topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.70
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「すっごーい!」
 辺りの少女達の歓声が響き渡った。エヴァに言われるままに目を瞑り、いつも通り彼女の家の地下室からボトルの中の別荘に移動したアスナ達だったが、目を開いた彼女達を待っていたのは、予想以上に壮大な光景だったのだ。
 目の前に広がる轟音を立てる大瀑布の水飛沫の白。そこから突き出るようにそびえる白亜の城。外と中の時間差のせいかこちらは既に夕暮れ時であり、それらが全て紅に染まっている。また、城の周辺には木々が生い茂り、森が城の垣根を越えて周辺まで広がっていた。城だけでなくかなり広い空間だ。「城」と聞いた時点で、凄いだろうとある程度身構えていたが、流石のアスナ達もこれには度肝を抜かれてしまった。
「フハハハハハ! どうだ、驚いたか!」
「いや、これは流石に驚くなって方が無理でしょ……」
 勝ち誇ったように高笑いを上げるエヴァに対し、アスナはぐうの音も出ない。このような物を見せられてしまうと、彼女が本当に大魔法使いなのだと思い知らされる。悪のかどうかはともかくとして。
「ところで超鈴音、周囲のボトルとも繋げたのか?」
「せっかくだから、一応繋げといたヨ。皆も周りの魔法陣は下手にいじらない方がいいネ」
「魔法陣?」
 言われて一同は超が指差す先――足元を見てみると、周囲の風景にばかり気を取られて気付かなかったが、床には幾つかの魔法陣が描かれていた。彼女達がここに来るために使った魔法陣を中心に十字を描くように四つ。それと城へと続く通路の手前にある一つで、合わせて六つだ。
「十字を描く四つが、それぞれ異なる環境の空間に通じております。気温だけでも摂氏マイナス40℃からプラス50℃と過酷な環境ですので、素人にはお勧め出来かねます」
 事も無げに言う茶々丸だったが、一同には効果覿面だったようだ。一斉に中央に集まり、おしくらまんじゅうのような状態になってしまう。
「ぬほっ、胸に、腕に、背中に、やーらかい感触が! いかん、顔に出しては、ここは毅然とーっ!」
 最後に入ってきたため丁度中央に立っていた横島は、少女達に周囲を取り囲まれる形になり、思い切り鼻の下を伸ばしていた。彼の真後ろに立っていたのは千鶴であり、大人顔負けの彼女の胸が思い切り押し付けられて密着しているのだから無理もあるまい。一方、正面の方が夏美が後ろから押されて横島の胸に顔を埋める形となっていた。途中下車し麻帆良まで自転車で走って帰って来た彼の身体は汗ばんでおり、むせ返るような彼の匂いに夏美は力が入らなくなってしまったようで、もたれかかるようにしてその身体を横島に預けている。
 しかし、いつも控えめで目立たない彼女にエヴァ達は気付く事なく話を進めていった。
「こちらの通路側にある魔法陣は城への近道となります」
「なにせ、普通に歩くと500メートル以上あるからな。一人ずつと言う訳ではないが、一度に大勢は送れんから、順々に来るがいい。私は先に行っているぞ」
 そう言ってエヴァは茶々丸を伴い一足先に魔法陣の上に乗ってレーベンスシュルト城に行ってしまった。アスナ達も周囲の魔法陣には触れないように気を付けて、楽しそうに歓声を上げながら、次々と近道の魔法陣を通って城へと向かう。
 そして、最後に残ったのは横島と、彼にもたれかかる夏美。そして、彼の背に密着したままの千鶴だった。
「それじゃ、俺達も行こうか……って、夏美ちゃん?」
 声を掛けてみるが、返事がない。不思議に思った横島が様子を窺ってみると、夏美はものの見事に目を回してしまっていた。
「あらあら、夏美ったら」
 横島は、夏美の様子に気付いた千鶴と二人で彼女の身体を支え、三人で一緒にレーベンスシュルト城へと向かう。魔法陣の上に立ち、足元から光が溢れ出したのに合わせて目を瞑ると、次の瞬間には三人は城の手前まで移動していた。
 城の前では皆が待っており、横島達に気付いてすぐさまアスナが駆け寄ってくる。
「あれ、夏美ちゃんどうしたの?」
「さっき、皆に押しつぶされちゃったみたい」
 アスナの問いにさらりと答える千鶴。実際それもあるのだろうが、それだけでない事は夏美自身が一番よく分かっている。しかし、千鶴の方がそれに気付いているかどうかは微妙なところだ。彼女の場合、気付いた上であらあらうふふと笑顔でとぼけている可能性もある。アスナの方はそれを素直に信じたようだが。夏美はここでハッと我に返り、横島に支えられている事に気付くと、顔を真っ赤にして慌てて距離を取った。
「よし、全員揃ったようだな」
 そんなやり取りなど気にも留めず、全員が揃った事を確認したエヴァは、一行を城のテラスへと案内する。茶々丸、超、ハカセの三人は、五月の料理を運ぶのを手伝うために、一行とはここで別れて別行動となった。
 大理石だと思われる柱が立ち並ぶ広々とした廊下はこの城の主がエヴァである事が信じられないぐらいに厳かな雰囲気に包まれていた。何より静かだ。別荘もアスナ達が居る所以外は静かだったが、ここはそれを上回っている。当のアスナ達も雰囲気に気圧されて黙り込んでいるため尚更だ。
 最後尾を歩いていた横島は、その静けさの原因に気付いた。ここには別荘では人形ながらもメイド服姿で彼の目を楽しませてくれていた茶々丸の姉達の姿がないのだ。こうして歩いていても誰ともすれ違う事がない。ただただ一行の硬質な足音だけが照明の少ない廊下に響き渡っている。
 やがて、エヴァのすぐ後ろを歩く裕奈が、沈黙に耐えかねて声を掛けた。
「外から見た時もスゴかったけど、中もスゴいよね〜。お城みたいじゃん」
「城だよ。一流の魔法使いなら、防御の整った住処をいくつも持っているものだ」
 この城について語りたくてうずうずしていたエヴァは、テラスに着いてから始めるはずだった説明を、歩きながら始めてしまった。
「ココは十九世紀辺りまで実際に暗黒大陸の奥地に建っていた我が居城を丸ごと持ってきたものだ。まだ私の命を狙う者が多かった頃の話だがな」
「暗黒大陸? なんだかスゴそうなとこアルな。魔界アルか?」
「……古菲、それは違うぞ」
 「暗黒」と言う単語に如実に反応して目を輝かせる古菲に対し、真名がすかさずツっこみを入れた。
 続けて夕映がバトンタッチして、説明役を買って出る。
「『暗黒大陸』と言うのは、アフリカ大陸のかつての呼び名です。まだ文明が未開であった上、全貌が明らかにされていなかったため、ヨーロッパ人がそう名付けたそうです」
「アフリカが暗黒アルか?」
「実際はマリ帝国やスンニ王朝など栄えた国家があったそうですから、ただ単に当時のヨーロッパから見て謎の大陸だっただけかと」
「ム、そうなのか?」
 その話についてはエヴァも知らなかったようだ。何だかんだと言ってエヴァは数百年前の生まれであり、現代の知識も自分が興味のある分野しか知ろうとしないため、その辺りの認識がちぐはぐになっている部分があるのだろう。このレーベンスシュルト城がかつてアフリカ大陸にあったと言う事は、エヴァ自身も一時期はアフリカの奥地で暮らしていたと言う事だが、まだ彼女の命を狙う者が多くいた時代であるため、城に引き篭もり、人と触れ合う事がなかったのだと思われる。そう言う意味では、この城に客人として人が訪れたのはこれが初めての事であった。
 それだけにエヴァも嬉しいのだろう。道すがら城の調度品を指差しては、あれはいつ手に入れた物だとか、どんないわれのある物だとかを嬉々として説明していく。中にはどこかを襲って手に入れた物だとか、敵対した者を返り討ちにして奪った物だとか、物騒な話も飛び出したりしたが、概ねそれを語るエヴァは実に楽しそうであった。
 彼女の過去の武勇伝を聞いて、一同は「やはりエヴァは悪の魔法使いだったのだ」と認識を改めたそうだ。

 過去形なところがミソである。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.70


 テラスに到着すると、エヴァの武勇伝でいい感じに時間が稼げたらしく、既にパーティの準備が整っていた。『超包子(チャオパオズ)』の制服に着替えた茶々丸、超、ハカセ、五月の四人が一行を出迎えてくれる。
 アスナ達の反応は様々だ。中華料理をメインに取り揃えられた料理の数々に目を奪われる者もいれば、テラスから見える風景に心奪われる者もいる。料理の方は豪勢な物よりも点心料理のような物を数多く用意している辺り、流石3−Aの面々で行われるパーティがどのようなものになるかが分かっていると言えよう。
「言われてみれば、あれは森と言うよりジャングルなのかな」
 テラスの眼下に見える濃い緑を指差しながらアキラが呟いた。先程、魔法陣がある所からは遠くて気が付かなかったが、城の庭園に生えている木々が麻帆良で見る樹木よりも南国のそれに近いように見える。
「よく気が付いたな、大河内アキラ。周囲の四つの空間も大概過酷だが、この城の外も負けてはおらんぞ。何せ、元々は人っ子一人近付かぬ奥地に建っていたのを、周辺の土地ごとここに移しているのだからな。それでも私の首を取りに来るのだから、賞金稼ぎと言うのも暇な連中だよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
 後半の賞金稼ぎのくだりでアキラは若干引いた様子だったが、エヴァの話を聞いて納得したようだ。この城の中が温暖な気候なのもそのためだろう。「温暖」で済むあたり、むしろ涼しいのではないかとも思えるが、何せ魔法の品である。その辺りはエヴァ自身が自分の過ごしやすいように調節しているのだと思われる。
「それより、お前も料理を楽しむがいい。宴はもう始まっているぞ」
 言われて料理が並べられたテーブルを見てみると、既に皆賑やかに料理を食べ始めていた。アキラは風景の方に気を取られて出遅れてしまったようだ。
「私は少し席を外させてもらうが、後は自由に楽しむが良い。3−Aの連中は揃って堅苦しいのは好まんだろうしな」
「え……?」
 これからパーティだと言うのに席を外してどこに行くのかと疑問符を浮かべるアキラだったが、向こうで茶々丸が横島の手を引いてるのを見て、彼女が何をしようとしているのかが分かってしまった。横島の血を戴くつもりなのだ。
「ほどほどに、ね?」
「そうは言っても三日間お預けだったからなぁ。まぁ、ヤバければ茶々丸が止めるだろ」
 麻帆良の外では噛んだ時点で横島は吸血鬼になってしまうため、血を吸う事が出来なかったのだ。実は、横島は茶々丸からこっそり吸血鬼化の治療薬を受け取っていたらしいが、それに頼るのも茶々丸に負けたような気がしたため、ゴールデンウィーク中はずっと彼の血を戴く事は出来ないままここに至っている。それだけにエヴァは、今日は存分に横島の血を堪能するつもりであった。

 一方、アスナも茶々丸に連れて行かれる横島を気に掛けていたが、ゴールデンウィーク中の除霊について聞きたがる皆に取り囲まれてどうする事も出来なかった。エヴァが三日間我慢していた事を知っているので、強く止める事が出来ないと言うのもある。
 何より、麻帆良に残った皆がどのようなゴールデンウィークを過ごしたのかも気になるので、横島の事は茶々丸に任せて皆との話に興じる事にした。今はエヴァに譲るが、その後はアスナの番である。
 この三日間にあった出来事、出会った人々にアスナ自身色々と考えさせられた。まだまだ見習いである彼女には分からない事も多かったが、それでもGSを目指す想いを奮い立たせてくれた事は確かだ。この城を出た後――いや、時間があるならばこの城に居る間も修行がしたい。今の彼女はそんな気持ちで一杯だった。
「ねぇねぇ、どんな除霊をしてきたの?」
「えっとね、最初の日は猿の群がやってきて……」
「……除霊の仕事に行ったんだよね?」
 とりあえず、今日は三日間の除霊強行軍で疲れた身体を癒さねばならない。それは横島も同じであろう。彼に修行を見てもらうのは別荘内の時間における明日と言う事にして、今はベンチに腰掛け、アスナは皆との食事を楽しむ事にした。


 横島が茶々丸に連れられて案内された部屋に入ると、そこには既にエヴァが待ち構えていた。黒い薄手のロングキャミソールに着替えており、ベッドの端に腰を掛けて悠然と足を組んでいる。
「クックックッ、用件は分かっているな?」
「まぁ、それについては分かっているが……スゴい部屋だな」
 そう言って横島は部屋を見回した。エヴァがベッドに腰掛けている事からも分かるように、ここは寝室なのだろう。別荘の方の寝室も豪華だったが、この部屋は更に豪華だ。何より広い。特に天蓋付きのベッドが別荘のそれよりもはるかに大きく、天蓋を支える柱も含めて全体に緻密な細工が施されて煌びやかに飾られている。部屋全体も負けておらず、天井から吊り下げられたシャンデリアを筆頭に目が眩みそうなほどだ。
 別荘の寝室が「お嬢様の部屋」だとすれば、この寝室は「お姫様の部屋」であろう。ベッドの上には大きなぬいぐるみが飾られていたり少々少女趣味のような気がしないでもないが、それを口にすると部屋の主のお姫様が怒り出しそうなのであえて口にはしない。
「さぁ、こっちに上がってくるがいい」
 手間の端からベッドの奥まで四つん這いで移動したエヴァは、枕元で振り返って正座をすると、自分の隣をポンポンと叩いて、ここに来いと横島を呼び寄せた。先程までは悠然と余裕を見せていたのに、今の仕草は楽しみで仕方なく、わくわくと心躍らせる子供そのものである。
 横島はしょうがないなぁと靴を脱いでベッドに上がり、エヴァが血を吸い過ぎないように見張るため、茶々丸もそれに続く。
「なんだ、茶々丸は超包子の制服のままか? 着替えてきてもいいんだぞ」
「私が目を離すと、その隙に横島さんが干からびるまで吸いそうなので、遠慮しておきます」
「コイツなら、干からびたって水掛けりゃ復活すると思うがなぁ」
「あのな……」
 流石の横島もそれは無理ではないかと思われる。多分。
「まぁいい、とりあえず上を脱いでしまえ」
「へいへい」
「横島さん、上着をお預かりいたします」
「まずはオーソドックスに首筋からいただくぞ……」
「まずはって何回噛……って、早い」
 言い終わる前に、上着を脱いで胡坐をかいた横島にエヴァが正面から抱き着いて来た。手足は背中に回し、コアラの子供が背中ではなく正面からくっついている様な体勢だ。勢いに押されてそのままベッドに倒れ込みそうになった横島を、茶々丸が支えてくれる。
 いきなり噛み付いてくるかと思いきや、エヴァはじらすようにいつも噛む辺りを嘗め回し始めた。彼女はそれからもしばらく鼻をこすり付けたりしてじゃれていたが、やがて満足したのか、改めて「では、いただきます」とかぶり付いてくる。チクリとした痛みが走るが、いつもの事なので横島はもう慣れたものだ。
「ああ、もう献血してるような気分だな〜」
「フフフ……私に『血』を『献』上するか、良い心掛けだぞ横島」
「意味が違……いや、同じなのか?」
「実際にやっている事は似たようなものかと」
 その後、エヴァは首だけでなく肩、腕等に何箇所も歯形を付けて横島の血を堪能した。三日振りと言う事もあって回数が多い。
 茶々丸も吸い過ぎるようならすぐに止めようと考えていたが、エヴァはそれに対する対抗策として、量ではなく回数を増やす事を考えたようだ。噛み付いた回数こそは多いものの、吸血した量はいつもと大して変わらなかったりする。噛み付く前に舐めたりしているのは、血を吸う代わりだったのだろう。そのため、茶々丸はされるがままの横島を、ただただ見守るしかなかった。

「ったく、容赦なく噛み付きやがって……こことか、噛み付いて血吸えるのかよ」
 頬に付いた歯型を茶々丸に消毒してもらいながら横島が呟いた。かく言う彼の顔は頬以外に鼻や耳にも歯型がついている。
「なに、気分の問題だ。吸える量が限られているなら、その分噛み付く」
 噛み付く事で、血は吸えなくとも吸血気分を味わうと言う事だろうか。茶々丸にそれで吸血鬼化するのかと訪ねてみると、彼女も前例がないためよく分からないらしい。予測となるが、吸血による魔力補給と吸血鬼化は別のプロセスであるため、歯が皮膚を破って体内に入った時点で吸血鬼化するのではないかとの事だ。
 とりあえず、今は麻帆良の結界の中でエヴァの力は抑えられた状態だが、噛み付かれた回数が多いため横島は吸血鬼化予防薬を受け取ると、茶々丸から渡された水で一気に飲み込んだ。
「しまいに免疫が出来て効かなくなるんじゃないだろな、この薬」
「その頃には、吸血鬼化にも免疫が出来ていそうですが……」
「そうなればいつでもどこでも吸い放題だな。呪いを解いた後も安心だ。頑張れよ、横島!」
「何を頑張れとっ!?」
 どちらにしろ、それだけ噛み続けられろと言う事であろう。
 なんでやねんといつものノリで叫んだ横島だったが、めまいがしてそのままベッドに倒れ付してしまった。量を抑えたとは言え、吸血された事には変わりはない。貧血状態なのだろう。この辺りはいつもの事だ。エヴァは着替えるために隣の部屋に行ってしまったため、ここからは茶々丸による介抱の時間である。
「ふ、ふふ……吸血が終われば、次は! 念願の! ひ・ざ・ま・く・ら〜っ!」
 茶々丸の下へ横島は力の入らない体で這うようにして近付いて行った。茶々丸の方から近付けば話は早いのだが、横島のその必死な形相を見ていると、何故かここはやり遂げさせねばならないのではと言う気分になり、結局、茶々丸は彼が自分の下に辿り着くのを待つ事にする。
「お疲れ様でした、横島さん」
 やがて、横島は茶々丸の下まで辿り着いた。茶々丸は彼の頭に手を置いてそれを労い、横島はようやく彼女の膝枕を味わう事が出来た。ただし、膝に頭を乗せるのではなく、太股に顔を埋める体勢で。這って茶々丸に近付いていったため、うつ伏せのままだったようだ。
 しかし、横島は茶々丸が何も言わないため、むしろそこから一歩踏み込み、あえて体勢を変えずに、そのまま彼女の新しいボディの柔らかさを堪能する事にする。
「あー、やーらかいなー! 見事な膝枕だぞ、茶々丸!」
「お褒めに預かり光栄です」
 元より横島に膝が堅いと言われて新しいボディへの換装を希望した茶々丸。ここで彼に褒められたのは正しく本懐を遂げたと言ったところであろうか。自分の太股に顔を埋めて頬擦りする横島の頭を撫でながら、茶々丸はどこか満足気であった。
 しかも、この時の彼女はいつものメイド服ではなく超包子の制服姿であったためチャイナドレス姿だ。横島は調子に乗って両手で茶々丸の足を撫で回し、スリットの隙間へと入れてお尻の方に手を回して行く。
「あの、そのような所に手を入れられては……」
「へっへっへっ、よいではないか、よいではないか」
 茶々丸が強く抵抗しないため、横島は更に調子に乗って顔を彼女の身体に這わせるように進んで行き背に手を回した状態で茶々丸のお腹に押し付けるように顔を埋める。そのまま頭をずり上げるようにして彼女の胸の重みを頭の上に感じながら、それを持ち上げるように更に上へと進み―――

「何をやっとるか、この戯け共がーッ!」

―――ここで、着替え終えたエヴァが現れて、横島と茶々丸をまとめて蹴り飛ばした。
 シックなアフタヌーンドレスに着替えて動きにくいはずだが、見事なまでの飛び蹴りである。
「横島〜、随分と調子に乗ってるじゃないか?」
「いや、あまりにも見事だったもんで、つい……」
「ありがとうございます」
「礼を言わんでいい!」
 エヴァはどこからともなくハリセンを取り出して、フルスイングで二人の頭まとめてひっぱたいた。仁王立ちのエヴァの前に二人揃って床の上に正座をさせられてしまう。
「貴様も貴様だ。最近、横島に毒され過ぎだぞ、このボケロボめが!」
「いやいや、成長したじゃないか。実際、スリーサイズの方も以前と比べてムチムチ〜っと」
「それは旧ボディの関節を隠すために人工スキンで覆ったからだと思われます。他にも柔らかさを追求するために――」
「どうでもいいわーっ!」
 二人の会話がそのまま脱線して遠くに行ってしまいそうだったので、エヴァは二人の頭を掴んで思い切りぶつけ合う事で強引にその流れを止めた。流石の茶々丸もクラクラとしているようだが、生身の横島の方がダメージは大きいらしく、こちらは蹲って悶えている。
「そう言えば茶々丸、貴様には借りがあったなぁ」
「……何でしょうか?」
 そう言いつつスッと視線を逸らす茶々丸。心当たりはあるようだ。そう、彼女が用意したゴールデンウィーク中のエヴァの着替えである。茶々丸としては、あまり目立たないように普通の子供服を用意したと言いたいところだが、せっかく麻帆良の外に出掛けるのだから、可愛い子供服を着せてあげたかったと言う彼女自身の願望もあった事は否定出来ない。
「貴様には罰を与えんとなぁ……そうだ、私がこの三日間血を吸えなかったように、貴様もネジを巻けなかっただろう?」
 そう言ってエヴァは懐から茶々丸のネジを取り出した。
 確かに彼女の言う通りなのだが、正確には今朝までニューボディへの換装とオーバーホールのために麻帆良大学工学部のハカセの研究室に居たためネジを巻く必要がなかったのだ。
 茶々丸はそれをエヴァに告げるのだが、彼女は聞く耳を持たない。
「そーかそーか、ネジが巻けなかったか。それじゃ巻いてやらんとなぁ」
「あの、その……」
 サディスティックな笑みを浮かべるエヴァを見て、茶々丸は彼女の意図を悟った。茶々丸にとってネジを巻く事は、絵面通りにゼンマイのネジを巻くのではなく、エネルギー供給の意味がある。魔法が使えない一般人が巻いても滞りなく供給は行われるのだが、逆に力が強い者がネジを巻くと供給過多となり、仮契約(パクティオー)で慣れない身体に魔法力を供給された様な状態――平たく言えば、気持ち良くなってしまうのだ。
 それを利用して、エヴァは思い切りネジを巻こうとしている。茶々丸はそう考えたのだが、それすらも見抜いたようにエヴァはニィッと唇の端を釣り上げた笑みを見せる。残念ながら、彼女の悪企みはその予想を更に上回っていたらしい。
「ほれ、横島」
「ん?」
 何を思ったのか、エヴァは茶々丸のネジを横島の前に放り投げた。この行動に茶々丸は疑問符を浮かべるが、ハッと何かに気付いて顔を上げる。
「貴様が代わりにネジを巻け」
「いや、俺魔法使えんし」
「霊力でも構わん」
 あっさりと言い放つエヴァ。実は、エネルギー供給を必要としているのは茶々丸のボディではなく彼女の人工魂の方であり、元より魔法力よりも生命力の方を必要としているのだ。しかし、エヴァは生命力を扱えないため、魔法力を生命力に変換する機能が茶々丸のネジには備わっていた。魔法も霊能力も使えない一般人がネジを巻いてもエネルギー供給が行えるのは、生きている以上、誰しも魂の力が存在するためである。
「横島、貴様は十分に茶々丸の身体を堪能したのだろう? ならば、そのお返しに貴様の霊力でエネルギー供給をしてやっても罰は当たるまい」
「あの、マスター、それは……」
 おろおろと茶々丸が力なく止めようとするが、当然の如くエヴァは聞く耳をもたない。
「ム、確かにそうだな」
「そうだろうそうだろう、優しく、霊力を込めて、思い切り巻いてやるがいい」
 横島の方も茶々丸へのお返しだと言われると、普段から世話になっているだけに断る事が出来ない。
 こちらは茶々丸が止めようとしているのに気付いていたが、遠慮しているのだと勘違いし、ここは日頃のお礼を込めて誠心誠意巻いてやらねばならないと意気込んでいる。どちらにしろ茶々丸には止められそうにない。
 茶々丸がおろおろとしている間に事態は更に進んでいく。床の上でやるのは流石にあれだろうと、茶々丸は横島の手によってエヴァのベッドに運ばれて座らされる。更にネジ穴は茶々丸の後頭部にあると聞いた横島は、髪の中に隠れたそれを確認すると、ゆっくりとネジを差し込んで、それを持つ手に霊力を込めた。
「んっ……」
「あれ、痛かったか?」
「いえ、そうではなく……」
「そうか、それじゃ始めるぞっ!」
 申し訳なさそうにしている茶々丸を見て、やはり遠慮しているのだと判断した横島は勢い良くネジを巻き始める。
「あっ、そんなっ、いきなり……激しく……っ!」
 これには堪らず、茶々丸は悲鳴のような声を上げてしまった。それを聞いた横島はビクッとなって動きを止めてしまう。
 何か不味い事をしてしまったかとそおっと茶々丸の顔を覗き込もうとすると、丁度振り返ろうとしていた彼女と目が合った。潤んだ瞳に紅潮した頬、いつもの彼女ではない。尋常な状態でない事が一目で分かる。
「ど、どうした、茶々丸?」
「あ、あの、出来るだけゆっくりお願いします」
「そうか、ゆっくりだな」
 茶々丸のためにしているのだから、極力彼女の要望には応えなければならない。横島は出来るだけゆっくりと、丁寧にネジを巻いていく。
「〜〜〜〜〜っ!」
 それに反応して声にならない声を上げる茶々丸。
 彼女には一つ誤算があった。確かに横島はゆっくりネジを巻いてくれているのだが、霊力の方が全く弱まっていなかったのだ。彼にしてみれば、霊力を供給するためにやっているのだから当然なのだろうが、呪いによって抑え込まれたエヴァの魔力と違って、横島の霊力は非常に力強い。それがゆっくりと、それでいて途切れる事なく流れ込んでくるのだ。茶々丸にしてみれば、これは堪ったものではない。
 一方、エヴァにしてみればこれはお仕置きである。ベッドの枕元に胡坐をかいて二人を眺めていたエヴァは、含み笑いを漏らしつつも、腹を抱えて大声で笑い出してしまうのを何とか堪えていた。
「れ、霊力は弱めに、お願い、しま、す……」
 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ茶々丸に、横島は何かやり方が悪かったのではとエヴァに助けを求める。しかし、彼女はそんな彼に対し遠慮はいらんから思い切りやってやれと煽る。
「いや、そうは言っても、実際なんか調子悪いみたいだし……なぁ?」
 同意を求めて横島は再び茶々丸の顔を覗き込むが、この時彼女は供給過多の霊力に酔ってしまったかのように、ある種の酩酊状態に陥っていた。頬だけでなく顔全体が赤くなっており、とろんとした潤んだ瞳でじっと見詰めている。その視線に横島はぐっと息を呑んだ。
「よ、よこしまさん……」
「あの、ホントに大丈夫か?」
 心配そうに問い掛ける横島。全然大丈夫ではないのだが、今の茶々丸には首を横に振る力も残されていない。
「マスターである私が言っているんだ、遠慮はいらん」
「でもなぁ」
 このまま思い切り巻いてやりたい気もしてくるが、流石にそれは不味い気がする。本音を言えば巻きたい。巻きたいのだが、自重しなくてはいけない。横島は何となくネジを巻くことと茶々丸の変化の関連性について気付き始めていた。
「それに茶々丸は喜んでいるんだぞ? 貴様は茶々丸のためにネジを巻いているのではなかったのか?」
「ぐっ……」
 押し黙る横島。エヴァが許可するのであれば巻いても良いのかと一瞬考えてしまったが、それは悪魔の誘惑だ。実際に巻かれるのはエヴァではなく茶々丸。彼女の許可がなければ、やはり巻いてはいけないだろう。
 茶々丸が拒否するならば、もう巻かない。そう決めた横島は、彼女の意思を確認しようとする。横島の手が止まっていたため、多少なりとも呼吸を整えられていた茶々丸は、熱っぽい溜め息を漏らしながら小さな声で呟く。

「……やさしく、してください」

 その一言で、横島の中のナニかが切れた。
「フオォォォーーーッ!」
 横島自身も我慢していたのだろう。堰を切ったかのように霊力を込めて勢いよくネジを回し始める。
「〒↓@§☆∇∬Ω↑↑↑ーーーッ!」
 茶々丸は声を漏らさないように両手で口を押さえるが、そんな努力も怒涛の如く流し込まれる霊力に容易く押し流されてしまった。力が抜けてしまい、そのまま糸が切れた人形のようにベッドに倒れ伏すが、暴走した横島は茶々丸に覆い被さるような体勢になって、ネジを巻き続ける。
「ええんか、ええんか、ここがええんくぁ〜!」
「はっはっはっ! ノリノリじゃないか、横島!」
「ッ〜〜〜〜〜!?」
 鼻息を荒くする横島に、助け船を出してくれそうにないエヴァ。元々供給される霊力が強過ぎたと言うのに、横島の霊力は煩悩によって更に増幅されており、茶々丸は堪らずベッドシーツを掴んで声を上げてしまう。しかも、その声が横島を更に反応させ、彼の霊力を増幅させるのだ。横島御自慢の自家製暴走永久機関だが、今回はその驚異を茶々丸が一身に受け止めていた。





 そして日も暮れて別荘内に夜が訪れた頃、ようやく横島の暴走は収まり、エネルギーを補給し過ぎた茶々丸は力なくベッドに倒れ伏していた。時折ピクピクと痙攣しており、頭から煙を噴いているので、後でメンテナンスを受ける必要があるかも知れない。そして、横島は窓際に立って夜空を眺めながら「やり遂げた男の顔」の顔をして、ありもしない丘に旗を突き立てながら、拳を握り締め、感動に打ち震えていた。相当量の霊力を茶々丸に送り込んだはずなのだが、今はそれ以上の霊力に漲った状態であり、三日間の除霊強行軍の疲れなどどこかに吹き飛んでしまっている。
 流石のエヴァもやり過ぎたかと反省したようだ。元々は茶々丸に対するお仕置きであると同時に、最近横島の影響を受けておかしくなってきている彼女に釘を刺しておくのが目的だったのだが、予想していた以上の事態になってしまった。
「おい、大丈夫か?」
 茶々丸の側にしゃがみ込んで指でつついてみるが、彼女はピクリと一瞬動いたのみで返事をしない。これは超とハカセを呼ぶべきかとエヴァが考えていると、横島が近付いてきて、『癒』の文字を込めた文珠を煙を噴いている茶々丸の頭の上で発動させる。

 実は、この時彼の手にはその文珠だけでなく、ゴールデンウィーク中に使った以上の数の文珠が握られていた。なんと、先程の暴走で茶々丸に霊力を供給し、自身の霊力も回復させながら、同時に新しい文珠も作っていたのだ。恐るべし、自家製暴走永久機関である。

 閑話休題。

 文珠は一瞬強い光を発し、その光が茶々丸の全身を包み込んでいった。
「それで直るのか?」
「多分な」
 横島の言葉通り、その光が収まると、茶々丸は何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。
「大丈夫か、茶々丸?」
「文珠だから、ちゃんと直ってると思うが、おかしなとこはないか?」
「ご心配をお掛けしました」
 心配そうに声を掛ける二人に恭しく頭を下げる茶々丸。どうやら本当に直ったようだ。おかしな方向に突っ走ってしまったが、終わり良ければなんとやらだ。これで茶々丸も反省してくれるだろうと、エヴァはホッと胸を撫で下ろす。
 しかし、エヴァは気付いていなかった。一見直ったように見える――実際に身体の方は直っているのだが――茶々丸が、今もなお現在進行で突っ走り続けている事を。
 茶々丸は横島の顔を見上げると、ポッと頬を染める。
「ヲイ」
 冷や汗を垂らしたエヴァが茶々丸に声を掛けるが、彼女は止まらない。
 今回、横島はネジを巻いて自分の霊力を茶々丸の人工魂に供給したわけだが、人工魂に霊力を供給すると言う事は、茶々丸自身が供給者、この場合は横島の魂を受け容れると言う意味でもある。
 実は、これまで彼女が横島の影響を受けてきたのも、彼が霊能力者であり、強い霊力を持っていたため、茶々丸の人工魂が自然に彼から溢れ出る霊力の影響を受けてきたためなのだ。
 そう、エヴァは横島の悪影響を受けている事を反省させようとしたが、今回はそれが完全に裏目に出てしまった。人工魂に大量の横島の霊力を供給された彼女は、反省するどころか今まで以上に横島の影響を色濃く受けた状態となっている。本来は普通の供給では影響など受けないようになっている。おかげで彼女自身の人格にまでは影響はないようだが、今回ばかりは抑え切れなかったようだ。今の彼女は何をしでかすか分からない爆弾のようなものである。

「横島さん……次は、もう少し優しく、霊力は控えめでお願いします」

 そう、彼女は反省などしていなかったのだ。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する描写は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 吸血鬼に噛まれる事による吸血鬼化のプロセス。
 茶々丸が必要としているエネルギーは魔法力ではなく生命力であり、ネジには魔法力を生命力に変換する機能が備わっている。
 この辺りは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
 ご了承ください。

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