修学旅行を終えて麻帆良に帰った翌朝、いつも通りきっかりの時間に目覚めた木乃香は、ベッドから起き上がると、まずカーテンを開いて爽やかな朝日を一身に浴びて大きく伸びをする。
「う〜ん、なんか久々に麻帆良に帰ってきた気がするなぁ」
四泊五日、一週間も離れていないのにそんな感慨を抱くのは、修学旅行中に彼女の身を襲った出来事が、それだけ大きな事件だったためだろう。
自分の机に目を向けてみると、少し厚めで手頃な大きさの紅いクッション、正確には単に『布団』というらしい、の上に小槌が置かれていた。幼馴染の刹那と相談した結果『鬼鎮(おにしずめ)』と名付けられたそれは、彼女の影に宿る式神達を抑え込むためのリミッターらしいのだが、詳しい事は木乃香自身まだ理解していない。
朝食を作ろうと、パジャマ姿のままエプロンを身に付けて台所に向かおうとする木乃香。
しかし、ここで一つの違和感に気付いた。
「あれ…?」
その原因を探ろうとキョロキョロと部屋を見回してみる。部屋に備え付けられた二段ベッド、下の段を木乃香が、上の段はルームメイトであるアスナが使用しているのだが、「アスナ?」いつもなら、そろそろ起きてくるはずのアスナが、まったく動かない。
今日は朝刊配達の日。それを終えてから二度寝することはままあるのだが、どこか様子がおかしい。
ハシゴを登ってベッドを覗き込んでみると、アスナが布団に潜り込むようにして寝ていた。
「アスナ〜、朝やえ〜」
揺すってみるが、布団に潜り込んだままのアスナは起きない。
しばらく揺すり続け、クローゼットの上、自分のスペースであるロフトで眠っていたネギの方が目を覚ました頃、ようやくアスナがたった一言だけ返事を返してきた。
「う…」
「う?」
「動けない…」
どうやら、横島からの霊力供給で誤魔化し続けていた筋肉痛が、ここにきて更に悪化した状態でアスナに襲い掛かってきたらしい。
「絶対安静やな。朝刊配達はどないしたん?」
「な、なんとか携帯で連絡入れて、代わってもらったわ…」
アスナは完全に身動き一つ取れない状態であった。横島からの霊力供給があれば大丈夫と言っているが、それではいつまで経っても治らないので、木乃香は容赦なく彼女に絶対安静を言い渡す。
今日は日曜日なので、木乃香は一日彼女の面倒をみる事となるだろう。刹那が訪ねてくる予定だが、特に出掛けるわけではなく、『鬼鎮』や式神についての詳しい話を聞くだけなので、特に問題はないはずだ。
ネギは用事があるとの事だったが、二段ベッドの上に寝かせたままでは不便だろうと、魔法の力でアスナを下の段に移動させてから、「お昼は外で済ませます」と言って、カモと一緒に出掛けて行った。アスナだけでなく、木乃香にも既に魔法の事を知られているので、使うのも気楽なものである。
「今日は、横島さんとの修行もあかんなぁ。ウチが連絡しとくな」
「ああ、それは元からよ。疲れているだろうから今日はお休み。何か報告書も書かないといけないらしいわ」
良かったと木乃香は微笑む。
今の彼女なら這ってでも行きかねないが、それならばアスナも安静にしているしかないだろう。
件の横島は、寮の自室ではなく麻帆良女子中の学園長室で報告書を書いていた。
「ム、ここがチトおかしいのぅ。組織に提出するものなら、もう少しお硬く書かんとな」
「了解っス」
横島が書かねばならない報告書は二つある。一つは関東魔法協会、つまり学園長に提出するためのもの、もう一つはGS協会に提出するものだ。
GS協会から派遣されている身である横島は、定期的に報告書を提出しなければならない。
今回が初めての報告書となるのだが、よりによって初の報告書がかなりの大事件に関するものになるため、学園長にどう書くべきかと相談している。
「それにしても、京都では大変だったようじゃの。横島君、木乃香を守ってくれて有難う、感謝するぞい」
「それは、刹那ちゃんに言ってあげてください」
「…そうじゃな」
そう言って学園長は眉の奥の目を細める。木乃香と刹那の事については、彼も気に掛けていたのだろう。
木乃香の護衛については、本人の希望もあり、これからも刹那に任せるそうだ。
「…ところで、フェイト・アーウェルンクスと名乗っていたのじゃな、『あやつ』は」
「そっスね。ホントに本人かどうかは分かりませんけど」
「天ヶ崎千草と月読以外に詳しく知っているとすれば、この写真の少年じゃな、この子も今は行方知れずとなっているそうじゃが。ふーむ…」
関西呪術協会から送られてきた小太郎の写真を横島に見せるが、彼は遠目から見ただけらしく、多分そいつですとだけ答えた。その答えを聞いて、学園長は腕を組んで考え込む。
傍から見ているだけの横島でも察しはついた。『彼』の名前は魔法使いの間では忌み名らしい。会話の中でも学園長は『彼』、『奴』などとその名は伏せている。エヴァは『彼』についてはさほど気にした様子はなかったが、その辺りは正規の魔法使いと元・賞金首の差なのかも知れない。
「俺らが幽霊屋敷の地下で会った『あんにゃろ』と同じヤツなんですかね?」
「確たる証拠が無いんで、おそらく、としか言えんのぅ。ただ、エヴァの方からも報告を受けたのじゃが…京都に現れた『奴』は分霊ではなかったらしい」
「へー…って、本体だったんですか!?」
横島が身を乗り出して問うと、学園長は残念じゃがと首を横に振った。
はっきりと何であるかは断言できないのだが、分霊体でない事は確かのようで、エヴァはその手応えから人形の類とあたりをつけたそうだ。
何より、分霊体であれば近くに分割した魂を込めた『魔法の道具(マジックアイテム)』があるはずなのだ。エヴァは『彼』を吹き飛ばした後に辺りを捜索したが、それらしきものを発見する事はできなかった。
「『両面宿儺(リョウメンスクナ)』は二十年前にも『あやつ』が狙ったものじゃし、本体が出向いても不思議ではないが…大事を取って人形を送り込んだ、と言ったところかのぅ」
「分霊に分身に人形って、一体どんだけダミー持ってんだよ」
倒しても倒してもキリがないとは、正にこの事である。
そんな話をしながらも、横島は何とか報告書を書き上げた。
東西の因縁について触れてはいるが、『彼』については伏せられている。関東魔法協会が、と言うより魔法界そのものが、あまり外部に漏らしたくはないようだ。
「ところで、今夜の話は聞いておるかね?」
「え、ああ、さっき刀子先生とシスター・シャークティにおみやげ渡す時に聞きました。図書館島に集合ですよね」
「古菲君は連れて来てはならんぞ、魔法使いのみが集まるからの」
実は、横島は刀子とシャークティへのおみやげを既に渡し終えている。朝の内に会いに行って、それから学園長室に来ていた。
シスターでもあるシャークティは早朝から礼拝堂で御勤めであり、そこへ赴けば会う事ができる。そして、刀子が毎朝ある場所で鍛錬を積んでいる事は、既に聞き及んでいたのだ。どちらも会う事自体は大して難しくはない。
刀子にはいきなり背後から声を掛けたため、斬りかかられたりしたが、それこそ横島にとっては些細な事である。
「む、これとは別のものかね?」
「当たり前じゃないっスか!」
「マメじゃのぅ」
ちなみに、学園長には茶々丸がエヴァのために買った玉露と同じ物を、他の魔法先生宛には何種類からの箱詰めの和菓子を「みんなで分けてください」と学園長に預けてある。
男女で対応が全然違うが、それこそ横島にとっては「当たり前」の事なのだろう。
「ちなみに、これからの予定は?」
「ネギのヤツから相談したい事があるって連絡があったんで、一緒に昼飯食いに行くこととなっています」
「ほう、ならばこれを持って行くといい」
学園長から机の引き出しから取り出したのは、食堂棟で先日オープンしたばかりの焼肉店の割引券だった。食堂棟と言うのは所謂学食なのだが、麻帆良学園都市内の幾つもの学校から関係者が訪れるところなので、その規模はかなりのもの。傍目に見れば繁華街と言っても差し支えのない代物なのだ。
学校に来る途中、駅前で配っているのを思わず受け取ってしまったが、行くつもりもなく持て余していたらしい。
横島達が京都に行って居る間に弐集院が家族サービスで行ってきたらしいが、かなりオススメとのこと。
昼から焼肉は正直どうかとも思ったが、ネギも疲れているはずだ。せっかく奢るのならば、少し奮発してやってもいいかも知れない。そう考えた横島は、学園長の厚意を素直に受け取るのだった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.35
その後、駅前でネギ、カモと合流した横島は、件の焼肉店に向かった。
休日とは言え、部活中であろうジャージ姿の一団や、休日出勤の教職員達。寮生が昼食のために訪れたりもしているため、人通りはそれなりにある。
どこかの学校の敷地内ではなく、学園前駅に程近い場所にあるため、一般人も訪れるそうだ。
支払いは、学生ならば基本的に食券で行う。食券を使った方が少しお得なのだが、割引券がある事からも分かるように、必ず食券でなければならない訳ではない。元より食堂棟自体が一般人の客が来ることも考慮しているのだろう。
「おっ、横島兄ちゃんだ! ネギ君も一緒にどこ行くの〜?」
突然掛けられた声に振り向くと、向かいの通りに裕奈とアキラの姿が見える。声を掛けてきたのは裕奈だ。
修学旅行で一緒に観光して以来、裕奈は横島の事を「兄ちゃん」と付けて呼ぶようになっていた。彼女なりの親愛の情の表れなのだろう。それに合わせて、裕奈の希望もあり横島も彼女の事は呼び捨てにしている。お互いエヴァと仲が良いこともあって、家族的な雰囲気を感じているのかも知れない。
隣のアキラもペコリと頭を下げて、二人で駆け寄ってくる。聞けば、裕奈が大学で教授を務める父親に修学旅行のおみやげを渡しに教職員宿舎まで行った帰りで、この後は食堂棟でお昼を済ませ、買い物に行く予定だそうだ。
「僕達もお昼ごはんを食べに食堂棟へ行くところなんですよ」
「学園長から割引券もらったんでな、その店に」
「おおおおっ! これってば『JoJo苑』の割引券じゃん! スゴイスゴイ、いいなぁいいなぁ〜!」
「ゆ、有名なのか?」
裕奈の尋常ではない喜びように不安になった横島が訪ねると、アキラがおずおずと遠慮がちに説明をしてくれた。
彼女の説明によると、『JoJo苑』と言うのは最近オープンしたばかりの焼肉店で、『超高級学食』と言うコンセプトを売りにしているそうだ。
実際、お値段は相当のもので、学生が気軽に利用できるものではないと言う本末転倒な有様となっているが、そこは麻帆良学園。『学祭長者』と呼ばれるような者まで存在するこの学園都市では、一部の高級志向組のニーズにガッチリと応えた形になっており、運動部が対外試合に勝利した際、打ち上げに使用したりと、それなりに繁盛している。
「! 見て見て、横島兄ちゃん! ここんとこ、『お客様4名様まで割引』だって!」
「………」
裕奈の笑顔がますます輝き、アキラの方も興味があるのか期待の眼差しでじっと見詰めている。
二人の視線から逃れることのできない横島。財布の中に修学旅行のために用意していた軍資金が残っている事を確認してから白旗を揚げたのは、それから丸々一分が経過した後であった。
『JoJo苑』に入り、席に就く一同。一方にはネギ、その隣にアキラが座り、油のハネを防ぐための子供用エプロンを付けてあげたりと、甲斐甲斐しく世話をしているので、横島と裕奈がもう一方の席に並んで座る。
二人で肩寄せあって一つのメニューを開いてみると、奇妙な単語が目に飛び込んできた。
「…高校生セット?」
「こっちは中学生セットだって」
開いたメニューにはそれ以外にも大学生セットや、小学生セットも並んでいる。小学生セットに至っては、高学年と低学年に分かれていた。どうやら量が違うようだ。更にページを捲れば普通のメニューが並んでいるので、そのようなコースばかりではないようだが、あくまで学食だと言うことなのだろう。
「とりあえず大学生セット頼んで、後は適当に好きなの注文しようか」
「あ、それいいね。私、特選ねぎタン塩ーっ!」
「…ネギ先生は、どうする?」
「えっと、それじゃ…石焼ビビンバで」
それぞれに注文を済ませて行くが、ネギとアキラがほどほどなのに対し、横島と裕奈だけでかなりの量となってしまった。横島はかつての除霊助手時代のなごりか「食える時に食う」習慣が染み付いているため、かなりの大食いなのだが、裕奈が注文したのはそんな彼と同程度だ。横島も思わず心配になって声を掛けてしまう。
「大丈夫なのか? そんなに食って」
「大丈夫だって、育ち盛りだから!」
しかし、裕奈は能天気だ。それどころかあっけらかんとした表情で切り返す。
「そのせいか、最近こんなに育っちゃってるんだけどね〜」
そう言って少しはにかみながら自らの胸をたぷたぷと持ち上げて見せる。
本人は運動するのに邪魔だと思っているようだが、その仕草は横島の煩悩にクリティカルだ。
「ほほぅ、どれどれおにーさんにも見せてみなさい」
「やだもー、エロオヤジー♪」
裕奈の声とともに一撃が横島のアゴに決まった。その一撃自体はさほど効いていないのだが、横島の方もネギ達の視線があるためそれ以上迫ることもなく、じゃれ合いで済んでいる。傍目で見ている分には楽しそうだ。
ネギの本来の目的は、横島に相談をすることなのだが、何とも言い出しにくい雰囲気だ。肩の上のカモは「飯が来て一段落つくまで待とうぜ」と言っているが、今の彼はそのわずかな時間すらも惜しい。
「あの、横島さん!」
「うぉっ! な、なんだ? 見てないぞ?」
突然テーブルに手を突いて身を乗り出して来たネギに、横島は驚いてこっそり裕奈の胸元に向けていた視線をネギへと向けた。明らかに見ている。そして、ばれている。
「そうじゃなくて、お願いがあるんですけど!」
「あ…ああ、相談に乗る約束だったな。んじゃ話を…って、二人はいてもいいんだよな?」
アキラと裕奈にチラリと視線を向け、それからネギはコクリと頷いた。相談の内容は、やはり魔法が関係する事なのだろう。二人はこちら側の事情は知っているので、聞かれても問題はない。
ただし、周囲の人達にまで聞かれるわけにはいかないので、ネギは杖を手に取って小声で呪文を唱える。例の認識阻害の魔法だろう。これで周囲からは適当に雑談をしているようにしか見えないし、聞こえない。
「僕に、戦い方を教えて欲しいんですっ!」
「…はい?」
しかし、ネギの口から飛び出した言葉は、相談と言うにはシンプル過ぎるものだった。
裕奈は「ネギ君も弟子入りかー!」と囃し立て、アキラはおろおろと心配そうにネギと横島を見る。
そして、横島はどう答えるべきかと困った顔をした。
「いや…それはダメだろ」
「何でですか!?」
「お前、俺のサイキックソーサーと『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』使った戦い方習ってどうするつもりだ? ぶっちゃけ、魔法撃ってた方が強いと思うぞ」
「そ、それは…」
正論である。ネギが一瞬言葉を詰まらせた丁度その時、店員がやってきて注文していた大学生セットをテーブルに置いて行った。
ネギは更に言葉を連ねようとするが、横島達は早速肉を焼き始めてしまう。ジュージューと肉を焼く音だけが聞こえ、漂う匂いにネギも思わず喉を鳴らす。まずは食事を済ませよう。ネギは割り箸を手に取り、綺麗に二つに割った。
焼肉奉行役は裕奈。アキラ曰く、鍋の時も彼女が名乗りを上げるらしい。
自ら買って出るだけあって手際は良く、そろそろ焼けたかと言うあたりで、ねぎタン塩を一つつまみ上げる。
「そ〜ろそろ焼けたかな? ハイ、横島兄ちゃんあ〜ん♪」
「俺が試すんかい!」
と言いつつも、めったにない機会なので、素直に裕奈の差し出したねぎタン塩をパクリと食べる。
しっかり火は通っているようで、横島は食べながら手でOKサインを出した。
「よし! ネギ君もじゃんじゃん食べてね〜!」
「どうぞ、ネギ先生」
「ありがとうございます」
ネギには、直接鉄板に手を伸ばすのは危ないと、隣のアキラが取り分けてあげている。
一方、カモはタレ用の小皿にロースを一切れ乗せて専用のナイフとフォークをどこからともなく取り出した。サイズがサイズなので、まるでステーキを前にしているようだ。きっちり首にはナプキンを巻いているあたり、実に行儀が良い。
「知ってるか、裕奈。ねぎタン塩は二つ折りにして焼くとうまいんだぞ」
「へ〜、そうなんだ。試してみよっと」
子供の頃に父、大樹から聞いた豆知識を披露する横島。それを聞いた裕奈は、早速ねぎタン塩を二つ折りにして焼き始めた。
静かなネギ、アキラ側の席に対し、横島、裕奈側の席は実ににぎやかに盛り上がっている。
二人して大盛りのご飯を手に、次々と焼き上がった肉を口に運んでいく姿はどことなく微笑ましい。それを眺めるアキラの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。
「オレっち、考えてみたんだけどよ、兄貴。横島の兄さんが言うのも一理あるぜ」
続けて小皿の上でカルビを切り分けながら言うのはカモ。
横島の言う通り、彼の戦い方と言うのは独自の霊能を使って実戦で磨いてきたものであり、魔法使いであるネギとは得意とする距離をはじめとして、根本的に戦い方が違い過ぎる。
もし、横島の戦い方を学べば、ネギ自身が持っている良い部分も無くしてしまいかねない。
「上手い事逃げる方法なら教えられるけどなぁ…」
ネギ達の話に気付いた横島はそう言うが、それこそネギと横島の最も異なる部分。二人の戦いに対する姿勢そのものである。
横島が極力危険を避けよう、避けようとするのに対し、ネギは何故そこまでと言いたくなるぐらいに逃げようとしないのだ。逃げることを知らないと言った方が正確かも知れない。
どんな困難にも立ち向かう姿勢は彼の美点だ。勇敢であり、横島も見習うべき点はあるだろう。しかし、見方を変えれば、前だけを向いてひたすら突き進むその姿勢が危うく見えてくる。
横島としては、できる事ならば本当に逃げる方法を教えてやりたいところだが、教えたところでネギはそれを受け容れないだろうとも考えていた。
「だいたい、魔法使いの戦い方を知りたいなら、魔法使いに聞くのが一番なんじゃないか?」
「それはそうなんですけど…」
横島は焼いた肉を大盛りのご飯と一緒にかき込み、咀嚼しながら言う。裕奈が「横島兄ちゃん、お行儀悪いよ〜」と言っているが、彼女も似たようなものである。
勿論、それはネギも考えていた。彼の頭に浮かんだ候補は二人、学園長と高畑・T・タカミチだ。
学園長には修学旅行から帰ったその日の内に、報告とおみやげを渡すために会いに行っている。
しかし、『彼』に関する報告をした途端に学園長の表情が険しくなり、戦い方を教えて欲しいなどと頼めるような雰囲気ではなくなってしまった。
そして、タカミチの方は、現在海外出張中で日本にいない。彼は元々アスナ達が2年の頃に担任を務めていたのだが、3年生に進級し、ネギが正式に担任になった事でフリーとなり、麻帆良学園の教師としてではなく、関東魔法協会、魔法使い側の人間として海外に出向く事が多くなっていた。横島に至っては、麻帆良学園都市に来た日に会って以来、顔も見ていなかったりする。
この時、横島の頭にはネギの知らない魔法先生達が浮かんでいた。今夜、図書館島で会う事になっているので、その時に話をしてみようと考えている。
ただ、今は彼らの存在をネギに明かすわけにはいかないので、横島は適当に言葉を濁す事にした。
「俺の方でも探してみるから、お前の方でも探してみろ」
「…そうですね、わかりました」
ネギも不承不承納得したが、他に心当たりがないのが正直なところだろう。
横島は「あんま思い詰めるなよ〜」と声を掛けるが、ほとんど聞こえていない様子だ。隣のアキラも心配そうにネギを見詰めている。
「ねえねえ、エヴァちゃんに教えてもらうのはダメなの?」
エヴァも魔法使いである事を思い出した裕奈が尋ねてみた。
しかし、その問いにネギは困った表情をする。
「エヴァンジェリンさんですか? 修学旅行の時ならともかく、麻帆良にいる間は魔法を使えないみたいですし…それに、呪いを解くための調査で忙しいようですから」
「エヴァに習うのは最後の手段だろなぁ、きっと授業料に血を要求されるぞ」
「いつも噛まれてる兄さんが言うと説得力あるな、オイ」
ネギも、当初はエヴァも候補として考えていたのだが、呪いを解くための調査で時間がない事と、麻帆良学園都市にいる間は魔法を使えない事を考えて、最初に除外していた。
頼んだところで彼女が素直に魔法を教えてくれるかどうかは別問題として、まずはその二つの問題をクリアしなければ頼みに行くこともできない。
結局、それ以上のアイデアは出なかったため、食事を終えた一行は店を出る事にした。支払いの方は予想以上に手痛い出費となってしまったが、裕奈もアキラも喜んでくれたようなので後悔は無い、多分。
ネギはこの後、豪徳寺と待ち合わせをしているらしい。彼もまた修学旅行の一件で自分を鍛え直す決意をしたらしく、気の使い手である友人達と共に修行をするそうだ。今日はネギにその友人達を紹介してくれる事になっている。
ツっこみどころはたくさんあるが、あえてそれを無視する横島。
友人「達」と言うからには複数、つまり豪徳寺の周囲には気の使い手が複数名いると言うことである。
下手に触れると巻き込まれてしまいそうなので、横島は黙って手を振って、走り去るネギを見送るのだった。
「ちなみに、横島兄ちゃんの昼からの予定は?」
「昼の予定はないぞ、夜からは仕事だけど」
横島がそう答えると、裕奈はパッと顔を輝かせて彼の腕に飛びついてくる。
「それじゃ、昼からは私達の買い物に付き合ってよ!」
「荷物持ちか? まぁ、いいけど」
今日一日掛けて仕上げる予定だった報告書も、学園長の助けで思いの外早く書き終える事ができた。アスナの修行をしてもいいのだが、彼女は筋肉痛でダウンしていると、木乃香から連絡を受けている。
ネギの後を追って、豪徳寺とその仲間達と合流するのは論外だ。となれば、このまま三人で夜まで買い物に行っても何の問題はないだろう。横島達は、連れ立って街へと繰り出して行った。
「んで、何を買うんだ?」
「んーとね、ブラの買い換え。もー、最近キツくって」
ぽよよんと持ち上げ再び。今度は寄せて上げてみる。
その瞬間、臨界を突破した横島が、鼻血を噴き出したのは言うまでもない。
一方、横島にアスナの事を連絡した木乃香達は、部屋で刹那も交えて昼食を摂っていた。
「む…」
「アスナ、どないしたん?」
「いや、今、なんかビビッと来たと言うか…」
何かを察知するアスナ。くしゅんと小さくくしゃみをしている。
木乃香はその様子に風邪でもひいたのかと心配そうな表情を浮かべるが、刹那は逆にほう、と感心した様子だ。
「アスナ、風邪でもひいたんとちゃうの?」
「いえ、アスナさんは霊能力者として成長しています。霊感のようなものかも知れませんよ」
「え、そうなの!?」
刹那のその言葉に最も驚いてみせたのは、他ならぬアスナであった。彼女の中では、妖怪や悪霊と戦えるようになる事こそが成長であると解釈されているらしい。
つい最近まで素人だったのだから仕方が無いと、刹那は苦笑する。木乃香に式神について説明した時もそうだ。彼女もまた、いつ式神が使えるようになるかばかり気に掛けて、もっと基本的な霊力の制御に関する話をしても、いまいちピンとこない様子であった。
木乃香としては、式神となった鬼達と仲良くしたいのだろう。彼女がそういう性格である事は烏族のハーフである刹那自身が一番良く分かっている。
「せっちゃん、ウチもアスナと一緒に修行した方がええんやろか?」
「お嬢…いえ、このちゃんの場合は、瞑想等の精神修養から始めた方が良いかと」
「お嬢様」と言いかけて、木乃香がジト目で見ている事に気付いた刹那は、慌てて幼い頃の呼び名「このちゃん」で言い直した。少し気恥ずかしくはあるが、麻帆良学園都市に来て以来、呼びたくても呼べなかった呼び方なので、同時に嬉しくもある。刹那ははにかんだ様子で笑みを浮かべていた。
「瞑想か〜、寝てしまいそうやなぁ」
「私、そういう修行はしたことないんだけど、私と木乃香はどう違うの?」
「アスナさんは、普段どのような修行をしているのですか?」
「え、私?」
何故か頬を染めるアスナ。疑問を抱いた刹那が一体どんな修行をしているのかと問い質してみると、横島から霊力を送り込んでもらう修行をしていると白状した。
しかし、それを聞いた刹那はますます怪訝そうな顔をする。
アスナが行っているのは、霊力を扱えない者が霊力に慣れるための修行だ。それがどうして頬を染めなければならないのか、霊力が扱えないこと、扱えるようになるために努力する事は決して恥ずかしい事ではない。
「横島さんに霊力送ってもらうとさ、こそばゆいって言うか、なんて言うか…」
疑問に思う刹那をよそに、もじもじとしているアスナ。そんな彼女の様子を見て、刹那はおおよその事を察した。
今まで霊力を扱えなかった者が霊力を使えるようになった場合、自分の肉体の中を流れる今まで感じ取ることができなかったものに違和感を覚える事があるらしい。アスナはそれを「くすぐったい」と感じるタイプなのだろう。かなり敏感なのだと思われる。
感覚としては、全身を横島に撫で回されているのに近いのかも知れない。修学旅行での彼女の横島への態度を考えれば、頬を染めてしまうのも無理はないだろう。
「と、とにかくですね。アスナさんがやっているのは、霊力に慣れて、使えるようになるためのもの。このちゃんがやろうとしているのは、既に霊力を扱える人が、それを制御するためのものなのです」
深く突っ込むと別方向に話が進んでしまいそうだったので、刹那は強引に話題を元の方向、アスナと木乃香の修行の違いに関する話に軌道修正する事にした。
アスナと木乃香の最大の違いは、木乃香の方は『既に霊力が引き出せている』ことだ。ただし、この『引き出せる』と『扱える』は似ているようで大きな違いがある。
と言うのも、木乃香が霊力を引き出せるようになった原因は、千草が使った禁術の札である。あれは、強制的に霊力を引き出せるが、それを制御し、抑える事は自力で行わなければならないと言う欠点がある。つまり、霊力を制御できない素人があれを使った場合、その者の魂は際限なく『生命力』を消耗し、やがて死に至ってしまう。
実は、『鬼鎮』は式神が暴走しないようにするためのリミッターであると同時に、木乃香の霊力そのものを抑え込み、無駄に消耗しないようにするための封印でもあった。
木乃香は一日でも早く、この封印が必要なくなるぐらいに霊能力者として成長しなければならない。
彼女の父、詠春が、木乃香が霊能力者となる事を認めた原因はこの辺りにもあるのは言うまでもないだろう。
「つまり、ウチは自分の霊力をちゃんと制御できるようになって」
「私はそれ以前に、霊力引き出せるようになれと。…もしかして、木乃香って私より先行ってる?」
実は、その通りだったりする。
「あの、このちゃんの力は特別ですから、あまり気にしない方が…」
元より眠っていた才能が強大であった事、禁術の札で力に目覚めたこと。原因は色々とあるが、霊能力者として木乃香がアスナを一足飛びで追い越して行ったことは間違いない。
刹那はなんとかフォローしようとするが、その甲斐もなくアスナは落ち込んだ様子であった。
その頃、世界樹前広場には、落ち込むアスナとはまるで正反対な実に楽しそうな集団があった。
ネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』豪徳寺薫と、その友人達である。
「腕を上げたな、薫ちん!」
豪徳寺の放った超必殺『漢魂(オトコダマ)』を、掌底を撃つようにして放った『裂空掌』で迎撃するのは中村達也。逆立てた髪とうなじで結ったおさげがトレードマークの豪徳寺の親友だ。
校内でも白い道着姿で見かける事が多く、傍目には粗野な格闘技バカと思われがちだが、友情に厚い明るい人柄で、近しい友人達からは慕われている。
「急に修学旅行を休んだかと思えば…さては、秘密の特訓をしていたな?」
そして、『3D柔術』の使い手、山下慶一は二人の戦いを眺めながら笑みを浮かべた。
涼しげな顔立ちで自他ともに認める所謂「二枚目」であり、登下校の電車等で一緒になる女生徒達を賑わせる男なのだが、妙なファッションセンスをしており、私服の時は別の意味で周囲を賑わせたりする意外な一面も持っているのはここだけの話である。
「…最近、転校生とつるんでいるそうだが、その関係か?」
意外と鋭い一面を見せたのは大豪院ポチ。豪徳寺と並ぶ長身で、彫りの深い顔立ちで、太い眉と厚い唇、そしてパッチリとした大きな目と実に個性的な顔をしている。
後ろ髪が伸び放題でぼさぼさになっており、豪徳寺よりも本来の意味合いとしての『蛮カラ』に近いと言えよう。
豪徳寺を含む四人は麻帆良男子高校の生徒である。それぞれが格闘技の使い手であり、その繋がりもあって、彼等は友人同士であった。
彼等は普段からこうして集まって修行をしているわけではないが、今日は豪徳寺の呼び出しにより四人が一同に会していた。
修学旅行の一件により、自分を鍛え直そうと決意した豪徳寺は、まず自分と同じ気の使い手である彼等三人を頼ろうと考えたのだ。特に山下は今の豪徳寺にとって最も必要な技術、気による身体強化を得意としている。
超必殺『漢魂』と『裂空掌』の戦いは引き分けに終わり、豪徳寺達が缶ジュースを飲んで一息ついていると、山下が問い掛けてきた。今日の本題についてだ。彼らは腕を競い合うために集まったのではない。
「ところで、今日は紹介したい奴がいると言う話だけど」
「…ハッ! 薫ちん、まさか恋人ができたんじゃ!?」
「な、何、そうなのか豪徳寺!?」
中村の驚きの声に大豪院も大きな目を見開いて乗ってくるが完全な的外れである。
今日、豪徳寺が彼等を呼んだのは気の扱いを教わるため、そして、強くなりたいと願うネギを彼等に紹介するため。思わず恋人同士になった自分とネギをイメージしてしまった豪徳寺は、飲み掛けのジュースを豪快に噴き出してしまった。
「い、いや、紹介したいのは、最近話題になってる例の子供先生でな。強くなりたいと言っているんで、皆に紹介しようと…」
むせながらも何とか誤解を解こうとする豪徳寺。それを聞いた中村は明らかに落胆した様子だった。
男子高校生としては、どうせ紹介されるなら可愛い子を紹介して欲しい。巷で噂の子供先生は確かに可愛いかもしれないが、残念ながら彼の求める「可愛い」とはベクトルが異なっている。
「つまり、俺達に格闘技を教えろ…と?」
大豪院の方は、真剣に考えてくれているようだ。
しかし、豪徳寺の目的は、自分達四人でネギを鍛えることではなかった。
詳しい事情を話すことはできないが、武の道を志す四人が、ネギを魔法使いとして鍛えてやる事は難しい、と言うよりもほぼ無理であろう。そんな事は豪徳寺でも分かる。
「いや、そういうわけじゃないんだが、最近縁あって関わり合うようになってな。だから、お前達にも紹介しておきたかったんだ」
「なるほどね、君らしい」
そう言って山下はフッと小さく笑った。
友人である彼等は、豪徳寺が意外と温厚な一面を持っている事や、妹を大切にしている事も知っている。
どうして件の子供先生、ネギと関わり合うようになったかは知らないが、豪徳寺ならばネギを放ってはおけないであろうことは理解できた。
「面白そうじゃん! それで、子供先生はいつ来るんだ?」
「昼飯を済ませてから来ると言う話だから、もうすぐだと思うが…」
キョロキョロと豪徳寺が辺りを見回すと、丁度タイミングよくネギがこちらにやって来る姿が見えた。
三人も大きく手を振りながら駆け寄ってくるネギの姿を見つけ、中村が率先して前に出て「おーいっ、ネギ君ー!」と大きく手を振り返している。
山下は、そんな中村を見て「やれやれ、子供だな」と苦笑しながらネギに近付き、こちらは紳士的に握手を求めた。
「豪徳寺」
そして、大豪院はネギの方には駆け寄らず、豪徳寺の隣に立った。
彼はかなり大柄な体格で、見た目にも威圧感があるため、いきなり子供の前に出ると泣かれてしまうかも知れないと考えているのだろう。
「詳しい事情は分からんが、要するに新しい仲間が増えた。そういう事だな?」
「あ、ああ!」
実際のところ、豪徳寺は自分とネギの関係を「マスターと従者」とは考えていない。
仲間――ネギとの関係を表す言葉として、これが一番しっくりくる。仲間ならば助け合うのが当然だ。
もっとも豪徳寺の場合、従者や仲間でなかったとしても、ネギが危機に陥っている場面に出くわしたら、やはりその拳を振るっていただろうが。
見れば、中村、山下との挨拶を終えたネギは、自ら大豪院の前に来て握手を求めていた。自分を恐れる様子のないネギに、大豪院もにっこり笑ってその手を握り返している。三人はネギを受け容れてくれたようだ。
三人に囲まれるネギの姿を見て豪徳寺は思う。ネギと関わっていくと言うことは、小太郎のような者達と戦っていくと言うことなのだろう。彼が危険を顧みずに、どんどん前に突き進む性格である事は、何となく分かってきている。
次の戦いがいつになるかは分からないが、何故かそう遠くもないような気がする。
それまでに、もっと、もっと強くなろう。ネギの仲間として。
決意を新たにした豪徳寺は、その拳を強く握り締めるのだった。
つづく
あとがき
修学旅行編も終わって、新展開が始まりました。
原作通りにネギ弟子入りの話から始まりますが、ここから先は、原作にある設定、原作にない設定。原作でも活躍したキャラ、原作では目立たなかったキャラ。色々と交えながら書いていこうと思います。
『JoJo苑』については、元ネタの方を調べながら書きましたが、結構適当な部分もあります。
あくまで元ネタの店とは違う『JoJo苑』にオリジナル設定を加えたものであるとお考えください。
そして、豪徳寺以外の『まほら武闘会』の面々が登場しました。
豪徳寺を含めて原作内の言動から判断しつつ、こちらも色々とオリジナル設定を加えて書いています。
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