麻帆良祭三日目。一般生徒や観光客にとっては純粋に楽しみな最終日である。
しかし、魔法使い関係者にとっては違っていた。それどころか不安は三倍増しだった。
「学園長、対非生命型魔力駆動体特殊魔装具量産型、揃えられるだけ揃えたぞ」
早朝に疲れた顔をして学園長室に入って来たのはリカード。自慢の髪もよれよれになっている。彼は昨晩急遽決まったメガロメセンブリア本国からの輸送を指揮するため徹夜していたのだ。
それらは自動人形(オートマータ)やゴーレムのような「魔力駆動体」と呼ばれるものを停止させる光線を放つ魔装具だ。
昨日横島達が見つけたロボット軍団の報告を聞いた魔法先生達は大騒ぎだった。
学園都市の地下は広大だ。そして彼等は鈴音がそこにロボット軍団を隠している事を察知できていなかった。監視システムはあったが、それ自体を掌握されていたのだろう。ヘルマンとの戦いの際に、葉加瀬聡美が似たような事をやっている。
そこで学園長は考えた。本当にロボット軍団を隠していたのはそこだけなのかと。
他の場所にも分散して隠している。大いに有り得る。学園長はそう判断し、魔法使い達はその対処に頭を悩ませる事となった。
彼等も魔法界や関西呪術協会から援軍を集めたが、それでも足りない可能性が考えられるのだ。
そこに助け舟を出したのが、子供先生ネギである。
マジックアイテムのコレクターである彼は、昨夜ロボット軍団の話を聞き対非生命型魔力駆動体特殊魔装具の事を思い出し、すぐに学園長に連絡をした。
更にカモが電話を代わり、「クラウナダ異界国境魔法騎士団の第17倉庫に大量に死蔵されているはずだ」と独自ルートで入手した情報を披露。急遽大量輸送計画が発動し、リカード達は夜を徹しての作業に明け暮れる事となった。
もちろん、その前にリカードがカモを握りしめて、その「独自ルート」について問い詰めたのはいうまでもない。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.168
それはともかく、リカードの尽力によりクラウナダ異界国境魔法騎士団の第17倉庫だけでなく、各地からあるだけの魔装具が集められている。今も搬入は続いており昼までに3000セットは揃えられるだろう。
「数は揃えられたけど……本気でやるの?」
アリアドネー魔法騎士団候補学校のセラス総長が、学園長の机の上に置かれた1セットを見て不安気に問い掛ける。
この魔装具を集めた目的は、ある作戦を遂行するためだった。
発案者は、この魔装具の事を真っ先に思い出したネギ。なんと彼は、戦力が足りなかった時に備え、学園の生徒達に魔装具を持たせて戦力してしまおうと考えたのだ。
確かに対非生命型魔力駆動体特殊魔装具を使えば、魔法力で動くロボット軍団ならば素人でも無力化する事が可能だ。妙なところでハイスペックな麻帆良の生徒達ならばやってしまうかもしれない。学園長達もその有効性は認めざるを得なかった。
学園長達は危険だと反対したが、ネギは横島達の話からロボット軍団が一貫して脱げビームしか使わなかった事から、命の危険は無いと判断していた。彼自身、心のどこかで鈴音は一般人を危険な目に遭わせたりはしないと信じていたのかも知れない。
結局のところ、ロボット軍団の規模が大きければネギの案を採用、小さければ不採用という事になった。
生徒達へは最終日のイベントを変更という形で告知しておき、敵の規模が小さければ関西呪術協会に協力してもらって簡易式神を敵キャラとする。大きければ計画通り生徒達も戦力としつつ、魔法先生達がフォローに入って生徒を守るという形になるだろう。
このフォローはセラス総長やテオドラ皇女、そしてリカード。彼等を筆頭に魔法界の援軍達も参加する事になっている。
関西呪術協会にも要請しているが、そちらは朝の打ち合わせで返事を聞く事になっていた。
「そろそろ時間では?」
「おっと、そうじゃの」
テオドラに指摘されて打ち合わせの時間が近付いている事に気付いた学園長は、ペンを置いて立ち上がった。
彼も徹夜だったので、最低限身だしなみを整えてから行く事にする。
一方その頃、レーベンスシュルト城でも早朝から始動している少女がいた。長い黒髪をトレードマークであるポニーテールではなく、うなじあたりで一本に括った長身の少女、大河内アキラだ。
シンプルなデザインのTシャツ、ショートパンツからすらりと長い脚が形よく伸びている。
この城に住む横島パーティの面々は、毎朝のジョギングとしてレーベンスシュルト城を一周していたが、彼女はそれとは別に外も走っていた。
「『出よ(アデアット)』……!」
ポケットから横島との仮契約(パクティオー)カードを取り出し、アーティファクト『聞耳』、アキラは『キキミミズキン』と呼んでいるものを召喚。動物の耳を模した飾りが付いている頭巾を被った。彼女がポニーテールではなく一本結びにしていたのはこれを装着するためだ。
この早朝ジョギングは、以前公園からいなくなってしまった野良猫達、保護できなかったものと出会えるかもしれないと考えての事だった。
この件は親友の裕奈も知っており彼女も協力すると言ってくれていたが、彼女がこの時間に起きられた事は一度も無かったりする。皆が起きてくるまでに済まさねばならないので、それぐらい早い時間であった。
「おーい、ストップストップ」
「横島さん?」
アキラが魔法陣に乗って外に出ようとしたところで横島が駆け寄ってきた。
「あ、今日は行かない方がいいかな? 危ないから」
「一人で行かない方がいいだろうな」
かくいう横島はジャージ姿。それを見たアキラは、彼が外のジョギングに付き合ってくれるつもりなのだと気付いた。
「……いいの?」
「今日は色々あるだろうからな。最後までやれる事はやっときたいだろ」
今日は大きな戦いがあるため、野良猫達を助けるならば今の内。横島はそう考えているようだ。
更にもう一人が駆け寄ってきて横島に飛びついた。
「せんせー!」
シロだ。彼女は横島の動きを察知して起きてきたようだ。こちらもTシャツにショートパンツとスポーティな出で立ちである。
「どこに行くでござるか!? 拙者も行くでござるよ!!」
「静かにしろ、皆まだ寝てるんだから! アキラちゃん、行こう」
そう言いつつ横島は、抱きついてきたシロを抱えたまま魔法陣を使って外に行く。移動すればシロの声で皆を起こす事はないと考えたのだろう。アキラもくすくすと笑いながらその後に続く。
すらむぃ達に見送られて出発する三人。
まだ夜は明けきっておらず、空は微かに白んでいるものの薄闇に包まれており、空気は清廉で深呼吸すると身体の中から清められそうな気分になる。この空気は、アキラにはよく似合っていた。
横島もこの時間のジョギングに付き合うのは初めてだが、アキラと二人でこの雰囲気の中を行けるなら、明日からも付き合っていいんじゃないかと思えた。
もっとも彼が参加するようになると、すぐさまアスナ達が嗅ぎつけて賑やかになるだろうが。
それはそれで賑やかで楽しげな空気を楽しんでくれそうなのが、このアキラという少女である。
ルートはアキラ任せなので、彼女を先頭に横島とシロがその後に続く。
「先生、あれ! 光ってるでござる!」
エヴァのログハウス周りの森を抜けたところでシロが足を止め、声を上げた。
視界が開けた事で、世界樹の姿が見えるようになったのだ。
麻帆良祭も最終日となり、世界樹こと神木・蟠桃に集まった力は高まっており、木全体が淡く光っている。夜が白んでいたのは、朝日ではなく世界樹の光の影響なのかもしれない。
「ああ、あれは夜になるともっと明るく光るんだ」
「まことでござるか!?」
しっぽを振って目を輝かせるシロ。それを見るアキラは、思わず頬を緩めていた。
さて、ここでひとつ問題がある。横島目当てでついてきたシロは、アキラの目的を知らないのだ。
ご存知の通り、人狼族には人並み外れた超感覚がある。野良猫を探すならば、彼女に協力してもらった方がいい。
「そういう事ならば、犬も保護して欲しいでござるよ!」
説明を聞いたシロは、そうお願いしてきた。自分が犬と呼ばれると否定するが、犬が嫌いな訳ではないのである。
「ど、どうなんだろう……? 大丈夫かな?」
「後生でござる〜っ!!」
腰にしがみついてくるシロ、困るアキラ。嫌という訳ではない。アキラは猫も犬も好きだ。小動物全般が大好きだ。
しかし、野良猫を保護できているのは、エヴァがレーベンスシュルト城の中庭を提供してくれているからであり、アキラだけではどうしようもないのが現実なのだ。
猫の時はあっさり承諾してくれたが、なんというかエヴァと猫は似合うのだ。彼女も気まぐれで子猫っぽい。彼女の名前の「K」は、「キティ」の「K」だ。りんご3個分である。
はたして彼女は、猫だけでなく犬も保護してほしいと頼んだ時、首を縦に振ってくれるだろうか。
オロオロしはじめたアキラに、横島は助け舟を出す。
「落ち着け、アキラちゃん。今日は色々と起こりそうなんだ。エヴァが飼うのはダメって言っても、一時避難だったら多分通るだろ」
「あ……」
正論である。
いざとなれば横島も協力するという事で、三人はジョギング、いや人狼族の力を借りた捜索に出発した。
「こっちでござる!」
「結構多いな!?」
「横島さん、こっちに皆が集まる場所があるみたい」
結論から言ってしまうと、捜索は大成功だった。
シロは気配がすると右左、いつの間にか前に出て横島とアキラを先導するようになっていた。体力のある二人でなければついて行けなかっただろう。
更にアキラが見つけた動物達の話を聞き、超感覚だけでは手が届かないところをフォローする。
しかも『キキミミズキン』で意思疎通する事により、集まった動物達はお行儀よくアキラの後をついてくるのだ。
「鳥は大丈夫か? 城壁の外に出たら危ないぞ、レーベンスシュルト城」
「大丈夫、ちゃんと言い聞かせるから」
集まった小鳥達もアキラから離れないのだから大したものである。この光景にはサーカス団もビックリであろう。
「……先生、でっかいトカゲがいたでござる」
「これイグアナじゃないか?」
「この子は……犬、かな?」
「それ、夏毛のたぬきでござるよ」
「こっちの猫はデカいな」
「多分サーバルキャット、テレビで見た事がある」
問題があるとすれば捕まえた動物たちの大半は犬猫だったが、それ以外にも実にバリエーションに富んでいた事だろう。
野生動物だと思われるのは、おそらく周辺の山から逃げてきたと思われる。あそこは今散発的にフェイトの放った魔物が襲撃してきてるからだ。
明らかに日本に生息しているはずのない生き物達は、おそらく捨てられたか逃げたかしたペット達だろう。
「……仮に一時避難だとして、その後そのまま放していいものなのか?」
「ダ、ダメなんじゃないかな……」
そういう二人の視線の先には、シロによって取り押さえられた大きなワニの姿があった。流石麻帆良としか言いようがない。
なお、アキラが『キキミミズキン』を使う事で、麻帆良のとある住人が飼っていたペットだった事が判明するのだが、詳細は省く。
今学園長達は忙しいし、ワニから話を聞く事で他にいないと分かったので、保護さえしていれば連絡は後回しでいいだろうと判断した。
という訳で集まった動物達、三十匹と共に、三人はレーベンスシュルト城に戻る事にする。ワニのようにジョギングについて来られない動物達は、横島が背負った。
頭をカミカミされながらレーベンスシュルト城に到着し、エヴァにこの件について話したところ、彼女は「エサ代は出せ」の一言で済ませた。
話を聞いたアスナ達が皆で出し合おうと大盛り上がり。茶々丸も張り切って、姉達の手も借りてお世話を始める。
普段は近付くと逃げてしまう動物達が逃げずに撫でられる位置にいるのだから、その盛り上がりはある意味当然かもしれない。流石にワニは怖がる者も多く、小動物達も危ないという事で隔離されたが。
「ところで先生」
「どうした?」
「動物、まだいると思うでござるよ? 流石に早朝ジョギングだけでは……」
「あ〜、確かになぁ……」
これだけでも十分な成果だと思うが、それはそれ。今回の捜索が上手くいったので、もう少しできるのでは……と思ったようだ。
「最終日のイベントって、いつからだっけ?」
「夕方からですよ」
「……それなら、午前中使って探してみるか?」
この提案にアスナ達がこぞって賛成。刀子達もフェイトや鈴音が動き出すのは世界樹の力が最高潮に達する夕方から夜だと考えていたので、昼には戻って夕方まで休むのならばと条件付きで賛成する。
それならばとネギに連絡し、魔法先生達の準備には参加していなかった小太郎と犬豪院の協力を取り付け、人狼族三人体制で捜索にあたる事になった。
「横島さん、迷子になってた恐竜ロボットが!」
「それは持ち主のところに連絡してやれ!」
「横島師父、あそこにユニコーンがいるアル……」
「えっ、本物?」
それを聞いて令子が駆け出したが、結局それは偽物――麻帆良工科大学で生み出された実験動物だった。
こうして一同はある種の麻帆良の深淵を覗く事になるのだが、それはまた別の話である。
つづく
あとがき
超鈴音に関する各種設定。
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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