ユニコーン捕獲を終えた一行は、美智恵に連れられて二駅先――昨日、横島達が宿泊したホテルのある街へとやって来た。ここまで来なければ大勢で入れる店がないためだ。美智恵は元々仕事を終えれば横島に食事を奢って麻帆良の話を聞くつもりだったらしく、事前に周辺の店を調べていたらしい。
オカルトGメンの制服姿、しかも赤ん坊を抱いた美智恵の姿に、店員は奇異な物を見るかのような視線を向けていたが、当の美智恵は意に介そうともしない。彼女はオカルトGメンの実働部隊を率いて都内に限らず津々浦々に飛び回っているため、制服姿のまま店に入る事も珍しくなく、前者については慣れているようだ。
美智恵が選んだ店は横島達の宿泊したホテルからは少し離れた場所にある和食料理店だった。店の中に入ると、美智恵は宴会で使うような畳の個室を希望する。横島達が大所帯であった事、昼から宴会をするような客がおらず部屋が空いていた事等、理由は色々あるが、第一の理由は麻帆良の話をするためであろう。
「奢ってもらうわけだしな、私がフォローしてやろう」
そう言ってエヴァが認識阻害の魔法を使う。これでどんな話をしても普通に談笑しているようにしか聞こえなくなり、外部に漏れる事はないだろう。エヴァが率先して魔法を使ったのは、フォローしてやったのだから、どれだけ食べても文句は言わせないと言う思惑があっての事だと思われる。美智恵もその辺りは承知しているのだろう。苦笑しながら礼を言った。
「さ、好きなのを注文してちょうだい」
「フッ、言ったな。後悔するなよ?」
「少しは遠慮しろ」
メニューを制覇する気満々のエヴァを、横島が向かいの席から身を乗り出してコツンと小突いて止める。
席は、ひのめは美智恵が抱いているとして、十人を分けて五人ずつが長いテーブルに向かい合う形となった。一番扉に近い位置に座るのが横島、その向かいにエヴァが座り、茶々丸、夕映、アスナ、古菲と並んでいる。横島の隣には美智恵、おキヌ、シロ、令子と並んでいる。令子が一番奥に居るのは、美智恵と距離を取るためであろう。これで説教から逃げられる訳はなく、結局は帰宅してから、後回しになるだけなのだが、大人として少女達の前で母親に叱られるのは避けたいようだ。
横島にとっての不安はエヴァの食い道楽だ。テーブルを挟んでいるため身を乗り出さねばツっこみも出来ないが、エヴァの隣に茶々丸がいるため、こちらは彼女に任せてしまえばいいだろう。
「それで、横島君。念のために確認しておきたいんだけど、彼女達は知ってるのね?」
美智恵はアスナ達に視線を向けながら言う。麻帆良の裏の魔法使い達にとって魔法は秘匿しなければならないものなのだ。エヴァが堂々と認識阻害の魔法を使った後なので今更の話ではあるのだが。
「ああ、それは大丈夫ですよ。て言うか、アスナ達のクラスメイト全員知ってますし」
「そ、それはそれで不味くないかしら?」
顔を引きつらせる美智恵。流石に担任のネギが魔法使いである事は伏せてあるが、美智恵は横島の言葉からアスナのクラスメイト全員と何かしらの関わりを持つ者が魔法使いだと考え、それは彼女達のクラスメイトか担任であろうと当たりを付けていた。
「情報公開の方は進んでいるの?」
「その辺はよく分かりませんけど、早くても来年の春じゃないっスかね〜?」
「……まぁ、魔法界との折衝もあるでしょうし、時間は掛かるでしょうね」
それは同時に、横島が来年の春まで麻帆良で過ごすと言う事だ。来年の春にはアスナ達は中学を卒業し、高校に進学している。希望通りに進む事が出来れば、アスナは六道女学院の除霊科に進学する事になるので、タイミングとしては丁度良いと言えるだろう。
後日、美智恵はアスナ達のクラスについて調べるのだが、その結果、年端も行かない少年が担任、しかも英語担当として教壇に立っている事を知り、飲んでいたコーヒーを噴き出す事になる。
それと同時に、彼女は横島が言っていた「来年の春」の意味を悟った。
関東魔法協会が世間一般に向けて情報公開をすると言う事は、今まで裏の世界に潜んでいた関東魔法協会が表舞台に出てくると言う事だ。こうなると、今までは裏の組織だからこそ通用していた不文律が崩されてしまう事になる。
九歳の教師の存在がその筆頭だ。関東魔法協会の勢力下である麻帆良だからこそ存在できるのであって、表舞台に立つとなると、表の法に従わなければならないので色々と問題になる。そのため、年度末等の区切りの良いところで、ネギは教師を辞める事になってしまうだろう。
問題は他にもある。例えば、麻帆良学園都市内で起こった霊障を魔法先生達が解決する事だ。これまでは麻帆良は関東魔法協会の勢力下であったため、自分達の手で自分達のナワバリを守るのは当然の事であったが、公開組織として表舞台に出てしまうと、そうもいかない。と言うのも、本来霊障に対処するのは民間GS、オカルトGメンの役割なのだ。
これまでは龍宮神社に集められた霊障をGS協会に知らせずに魔法先生達が秘密裏に解決していたため、表向きは「霊障は起きていない」と言う事になっていたのだが、これはすなわち、本来ならば民間GS、オカルトGメンの仕事となっていた件を、魔法使いが横取りしていたと言う事だ。シェアを奪われていたと言い換えても良いだろう。
特に民間GSにとっては死活問題に成りかねない。ただでさえ人手不足のオカルトGメンを率いる美智恵としては特に文句はないのだが、変にプライドの高いオカルトGメン上層部の者達などは関東魔法協会に抗議するかも知れなかった。頭の痛い話である。
何にせよ、この辺りの問題については「新しい仕組み」が必要となるのは確かであろう。
例えば、京都の陰陽寮の場合は、除霊現場に出る陰陽師はGS資格を取得しているが、除霊具の製作者等はGS資格を持たない者がほとんどである。この場合は、陰陽寮と言う組織自体が霊能力、オカルト技術を用いて破魔札を初めとする除霊具を製作する権利を持ち、また、それに携わる霊能力者達――すなわち、「陰陽師」達を育成、監督する責任を背負っているのだ。
GS資格を持たずに除霊するのはオカルトGメンも同様であるが、こちらの場合はオカルトGメンと言う組織が除霊に携わる資格を持ち、自らの責任でGS協会とは別の試験を以って隊員達を選別しているのである。
これから先、関東魔法協会は魔法界との折衝だけでなく、GS協会等とも話し合いを進めていかねばならない事になるだろう。横島が麻帆良に派遣されたのは、情報公開後は麻帆良にもGSが来るかも知れないと考えた学園長が、魔法使い達にGSの事を知ってもらおうとGS協会から派遣してもらったのだろう。
問題があるとすれば、当の横島の方に自覚が全くない事であろうか。
「ま、難しい事は上に任せとくって事で。俺は、アスナが来年六女に行けるように修行してやるので精一杯」
「あんた、分かってるでしょうけど、理事長が特待生の話持ってきても……」
「下手に借り作るような真似はしませんて」
認識阻害の魔法が掛けられているため、そんな必要がないのに声を潜めて会話を交わす横島と令子。
結局のところ、横島が考える事などこの程度である。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.69
料理が運ばれてきて、賑やかな昼食が始まった。一番料理が多いのは勿論エヴァの前――ではなく、全体を見渡してみると、走り回ったアスナと古菲、その向かいにシロと令子が座っている辺りが一番多いようだ。エヴァは対抗意識を燃やしているようだが、隣の茶々丸が暴飲暴食を許してくれない。
アスナ、古菲、シロの三人は一斉に勢いよく食べ始めるが、エヴァの方は茶々丸のおかげでおとなしいものだ。
「それにしても、エヴァちゃん残念だったわね〜」
「何がだ?」
「ユニコーンの角があれば、呪い解けたんじゃないの?」
「ああ、それならもう試した。ユニコーンの角で私の呪いは解けん」
「マジアルか?」
エヴァの返事にアスナと古菲は驚きの表情を見せ、先程その話を聞いていた夕映とおキヌはうんうんと頷いている。
そして、美智恵は目の前で繰り広げられる違法行為の話にこめかみを押さえて項垂れていた。
「……貴女ね、ユニコーンの角は粉末を取り引きするだけでも違法なのよ?」
「それは貴様の娘に言え。私は魔法界から仕入れたんだ、ヴァチカン条約も関係ない」
「ぐっ……」
娘の事を持ち出されては美智恵も黙らざるを得ない。実は、これも情報公開する事で起こり得る問題の一つであった。人間界では規制されている品が、魔法界では普通に取り引きされていたりするのだ。その話を聞いた令子がキラリと目を光らせているのは言うまでもない。何か儲ける方法を考えているのだろう。
「ユニコーンの角でも解けない呪いとなると……何かを制約する類のものかしら?」
「……まぁな」
美智恵の的を射た指摘にエヴァは不承不承頷いた。『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の解呪に関しては、京都から持ち帰った文献の調査を進めても成果は芳しくなく、正直なところ藁にも縋りたいところだったのだ。その点、美智恵はユニコーンを捕獲するために最初から赤ん坊のひのめを連れてきていた。すなわちオカルト関連の知識を持っていると言う事だ。あまり、自分が呪われている事を他人に知られたくはないが、情報を得られる可能性があるならば仕方がないと、自分が麻帆良では魔力が使えない事はぼかした上で解呪方法を探している事を説明する。
「『登校地獄』って、またふざけた呪いねぇ……」
これには令子も興味を持った。呪いのエキスパートであるエミをライバルに持つだけに、呪いに関する情報の収集は怠れないようだ。
「制約は悪意や怨念で呪っているわけじゃないから、浄化の力でどうにかするのは難しいわね」
「ウム、呪いと言うより魔法の一種と考えた方がいいな」
「そうなると、魔法自体を解析して、パズルを解くように解除していくしかないでしょうねぇ」
「そのために資料を漁っているんだがな」
揃って溜め息をつく美智恵とエヴァ。二人とも、それが口で言うのは簡単だが、実際にやるのが如何に困難であるかが分かっているのだ。結果だけを見て過程を知るのは難しい。実際に呪文を詠唱している間ならともかく、現在エヴァに掛けられている『登校地獄』を「見て」解析する事など不可能なのだから。
解析さえ出来れば、エヴァ程の魔力があれば解呪する事も不可能ではないだけに、彼女は苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「チッチッチッ。甘いわね〜、二人とも」
一方、令子は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「令子、その顔は制約を解除する方法があると言うの?」
「解除の方法は知らないけど、解析なら出来ない事もないわよ」
「ほ、本当か、美神令子っ!」
思わず身を乗り出して問い質すエヴァ。対する令子はニッと笑みを浮かべて自信有り気に勿論と答えた。
本来ならばらここで情報料を吹っ掛ける所だが、今はそれよりも美智恵の説教を回避したいので、美智恵でも助けられなかった少女を助ければ、美智恵の心象も変わるだろうと言う打算を働かせて、ここは素直に教えてあげる事にする。
「ズバリ、ヒャクメの力を借りるのよ!」
「ヒャク……メ……だと?」
流石のエヴァも日本の妖怪に関してはあまり詳しくはなかったようだ。ヒャクメの名を知らないらしく、戸惑った表情をしている。
逆に目を輝かせたのは夕映だ。こちらは妖怪ヒャクメの伝承を知っているようで、分からないエヴァのために説明役を買って出た。アスナ達も夕映の説明に耳を傾ける。
「百目、またの名を百々目鬼(とどめき)。平安時代中期頃の下野国の妖怪ですね。俵藤太により退治されたそうですが、四百年後に蘇り、邪気を取り戻そうとかつて倒された地に訪れていたところを智徳上人と言う僧に見破られ……」
「退治されちゃったの?」
「いえ、何度も説教されて心を改めたそうです」
「へぇ〜、ヒャクメってそんな過去があったのねぇ」
夕映の説明は、今のヒャクメしか知らない令子にとっても初耳の話であった。正座で智徳上人に説教されてえくえくと泣いているヒャクメの姿が容易に思い浮かべてしまえるのは、やはり彼女がヒャクメだからであろう。
そして、同時にすぐさまヒャクメの事を詳細に説明出来た夕映の知識量に舌を巻いている。横島は「今回は見学」と言っていたが、こうして除霊現場に同行していると言う事は、横島除霊事務所のスタッフ候補なのだろう。見たところ霊能力者ではないようだし、荒事にも向いてなさそうだが、知識の足りない横島には必要な人材と言える。
今のままの彼女を雇うとすれば現場には出ない裏方専門となるだろう。これから現場にも出られるように鍛えるのかどうかは知らないが、それは所長である横島が判断する事だ。令子はわざわざ自分が助言する事でもないと判断し、手にしたコップになみなみと注がれたジュースをぐっと飲み干した。彼女はここまで車で来ているため、飲酒は厳禁である。
「下野国と言えば……」
「今で言う所の栃木県ですね。『百目鬼通り』と言う地名が今も残っているはずです」
「でも、今もそこにヒャクメと言う妖怪が居るとは限らないアル」
「GS協会のネットで探してみたら?」
間違った方向に盛り上がるエヴァ達、横島達は疑問符を浮かべるが、そこで彼女達が今の神格を得て神族の調査官となったヒャクメを知らない事に気付いた。横島達にとっては最早お馴染みの女神であり、オカルト業界ではその名が知れ渡っているのだが、流石に業界外までは知られていないらしい。
「あ〜……お前ら、ヒャクメは神族の調査官になってて、今は妙神山に居るぞ」
「えっ、ホントですか!?」
「マジだ。アイツなら暇してるはずだから、ホントに頼めばやってくれるかも知れん」
「て言うか、私の知る限りじゃ、ヒャクメ以外には無理ね。その呪いを解析するのは」
エヴァが確認のために美智恵の方にも視線を向けるが、これには彼女も同意した。そもそも、人間界に駐在している神族は数が少ない。その中でも人間が直接会える神族となると更にその数は減り、なおかつ魔法を解析できるような分析力を持った神族となると、まず存在するかどうかを疑わなければならなくなる。少なくとも、エヴァが直接会える可能性があるのはヒャクメだけであろう。無論、横島と言うツテを頼るのが絶対の前提条件として存在しているが。
「横島! 今すぐ私をそこに連れて行け!」
「あ、それ無理無理」
「何故だーっ!?」
エヴァの大絶叫、認識阻害の魔法が無ければ店員が飛んできていたかも知れない。
やっと見つけた一筋の光明を横島によって覆い隠されてしまい、エヴァは涙目だ。そんな姿を見ていると罪悪感に苛まれてしまうが、横島とて意地悪をして断っているわけではない。
「お前、明日までに麻帆良に帰らんといかんだろーが。今から妙神山に向かったって、日帰りは絶対に無理だぞ」
「ぐっ……諦めるしかないのか」
そう、今からすぐに妙神山に向かったとしても、明日の朝までに麻帆良に帰る事は時間的に不可能なのだ。明日の始業時間になると同時に、『登校地獄』の呪いがエヴァを苦しめる事になる。エヴァは力なく崩れ落ちた。
「呪いを解くのにも時間掛かるかも知れないしなぁ……夏休み辺りまで我慢しろ。連れてってやるから」
「本当か!?」
「ああ、安心しろ。天界に帰ってても呼び出してもらうから」
「……横島さん、自分がどれだけとんでもない事を言っているか、分かってるですか?」
神族を呼び出すなど、なんて罰当たりなと夕映は冷や汗を垂らすが、横島――だけでなく、令子、美智恵、おキヌでさえも、ヒャクメならば大丈夫なのではないかと考えていたりする。
そして、エヴァにもそんな事は関係なかった。横島が呪いを解くためにそこまでしてくれると言うのならば、喜びこそすれ咎めたりはしない。
「約束だぞっ!」
先程まで泣いていたと言うのに、今度は輝かんばかりの笑顔になってエヴァは小指を差し出した。横島は苦笑して指きりをしてそれに応える。傍から見るその姿はまるで子供で、隣の茶々丸は勿論のこと、一同は温かい目でそれを見守るのだった。
一方、古菲とシロも別口で盛り上がっていた。お互い、何か通じ合うものがあったのかも知れない。
「ところで、古菲殿はGSを目指しているでござるか?」
「う〜ん、今は強いヤツと戦う事が目的で、そこまでは考えてないアル」
「申し訳ござらんが、見たところ霊力が使えるようには見えんでござる」
「ウム、私が使えるのは『気』だけアル」
「ほへへははふひへほはふほ」
「ほーはふは? ほっほへへふはっふひはふへはひはんはふは」
「……あんたら、それでよくコミュニケーション出来るわね」
隣のシロ、向かいの古菲に囲まれた令子が湯呑を手に呆れた様子でツっこんだ。
「古菲だったわね、確かに妖怪、魔物の類なら気だけで対応できるだろうけど、悪霊みたいな実体がない相手には難しいわよ。場合によっては全く効果がない場合があるわ」
そう言って令子は二人の前に拳を出し、握り締めたそれに霊力を込めて輝かせる。古菲は口の中の物をゴクンと飲み込み、オモチャを見つけた子供のように目を輝かせておおっと感嘆の声を上げた。
令子が拳に込めているのは霊力だけではない。同時に気も込めている。『気』と『魔法力』は相反するものだが、『気』と『生命力』、『魔法力』と『生命力』の組み合わせはその限りではない。霊力を主に使うGSでも、令子ぐらいになると、どちらかと併用している事は決して珍しくないのだ。令子の場合は『気』を併用しているが、唐巣のような術師タイプのGSは『魔法力』を併用している。
「あんたも本気で上を目指すなら、難しいだろうけど、霊力を目覚めさせる事を考えた方がいいわ。『気』が使える分、素養の無い人間よりは目覚めやすいはずよ。ホントなら授業料もらうとこだけど、今日は特別よ?」
古菲もシロも素直に尊敬の眼差しで令子を見詰めている。それに気分を良くしたのか、令子は更に妖怪、魔族と言ったこれまで戦ってきた武勇伝を二人に話し始める。
「むむむ、やはりスゴイでござるな。それに、気と霊力については拙者にも言える事でござる」
「霊力、アルか……」
霊力を目覚めさせる修行となるとあふんあふん言っているアスナをイメージしてしまうのか、古菲はてれてれと頬を染めている。
しかし、令子の言う通りではあるのだろう。古菲は、今まで出会えなかった敵と戦うために横島の除霊助手となった。それもひとえに強くなるためだ。そして、横島を通じて魔法使いの世界に関わるようになり、京都では百鬼夜行と、麻帆良ではハイ・スライムのぷりんと戦ったが、その中で横島は、今までの古菲になかった戦いを見せてくれた。
古菲はそれらを自分の物にしたいと考えていたのだ。新たなものを受け容れると言う事は、今までの自分から変わっていくと言う事、変化を恐れてはならない。
「……私、やるアル!」
ぐっと自らも拳を握り締める古菲、その瞳には決意の炎が宿っていた。
令子と古菲達だけでなく、アスナも夕映と一緒になって六女の先輩であるおキヌを質問責めにしている。今日のこの出会いは、きっと令子達にとってもプラスになるだろう。美智恵はひのめを抱きながら、そんな彼女達の様子を見て満足気に微笑むのだった。
「令子のお仕置き、少しは手加減してあげてもいいかも知れないわね」
しかし、令子への説教を止めるつもりは全くないようだ。
楽しい昼食もやがて終わりを告げ、一同はそれぞれ帰路に着く事になった。
美智恵はオカルトGメンが既に帰ってしまったため、令子の車に同乗して帰る事になり、それを聞いて慣れた手付きでチャイルドシートを取り出して後部座席に設置する令子を見て、横島は珍しいものを見た思いである。
「それじゃ、今日はありがとうございましたーっ!」
そろってぺこりとお辞儀をするアスナ、古菲、夕映。横島と茶々丸もこれに続き、エヴァは茶々丸に押さえられて頭を下げる。
「いいのよ、今日は楽しかったわ。貴女達はこれから受験もあって大変でしょうけど、頑張ってね」
「は、はい!」
挨拶を交わして別れると、横島達はそのまま駅へと向かい、麻帆良へ向かう電車に乗り込んだ。
流石に皆疲れているようで、車内では皆静かにしている。
「と言っても、横島さん達は途中で降りるんですよね?」
「流石に電車に乗ったまんま結界を越えるのは難しいからな」
「横島さん、駅前の駐輪場に自転車を用意していますので、マスターをお願いします」
そう言って茶々丸は自転車の鍵と駐輪場の半券を渡して来た。茶々丸はエヴァと横島の荷物も持って、電車で先に麻帆良に戻るつもりなのだろう。アスナとしては横島と一緒に行きたいところだが、自転車がなく、茶々丸も遠慮しているためにここは引かざるを得ない。
「それにしても、三日の強行軍は流石に疲れたアルな〜」
「そうね、せめてもう一日休みがあればいいんだけど」
「なんだ、それならもう一日休めばいいじゃないか」
「「え?」」
明日の学校をサボれと言うのか。一瞬、エヴァの言葉の意味が分からなかった二人だったが、そこでエヴァの『別荘』の存在を思い出した。あれならば、中で二十四時間過ごしても、外では一時間しか経過しない。明日までに一日分休息を取る事が出来るはずだ。
「あ、そうか。あれを使えば明日までにもう一日休む事ができるわね」
「フッ……茶々丸、頼んでいた作業は終わっているか?」
「勿論です、マスター。麻帆良に帰還しましたら、皆さんを案内しておきましょうか?」
「そうだな、私の家まで連れて行っておけ。お披露目は私が帰ってからだ」
「了解しました」
エヴァの言う作業が何の事か分からずに、疑問符を浮かべるアスナ達。人間とほぼ変わらぬ姿になった茶々丸だけでも驚きだと言うのに、更に何が変わったと言うのだろうか。
夕映が尋ねてみても、エヴァは「帰ってからのお楽しみだ」と笑うばかりで答えてはくれず、結局一行はエヴァの笑みの意味を知る事のないまま麻帆良へ向かう電車に揺られていった。
その後、横島とエヴァが途中下車し、アスナ達だけで電車を乗り換えて麻帆良に到着する。皆疲れているだろうと、ほとんどの荷物を茶々丸が引き受け、四人はエヴァの家に向かう。
「あ、アスナ!」
アスナ達が歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえ、誰かがこちらに駆け寄る音が聞こえてきた。アスナが振り向くと、そこには裕奈とアキラの姿があった。手には買い物袋を提げている。明日から学校なので、休日の内に買い物を済ませていたのだろう。
三日間、正確には二日と半分しか麻帆良を離れていないのに、懐かしく感じてしまうのは、アスナ達の過ごしたゴールデンウィークが、それだけ濃い体験だったためかも知れない。
ちなみに、裕奈とアキラの二人は、茶々丸の姿を見ても驚きの声を上げない。それもそのはず、二人は茶々丸が麻帆良を出発する前に顔を合わせていた。茶々丸の改造はクラスの皆が注目していたらしく、ゴールデンウィーク中も寮に居た者は既に知っているそうだ。
「アスナ達も寮に帰るとこ?」
「いや〜、流石に疲れたから、エヴァちゃんの別荘で一泊しようかな〜っと」
「あ、それいいね!」
休みをもう一日と言うのは、裕奈にとっても魅力的な話だったらしい。自分も行くと言い出し、後ろでアキラが買い物の荷物を持ったまま行くのはどうかとオロオロしている。
「それならば、後程マスターの家に集まってもらうと言うのはどうでしょうか?」
アキラの様子に気付いた茶々丸が提案してきた。エヴァの性格を考えるに「お披露目」は派手にやりたいだろうと考え、他にも時間が空いている人があれば、呼んできて欲しいと頼む。
それを聞いた裕奈は二つ返事で了承し、先程よりも軽い足取りで寮へと戻って行った。お祭好きの彼女ならば、さぞかし大勢集めてくる事だろう。アスナとしては、流石に今日は静かに休みたいところなのだが、エヴァの別荘の広さならば、少し離れて静かに過ごす事も難しくはないだろう。黙って二人を見送る事にする。
一方、横島とエヴァの二人は文珠を使って結界を越え、自転車でひた走っていた。横島も疲れているはずなのだが、今の彼はそれを感じさせない。
と言うのも、今の彼には疲れた身体を突き動かす大きな希望があるのだ。
「膝枕! 膝枕! 茶々丸の膝枕!」
「……まぁ、いいがな」
二人乗りで後ろから抱き着きながら、流石のエヴァも何とも言えない表情になっていた。
しかし、実際茶々丸は横島に膝枕をした際に膝が硬いと言われたからこそ、ハカセにボディの改造を頼んだのだろう。それだけに横島を止める気にもなれない。何より、茶々丸にはゴールデンウィーク中の服に関する恨みがあるので、むしろ困らせてやりたいと考えている。
何より、この勢いのおかげで思っていたよりも早く麻帆良に到着しそうなのだ。ここは横島を応援すべきところである。
「ほれほれ急げ、茶々丸が待っているぞ」
そう言いつつも、エヴァは横島の背に顔を埋めながら舌なめずりをしていた。結界内に入った途端に魔力を押さえ込まれ、しかも三日間吸血していなかったので、身体が横島の血を欲しがっているのだ。横島は茶々丸の膝枕を楽しみに急いでいるが、麻帆良に帰った彼を待ち受けているのは、まずエヴァに噛み付かれる事である。
横島のおかげで予定より遥かに早く、二人は家に辿り着いた。近くの小川からすらむぃ、あめ子、ぷりんが顔を出して二人を出迎えてくれる。
「おー、おかえりー!」
「……お前ら、川に住んでるのか?」
「ここの水、結構キレイだから快適ですよー」
「元々、外から守るのが役目ですから……」
ぷりんの言う通り、エヴァは別荘内に敵を侵入させないためのガーディアンとしてすらむぃ達を迎え入れた。そのため、彼女達は家の中よりも周辺に潜んで敵を近付けないようにしているのだ。もっとも、普段から敵が来るわけもなく、実際のところは家の内外で好き勝手に遊び回っているらしいが。
「ちょいとパーティをやるぞ、貴様等も来い」
「……ここの守りは?」
「今はいい。むしろ、こっちを手伝え」
エヴァはすらむぃ達も連れて帰る事にする。横島はパーティとは何か疑問に思ったが、きっと例の「お披露目」と関係があるのだろうと、ここはスルーした。聞いたところで、エヴァが答えてくれるとは思えなかったのだ。
「ん、なんだ……?」
そして、二人はエヴァの家の前に到着するのだが、自転車から飛び降りたエヴァは、そこで疑問の声を上げた。家の中が騒がしいのだ。アスナ達が先に戻っている事は分かっているが、彼女達だけではここまで騒がしくなる事はあるまい。
「客が来てるのか?」
「分からん……」
「ああ、3−Aの連中が何人か来てたゼ」
「ほぅ、どうせ『お披露目』をするなら派手な方が良いが……茶々丸が気を利かせたのか?」
流石はマスターと言うべきか、エヴァは大勢が集まっている理由をズバリ言い当てた。
扉を開けて中に入ってみると、茶々丸、アスナ、古菲、夕映の四人は勿論のこと、裕奈、アキラ、まき絵、亜子に千鶴と夏美、更に真名、ハルナ、美空、ザジの十人の姿があった。裕奈としてはクラスメイト全員を集める気であったが、ゴールデンウィーク最終日であるため、家の方に帰ってまだ寮に戻ってきていなかったり、朝から遊びに出掛けていたりと、見つからない者の方が多かったようだ。
「横島兄ちゃん、お帰り〜!」
「随分、大勢集まったものだな……」
「このかと桜咲さんは後で来るってさ、風香と史伽が丁度帰って来たところだったから、二人も連れて来るかも」
「マスター、どうしますか? このかさん達の到着を待ちましょうか?」
「いや、いつ来るか分からんのを待つ事もあるまい。ぷりん、あめ子、別荘への入り方は分かっているな?」
「勿論……」
「それじゃ、四人が来てから入りますー」
エヴァは、自分の意図を察した二体に満足気に頷いた。木乃香達の案内は彼女達に任せ、自分達は先に地下室に降りて行く。
「エヴァちゃん、そろそろお披露目って何なのか教えてよ」
「慌てるな、神楽坂明日菜。すぐに分かる」
ニヤリと笑みを浮かべて別荘のボトルが安置された部屋の扉を開けるエヴァ。
中の部屋を見たアスナ達は目を見開いた。そこに超、ハカセの二人が待ち構えていたのにも驚いたが、それ以上に驚いたのが部屋の光景だ。
別荘のボトルはあるのだが、魔法陣の隅に追いやられている。それに代わって中央に鎮座しているのは、別荘よりも大きなボトルだった。ただし、四方に口があり、そこから伸びたパイプが、四方に置かれた更に大きなボトルに繋がっている。
「な、何これ……?」
「『レーベンスシュルト城』、マスターの居城です」
「倉庫に放置していたのを思い出してな。ゴールデンウィークの間に探し出して、セットしておくよう茶々丸に命じていたんだ」
「実は私達も探すの手伝ったんだ」
実は、今朝アキラは裕奈と共に茶々丸を誘いに来たのだが、丁度改造を終えた茶々丸が動作テストを兼ねて倉庫で別荘を探している時だったらしく、そのまま二人で茶々丸を手伝う事になったそうだ。その後、発見した『レーベンスシュルト城』の設置には、勿論超とハカセが関わっている。
つまり、茶々丸は今朝倉庫から『レーベンスシュルト城』のボトルを発見し、それを超達に預けてエヴァ達を迎えに来たと言う事だ。大忙しである。
「あれ? って事は、裕奈達はこの城の事知ってたの?」
「実はね〜。だから、早くここに入ってみたいって思ってたんだ♪」
「さぁ、早く入るネ。四葉が中で料理作って待ってるヨ」
超の言葉を聞いてエヴァは悟った。どうやら大勢の人間を集めた事も含めて、『レーベンスシュルト城』のお披露目を派手にするために茶々丸が仕組んだのだ。随分と成長としたものだと、エヴァは笑みを浮かべる。
「まぁいい。今更、隠す事でもないしな」
エヴァは『レーベンスシュルト城』のボトルの前まで進み、皆の方を振り返る。そして彼女が両手を広げると、足元の魔法陣が強い光を放ち始めた。
「さぁ、我が居城へ皆を招待してやろうじゃないか」
その言葉と同時に光が一際強くなり、その光が収まった後にはエヴァ達の姿は部屋から消え失せていた。
皆、ボトルの中に入ったのだ。レーベンスシュルト城、お披露目パーティの始まりである。
つづく
あとがき
エヴァの『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』が、魔法の構造を解析して解呪すると言う方法で解ける。
麻帆良学園都市の関東魔法協会と、GS協会の関係。
令子が霊力と気を併用し、唐巣が霊力と魔法力を併用している。
これらは『見習GSアスナ』独自の設定です。
また、ヒャクメが元・百々目鬼であると言うのは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
俵藤太に討たれた直後、火を吹きながらもがき苦しんでいるところに智徳上人が現れ、法力を以って火を収められ、百々目鬼の骸が人間の姿となったと言う伝承もあるそうですが、説教食らって心を改める方がヒャクメらしい気がしましたので、こちらを採用しました。
ちなみに、百々目鬼はある山の麓で倒れ、力尽きたとされていますが、その山が『明神山』と言う名前だったりしますが、「明神山=妙神山」ではなく、別の山であるとし、妙神山は日本のどこにあるのかも分からない人外魔境であると設定しています。
ご了承ください。
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