topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.28
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 『無間方処の咒法』から脱出することに成功したネギ達は、そのままのどか達を連れて関西呪術協会の総本山へと駆け込んだ。
 できる事ならばのどか達をここへ連れてくるのは避けたかったのだが、あの状況ではホテルに帰るようにと別行動させるわけにもいかないためやむなく一緒に行動する事にしたネギ達。総本山は木乃香の実家でもあるため、いざとなればそれを理由に誤魔化すつもりだ。
「あの、ネギ・スプリングフィールド様ですか?」
 門を潜り抜けたところで、古めかしい着物を身に纏い、矢筒を背負った武士のような姿の男が声を掛けてきた。どうやら総本山を守る衛士のようだ。
 ネギはのどか達に聞こえないように彼の耳元で親書を届けに来た旨と、鳥居の道で敵に襲われた事を伝えると、蜂の巣を突いたかのような大騒ぎとなった。東に対する隔意云々を抜きにして、総本山の敷地内での狼藉を許したとあれば、関西呪術協会の沽券に関わるためだ。
 関西呪術協会は表立って取り扱う事のできない所謂禁術等を扱う裏の組織ではあるが、その立場はあくまで陰陽寮の下部組織。陰陽師の中でもエリートと呼ばれる者達が衛士の役割を担うのだが、それだけに失態は許されない立場にあると言える。

「どうやら、大変な目に遭われたようですね」
 衛士達の間を縫うようにして、眼鏡を掛けた陰陽師の男が一人、ネギ達の前に現れた。
 それなりに長身ではあるが、血色が悪く「ひょろ長い」と言った印象を受ける。
 男の名は近衛詠春、木乃香の父だと名乗った。それを聞いたネギ、豪徳寺、カモの三人は目の前の男が関西呪術協会の長である事に気付く。のどか達が近くにいるため、気を遣って長とは名乗らなかったのだろう。
「あ、あの、僕達は…」
 懐から親書を取り出そうとするネギを、詠春はにっこり微笑んで手で制する。
「義父からの用件については後ほど窺いましょう。まずは、皆さん本殿の方でゆるりとお休みください」
「え…あ、はい」
 言われてみれば、ここで親書を取り出すのは確かに軽率である。
 詠春はネギ達を本殿の客間へ案内すると、しばらくここで待っていて欲しいと言って、自らは衛士達を指揮するために正門の方へと戻って行った。

「うひゃー、これホテルよりスゴイ部屋だよ。木乃香ってお嬢様だったんだねー」
「学園長がおじいさんとは聞いていましたが…」
 客間に入ったネギ一行、まずはハルナが部屋を見回して感嘆の声を上げた。
 案内された部屋は、立派な日本庭園に面した和室だった。ネギが思い浮かべる「屋敷」、洋風のそれとは違って派手さはないが、落ち着いた上品さが部屋全体から醸し出されている気がする。
 凄い所である事は、威厳を感じさせる外観からある程度予測はできていたのだが、実際に目の当たりにするとまた違った驚きがある。多少の事では動じない夕映さえも圧倒されてしまっている。
「ネギ坊主、横島殿に連絡した方が良いのではござらんか?」
「あ、そうですね!」
 親書を届けた後、ネギ達は横島達の元へ応援に駆けつけるつもりだったのだが、この状況ではそれも適わないだろう。逆に、横島達が総本山へ来た方が良い。
 その事を伝えるために、ネギは話を聞かれないように庭へ出て携帯電話を取り出した。豪徳寺も無言で部屋を出ると、庭を眺めるように縁側に立ち、ネギとのどか達を遮る壁となる。
「へっへっへっ、気が利くじゃねぇか。従者の鑑だねぇ」
「…そうでもないさ。さっきの戦いでは役に立てなかったんだからな」
 何も言わずとも『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』の務めを果たす豪徳寺に、タバコをくわえたカモはからかうような口調で話しかける。とりあえず小声ではあるが、のどか達はカモが人語を話す事を知っているので気楽なものだ。
 そして、対する豪徳寺はと言うと、先刻の小太郎との戦いで役に立てなかった事を悔やんでいるようだ。
「裏の人間と言うのは、皆鬼蜘蛛のような化け物を軽く倒してしまうものなんだろうか」
 豪徳寺の視線の先にいるのは長瀬楓。身長も豪徳寺とほとんど変わらないだろう。もしかしたら横島より高いかも知れない。確かに女性にしては体格が良いが、だからと言って力比べ、例えば腕相撲をしたとしても負けるとは思えない。見た目通りならば。
 だが、彼女はいとも簡単に鬼蜘蛛を倒してしまった。小太郎も圧倒した。
 前者に関してはまだ豪徳寺も納得が行く。楓は苦無と術を使って倒したのだから。しかし、後者の戦いは豪徳寺にとって大きな衝撃であった。
 まだ少年と言ってもよい年齢の小太郎。彼とネギの戦いを見ていて感じた事だが、その身体能力は明らかに豪徳寺のそれを凌駕していた。その小太郎を軽くあしらい、完全に抑え込んだのだ、楓は。豪徳寺と楓とを比較すればどうなるかは言うまでもないだろう。
「豪徳寺の兄さんは『気』で自分を強化するのが、まだできてないからなぁ」
「『気』で強化? それなら『金鷹(カナタカ)』で…」
「それは『気』そのものを強化してるんだってば、その『気』をどう使うかの問題なんだよ」
「むぅ…」
 つまり、豪徳寺はまだ『気』の使い方が拙いと言うことだ。確かに彼は気の使い手ではあるが、『漢魂(おとこだま)』以外の使い道を知らない。『金鷹』を手に入れる以前から無意識の内に『気』による身体強化を行えてはいたが、無意識であるため、『金鷹』で強化された『気』をうまく活かせていたとは言い難い。
 気による身体強化、それが『魔法使いの従者』として、裏の世界で生きる戦士としての豪徳寺の最初の課題となりそうだ。

「身体強化、か…」
 横島への電話を終えたネギがポツリと呟いた。豪徳寺とカモの会話が聞こえていたようだ。
 直接小太郎と戦ったネギのショックは豪徳寺以上に大きい。そして同時にこうも考えている。もし、ネギが『気』は無理にしても『魔法力』で身体強化を行っていれば、戦いの結果はまた変わっていたのではないかと。
 魔法使いは従者に対して『魔法力』を送り、彼等を強化する。ならば、同じ事を自分自身に行う事もできるのではないか。  ネギの従者である豪徳寺は自前の『気』で戦っているため、『魔法力』による強化を必要としない。ならば、その分を自身の強化に使っても問題無いはずだ。
 魔法学院で学んだ事を基礎とするならば、これは応用の範囲と言えるだろう。
 ネギは拳をぐっと握り締めて、『魔法力』により自身を強化する方法を模索し始めるのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.28


「横島さん、ネギはなんて言ってきました?」
「ん、関西呪術協会の総本山に到着したらしいんだが、途中で敵に襲われたらしい。しかも、何故かのどかちゃん達も一緒で身動き取れないんだと」
 それを聞いたアスナは呆れた様子だった。
 ネギは魔法使いである事を知られてしまうと、罰としてオコジョにされてしまう事をアスナは知っている。もちろん、彼女はその秘密を吹聴するような真似はしないが、既にまき絵、裕奈、亜子、アキラ、和美の五名に知られてしまっている。これに関係者であるアスナ、古菲、刹那、楓、エヴァ、茶々丸、真名を加えると十二名。さよも関係者と見てよいだろう。茶々丸の製作者である葉加瀬聡美もある程度事情を知っているらしい。そして、何故か超も魔法使いについて知る一人だ。これで総勢十五名、なんとクラスの約半分に知られてしまっている。
「…あいつ、もう半分オコジョになっちゃってるんじゃない?」
 のどか、夕映、ハルナの三人には、はっきりと魔法使いであると知られたわけではなさそうだが、ここまでくると後は時間の問題のような気がする。中でも夕映の頭の切れに関しては、同じ『バカレンジャー』であるレッドのアスナとイエローの古菲はよく知っていた。
 考えてみれば、風香、史伽の二人も怪しい。この二人に関してネギは不可抗力であるが、その巻き込まれっぷりはまき絵達四人にも劣らない。そして、巻き込まれていると言えば木乃香だ。こちらもネギに責任はないだろうが、いずれ魔法使いの事は知られてしまいそうだ。  これはクラス全員も時間の問題か。ふとアスナの脳裏に嫌な予感がよぎる。
 霊感の類に関してはまだまだ未熟と言えるアスナだが、これは果たして気のせいと言ってしまって良いのだろうか。アスナは、額に一筋冷や汗を垂らすのであった。

「ネギは、関西呪術協会の方に来て欲しいって話だけど…どうしようか?」
「総本山にですか? 既に親書が届けられたと言うのなら、それも良いかも知れませんが…」
 そこで言葉を止めて、刹那は周囲を見回した。
 一行はシネマ村に到着するまでは十人以上の大所帯であったが、流石に中に入ってしまうといくつものグループに分かれてしまうものだ。
 例えば、風香と史伽の二人は柿崎美砂と釘宮円に連れられて記念写真を撮りに行き、そのまま四人でシネマ村を観て回っている。逆に普段は美砂や円と一緒に行動している椎名桜子が今日は一緒ではない。彼女は和美と一緒にさよを着替えさせている。
 流石にさよ人形サイズの着物はないだろうと、桜子は事前に着物を用意していたのだ。製作者は茶々丸、チャチャゼロやさよの身体は人間の赤ん坊とほぼ同じサイズであるため、赤ん坊用の衣服をモデルにすれば大して難しい事ではない。修学旅行直前に桜子に頼まれて、夜なべして作ってくれた。
 そして長谷川千雨と春日美空は、騒ぎに巻き込まれるのを嫌ったのか、二人で早々に姿を消してしまっていた。騒ぐよりも普通に観光がしたい彼女達にとっては正しい選択と言えるだろう。
「皆さん、団体行動を乱しては…」
「もう遅いわよ、あやか」
 そして、現在、アスナ、古菲、刹那、木乃香以外に横島達と一緒にいるのは、雪広あやか、那波千鶴、村上夏美の三人である。何か目的があって一緒にいるのでなく、皆が揃うまで現在地、つまり変装の館の前で待っていたのだ。しかし、館の奥でアスナと刹那の二人が防具を用意している内に、他の面々が動き始めてしまったため、取り残されて現在に至っている。

「今から総本山に向かうとしても、お嬢様にどう説明するかが問題ですね」
「確かに、これから観光しようって時に言うのも酷だよなぁ」
 小声で話しながら顔を見合わせる横島と刹那。
 アスナ、古菲も交えて話し合い、一通りシネマ村で遊んでから関西呪術協会に向かう事となった。普通に遊び終えてシネマ村から出た後ならば「ここからは別行動にしよう」と他の班とも離れる事ができるので、そちらの方が色々と都合が良い。
「まぁ、敵が来たとしても俺達で何とかすればいいわけだし…」
「楽観的な気もしますが、お嬢様に修学旅行を楽しんでいただきたいと言うのは、私も同意見です」
「ネギの方には遅くなるって連絡しとくわ」
「お願いします」
 この時点で横島と刹那は千草と月詠以外に敵はないと考えていた。京都駅での戦いにおいて二人以外の敵が現れなかったので、他に仲間がいたとしても、彼女達ほどの力は無いと判断したのだ。
「連中が現れたら、月詠は私が」
「悪いチチねーちゃんは俺が相手をすると。ああ、また胸元開いた着物で来てくれんかなー」
「…来て欲しいんですか、横島さん?」
「アスナ、落ち着くアル」
 限りなく本気の横島に対し、思わず『ハマノツルギ』を取り出すアスナ。しかし、横島はアスナが千草と同じ格好をすれば、それはそれで喜んでいたであろう。
 かく言うアスナはジャケットがあまりにも評判が悪かったため、変装の館に戻って陣羽織を借り、ジャケットの上から着込んでいたりする。

「せっちゃん、売店におみやげ探しに行こう。ほら、忍者の里やて」
「は、はい…」
 一方、横島達とは裏腹に、木乃香は久しぶりに幼馴染の刹那と一緒にいられるとあって実に積極的であった。すぐに刹那の手を引いて、売店へと向かう。
「木乃香さん、貴女まで団体行動を乱しては!」
「まぁまぁ、いいじゃないのあやか」
 あやかが止めようとしても、何のそのだ。千鶴があやかを止めるのはさり気ないフォローか、単に面白がっているのかは微妙なところではあるが。
 横島は木乃香を守るためにあまり離れる事はできないが、二人の邪魔にならぬよう、できるだけ距離を取って護衛につく事にする。
「木乃香、嬉しそうね〜」
「刹那もあんま表情に出ないけど、嬉しそうアル」
 そして、アスナと古菲の二人は、微笑ましい二人を温かい目で見守っていた。

「あれ、アスナ達まだここに居たの?」
 その時、桜子と和美がさよを連れて変装の館から出てきた。
 桜子とさよは揃いの着物を着ており、年の離れた姉妹のように見える。
 そして、和美だけは何故かここに来た時と変わらぬ服装のままであった。横島が目聡くそれに気付いて問い掛ける。
「で、なんで和美ちゃんは着替えてないの?」
「いやー、興味なくはないんだけどね。私は皆の写真を撮る役目があるから」
「惜しい! 和美ちゃんなら、こう胸元バーンとォーーーって、げふぅっ!」
「横島師父、落ち着くアル」
 横島が次のアクションを起こすよりも早く、古菲の一撃が彼の意識を刈り取った。


 そんな横島を物陰から見詰める二つの影があった。
「あのダンディなおっさん、盛っとるなぁ。チチがあればガキでもええんかい!」
「…千草はん? 『だんでぃー』言うには、若過ぎる気がするんですけど」
「新幹線の中じゃおっさんやったんや!」
 千草と月詠の二人だ。
 かく言う千草の装いは、横島の望み通りに大胆に胸元を開いた着物姿だ。今出て行けば横島は喜ぶだろうが、彼を喜ばせるためにこんな格好をしている訳ではない。彼女達は、木乃香の身柄を確保するためにここまで来たのだ。
「と言うか、総本山の方に行く言うてますえ」
「そら不味いな、あそこの結界の中に篭られたら流石に手出しでけへん」
 小太郎はネギの監視に置いて来た。そしてもう一人の仲間である白い少年も、何か考えがあるとかで現在別行動中であるためここにはいない。
 もう少し頭数を揃えるべきだったかと舌打ちする千草。しかし、関西呪術協会内に現在の長、近衛詠春に反抗的な人間が多いとは言え、表立って叛乱しようと言うほどの骨のある者はほとんどいないのが現実だ。
 現に今いる仲間も月詠は神鳴流であり、小太郎はフリーの傭兵のような立場にある。そして最後の一人の『白い少年』、名をフェイト・アーウェルンクスと言うそうだが、彼はイスタンブール魔法協会に所属する魔法使いである。千草が仲間を探している時、彼の方から彼女の下に訪れて、協力を申し出てきたのだ。
 千草も彼を引き入れるのには難色を示したが、それでも受け入れざるを得ないのは、頭数が揃わなかったためだ。陰陽師にとって怨敵とも言える魔法使いを仲間にしなければならないほど、千草の仲間は少ない。
 だからと言って、詠春が簡単に千草達を抑え込めるのかと言われると、そうでもない。
 結局のところ、「詠春は気に入らないが、自らを危険に晒すつもりもない」と言う日和見主義の者がほとんどなのだ。腰抜けどもがと千草は心の中で毒づく。

「月詠、鬼札はどんだけある?」
「鬼札ですか? ざっと百枚ありますけど、ウチは護鬼の類は好みやないんで、可愛い系のしか。刹那センパイとかあちらのGSのお兄さん相手じゃ足止めにもならんと思いますえ」
 「鬼札」と言うのは護鬼を召喚するための札だ。陰陽師であれば、影に式神を封じていない限り大半が持っている物であり、単独で行動する事が多い神鳴流の剣士も、自身を補助させるために持ち歩いている事が多い。
 千草はネギを監視する小太郎のために、手持ちの鬼札の半分以上、切り札とも言える『鬼蜘蛛』までも預けてしまったために、現在はろくな手札が残っていない。
 そして、月詠は数少ない例外らしい。持ってはいるのだが、全てマスコット扱いで、無害なものだと彼女は言う。
「やっぱり頼りになるのは猿鬼(エンキ)と熊鬼(ユウキ)か…」
「他におるんは、あちらの素人はんだけでっしゃろ? ウチの鬼札で十分足止めできると思いますけど」
「…そやな、それで行こか」
 千草を焦らせる要素が一つあった。それは横島達が関西呪術協会の総本山に向かおうとしている事だ。
 それが意味する事は一つ、総本山側に横島達を受け入れる準備が整ったと言う事だ。すなわち関東魔法協会からの親書が総本山に届けられたと言う事であり、小太郎の敗北とネギが総本山に辿り着いた事を意味する。
 こうなると日和見の連中も詠春の方になびいていくだろう。すぐに詠春に従うとは思えないが、千草に協力する事は絶望的となる。ここいらで何か手を打っておかないと、どんどん自分達が不利となってしまう。
 ここで木乃香の身柄を確保するのだ。選択の余地はない。
「…こうなったら、多少一般人を巻き込むのもやむなしや」
「千草はん?」
「あいつら、シネマ村から出る時にまた集合するはずや、その時に叩くで!」
「…はぁ、ウチは刹那センパイとしか戦いまへんえ?」
 あまり気が進まない様子の月詠。
 一般人を巻き込みたくない…などと殊勝な事を考えているわけはなく、弱い者とは戦う価値がないと言いたげであった。
「そっちは鬼に任せとき!」
「は〜い」
 月詠にしてみれば、刹那と戦う事ができれば文句はない。シネマ村は言わば神鳴流のお膝元ではあるが、そんな事彼女には関係がなかった。この一件で神鳴流を敵に回してしまうかも知れないが、それこそが彼女の望むところである。
 考えてもみろ、神鳴流が敵に回ると言うことは彼女に追手がかかると言うことだ。来る日も来る日も最強の戦闘集団と言われた剣士達との戦いに明け暮れる日々に想像の翼を広げ―――

「ス・テ・キ

―――頬を紅く染め、目を潤ませて、恍惚とした表情で甘い溜め息をついた。
 年頃はアスナ達と同程度、或いは下に見える小柄な少女だと言うのに、その表情は妖艶さすら醸し出している。
「はぁ〜、いいどすなぁ…毎日毎日の死闘、交わる刀、飛び交う血…」
「…それは、あんただけでやっとき」
 流石の千草も付いていけなかった。神鳴流剣士月詠、正に『狂人』である。


「やっぱり、さよちゃんと一緒に記念撮影はダメですか?」
「…人形が自分でピースしたらダメだろなぁ」
「はいはい、私が撮ったげるから、そこに並んで〜」
 貸衣装に着替えるのは桜子達が最後であったため、彼女達が出てくるのを見届けたあやか達は他の面々を探しに行ってしまい、横島達も別行動で観光を始める事となった。
 残ったメンバーは揃って行動しているのだが、木乃香の方には刹那、アスナ、古菲の三人がついており、横島は和美、桜子、さよと一緒に少し距離を取っている。木乃香に近付く者がいないかを第三者の視点で見張るためだ。
 桜子はどうして横島が木乃香たち、正確にはアスナと距離を取るのか疑問に感じていたが、それは事情を知る和美が木乃香と刹那の事情を当たり障りのない範囲で話してフォローをする。
「横島さん見て見て! 『超忍者隊プラズマ』だって!」
「なになに、臨場感満点ハイビジョン3Dシアター。時を越えた忍者バトル、次々に襲い掛かるゾンビと化した江戸の人々…何だかよく分からんが凄そうだな」
「おーい、アスナー! これに入らないー?」
 和美が声を掛けると、それに気付いたアスナ達がやって来た。
 彼女達も『超忍者隊プラズマ』の解説を見て興味を持ったようだ。「怖いもの見たさ」と言う意味で。
 アスナが小声で「いいんですか?」と聞いてきたが、これがダメなら最初から観光しないで関西呪術協会の総本山に向っている。
 実は千草達の襲撃を警戒するべく『探』の文珠を使っていたりするのだが、これぐらいの苦労で彼女達が思い切り楽しめるのならば安いものだと横島は考えていた。
 ちなみに、この文珠は先刻千鶴に六尺褌を手に迫られた際に創り出したものだったりする。彼女の笑顔に女王様気質を感じ取ったらしい。
「それじゃ皆で入るか、さよちゃんは桜子ちゃんの膝の上で」
「「はーい」」

 途中で記念撮影を終えた風香一行が加わり、千雨、美空を見つけたあやか一行も合流して一緒に昼食をとる事となった。
「それじゃ、横島さんの奢りって事で」
「「さんせーい!」」
「おいおい…いや、まぁ、それぐらいならいいけどな」
 話の流れか、いつの間にか横島が奢る事になっていた。
 ある程度予想していたと言うこともあり、昔と違ってある程度自由に使える金がある横島はそれを承諾する。
「す、すいません、横島さん…」
「いいのいいの、これぐらい」
 あやかは申し訳なさそうにしていたが、横島にしてみれば可愛い少女達、その内半分ぐらいは女子高生と言っても通じるぐらいの少女達に囲まれて、昼食代程度で済むのであれば安い買い物と言うものだ。
「お昼からは、おみやげもの屋まわってみようか」
「そうね…持ってきたお菓子とか新幹線でけっこう食べちゃったし、そっちの分も補充したいわね」
「もちろん横島の奢りでー!」
「奢りですー!」
「お前らな…」
 安い買い物のはずである。多分。



 楽しい時間はあっと言うまに過ぎ去り、今はもう夕暮れ時だ。
 奢り奢りと言っていた少女達だったが、半分冗談で言っていたらしい。予算オーバーしないかとドキドキしていた横島はほっと胸を撫で下ろしていた。
 桜子、美砂、円は京銘菓やシネマ村オリジナルグッズを中心に買っていた。京銘菓の半分は修学旅行中のおやつにする気満々である。他にも、あやかや千鶴は京都伝統工芸品を興味深げに見ていた。二人して買った京扇子を広げているが、その姿が実に様になっている。
 そして、時代劇グッズであるおもちゃの刀を振り回しているのは風香と史伽。彼女達は当初舞妓姿をしていたが、動きにくいと途中で忍者装束に着替えていた。何とも可愛らしいくノ一二人である。

「もう夕暮れですし、皆さんそろそろ帰りましょうか」
「あ、いいんちょ。私達、この後用事があるから別行動ね」
 突然別行動を宣言したアスナにあやかは眉を顰める。
 今でさえ、ホテルに戻る時間を考えれば門限ギリギリなのだ。ここから更に別の所に行くとなれば、当然門限に間に合わない可能性が高い。クラス委員長としては咎めるような顔になってしまうのは仕方が無い事であろう。
「あー、遊びに行くわけじゃなくてね…」
「って、アスナ危ないアルよ!」
 どう説明すべきか、どこまで言って良いのかとアスナが頭を悩ませていると、そこにある意味救いとも言える横槍が入れられた。古菲がアスナを連れて飛び退き、あやかもその乱入してくる馬車に気付いて隣に立っていた千鶴、夏美を連れて下がる。
「どうも〜、そこの東の洋館の貴婦人にございます〜。お姫様をいただきに参りました〜」
「現れたか、月詠ッ!」
 馬車から降りてきたのはドレスに身を包んだ月詠。
 シネマ村では、お客を巻き込んでの劇が突然始まったりするので、それを装って現れたのだ。「お姫様」とは言うまでもない、木乃香の事である。
   夕暮れ時になって観光客の姿はまばらになったとは言え、全くいないわけでない。劇を装って衆人環視の中堂々と木乃香を連れ去ろうと言うのだろう。
「皆さん巻き込んで申し訳ありませんけど、ウチと刹那センパイが心置きなく戦うため…この子達と遊んでてくださいな♪」
 月詠が両手の指先でスカートを摘み、優雅に一礼するようにそっとそれを持ち上げると、バサッと音立てて大量の札がスカートの中から溢れ出てきた。何事かと月詠を見ていた者達からおおっと感嘆の声が上がる。

『ひゃっきやこぉーっ

 可愛らしい掛け声と共に札の一枚一枚から煙が噴き出し、やけにファンシーな姿の妖怪達が姿を現した。その姿はシネマ村のマスコットだと言えば通じてしまいそうだ。
「ほなセンパイ、行きますえ
 その声が刹那の耳に届いた次の瞬間、二刀小太刀を構えた月詠が煙を切り裂いて飛び出して来た。
 大振りの野太刀では彼女のスピードについていくのがやっとである事は、京都駅での戦いで既に分かっている。刹那は初めから神通棍を伸ばして彼女を迎え撃った。
 ここからは二人の戦いの始まりである。

「アスナ、近くに悪いチチねーちゃんの姿は見えるか!?」
「えと、見回した限りでは…」
「そのまま木乃香ちゃんとこ行って刹那ちゃんと交代するんだ!」
「はいっ!」
 なし崩し的に戦いが始まってしまったため、横島は慌てて矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「和美ちゃんは皆を連れて下がって!」
「『アレ』絡みだね? OK、任せといて」
「古菲はあの妖怪達を!」
「殴りにくいアルな〜。でも、昨日戦えなかった分、取り戻すアル!」
 事情を知る者達が一斉に動き出した。
 しかし、その時既に妖怪達も動き出している。
 横島はファンシーな見た目から、妖怪達はほとんど害がないと考えていた。
 確かに、大した害はないだろう。彼等の攻撃で怪我をするような事もない。
「ひゃっ…!?」
「何この、スケベ妖怪〜!」
「ぶほぉっ!?」
 しかし、目の前でスカートめくりを連発されては別の意味でダメージが発生する。主に横島に。
「横島師父、鼻血出してるヒマはないアルよ!」
「わ、わかってる!」
 古菲はとりあえず大きな妖怪に狙いを定めたようだ。
 風香と史伽を追い掛け回していた子供向けの番組に出てくる着ぐるみのような妖怪に飛び蹴りを食らわせる。
 やはり『気』の込められた攻撃は有効のようで、その一撃で妖怪は霧のように散って消えてしまった。
 逆に横島は小さい方を狙った。身体が小さい分すばしっこい彼等は、既に少女達を捕らえていたため、彼女達を助ける事を優先したのだ。
「横島さん、これ取って〜!」
「おう、ちょっと待ってろ」
 美砂の胸に飛びついていた小さい河童をつまみ取り、足元から円の着物に潜り込もうとしていたうさぎのぬいぐるみのような妖怪を蹴飛ばして吹き飛ばす。
「なんてうらやましいヤツらだ、許さんぞ!」
「横島さん、本音混じってるから」
 千雨に集団でたかる小型の妖怪達を引き剥がしながら、和美がすかさずつっこみを入れた。案外余裕があるのかも知れない。
『さ、桜子さん、この人達本物の妖怪さんですよ〜!』
「うそっ、マジでっ!?」
 桜子もさよを抱きかかえたまま逃げ回っている。持ち前の幸運を発揮しているのか、敵につかまる事もないが、一般人の彼女では他の者を助ける余裕もなさそうだ。
「あら」
「ぬはっ、黒か!? …いや、これはこれでっ!!」
 こちら側は余裕はあるはずなのだが、別の意味で余裕がなかった。

 そんな中、この戦いにおいて意外な活躍を見せた者が二人居た。
「あらあら、おイタはいけませんよ〜」
 スカートをめくろうと近付いてきた妖怪に対し、容赦なく手に持ったフライパンの一撃を食らわせる千鶴。
「雪広あやか流合気柔術『雪中花』ッ!」
 そして、自称武芸百般のあやかだ。
 雪広あやか流、要するに我流の柔術で、次々に襲い掛かる妖怪達を沈めていく。
「ホホホ、着ぐるみでこの私の相手をしようとは愚かな!」
 鼻高々に勝利を宣言するあやか。傍で見ていた夏美はこういう状態のあやかには落とし穴が待っていると感じていたが、こちらも妖怪にたかられて注意を促す事ができない。
「あぁっ!?」
「いいんちょ、上ですー!」
 その時、風香と史伽が気付いた。その言葉を聞いたあやかが二人が指差す先、頭上に視線を向けると、巨大な招き猫が彼女目掛けて落下する直前であった。
「へぷぅっ!?」
 成す術なく、そのまま押しつぶされてしまうあやか。
 招き猫の下からはみ出した足をバタバタさせてもがくが、かなりの重量があるのか抜け出す事ができない。
「いいんちょがやられたー!」
「横島さーん、助けてくださーい!」
「あいよー!」
 横島は少し離れた位置で和美が千雨から引き剥がした妖怪達を『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』でまとめて横薙ぎに一掃している真っ最中であったが、風香、史伽の声を聞いて、すぐさま空いた手からサイキックソーサーを出すと、あやかの上の招き猫目掛けて投げつけた。
 当然乱戦状態のため間には人、妖怪がひしめきあっていたが、サイキックソーサーは手から離れた後も操作可能な霊能だ。アーチ状の放物線を描くように飛んでいたそれは、招き猫の頭上に来ると、急降下で招き猫に直撃、爆発する。
 流石に大型とは言え、その一撃には耐えられなかったようで、爆発が収まった後には煙に咳き込むいいんちょの姿だけがあった。
 その派手な爆発を見て周囲からは感嘆の声が上がる。これだけ大きな騒ぎになっていると言うのに、周囲のギャラリーはこれをアトラクションか何かだと感じているのかも知れない。
「大丈夫か、いいんちょー」
「ケホッ、ケホッ、一体何が…」
「ヨコシマンが助けてくれたですー」
「ヨ、ヨコシマン?」
 流石にその名前はあやかには通じない。

『来れ(アデアット)ッ!』
 一方、木乃香の元に行くように言われたアスナは、すぐさま仮契約(パクティオー)カードを取り出して、アーティファクト『ハマノツルギ』を召喚した。見た目はただのハリセンだが、アスナにとっては霊力を込めた攻撃ができる唯一の武器だ。
 横島も忘れずに霊力を送ってくれているようで、今の彼女の身体には霊力が漲っている。
「う〜、くすぐったいと言うか、気持ちいいと言うか…」
 この感覚にはまだ慣れないが、今はそんな事を言っている場合ではない。顔を火照らせたアスナは、『ハマノツルギ』を大きく振りかぶって妖怪の集団へと吶喊を開始した。
「たぁーっ!」
 足元に群がる小型の妖怪は、霊力を漲らせたアスナが走るだけで蹴散らせる。
 時折飛び掛ってくる者もいるが、アスナは持ち前の反射神経でホルダーから破魔札を取り出すと、空中でそれを迎撃した。
「すごい、身体が軽い!」
 横島の霊力により身体能力が活性化されているためではあるが、それもアスナ本来のポテンシャルの高さがあってこそだ。元より大した力を持たない月詠の護鬼では相手にならない。
「てーいっ!」
 大型の妖怪が立ち塞がると、アスナは上段に構えた『ハマノツルギ』を真正面から振り下ろした。
 妖怪はそれを腕で防ごうとするが、『ハマノツルギ』に触れた瞬間まるで風船が割れるように弾けて消えてしまう。
「すごい、ただのハリセンじゃなかったんだ…」
 驚きの声をあげるアスナ。
 彼女は知らなかったが、『ハマノツルギ』には召喚された者を強制的に送還すると言う能力がある。仮にもアーティファクト、見た目通りのただのハリセンではない。

「木乃香、大丈夫!?」
「アスナ!」
 そのまま妖怪の波を掻き分けてアスナは木乃香の元に辿り着いた。
 少し離れた橋の上では刹那と月詠が一騎討ちをしているが、流石にこちらには助太刀できそうにない。
「アスナさん、敵の狙いはお嬢様です! お嬢様を連れて逃げてください!」
「せっちゃん!?」
「え、でも…」
 刹那がアスナに気付いたようで、声を掛けてきた。
 しかし、その内容に木乃香は悲鳴のような声で刹那の名を呼ぶ。アスナにしても、いきなりそんな事を言われても承諾する事はできない。
「どこからか天ヶ崎千草が見ているはずなんです! 早くお嬢様を連れて隠れてください!」
「! わ、わかったわ!」
 横島の霊力のおかげで妖怪達を軽く蹴散らせたため、調子に乗って忘れてしまっていたが、敵はもう一人、本命の千草が残っているのだ。
 言われてみれば、この場には千草の式神である猿鬼と熊鬼もいない。あの二鬼がいれば、これほど簡単に木乃香の元に辿り着けなかっただろう。
「木乃香、横島さんとこに行くわよ」
「でも、せっちゃんが…」
「だいじょーぶ、刹那さんは私なんかよりよっぽど強いんだから!」
 アスナは木乃香を力付けると、多少強引ではあるがグッと木乃香の手を引いて走り出した。

「…追わないのか?」
 しかし、刹那と鍔迫り合いをしていた月詠は、そちらに視線を向けようともしない。
 彼女は木乃香を奪いに来たのではないのか。刹那は疑問の表情を浮かべる。
「ふふふ、ウチはただ刹那センパイと剣を交えたいだけ…あちらさんは千草はんに任せとります」
「チッ! 戦闘狂がッ!!」
 激昂し、力で押して月詠を突き飛ばすように引き離す刹那。
 月詠はすぐさま態勢を立て直すと、猛獣の如く刹那に襲い掛かって連撃を放った。

「やりますなぁ、刹那センパイ
「互角、か…」
 この場が戦いの場でなければ「愛らしい」と表現されるであろう笑みを浮かべる月詠に対して、刹那は息を荒くして彼女を睨みつけている。
 戦いの無限地獄だとでも言うのだろうか。
 二人の戦いは果てなく、いまだ終焉は見えそうになかった。



つづく



あとがき
 この物語はフィクションです。実在の人物、団体名等とは関係ありません。

 …と言うのも、作中にある『超忍者隊プラズマ』、実は似たような名前のアトラクションが実在します。
 正しくは『超忍者隊イナ○マ』、内容も似たようなものです。
 映像作品の方でもあるそうですが、当然そちらとも関係はございません。
 そして、私は映○村に行った事がないので、実際のところどんなアトラクションであるかも知らなかったりします。

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