topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.27
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 アミューズメントセンターを抜け出して関西呪術協会の総本山へと向かったネギ達。道中予想された千草達の妨害もなく、無事に総本山へ続く門の前に辿り着いていた。
 門の脇にある石碑に刻まれた名は『R毘古社(かがびこのやしろ)』。小高い山が丸々敷地らしく、山の麓にある巨大な門から山頂に向けて石段と鳥居が並んでおり、その光景は壮観の一言だ。鳥居の周囲は竹林が広がっており、いかにも「京都の風景」と言った趣きだ。
 これだけ見事であれば観光客が集まりそうなものだが、周囲にネギ達以外の人影は見当たらない。
「何と言うか、閑散としたところだな…」
「何かしらの…おそらく、人払いの結界が張られているでござるな」
「長瀬さん、そう言うのが分かるんですか?」
「う〜む、流石忍者だな」
「さ〜て、何の事でござるかな〜?」
 楓は「忍者」と言う言葉が出ると、いつも通りにとぼけた。
 ここまで否定されると、彼女は本当に忍者ではないんじゃないかと思えてくる。
 それはともかく、ここ『R毘古社』の周辺が閑散としているのは楓の言う通り、人払いの結界が張られているためだ。それだけでなく、妖怪悪霊の類を侵入させないための結界も張られている。流石、霊的防御に関しては陰陽寮にも負けていない。いや、一般人すら寄せ付けないと言う意味ではそれ以上かも知れない。

「ムッ…!」
「長瀬さん、どうかしましたか?」
「何者かがこちらを…」
「敵かっ!?」
 何者かの気配を察知した楓の言葉に豪徳寺はすぐさまネギを庇うようにして辺りを見回す。
 敵の姿を見つける事ができなかったが、相手に対してプレッシャーを掛ける事ができたらしい。楓の方が敵の焦りを感じ取り、相手の位置、正体を特定する事ができた。
「この気配は…のどか殿でござるか?」
「えっ!?」
「ま、まさか、俺達ゃ電車に乗ってここまで来たんだぜ?」
 しかも、出発ギリギリの時間を見計らって電車を乗り換える事により、追手を撒くと言う小技まで効かせたのだ。素人であるのどかが自分達を追跡できるはずがない。
 これが千草達であれば、向こうはこちらの目的地が分かっているのだ。ここで待ち伏せしていてもおかしくはないのだが、のどかが追ってきたと言うのは予想外の更に外側であった。

「しかも複数でござるな。これは夕映殿もハルナ殿も来てるでござるよ」
「ええーっ!」
 これには流石のネギも頭を抱えた。
 アスナや刹那、エヴァ、茶々丸のような関係者であれば何の問題もなかっただろう。まき絵達や超のようなこちらの事情を知る者であっても今更困ったりはしない。
 しかし、のどか、夕映、ハルナの三人は魔法使いの事情を全く知らない完全な一般人だ。このまま関西呪術協会の総本山の中まで入って来られるのは非常に拙い。ネギが魔法使いである事がバレて口止めするのとは訳が違うのだ。
 どうするべきかと考えていると、ネギが答えを出すより早く楓が口を開いた。
「ネギ坊主、拙者が三人の足止めをするでござる」
「…お願いできますか?」
 ネギも考えてみたが、それしか方法はないだろう。
 楓が抜けるのは正直厳しいが、ネギが行くわけにはいかないし、豪徳寺が行ったところで事情の説明無しにのどか達を止めるのは難しいだろう。一般人の前では喋る事のできないカモなど論外である。結局のところ楓以外の選択肢などない。
 足止めができたとしても、このまま総本山の近くにいるのは危険が予想される。そう考えたネギは、楓に三人をホテルに帰して欲しいと頼んだ。その分、長い時間楓がいなくなる事になってしまうが、ネギは親書を届けると言う使命だけでなく、教師として生徒を守る事も考えなければならない。ネギは迷わず、自分達の危険性が増そうとも、のどか達の安全性を確保する事を優先させる判断を下した。

 最初の鳥居を潜ってすぐの所に「立入禁止」の看板が立てられている。元より一般人が参拝するような場所ではない、関係者以外の立ち入りを禁止すると言う意味だ。そして、ネギ達は無関係ではない。
「それじゃ、行きましょう!」
「おうっ!」
 楓が風を纏って姿を消したのを確認したネギ。豪徳寺と顔を見合わせて頷くと、関西呪術協会へと続く石段を登り始めた。
 一見平坦な道に見えてしまうほどに緩やかな石段だが、距離は相当ありそうだ。これならば途中で待ち伏せする事も可能であろう。
「走ったりせず、周囲を警戒しながら進みましょう」
「天ヶ崎千草にとって、ここは敵のお膝元じゃないのか?」
 流石にここでの襲撃はないだろう、と言おうとした豪徳寺をカモが制する。逆に彼はここでこそ襲撃があると考えていた。
 一般人に対してその存在を隠匿している関西呪術協会としては、白昼堂々と襲撃して、その姿を衆目に晒すと言うのはあまり褒められた事ではない。しかし、ここならば総本山の人払いの結界があるため、一般人の目を気にする事なく襲撃を仕掛ける事ができる。
「甘いぜ、豪徳寺の兄さん。あの女陰陽師は元々ここに属する陰陽師だ。それに、関西呪術協会も一枚岩じゃねぇって真祖の姐さんが言ってただろう」
 千草達にとっての問題は、総本山の方からネギへの援軍が駆けつけないかと言う事だろうが、カモはこれについては「援軍は無い」と考えていた。
 先日エヴァが言っていたように、関西呪術協会内部では、現在の長である木乃香の父、近衛詠春に対する対抗勢力が存在している。そして何より、彼等は『東の魔法使い』を嫌っているのだ。表立って千草に協力する者はいないだろうが、わざわざネギ達に手助けする者がいるとも思えない。
 ネギが親書を携えている事を詠春は知っているだろうが、現状ではそれが届く前にネギに協力する事はできないとカモは判断する。そうでなければ、千草の暴走を放置しているはずがない。こんな事態になっても手を打てない程に敵が多いのだ、詠春は。

「厄介だねぇ…親書届けるだけで終わりゃいいんだけど」
 カモはネギ達にも聞こえないような小さい声でポツリと呟いた。
 彼にとって恩人であるネギ、何より年端も行かない子供であるネギ。そんな彼を、所謂『大人の世界』に放り込むような真似はしたくない。
 しかし、向こうから近付いてくる場合はどうすればいいのだろうか。カモはそんな疑問を脳裏に浮かべながら、どこまでも続く鳥居の向こう側を見据えるのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.27


 一方、物陰からネギ達の様子を伺っていたのどか達は、突然楓が姿を消したのを見て、驚きに目を見開いていた。
 その場にいたのは、のどか、夕映、ハルナの三人。ネギ達がアミューズメントセンターから抜け出した事に気付いたのどかが夕映に相談を持ちかけ、それを聞いて面白がったハルナが追跡を提案し現在に至っている。
 無論、普通に追跡したのではすぐに見つかってしまっただろう。しかし、彼女達はネギ達に見つかる事なくここまで辿り着いた。これは、彼女達が事前にネギ達の目的地を知っていたため、かなり距離を取りながら追跡してきたためだ。

「三人とも、こんなところにいたでござるか」
「えっ!?」
「いつの間に後ろに!?」
 焦って思わずどもってしまう夕映とハルナ。それを好機と見た楓は「例のカードゲームが終わったなら、一旦ホテルに戻らんか?」と一気に畳み掛けようとするが、意外な伏兵が彼女の前に立ち塞がった。
「か、楓こそー、どうしてここにー?」
「え、それは勿論、皆と合流してホテルに戻ろうと…」
「…ウソ、私達をここから引き離そうと考えてる!」
「…!?」
 真意を言い当てられて表情にこそ出さないものの、一歩後ずさる楓。
 見るとのどかの手には淡い光を放つ一冊の本があった。
「そ、それは…」
「えと、『ディアーリウム・エーユス』って言うそうです」
「日本語に訳すとすれば『その人の無意識』…『イド』、『イドの日記』…いえ、その形状を見るに『イドの絵日記』と言ったところでしょうか」
 楓の問いにのどかが答え、そして夕映が補足する。
 今朝方、ネギ達の会話を一部盗み聞きしていたのどかは、アーティファクト『イドの絵日記』を出し入れする方法を理解していた。元より空想好きの一面を持つ彼女は、この不可思議な物体をすぐに受け容れてしまい、更にこの本の正体を知るべく親友である夕映に相談を持ち掛けてしまったのだ。
 一方、夕映は学校の成績は悪く『バカレンジャー』の一員として『バカブラック』、或いは『バカリーダー』と呼ばれてはいるものの、決して頭が悪いわけではなく、自分の興味のあるものに関しては優れた能力を発揮するタイプである。
 その知識量は半端ではなく、のどかが「怖いから」と敬遠するオカルト関係についても造詣が深い。のどかが『イドの絵日記』について相談を持ち掛けたのは、ある意味当然の判断と言えるだろう。
 そして夕映は1ページ目にある解説文を元に実際に使ってみる事で、あっさりとその使用方法を理解してしまった。そう、彼女達はネギの目的地を、この『イドの絵日記』を使って知ったのだ。
 先程のどかが楓の真意を見抜いたのも、夕映が調べた使用方法通り、『イドの絵日記』を開き、楓の名を呼び、「どうしてここに?」と質問を投げ掛けたためである。

「つまり、あの鳥居の向こうに何かあるって事だよねー…皆、行くよっ!」
「ホラ、のどかも行くですよ!」
「え? え?」
 最後の一人、早乙女ハルナ。同じ図書館探検部に属する三人組が一緒にいる光景はクラスでもおなじみのものだ。
 しかし、彼女だけはのどかや夕映とはかなり毛色の違う人間であった。物静か、悪く言えば内向思考の二人に対し、かなりアグレッシヴな性格をしている。
 今の状況がそうだ。号令を掛けてハルナが動き、夕映ものどかの手を引いて走り出す。ここにハルナがおらず夕映とのどかの二人だけならば、こんな行動に出る事はなかっただろう。
 二人には無い「行動力」を、彼女は見事に補っていた。
「むっ…!」
 さしもの楓も、本を持ったのどかばかり警戒していたために、これには一瞬対応が遅れてしまう。
 その間にのどか達三人は鳥居を潜り、ネギに追いつくべく更に奥へと進んで行ってしまった。
 しかし、楓の力を侮ってはいけない。動き出したのは数秒遅れなものの、元々の身体能力が段違いなのだ。
 すぐさま三人の後を追うと、五つ目の鳥居の辺りで三人の前に回り込む。長身の楓が仁王立ちで立ち塞がるとなると、さしもの三人も彼女の手を潜り抜けて更に奥に進む事は難しかった。
「さ、これ以上進んではいけないでござる。おとなしく退いて…ッ!?」
 外へ出ようと促そうとした楓の表情が強張った。
 その表情を見て疑問符を浮かべた夕映も振り返って後ろに目を向けるが、そこでピシリと石になってしまったかのように、その動きを止めてしまう。
「なーにやってんのよ、夕映っち。まさか、振り向いたら化け物だーって…」
 そんな軽口を叩きながらハルナも振り返るが、背後に広がる光景を目の当たりにして絶句してしまった。
「じょ、冗談でしょ?」
 そう言って自らの頬をつねるが、確かな痛みを感じる。夢ではない。
「あれ? 鳥居がいっぱい…出口はどこ?」
 彼女達は五つ目の鳥居を過ぎた辺りで楓に追いつかれた。振り返れば出口がまだ見える距離にいたはずだ。
 しかし、彼女達の目の前には十重二十重と真紅の鳥居が連なる光景が広がっていた。出口などどこにも見えない。
「こ、これは…」
 楓は悟った。自分達は敵の術中にはまってしまったと。
 退魔師の一族である彼女はすぐさま術の正体に気付くが、同時に簡単に破れる術でない事にも気付いた。
 『無間方処の咒法』、半径500メートルの半球状の閉鎖空間の中に対象を閉じ込める術だ。端は反対側の端と繋がっており、気付かなければ堂々巡りに陥ってしまう。
 楓は振り返って本殿に向かう道を見てみるが、ネギ達の姿は見えない。鳥居の連なる道は緩やかな曲線を描いており、流石に閉鎖空間の端までは見通せないのだ。半径500メートルは、言葉を変えれば直径1キロメートルだ。互いに動き続けているとすれば、そう簡単に出会う事はできないだろう。
「ネギ坊主達も、同じ空間にいるでござるか…?」
 ポツリと呟いた声が風に溶けて消えていく。
 その問いに対する返答は、どこからも返っては来なかった。


 一方、先行したネギ達はゆっくりと周囲を警戒しながら歩いていたため、いまだに自分達が『無間方処の咒法』の術中にはまった事に気付いていなかった。
「敵、出てきませんね」
「そもそも敵は何人いるんだ? あの陰陽師の女に、横島達が京都駅で会ったと言う神鳴流の女剣士、それ以外は?」
「さぁな、でも二人だけで関西呪術協会を裏切ったとは考えにくいぜ」
 こんな状況では会話する余裕も生まれてくる。しかし、その内容はやはり今の任務に関する事だった。
「なんや、あっさり罠にかかったやん」
「所詮はガキやな」
 そんな彼等を周囲の竹林から見詰める二つの影、一つは当然天ヶ崎千草であり、もう一つは千草に雇われた一人の少年だった。
 彼の名は犬上小太郎。純血ではないが、人狼族の血を受け継いでいた。
 両親のいない所謂孤児で、その身体に流れる血故に特殊な霊能力を持ち、その力故に裏側の世界で傭兵紛いの仕事を請け負って、その日の糧を得て暮らしている。
 今回千草に雇われたのも、彼女が申し出た破格の報酬と、憎らしい東の魔法使いと戦えるためだ。関西呪術協会を裏切ると言うことがどれだけ大事か分かっていないあたり、その精神面はまだまだ子供だと言えよう。
「しかもあいつら、あんなにトロトロ歩いてると、いつまで経っても術に気付きそうにないで」
「そしたら好都合や、いつまでも堂々巡りさせてたらええ」
「つまらんなぁ…」
 下手に動かず見張りを続けていろと申し付けて、千草は木乃香を捕らえに向かった月詠と合流すべくその場から姿を消した。残された小太郎は心底詰まらなそうにネギ達を眺めている。
「…そうや」
 一転して小太郎はニンマリと笑みを浮かべる。何か思いついた顔だ。
「ここであいつらぶちのめせば、俺もシネマ村の方に応援に行けるやん」
 それならば西洋魔術師とも、木乃香の護衛についていると言うGSとも戦う事ができる。
 これは良い考えだと小太郎は瞳をキラキラと輝かせながら立ち上がった。
 言うまでもなくそれは千草の命令に背く事になるのだが、それこそ小太郎には関係なかった。彼にしてみれば、戦わない傭兵などただのカカシである。
 戦ってこそ、戦ってこそ自分の力を活かす事ができる。生まれついた力故に一般人の輪から外れて生きる事を余儀なくされてきた彼にとっては、戦う事こそがすなわち生きる事であった。
「へへっ、あの姉ちゃん念のため言うて色々置いてったからなぁ」
 そう言って小太郎は、千草が置いていった札の中から一枚、『護鬼召喚』の札を取り出した。相手は子供の西洋魔術師に素人に毛が生えた程度の男一人、わざわざ護鬼を召喚する事はないと思うが、せっかく戦うのならば派手に登場してやりたい。

「兄貴、上から来たぜっ!」
「敵かっ!? 『来れ(アデアット)ッ!』 ちょ、ちょっと待てよ、今履き替えるから!」
 カモの声で自分達の頭上に巨大な影が現れた事に気付いた豪徳寺は、すぐさま仮契約カードを取り出してアーティファクト『金鷹(カナタカ)』を召喚し、靴と靴下を脱いで履き替える。
 ネギも杖を出して身構えると、彼等の目の前に巨大な蜘蛛が落下してきた。石畳の道に入りきらず、側道の竹を数本薙ぎ倒す程の巨体だ。
「子供?」
 見ると、巨大な蜘蛛の腹の上に一人の少年が立っていた。年の頃はネギより少し上、中学生と言ったところであろうか。前を開いた学生服に身を包み、学ランの下にはTシャツを着ている。頭にはニット帽を被り、納まりきらずに溢れた髪を後ろで結んでいた。
「陰陽師…にゃ見えねぇが、こんな化け物を召喚するなんて陰陽師だよなぁ」
 ネギの肩の上でカモが呟いた。
 陰陽師に関する知識があまりないカモにとって「陰陽師」と言えば、日本の妖怪、鬼を使役する「東洋の召喚師」のイメージがある。そのため、目の前の様な怪物を使役して現れるのは全て「陰陽師」と判断してしまうのだ。「式神使い」と混同してしまっているが、その事にはカモ自身気付いていない。

「豪徳寺の兄さん、あの蜘蛛の怪物を叩くんだ! 兄貴はその隙に術師を!」
「応ッ!」
「わかったよ、カモ君!」
 ネギはすぐさま詠唱を開始し、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』で蜘蛛、少年を目標に絨毯爆撃を仕掛ける。無数の光の矢が撃ち込まれるが、命中する直前に少年は蜘蛛の背から飛び退いてしまった。
「ハッ! そんな豆鉄砲じゃ鬼蜘蛛の装甲を貫けんで!」
 小太郎の言葉通り、『魔法の射手』が巻き起こした煙が晴れた後には、所々に煤がついているものの、傷一つついていない鬼蜘蛛の姿があった。
 『魔法の射手』一矢あたりの破壊力は、ネギの魔法力を込めたストレートパンチ一発と同程度の威力でしかない。対して鬼蜘蛛は、岩のような外見に恥じぬ頑強な表皮を持っている。ネギが鬼蜘蛛を倒すには相当数の『魔法の射手』を撃ち込まねばならないだろう。元より先程の魔法は鬼蜘蛛と小太郎を引き離すためのものなのだ。
「よし、俺の役目だな」
 代わって一歩前に出たのは豪徳寺。既に『金鷹』を履いて臨戦態勢である。
「鬼蜘蛛の方は任せます!」
 そう言ってネギは小太郎へと向き直る。
 しかし、小太郎は挑発するような笑みを浮かべるばかりで身構えようとはしなかった。


「な、何ですか、この音は?」
「むぅ…」
 戦いの音は楓達の元まで届いていた。
 楓はネギ達が敵と遭遇したのだろうと察して、どうするべきかと考える。
 自分一人であればすぐさま駆けつけていたであろうが、今はのどか達三人がいるため、それも叶わない。
 足元の石を一つ拾い、ひょいと竹林へと投げ込んでみるが、特に変化はなくそのまま地面に落ち、転がった。『無間方処の咒法』の中心がどこかは分からないが、左右の竹林も閉鎖空間の一部である事は間違いなさそうだ。
「三人とも、竹林の方に隠れるでござるよ」
 楓が促し、のどか達を竹林へと隠す。
 彼女がネギの元に駆けつけるには、まず三人の安全を確保せねばならないと考えたのだ。
「ここから先は危険でござる。拙者が様子を見てくる故、のどか殿達はここに隠れているでござるよ」
「で、でも…」
「詳しくは申す事はできぬが、今拙者達は陰陽術により閉じ込められているでござる。下手に動くと遭難する故、じっとしているでござるよ」
「術によって閉じ込められてるって…そんな、オカルトじゃ」
 「あるまいし」と続けようとしてハルナはハッと目を見開いた。
「も、もしかして、マジ?」
 おずおずと問うてきたハルナに、楓はコクリと頷いて答える。
「何とか抜け出す事はできないですか?」
「そ、それは…術者を捕らえて聞かぬ事には」
「それってまさか、今向こうで戦ってる…」
 厄介だと楓は頭を抱えた。
 今の事態は正にのどかの好きな冒険小説のようであり、夕映にとっては好奇心を刺激されるものであり、また掛け持ちで漫画研究会にも属するハルナにとっては生きたネタそのものである。
 三人揃って興味津々なのだ。このままおとなしく待っていてくれるとは到底思えない。
 何よりこの三人、クラスの中でも頭が切れる面々であり、「まるで物語の中のよう」と言うフィルターを通してものを考えるため、こういう事態に対する適応力が極めて高い。
「て言うか、まさか向こうで戦ってるのってネギ君なんじゃ…?」
「いや、それは…」
 現に、三人は断片的な情報からどんどん真相へと近付いている。
 おそらく小説か何かを参考にしているのだろうが、ネギが魔法使いである事を隠さねばならぬ身としては、これ以上となく厄介な三人であった。

「あの、楓さん」
「な、何でござるか?」
 おずおずと前に出たのどかが『イドの絵日記』を差し出した。夕映とハルナも何をするのかと、のどかの動向を見守っている。
「これは、人の心を読む事ができるって言う本なんです。これをうまく使えば、ここから抜け出す事もできるかも知れなくて、その…」
 うまくまとめられなかったのか、のどかは途中で言葉を詰まらせてしまうが、彼女が言いたい事は理解できた。
 楓はその本を受け取るとパラリとページをめくってみる。すると1ページには解説文、隣の2ページ目には困っている現在の彼女の心境が浮かび上がっていた。それを見て楓は本物だと確信する。
「本物…のようでござるな」
「その、昨日の賞品としてもらったカードから出てきたんです」
「う〜む…」
 確かに、ここから抜け出す方法を知るには、『イドの絵日記』の助けが必要であろう。しかし、それは彼女達を巻き込む事となる。一般人である彼女達を魔法使いと陰陽師の戦いに巻き込んでしまってよいのか。楓は決断を下す事ができずにいた。

 そして、こう言う膠着した状況において、真っ先に動く事ができる行動力の持ち主は、やはりハルナだった。
「もー、そんな所でうじうじ悩んでたって始まらないでしょ? もう巻き込まれちゃったんだから、脱出のために動かないと。うじうじ悩んでるだけの主人公なんて、冒険小説には似合わないよー?」
 自分から首を突っ込んだ事は棚に上げているが、気にしてはいけない。
 確かに、現在進行形で閉鎖空間に閉じ込められていると言う巻き込まれっぷりなのに、彼女達を巻き込んで良いものかと悩むなど馬鹿らしいことこの上ない。
「…分かったでござるよ」
 彼女達の力を借りて、一刻も早くこの閉鎖空間から脱出する。
 ハルナにせっつかれる形ではあるが、楓は決断を下した。

 楓を先頭に四人は音がする方へと竹林の中を進む。少しでも敵に見つかる可能性を減らすためだ。
「こう言う時ってさ、小枝か何かパキッって踏んじゃって敵に見つかるのがお約束なんだよね〜」
「今回の場合は、その心配はなさそうです」
 戦いの場に近付くにつれて音がどんどんと大きくなってきている。それだけでなく巨大な鬼蜘蛛の姿が肉眼で確認できるほどになっていた。
 竹林を薙ぎ払いながら暴れているため、鬼蜘蛛が動くたびに大きな音を立てているのだ。そのため四人の足音は掻き消されてしまっている。これは彼女達にとっての幸運であった。

「術者はあの少年のようでござるな」
「あんな子供が…」
 楓達が戦場に辿り着いた時、ネギ達は苦戦を強いられていた。
 気で強化された豪徳寺の拳も鬼蜘蛛に決定打を与える事ができず、人狼族としての力を利用した白兵戦を得意をする小太郎と魔法使いのネギとでは距離を詰めての戦いにおける絶対的な差があるためだ。
 端的に言えば、呪文を唱える時間を与えてもらえずネギが一方的に殴られている。
 これは護鬼を伴って現れた小太郎を、ネギと同じ術師タイプだと判断したカモの判断ミスであった。
「ネギ先生…っ!」
 思わず飛び出しそうになったのどかを楓が制する。彼女は『イドの絵日記』でここから脱出するための方法を探らねばならないのだ。ここで不用意に飛び出させるわけにはいかない。
「うわっ、ホントにネギ君戦ってるよ!」
「豪徳寺さんも…これで、どうして横島さん達が京都に来ていたかが分かったです」
 担任教師のネギが戦っているのを見て、流石の彼女達も驚きを隠せないようだ。
 杖を手に呪文を唱えて魔法を放つ少年、受け止める敵も異能を持った少年。彼女達にとっては正に冒険小説の世界、大喜びしそうなシチュエーションではあるが、実際にネギが殴られている姿を目の当たりにしてしまうと、流石の彼女達も不謹慎に騒ぐ事はできない。
「のどか殿、あの少年の心を読むにはどうすればいいでござるか?」
「えと、この本の解説文によると…相手の名前を呼んで、答えて欲しい質問をしてから本を開けばいいみたいです」
「なるほど…」
 相手が素直に名乗ってくれるタイプであれば問題ないが、こればかりは実際に話をしてみないと分からない。
 まずは鬼蜘蛛をどうにかして、落ち着いて話せる状態にしなければならない。そう考えた楓は懐から呪印を施した苦無を数本取り出し、両手で構えた。
「まずは拙者があの大蜘蛛を片付ける故、ここで大人しくしてるでござるよ」
「…できるの?」
 心配そうなハルナに楓はにっこり笑って応えた。
 彼女は退魔師の中でも強力な大妖怪に対抗する為の術を磨いてきた一族の出身だ。それ故に通常の除霊よりも、強力な妖怪と戦う事を得意としている。そんな彼女にとって大蜘蛛は、正しく「相手にとって不足なし」であった。

「不意打ち御免ッ!」
 掛け声と共に楓は手にした苦無を一斉に投擲する。
 約半数は鬼蜘蛛の表皮に弾かれてしまったが、残りの半数は関節部分に突き刺さった。
 元より全弾命中は期待していない。数本の苦無が関節部に潜り込んだ事を確認すると、楓はすぐさま印を組んで苦無に施された呪印を発動させる。
 それと同時に周囲に響く爆発音。関節部分に潜り込んだ苦無が爆発し、鬼蜘蛛の足を内側から吹き飛ばしてしまった。
 こうなると、鬼蜘蛛は自重を支えきれなくなって身動きが取れなくなる。残された足をジタバタと動かすが、もはや足掻きでしかない。
 楓は休む間も与えずに接近。先程外した苦無を拾って鬼蜘蛛の正面へと回り込むと、渾身の力を込め、蜘蛛の眉間目掛けて苦無を叩き込んだ。
「豪徳寺殿、ネギ坊主を!」
「お、おうっ!」
 突然の出来事に呆然としていた豪徳寺だったが、楓の声に弾かれたように動き出した。すぐさまネギと小太郎の間に入り、小太郎の攻撃からネギを庇おうとする。
 そして豪徳寺が鬼蜘蛛から離れた事を確認した楓は、自らも距離を取って再び印を結ぶと、眉間に突き刺さった苦無の呪印を発動させた。
 再び響く爆発音。鬼蜘蛛は見事に頭を吹き飛ばされ、鬼蜘蛛はそのまま全身を煙のようにして消えてしまった。
 札によって召喚されていたものが、倒された事によって送り返されたのだ。
 
「な、何やねん、いきなり…」
 これには、小太郎も絶句してその動きを止めた。
 その間に豪徳寺が駆けつけネギの前に立つ。形勢逆転である。
「姉ちゃん何者や!? いきなり横槍入れおって!」
「人に名前を問う時は、まず自分が名乗るべきではござらんか?」
 心の中では「かかった!」と目を光らせているが、そんな事はおくびにも出さずに楓は問い返す。
 すると小太郎は、楓の言う通りだと思ったのか、あっさり「犬上小太郎や!」と名乗った。
 当然、竹林の中ではのどか達が耳をすませて聞いている。

「よし、のどか今よ!」
「う、うん!」
 意を決してのどかは立ち上がった。
 それに気付いた小太郎は更なる援軍かとのどかに視線を向けるが、明らかに非戦闘員である彼女を見て、一体何者かと一瞬動きを止めてしまう。
「犬上小太郎君! ここから出るにはどうしたらいいんですか!?」
「は? そんな事、俺が答えるわけ…」
「ここから東へ6番目の鳥居の上と左右3箇所の印を壊せばいいみたいです」
「何ぃーーーッ!?」
 脈絡もなく正解を言い当てられ、小太郎は思わず叫んでしまった。
 そして同時に敵にこちらの心を読む手段があったのだと気付くが、時既に遅し。ネギはすぐさま『魔法の射手』を放って『無間方処の咒法』を破ってしまった。

「よっしゃー! 皆脱出するぜ!」
 興奮して、のどか達がいるにも関わらずカモが叫ぶ。
 それに合わせて印が破壊された鳥居に向かってネギ達は一斉に駆け出した。
「ま、待てや! 逃がさんで!」
「おっと、行かさんでござるよ」
 小太郎は慌ててネギ達を止めようとするが、それより早く楓によって取り押さえられてしまった。
 何とか振りほどこうとするが、全く身体が動かない。それだけ二人の間に実力差があると言う事だ。
「クソッ! 姉ちゃん一体何者なんや!?」
「そう言えば、名乗り返していなかったでござるな」
 楓はにっこり微笑んで答えた。

「拙者は長瀬楓、古き友のために妖魔を討つ事を生業とした退魔師の一族でござるよ」

 小太郎は、楓がGSとはまた違う、裏側に近しい人間である事を悟る。
 そして楓は小太郎を放し、彼が動かない事を確認すると、身を翻してネギ達の後を追った。小太郎もあえてそれを追い掛けない。ここでの戦いは自分が敗北した。それなのに、更に追いすがるようなみっともない真似はしたくなかったのだ。
「西洋魔術師をぶちのめす事はできんかったけど、強い姉ちゃんと戦えたからよしとするか」
 ここでの敗北は認めるが、このまま引き下がるつもりもない。このまま千草について行けば、再戦する機会もあるだろう。その時は真正面からぶつかってやるつもりだ。

 ばたりと仰向けに倒れて空を見上げると、一筋の涙がこぼれる。悔し涙だ。
「ネギに楓か…リーゼントの兄ちゃんはどうでもいいわ、次は負けへんでー!」
 リベンジを誓う小太郎の声は、青空へと吸い込まれるように消えて行くのだった。



つづく



あとがき
 楓の設定についてですが、彼女は原作通りの『甲賀中忍』ではありません。
 今回の話で色々とヒントは出しましたが、今の段階ではまだ内緒とさせていただきます。

 そして、小太郎についてですが『見習GSアスナ』では、人狼族の末裔としました。
 純血ではありませんので、『GS美神』の原作で出てくるような獣人形態にはなれません。

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