激闘を終えた翌朝、ネギが目を覚ましたのは昼近くになった頃だった。
「ああ、ネギ先生! お目覚めになられましたか!?」
まだ疲れの抜け切らない身体を起こすと、まず目に飛び込んできたのは、心配そうなあやかの顔。
彼女を始めとするクラスメイトの面々はスティーブにより石にされていたはずなのだが、昨晩ネギ達が疲れた身体を引きずるようにして屋敷に戻り、床に就いて泥のように眠った後、陰陽寮からの応援が駆けつけて深夜の内に石化した者達の治療を行っていた。
早朝に目を覚ました彼女は、すぐさまネギの部屋に駆けつけて、ずっとネギの側についていたらしい。
「木乃香さんのお父様から聞きましたが…昨日は大変だったそうですわね」
「えぇ!?」
神妙な顔をしたあやかに、ネギは魔法の事を知られてしまったのかと焦りの声を上げる。
しかし、詳しく話を聞いてみると、その心配が杞憂である事が分かって来た。
「お屋敷の方で火事になって、その騒ぎに乗じて木乃香さんが誘拐されかけたとか。私達はぐっすりと眠っていましたので、何のお手伝いもできませんでしたが…」
「い、いえ、気にしないでください。僕も何もできませんでしたし」
昨晩はネギも大変な苦労をしたのだが、魔法使いである事を隠さなければいけないのでおくびにも出さない。
木乃香が誘拐された理由は、魔法使いの事情を知らない者達には『家庭の事情』と説明されている。特にあやかは自身が雪広財閥の令嬢であるため、他人事とは思えない様子だった。
ここであやかははたと気付いた。
「あら、私としたことが…先生がお目覚めになられたことを皆に知らせないと」
そう言って立ち上がると、「それでは失礼します」と一礼して部屋を出て行く。
昨日、超達が乱入し、エヴァ達が大阪から帰ってきたことで、現在この総本山には3年A組の生徒全員が集まっている。あやかは彼女達にネギが目覚めた事を報せに行ったのだろう。
ここでじっと待っていると、皆が押しかけてくるかも知れない。それに気付いたネギは、慌てて着替え始めた。
教師としてのスーツに着替えるとすぐに部屋を出て、詠春の姿を探し始める。
実は、ネギは昨晩、『両面宿儺(リョウメンスクナ)』が送還されたすぐ後に眠ってしまい、豪徳寺に背負われて屋敷に帰ったため、事の顛末を知らないのだ。
「おや、ネギ君。もう起きて大丈夫なのですか?」
廊下に居た衛士に訪ねると、詠春の居場所はすぐに分かった。言われた通りの本殿の方へと向かうと、火事により半分焼け落ちた本殿には天幕が張られ、その前に詠春と横島、そして刹那が居る。
「長さん、こんな所に集まって何をしているんですか?」
「ええ、木乃香の儀式を執り行っているのですよ」
「木乃香さんの?」
本殿を見上げ、耳を澄ませてみると、厳かな雅楽の音色が聞こえてくる。
ネギは木乃香の儀式ならば詠春が執り行うのではと訪ねてみると、詠春は困った様子で頭を掻いた。どうやら木乃香はかなり難しい儀式を執り行っているらしく、実戦向きの詠春ではなく儀式の専門家である巫女の出番とあいなったそうだ。
「木乃香さんは何の儀式を執り行っているのですか?」
「…式神の契約です」
「えっ!?」
本殿を見上げていたネギが驚きの声を上げて振り返る。
東洋の術には疎いネギにも、それが陰陽道に関わるものである事は理解できた。
木乃香はオカルトに触れないようにしていたのではないのか。それがどうして、いきなり式神の契約になるのか。訳が分からないとネギが頭を抱えていると、複雑な表情をした詠春が口を開いた。
「昨日の一件のためですよ」
「昨日って…『両面宿儺』の!?」
やはり、あの復活の儀式が木乃香に何かしらの悪影響を与えたのか。そう考えたネギであったが、詠春は苦笑して首を横に振る。
問題となったのは『両面宿儺』ではなく、『百鬼夜行』の妖怪達だそうだ。
どちらも木乃香の霊力を糧に存在を維持していたのだが、前者が千草が強引に捻じ曲げた封印解放の儀式により召喚され、あくまで木乃香は霊力の供給源、制御装置であったのに対し、後者は全て木乃香の霊力で召喚が行われ、千草は代行者に過ぎなかったため、木乃香と『百鬼夜行』の妖怪達との間に霊力を供給するためのチャンネルが開いたままになっている。
聞けば、式神使いの家では、親が子の霊力を用い式神を召喚、契約を代行する事はままあるとの事。千草はこれを利用して無数の妖怪達を召喚し、ネギ達を襲わせた。
本来なら式神召喚など行えるはずも無い子供の頃から式神を扱わせ、より優秀な式神使いを育てるためのものだ。これにより子の成長と共に式神も成長し、より強力な式神が誕生すると言うメリットもある。代々親から子へ式神を受け継がせ、代を経る毎に式神を強くしていくと言う家も存在する。
「ん? って事は、あの時の連中ってちゃんと契約されてなかったんですか?」
「正式には、ですね」
本来の順序では、子の霊力で親が召喚した式神は、まず召喚主である親に従う。そして、親の命令で子と契約を交わすのだが、千草はその命令権を利用して戦いを命じたと言うわけだ。
「霊力を供給するチャンネルが残っている以上、放っておくと木乃香に害が及びますからね。安全を確保するためにも、ちゃんと契約しないといけません」
「そうなんですか? 式神使いになる方が危険なんじゃ?」
「ネギ君、それは逆なんですよ」
契約が完了した後は、何かしらのリミッターを設ける事となっている。そうする事で、式神が扱えない木乃香に害が及ぶことを防ぐ事ができるのだ。
「時折あるんですよ、子供が自分の式神を扱えきれなくなることが。契約が終わっていないと、その辺の処置もできませんからね」
「リミッターは何になるんですか?」
「数珠や勾玉が使われる事が多いですね。強力な式神となると霊木を彫りだした小像等を使ったりしますが、霊力が込められる媒体なら基本的に何でも構いませんよ」
『百鬼夜行』として召喚された者達は強力な妖怪なので、数珠や勾玉では無理だろうと詠春は言う。媒体となれるだけの力を持った物を幾つか用意し、あとは木乃香自身に選ばせたそうだ。こういう時は、本人のフィーリングと言うものが重要となる。
「まぁ、実際契約するのは各種族の頭目格数体だけらしいけどな。そしたら、後のザコは頭目格が抑えてくれるんだと」
そう言って横島も本殿を見上げた。
中から聞こえる雅楽の音色はまだ続いている、儀式はまだ終わりそうにない。詠春の話によれば、今日一日は儀式に費やされるだろうとの事だ。
「木乃香ちゃんの問題はそれで良いとして…問題は刹那ちゃんの方だな」
「………」
「あれ? 刹那さんどうしたんですか、そんなの背負って」
見てみると、刹那は刀袋に入れた『夕凪』以外に大きな荷物を背負っていた。この儀式が終われば木乃香も安全だと言うのに、彼女の表情は暗い。
「ネギ先生、短い間でしたがお世話になりました」
ペコリと頭を下げ、そして一通の封筒を差し出す。そこには「退学届」と書かれている。
ネギの目が驚きに見開かれた。刹那と木乃香、ようやく二人が一緒にいる姿も見られるようになってきたと言うのに、その刹那が木乃香の下から去ろうとしている。
「た、退学って…いきなりどうしたんですか!?」
「お嬢様の側に居るためには、烏族である私の正体を明かさない事。それが長との約束だったのです」
「そんな…」
ネギは詠春に視線を向けてみるが、詠春は瞑目するばかり。
横島も面白くなさそうな顔をしている。話を聞いてみると、彼も早朝に総本山から出て行こうとする刹那を見つけ、必死にそれを引き止め、手を引いて詠春のとこまで連れてきて、今まで何とかならないかと相談していたのだ。
「あんな羽がなんだって言うんですか、天使みたいでとってもキレイでしたよ!」
「おぅネギ、言ったれ言ったれ」
「…ネギ先生、もういいんです。お嬢様を危険に晒す事は私も望みません」
刹那とて、望んで木乃香の側から離れるわけではない。出来る事ならばこれからも木乃香を守っていきたい。
しかし、オカルトの世界に関わることはそれだけ木乃香を危険に近付ける事となる。その力が狙われるから、オカルト関係の仕事は危険だから。それも確かにあるのだが、これにはもっと根の深い問題が潜んでいる。
苦悶の表情を浮かべた刹那が、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「お嬢様がこの道に進むと言うことは、関西呪術協会の後継者として名乗りを上げると言うことなのです」
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.34
「東西の確執、ってヤツですか」
「…ええ」
問い掛ける横島に対し、詠春も苦々しげな表情で答える。
木乃香にとって刹那がどれだけ大切な親友であるか、父親としてずっと見守ってきた詠春には痛いほどよく分かっている。彼とて本音を言えば二人を引き離したくはない。
木乃香の見合い話にしてもそうだ。あの相手達は、全てがそうというわけではないが、ほとんどは自分達こそが次の関西呪術協会の長たらんとする旧家から送り込まれてきた者なのだ。無論、愛娘を権力闘争の贄に捧げる気など毛頭なく、詠春と近右衛門は総力を挙げ、あの手この手を使って潰してきたが。
「でも、木乃香ちゃんに事情は説明したんでしょ? 今更、自分の力の事も忘れて日常に戻れってのは…」
「それに、刹那さんがいなくなったら、木乃香さん悲しみますよ!」
「勿論説明しましたよ。あの子が『こちら側』に関わらず、何も知らないままでいなければならない理由まで」
「………」
木乃香が陰陽師となれば、関西呪術協会の後継者として扱われる事となり、今まで木乃香の婿となって次期長の座と実権を握ろうとしていた者達の中から反近衛の勢力が生まれるだろう。
魔法使いになるのも同様だ。元より東寄りと見られている詠春はますます東の狗として見られる事となり、やはり反近衛の勢力が生まれる事となる。
「私としてはそれでも良いのです。別の旧家の者が長となるなら私は黙って身を引きましょう。何より、こんな役目を木乃香に背負わせたくはない…しかし」
ここで詠春は言葉を詰まらせる。
今、木乃香を自由にしたければ一つだけ簡単な方法がある。詠春が次の長を指名して、木乃香に後を継がせない事を宣言すればいいのだ。
しかし、ネギ達も知っての通り東西の確執は根深く、関東魔法協会に対する恨みは大戦が終結して二十年経った今でも燻り続けている。天ヶ崎千草が両親の仇を討つために実力行使に出たのもそのためだ。
今回の一件でも、千草達の行動を止めようとした旧家はほとんどいない。協力こそしなかったものの、皆黙認するばかりだった。そのことからも分かるように、彼等の本音は「関東魔法協会憎し」なのだろう。
そんな旧家の者達の中から次の長を選んでしまうとどうなってしまうのか。
今は詠春がいるからこそ、かろうじて東西のパイプが繋がっているのだ。関東魔法協会に憎しみを持つ者が長となってしまえば、両者の関係は完全に絶たれてしまうだろう。大戦再び、などと言うことには流石にならないだろうが、仲違い解消の芽が踏みにじられてしまう事は間違いあるまい。
「でも、それと刹那さんを引き離すのとは…」
「その話によると、刹那ちゃんが烏族って事を秘密にしてたってのは、木乃香ちゃんに『こっち側』の事を知らせないためでしょ。もう知ってるならいいじゃないっスか」
「あの、お二人の気持ちは嬉しいのですが…」
ネギと横島の総攻撃だ。見かねた刹那が二人を宥めようとするが、それを詠春が手で制する。自分が娘とその親友を苦しめてきたことは確かなのだ。その責めは甘んじて受けるつもりであった。
「その事について…お願いがあるのです」
そして、いつまでも苦しめ続けるつもりはない。
そもそも、本気で木乃香から式神を引き離すつもりならば、リミッターを設けるのではなく『式神札』と呼ばれる札に式神を封じ、霊力供給のチャンネルも閉ざしてしまえばいいのだ。これも、正式な契約を済ませてしまえば可能である。
しかし、あえてそれをしない。詠春も心のどこかでは分かっているのだ。
「もう、止められないのかも知れません。木乃香がこの道を進んでいくことは…」
木乃香が霊能力者の道を歩んでいくことは止められない。否、止めてはいけない。彼の中の何かがそう告げている。
父として、関西呪術協会の長として、二つの立場の狭間で悩み苦しむ詠春。父として長の座を捨てられればどれだけ良いだろうか。しかし、長の座に居ることは父として娘を守ることでもあるのだ。
「………」
ここまで考えて、詠春は自嘲的な笑みを浮かべた。なんだ、やはり自分は父である事が大切なのではないかと。
ならば、木乃香のために自分が泥を被ろう。汗も、血も流そう。
「私は、関西呪術協会の長として東西の仲違い解消に努めていきます。木乃香はもはや籠の鳥ではないのです…!」
そうだ、東西の仲違いが解消されさえすれば、いつでも詠春は長の座を退く事ができるのだ。木乃香を縛る鎖は木っ端微塵に砕け散る。
ただ一つ、詠春にとって口惜しいのは、ただの一個人としての木乃香がどのような道を歩もうとしても、彼女はその力故に危険に晒されてしまうと言う事だ。しかも、その危険から彼女を守るのは詠春ではない。
守るのは木乃香自身と、そして―――
「ネギ君、横島君…そして刹那君。木乃香を守ってやってください」
「長…」
―――彼女の側で、共に歩む者達だ。
その言葉を聞いてネギと横島は表情を輝かせた。
「しかし、私が居る事で危険が増す事は確かで…」
ただ一人、刹那だけは納得がいかない様子だ。こちら側に関わる危険を嫌と言うほど知っており、自らも人間と烏族のハーフと危険を呼び込みかねない身の上のため、自分が木乃香の側に居て良いものかと迷っている。
しかし、それを判断するのは刹那ではなく木乃香だ。詠春が口を開こうとしたその時、本殿の扉を開けてまだ儀式が終わっていないはずの木乃香が顔を出した。
「あ、せっちゃん!」
姿を現した木乃香は、儀式のためか薄絹一枚を纏っているだけだったのだ。白雪を思わせるような肌が透けて見えている。
オホンと咳払いして詠春は視線を逸らし、ネギは英国紳士として咄嗟に背を向けたが、ただ一人横島だけはおおっ、と色めきだった。
「横島さん、見ないでくださいっ!」
「目がぁ! 目があぁぁぁっ!!」
その瞬間に炸裂する、刹那の狙い澄ました目潰し。
横島も、これにはたまらず両目を押さえてのた打ち回り、刹那はさっと木乃香の身を隠すように立つ。
「せっちゃん、ちょっと手伝ってくれへん?」
「は?」
「契約する鬼さん達に名前付けなあかんのよ。ウチがかわええ名前付けたる言うたら、皆いややーって」
「それは…」
きっと木乃香は子犬や子猫に名付けるのと同じような感覚で名付けようとしたのだろう。刹那も流石にあの鬼達に同情してしまう。
「わ、分かりました。私も一緒に考えますので、まずは中に…」
「うん、頼むなー」
案ずるより生むが易し、と言ったところであろうか。実際に木乃香を目にしてしまうと、刹那は今まで悩んでいた事も吹き飛んでしまった様子で彼女を連れて本殿へと入っていく。
結局のところ、刹那はこれからも木乃香と共にありたいのだ。その顔にはいつの間にか笑顔が戻っている。
これで良い。詠春とネギの二人は、温かい眼差しを以って二人を見送るのだった。
「で、貴様は何をしているんだ?」
「お、今日はちゃんとお子さ――」
一方、目潰しを食らってのたうちまわっていた横島は、そのまま転がり、こちらに近付いてきていたエヴァと茶々丸の足元まで転がっていた。
見上げた光景に対し、一言言おうとしたところでエヴァが踏みつけ、それを止める。履いていたサンダルを脱いでソックスで踏んでいるあたり親切である、多分。
「…まぁいい。ネギのぼーやも起きたようだし、とっとと行くぞ。近衛詠春には昨日の内に話を通してある」
「行くってどこにだ?」
「まずは観光! それから、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の隠れ家だ」
横島の問いに、エヴァは笑みを浮かべてそう答えた。
「ときに、いつまでその態勢でいるつもりだ?」
「いや、茶々丸は相変わらずいい趣味してるなーと」
エヴァは踏みしめた足を一旦持ち上げると、今度は渾身の力を込めてかかと落としを食らわせる。
「お褒めに預かり光栄です」
「礼など言わんでいい! 貴様もとっとと起きろっ!」
対する茶々丸は、制服のスカートの裾をそっと持ち上げて恭しく一礼していた。
当然エヴァは怒り、横島を蹴り起こす。
ネギも呼び寄せ、すぐに出発すると宣言。ネギも父親の家に行けるならば異論はないらしく、すぐに同意。
二人して詠春に視線を向けると、彼は「観光するならば、後で待ち合わせをしましょう」と提案したので、ネギ達はエヴァと共に京都観光に出掛ける事となった。
ならばとエヴァはニヤリと笑い、立ち上がろうとしていた横島の首に跨り肩車の態勢になる。
「行け、横島!」
「ま゛っ! って俺が行くんかい!」
「私の足となれるのだ、光栄に思えよ」
「ケケケ、走レ走レ」
エヴァの頭の上にはチャチャゼロの姿もあった。その姿はまるでトーテムポールだ。
一行が出掛けようと正門へと向かうと、ネギと一緒に出掛けようと、のどか、夕映、ハルナの三人組が合流。
続けて和美と豪徳寺、そして彼の肩に乗ったカモが、昨夜の一件で魔法の事を知ってしまった風香、史伽、桜子の三人を連れて現れる。
ちなみに、昨晩スティーブにより人形の身体を半壊状態にされたさよは、袖と裾を縛り袋状となった産着にくるまれていた。専用の道具や材料がなければ修理もままならないと言うことで、直すのは麻帆良学園都市に帰ってからとのこと。
自力では動くこともできない状態なので、茶々丸が用意してくれたベビースリングで抱きかかえられた状態となっており、ネギ達に気付くと唯一無事な右手を振って、元気であることをアピールしている。
「よう、兄貴が寝ている間にこっちの事情はあらかた説明しといたぜ」
「そ、そうですか…」
昨日の一件は不可抗力だったとは言え、これでまた魔法使いの事を知るクラスメイトが増えてしまった。
超班のメンバーは全員知っているとの事なので、もはや魔法使いの事を知らないクラスメイトの方が少数派となってしまっている。ネギは衝撃的な事実に思わず頭を抱えた。
「ネギ先生、すっげー!」
「魔法使いだったんですねー!」
「こらこらお前ら、魔法の事はヒミツだぞ。ヨコシマンとの約束だ!」
「「「はーいっ!」」」
はしゃぐ風香達を横島が冗談混じりでたしなめると、二人だけでなく桜子も一緒に返事を返した。彼女もこういうノリは嫌いではないらしい。
「って言うか、エヴァずるいぞー!」
「私も肩車してほしいですー!」
「やかましいぞ、鳴滝1号、2号。ここは私の特等席なんでな」
「勝手に所有権主張すんなよ、3号」
風香、史伽の二人にしてみれば、横島がエヴァを肩車している方が重要らしい。途端に横島の周りを二人がぐるぐると回り始め、大騒ぎとなってしまう。
見かねた和美が「ほらほら、遊んでないで行くよー」と先を促したので、鳴滝姉妹はとりあえず横島の両手をキープする事で妥協するが、当然和美は、その姿をカメラに収めるのを忘れない。
「仲良いね〜、夕映っちも行ってみたら?」
「…お願いですから、アレに仲間入りさせないでください」
と、鳴滝4号に認定された夕映が言っている。
ムッとした様子の夕映に対し、ハルナはニヤニヤと笑うばかりだ。
「やっぱり、学園長へのおみやげは和菓子とかがいいんでしょうか?」
「それなら、このお店なんてどうですか?」
「あ、いいですねー」
そして、のどかは周囲の騒ぎをよそに、観光ガイドブックを片手に豪徳寺とカモも交え、ネギと今日はどこに行こうかと談笑していた。
一行が連れ立って総本山を出るべく正門へと向かうと、そこにはクラスメイトだけでなく衛士や巫女も交えて大きな人だかりが出来ていた。
その中にはアスナの姿もある。横島が来た事に気付くとパァッと表情を輝かせて振り向くのだが、「あだっ!?」次の瞬間にはその顔が引きつった。
「あだだだだだっ!」
「ど、どうした、アスナ!?」
「む、アスナ、また急に動いたアルか?」
横島が慌てて駆け寄ると、人だかりの中からひょいと古菲が顔を出した。
話を聞いてみると、アスナは今朝起きた時からこの調子で、全身筋肉痛に襲われているそうだ。昨夜、横島の霊力を受けて通常以上の能力で暴れまくったためだろう。さよとは別の意味で一歩も動けない状態で、ここまで来るのにも古菲の肩を借りなければならなかった程だ。
かく言う古菲は、いつもとは異なる出で立ちであった。
髪は頭の両側に二つのシニヨンでまとめ、腰にはエプロン、足にはストッキング。チャイナドレス自体もいつものそれとは異なり裾も短く、機能性よりも可愛らしく見せる事を目的としている。
「古菲は一体何やってんだ? んなオシャレして」
「超一味の手伝いアル。 似合てるか?」
「そりゃいつものより可愛いけど…」
「ほ、ホントアルか?」
ただし、ニュアンスとしては子供に向ける「可愛らしい」に近い。
「それより、超はどこだ?」
「ム…」
それよりも横島は、超が今度は何をやらかしているのか気になるらしく、古菲そっちのけでキョロキョロと辺りを見回している。珍しくほめられ、てれてれになっていた古菲だったが、横島のその反応を見てしまいむっと口をへの字に曲げる。
自分には似合わないと思いつつも、思い切って訊いてみたと言うのに軽く流されてしまい、年頃の少女としてのなけなしのプライドを傷つけられた古菲は、無言で真正面から横島の鳩尾に肘鉄を捻り込んだ。
「誰か呼んだかナ?」
横島が悶絶していると、今度は人だかりの中から超が顔を出した。こちらも古菲と同じようにチャイナドレスとエプロンを身に着けている。
「…アイヤー、子だくさんネ」
「やだ、超りんったら。照れるにゃー♪」
「違うわーっ!!」
と言いつつも、エヴァを肩車し、風香と史伽が両手をキープ。隣に立つ桜子がさよを抱いていれば、あまりにも説得力がない。すぐ近くには夕映もいるが、彼女を勘定に入れるかは微妙なところである。
「で、貴様は一体何をやっているんだ、超鈴音?」
「『超包子(チャオパオズ)』の臨時出張ネ。ここの人達、昨日の騒ぎで大忙しみたいだから」
「なるほど…」
まだ咽ている横島に代わり、肩車されたエヴァが問い掛けると、超は総本山の人達のために臨時で『超包子』を開店していると答えた。衛士や巫女達は今朝から破れた結界の修繕等に慌しく駆け回っており、確かにまともに食事を摂る時間も、それを準備する時間もなさそうだ。彼等にとって『超包子』の開店は有難く、超にとっては商売の好機到来と言ったところであろう。
「抜け目がないな…となると、古菲はそちらの手伝いで、神楽坂明日菜はリタイアかな、今日は」
「あれ、今日一日は絶対安静ネ。茶々丸が抜ける分手伝てもらおと思たケド、使い物にならないヨ」
二人が視線を向けた先では、アスナが席に就いた姿勢のまま呻いている。これでは確かに使い物になりそうもない。むしろ、早々に部屋で休ませるべきだろう。
しかし、アスナはここで根性を見せた。軋む身体に鞭打って立ち上がったのだ。エヴァもほぅと感心した様子である。
「横島さん、出掛けるなら私も行きますっ!」
それは横島と一緒に出掛けるため。彼を放ってはおけないと考えたのだろう。
とは言え、まともに歩けない状態にあるのは確かなので、アスナは横島から少しだけ霊力供給を受けながら同行する事となる。横島は霊力によるヒーリングを行うことはできず、痛む身体を誤魔化しているに過ぎないのだが、アスナはどことなく満足気であった。
「エヴァちゃん、やっほー!」
「あ、ネギ君もいる!」
正門を抜けて総本山から出ると、エヴァの班の残りのメンバーであるまき絵、裕奈、亜子、アキラの四人が待っていて、彼女達もエヴァの一行に合流する。と言うより、元々エヴァは自分の班メンバーだけで観光に行く予定であり、それに足代わりの横島を加えようとしたところ、これだけの大人数となってしまったのだ。
「増えたなぁ、予想はしてたけど」
「桜子達もいるって事は…またバレたのか、魔法のことが」
アキラの声が呆れ混じりとなるのも仕方あるまい。彼女達は昨日の一件については詳しくは知らないが、茶々丸経由で超達が魔法使いの事を知っているのは聞いているのだ。知らない者は残り何人か、そう考えてしまうほどに多くのクラスメイトに知られている。
「それではマスター、まずはどこに向かわれますか?」
「うむ、観光は後回しにして、まずは京の名物をみやげに買うぞ。茶々丸、軍資金は十分か?」
「勿論です、マスター」
しかし、そんな事はエヴァには関係がなかった。
十数年、麻帆良学園都市に閉じ込められた鬱憤は、一日、二日遊びまわったぐらいでは晴らせない。
できる事なら、あと一週間ぐらいかけて遊び倒したいところなのだが、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いにより学校行事のスケジュールに縛られている身ではそうもいかないので、その分、京都の名物を大量に買って持ち帰る気満々である。
「さぁ行け、横島!」
「へーいへい」
一行は意気込んで出発。事前に調べはついていたらしく、茶々丸先導の下、迷うことなく目当ての店に到着する。
そこは老舗と言うほどの歴史はなさそうだが、かなり大きな和菓子店で一角が茶店となっている。最近ネットでも話題の店であり、エヴァは修学旅行に出発する前から調べていたのだ。ただし、彼女は命じただけであり、実際に調べたのは茶々丸だが。
エヴァは横島から飛び降りると「さぁ、私のおごりだ!」と皆を引き連れて茶店の方に向かう。その軍資金の出所が学園長である事は言うまでもない。
全員がそちらに向かったわけではなく、食事が出来ない茶々丸を始めとする幾人かはおみやげを買うために和菓子店の方へと向かう。
「みやげか、俺達も今日まで買ってる暇がなかったからな」
「あ、そうですね。学園長だけじゃなくてタカミチにも買わないと」
ネギ、豪徳寺、そしてカモ、これにのどかが加わってグループとなり店内の散策を始めた。
茶々丸には桜子とアキラが付き添い、横島はアスナ、裕奈と共に店内を回る。
のどかがネギと一緒にいるためなのは言うまでもない。桜子はスタイル維持のために和菓子を控えており、アキラは茶々丸の手伝いをするつもりのようだ。
「いや〜、自分用のお菓子ばっか買って、お父さんのおみやげ忘れてたんだよねー」
そして、裕奈は家族におみやげを買うためであった。話を聞いてみると、父が麻帆良学園都市の大学で教授をしているとかで、彼女の家は父一人、娘一人の二人家族だそうだ。
「裕奈ちゃんが寮生活って事は、その親父さん一人暮らしか」
「そうなんだよねー。もー、私がいないと全ッ然ダメだから、家に帰る度に掃除が大変で」
「男の一人暮らしなんてそんなもんだって」
「そういうもんなのかなー。ところで、横島さんは誰に買うんですか?」
「とりあえず、東京の家に郵送頼んで、あとは『世話になってる先生』に。学園長は…ネギがお菓子贈るだろうから、別の考えるかねぇ」
『世話になってる先生』と言うのは、魔法先生達の事だ。ネギにはまだその存在を知らされていないため、ぼかして話している。
弐集院、ガンドルフィーニ、そして神多羅木。瀬流彦に関しては、彼も京都に来ているので必要ない。
ただし、横島は主に女性教師達に対しおみやげを買う気である。刀子はもちろんのこと、会議では姿を見かけるだけであまり話した事はないのだが、シャークティと言う名のシスターもいる。彼女へのおみやげも忘れてはいけないだろう。
「横島…お前は、クラスメイトにみやげの一つでも買おうとは思わんのか」
「いや、お前以外知らんし」
「………」
豪徳寺は、クラスメイトを気に掛ける素振りも見せない横島を嗜めたが、返ってきた答えは身も蓋もないものだった。
考えてみれば、転校初日から横島を追い回していたのは豪徳寺自身なので、何も言い返す事ができない。
「そういうお前は誰に買うんだ?」
「む、俺か? 特に親しい友人三人、山下、中村、大豪院に、寮長にも必要だろうな。あとはお前と同じく東京の実家にだ。妹に送ってやらんとな」
「へぇ、お前も東京出身だった――ん?」
その瞬間、店内の時間が止まった。
皆の視線が一点に集まる。言うまでもない、豪徳寺にだ。
彼は今、何と言ったか。
「い、妹だとおぉぉぉぉぉっ!?」
横島の絶叫が広い店内に響き渡る。
そう、彼は確かに言ったのだ。「妹」と。
「お前、妹がいたんか!?」
「あ、ああ。そう言えば、言ったことはなかったかな?」
「何歳だ! 年子で高一なら是非にも――」
「紹介しろ」と続けようとしたところで、横島の動きがピタリと止まる。
冷静に考えてみれば、豪徳寺の妹なのだ。時代の遺物とも言えるリーゼント男の血縁者とあらば、彼女の方もリーゼントであっても不思議ではない。よくて今となっては希少生物扱いされそうな、所謂「スケ番」である可能性が高いだろう。いや、そうに違いない。
この時、皆が怖くて聞けない事をあえて聞く勇者が現れた。
『あのー、豪徳寺さんの妹さんって、どんな方ですかー?』
桜子の胸元、ベビースリングから顔を覗かせた人形のさよだ。
問われた豪徳寺は、特に隠す理由もないので、定期入れに入った家族の写真を皆に見せる。
「みやこと言ってな、地元の中学に通っている」
「へーって、ムチャクチャかわいいじゃん!」
「…ホントだ。お人形さんみたい」
すぐさま裕奈が豪徳寺の手から定期入れを取り、店内にいた面々がわっとそれに群がった。
その写真に写っていた人物は三人。左右に豪徳寺と彼の祖母らしき人物、そして中央にはハニーブロンドの髪をツインテールに結った碧眼の少女が居る。アキラの言葉通り、「お人形のよう」と言う表現が似合いそうな、実に可愛らしい少女だ。ただし、写真を見る限り、小柄で幼げな外見をしているので、横島としては「紹介しろ」とは言いにくい。
「て言うか、全然似てないわね」
「当たり前だ、俺に似てたまるか」
写真の少女と豪徳寺を見比べて言うアスナに、豪徳寺自身は怒りもせずに真顔で返した。何度も言われた事があるのか、慣れたものだ。それぐらいに、この兄妹は似ていなかった。
閑話休題。
「ほらほら、俺の妹はともかく、早く買い物を済ませんといかんだろ。長と待ち合わせしているんだからな」
パンパンと手を叩いて、豪徳寺は皆を写真からこちらへと引き戻した。
時計を見ると、いつの間にか予定の時間をオーバーしている。長との待ち合わせと言う制限時間が存在するので、早々に他の買い物や観光を済ませねばなるまい。
「茶々丸の方は買い物は済ませたか?」
「はい、ある程度日持ちするものは郵送を手配し、生菓子は直接持ち帰ります」
「エヴァは?」
「フッ、ジャンボあんみつを平らげたぞ。賞金1万円だ」
「…そりゃ、良かったな」
実に嬉しそうにVサインをしている。
ちなみに、昨日も麻帆良の生徒がこの店を訪れて、このジャンボあんみつを完食したそうだ。
その完食者の名は真名だったりするのだが、そんな事、横島達は知る由もない。
「それじゃ、次はどこに行く?」
「あの、本場の玉露を買っておきたいのですが」
「近くに縁結びの神社があるって話なんですよ、横島さん!」
「和雑貨を、見たいかな…」
横島が、次はどこに行くかと問うと、皆が口々に希望を言ってくる。
待ち合わせの時間の事もあるので、一行は駆け足でそれぞれの行きたいところを回る事にした。
エヴァは腹ごなしに歩くと言い出したのだが、風香が次はボクの番だと肩車をせがんできたので、結局横島は風香を肩車して次の目的地へと向かう事となる。更に次の目的地に向かう時は、風香と史伽が交代し、その次はエヴァが疲れたと言い出したので、再びエヴァを肩車する。結局のところ、横島は三交代制で延々と肩車をする羽目になった。
三人だけに独占させるのは面白くないと、アスナが隙あらば腕を組もうとしたり、桜子は面白がって子連れ夫婦のように振舞って横島を戸惑わせる。アキラは横島と並んで歩き、三人の内の一人を引き受けたりしてくれたが、それだけではどうしようもないぐらいにぎやかな道中である。
この間、周囲にはそれなりに人通りがあったが、横島達一行がどのような目で見られていたかは、知らない方が良いのかも知れない。
ただ一つ言えることは、詠春との待ち合わせ場所に行くまでの道中、和美はシャッターチャンスに事欠かなかったと言う事だ。
「やぁ、皆さん。京都観光は楽しまれましたか?」
観光を切り上げた一行が待ち合わせの場所に到着すると、そこには既に詠春の姿があった。街中に出てきているわけなので、総本山にいる時とは違ってスーツ姿である。
木乃香の式神との契約はまだ続いているのだが、そちらは儀式を担当する巫女に任せてある。娘の側にいてやりたいのはやまやまだが、親友である『千の呪文の男』ナギ・スプリングフィールドの隠れ家へ、彼の息子であるネギを案内するのは詠春にしかできない。いや、他の者には任せられないと言うべきか。
「そうそう、『宿儺』の再封印は完了しました。貴方達が送り還してくれたおかげで、楽な作業でしたよ」
道すがら、詠春は今回の一件の事後処理についてネギに伝える。
ネギは小太郎の事を気に掛けていたが、それについては詠春は首を横に振った。石化していた詠春達が完全に出遅れてしまったこともあり、小太郎は見事に逃げおおせていたのだ。
一方、千草は横島達の手により詠春に引き渡されたが、禁術の札を使用し、霊力を酷使し過ぎたため昏睡状態に陥っていた。命に別状はないとの事だが、目を覚ますにはもうしばらく時間が掛かるとのこと。
目を覚ました後は、それなりの処罰が下されるであろう。これは、東西の事情があるため、東寄りとされる詠春の立場では、西のために行動を起こした彼女に対して、極端に重い処罰は下せないと言うこともある。詠春はあえてネギ達には伝えなかったが、今朝になって何件か、罰を軽くするようにとの要請があったのだ。
そして『狂人』月詠に対しては、お咎めなしとなっている。これは彼女があくまで依頼人に従い仕事を遂行したに過ぎないからだ。今回の一件が大事で、彼女が危険人物である事も確かなのだが、神鳴流剣士は元々法律スレスレのグレーゾーンに存在している。当然、神鳴流の監視下に置かれることとなるが、むざむざ彼女を悦ばせるような事態にはなるまい。
「となると、問題は例のスティーブとか言う白坊主だな」
「現在調査中ですが…顛末については彼女の方が詳しいでしょう」
そう言って詠春は横島の頭の上にいるエヴァへと視線を向け、質問をしたカモを始めとする一同の視線が彼女に集まった。すると、エヴァは少し困った様子で頬を掻く。
「う〜ん、あれは倒したと言うべきか、逃げられたと言うべきか…いや、倒した事は確かなんだが」
「…派手にやりましたからね。あの一帯凍りついてましたよ」
分身体か、人形の類かは、跡形もなく吹き飛ばしてしまった今では判別する術がない。しかし、あのスティーブが本物でない事は確かだ。
あれが『両面宿儺』から奪った力を持っていたのは確かなので、それが本体に届けられるのは阻止できた。
しかし、スティーブは『両面宿儺』の力だけではなく、情報も奪ったのだ。それを本体がトレースしていた可能性は非常に高い。全てのデータを完璧に得る事は出来なかっただろうが、一部の情報はスティーブ本体の手に渡ったと考えるべきであろう。
「あんな怪物の情報手に入れて、何ができるって言うのよ?」
「さぁな、使い道はいくつか考え付くが、奴があれをどうするかまでは、私にも分からんよ」
「う〜ん…」
半分素人であるアスナでは、その「いくつかの使い道」すら想像の範疇外だ。
エヴァはその使い道については一切口にしなかった。尋ねてみても嫌そうな顔をするばかりで、碌なものではないのだろう。その表情を見ていれば分かる。
「そちらも気になりますが…まずは、その正体をハッキリとさせたいところですね」
もし、東西の大戦の発端となったスティーブと、今回の一連の事件に関わったスティーブ、そして仲間を殺害し麻帆良学園都市から失踪したと言うスティーブ。この三人が同一人物であると言う確たる証拠が出てくれば、東西の仲違いの原因が誤解である事を証明できる。
しかし、意気込む詠春を、エヴァは頭の上のチャチャゼロと一緒に鼻で笑った。
「それは、本体を探すのが手っ取り早いだろうな」
「…でしょうね」
暗に彼女は「やれるものならやってみろ」と言っている。スティーブのことならば、麻帆良学園だけでなく魔法界もずっと追い続けているのだ。そう簡単に見つかるようならば苦労はない。
結局のところ、詠春に突き付けられる答えは一つ。東との仲違いを解消しろ、だ。
スティーブを探し出す一番の近道が、東の魔法使い達と協力する事なのは皮肉としか言いようがなかった。
そんな話をしながら、一行は森の中に静かに佇む一軒の建物に辿り着く。
その建物は、敷地面積そのものは小さいが、三階建てぐらいの高さがあり、生い茂る木立の向こうに天文台が頭を覗かせている。ネギは京都にある隠れ家と言うことで、和風の屋敷をイメージしていたのだが、意外にもそこに建っていたのは、鉄筋コンクリート製の建造物であった。
中に入ってみると、建物内が丸々一フロアとなっていた。二階、三階に該当する部分に突き出す形でスペースが確保されており、それぞれ部屋として使えるようになっている。
中央部分は吹き抜けになっていて、一面の壁の、窓部分を除く全てが本棚であり、本で埋め尽くされている。のどかを始めとする図書館島探検部の面々にとっては、こんな所に住みたいと思わせる佇まいだ。木乃香もここに来ていれば、きっと喜んでいただろう。
「すごーい!」
「結構オシャレだねー。モダンって言うべきかな?」
少女達は目を輝かせて、隠れ家の中の探索を始める。
夕映などは先陣を切って本棚に向かうが、ここには魔法関係の本しかなく、日本語で書かれた本はほとんどなかった。本を開いたはいいが、読む事ができずに眉を顰めたり百面相をしていた。
「ここに、昔父さんが…」
「おい、ぼーっとしてないで、ぼーやも手伝え」
ネギが感慨深げに天井まで続く本棚を眺めていると、エヴァと茶々丸がどこからともなく大量のダンボールを持ち出して来た。それを見た詠春は、何事かと彼等の下に駆け寄ってくる。
「何事ですか、一体」
「なんてことはない、ここにある本を全て、麻帆良に持ち帰るだけだ」
「なっ!?」
「『登校地獄』の呪いに関する情報があるかも知れない以上、見逃すわけにはいかんのでな」
『千の呪文の男』はエヴァに呪いを掛ける際、本、或いは手帳を片手に、それを見ながら呪文を唱えていた。
時間があれば、ここにある本の中から、それだけを探し出して持ち帰るのだが、生憎と今の彼女にはそうするだけの時間が無い。だからこそ、こうしてダンボールを用意し、ここにある本を全て郵送で麻帆良に送ろうとしているのだ。
更に人手を増やすために、エヴァはソファでくつろいでいた者達を呼びつける。
「お前達、そんなところで遊んでないで、こっちを手伝え!」
「え、なになにー?」
「ここにある本を全てダンボールに詰めるんだ。私の呪いを解く手掛かりがあるかも知れないんでな」
「え、ホント!?」
呼ばれて来たまき絵達四人は「呪いを解く」と言う言葉に、顕著に反応を示した。
『登校地獄』の事は知っているため、すぐさま手分けして本棚から本を出し、ダンボールに詰め込み始める。
一方、エヴァに関する詳しい事情を知らないのどか、夕映、ハルナの三人は戸惑った様子だったが、まき絵や裕奈が乱雑に本を扱うのを見ていられなかったのか、やがて三人で陣頭指揮を執り始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ここにある本は本来ならネギ君が受け継ぐはずのもので…」
「生憎と、私はヤツが戻るのを待つ気も、ぼーやの成長を悠長に待つ余裕もないんでな。それに、調べて何もなかった本は全てぼーやに渡す。これで文句はあるまい?」
「む…」
これ以上、詠春が止めようとしてくるのならば、エヴァは力尽くで事を進めるつもりであった。
ここ最近、そうなった経緯については忘れたいが、十数年間麻帆良学園都市に幽閉され、燻り続けたエヴァに、四人のクラスメイトが彼女に付き纏うようになっていた。
佐々木まき絵は、『バカピンク』の異名に相応しく、吸血鬼の真祖の恐ろしさなど欠片も理解しようとせずに、毎日昼休みになると一緒にお弁当を食べようと誘ってくる。
明石裕奈は更に輪をかけて愚かで、学校が終わった後もエヴァのログハウスに遊びに来たりしていた。
最近は茶々丸に料理を習ったりしている。以前、昼食中におかずを交換した際に「冷凍物」と言ってやった事があったが、彼女はそれを挑戦と受け止めたらしく、一品対一品の対等なレートで交換するのを目標としているそうだ。まったくもって愚かとしか言いようがない。
和泉亜子は血を見るのが苦手だと言うのに、エヴァの正体を知った後も離れて行かなかった。一度、思い切って尋ねてみたことがあるのだが、その時彼女は「怖がるのもアホらしくなった」と答え、エヴァを唖然とさせた。
大河内アキラに至っては数百年の長きに渡って生き続けてきたエヴァを子供扱いする。
四人と一緒にいる時は、気が付けば彼女が側にいたと言う事がしばしばある。実に面倒見の良い性格で、エヴァは頭を撫でられる事もしばしばある。
最も愚かなことは、四人が揃ってエヴァの事を『お友達』と呼ぶ事だ。
『登校地獄』の呪いに掛かっているエヴァは、クラスメイトが卒業しても学生であり続けなければならない。
しかし、それを疑問に思う者は誰一人としていない。呪いの力により、エヴァの事を誰も気に留めなくなるからだ。これは忘れられる事と等しい。
この力は呪いの力を抵抗(レジスト)できる魔法使いでもない限り誰彼等しく、『お友達』であろうとも関係なく発揮されてしまう。「悠長に待つ余裕もない」と言うのは紛れもない彼女の本音であった。
その事に思い至った時、心に小さな炎が灯る。彼女達と共に卒業したいと言う『望み』が芽生えたのである。
「あの、長さん。僕なら構いませんから。エヴァさんの呪いを解くのに、僕も協力したいですし」
「………分かりました」
当事者であるネギがエヴァの行動を認めてしまったので、詠春は溜め息をついて引き下がる事にする。
そして、奥から紙の筒を持ってきて、エヴァに手渡した。
「なんだこれは?」
「ネギ君の意向ですから、それも君に渡しておきます。『彼』に関する手掛かりと聞いているのですが、貴女はまず、これを一番に調べてもらえますか?」
「で、すぐにぼーやに渡せと。いいだろう、それだけ重要な資料と言う可能性もあるしな」
エヴァはニヤリと笑って了承する。
その紙の筒は手荷物程度の大きさなので、郵送で麻帆良に送るのではなく、そのまま持ち帰る事にした。
京都を発つのは明日の朝だが、今夜の内から調べ始めるつもりらしい。
その後も、皆で作業を続けること数時間。隠れ家にある本を全てダンボールに詰め終えたのは、山の向こうに夕日が沈み掛けた時刻であった。本を詰め込んだダンボールはかなりの数に上り、郵送と言ってられるような量ではなくなってしまったため、詠春が引越し業者を手配する事となる。
「数日遅れになるでしょうが、しかと届けさせますので」
「うむ、頼んだぞ」
エヴァはダンボールが増え始めた頃からこうなる事は予測していたようで、特に貴重な魔導書を数冊ピックアップしていた。こちらは紙の筒とともに茶々丸の手荷物の中に入っている。
ダンボールが届くまでの間は、筒の中身と、その数冊を調べるのだろう。
「ねぇねぇ、ネギ先生ー!」
「今日も木乃香さんのお家に泊まるですかー?」
「あ、そう言えばそうでしたね。どうしましょうか…」
「私としては一向に構いませんよ。結界の修繕も終わっているでしょうから安全ですし」
詠春が今日の宿泊を了承すると、一同から歓声が上がった。
ここに来ずに、今日は別の場所に遊びに行っていた面々も、今頃は総本山に戻っているとの事。
昼の内に巫女達が派遣され、彼女達の荷物は全て総本山に移されているらしい。
ホテルと違って学年主任の新田がいないと言うのはポイントが高い。今夜は修学旅行四泊目、最後の夜だ。さぞや大騒ぎとなることであろう。
「ネギ達は、明日朝一で新幹線だっけか?」
「ええ、午前中には麻帆良に到着する予定です」
もう危険はないだろうが、麻帆良に帰るまでが護衛だ。横島と豪徳寺も変装して同じ新幹線で麻帆良に帰ることとなるだろう。何より、エヴァが麻帆良学園都市に入るためには、再び横島の文珠が必要となる。
詠春は、ならば送迎のバスを用意しましょうと提案。新田がいないので、横島達もそれに乗って駅に向かう事にする。
「それじゃボク、ヨコシマのとなりー!」
「な、何言ってんのよ、それは弟子の役目で…」
「そんなの関係ないですー!」
途端に騒がしくなる横島の周囲。
外野もそれに便乗して騒ぎ出すのだが―――
「ま、当然の結果だな」
「どーせこんなこったろうと思ったよ、チクショー!」
―――結局、横島の隣には豪徳寺が座る事となった。
バスの座席は二つずつ並んでいる。ここに部外者の男二人が入る事となるのだから、当然の結果であろう。
ただし、人数が多かったため、真ん中の通路の席も使う事となったのだが、そこで横島の隣を見事に勝ち取ったのはアスナである事をここに記しておく。
「あ、あの、よろしくお願いします」
「あ、ハイ、こちらこそ」
ちなみに、ネギの隣の席は、周囲の騒ぎをよそに、のどかがちゃっかりとゲットしていた。
予想通り、総本山に帰った後は大騒ぎであった。
式神契約の儀式も無事に終わり、着物に着替えた木乃香がいつもの笑顔で出迎えてくれる。
それはよい。
しかし、今日の宿泊している面子には、エヴァ達の班と超達の班も加わっている。その中でも裕奈とまき絵はお祭騒ぎが大好きだ。この二人が加わり、昨夜と違って襲撃事件も起きずに平和そのもの。これで大騒ぎになるなと言うのは無茶な話である。
ちなみに、木乃香のためのリミッターは、結局小槌に決まったようだ。
霊木で作られた木製の小槌で、七福神の大黒様の姿が彫り込まれ、彩色が施された所謂『打出の小槌』である。
柄に付いた房紐は紫で、親指の爪ほどの大きさの手毬が付いている。それは幼い頃に刹那と一緒に遊んだ手毬と同じ模様であった。
「向こうは大騒ぎみたいだな」
「こっちは蚊帳の外、流石に横島の兄さんもあの中に入ろうとは思わんでしょ」
「白タキシードで飛び込んで、もみくちゃにされながら一曲歌いたい気はするがな!」
「なんだそれは」
豪徳寺の言葉どおり、A組の面々の部屋からは賑やか過ぎるほど賑やかな声が聞こえてくる。
しかし、少し離れた部屋でのんびりと過ごす横島達には関係の無い話であった。
彼女達の手綱を握って苦労をするのは、担任であるネギの仕事だ。
「どーせ、麻帆良に帰ったらまた大騒ぎなんだろなー」
「そうだな、俺もまだまだ修行しなければ」
「お、豪徳寺の兄さん、従者の鑑だねー」
横島、豪徳寺、カモで並んでお茶を飲む。修学旅行が始まって以来、夜通し見回りをしていたので、ようやく訪れた平穏と言ったところであろうか。
「横島さーん、皆で一緒にトランプやりませんか?」
足音が聞こえてきたかと思うと、アスナが勢い良く襖を開けて部屋に入ってきた。続けて木乃香や刹那、他の面々も入ってくる。
見回りを終えたネギも戻ってくると、更に幾人かのクラスメイトがこの部屋を訪れる事となるだろう。
今夜も横島達は休めそうにもない。このまま朝まで大騒ぎとなるに違いない。
結局、彼らは、夜が明けてからそのままバスで駅へと向かい、不眠のまま新幹線に乗り込む事となる。
皆、流石に体力の限界なのか疲れきって眠ってしまい、車内は出発時とは打って変わって静かだ。
横島と豪徳寺は、出発の時と同じく前後の車両に陣取っていた。
勿論、護衛のためなのだが、疲れ切っているため二人とも眠ってしまっていた。例の『赤い飴玉、青い飴玉、年令詐称薬』による変装も忘れている。
「皆眠っちゃってるし…いいよね」
前方の横島にそろりそろりと近付く影が一つ、アスナだ。ネギも含めてクラスメイト達が皆眠ってしまったので、こっそり抜け出してきたらしい。横島が一つ前の車両に居る事は、当然彼女も知っている。
案の定、横島の隣、窓際の席は彼の鞄に占領されていたので、それを床に下ろし、アスナはちょこんとそこに座る。
「横島さんも、ぐっすりねてるわね〜」
頬をつついて、にんまりと笑ってみる。なんとも緩みきったにやけ顔だ。彼女も眠くないわけはなく、目が今にも閉じてしまいそうなので尚更だ。だからこそ、今がチャンスだとここまで来たわけだが。
「それじゃ横島さん、おやすみなさ〜い…」
そのままアスナは、横島に寄り添うようにしてその目を閉じる。
あとは、静かな寝息が聞こえてくるばかりであった。
その後、二人が仲良く乗り過ごしたのは言うまでもない。
ネギが東京駅で乗り換える際に、寝ぼけてアスナがいない事に気付かないまま、大宮行きの新幹線に乗り込んでしまったのだ。
すぐに横島の携帯と連絡が取れたため、新田の目を誤魔化し、特に騒ぎになる事もなく他のクラスメイト達は先に帰路につく事となったのだが―――
「ええい、横島はどこへ行ったぁッ!?」
「マスター、落ち着いてください」
―――横島がいなければ麻帆良学園都市に入れないエヴァは、大宮駅で待たされる事となった。遅れて到着する横島は、エヴァに盛大に噛み付かれる事となるだろう。
「ところで兄貴」
「どうしたの、カモ君」
「豪徳寺の兄さんは?」
「あ゛」
そして、ネギが豪徳寺の事も忘れている事に気付いたのは、麻帆良学園都市に帰ってからの話であった。
横島とアスナ、そして豪徳寺は、駅員に起こされて慌てて新幹線から降りたため、それぞれ別々に乗り換えを行っていた。完全には目を覚ましていなかったため、互いの存在に気付けなかったのだろう。
横島達は無事一本遅れで大宮駅に到着したが、豪徳寺の方は寝ぼけたまま乗り間違えてしまい、気が付けば世田谷区にある実家の自室で熟睡していたそうだ。
不意の里帰りに家族は驚いた様子だったが、喜んでもいたらしいので、これはこれで良しとする事にしよう。
つづく
あとがき
豪徳寺妹のフルネームで検索をしてはいけません。
いけませんったら、いけません。
…と、漫才師のようなネタ振りをしつつ、いつものヤツ行きます。
まず、豪徳寺に関する設定は、今更ですが全て『見習GSアスナ』独自のものです。
式神使いのためのリミッター、親が子のために式神を召喚する等の設定も同様です。
ご了承ください。
これにて修学旅行編は完結となります。
次回からは、舞台は再び麻帆良学園都市に戻るでしょう。
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