topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.138
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 レーベンスシュルト城、別棟一階のサロンは緊迫した空気に包まれていた。いつもなら思い思いに寛いでいるはずが、今日はアスナを始めとするほとんどの面々が玄関の近くに集まり何かを待ち構えている。
 現在、この場に横島はいない。届けられた荷物を受け取りに、茶々丸と共に表に出ていた。
「とうとう届いたのね……」
 待ち切れない様子でアスナはゴクリとのどを鳴らす。
 彼女に限らず玄関前に集まった面々は皆、神妙な面持ちで今か今かと横島達が戻って来るのを待っていた。

「あの、一体何が……?」
 いまいち状況が掴めないコレットが、ソファに腰掛けて優雅にお茶を飲んでるあやかに尋ねた。コレットの隣に座るアーニャも黙ってはいるが、疑問に思っているのは同じのようだ。ちらちらとアスナ達の方に視線を向けている。
「なんでも、修行で使う霊衣が届いたとか。アスナさん達はより高度な修行を行うために、それが届くのをずっと待っていたそうですわ」
 あやかはコレットの疑問に答えてくれたが、そもそもコレットは「霊衣」がどのような物なのかが分からない。
「霊衣……魔法使いのローブみたいなものなのかな?」
「ローブ使う修行なんてないでしょ? 違うんじゃないかな〜?」
 同じくソファに腰掛けていた美空も疑問を口にし、三人は揃って首を傾げる。
「ローブは魔法を防ぐ効果があるけど、霊衣は逆に霊力を通す物なのよ」
 彼女達の疑問に答えたのはシャークティだった。しかし、その説明を聞くと更なる疑問が浮かんでしまう。
「霊力素通しって……それ意味あるんスか?」
「確か、霊力には防御力を高めるような効果は無いと言う話でしたわね」
 もっともな疑問だったのでシャークティも真面目に答える。
「求められている役割が違うのよ。物理的に身を守りたければ、プロテクターを身に着ければいいでしょ?」
「プロテクター……? ああ、鎧ですか」
 魔法世界出身のコレットには馴染みの薄い言葉だったが、そこは隣の美空がフォローした。
「そう、魔法世界では鎧一つで魔法的な守りと物理的な守り両方を兼ね備えているけど、オカルト業界では霊衣とプロテクターのように複数を重ねて使うものなのよ」
「なんでまた?」
 怪訝そうな表情を浮かべる美空。それだけを聞くと、オカルト業界の技術は魔法世界に比べて劣っているとも聞こえなくもない。コレットとあやかも戸惑うような表情で顔を見合わせている。
 だが、それは誤解だ。シャークティは苦笑しながら説明を続ける。
「求められている物が違うのよ。あと、常識もね」
「常識?」
 これには人間界の事をもっと知りたいコレットが食い付いた。腰を上げ、テーブルに手を突いて身を乗り出しながらシャークティに顔を近付けて先を促す。
「今の麻帆良じゃ仮装って事で通ってるけど、普通は武装して歩いてたら捕まるのよ人間界では」
「た、確かにそれは常識ですわね……」
 そう言ってあやかが口元をひくつかせる。通学中に武装した獣人や魔族を見掛けても、いつも通りの学園祭の光景の延長線上に見てきたが、冷静に考えてみるとすぐに職務質問されて銃刀法違反で逮捕されてもおかしくない者達だ。
「それに悪霊は物理的に攻撃してきたりしないでしょ? 相手によって装備を切り替えるのが、最近のGSのやり方なのよ」
 ちなみにその除霊方法を確立し、新世代のGSの在り方として世に示したのは令子の母・美智恵だったりする。
「神通棍って知ってるでしょ? 武器の方もあんな風に霊力を込めて使うものが主で、いわゆる『魔法の剣』みたいにそれ自体が力を持っている物は珍しいのよ。あっても妖刀の類だったりする事が多いわ」
「なるほど、そう言うところも魔法使いとは違うんですね」
 感心することしきりのコレット。魔法世界、特にアリアドネー戦乙女騎士団などは制服としての正規の装備があるため、相手によって装備を切り替えると言う発想が無かった。その装備だけでどんな相手にも渡り合えるように作られているため、わざわざ切り替える必要がなかったとも言える。
 堂々と武装出来ないと言うのも大きな違いであろう。麻帆良は元々緩い場所なため麻痺しがちだが、普通ならば刀を持ち歩いているだけで大騒ぎなのだ。あの月詠でさえ神鳴流剣士としての特例だが、刀剣類所持の許可は取っていたりする。
「結局のところ、悪霊の攻撃から身を守るのに一番有効なのは装備よりも自前の霊力だからね。相手によっては霊波の放出を邪魔しない事が装備に求められるのよ」
「そのための霊衣ですか……本格的なんですねー」
 好奇心をそそられたのか、コレットは玄関で待つアスナ達の方を見る。彼女は横島の霊力供給の修行を受けているが、あくまで経絡を開かない段階までの基礎的なものであった。興味はあったが、横島がそれ以上は許さなかったのだ。

 それにコレットが集めていた横島に関する情報は「アシュタロスを倒した英雄」としてのものばかりで、アスナ達の師匠としての彼はあまり知らない。
「霊力供給の修行って、どんな効果があるんですか? 横島さんにしか出来ないんですよね?」
「正確には、『旦那さま以外ではデメリットが大きい』ですねぇ」
 好奇心をくすぐられて千草達に問い掛けると、千草ではなく月詠がその問いに答えてくれた。
 霊力供給の修行は横島にしか出来ない訳ではない。ただ他の人がそれを行うのはリスクが大きいのだ。横島の場合は、霊力を注ぎ込み経絡にダメージを与えないどころか気持ち良くさせてしまうと言う奇跡の呼吸を心得ているのである。それはそれで羞恥心等別の問題が発生しそうだが、アスナ達は承知の上でそれを受け容れていた。
「き、気持ち良い……」
 その一言にコレットは興味を持ったようだ。お年頃である。
「霊力を潤沢に巡らせる事は生命力が満ち溢れる事になりますから、健康にも良いし美容効果も高いんですよ」
「魔法力供給みたいですね」
「そっちは外側、こっちは内側からの効果やからちょっと違うかも知れませんなぁ。ねぇ、千草はん?」
「美容効果……」
 霊力の扱いに関しては千草の方が専門なため月詠は彼女に話を振るが、何故か千草はあごに手を当てて何やら考え込んでいた。
「千草はん?」
「……………」
 再度声を掛けてみるが、やはり返事がない。
 しばらく顔を伏せて小声でぶつぶつと呟きながら考え込む千草。ややあって彼女は突如顔を上げてこう宣言した。

「よし、今日からウチも霊力供給の修行受けるで」

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「……本気ですか? 千草はん」
 月詠が怪訝そうな表情で尋ねる。
 霊力供給の修行については元々千草も興味がなかった訳ではない。しかし、頬を紅くした刀子から話を聞いて控えていたのだ。今までは。
 確かに霊力供給の修行は全く問題がないとは言えないだろう。特にアスナを見ていれば分かる。あの緩んだ表情は、修行「だけ」を心待ちにしている顔ではない。
 霊衣を用いた霊力供給の修行は、衣服に阻害される事なく全身から霊波を放ち、また衣服に阻害される事なく全身で霊波を受ける事が出来る。つまり、それだけ密着する事になる。当然、アスナ達は横島とより親密になるだろう。だからこそ彼女達は玄関で今か今かと待ち構えている。
 では千草はどうなのかと言うと、以前と違い横島の事を名前で呼ぶなど心境の変化があり、また横島除霊事務所の柱石を目指す身としては公私両面でアスナ達には負けていられないと言う対抗心もあった。そのため、霊衣を使うほど本格的になってきたならば自分も受けて良いのではないかと言う考えに至ったのだ。
「もちろん本気や、ええ機会やしな」
「は〜、ええ機会、ですかぁ」
 のほほんとした調子で小首を傾げて返事をする月詠。戦っていない時の彼女は、大体こんな感じである。
「うわ〜、また犠牲者が……。一応止めとくよ、やめときなよ〜」
 その一方で若干引き気味なのは美空。修行を受ける者を「犠牲者」と呼ぶあたり、彼女が霊力供給の修行をどのように受け止めているかがよく分かる。彼女に言わせればアスナ達は横島と言うクモが張った巣に引っ掛かった蝶であった。質が悪いのが、そのクモは面倒見が良く引っ掛かった蝶を甲斐甲斐しく可愛がる事だ。そして蝶はいつしか自分が捕らわれている事も忘れてクモの側にいる事を心地良く感じるようになってしまうのである。
 美空自身、横島の事を好きか嫌いかと問われれば、迷う事なく好きだと答えるだろう。ノリが良く、友達として一緒に遊ぶ分には面白い人だ。適度に甘やかしてくれるので、兄のように慕っていると言っても良いだろう。
 だからこそ、彼の危険性がよく分かる。
 誘われるままにフラフラと近付いて行ったら戻れなくなると言うのが、傍から見ていると一目瞭然なのだ。戻れなくなったのが玄関の所にいるアスナ達であり、今そちらに向かって一歩踏み出そうとしてるのが千草である。
 ちなみにココネも既に犠牲者の一人となっており、彼女はアスナの隣で横島が戻って来るのを待ち構えていた。あまり表情には出ていないため一見分かりにくいが、付き合いの長い美空は彼女がわくわくと心躍らせている事が見て取れた。随分と懐いてしまったものだ。

「なんかすごい効果がある修行らしいから私も受けてみようと思ったんだけど、止められたのよねぇ」
 アスナ達の方に顔を向けながらアーニャが呟いた。彼女も興味があるらしい。
「あ、それなら私もやってみたいかも……」
「げっ」
 それにコレットも追随し、美空はこれはやばいと表情を引きつらせる。
 コレットについては仕方がない。彼女は元々横島に興味津々なのだ、そう言う結論に至るのは当然の流れであろう。美空も彼女を止めるのは早々に諦める事にする。しかしアーニャは放っておけない。彼女はまだ子供なのだから。
「いや、まぁ、アーニャはまだ子供だから」
「ココネもやってるじゃない」
「ぐっ……」
 美空が意外と常識的に止めようとするが、アーニャはそれをピシャリと一言で切って捨てる。ココネがああなってしまったからこそ止めているのだが、そう言い返されると反論し辛い。ココネだけでなく風香、史伽も受けているのだから、子供だから止めろと言っても説得力がないだろう。鳴滝姉妹は外見通りの子供ではないのだが、それはそれである。これ以上言うには何故止めているかを詳しく説明する必要が出てくるだろう。しかし、それは美空には荷が重かった。
「と言う訳で、シスター・シャークティお願いします!」
「……………」
「……あれ?」
 ここは大人に任せようとシャークティの名を呼ぶが、返事がない。どうかしたのかと彼女の方を見てみると、シャークティは無言で頭を抱えていた。
「何やってるんスか?」
「いえ……ちょっとね……」
 疲れ切った表情で呟く彼女が気にしているのは、アーニャの事ではない。千草の方であった。
 シャークティは横島が行う霊力供給の修行の問題点は把握していた。だからこそ、アスナ達を止める事は出来なくても修行の場に立ち会い、彼女達が最後の一線を踏み越えないように監視してきた。クールに見える彼女だが、当然羞恥心はある。平気なはずがない。それでも大人の責任として、そうする事を自分に強いてきたのだ。
 幸い横島の方もその辺りは弁えているようで、最近スキンシップがエスカレートしつつあるとは言え問題になるような事はしなかった。
 よりスキンシップしやすくなる霊衣の登場だけでも頭が痛いと言うのに、ここに千草が加わればどうなってしまうのか。
 なんだかんだと言って千草は美人だ。木乃香達曰く、京都で会った頃はもう少し険しい表情をしていたらしいが、最近の彼女の表情は穏やかなものである。それに相当な努力をしているのだろう。スタイルも良く大人の色香を漂わせている。そんな彼女が霊力供給の修行を受けると言うのだ。高音達には辛うじて自重していた横島も、それには耐えられないのではないだろうか。
「わ、私も受けますっ!」
 突然そう宣言する声。シャークティは何事かと顔を上げ、声の主の顔を見て、くらりと立ちくらみを覚えた。なんとそこにはレーベンスシュルト城のもう一人の大人、刀子の姿があったのだ。
「く、葛葉先生……」
 そう呼ぶシャークティの声にも力がない。
 刀子は元々、シャークティと一緒に霊力供給の修行を監視していた身だ。千草よりもあの修行の危険性は分かっているはずである。
 にも関わらず、刀子も霊力供給の修行を受けると言い出した。理由は分からなくもない。彼女は以前から「オカルトに寛容な男は金の草鞋を履いてでも探す価値がある」と公言している。横島が正にそれなのだろう。その上、あの修行は美容効果も非常に高いのだ。シャークティとて興味がないと言えば嘘になる。彼女より年上の刀子にとっては尚更なのは想像に難くない。
 一方千草は、刀子と見詰め合い目と目で通じ合っていた。アスナ達に対抗心を抱いているのは刀子も同じなのだ。
「安心しい刀子、霊衣のサイズは大人用もあるで!」
「用意がいいわね、千草」
 確かな足取りで近付き、ぐっと固い握手を交わす二人。その光景を見たシャークティは―――

「……もう好きにして」

―――諦めて放置する事にした。
 彼女達は大人だ。もし何かあったとしても、それは自己責任であろう。
 とは言え、コレットとアーニャはこのまま放置する訳にはいかない。シャークティは力が抜けた身体を奮い立たせながら二人の霊力供給の修行の危険性を詳しく説明してやる事にする。彼女がしなくても夕映あたりが説明しただろうが、そこは大人の責任と言うものだ。
 コレットは却って乗り気になるかも知れないが、アーニャは尻込みするかも知れない。そんな淡い期待を抱きながらシャークティは二人を呼んで説明する事にした。

「で、出来るわよっ! 私にだって! こ、こここ、子供じゃないんだからっ! 風香達だってやってるじゃない!」

 しかし、そんなシャークティの思いもむなしく、説明を聞き終えたアーニャが顔を真っ赤にしながらも修行を受けると言い出した。
 シャークティは頭を抱えながらも、横島は風香、史伽、それに千雨に対しては経絡を開かずに供給を行っているので、せめてそちら側を受けるようにとアーニャとコレットを説得する。二人の方もやはり怖いと思う部分もあったのか、素直に受け容れて風香達と同じ基礎的な訓練だけに留めておく事にした。彼女達の本音は、経絡を開いてもらう事よりもアスナ達と同じ修行を受け、同じ時間を過ごしたいと言うあたりであろうか。


 その直後、ダンボールをいくつも抱えた横島と茶々丸が戻ってきた。アーニャ達に説明を終え、基礎的な訓練だけにする事を承諾させたので、シャークティの説得はひとまずの成果を上げたと言える。
「横島さんっ!」
 すぐさまアスナ、古菲、裕奈、アキラ、千雨の五人が駆け寄り、横島達が抱えていたダンボールを手分けして持ち運んで行く。横島と茶々丸の二人で合わせて七個のダンボールを抱えていたが、中に入っているのは霊衣のため、見た目ほど重くはないようだ。
「各色、各サイズを何着かずつ注文してるから、まずは全部揃ってるかどうかの確認な」
「はーい」
 アスナがダンボールを開けてみると、中からビニール袋に入ったカラフルな柔道着のような物が出てきた。手に取ってよく見てみると、軽く柔道着よりもはるかに薄手である事が分かる。滝の水に打たれる修行をする時に着るような服と言えば分かりやすいだろうか。もっともアスナが持っている霊衣は、白ではなく黄色だったが。
「おっ、こっちは白アル」
 古菲が開いたダンボールからは白い霊衣が出てきた。他のダンボールも開いてみると、それぞれ緑、青、赤、黒と全部で五色の霊衣があるようだ。
「これは……五行思想ですか?」
 真っ先に気付いたのは夕映だった。そう、この霊衣は五行思想に合わせて色分けされているのだ。青と緑が木、赤が火、黄が土、白が金、そして黒が水を表している。
「え? それじゃ、どの色着るか選ばないと不味いの?」
 裕奈が不安気に尋ねると、横島と千草は顔を見合わせ、次の瞬間二人揃って笑いながら首を横に振って否定した。
「いや、流石にそこまで高級なのは買ってないから」
「そうそう、色が違うだけで同じ霊衣やから好きなの選び」
 上等な霊衣となれば着用者に合わせる必要があるのだが、そう言う物は値段の方も相応のものとなる。横島もGSとして独立してそれなりに稼ぐようになったが、それ程の物をアスナ達全員分揃えるのは無理があった。そもそも、そのような上等な霊衣は儀式や実戦で扱われる物だ。修行者用に揃えるなんて話は聞いた事がない。
 現に今回注文した霊衣も、霊力を通しやすいだけでそれ以外の効果などはなかった。素材が特殊なだけの薄手の道着である。
「じゃあ、なんでこれは色分けされてるの?」
 不思議そうな表情で首を傾げるアキラ。当然の疑問であろう。その疑問に対しては刹那が答えた。
「ただ単にイメージですよ。師匠の色に合わせて弟子の霊衣の色を揃えると言うのが、主な使われ方でしょうか」
「イ、イメージ……ああ、うん、大事だよね、イメージ」
 いかにオカルトと言っても、一つの業界として多くの人間が関わり経済活動をしている以上、何から何まで神秘的と言う訳にはいかない。無論、その神秘性を保つために一般人には秘匿される部分である。
「言いたい事は分かりますけど、現実はそんなものですえ〜」
 月詠ものほほんとした笑顔でそう言い放つ。オカルト業界に身を置く人間は神秘である部分とそうでない部分の区別がつくため、一般人よりもその現実が分かっているのであろう。

「なんか戦隊みたいじゃん!」
 一方で目を輝かせているのは風香だった。色違いの五種類の霊衣と言うのが彼女の心の琴線に触れたらしい。
「ピンクはないんですかー?」
 姉ほどではないが嬉しそうにしている史伽がそう尋ねるが、残念ながらピンクの霊衣は存在しない。
「流石にピンクはないなぁ」
「そうなんですか〜、それじゃあ……」
 横島が答えると、史伽は赤と黄色の霊衣を手にどちらが良いか悩み始めた。その隣で夕映が「自分に相応しい色は……」などとぶつぶつ呟きながら真剣な表情で考え込んでいるが、この霊衣に関しては史伽の選び方の方が合っているだろう。ただの色違いなのだから深く考える必要はないのである。



 賑やかなアスナ達から少し離れた場所に、霊衣を手に夕映と同じぐらいに真剣な表情で考え込んでいる少女がいた。
「あら、どうしたの夏美ちゃん」
「……あ、ちづ姉」
 夏美である。彼女はこれまで霊力供給の修行には参加していなかった。
 嫌だと言う訳ではない。甲斐甲斐しく横島の部屋を掃除するなど、最近は従者から逸脱しつつある茶々丸よりもよっぽど従者らしいとエヴァに言わしめる彼女が彼に対して好意を抱いていないはずがない。役得とばかりに横島の脱いだ服を部屋に持ち帰り、一晩堪能してから洗濯してたりしているが、それもまた好意あっての事である。
 そんな彼女が今まで霊力供給の修行を受けてこなかったのは、オカルト業界に足を踏み入れる覚悟が出来なかったためだ。千雨が修行を受ける事になった時、風香と史伽が名乗りを上げても夏美はその一歩を踏み出す事が出来なかった。
「なんだか難しい顔をしてるわね」
「えっ、あ……なんでもない! なんでもない!」
 図星を突かれた夏美は、サッと霊衣をテーブルに戻し、両手を振って誤魔化そうとした。しかし、そんな事が通じるような相手ではない。千鶴は優しく微笑んでいるが、何もかもお見通しと言わんばかりである。
「史伽ちゃん達もGSになりたいと考えてる訳じゃなさそうだし、そこまで考え込まなくてもいいと思うわよ?」
「そ、そうなのかな……」
「私も別に、GSになりたい訳じゃないし」
「えっ、そうなの?」
 千鶴はさり気なく口にしたが、夏美にとっては衝撃的な内容であった。彼女は横島の教え子の中でも木乃香に次ぐマイト数の高さを誇り、優れた霊能力者の素質を持っている。霊力に目覚めて以来積極的に修行をしていたので、夏美は千鶴がGSになる気なのだとばかり思っていた。
 どう言う事なのかと詳しく話を聞いてみると、千鶴は少しはにかみながら修行を受ける本当の理由を話してくれる。
「GSのSって『掃除機』って意味でしょ? 確かに悪霊や妖怪が悪さをする事もあるらしいから、そう言う仕事をする人も必要なんだろうけど、私はもう少し別の仕事をしたいと思っているのよ」
「別の仕事?」
「ええ、忠夫さんがよく言ってるじゃない。話し合いで解決出来るならそうするって。神魔族がデタントを推進して、魔法使いが情報公開をするようになったら、そう言う仕事も重要になってくると思わない?」
「そ、そうかも……」
 千鶴はにっこりと微笑みながら世間話のように軽く話しているが、その内容は真剣そのものだった。彼女から「神魔族」や「デタント」と言った言葉まで出てくるとは思わなかった。夏美もとりあえず同意してみたが、驚きのあまり生返事になってしまっている。
 だが、落ち着いて考えてみると夏美にも千鶴の言う通りだと言う事が分かって来た。神族に魔族、そして魔法使い。魔法使いは正確には「異世界の同じ人類」なのだが、全く異なる文化、文明に生きている彼等は近くて遠い異邦人である。そんな彼等が変化を受け容れて人間界にやって来ると言うのに、そこに住む人類だけが今まで通りと言う訳にはいかないだろう。オカルトは一部の特殊な人間だけのものではなくなってしまうのだ。
 横島の話によると、既にオカルト業界以外の人間も一部ではあるが動き出しているらしい。魔王アシュタロスが倒されてからテレビでバンパイアハーフの新人GSピエトロ・ド・ブラドーやオカルトGメンの西条輝彦を見掛けるようになってきたが、実はそれもその一環なのだそうだ。今はニュースや情報番組ぐらいでしか見掛けないが、いずれオカルト業界関係者だけでなく、妖怪や魔族がタレントのように活動する日が来るのかも知れない。
「実際、アスナ達も悪霊が憎いってGSを目指してる訳じゃないでしょ?」
「そりゃまあ、そうだよねぇ」
 改めて横島の下でGSを目指している面々を見てみると、彼女達もただGSを目指している訳ではない事が見えてくる。

 アスナがGSを目指しているのは、学園長に出してもらっている学費を返済する手段としてだった。今でもその点についてはぶれていないが、彼女にとって一番大事なのは横島の側にいる事だと言うのは誰の目にも明らかである。
 何かと戦いたがる古菲も、そのような負の感情は持ち合わせていない。朗らかな彼女は、そのようなドロドロとしたものが似合うような性格ではないだろう。
 夕映も根底にあるのは知識欲であり、そのため横島について行こうと考えている。GS資格はそれを成し遂げるために必要な力を持っている事を証明するための、分かりやすい指針であり、力さえ身に付けばGSになる必要はないとさえ考えている。
 魔法使いとGSの両方を目指す裕奈は、魔法使いとオカルト業界の架け橋になりたいと考えている。GSを目指しているのは現在のオカルト業界の代表だからだ。
 千鶴を含めたこの五人は、何のしがらみもなく横島の下でGSを目指している。しかし、彼女達にとってGS資格を取得する事は、目的のための手段であって到達地点ではない。
 GS資格は、オカルト業界に関わるためのパスポートのようなものだ。だが、デタントの推進により世界が変われば、それに代わる何かが出てくるかも知れない。千鶴の言う「GSになりたい訳じゃない」と言うのは、そう言う意味なのだろう。彼女にとっては退治するよりも大切に思う事があるのだ。

 木乃香と刹那の場合は、関西呪術協会から離れるためにやむを得ずと言ったところだろうか。その境遇から逃れる事は出来ないため、オカルト業界におけるしっかりとした身分を手に入れるためにGS資格の取得を目指すのだと刹那は言っていた。
 後見人の立場になる横島はそんな事をしなくても彼女達を守っていくだろうが、二人は頼りっきりになるのは彼に悪いと感じているようだ。
 そして二人がそうなった原因である千草も、奇しくも彼女達と似たような立場であった。
 陰陽師である彼女は元々陰陽寮のバックアップを受けていたのだが、修学旅行の一件でその立場を失ってしまった。それに代わる立場を得るための手段がGS資格なのだ。
 今では『横島除霊事務所』で確かな立場を確立する事を目指しているようだが、エプロン姿で家事に勤しむ姿を見る限り、本当にそれだけなのかは甚だ疑問である。


「うぅ、やっぱり皆色々と考えてるんだ……」
 夏美はがっくりと肩を落とした。羞恥心と戦っている自分が急に情けなく思えてきたのだ。
 彼女とて何も考えていない訳ではない。横島の事を好きな気持ちでも負けてはいないだろう。
 ただ、彼女には無かったのだ。アスナ達のような明確な目的も、千鶴達のような逃れる事の出来ない力も。
 高音、愛衣、ココネ、それに次から受けようとしているアーニャにコレット。彼女達はGSを目指している訳ではないが、魔法使いであり、強くなるための手段として霊力供給の修行を受けると言う理由がある。神鳴流剣士である刀子もGS資格取得を目指すと言う話はしていないので、どちらかと言えば彼女達に近い立場であろう。
「私って……やっぱり脇役だよね……」
 更に力無く項垂れる夏美。普段から自分には華がない、脇役だと考えていたが、改めてそれを突き付けられる形になってしまった。
 やはり脇役らしく、ただただ陰から見つめるだけにしておいた方が良いのではないか。夏美の思考が段々とネガティブ方面に突き進んでいってしまう。傍から見ていた千鶴は、これはいけないと方向転換を試みる事にする。
「う〜ん、何もせずに諦めるのはどうなのかしら?」
「……えっ?」
「それに、今の夏美ちゃんって脇役以前に舞台にも上がっていないんじゃない?」
「うっ……そうかも」
 少し手厳しい事も付け加える。演劇部である彼女には効果覿面だった。
 千鶴の言う通り、今の夏美の立場は脇役と言うよりも裏方に近い。もちろん裏方も大切なのだが、今の彼女が舞台に上がる事すら出来ていない。最初の一歩を踏み出す勇気が出せていない事を的確に表していた。
「それにね、言ったでしょ? そこまで考え込まなくてもいいって。ほら」
 千鶴の視線の先には千雨と風香、史伽の姿があった。
「あ……」
 夏美は気付いた。彼女達は霊力供給の修行を受けてはいるが、GSになりたいとは明言していない面々である。三人はアスナ達、木乃香達、そして高音達とも異なる立場にあった。

 千雨はアーティファクト『Grimoire Book』を扱えるようになるために修行を受けているが、使えるようになったとしてもGS資格を取るつもりはないらしい。本人曰く「世界が変わるのが避けられないのなら、対抗手段ぐらい持っておかないと安心出来ない」との事。
 史伽の考えも千雨に近い。怖がりな彼女は、霊力を身に付ければ怖くなくなるのではないかと考えているようだ。対する風香はヒーローに対する憧れがあるらしい。今は基礎修行をしているが、こちらは霊力が身に付けばGS資格の取得を目指すと言い出すかも知れない。

 三人を見て、落ち込んでいた夏美の表情が少しずつ前向きになっていく。最後の風香はともかく、千雨と史伽の考えには感じ入るところがあった。
 彼女達は言わば自衛手段として霊力を求めている。千雨が「自衛」ではなく「対抗」と言う言葉を使っているのは、彼女の意外と攻撃的な性格ゆえだろうか。また受けている修行も基礎的なもので、アスナ達ほど本格的なものを受けている訳ではない。丁度夏美が一歩踏み出した位置に立っていると言えるだろう。
 千雨はアーティファクトの能力がエヴァに掛けられた呪いを解析出来るものであったため、エヴァにより強引に本格的な修行を受けさせられそうになっていたが、そこは横島が庇って死守した。除霊助手時代のがっついていた頃ならばともかく、現在の恵まれた環境にいる彼は、少女が嫌がるような事はしない。元々乗り気でなかった千雨だが、その一件以降は真面目に修行を受けているようだ。
「夏美ちゃんも、一歩踏み出してみたらどうかしら? 経絡を開かない限りは引き返せるって話だし、まずは試してみるのも良いと思うの」
「う、うん……」
「ここを逃すと、夏休みまでに良い切っ掛けはないと思うわ。それとも、このまま何もしないで引き下がるの?」
「う゛っ……」
 思わず言葉を詰まらせる夏美。千鶴の言う通りだ、今年の夏休みは彼女達にとって特別な意味がある。
 今年の夏休みは、エヴァが『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを解くために妙神山に向かう事になっているのだが、その時に合わせて横島も帰省する事になっている。アスナ達の間で、その帰省に付いて行こうと言う計画があった。表向きの理由がアスナ達が受験する六道女学院を見学するためだ。
 横島の下で修行していなければ行けないと言う事はないだろう、東京見学とでも言えば問題なくついて行けるはずだ。
 だが、横島の家に行くと言う事は、彼の家族、事務所の面々と顔を合わせると言う事である。その際に見習いとして紹介されるのとそれ以外では大きく意味が異なるだろう。
 何より、霊衣を使い始めると言うのは木乃香や刹那はおろか、千草や刀子でさえもここぞとばかりに参加を決意する大きな切っ掛けだ。こんなチャンスを尻込みして逃すようでは、今後もずるずると参加出来ないままでいてしまうのが容易に想像出来た。
 この先どうなるかは分からないが、大好きな横島を今ここで諦めるのはいやだ。そう考えた夏美は手にぐっと力を込める。
 そのためにも、この時を逃してはいけない。決意を秘めた瞳で、夏美は千鶴を真っ直ぐに見た。
「……やる。私やってみるよ、ちづ姉!」
「応援してるわ、夏美ちゃん」
 ここで一歩踏み出さねば何も始まらない。基礎修行だけの段階ならば、それだけで一生が決まると言うものでもないのだ。ならば当たって砕けろである。
「ありがと。皆が横島さんに頼む時、一緒に頼んでみるね」
 ここで一人で当たる事が出来ない夏美に、千鶴は苦笑してしまう。しかし、これは彼女にとって大きな一歩であろう。

「せっかくだから、エヴァちゃんのプレゼントを使ってお願いしてみたら?」
「えっ?」
 目を丸くした夏美の頬が一瞬にして真っ赤に染まる。
「ムリムリムリ! アレはムリだって!」
 そして慌てて否定する。千鶴の言うプレゼントとは、以前エヴァがメイド服姿で別棟の掃除を頑張る夏美を見て贈ったものだ。ノリノリのエヴァと茶々丸が強引に選んだ物なのだが、もらったはいいものの着る気にはなれずにタンスの奥に仕舞い込んである。
「好きな色は? って聞かれてピンクって答えたけど、まさかあんなのが出てくるなんて!」
 エヴァは横島と二人きりの時にでも見せてみろと言っていたが、それは無理な相談と言うものだ。
「て言うか、アレは見せらんないって!」
 頬だけでなく耳まで真っ赤にする夏美。ちなみに千鶴はそれが何であるかを知っていたりする。
 彼女がここまで拒む贈り物、それは中学生が着るには明らかに早過ぎるセクシーなランジェリーであった。彼女がこれを活かす日は、まだまだ遠そうである。



つづく


あとがき
 霊衣、霊力&魔法の武具に関する各種設定。
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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