「おーい、お前ら生きてるかー?」
別荘内時間における翌朝、横島が屋上に上がってみると、そこにはネギや豪徳寺達が力尽きて転がっていた。
昨晩、エヴァによる修行を終えた後、彼女がそのまま放置していったらしい。別荘内の気候は温暖なので、そのまま寝ていても風邪を引く事はないと判断したのだろう。彼等には毛布が掛けられているが、これは見かねた茶々丸が掛けた物だと思われる。
「大丈夫か?」
「そ、それは…こっちのセリフだ…」
昨夜別れた時は横島の方が瀕死の状態だったと言うのに、今は完全に立場が逆になってしまっている。
豪徳寺達の怪我は、ネギの修行に自ら進んで参加したため、言わば自業自得なのだが、それよりも横島の回復力が異常だ。これもGSの力とでも言うのだろうか。
「いや〜、これも茶々丸のおかげかな〜」
横島の復活には茶々丸の尽力もあるらしい。
彼女はエヴァが横島の血を好んで吸うようになって以来、彼がログハウスを訪れる際は夕食をご馳走するようにしていた。肉類、魚介類、貝類、大豆製品。特にほうれん草、レバー、卵、チーズを始めとする増血、造血作用のある食材をふんだんに盛り込んだ料理を用意し、横島が体調を崩さないように気を付けていたのだ。
エヴァも毎日横島を呼んで血を戴いているわけではないのだが、最近はエヴァが呼ばなくても茶々丸が彼を招待し夕食をご馳走していたりもする。
基本的に自炊しなければならない立場にある横島はこれに甘え、古菲と見回りに出なければならない日以外のほとんどを茶々丸に頼り、結果として「エヴァに血を吸われるため」の体調が整えられているのだ。ある意味肉体改造とも言える。
実は、これは文献調査のためにエヴァが別荘から出てこないのを利用して、茶々丸が独断でやっている事だ。マスターであるエヴァにも逆らわず、同時に横島にも迷惑をかけない。そのために彼女なりに考えた上での行動であろう。
そのために別荘内時間において数日間茶々丸がいなくなる事になるのだが、その辺りは茶々丸の姉達がフォローしてくれている。文献調査中のエヴァは、一旦集中すると数日間食事を取らない事もざらなので、今のところ特に問題は起きていないそうだ。
「それにしても…」
そう言いながら豪徳寺がむくりと起き上がる。
アーティファクト『金鷹(カナタカ)』のおかげで他の者よりダメージが少ない分、回復も早い。
「これで、外では一時間ぐらいか?」
「いや、昨日入った時点で別荘内は夕方ぐらいだったから、まだ三十分も経ってないんじゃないか?」
「…つくづく、魔法とは不思議なものだな」
自分達の感覚では既に半日が過ぎていると言うのに、現実ではまだ一時間も経過していない。豪徳寺はその事が不思議だと言わんばかりに腕を組んでうんうんと頷いている。一方、横島はと言うと、令子の心の中で精神寄生体である悪魔ナイトメアと小一時間戦い、目を覚ませば三日間経過していたり、ここより時間の流れが凄まじく早い竜宮城に行った経験もあるため、豪徳寺と違ってすんなりと状況を受け容れている。
「三十分程度じゃ、まだパイパーを見つけられてはいないだろうな」
「人狼族の超感覚で、しかも直接遭ってるんだ。見つけられないって事はないと思うが、流石にまだ無理だろ」
分かっていた事だが、思っていた以上に別荘内における待ち時間は長い。別荘内であと一日待たなければ一時間後の結果を知る事ができないのだ。気ばかり焦ってしまうが、こればかりはどうしようも無い。
「まぁ、修行する時間が出来たと考えるべきか。正直時間は足りんが、無いよりかはマシだ」
ここは前向きに考えるべきだろう。豪徳寺はまだ目を覚まさないネギ達を起こすべく動き始める。
「ネギだけじゃなく、お前らもか?」
「うむ、ヘルマンとやらは三匹の魔物を連れているらしくてな。そいつらは俺達三人で対処する事になった」
「…ああ、そう言えばスライムみたいなのがいるって言ってたな」
ここで横島はある事を思い出した。
自分が別荘に持ち込んだ除霊具の中に、今の彼等に相応しい物があると言う事に。
「豪徳寺、三人起して待ってろ。いいのがあるぞ」
そう言い残して自分の部屋に戻ると、荷物の中からある除霊具を取り出し、再び屋上に戻る。
ネギ達はあの後すぐに目を覚ましたようで、横島が戻ると皆期待に満ちた眼差しで彼を待ち受けていた。
「おっはよー、忠夫ちん! 俺達にピッタリの武器があるって?」
「武器じゃねーって。それにお前らにピッタリって言うより、スライム相手にピッタリって方だ、どっちかと言うと」
横島が抱えてきたのはロープの束。所謂『魔法の剣』のようなものを期待していた中村はあからさまにがっかりした様子だ。ネギ達も、それが何かが理解できずに疑問符を浮かべている。
「横島さん、それは一体…?」
「『呪縛ロープ』って言ってな、スライムみたいな軟体生物だろうが、幽霊だろうが縛り上げる事ができるロープなんだ」
「『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』みたいなもの、ですか?」
ネギは自分が知るマジックアイテムの中で、似たような効果――対象を封印する力を持つ物の名を挙げるが、二つのアイテムは微妙に効果が異なる。
双方、相手を動けなくする事には変わらないのだが、『封魔の瓶』が完全に対象を瓶の中に封じ込めてしまうのに対し、『呪縛ロープ』は、ただ単に対象を物理的にも霊的にも縛り上げてしまうだけ。使用方法も後者は呪文を唱える必要もなく、本当に縛るのみ。ヘルマンやパイパーのような強力な魔族には通用しないだろうが、スライム程度であれば十分効果を発揮するはずだ。
「これ、カウボーイみたく投げ縄にして使ってもいいのか?」
中村の問いに横島は頷いた。冥子の下から逃げ出した式神マコラを捕まえようとした際に、令子がそのようにして使っていた事を横島は覚えている。
「なるほど、俺達の目的は三体のスライムの足止めだからな」
「これで縛り上げてしまえば、役目は果たせると言う事か。彼女達の話によると、子供サイズらしいからね」
豪徳寺と山下も、ロープを手に納得顔だ。
二人とも投げ縄の経験などないが、取り押さえて縛り上げるなど、方法はいくらでもある。今の彼等の実力ですらむぃ達を倒したり、ネギがヘルマンと戦っている間延々と肉の壁になる事と比べれば、成功率は雲泥の差であろう。
昨晩、エヴァに実力の差を思い知らされた三人であったが、これで光明が見えてきた。
「すげぇぜ、横島の兄さん! これならいける!」
「ああ! 一対一では敵わなくとも、これがあれば何とかなる!」
後はいかにしてネギとヘルマンの一騎討ちを邪魔させないようにするかだ。握り締める拳にも、ぐっと力が入る。
彼等のボルテージはうなぎ登りで留まるところを知らない。早朝から暑苦しい限りであった。
「それじゃ俺はこの辺で…」
一方、思っていた以上に燃え上がる彼等を尻目に、横島はそそくさとその場を離れる。
あのまま留まっていれば、彼等の修行に無理矢理付き合わされかねない。
横島ならば、豪徳寺達に対しそれなりにアドバイスする事も可能なのだろうが、それはそれ。
ネギに触発されてか、アスナもやる気を見せている。ならば、それに応えてやるべきだ。何よりそれは人質となった木乃香達を助けるためでもある。
暑苦しい漢達と可愛い少女達。二つから取捨選択をするならば、迷うことなく後者に飛び掛る。
息を吸って吐く事と同じように、それは横島にとって迷うことも馬鹿らしい当然の選択であった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.50
その後、朝食を終えた一同は、大きく三つのグループに分かれる事となった。
まずは、ネギの修行チーム、ネギを始めとする昨晩のメンバー、エヴァ、チャチャゼロ、カモ、豪徳寺、中村、山下に、今日は茶々丸も加わって塔の屋上を占拠している。のどかは修行の邪魔にならないところで、ネギの修行を見守っているそうだ。
当初はアスナ達も塔の屋上で修行をするつもりだったのだが、エヴァがネギの修行は激しく行うと言ってきたので、塔の麓の砂浜を借りる事となったのだ。
時折、いや、割とひっきりなしに塔の上から爆音や怒号や悲鳴が聞こえてくるが、エヴァとチャチャゼロだけならともかく、今日はお目付け役もいるので死ぬ事は無い――と、茶々丸に全てを任せる事にして、あえてそれに対して聞こえない振りを決め込む事にする。
そんな砂浜で修行を行うチームは、横島を筆頭にアスナと古菲の三人。これに見学者組である千雨、風香、史伽、桜子、夏美、千鶴、愛衣、高音を加えた合計十二人である。
一面に広がる砂浜、そして海を見た風香、史伽、桜子の三人は、近くに居た茶々丸の姉に頼んで水着を借り、早速海水浴と洒落込んでいるので、厳密には見学ではないのかも知れない。
そして、横島の近くで、子守りを避ける事を目的にアスナ達の修行を見学する事にした千雨だったが、現在千鶴の保護者となっている夏美も、横島の近くに居る事を望んだため、結局子守りを手伝う破目に陥っていた。
千雨は別の部屋だったため知らなかったが、千鶴は昨晩からそうだったらしい。子供になった彼女は人見知りをせず、誰とでもすぐに仲良くなっていたが、特に朝になって干からびた状態から謎の復活を遂げていた横島に対し、非常に甘え、しきりに抱っこを求めていたそうだ。抱き上げられた時の視点の高さが楽しいのかも知れない。現に、朝食後ここに移動する間、彼女は横島に肩車をされていた。
「なんで、那波のヤツは横島さんにあんな懐いてるんだ?」
「結構子供と遊ぶの上手みたいだよ。朝も、私達が着替えてる間とか、ちづ姉の面倒見てもらってたし」
何気なく呟いた疑問に、隣に座っていた夏美が答える。
昨晩の千鶴は夏美の部屋で一緒に寝たのだが、夜中に一度トイレに行くために目を覚ましたそうだ。
半分寝ぼけていた夏美は、一人で行けるからと言う千鶴をその場は見送ったが、いつまで経っても彼女は戻ってこなかった。心配になった夏美が迎えに行っても千鶴の姿はなく、助けを求めて横島の部屋に駆け込むと―――
「那波がすやすやと寝てたと」
――――そこには、横島のベッドに潜り込んで眠る千鶴の姿があった。
それを見て力の抜けた夏美が、へなへなとその場でへたり込んだのは言うまでもない。
「なるほど、朝に聞こえてきた神楽坂の悲鳴みたいな声は、それか」
「要するに、お父さんかお兄さんに甘えてる感じなんじゃないかなぁ?」
夏美の言葉に、千雨はなるほどと頷いた。
千鶴は、昔から年の割には老け――もとい、大人びた一面を持つ聡い子供だったのだろう。礼儀作法をきっちりと躾けられているところを見るに、そう言う家庭で育ったのだと思われる。
いかに人見知りしないと言っても所詮は小さな子供。見知らぬ人達に囲まれて平気なはずが無い。
しかし、聡い子供である千鶴は所謂「良い子」であるため、それを周囲に悟らせない。おとなしい子供であれば、少なからずそのような傾向があるだろう。
同じく「おとなしい子供」であった千雨自身、今でも自分を押し殺してクラスでは目立たないようにしている面があるため、何となくだが、それが理解できるような気がした。
千雨がこうして横島と一緒に居るのは、修学旅行中に起きたシネマ村の一件を踏まえた上での損得勘定を交えた判断だ。
しかし、それだけではなく、アスナが弟子入りして以来何かと3年A組と縁深い位置に居る横島の事は、それ以前から幾度となく教室で雑談の話題に上がっていた。それこそ雑談に参加していなかった千雨さえも、名前ぐらいは覚えてしまうほどに。そのためか、直接会う以前から横島と言う男に対し、ある種の親しみのようなものを感じていた事は否定できない。
実は、千鶴もそうなのではないだろうか。
オカルトに関しては素人である千雨には理解し難い話だが、肉体的には脳が子供に戻っているため記憶を失っているが、魂は中学生のままで、こちらの記憶までが失われているわけではないらしい。横島の元上司である美神令子は、パイパーに子供にされても、寝ている間に大人のままの魂でテレパシーを使い、横島に助言をした事があるそうだ。
つまり、今の千鶴も魂は中学生のままで、子供である彼女はその魂の記憶――横島が頼りになる人だと言う事と、彼に対する親しみを本能的に感じ取っているのではないだろうか。それならば、3年A組の面々の中でも、特に夏美に対してはよく懐いているのも納得できると言うものである。
辿り着いた結論に手応えを感じ、拳を握り締めてやおら立ち上がる千雨。
しかし、ここでハタとある事に気付いてその動きが止まる。
「…ッ! 私は一体何考えてるんだ…?」
昨日までオカルトに対しては否定的な考えを持っていたと言うのに、今はナチュラルに「魂の記憶」とか考えてしまっている自分に気付き愕然としてしまったのだ。
これは、元々理屈っぽい性格であるが故の業であろうか。
得られた情報から、論理的に答えを導き出さなければすっきりしない。それ故に、加速度的にオカルトの深みに嵌っていってしまうのだ。もしかしたら、今この時点で横島よりもオカルトの事を真剣に考えてしまっているのかも知れない。その事に思い至った千雨は、天を仰ぐようにして頭を抱える。
「は、長谷川さん、大丈夫…?」
「………ほっといてくれ」
もはや、言い返す元気は残っているはずもなかった。
ちなみに、現在二人は横島達から少し離れて砂浜に建てられた休憩所のような場所に腰掛けている。
そこは日陰になっており、壁が無く風が吹き抜ける状態であるため、温暖な気候の別荘内でも涼しく快適に過ごせる環境だ。海水浴場で言うところの所謂『海の家』のようでもあるが、西洋風の建築様式であるためそう呼ぶのは何か間違っているような気もする。
千鶴は現在、夏美から離れて横島と一緒だ。アスナの修行を邪魔しないようと、砂浜にビーチパラソルを立ててもらい、その影にシートを敷いてちょこんと座っている。
そして、愛衣と高音もそのビーチパラソルの下だ。昨日は高音が怖がるからと距離を取っていた二人だが、こちらも昨夜の内に高音には微かながら子供にされる前の記憶が残っている事に気付いたようだ。愛衣以外に、横島に対してだけは怖がっていない。彼の顔を見ると顔を伏せてしまうのだが、これはどうやら照れ臭くてそうなってしまうようだ。
同じ図書館探険部の仲間となった夕映も怖がらないかと思ったが、こちらは何故か他の人とは別の意味で怖がっている様子だった。そのため、今朝方夕映から文献調査の協力を頼まれたのだが、やむなくそれを断り、今こうして横島達の修行を見守っている。
「高音ちゃん、あやとりしましょ♪」
「………どうするの?」
そして、多少強引に皆に近付いたのが良かったのか、同じ子供である千鶴に対しては少しずつだが心を開くようになっていた。今は千鶴にあやとりを教えてもらっている。
高音はあやとりそのものを知らない様子だが、そもそも、魔法界にあやとりと言う遊びは存在しないのだからそれは仕方の無い事であろう。千鶴があやとりを教え、それを興味深そうに見ている高音。二人並ぶ姿が実に微笑ましい。
横島はアスナ達の面倒を見ながらも愛衣達の事を気に掛けているようで、時折声を掛けてくるのだが、その度に高音はきゃーっと恥ずかしがって愛衣の背に隠れてしまう。声を掛けてきたのがアスナや古菲ならば怯えて、それでも強がって見せただろうが、これは明らかに照れだ。
子供の頃の高音がこんな性格をしていた事は意外であったが、それ以上に、高音が子供になって記憶を奪われてしまっても、横島の事を忘れていない事が愛衣には嬉しかった。高音にもかつては自分と同じように引っ込み思案だった頃があったのかと思えば尚更だ。
照れる高音の姿があまりにも可愛らしいため、思わず抱き締めてしまう愛衣。突然の事に高音は目を白黒させていたが、それが愛衣であったため拒みはせずにおとなしくしている。
「ほら、お兄様も見てますよ〜♪」
「…!」
抱き上げられた高音は、横島の姿が見えると照れて、愛衣に抱き着きさっと顔を隠してしまう。愛衣もそれが分かっているので、何度も横島の顔を見せ、普段は見られない高音が照れるその姿を、心の底から堪能するのだった。
少し意地悪であるが、これも愛衣の心に余裕が出てきた証拠であろう。
こうしているのも、言わば愛のムチ。純粋な魔法界生まれで魔法界育ちである高音の人間界嫌いを心配し、それを治そうとあえて荒療治をしているのだ。
「もーっ、お姉様! 可愛過ぎます!!」
…多分。
「あっちは盛り上がってるアルな」
「向こうは向こう、こっちはこっち。さぁ、横島さん! 始めましょ!」
「お、おぅ、今日はやる気満々だな」
ネギ達と同じようなノリで燃え上がるアスナに、思わず一歩後ずさる横島。
アスナがここまでやる気になっているのは、ネギに触発されたと言うのもあるが、今朝、千鶴が横島のベッドに潜り込んでいるのを見た事が影響していた。
何より修行中の横島は、真剣に、真っ直ぐ自分の事を見てくれる。それが更にアスナをやる気にさせていた。砂浜は足腰を鍛えるのに良いと言う古菲と一緒に波打ち際を全力ダッシュで走っていたばかりだと言うのに元気一杯である。
「まぁ、なし崩しに一週間の強化合宿になったわけだが…まず、俺達の目的は分かってるか?」
「え? それは…」
「えーっと…」
アスナと古菲が顔を見合わせて考え始めた。
確かに、ネギも豪徳寺達もそれぞれ目的を持って修行をしている。当然、アスナ達も自分達の目的を理解した上で修行に臨むべきであろう。
「パイパーは犬豪院とか言う先輩と、コタローが戦って」
「ヘルマンとやらは、ネギ坊主が戦うアル」
「木乃香達を攫ったスライム娘達は、豪徳寺先輩達が戦うんですよね?」
「おろ? そうなると、私達の相手はいないアルカ?」
二人の言葉に横島は頷いた。
「戦う相手」で考えると、確かに横島達の相手は存在しないのだが、相手がいなくとも、彼等の役割が重要なものである事に変わりはない。
「俺達の役割は、人質を無事に救出する事だ」
「おお!」
「あ、そっか。人質いない方がネギも思い切り戦えますもんね」
「色々と難しいぞ、この役目は」
実際、ヘルマンがどんな方法で木乃香達を捕らえているかは、今の段階では分からない。その辺りは現場について状況を確認してから考えなければならないだろう。そう言う意味ではネギ達以上に、事前準備がしにくい役目と言える。
また、横島達が人質に近付いている事に気付かれると、一騎討ちをしているヘルマンはともかく、すらむぃ達は豪徳寺達を放り出して横島達に向かってくる可能性もある。その辺りも踏まえて臨機応変に対応するしかあるまい。
「とりあえず、俺が持ってきた除霊具の説明から始めるぞ。まずは呪縛ロープから…」
「ちょ、ちょっと待ってください! 霊力の修行とかじゃないんですか?」
「いや、まずはこっちからだ」
まさかの座学に肩透かしを食らったアスナが声を上げるが、これも横島なりに考えがあっての事だ。
現場で臨機応変に対処する必要がある以上、どこで何が必要になるか分からない。横島の持つ除霊具など、除霊具のカリスマと謳われる令子に比べればほんの僅かだが、それを使う可能性は十分に有り得るのだ。その時になって、これの使い方は――と現場で説明するわけにはいかないので、今の内に全ての説明を終えておかなければならない。
古菲も含め二人とも正式に除霊助手になった以上、いずれやらなければならない事だったのだ、それが今なのである。
「な、なるほど…」
「そう言う事なら、早速教えてもらうアル」
「それじゃ、呪縛ロープから。これが一番使う可能性高そうだしな」
とは言え、横島が持っている神通棍、破魔札を除く除霊具と言えば、呪縛ロープ以外には見鬼君、簡易結界、霊体ボウガン、霊視ゴーグル、それに式神和紙、吸引札を始めとする各種札ぐらいだ。しかし、経験の無いアスナ達にいきなりボウガンを使わせるのは無茶であろう。
「ま、今すぐに使えるのは限られてるから、ざっと一通り説明したら、普通の修行に入ろうか」
「横島師父! 私、また簡易式神と戦ってみたいアル!」
「そうだな、アスナもこれで行くぞ、『ハマノツルギ』出しとけ」
「ハイ!」
手っ取り早く実戦経験を積むには悪くない修行であろう。
エヴァの様なスパルタに走る気は毛頭無い横島は、古菲の意見を採用して式神ケント紙を切り始める。
「スライム娘は子供サイズなんだっけか?」
「ええ、ネギより小さな子供です。幼稚園ぐらいの」
「それに伸びたり縮んだり、膨らんだり手足が生えたりするアル!」
「………それは再現できるかなぁ?」
試しに手足を長く切って、バネのように折り曲げてから簡易式神を生み出してみたところ、あっさり再現できてしまった事をここに記しておく事にする。
一方もう一組、夕映、和美、さよ、そして亜子の四人は文献調査チームとして、塔内にあるエヴァの書斎を借りて古い書物とにらめっこをしていた。
「う〜ん、まず日本語に訳さないといけないってのがツラいねぇ」
「仕方ないです。魔法に関する本はそのほとんどがラテン語、古いものとなると古典ギリシア語になるそうですから…。その点、オカルト関係は割と楽ですね。最新のものは本ではなくレポートですが、日本語や英語のものばかりですから」
夕映が中心となって、和美とさよは二人で一冊の本に協力して取り掛かっている。
「すいません、亜子さん。手伝ってもらって…」
「ええんよ、ウチじゃお茶汲みぐらいしかできんけど。それに、この部屋涼しいし」
そう言いつつも、亜子は夕映達のサポートとして、お茶汲みから積み上げられた本の整理等、雑務を一手に引き受けてくれている。
ネギ達の修行を見に行くのは怖いし、アスナ達と一緒に行くのも恥ずかしい。それに、横島の目があるのに、風香達のように水着になれるはずもない。
何より、水着になって泳げる位の外の気温は、彼女にとっては少々暑過ぎる。涼しい場所の方が良いと夕映達と書斎に行く事を選んだ亜子であったが、夕映達にとってはこれ以上となく有り難い助っ人であった。
「それにしても、色んな本があるんやなぁ」
「図書館島ほどではないにしろ、かなりの蔵書量ですね。…いえ、むしろ目を見張るべきは、その質でしょうか」
書斎に置かれている本は魔導書ばかりではなく、オカルト関係の最新レポートのような物まである。更には一般に販売されていた小説やノンフィクション、それに詩集。更には図鑑や画集に至るまで、さまざまな本が取り揃えられていた。
しかも、数百年生きているエヴァだけあって、とうの昔に絶版となり、図書館島にも無いような百年以上前の本が無造作に並べられているのだ。その本を見つけた時、夕映が人目も憚らずに踊りだしたと言えば、それがいかに希少であるかがお分かりになるだろう。
「それにしても、夕映は何が知りたいん? 難しそうな本ばっか見てるけど」
「…知りたい範囲が広すぎて、一言では答えられません」
夕映が知りたいのは、魔法、そしてオカルト、それら全般に関する知識だった。
魔法界が誕生した経緯に、中世ヨーロッパの『魔女狩り』が含まれていた事については既に聞き及んでいる。夕映はその『魔女狩り』について一般人でも知り得る以上の知識は持たないが、宗教に関係している事は確かだ。
しかし、ここで視線を魔法からオカルトに移してみると、宗教と言うもの自体が神魔族の勢力争いの産物だと言う。ならば、魔法界誕生には神魔族が関わっていると言うのだろうか。
そして、書斎にあったオカルト関係の最新レポートによると、神魔族の方は時代を経て、『デタント』と言われる融和政策を打ち出しているそうだ。現在、関東魔法協会は、その存在を公のものとするために、情報公開の準備をしているらしいが、それもこの『デタント』の影響を無視して考える事はできないと思われる。
横島が関わっている、関東魔法協会による一般人への情報公開について調べていたのだが、あれよあれよと言う間に大事になってしまった。
GSと魔法使い。それぞれ別の世界に生きているようで、それぞれが人間界を舞台にリンクして動いている。なんと興味深い事だろう。好奇心が刺激される。もっと、もっと知りたくなる。
世界の謎を紐解くような心昂ぶる感覚。いや、いっそ快感と言うべきだろうか。頬が上気し、傍目にも彼女が高揚しているのが見てとれた。
「あれだ、宮崎が絵日記でパルはスケッチブック。ゆえっちが仮契約(パクティオー)したら、きっとアーティファクトは百科事典か何かだね」
「あ〜、それっぽいですねぇ」
「何十冊かのセットで出てきたりして…」
その夕映の様子を見て、和美が軽い口調で冗談を言うと、さよと亜子も笑いながらそれに同意する。
横島のボケに対するツっこみのアスナにはハリセン。一昔前の番長のような豪徳寺には蛮カラ下駄。のどかには絵日記で、ハルナにはスケッチブック。言われてみれば、彼女達の下に現れたアーティファクトは、それぞれにあつらえたかのようにピッタリの代物ばかりであった。
更に話は発展し、和美ならばカメラに違いない、亜子は救急箱じゃないかと、クラスメイトにはそれぞれどんなアーティファクトが現れるかで盛り上がる三人。一方、夕映はその会話には参加せず、一人黙って考え込んでいた。
「………」
「ゆ、ゆえっち、どしたの?」
やがて、和美が夕映の様子に気付いておずおずと声を掛けてみる。
すると夕映は、ようやく考えがまとまったのか、ポツリと一言、こう呟いた。
「それは良い考えかも知れません」
「え゛?」
突然の言葉の内容に和美は呆気に取られるが、そんな事など気にも留めずに夕映は続ける。
「どうして、今までそれに気付かなかったのでしょう! 確かに私にアーティファクトが与えられるとすれば、それはきっと何かを調べる物に違いありません。いえ、それを引き当てる自信がありますっ!!」
「綾瀬さ〜ん、落ち着いて〜」
さよが小さな声を張り上げて落ち着かせようとするが、最早それぐらいでは夕映を止める事はできない。
どうやら、『アーティファクトの百科事典』、『何十冊かセットのアーティファクト』、その夕映にとっては魅惑的な響きが彼女の暴走を引き起こすトリガーとなったようだ。
暴走した夕映の思考は、既に仮契約する方向で、亜音速で突っ走っている。
「思い立ったが吉日です!」
「ちょ、ちょい待ち夕映!」
勢い良く立ち上がり、そのまま書斎から出て行こうとする夕映。カモに仮契約をさせてもらえるよう頼むつもりなのだろう。その足に亜子が飛びついて必死になって食い止める――が、今の夕映は凄い力で、そのまま亜子を引きずって進んで行く。
「離してください、世界の神秘が私を待っているんです!」
「落ち着きて! 冷静になってよう考えるんや、仮契約は一人では出来んやろ!?」
「ハッ…!」
その言葉にようやく夕映の足が止まった。仮契約には『マスター』と『従者』の二人が必要。その基本事項がスコーンと抜け落ちていたらしい。「醜態を晒しました」としおらしく再び席に就く。
「ま、まぁ、仮契約するのが悪いとは言わないけど、相手とかよく考えてね。パルはともかく、宮崎もアスナも真剣に考えて仮契約したんだから」
ハルナの時はノリノリで協力した和美だが、今回は引き止める側に回っていた。
あの後叱られて反省したと言うのもあるが、一貫してあのノリであるハルナと違い、今の夕映は暴走しているのだ。冷静になってから自責の念に囚われるのは目に見えているので、あの時と同じように煽る気にはなれないのだろう。
「そうですね…しっかり考えます」
和美の言葉を真摯に受け止めた夕映は、本当に反省した様子でしゅんとしている。
しかし、「考えます」と言う事は、仮契約そのものを諦めたわけではないようだ。
とは言え、基本的には真面目な夕映の事だ、真剣に考えた上できちんと結論を出すだろう。この件については和美達がこれ以上口出しする必要はあるまい。
「ただ仮契約をするだけ、と言うのは却下です。ハルナじゃあるまいし。いっそ事故を装って――いやいやいやいや、ここはやはりしっかりと先を見据えて相手を選ぶ必要があって……」
真剣な表情でぶつぶつと夕映は呟き続ける。
宣言通りに真面目に、しっかりと仮契約相手、自分のマスターになる者について考えているようだ。
「ウチ、変な事言うてもうた…?」
「だ、大丈夫なんでしょうか〜?」
「知らない、私はもう知らない」
真剣に考えた末に仮契約すると言うのであれば、それはもう夕映の自由だ。
彼女のその様子を見て、和美達がこれ以上は面倒を見切れないとさじを投げたのは言うまでもない。
つづく
あとがき
魔法界『ムンドゥス・マギクス』と三界の関係。
式神ケント紙で作った簡易式神の腕が伸び縮みする。
デタントに関するレポートが人間界に存在していると言う設定。
この辺りは、『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
特に一番最後は、『黒い手』シリーズ本編ではデタント推進が取り沙汰されていますので、人間界でもそれに関するレポートが作成されていると言う設定になっております。
エヴァが所持しているのは、このレポート自体がGS協会の内部文書のようなものではなく、どこかオカルトに関する研究を行っている大学で発表されたものだからでしょう。インターネットに掲載されていたものをプリントアウトしたのかも知れません。
勿論、エヴァではなく茶々丸が。
原作でもそのような傾向がありましたが、『見習GSアスナ』におけるエヴァは、はっきりと機械音痴ですので。
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