼と同じ道を歩もうと考えたのかと。

 当然二人も軽い気持ちで仮契約してもらおうと決めた訳ではない。愛衣は亜人であるコレットとの出会いが、アキラは『黄昏のザイツェフ』ことチコ☆タンと魔族モルボルグランとの出会いが、それぞれ横島が目指す事について考える切っ掛けとなったと答えた。
「魔法世界でも北の連合での亜人の立場と言うのは、あまりよくないんです」
「らしいですね。北の連合と南の帝国は戦争が終わった今でも水面下では冷戦状態が続いているとか」
「はい。私も亜人の人達は怖いと思ってましたけど、コレットさんと知り合ってこれじゃいけないと思いました!」
 ぐぐっと拳を握り締めて力説する愛衣。彼女は前々から横島と仮契約したいと考えていたので、コレットの事はあくまで切っ掛けに過ぎないのかも知れないが、それでも共存について前向きに考えるようになったのは確かなようだ。
 実際、北の連合、南の帝国、そして西からの援軍が混在する今の麻帆良では、援軍のメンバーが勢力の垣根を越えて話しているような場面を見掛ける事もある。
「まぁ、エヴァちゃんだって吸血鬼だもんねぇ」
「刹那はハーフだって話アル」
「それを言ったら、茶々丸はガイノイドですよ」
「桜子は妖精を飼ってるんでしょ?」
 3−Aの面々は、愛衣の意見をすんなりと受け止める。
 元々クラスメイトに「人ならざるもの」やその関係者が多い彼女達にとっても、これは他人事ではない。
「アキラも?」
「うん……ヘルマンって魔族は怖かったけど、モルボルグランって魔族の人と知り合って、魔族も怖い人達ばかりじゃないって思ったんだ」
「そ、そうなの?」
 こちらはモルボルグランを直接知らないアスナ達は、麻帆良を襲撃してきたヘルマンの事を思い出してしまい、素直に受け止める事が出来ないようだ。千雨に至っては引きつった笑みを浮かべている。そう言う意味では、アスナ達の知らない魔族の一面を知るアキラは、彼女達より一歩先に行っていると言えるのかも知れない。
 そしてもう一人、アキラの意見に賛同する者がいた。
「つまり、二人は忠夫さんと一緒に『人と人ならざるものの共存』に向けてがんばろうって思ったのね?」
 『3−Aのプチグレートマザー』こと那波千鶴である。彼女の場合、彼女自身が剛胆だと言うのもあるが、ヘルマンの一件はほとんど子供にされた状態で過ごしたため、かえって魔族に対する恐怖心が薄いと言うのもあるだろう。
「立派な心掛けだと思うわ。一緒にがんばりましょう」
「う、うん」
 にこやかな笑顔でアキラの手を取る千鶴。その笑顔にアキラの方が呆気に取られてしまい、ふとこの人に怖いものなどあるのだろうかと疑問が浮かんでしまった。
「う〜ん……横島さんの言う『人と人ならざるもの』って魔族も入ってるんだよね?」
「神族もですよ、アスナ」
「合ってるけど『反デタント派』ってのは勘定に入れるなよ?」
「『デタント派』なら、大丈夫って事なのかな?」
 これまであまり意識していなかった。いや、そこまでは考えが及んでいなかったのだろう。横島の言う『人ならざるもの』が魔法界の人々や、カモのような妖精、そしてこの世界に住む妖怪達だけではなく冥界の神魔族も入っている事にアスナ達は気付いた。
 そこに愛衣がおずおずと声を掛ける。
「と言うか……南の帝国のテオドラ皇女も、魔族の血を引いてるんですよね」
「え? そうだたアルか?」
 愛衣もどちらかと言うと魔族は怖いと言うイメージを持っていたのだが、既に「怖くない魔族」に会っていた事を思い出したのだ。
「そっか、今この町には普通に魔族がいるのね……」
「茶々丸と一緒に猫を探しに行った時、コンビニの前で見掛けた」
「じょ、常識はどこ行った……?」
 アキラの話を聞いて頭を抱える千雨。レーベンスシュルト城の住人の中では比較的常識人である彼女の脳裏に、自分の知る「日常」が崩れていく音が響いていた。
 同じく常識人側にいると思われる美空に助けを求めようとするが―――

「あ〜、この前の見回りの時に援軍に来てもらったんだよねぇ。強面だったけど、いい人だったよ」

―――千雨がそう思っていただけで、彼女は元より非日常の世界の住人であった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.136


 そしてアキラは警備の仕事から戻って来た横島に仮契約を申込み、仮契約を行う場所に庭園を選んでここに立っている。愛衣の方はテラスでの仮契約を希望しているそうだ。
「げっへっへ、それじゃお二方、ごゆっくり〜」
 仮契約の魔法陣を描き終えたカモが、いやらしい笑みを残して走り去って行く。小さな動物が好きなアキラも、流石に引いてしまうような表情である。
 しかし、カモがあのような表情を見せるのも仕方がない話だ。これまで横島は仮契約する度に希少なアーティファクトを出現させている。それが一度に二人も仮契約すると言うのだから、欲にかられてしまうのも無理はない。彼の思考は既にオコジョ協会から支給される特別ボーナスの使い道にまで飛躍しているだろう。
 これで大した事のないアーティファクトが出たらどうしようとアキラは心配になってしまう。無論、彼女が気にするような事ではないのだが。
 彼女にとって大切なのは同じ道を共に歩んで行こうと願う横島との絆を作る事であり、アーティファクトは二の次だったりする。どうせならば便利な物が出てくれれば良いとは思うが、所詮はそれだけの話であった。

 その一方で横島はと言うと、こちらは相変わらずであった。
「とうとうアキラちゃんとも……………いやっ、何考えてるんだ、俺は!? 皆の信頼を裏切るような真似はーーーっ!!」
 一人妄想し、身悶えている。
 自分とほとんど変わらぬ長身に、中学生としては破格のスタイルの良さ。あと一年もしない内に彼女は進学するのだが、今でも二人が並んでいると高校生同士のようにも見える。実際、以前アキラが横島の通う男子校に訪れた時も、他の生徒達に麻帆良女子中の制服を着ているにも関わらず、どこの高校の生徒かと思われていたらしい。
「……よし、やるぞ」
「う、うん、お手柔らかに」
 横島が先に仮契約の魔法陣の上に立つと、アキラも頬を真っ赤に染めて俯き加減で後に続く。魔法陣から溢れ出る光の奔流によりふわりとスカートがまくれそうになるが、アキラはそれを手で押さえた。
 霊力供給の修行中は、その体格のせいもあって押し倒したり押し倒されたり大胆な事をしてみせる彼女だが、この通り普段は恥ずかしがり屋の一面を持っている。こちらが本来の彼女だと言えるだろう。
 そんな彼女が羞恥心に耐えながらも仮契約――キスをしようとしている。その事実が横島を更に興奮させていた。

 横島にとっても『魔法使いの従者』と言うのは特別な意味を持っていた。アスナ達とはまた異なる意味で。
 彼女達は仮契約する事で結ばれる絆を大切にしているが、東京に戻れば家族が、仲間がいる彼にとっては「仮契約=絆」ではなかった。仮契約だけが絆ではないのだ。
 勿論、仮契約を軽く扱っている訳ではない。もし軽く考えているならば、以前テラスで風香達に仮契約を申し込まれた時や、コレットに仮契約を申し込まれた時も躊躇する事なくその申し出を受けていたであろう。特に年相応にスタイルも良いコレットは。
 横島は、今のレーベンスシュルト城で暮らす自分の立場を恵まれたものだと分かっている。それこそ我が世の春だと言わんばかりに。学校で羨望の視線に晒されるのも、以前ならば胃が痛くなるような思いをしていたが、最近は開き直って受け流す事が出来るようになっていた。
 そんな彼にとって『魔法使いの従者』とは、「守らねばならない者達」であった。本来『魔法使いの従者』と言うものは主である魔法使いを守り助ける「盾」なのだが、彼の場合は逆なのである。古菲などは修行の成果もあって気に霊力を上乗せ出来るようになっており、除霊現場でも十分に活躍出来るだけの実力を身に付けつつあるが、それでも横島は彼女が戦えばハラハラと保護者のような気持ちで見守るだろう。
 彼女達を受け容れた以上は、彼女達に責任を持たねばならない。彼女達に危険が迫れば、自分が身体を張って守らねばならない。主従の関係が逆のような気もするが、それが横島の『魔法使いの従者』に対するスタンスであった。
 無論、彼は従者でなくてもレーベンスシュルト城に住む面々に危険が迫れば助けに行くだろう。いや、城の住人でなくとも美女、美少女の危機には率先して駆け付けるはずだ。
 ただ、それを責任として負う重さも横島は理解している。彼が仮契約を躊躇する理由はその一点にあった。

 それでも真剣に仮契約を申し込まれれば受け容れてしまうのが、彼の甘さであろうか。
 彼女達の気持ちを理解しているため、横島もまた覚悟を決めて仮契約を受け容れていた。やるからには全力でこの子を守ってみせようと決意を固めながら。

 かつての彼を知る者達が見れば、感動の涙を流していただろうか。或いは偽物だと思って魔女裁判を始めていたかも知れない。
 民間GSとして独立し、小さいながらも一国一城の主となった横島。麻帆良に来てからの色々な意味で満たされた生活が余裕を与え、彼をここまで落ち着かせ、成長させていた。


 緊張しているのか、仮契約の魔法陣の上で向かい合って立ったままピクリとも動かないアキラ。二人の視線はほとんど同じ高さなのだが、縮こまっているためアキラの方が小さく見えるような気がする。横島はそんな彼女の腰に左手を回し、ぐっと抱き寄せた。恥ずかしがり屋の彼女には、横島の方から積極的に動いてやらねばならない。
「んっ……」
 思わず甘い声をもらしてしまうアキラ。そんな彼女に、横島は最後の確認をする。
「最後にもう一回聞くけど……本当にいいんだな?」
 横島も仮契約に臨んで興奮しているが、今ならまだ引き返せる。抵抗する力のない嫌がる少女に無理矢理迫るような事はしない。
 しかし、アキラも引き下がらない。恥ずかしさに耐えてここまで来たのだ。ここで逃げる訳にはいかない。
「……………大丈夫、私、横島さんの従者になる」
「分かった……」
 横島が右手をアキラの背に回して更に隙間なく身体を密着させると、アキラはそっとその目を閉じた。やはり恥ずかしいのかぷるぷると震えている。
 アキラが小さく身悶えする度に二人の間で柔らかな胸が形を変え、それを押し付けられた状態の横島はでれっと表情を崩す。いつまでもその感触を堪能していたいが、そうはいかない。気を取り直した横島は、キリッとした表情に戻ってゆっくりと顔を近付けて行った。
 そしてアキラは、その時を待つ。これが自分のファーストキスなのだと漠然と考えながら。





「……………」
 それからしばらくの時が経ち、仮契約を終えたアキラは無言で呆けていた。
 視線を下ろすと、そこには芝生に横たわる横島の姿が。こちらも心ここにあらずと言った感じだ。アキラは、そんな彼の上に馬乗りになっている状態である。
「ど、どうしよう……全然覚えてない」
 しかし、何故そうなったのか全く記憶になかった。
 振り返ると、そこには既に光を失った仮契約の魔法陣が。元々二人はその魔法陣の上に立っていたはずだ。しかし、今はこうして芝生の上に倒れている。いや、この体勢はアキラが横島を押し倒していると言うべきだろうか。
 これは自分がやったのか。そもそも仮契約はちゃんと結ばれたのか。横島が顔を近付けた辺りから記憶が飛んでいるアキラには分からない。
「あ……」
 震える指先が唇に触れた時、アキラは思わず小さな声を漏らした。思い出したのだ、自分の唇に、彼の唇が触れた感触を。
 覚えていないが、仮契約はしっかり結ばれたと確信するアキラ。思わず赤面して、あたふたと慌ててしまう。馬乗りの体勢のままなので、身体の上で動き回られたら当然横島もそれに気付いた。
「……はっ!」
 我に返り、横島はむくりと身体を起こす。アキラは横島の上に乗ったままなので、アキラが身体を起こした横島の上に跨り、二人が正面から向かい合う形になった。霊力供給の修行の際に、横島と密着した者達が好む体勢だ。普段のアキラはそこまでするのは恥ずかしいと避けていた体勢なので、顔だけでなく耳まで真っ赤にしてピタリと動きを止めてしまう。
「あっ……」
 動きを止めた事で、かえって頭の方が動き始めた。アキラの心の中に、ファーストキスが記憶に残らなかった事を残念に思う気持ちが湧き上がってきたのだ。彼女の視線は横島の口元に釘付けになってしまっている。
 とは言え、時間を巻き戻す事は出来ない。頭が真っ白になってしまっていたのだろう。その時の事を全く思い出せない。
 どうすれば良いのだろうか。横島に跨った体勢のままアキラは考え、そして一つの答えに辿り着いた。ファーストキスの時の事が記憶に残っていないのならば、もう一度キスをして記憶に焼き付ければ良いではないかと。
 普段の彼女ならば、こんな大胆な事を思い付いたりはしなかっただろう。恥ずかしさのあまり熱に浮かされているのかも知れない。
 だが、この時のアキラにはそれがとても良い考えに思えた。思い付いたならば即実行だ。アキラはすぐさま横島にお願いすべく行動に移した。
「え? ちょっと、アキラちゃん。一体何を……?」
 アキラは彼の目の前で上着のボタンを上から順に外し始めた。身体を起こした横島だったが、突然のアキラの行動に頭が付いて行かない。
 そうこうしている内にアキラが身を乗り出してきた。手を前で合わせ、少し前屈みになり、上目遣いで横島を見る。いつか見た「お願い」のポーズだ。あの時よりも胸元のボタンを一つ多く外しているため、強調された胸の谷間だけでなくブラの端まで見えてしまっている。
 あの時と大きく異なるのは、言われるがまま訳が分からぬ内に例のポーズを取ってしまったあの時と違い、アキラ自身の意志でやっている事だ。もちろん恥ずかしくない訳がなく、羞恥のあまり上目遣いの視線は伏せて、真っ赤な顔のまま俯いてしまった。
 目の前に広がる光景に息を呑む横島。思わず右手を彼女の胸へと伸ばしてしまう。しかし、震える指先がそれに触れる直前にアキラが口を開いた。

「えと……横島、さん。もう一回……しよ?」

 大柄な割には気弱な一面を持つ少女の勇気を振り絞ったその誘いに、横島が抗えるはずもなかった。





「お、兄さん達が戻って来たみたいだぜ」
 横島とアキラが別棟に戻り控えめに手を繋ぎながら中に入ると、まず真っ先にカモが二人に気付き、続けてアスナ達がソファから立ち上がった。アキラを新しい『魔法使いの従者』として受け容れたものの、仮契約の方法が方法だけにやきもきしていたようだ。
「ず、ずいぶん時間が掛かったのねー……」
 仮契約して戻って来るだけにしてはやけに時間が掛かったと言うのも、彼女達の想像、或いは妄想に拍車を掛けたのかも知れない。
「へ、変な事はしてないぞ?」
 慌てて否定する横島。確かに仮契約―――すなわちキス以上の事は本当にしていないので、間違ってはいない。仮契約が終わった後にもアキラのお願いを聞いていたので、正確とも言えないが。
 アスナに導かれるまま、二人はソファの空いていた席に座った。横島の左右の席にはアキラとアスナが座っている。
「そんな事より、これがお二人のカードですぜ」
 テーブルに登ったカモが、横島とアキラの前に立ち二人に仮契約カードを渡す。横島に渡されたのがマスター用のオリジナルカードで、アキラに渡されたのが従者用のコピーだ。
「これが、私の……ちょ、ちょっと丈が短くないかな?」
 カードに描かれていたアキラの姿は、「着物のような衣装」に身を包んでいた。「着物」そのものでないのは、そう呼ぶには少々丈が短いためだ。袖の方がよっぽど長い。
 薄い青を基調とした着物の丈はスラリと長いアキラの足の膝にも届いておらず、まるでミニスカートだ。帯は濃い紺色で背中から帯の一部が垂れ下がっており、尻尾のようにも見える。
 そして頭には頭巾を被っていた。ただの頭巾ではなく、頭の上に動物の耳を模した飾りが付いた頭巾だ。尻尾のような帯も合わせると、その姿はさながら獣人の少女のようであった。
 カードに描かれた自分の姿を見てアキラは赤面した。可愛い、確かに可愛い出で立ちなのだが、これは恥ずかしい。特に丈の短い着物の裾から伸びる足が。隣の横島は嬉しそうだが、アキラは恥ずかしさのあまり顔を上げる事すら出来ない。
「あ〜、袴か何か見繕ったろか?」
 赤面するアキラを見兼ねて千草が助け船を出す。横島達が戻って来るのを待つ間にアスナ達から仮契約カードについて聞いていた彼女は、カードに登録する衣装を変える事でそこに描かれている絵柄も変えられる事を知っていたのだ。
「女袴を足せば、丁度ええ感じになるやろ」
「ああ、卒業式で着るアレやな」
 千草の提案に、すぐさま反応したのは木乃香。彼女も着物に慣れているだけあって、すぐに千草の提案を理解したようだ。一方アキラ達は「女袴」と言う言葉自体に馴染みがないため戸惑いを隠せないでいたが、木乃香の「卒業式で着る」と言う言葉を聞いてようやくイメージが出来たらしく、ポンと手を打った。確かに、今カードに描かれている衣装に女袴を足せば恥ずかしいものではなくなる。

「姉さん方、その辺の相談は後にしてくれよ。それより今はアーティファクトの説明だ」
 何色の袴が合うかと相談し始めるアキラ達を上機嫌なカモが制した。
「そう言えば、アキラのアーティファクトも新発見の物だったの?」
「いや、今回のは新発見じゃねえな」
「そっかー」
 裕奈の問い掛けに、カモは残念そうに首を横に振る。アキラのアーティファクトは数百年前にオリジナルの存在が確認されていた魔法の道具(マジックアイテム)だったのだ。アーティファクトとして姿を現したのは初めての事なので十分レアであり、オコジョ協会からの報奨金も期待出来るが、新発見のアーティファクトにはレア度において一段劣ると言わざるを得ない。とは言え、アキラにとっては仮契約したと言う事実そのものが大事であってアーティファクトは二の次であったためあまりに気にしていない様子であったが。
 興味津々に目を輝かせたアーニャが身を乗り出して問い掛ける。
「それで、何てアーティファクトなの?」
「ああ、こいつは『聞耳』、その被ってる頭巾がアーティファクトさ!」
 そう言ってカモは自慢気に胸を張る。その一方でアスナ達はきょとんとした表情で顔を見合わせた。魔法界出身のアーニャとコレットは分からないようだが、人間界、中でも日本で生まれ育った彼女達には馴染み深い言葉だった。エヴァも知っていたようで、驚きに目を見開いている。
「聞耳って……聞耳頭巾ですか?」
「そうそう、その聞耳頭巾。日本じゃ結構有名なんだろ? そいつを使えば大抵のヤツと意思疎通が出来るぜ!」
「おっ、そりゃスゴイな!」
 カモの説明に驚きの声を上げたのは横島だった。
「そ、そうなの?」
 それに対し首を傾げるのはアキラ。アスナ達のアーティファクトに比べて大した能力では無いと感じていたのは他ならぬ彼女自身だったのだ。
 しかし、横島にとってはそうではなかった。彼はここにいる誰よりもアキラのアーティファクトの価値を理解していた。
「あのな、土地絡みの除霊で地元の人と土着の妖怪の間を取り持つ時に一番困る事って何か分かるか?」
「え、え〜っと……」
 揃って首を傾げるアスナ達。彼女達がその手の除霊の仕事をしたのはゴールデンウィークの三日間のみのため、分からないのも無理はない。
「一番困るのはな、言葉が通じない時だ。話し合いが出来ないんだからな」
「あ〜、獣みたいな連中か」
「あの手のは、大抵斬るしかないですねぇ」
 やはり除霊の経験がものを言うらしい。千草と月詠はこれだけで理解出来たようだ。
 アスナ達はいまいちピンと来ていないようなので、横島は最後の一押しを口にする。
「そのアーティファクトは、大抵のヤツと意思疎通出来るんだろ? それって、今まで話せなかった奴らと話し合いが出来るって事じゃないか」
「あ……」
 そうなのだ。『人と人ならざるもの達との共存』を目指す横島にとって、ただ力尽くで除霊するのではなく話し合いで解決する事はとても大切な事であった。普通に除霊をすればすぐに済むような仕事も、あえて話し合いをして遠回りする事も珍しくない。両者の妥協点を見つけ出す事で、共存の道を探るためである。そう、アキラのアーティファクトがあれば、その活動の幅をもっと広げる事が出来るのだ。
「そっか……そうなんだ。私、このアーティファクトで良かった」
 手にした仮契約カードを嬉しそうな笑みを浮かべてぎゅっとその胸に抱き締めるアキラ。
 天然で経絡が開いているタイプでアスナ並の身体能力を誇るアキラは、横島の従者の中でも戦闘向けの能力の持ち主であった。しかし、心優しく争いを好まない彼女の性格はお世辞にも戦いに向いているとは言えず、彼女自身もそれは自覚していた。
 だが、この『聞耳』があれば少し意味合いが変わってくる。
 そもそも妖怪と言うものは弱い人間との話し合いには応じないものなのだ。まず話を聞いてもらうために強くなる必要がある。
 そう、強くなる事が話し合いで解決するための一手段となるのだ。自分には向いてないと考えていた自分自身の力が、自分自身の、そして慕っている横島の目的を果たすために役立てる事が出来る。アキラは自分の目の前に新しい世界が広がっていくのを感じていた。

 アキラは座ったまま横島の方に身体を向けると、神妙な面持ちでペコリと頭を下げた。
「……横島さん」
「ん? なんだ?」
「ありがとう、私のマスターになってくれて」
 横島は突然礼を言われて呆気に取られた様子だったが、アキラの意図を察したのか笑みを浮かべて自分とほとんど変わらぬ高さにある彼女の頭を撫でてこう返した。
「こっちこそありがとな、俺の従者になってくれて」
「……はい!」
 ひとしきり撫でられたアキラは、満面の笑みを浮かべて元気良く返事をした。
 横島忠夫と大河内アキラ、こうしてここに新しい主従が誕生したのである。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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