「You're my mother!!」
「Noooooooッ!!」
麻帆良の夜空に、横島にも負けない絶叫が響き渡った。
「師匠の娘!?」
「つまり私の義理の娘!?」
「明日菜サン、気が早いネ」
令子は、そんなやり取りにツっこむ余裕も無い。
否定したいが、できない。
令子の時間移動に、横島とルシオラの文珠。そして令子と横島のハイブリッドともいえる商才と学祭長者という業績。それら全てが彼女の言葉が真実であると告げている。
トドメとばかりに淡い光を放つ小さな球を周りに侍らせる超、いや自称・横島鈴音(よこしますずね)。
横島と令子は、それがかつてルシオラが使っていた蛍の使い魔である事に一目で気付いた。
「……幻覚よ」
「美神さん?」
「幻覚よー! 私と横島君の子供なんてー! それがこんなに利発そうな子なんてーーーっ!!」
「俺の血をなんだと思ってるんすか!?」
「そうよ! これはルシオラ得意の幻覚攻撃よ!!」
「それ、結局ルシオラだって認めてますよね?」
横島のツっこみに令子は動きを止めた。
しかし、直後横島に掴み掛かる。
「なんで!? なんで未来の娘がここにいるの!? 家出!? あんた娘にセクハラしたの!?」
「ちょっ、落ち着いてください!」
「夫の不祥事、娘への被害、起きる前に止めるのが妻として、母としての役目よね!!」
しまいには懐から拳銃を取り出そうとしたためアスナにシロ、更には周りで警戒していた面々も慌てて令子を止める。
「あ、いない!」
全員で令子を取り押さえて辺りを見回すと、鈴音の姿はどこにもなかった。混乱の隙を突いて、離脱していたようだ。
「やってくれたわね……」
落ち着いた令子の手元には、グリップだけになった拳銃。明らかに超常の力によってバラバラに分解されている。
おそらく犯人は鈴音。混乱の最中に文珠の「壊」か「解」を使ったのだろう。万が一にも横島が撃たれないようにするためだと思われる。
逃げつつもフォローを忘れないのは自分の血か、横島の血か、それとも……。令子は月を見上げながら、そんな益体もない事を考えていた。まだ少し混乱しているのかもしれない。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.166
鈴音を取り逃がした一行は、レーベンスシュルト城に戻って皆と情報を共有する事にした。
横島チーム以外にも伝えるため、学園長も忙しい中を押して来てくれた。
学園長はネギに伝えるべきか迷っていたが、エヴァが甘やかすなと一蹴。
しかしプライベートな問題でもあるので、ネギパーティ全員ではなく、ネギだけを呼んで話をする事にした。学園長と同じくチームの代表という形だ。
ちなみにアスナ達、横島と仮契約している面々は全員この話し合いに参加している。ある種の身内枠――と彼女達は主張している。こっそり仮契約していない高音も混じっているのは内緒である。
令子とおキヌは何か言いたげな顔をしていたが、ネギが来てメンバーが揃ったという事で、ひとまずそれは置いておいて超鈴音(チャオ・リンシェン)の件を皆に説明する事にする。
話すのは一番状況を理解している令子だ。
「超さんが横島さんの娘……ですか? えっ、保護者?」
説明が終わった直後、ネギは呆然としていた。しかし、やがて理解が追いつくとあわあわし始める。
「本名は横島鈴音(よこしますずね)っていうんだって」
「確かにあのハチャメチャぶりは通じるものが……」
「そこまでヒドいかな?」
「それ、ヒドいのはどちらですの?」
皆驚いたが、同時に「横島と鈴音が親子というのは有り得る」と考えたようだ。
なお、どちらがヒドいのかは議論の余地が残る。
「美神さん達を動揺させるために嘘をついたという可能性はありませんか?」
夕映の指摘に、令子は複雑そうな顔になる。
それは彼女も考えた事だったが、状況証拠が揃い過ぎているのだ。なにせ令子達は鈴音が時間移動してくるところを目撃しているのだから。
それ以外にも「横島と結婚した」という事に何か引っかかるものを感じたのだが、それが何なのかは彼女自身にも分からない。
それはかつて自分で文珠を使って忘れた、自分と横島が結婚する未来に関する記憶なので、こればかりは仕方がないだろう。
「ちょっと待ってください、横島さん」
ひのめを抱いたおキヌも気になる事があり、横島にずいっと詰めよった。
「ルシオラさんって……もう復活してましたよね?」
そう、最大の問題はそこだ。
横島が妙神山で修行していた時に、ある事故によってルシオラは既に復活を果たしているのだ。現在ルシオラは魔界にいる。
ならば鈴音がルシオラの生まれ変わりというのは嘘なのか。
「あ、ああ、そのはずなんだが……時間移動に文珠、それに蛍の使い魔となるとなぁ……」
それでも横島達は鈴音の言葉が嘘だと否定する事ができなかった。
それどころか横島も令子、二人の霊感が彼女は自分の娘であると告げていた。
そもそも偽者ならば、どうやって時間移動をし、文珠を用意したのかという話になる。
二人は皆の視線が集まっている事に気付き、揃ってため息をついた。
これはもう説明するしかない。アシュタロスとの戦いにおける影の英雄、彼女がいなければ横島も、世界も救われなかったという魔族の少女の話を。
そしてこれも説明せねばなるまい。ルシオラは元々横島の子供に生まれ変わるはずだった事、そして修行中の事故により既に復活している事を。
「……つまり、超さん……いえ、鈴音さんは、そのルシオラさんが復活しなかった未来から来たという事ですか?」
説明を聞き、真っ先にその結論を導き出したのはやはりというか夕映だった。
理解できていない面々に、彼女は分岐した未来、並行世界「パラレルワールド」について説明する。
要約すると、ルシオラが復活した時点で未来は分岐し、鈴音はもうひとつの復活しなかった未来からきたという事だ。
ちなみに令子は、とうに同じ結論に達していた。だからこそ、横島と結婚するのは別の未来だと自分を落ち着かせる事ができたのだ。
「えっ? じゃあ、なんで超りん……あ、鈴(すず)りん?はここにいるの? 復活しなかった未来から来たなら、復活しなかった過去に行くんじゃないの?」
「それについて聞きたいんだけどさぁ……あの子、いつから麻帆良にいたの?」
「えっ、鈴りんなら一年の時から一緒のクラスやよ」
木乃香の返事にアスナ達がうんうんと頷く。エヴァによると、超鈴音は中学入学時に来日した留学生で、それ以前の経歴はよく分からないそうだ。
それを聞いた令子は、おおよそのところを理解した。
鈴音が時間移動してきたのは二年以上前、つまりはルシオラが復活する前だ。何が原因かは分からないが、時間移動してきた後に未来が変わったのだろう。
この推測を伝えると、皆はなるほど〜と納得した様子だった。しかし、学園長と千草の二人だけが何か言いたげな顔で令子を見ている。
令子は、それを視線で制した。二人の言いたい事は彼女にも分かる。
令子の推測通りなら、二年以上鈴音を連れ戻す者は現れていない。
時間移動できる令子、未来の令子ならば、娘を連れ戻しに動いてもおかしくない。他ならぬ今の令子自身がそう思う。
孫もいる学園長や、最近母性愛に目覚めてきた千草も同じ事を考えたのだろう。何故親は動いていないのかと。
時間移動自体神魔族によって禁止されているが、既に過去に行ってしまった娘を連れ戻すためとあらば許されるだろう。そのまま放置しておく方が危険だという理由で。
にも関わらず、未来の令子は鈴音を連れ戻しに来ていない。その理由は何なのかについては色々と思うところはある。しかし、令子はそれについてはあえて深く考えなかった。ルシオラの復活により既に変わった未来。自分には関わりのないものだと。
「あの子が俺の娘……? しかも令子さんとの子……あの乳を飲んで育ったのか!?」
それだけに、その辺りの事情に全く気付いてなさそうで、明後日の方を向いて悩んでいそうな横島に腹が立つのは仕方がない事かもしれない。
「横島さんの連れ子……!? お母さんって呼んでもらえるようにがんばらないと……!!」
そんな彼と同じ方向に暴走する横島2号には、流石の令子も慄く。
「わ、私も……!」
「お願い、おキヌちゃんは変わらないでっ!!」
3号の誕生は、なんとしても阻止したいところである。
「横島さん、落ち着いて考えましょう」
ここで千鶴が、横島に、そして皆に声を掛けた。その静かでいて強い態度に、皆も落ち着きを取り戻す。
「親子関係については、時間が掛かるでしょう。今は当面の問題について考えるべきです」
もっとも、静かだからといって混乱していないとは限らないのだが。
それはともかく、鈴音が横島と令子の娘である事の真偽はひとまず置いておこう。
「問題は……超、鈴音(すずね)がここに来た目的アルか?」
「その、時間移動しないとダメなヤツ……兄ちゃんに会わないとダメって事かな?」
「美神さんと会わないと……というのは考えられないかしら?」
「それだと麻帆良じゃなくて東京に行くんじゃないかな?」
「どっちも目的は関係無いって事も考えられるんじゃない?」
「世界樹、ですか……」
「三日目に起きるってヤツか?」
しかし、皆でいくら考えても答えは分からない。
未来の親が動いていないのも、実は鈴音が目的を果たして戻るため、未来では問題になっていない可能性だって考えられるし、そもそも横島達が阻止する必要があるのかどうかすら分からないのだ。
鈴音とフェイトの関係も正確なところは分からないため、やはり現時点では情報が足りないと言わざるをえない。
「つまり、鈴音について調べるしかないって事?」
「そういう事になるのぅ。特にフェイトとの関係じゃ。無関係ならば、我々が動かずとも問題無い可能性が出てくるが……」
逆に二人の関係によっては、フェイトが鈴音を利用しようとしている可能性も出てくるともいえる。
「横島君、我々はフェイト側から追って、君達は超君を追うという事でどうかね?」
「おじいちゃん、鈴りんやで」
「おっと、そうじゃったの。それで、どうかの?」
「それは望むところです」
横島は鈴音の調査について二つ返事で了承した。娘だという事についてはまだ実感が湧かないのが正直なところだが、鈴音には何度も助けられている。
調べた結果どうなるかは分からないが、必要であれば止めなければいけないし、可能であれば助けてあげたいとも思っていた。
色々と振り回される事もあるが、彼が振り回す事もある。なんだかんだといって横島は、彼女の事が嫌いではなかったのだ。それが父性愛かどうかは、本人にも分からないが。
「横島さん、僕達も手伝いましょうか?」
「いや、そっちはフェイトの方を頼む。当面の一番の問題は、やっぱりあいつだろ」
「それは、確かに……」
ネギの申し出を、横島はやんわりと断る。彼の言う事も事実なので、ネギはおとなしく引き下がった。生徒の事が気になるのだろうが、フェイトを放っておくと他の生徒も危険に晒されるかもしれないのでやむ無しの判断だ。
「ていうか、これ、家庭の問題……になるのか? 未来から娘って」
「判断が難しいですね……。僕も今日、若い頃のお父さんに会いましたけど、あれも本物か偽物かと言われると……」
「ああ、アレか。そっちも濃い経験してるなぁ」
そのまま苦労話に花を咲かせ始めた男二人を見て、令子は考えを切り替えた。
「ねぇ、アスナ。鈴音の事、聞かせてくれないかしら?」
「えっ?」
「知っておきたいのよ。私は、ルシオラとしての彼女しか知らないから」
「ああ、そういう事でしたら……」
それが母としての気持ちなのか、それとも敵を知るという考えによるものなのかは分からない。複雑な思いがそこにはある。
だが、それに流されない強さも彼女は持っている。
戸惑いはあるがひとまずそれは脇に置いておき、令子はこの麻帆良で二年過ごしたルシオラ、超鈴音こと横島鈴音について情報を集め始めるのだった。
つづく
あとがき
超鈴音に関する各種設定。
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
横島との結婚を知った令子の反応が原作と異なるのは、横島に対する印象が原作とは異なるためです。
こちらの横島は、既に独立した一人前のGSですので。
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