鳴滝姉妹誘拐騒ぎの翌朝、横島と豪徳寺の二人はネギ達3年A組の面々とは別室で朝食を摂っていた。
朝食と言うにはいささか過剰と言えるボリュームだが、昨晩千草を追って走り回っていた彼等は怒涛の勢いでかき込んでいる。
「んで、昨日の一件で敵の正体は判明したが、これからどうするんだ?」
「ん? ああ、昨日の内に学園長に電話しといた」
「…学園長に?」
トーストを咥えたまま動きを止めて疑問符を浮かべる豪徳寺。
そもそも敵の正体を探ろうとしたのは、敵の情報を得て相手を牽制する事が目的だったはず。学園長への報告も必要だろうが、それは特に急ぐことでもないはずだ。
その疑問を察したのか、横島はソーセージにフォークを突き立てながら人の悪い笑みを浮かべて説明を始める。彼にしてみれば、むしろそれは当然の事だった。
「いいか、クレームってのは上の方につけるもんなんだよ」
「いや、それなら関西呪術協会とやらに…」
「だから学園長なんじゃねーか」
「?」
豪徳寺はまだ分からないようだが、これは彼が肝心な情報を知らないためだ。
木乃香が関東魔法協会の長である学園長の孫である事は彼も知っている。しかし、同時に関西呪術協会の長の娘でもある事は知らなかった。
つまり、関西呪術協会の長、近衛詠春は学園長、近衛近右衛門の息子となる。しかも彼は娘婿、婿養子だ。普通に考えれば義父には頭が上がらないだろう。
確かに豪徳寺の言う通り、千草達の動きを牽制したければ関西呪術協会に抗議して、彼等に千草の動きを抑えてもらうのが一番だろう。しかし、横島には関西呪術協会に接触するためのツテがない。場所は分かっているが、木乃香の護衛をしたままそちらに出向くには彼女もそこに連れていかなかなければならないと言うこと。それこそ本末転倒、虎穴に飛び込むようなものだ。
そのため、横島は学園長から西の長に連絡を取ってもらおうと考えたのだ。いかに組織同士が敵対していると言っても親族であれば電話番号ぐらい知っているだろう。如何に関西呪術協会が古からの伝統である陰陽術を受け継ぐ家であっても電話線は引いているだろうし、インターネット回線もあるかも知れない。何せ、最近はオコジョ妖精ですらもノートパソコンを利用しているのだから。
「親子なら、むしろ関西呪術協会に守ってもらった方がいいんじゃないのか?」
「俺も考えて学園長に言ってみたんだが、それは止めといた方がいいんだと」
「そりゃ、関西呪術協会も一枚岩じゃないからな」
「うん、学園長もそう言って…ってエヴァーーーっ!!」
二人が会話しつつも食事に夢中になっていると、いつの間にかエヴァがやってきて横島の隣で彼の朝食を摘まんでいた。更に彼女の膝の上にはチャチャゼロがいて、彼女も横島の朝食に手を出している。
「貴様ら、私達よりいい物食ってるじゃないか」
「念のために言っておくが、俺らじゃなくて学園長が事前に手配してくれてたヤツだぞ」
「チッ、空豆ジジイめ、外部の人間だからって見栄を張りおって」
そう言いつつ、どこからともなく取り出したワインを朝からあおるエヴァ。
せっかくの修学旅行だからと密かにチャチャゼロを鞄に入れて連れてきたはいいが、食事時はクラスメイトが全員揃っているため、チャチャゼロを表に出す事ができない。
昨晩は大半の者達が酔いつぶれていたためどうとでもなったが、今朝からはそうはいかない。そのためエヴァは密かに抜け出して横島達の部屋に来たというわけだ。
「その辺の事情は俺にはどうでもいいな。うまいもんが食えりゃ…って、先にデザートを食うな! チャチャゼローーーっ!!」
「ケケケ、早イ者勝チサ」
「…静かに食え、お前ら」
デザートをチャチャゼロと取り合う横島を見かねた豪徳寺が、自分の分を彼に差し出してその場を収めた。
そんな事よりも、豪徳寺はエヴァに聞かねばならない事がある。
「嬢ちゃん、さっき『関西呪術協会は一枚岩ではない』と言っていたが…何か知っているのか?」
「ん? そりゃ知っているさ、私はあの当時も日本に居たんだからな」
そしてエヴァは、彼女の知る二十年前に終結したと言う大戦について語り出した。
彼女が言うには、東の魔法使いが西の総本山を襲撃したことから大戦が始まったのは、やはり間違いないらしい。
問題は、その後の東西双方の対応にあった。
東にとってこの襲撃は予想外の出来事だったらしく、彼等がまず行ったのは、数人の調査班を京都入りさせる事だった。対する西は、襲撃の際に長が死亡した事によって後継者問題が発生していた。
長と言う指導者を喪った古い陰陽師の名家達は、我こそが次の長たらんと競い合う事となる。そしてある意味当然の成行きとして東に報復し先代の無念を晴らした家こそが後継者足り得るとされ、その矛先が京都入りした東の調査班に向けられたのだ。
それから数日後の事だった。京都の郊外で数人の身元不明の遺体が発見されたのは。
この時、西は襲撃犯と調査班を混同してしまっていた。
まさか、東にとって襲撃が予想外の出来事だとは思わず、東も襲撃事件の情報を得るために調査班を送り込んでくるとは考えもしなかったのだ。その結果がこの報復事件である。
そして東は、この事件によって西は怒り狂っており、もはや話し合いは成立しないと思い知らされた。そう、彼等は西が調査班だと認識した上で報復したと誤解していた。
その後は悪い意味でスムーズだった。互いに退くに退けなくなってしまった両組織、坂道を転げ落ちるように争いは大きく、過激になっていった。
当時の京都では幾つもの変死体が発見され、ニュースで何度も取り沙汰されている。横島達が生まれる前の話だ。
無責任な憶測が飛び交い、京の都は呪われたなどと、まことしやかに囁かれた事をエヴァは覚えている。
「…ちょっと待て、当時からGS協会も陰陽寮もあったんだろ?」
「陰陽寮? 関西呪術協会じゃないのか?」
横島の疑問に対し、豪徳寺が更に横から疑問を付け加えた。
確かにその二つの名の関係については横島も気になっていた事だった。二人揃って視線をエヴァに向けると、彼女は「そんな事も知らんのか」と溜め息混じりに説明してくれた。
「『陰陽寮』と言うのは陰陽術を受け継ぐ霊能技術者集団だ。破魔札に関しては世界最高峰と言っていいだろうな」
「それは聞いた事がある。それで、関西呪術協会とはどう違うんだ?」
「…裏、陰陽寮の裏を担うのが関西呪術協会さ」
その言葉に横島と豪徳寺はぎょっと目を見開くが、それに気付いたエヴァは「勘違いするな」と呆れた顔で手を振って二人を制する。
彼等は「裏」と聞いて殺し屋等の裏の仕事を連想したようだが、彼女の言う「裏」とは表では扱えない禁術等を指している。陰陽術は呪いとしての側面も持っており、危険なものになると「都市単位で疫病を蔓延させる」ような大規模な呪術まであるのだ。
陰陽寮は陰陽師を育てると言う、六道女学園のような養成機関、私塾としての側面も持っている。その上、陰陽寮は世間にも認知された公的機関だ。このような場所で禁術を表立って伝承する訳にはいかず、そのために設立された世間から隠された裏の組織、それが『関西呪術協会』である。
「つまり、木乃香ちゃんはそんな街まるごと病気にするような呪いを、いずれ受け継ぐのか?」
「微妙だなー。近衛木乃香は祖父も母も東の人間だし、後継者と言っても陰陽師が認めないんじゃないか?」
「…それが『一枚岩じゃない』って事か」
ゆでたまごの殻をむきながら、豪徳寺は真面目な表情でつぶやく。
エヴァが言うには、詠春が西の長になったのは学園長の娘と結婚して婿入りしたのとほぼ同時期で、東の後押しで西を傀儡にするために長になったと陰陽師の間では噂されているらしい。
何より、婿入りしている事からも分かるように、詠春は陰陽師ではあるが、さほど古い家の生まれではない。
そのため、長い歴史を持つ陰陽師の名家の大半は、詠春を「西の誇りを東に売り渡した裏切り者」扱いしている。『関西呪術協会』の長の座がいかに裏の存在であると言っても、陰陽師にとってはこれ以上となく名誉な称号なのだ。何せ一般には隠匿された秘儀を一手に守り、受け継いでいるのだから。
そんな風に真面目に話を進めていた三人だったが、ここで横島とエヴァが脱線した。
いや、木乃香の家族について語る上で、どうしても避けては通れない道と言うべきかも知れない。
「もしかして、木乃香ちゃんのお母さんも空豆?」
「安心しろ…と言うのも変だな。とにかく、あのジジイの頭蓋骨は受け継いでいない」
それは、彼女の中に流れる血。厳密にはあの艶やかな黒髪に、周囲を和ませる笑顔。その可愛らしい日本人形を彷彿とさせるなごみ系の容姿を司るDNAについてだ。
木乃香の父である詠春も血色が悪く、決して万人受けする顔ではないとの事。母親がどれほどであるかは推して知るべしである。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.21
「そう言えば小動物から聞いたが…」
早朝からカモを締め上げたらしい。
「昨日は色々あったらしいな。ぼーやと神楽坂明日菜が落ち込んでいたぞ」
いい気味だと、唇の端を吊り上げて哂うエヴァ。対して横島と豪徳寺はやはりかと溜め息をついている。
原因は言うまでもなく昨日の一件、ネギは千草の話が尾を引いているのだろう。アスナの方は昨日の失敗、そして敗北が原因なのは間違いあるまい。
敗北感を味わったのは豪徳寺も同じなのだが、こちらは敗北一つで落ち込む様な柔な神経はしていない。むしろ、一般人相手の喧嘩では敵無しだった自分が敗北したことで、魔法使いの世界に足を踏み入れた喜びを改めて噛みしめていたりする。
「やはり、戦争を始めたのが魔法使いだと言うのがショックだったのか?」
「だと思うけど…ぶっちゃけ、俺は見ず知らずのGSが犯罪やろうが戦争やろうが、別にショックは受けんぞ?」
心配そうな豪徳寺と違い、さほど深く考えていない様子でしれっと言う横島。
かく言う彼は父、大樹や父の部下であるクロサキから、ナルニアのような国ではGSが対ゲリラ戦のために雇われる事もあると聞き及んでいたので、「広い世界のどこかではそんな事もある」程度にしか考えていない。
そんな彼には、ネギがどうして見ず知らずの魔法使いの事であれほどのショックを受けるかが理解できなかった。
「…ま、当面の問題はぼーやをどうするかだな」
横島の朝食を横から摘まんで満足したエヴァはそう言って立ち上がった。
「私達の二日目の予定は自由行動だ。ぼーやは今頃、お誘いを受けているんじゃないか?」
「うっ、できれば俺達と一緒がいいんだがなー」
「ククク、困れ困れ。貴様は神楽坂明日菜の面倒も見なければいかんのだろう?」
そう言われて横島はがっくりと肩を落とす。
早く除霊助手として現場に出たいと言うアスナの願いを聞き届けたはいいが、その判断は甘かったと言わざるを得ない。これは彼女の願いを、弟子可愛さ故にプレゼントをおねだりされるのと同列に扱ってしまったのが原因だ。
横島も霊力が全く扱えない頃から除霊助手としてやってきたのだが、これは上司の令子がうまく立ち回ってくれていたおかげで、矢面に立たずに済んでいた事を今更ながらに思い知らされる。まぁ、彼女の場合横島を庇うような意識はなく、全力で戦う事が結果として横島を守ったのかも知れないが、その辺りは深く気にしない方が幸せである。
結局のところ、横島は除霊するだけなら一人前になれたかも知れないが、助手の事まで考えて立ち回るには、まだまだ未熟だと言うことだろう。
二人へのフォローをどうするべきか頭を悩ませながら、横島はアスナ達と合流すべく着替えてロビーへと向かった。
「あ、横島さん! おはようございます!」
ところが、横島達三人がロビーに辿りつくと、思いの外元気なネギがソファから立ち上がって出迎えた。
意外な反応に横島達は目を丸くするが、これは早朝から締め上げられて腰を痛めているカモのおかげだ。思い悩んでろくに眠れなかったネギを見かねてフォローしたようだ。
今朝エヴァが会った時はまだ落ち込んでいたと言うのだから、驚きの立ち直りの早さである。
「いつまでも落ち込んでばかりいられませんからね!」
「そ、そうか…」
落ち込むどころか、むしろテンションが上がっている。
一体何があったのかと、考え得る唯一の原因、カモに視線をやると、彼は「へへっ」と笑うばかりだった。
実は、カモは落ち込むネギに対してあるジョーカーを切っていた。どんなに落ち込んでいようと、これを使えば彼はかならず立ち直ると言う切り札だ。
「さっきカモ君から聞いたんです! 二十年前の大戦を終わらせたのは英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』、父さんだって!」
「そ、そうなのか?」
そう言われても、二十年前に終結した大戦については何も知らない横島はそれが真実かどうか分からない。エヴァの方に視線を向けてみると、彼女は「間違いない」と面白くなさそうに頷いた。ネギがあっさり立ち直った事が気に入らないらしい。
だがしかし、ネギの言っている事は紛れもない事実だった。だからこそ、この京都に大戦時に使用していた『千の呪文の男』の隠れ家があるのだ。
ネギは英雄と呼ばれる父親を神聖視している面がある。
その事を知っているカモは、二十年前に大戦を終結させるべく奔走したのが『千の呪文の男』である事を知らせ、「魔法使いが始めた戦争」と言うネギの認識を「父さんが平和に導いた戦争」と言う情報で上書きしてしまったというわけだ。
結果として、これが思いの外うまくいき、現在のやたらとハイテンションなネギが出来上がったと言うわけだ。
「それでネギ、今日の予定なんだがな」
「ハイ! 僕は今日、宮崎さんの6班と一緒に奈良公園に行く事になりましたから!」
「…あ、そう」
宮崎と言うのは、以前横島と豪徳寺が鬼ごっこをしていた際に巻き込んでしまった宮崎のどかの事だろう。エヴァの予想は的中し、ネギは既に約束を取り付けていたようだ。
「…まぁ、落ち込んでいるよりいい、のか?」
「アレよりはマシだろ」
そう言うエヴァの視線の先にはソファに深く座り込み、テーブルに突っ伏しているアスナの姿がある。こちらは立ち直れなかったようで、隣の古菲は戸惑った様子だ。
木乃香と風香、史伽の姿はない。古菲に聞いてみると、部屋でまだ着替えているとのことだ。
「えーっと、古菲達の班の今日の予定は?」
「私らは『晴明神社』ってとこに行く予定アル。木乃香が興味あるらしいヨ」
「へ、へえ…」
晴明神社と言えば、平安時代を代表する稀代の陰陽師、安部晴明を祀る神社だ。晴明公の屋敷跡であり、天文陰陽博士として活躍していた場所でもある。
占い好きの木乃香らしいチョイスである。親は陰陽術とは無縁に育ててきたのだろうが、彼女の趣味までは介入できなかったようだ。いや、無縁に育てられたにも関わらず、そのような趣味に走った彼女の血に敬意を表すべきかも知れない。
同じ班の古菲や鳴滝姉妹は喜びそうにない場所だが、除霊助手として最近オカルト関係に興味津々なアスナが賛成したので二日目はそこに。そして三日目は古菲達の希望である『太秦時代劇村』に行く事になったと言う経緯があった。
「ちなみに、エヴァの班は?」
「今日が時代劇村で、明日が大阪まで遠出して遊園地だ」
見事に遊び倒すスケジュールだ。まき絵や裕奈が関わっているのだろう。
それにしても、見事にバラバラである。自由行動故に班メンバーの趣味がもろに出てしまうのだろうか。
一番大変なのは監督する教師であろうが、これにネギは含まれていない。子供だからと言うのもあるが、彼には西の長へ親書を届ける重要な役目があるためだ。
「あ、おはようございます…」
次にロビーにやってきたのは刹那。
ただし、一人ではなく長瀬楓を連れている。
初対面であった横島は、その長身と思わず飛び掛かってしまいそうなスタイルの良さから高校生かと思ったが、ここにいる事が彼女が中学生である何よりの証拠。とりあえず目で堪能するだけに留めておく。
「…何を拝んでいるでござるか?」
「いや、つい」
あまりに見事なため、思わず手を合わせて拝んでしまう横島であった。
「横島殿とは初対面でござったな。刹那とアスナから話は聞いてるでござるよ」
「どんな話か聞きたいような聞きたくないような…まぁ、よろしく頼むよ」
そう言って握手を交わす二人。横島はやはり「忍者か?」と疑問を抱いたようだが、楓は「何のことでござるかな〜」と誤魔化すだけだった。
「楓は私の事情をある程度知っているので、協力を申し出てくれました」
楓が知っているのは、刹那が京都神鳴流の剣士である事と、密かに木乃香の護衛をしている事についてだ。刹那と木乃香の二人が幼馴染で親友同士であった事や、麻帆良に来て以来刹那が木乃香の事を避けている事については知らなかった。
護衛と言いながら話し掛けもしない刹那を見て腑に落ちないと疑問を抱いてはいるが、個人的な事情があるのだろうとあえて聞かずにいる。
「申し出て? 自分から?」
「風香と史伽は拙者のルームメイトでござるからな。あの二人が巻き込まれたとあらば、拙者としても黙っているわけにはいかんでござるよ。『友のためにその力を振るえ』と一族の教えにもあるでござるからな」
「…まぁ、有難いからいいんだけど」
刹那は同じ班のメンバーであるのどかがネギを誘っているのを見て、今日一日二手に分かれてしまう事を危惧していた。
と言うのも、刹那は当然班から離れて陰ながら木乃香を守る気満々なので、木乃香を守る側には横島、刹那、アスナ、そして巻き込まれる気満々で瞳を輝かせている古菲の四人がいるのに対し、親書を守る側にはネギと豪徳寺の二人しかいない。カモもいるが、彼は助言者としてはともかく戦力として数えるのはいくらなんでも無謀であろう。
そこにタイミングよく協力を申し出たのが、同じく第6班のメンバーである楓。朝食時に風香と史伽から昨晩の事を聞いた彼女は、他ならぬ親友二人が巻き込まれるような事態となっているのなら、微力ながら自分も力添えしようと立ち上がったのだ。
「それじゃ、楓さんはこのまま6班でネギと同行してくれるか?」
「それと、私がいない事へのフォローも頼む」
「あいあい、そちらも風香と史伽を頼むでござるよ」
楓の頼みを聞いてこくりと頷く横島。
そこに頬を染めたのどかが現れてネギと楓を連れて行ってしまった。6班はもう出発するのだろう。
豪徳寺はカモを肩に乗せてこっそりその後を追う。もう敵に正体を知られてしまったので、変装はしていない。何より魔法を知らない者達にも存在を知られてしまったので、下手に魔法の道具で年齢を操作すると逆に魔法の存在を知られてしまうのだ。
服装こそ昨日の変装時と変えていないが、警察に目を付けられれば一巻の終わり。その辺はうまく立ち回ってもらうしかない。
「それじゃ、私も行くとするか」
次に立ち上がったのはエヴァ。
時代劇村に行くのが楽しみで仕方がないといった様子だ。隠そうとしているのは何となく分かるのだが、全く隠せていない。いや、元より隠す気がないのかも知れない。
「いいか、私にとっては十数年ぶりの観光旅行だ。何かあっても自分達で解決して私を巻き込むんじゃないぞ」
「分かった、分かった。お前の方こそ巻き込まれないようにしろよ」
「当然だ」
フッと笑って、エヴァは茶々丸を従えて班メンバーの元に戻って行った。
期待してはいなかったが、本気で手伝う気がないらしい。
そして残されたのは横島、刹那、そしてアスナと古菲の四人。木乃香を護衛する部隊である。
「横島師父は一緒に来るといいアル。木乃香も風香も史伽も師父の事知ってるからネ」
「そうだな。それじゃ、刹那ちゃんも一緒に…」
「私は昨日と同じように陰ながらお守りいたします」
一緒に行くかと誘おうとしたが、にべもなく断られてしまった。
やはり、木乃香に対して名乗り出る気はないようだ。
「それじゃ俺が皆と一緒にいて守るから」
「ハイ、よろしくお願いします」
そう言って刹那はペコリと頭を下げると、そのまま木乃香が来る前にその場から去り姿を隠してしまった。徹底的に木乃香の前には出ないと言う強固な意志が伝わってくる。
「…そんなに会いたくないのかねぇ」
「物静かだとは思てたが、あんな訳アリだとは思てなかたアル」
同じく武の道を志す者として今までも刹那のことを気に掛けていた古菲だったが、まさか京都に来てあんな彼女の姿を見る事になるとは思わなかった。
同時に刹那はあの様に背負うものがあるからこそ強いのかとも思った。
クラスメイトの間では龍宮真名、長瀬楓と並んで『武道四天王』などと呼ばれる事もあるが、現実は他の三人から見れば古菲はあくまで一般人のレベルであった。
前年度『ウルティマホラ』のチャンピオンなどと言われているが、何てことはない。刹那達のような『本物』は、そんな大会には端から参加していないのだ。
一般人の枠から抜け出す事ができずに燻っていると言う意味では古菲も豪徳寺と同じであった。
「横島師父、私も頑張るアル!」
そんな彼女にとって、今回の一件はチャンスであった。豪徳寺が事故で仮契約を行ったように。
見るからにやる気満々で瞳を輝かせる古菲。その一方で、見るからに意気消沈している者も一人いた。
「………はぁ〜」
「…アスナ大丈夫か?」
アスナだ。
ほとんど会話に参加せずに溜め息をついている。
「あ、横島さん…私、やっぱりダメですよー」
そう言って再びテーブルに突っ伏した。相当落ち込んでいるらしい。
除霊助手になれた喜びの絶頂から突き落とされた落差もあるが、せっかく横島が認めてくれたのに役に立てなかった事が尾を引いているようだ。
「私なんかより、もっと役に立つ人使ってくださいー」
「いや、いないし」
「いるじゃないですかー、新幹線で桜咲さんと一緒にいたおじさまとか」
「あれ俺だし」
「だったら横島さんがー…」
「………」
「………え゛?」
「いや、だから俺。魔法薬で年齢変えて変装してたんだよ」
「「ええええええーーーっ!?」」
驚きの声がロビーに響き渡った。ただし、アスナだけでなく古菲と二人で重なってだ。
古菲もネギ、アスナと共に変装した横島と出会っていただけに驚きは大きい。
「あれも魔法アルか!?」
「らしいな。今度飲んでみるか? バーンと十年分ぐらい成長して…って、木乃香ちゃん達が来た。この話はまた後で」
木乃香達がロビーに現れたので横島達は魔法関係の話を切り上げた。
この『魔法関係者』として扱われるのが、古菲は少し嬉しいらしく、てれてれと頬を染めていたりする。
「おっはよー!」
「お待たせですー!」
「…アスナ、どないしたん?」
「………」
しかし、アスナは答えない。
相当ショックだったのか口からエクトプラズムを吐いて幽体離脱気味、まるでいつかのエヴァのようだ。
彼女の中で色々と既存の価値観が粉々にされてしまったらしい。
「あ、ヨコシマンー!」
「横島さんー!」
「はっはっはっ。風香、その名で呼ぶんじゃないぞー」
「はーいっ!」
頭をなでる振りをしてかなり力を込めている。
しかし、ぐりぐりとされながらも何故か風香は嬉しそうだ。名前の訂正も「ヒーローは正体を隠すもの」と捉えたようで、彼女の中で横島がヨコシマンである事は揺らいでいない。
「ところで昨日も気になってたんやけど、なんで横島さんが京都におるん?」
「え? それは…」
意外なつっこみが木乃香から入った。
のほほんとした彼女はそんな事をいちいち気にしないと思っていたが、それほど甘くはなかったようだ。
「えーっと…仕事で。仕事は終わったんで、ちょっと京都観光して行こうかなーっと」
「そうなんか〜、それじゃ今日は一緒やな」
訂正、結構甘いようだ。
知人で、それなりに信頼している相手だからだろうが、木乃香はあっさりと横島が京都にいる事を受け入れた。
「やったー! 横島と一緒だー!」
「一緒に観光ですー!」
大喜びで横島の周りを駆け回る鳴滝姉妹。しかし、その心の中では横島に奢ってもらう気満々であった。
忘れてはいけない。この二人はクラスの中でもいたずら好きで知られていて、実にしたたかなのだから。
もっとも、その頭の中では「観光中にあんみつを奢ってもらおう」程度の事しか考えてはいない。結局のところ、二人ともまだ子供なのである。
「アスナ、動かへんなー。どないしよ?」
「しょうがないなー、俺が背負って行くよ」
「横島師父、口元にやけてるアル」
横島は横島で、背中で堪能する気満々であった。
「ネギ坊主とヨコシマの班がそれぞれ出発したみたいネ」
「…そんなに気になるなら同行したらどうだ?」
ロビーからは見えない位置で横島達の様子を探っていたのは超鈴音。
同じ班の龍宮真名が、呆れた顔で隠れる超を見ている。
「それは美しくないネ。助っ人はピンチに陥った時に現れるものヨ」
「そういうもんか?」
「今出て行っても有難味ないしネ」
「それは何となく分かるが…」
妙なこだわりを持つ超に、真名はやはり呆れるしかない。
かく言う彼女達の今日の予定は京都食べ歩きツアー、老舗巡りである。
超を始めとする『超包子(チャオパオズ)』を営むメンバー、四葉五月、葉加瀬聡美が揃っている2班だけあって、後学のためにも本場京都の味を堪能しまくるつもりのようだ。超の奢りとなっているので、真名に異存はない。
「いざと言う時は頼むネ、真名」
「オーケイ、奢ってもらった分は働かせてもらうさ」
「うむ、存分に食べるといいネ!」
ここで、ふと背後の気配に気付いた二人が振り返ると、そこには同じく2班のメンバーであるザジ・レイニーデイが体育座りをして二人を見上げていた。
「………」
「あー、勿論ザジも存分に食べるヨロシ」
コクリと頷くザジ。こころなしか嬉しそうだった。
「ま、今日は大丈夫だろ。私達も出発するとしよう」
「そうネ、ハカセ達も待ってるヨ」
真名の意見に頷く超。これに関しては彼女も同意見だった。
と言うのも、昨日の一件で千草はこちらに意外と戦力が揃っている事を知ったため、対抗策を練るか、新たな戦力を揃えるまで出てこないと踏んでいるのだ。
「それはそれでつまらんネ。何か面白いイベントでもないかナ?」
「例えば?」
真名の問いに、しばし考え込む超。
やがて、何か思いついたのか、ポンと手を打った。
「ネギ坊主が生徒に告白されて大問ダーイとか、どうかナ?」
「…ネギ先生はまだ子供だ。流石にそれはないだろう」
超の予想は数時間後に実現したりする。
しかし、今の彼女達にとってはただの冗談でしかなかった。二人で声を上げて笑っている。
「………」
そしてザジは、ただ黙って笑い合う二人を深紅の瞳で見詰め続けるのだった。
つづく
あとがき
今回は原作と異なる状況の整理を行ってみました。
次話以降、この状況に基づいて状況が動き出します。
近衛家のお家事情については、基本的に原作をベースに書いていますが、
所々の足りない部分を捏造したオリジナル設定で補っています。ご了承下さい。
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