topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.22
前へ もくじへ 次へ


「お姉ちゃん、大事件です」
「兄貴、何言ってんですかい?」
「いや、ちょっと現実逃避を…」
 修学旅行二日目の午後、他の生徒達より一足早くホテル嵐山に戻ってきたネギはロビーのソファに腰掛け、虚ろな目で現実逃避をしていた。
 昨晩は落ち込み、今朝はハイテンション。そして今は現実逃避、色々と忙しい少年である。
「…まぁ、男としての一大事だからなぁ」
 向かいの席の豪徳寺が腕を組んでうんうんと頷いている。

 こうなった原因は数時間前にあった。
 思えば、今朝のどかが誘いに来た時からいつもと違っていた。
 髪型を変え、両目を覆い隠していた前髪を上げていたのは決意の表れだったのかも知れない。

 目的地である奈良公園に到着して、まず動いたのは6班メンバーの早乙女ハルナ。
 常にネギの隣に居た楓を連れて、彼女を彼と引き離した。
 次に綾瀬夕映がジュースを買ってくると走り去り、その場にはネギと宮崎のどかの二人だけが残された。
 一向に他のメンバーが戻って来なかったので、ネギとのどかは二人で大仏殿の観光へと向かったのだが、どうものどかの様子がおかしい。
 赤面しっ放しで「大仏が大好き」、「ネギ先生が大吉で」と支離滅裂な事を言い出す始末。ちなみに、実際におみくじを引いてみると大凶だった。
 その後、慌てふためいたのどかは一旦ネギから離れた。
 しかし、ネギが奈良公園に戻って親書の事、父の事と物思いに耽っていると、そこに再び彼女が戻って来て―――

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした!」
「…え?」
「私…私、ネギ先生のこと大好きです!!」

 ストレートに想いの丈をぶつけて来た、愛の告白である。
 これは効いた。のどかの真摯な想いはネギにとって大き過ぎる衝撃であった。
 視界がぐるぐると回り、頭の中でのどかの告白が反響しているかのようだ。
 昨夜の一件で落ち込んでいたところをカモによって助けられていたとは言え、それはあくまで対症療法。如何に聡明とは言えども彼はあくまで十歳にも満たない子供に過ぎない。
 処理能力が限界に達したのか、ネギはそのまま目を回して倒れてしまった。
「ネ、ネギ君、しっかりするんだっ!」
「うぉ! 熱があるぜ、こりゃ知恵熱だ!」
 しっかり近くに身を潜めて告白の一部始終を見守っていた豪徳寺とカモ。すぐさま駆け寄ってネギを助け起こす。
 すると、ハルナと楓も出てきてネギの元に駆け寄って来た。こちらの二人も近くに身を潜めてのどかの告白を見守っていたらしい。夕映も一緒に見ていたらしいが、告白後恥ずかしくて走り去ってしまったのどかを追い掛けていったそうだ。そちらは彼女に任せておけばいいだろう。四人はネギを連れて急いでホテルに戻る事となった。


「あ…ハルナさんは?」
「部屋に戻ってるそうだ。宮崎の嬢ちゃん達も無事戻って部屋に」
「…すいません」
 ホテルに戻った後、ネギはロビーのソファで呆けていた。
 のどかの告白に始まり、色々と考えている内に昨夜千草が言っていた事、京都に隠れ家を持っていたと言う父の事、父の逸話を聞いて抑え込むように忘れようとしていた事が思い出されてしまったのだ。
「うわあ、ダメだー! ボク、先生失格だー!」
「混乱してるな」
「…兄貴にゃまだ早過ぎたのかねぇ」
 ネギは最初、豪徳寺に相談しようとしたのだが、硬派を自称する彼には荷が重いと断られてしまった。
 カモには最初に相談したのだが「ぶちゅーとかましちまえ、ぶちゅーっと!」と仮契約を勧めるばかり。『偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)』を目指す魔法使いとしては、それも一つの手なのだろうが、ネギは魔法使いと先生を両立させたいと考えているので、これでは話にならない。
 と言うわけで困り果てたネギが相談相手として考えたのが横島だった。
「はぁ〜、横島さん早く帰ってこないかなぁ」
 溜め息をつくネギだったが、時間はまだ昼過ぎ。横島達はまだまだ帰ってきそうになかった。



 一方、帰りを待ち望まれている横島達は晴明神社の観光を済ませて昼食中だった。
「あー、アスナ」
「え? あ、ハイ!」
 突然声を掛けられて戸惑った様子のアスナ。やはりいつもの元気がない。
「アスナ、昨日の電車で破魔札濡れちまったよな?」
「ええ、まぁ…」
 一般に紙材質の破魔札は濡れれば使用できないとおもわれがちだが、実はそんな事なかったりする。
 現に昨夜アスナは電車で水浸しになった後も破魔札を使っていた。

「そう言えば、アスナって昨日濡れたお札使ってたよねぇ」
「ム、そんな事があたアルか」
「…スゴイわね、ただの紙切れみたいなのに耐水性なんだ」
「んなわけないって、思いっ切り字が滲んでるし」
 アスナがホルダーから取り出した破魔札はものの見事に字が滲んでよれよれになっている。
 一見してとても使えそうにないが、実はまだ使おうと思えば使えるのだ。

 破魔札の構造は外側の包み紙と内側の破魔札本体の二重構造となっているが、これは少し正確ではない。物理的には確かにそうなのだが、霊的に見た場合『破魔札本体の中に込められた霊力』と言う更なる中身が存在する。
 基本的に破魔札本体も包み紙も、使用するまでその霊力を消耗しないために存在している。
 つまり、水に濡れようが字が滲もうが、それによって弱まるのは『込められた霊力を維持するための力』であり、霊力そのものは残っているのだ。無論、維持する力が弱まるため時間の経過と共に霊力が漏れて行くのだが、すぐに使えなくなるわけではない。昨晩アスナが濡れた破魔札でも問題なく使えたのは、濡れてからさほど時間が経過していなかったためだ。
 ちなみに、この『使えなくなるまでの時間』は破魔札の値段に比例して長くなる。
 例えばアスナに渡した破魔札の中でも最高額の二十万札なら今日でもまだ使用する事はできるだろうが、五円札はもうただの紙切れになっているだろう。
「え゛、それじゃこれ使えなくなるんですか?」
「五円札はもうダメだろうな」
「こっちの二十万円札もダメになっちゃうんですよね?」
「そうならないために昼からはある所に行こうと思うんだわ」
「ある所?」

「陰陽寮」
 関西呪術協会との事情を知るアスナと古菲だけが驚きに目を丸くしていた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.22


 その後、昼食を終えた一同は陰陽寮本部へと向かった。
 横島が事前に場所を調べていたので、迷うことなくスムーズに辿り着く。
「え、ここですか?」
「…らしいな、俺も来るの初めてだけど」
 しかし、到着したはいいが、目の前に広がる光景に呆気にとられている。
 と言うのも、彼等の眼前にそびえ立っているのは近代的なビルだったのだ。
「なんかイメージと違うなー」
「会社みたいですー」
 風香と史伽の感想も尤もだ。京都で、長い歴史を持つ組織となれば和風の門構えが出迎えるものと思っていただけに拍子抜けである。

 しかし、考えてみればGS協会東京本部もここより大きなビルだ。
 世間に存在を公開された公的機関である以上、これぐらいでなければいけないのかも知れない。
 ふと脇を見てみると、団体客を乗せた観光バスが到着したところだった。どうやらここは見学もできるらしい。案内役のガイドが巫女装束に身を包んでいなければ、ここがオカルト関係の組織である事を忘れてしまいそうだ。
「伝統ある組織も、今や観光資源アルか」
「世知辛いなー」
 ちなみに六道女学園は学校の行事で破魔札製作の儀式を見学するのが恒例となっているが、それはこの陰陽寮ビルで行われているものだ。儀式の規模こそ小さいが日に数回行われているので、一般の観光客でも見学できるようになっている。
「破魔札作りかー、子供の頃ウチが見たい言うても全然見せてくれんかったわー」
 そう言って笑うのは木乃香。オカルトから引き離されて育った彼女は、子供の頃からこのような所にはあまり連れてきてもらえなかったので嬉しそうだ。
「…いいんですか?」
 いかにオカルトから引き離されているとは言え、一般人にも公開されているものからまで無理に引き離す事はないだろうと言うことで、木乃香もここに連れてきていた。
 刹那が木乃香の前に出るのを承諾してくれれば木乃香だけを彼女に預けると言う手もあったのだが、急にそれを求めるのも酷と言うものだろう。何より理由もなく木乃香だけを特別扱いして引き離すと、それは何故かと言う疑問が生まれる。意外と鋭い一面を持つ木乃香は、そこから何か秘密にされていると気付くかも知れないと言う危惧もあった。
「…ま、一般人にも公開されてんだから問題ないだろ」
 横島は、そう言って正面の入り口からビルの中へと入って行った。アスナ達も慌ててその後に続く。
 自動ドアを潜って中に入ると、巫女装束に身を纏った若い女性が出迎えた。普通の会社ならば制服姿の受付嬢がいるべき場所に巫女が座っていると言うのは正直違和感がある。若い女性がいると言うのに、横島も戸惑って動けずにいた。
「えーっと、破魔札が濡れちゃったんですけど」
「ハイ、札の交換ですね。案内役の者が参りますので、そちらのロビーでお待ち下さい」
「あ、ハイ」
 何とも事務的な対応だ。笑顔も営業スマイルである。
 横島達が「巫女さんなのに、何か有難味ないなー」などとぼやきながらソファに腰掛けて待っていると、ぽっちゃりとした中年女性が案内役として現れた。当然巫女装束だ。
「あらあらまあまあ、陰陽寮におこしやす」
 巫女装束でなければ、近所に普通にいそうなおばさんだ。一枚の書類を持って来た彼女は「濡れた破魔札は?」と慣れた様子で手早く手続きを済ませていく。
「二十万円札一枚、十万円札三枚ですね」
 他にも五万円札と一万円札が合わせて十数枚あるのだが、この『交換』も無料ではないのでそれらについては諦める。
 あと数日ならば牽制程度には使えるだろうから、機会があれば使い切ってしまおうと横島は考えていた。
「濡らしたのは昨日の晩です」
「それなら大して霊力は漏れてなさそうね。早速交換しちゃいましょ」
 案内役の女性はそう言って立ち上がると、さあどうぞと横島達を奥へと案内する。
 観光客とは別ルートで奥に進み、応接室と書かれた扉の前に到着するとその扉を開ける。
「うぉっ!?」
「おー、こう来たか!」
 扉の向こうは、趣きのある和室が広がっていた。
 入り口が玄関のようになっていて靴を脱ぐようになっているので、一同は靴を脱いで中に入る。
「うー、畳気持ちいー!」
「麻帆良じゃあんまり見掛けないもんねー、畳」
「あら、お客さん方地方から来たんですか?」
「え、ええ、まぁ、彼女達は修学旅行で。俺は仕事ですけど」
 横島が答えると案内役の女性はまぁと感嘆の声を挙げる。
 京都のオカルト業界は陰陽寮の天下であり、陰陽寮に陰陽師以外のGSが訪れる事はほとんどないそうだ。
 濡れた破魔札の交換のようなサービスは陰陽寮だけでなくGS協会でも行われている。技術があればオカルトグッズを取り扱う店の店主や、神社の神主でも引き受けてくれたりする。そのため、陰陽寮は京都で活躍する陰陽師しか利用しないのだろう。
「あの『交換』って新しいのに換えてもらえるんですか?」
「まさか、破魔札って一億円のまであるのに」
 おずおずとアスナが問うが、案内役の女性は朗らかに笑って返した。
 彼女の説明によると、『交換』と言うのは破魔札に込められた霊力を新しい札に移す事だそうだ。
 その工程は機械に頼る部分が多いため、霊能力者としての技術はさほど要求されない。
 交換の際に減少してしまう霊力をいかに抑えるか、と幾人もの技術者達の血と汗と涙が費やされたのだが、その辺りの事は長くなるので割愛する。
 かく言う彼女は、六道女学院の出身で生まれは東京だそうだ。最初の挨拶「おこしやす」は陰陽寮のマニュアルらしく、本当は京都弁など話せないとの事。
「『交換』には時間が掛かりますから、よろしければ破魔札製作の見学でもされますか?」
「あ、面白そう!」
「私も見たいですー!」
「うーん、それじゃせっかくだし見て行こうか」
 木乃香に見せていいものかと思わなくもないが、一般人でも見学できるものなら問題はないだろう。
 彼女の言葉に甘えて、横島達は『交換』が行われる間、破魔札製作の儀式を見学させてもらう事になった。

 場所を移動して陰陽寮ビルの隣にある建物に移動した横島達。こちらも陰陽寮の敷地内のようだ。
 一見して野球場、屋根を備えたドームのようだが、これこそが世界最高峰と言われる陰陽寮の誇る巨大儀式場である。
 近付いてみるとドーム球場とは明らかに違うことが分かる。まず入り口からして強力な霊的防御が施されているのだ。注意して見てみると、儀式場全体から霊力を感じる。おそらく儀式場全体をガチガチに護っているのだろう。それだけ破魔札製作の技術が重要だと言うことだ。

「なんか…圧迫感のあるところね」
「そう? なんか秘密基地みたいで格好いいじゃん」
「アスナ、昨日水浸しになて風邪ひいたアルか?」
「それはないと思うんだけど…」
 そんな話をしながら進んでいくと、彼女達の目の前に巨大な魔法陣が現れた。
 内部のほとんどは魔法陣で占められていて、観光客はそれを取り囲むように、二階程度の高さに据え付けられた観客席から儀式を見るようになっている。
「すごい…」
 観客席に入ると、丁度儀式が始まったところのようで、魔法陣から迸る霊力の光がアスナの目を捉えて放さない。
 陣の上に立つ陰陽師達の詠唱が大きくなるにつれて霊力の奔流も激しくなり、それに合わせて魔法陣上に散りばめられていた無数の札が舞い上がる。

 それはまるで夢のような光景であった。
 光が中央の札に収束し儀式が完了するまでのしばしの間、アスナは言葉を失い見入ってしまう。

「…すごい」
 次にアスナが言葉を発したのは、儀式が終わり観光客達が全て退場した後だった。
 修学旅行でここに来る六道の生徒がそうであったように、彼女も秘伝の儀式を目の当たりにして大きな衝撃を受けたようだ。少し涙ぐんですらいる。
「すごいアル、よくわからんけどパワーをビシバシ感じたヨ」
「すごかったねー」
「うん、光の波が溢れ出て…」
「え? 何それ?」
 興奮気味に身振り手振りを交えて話すアスナだったが、その言葉に風香が疑問を投げ掛ける。
 風香が言うには無数の札が舞い上がったのは見たが、光の奔流など見えなかったとの事。話を聞いてみると、史伽も古菲もそんな光は見えなかったと言う。
「地面があわ〜く光ってたけど、それとは違うんだよね?」
「いや、そんな弱い光じゃなくて、もっとぶわぁーっと!」
 両手を大きく広げて力説するアスナだったが、風香達は顔を見合わせるばかり。不安気な表情で横島の方を見てみると、彼は勇気付けるように力強く頷いた。
「ありゃ霊力だからな、見えるヤツと見えないヤツがいるのは当然だろ」
「え?」
「アスナもちゃんと成長してるんだよ」
「…っ!」
 そう、アスナはいつの間にか霊力が見れるようになっていたのだ。儀式に用いられていた霊力が大きかったからこそ見えたのだろうが、これも大きな成長である。
 アスナは顔をほころばせた笑顔になると横島の胸に飛び込む。  周りで風香と史伽が囃し立てるが、アスナの耳には届いていない。昨晩役に立てなかったことでショックを受けていただけに、喜びもひとしおであった。

 実は破魔札製作儀式を観光資源とする際、一つの大きな問題があったのだ。
 それが今のアスナ達の反応、一般人には霊力が見えないと言うことだ。見る人によっては巨大な魔法陣の上で陰陽師達が不可思議な呪文を唱えてるだけにしか見えないと言う大問題である。
 アスナと風香で見えたものが違ったのはそのためであり、その問題を解決する為に演出として散りばめられたのが先程見た札の紙吹雪なのだ。
 この演出は大成功であった。破魔札製作の儀式を一般公開し始めた陰陽寮は観光名所として賑わう事となり、それ以外にも意外な副産物も産み出している。
 今、下の魔方陣を覗き込めば、職員らしき者達が箒とチリトリを手に先程舞っていた紙吹雪を掃き集めているのが見えるだろう。実は、あの紙吹雪一枚一枚が破魔札だ。最初から破魔札を用意し散りばめていたのではなく、先程の儀式で霊力の奔流の余波を受けて破魔札となったのだ。あれらは込められた霊力量によって選り分けられ、低価格の破魔札として販売される事となる。

 ちなみに破魔札製作儀式の公開におけるもう一つの問題、秘伝の技術の流出を心配する声も根強くあったが、こちらも既に解決済だ。実は破魔札製作のための魔法陣は多重構造になっていて、目で見えるものだけを再現したところで、破魔札製作の儀式は行えないようになっている。しかも、一般人のための演出のために魔法陣自体が発光するようになっているので、観光客に混じってスパイが潜入しても、技術を盗むことは不可能となっていた。
 風香達が見たのもこの光だ。スパイに対するダミーであると同時に一般人のための演出、一石二鳥とは正にこの事である。
 いかにしてアスナを元気付けようかと頭を悩ませていた横島にとっては、一石三鳥と言えるかも知れない。破魔札製作儀式の見学に来たのは偶然だが、丁度良いタイミングであった。

「ねえねえ、おみやげ買いに行こうよー!」
「ああ、そやなぁ。ホテルにも売店あったけど、町で買うてもええのあるえ」
「見て見て、陰陽寮のおみやげ屋さんもありますよー」
「時間の方は大丈夫なのか?」
 門限は夕方の五時らしく、あと数時間の余裕がある。
 横島としては木乃香と一緒に居て彼女を護れればいいので、門限まで彼女達に付き合う事にした。
 まずは陰陽寮の一階ロビーにある売店でおみやげを探し、その後は町の散策へと出掛ける一同。
 途中甘味処に入ったりしたが、そこの支払いは出発前の言葉通り横島の奢りとなった。
 本日の買い物はお菓子を始めとした食べ物が中心だ。おみやげだけでなく、修学旅行中に自分達で食べる分も含まれている。陰陽寮では皆でお守りを買う事となった。れっきとしたオカルトグッズでご利益は抜群だ。
 こぞって『恋愛成就』のお守りを買う辺り、アスナも木乃香も古菲も、そして外見が小学生である鳴滝姉妹さえも、心は年頃の乙女と言うことだろう。



 一方、ネギは門限近くになっても帰って来ない横島達を待ってホテルの前をうろうろしていた。
 実はネギは横島の携帯番号も、アスナのそれも知ってるのだが、電話を掛けると言う選択肢が浮かばないあたり、相当混乱していると思われる。
「横島さん達遅いな〜」
「門限まではまだあるんだろ? もう少しどんと構えて待ってようぜ」
 他の班の者達が順々に帰って来ているが、横島達だけがまだ帰って来ていない。
 生徒達はノイローゼの子熊のようにうろうろとするネギを何事かと遠巻きに見ていた。特にあやかは心配して、『麻帆良パパラッチ』の異名を持つ朝倉和美に、何があったのか調べて欲しいと調査を依頼していた。

『ネギ先生どうしたんでしょうねぇ』
「誰かがネギ先生に告ったって話もあるけど…」
 情報通である和美はそれが誰であるか既にあたりをつけていた。
 肩にしがみついている人形のさよは分かっていないようだが、告白したのは十中八九宮崎のどかであろうと考えている。大正解だ。
 確かに十歳にも満たない子供にとって告白されたと言うのは一大事であろうが、アレだけ思い悩むのは、それだけが原因なのだろうか。ネギの聡明さを知る彼女には、そこだけがどうしても納得できなかった。
『何かブツブツ言ってますねぇ』
「ねぇ、さよ。ちょいと幽体離脱して何言ってるか聞いてきてくれないかな」
『え…あ、そうですね。私ここから出られるんでした〜』
 そう言ってさよがフッと抜け出て、肩にしがみ付いていた人形から力が抜ける。
 そして幽霊姿となってネギに近付こうとすると、それを遮るように一匹の子猫が飛び出して来た。
 子猫は更にネギの前も横切りそのまま道路に出たその時、そこに車が現れ子猫に迫ってきた。
「あ、危ない!」
 これは助からないと思ったその瞬間、ネギが子猫を助けるために続けて道路に飛び出す。
 これはまずいと覗き見していた和美も飛び出そうとしたその時だ。

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風花・風障壁(フランス・バリエース・アエリアーリス)ッ!!』

 子猫を轢こうとした車を、杖を取り出したネギが吹き飛ばしてしまった。
 突然の出来事に和美は目を見開くが、それに気付かぬネギは「ダメだぜ兄貴ー、そんな派手な魔法使っちゃ」「うん…ゴメンゴメン」とカモと会話を交わし、更に杖にまたがり子猫を安全な場所に逃がすために空を飛んで行ってしまった。

「き…」
『き?』
「来たぞー! 超特大スクープーーーッ!!」
 快哉を上げる和美。
「あれ? カモ君、何か聞こえた?」
「いや、気のせいじゃないか?」
 しかし、ネギはその事に全く気付いていなかった。


 その後、部屋に戻った和美はさよ人形を膝に乗せて考えを巡らせる。
 先程ネギが見せたのは明らかに超常能力。ならば、ネギは横島と同じようなGSなのだろうか。
 いや、それならば横島のように堂々とGSと名乗ればいいはず。内緒にしている理由がない。
 それに、横島が麻帆良に来た直後からネギと親交があったと言う情報もある。横島は麻帆良男子高校の生徒であり、ネギは麻帆良女子中学校の教師、全く接点がない。
 この事からネギと横島には和美の知らない繋がりとあると考えられる。それは彼が見せたあの力に関係があるのかも知れない。
「ネギ先生は超能力者…?」
『宇宙から来た正義の味方かも知れませんよ〜』

「杖持ってるし、お供の小動物も連れてるし、魔法の国からやってきたプリンセスなんてどうかなー?」

「うぉっ!」
 突然の乱入者に驚く和美。そこに居たのは、一階の売店におみやげを探しに行っていたはずの椎名桜子だった。いつの間にか買い物を終えて部屋に戻ってきたらしい。
「なになに、ネギ君の話?」
 さよ人形を抱き上げつつにこやかに笑う桜子。
 どうやら、話を全て聞いていたわけではないらしく、ネギに関する話としか理解していないようだ。
 しかし、和美は桜子の言葉が妙に引っ掛かった。
 流石に『プリンセス』は有り得ないとして、『魔法』と言う言葉がしっくりくる気がする。
 杖に乗って飛び去る写真、ピンボケしてしまっていたが、その姿は『魔法使い』と呼ぶのに相応しいのかも知れない。
 今まで気にしたことはなかったが、言われてみれば子供が杖を持っていると言うのもおかしな話だ。
 何より、桜子の超人的な直感は信頼できる。和美はネギが『魔法使い』であると仮定して取材を進める事にした。

「私、ちょっと行ってくるわ」
「『いってらっしゃ〜い』」
 おもむろに立ち上がった和美は、ボイスレコーダーと携帯電話を手にネギの元へ向かった。
 桜子とさよは揃って手を振ってそれを見送る。扉付近で少し遅れて戻ってきた釘宮円と柿崎美砂とぶつかり掛けるが、それも彼女を阻むことはできない。
 和美はそのまま「世界のドギモを抜かすには、あと一歩決定的な証拠が足りないのよ!」と叫びながら走り去る。

「…あれ一体どうしちゃったの?」
「なんかねー、ネギ君はプリンセスなんだって」
「「はぁ!?」」
 円と美砂は桜子に説明を求めるが、彼女の的を射ない説明に二人は余計にこんがらがってしまった。


「あ、横島さーん!」
「おっ、ネギか…って、コラ、抱きつくな。男に抱きつかれて喜ぶ趣味は持ち合わせてないっちゅーねん」
 横島達が帰ってきたのは丁度その頃だった。
 ネギは横島の姿を見つけるとすぐに飛びついてきたので、ロビーにいた生徒達の視線が二人に集まる。特に眼鏡を掛けた少女、ハルナが怪しげに目を光らせていたので、横島は木乃香はアスナと古菲に任せて部屋に戻らせると自分はネギと豪徳寺を伴って自分達の部屋に戻ることにした。
 その途中で携帯電話で刹那に連絡を入れて、少し木乃香から離れる旨を伝えておく事を忘れない。

「…で、一体どうしたんだ?」
「それが、その…」
 部屋に戻った横島は早速ネギに何があったのかを聞いてみる。しかし、ネギはもじもじと頬を染めるばかりでどうにも歯切れが悪い。豪徳寺の方に説明を求めてみるも、彼は「お手上げ」と言わんばかりに肩をすくめるばかりだ。
 ネギをなだめながら根気良く話させようとすると、やがて彼はポツリポツリと今日あった事を話し始めた。
 東と西の因縁、そしてそれに関わる魔法使い。更には父親の事と悩みは色々とあるようだ。子供の小さな身体で背負うには、いささか荷が勝ち過ぎるであろう。
 しかし、現在直面している一番の問題は、やはりのどかの告白らしい。
 ネギの中には、日本の女性は奥ゆかしいものと言うイメージがあり、そんなのどかに告白までさせてしまっては、英国紳士として責任を取って結婚するしかないんじゃないかとまで考えている。
 あきらかに考え過ぎではあるが、ネギは限りなく本気であった。
「横島さん、僕どうしたらいいんでしょう…これじゃ先生失格です」
「ネギ…」
 神妙な面持ちでネギの肩にポンと手を置く横島。
 彼ならば、きっとすぐに現状を打破する良いアイデアを出してくれる。そう期待していたネギだったのだが―――

「それ、何か問題あるのか?」

―――世の中、そう甘くはなかった。
 横島には、ネギの悩みそのものが理解できないようだ。美少女に愛の告白をされて悩むと言うのが彼にとっては理解の範疇外。悩む暇があるなら、他にやるべき事があるだろうと考えている。
「やっぱり、男として責任を取らなきゃいけないんでしょうか?」
「いや、それは流石に早過ぎるだろ。数えで十歳」
「でも…」
 どうにも歯切れが悪い。
 話を聞いてみると、ネギ自身は今誰かと付き合う気が全くないようだ。ある意味当然であろう。鳴滝姉妹と違って、こちらは本当の意味で子供なのだから。
 しかし、断るのも悪いと考えているため、進むことも退くこともできずに悩んでいるようだ。
「っつーか、嫌々付き合うなら止めろよ。美少女泣かせたら、お前は俺の敵だぞ」
「うっ…ハイ、わかりました」
 少女を泣かせるような真似はするなと言うのは紛れも無い彼の本音である。
 もう一つの本音としては、子供のくせに美少女に告白されたネギが羨ましくて仕方がないのだが、その辺はネギはまだ子供と言う事で自重していた。

「んー、中で何話してんのかなぁ…」
 そして、和美は部屋の外で聞き耳を立てていた。
「う〜ん、『魔法使い』って単語出してくれたら話は早いんだけど」
 ボイスレコーダーを片手に扉に張り付いている。傍目にも異様な姿で通りすがるクラスメイト達が奇異の視線を向けるが、彼女は全く気付いていない。

 そんな彼女を少し離れたところから覗き見している小さな影があった。
「あの姐さんは…コイツは面白くなってきやがったぜ」
 そう言ってげっげっげっと笑いながら走り去って行く。
 欲望で瞳をギラつかせたオコジョ妖精、アルベール・カモミール。何やら再び悪巧みを企てるようだ。


つづく



あとがき
 陰陽寮の各設定、破魔札交換、儀式見学等の設定、全て『黒い手』シリーズ独自のものです。
 双方の原作にこのような設定はありませんので、ご了承ください。

 次回から修学旅行編の一大イベントに突入するでしょう。
 原作通りにはせず、色々と変化を加えようと思っています。
 どうなるかは次回をお待ち下さい。

前へ もくじへ 次へ