topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.75
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「ヨコシマさん、私もアーティファクト欲しいですー」
「あっ、僕も僕も〜!」
 まるで子猫がすり寄るような仕草で、史伽が横島に甘えてきた。遅れまいと風香も横島の手を取る。古菲の『猿神(ハヌマン)の装具』を見て自分も欲しくなったのだろう。
 見れば、古菲を取り囲んでいた幾人かが期待の眼差しで彼を見ている。衣裳を変える事で力を高めると言うアーティファクト、その能力を試そうにも、古菲を着せ替えするための衣裳がここには茶々丸の姉妹達のメイド服ぐらいしかない。その事に気付いた一同は、興味の矛先を横島に変えたようだ。
 その古菲は、やはり恥ずかしいのだろう。アーティファクトをカードに戻し、元のチャイナドレス姿に戻って頬を赤らめていた。彼女の霊力を目覚めさせる修行も、流石に今の状態ではやる気になれないのか後回しである。
「私も欲しいかも! ねぇねぇ、アキラも欲しいでしょ?」
「え……う、うん、興味はあるけど、仮契約するとなると、横島さんとキ、キキ……」
 恥ずかしくて、その先が続かない。アーティファクトに興味はあるのだが、仮契約(パクティオー)の方法が方法だけに仕方があるまい。
「夏美ちゃんはお願いしないの?」
「えぇ!? ち、ちづ姉こそどうなの」
「ん〜、忠夫さんもアーティファクトが欲しいなら、仮契約しようかしら?」
「それって、ちづ姉の方がマスター……」
 横島としても、仮契約する事自体は嬉しいし、拒みたくはないのだが、無闇やたらと巻き込むのも不味いだろう。
 見れば、ネギも向こうで、まき絵に仮契約して欲しいとせがまれていた。古菲のアーティファクトを見て、自分達も欲しくなったのだろう。元々、3−Aの面々はこう言うノリの良さを持っている。夕映の時は、ヘルマンの脅威に晒されていたため精神的に余裕がなく、萎縮していただけに過ぎない。今は彼女達を思い留まらせるものが何もないため、このような反応をする事はある意味当然の事であった。
「皆さん、あまりお二人を困らせるものではありませんわ!」
 どう答えたものかと困る横島達に救いの手を差し伸べたのは、意外にもクラス委員長のあやかであった。
「よく考えてごらんなさい。『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』になると言う事は、あのヘルマン伯爵のような者達との戦いに巻き込まれると言う事です。遊び半分でして良い事ではありません」
 普段の言動が言動だけに、真っ先に仮契約を望んでくると思われていたあやか。しかし、彼女自身武術を嗜んでいるだけあって、ネギとヘルマンの戦いを見て思うところがあったらしい。
 その話を聞いて、あの時の恐怖を思い出したのか、仮契約を望んでいた者達のほとんどが顔色を変えた。実際捕らわれの身になっていたまき絵などは、特に反応が露わだ。
「でもさぁ、アスナ達ばっかりズルいじゃん」
「アスナさん達は、それぞれ覚悟を決めて仮契約に臨んだのです。裕奈さんにもそれだけの覚悟があると言うのなら、私などが口出しする事ではないでしょうけど……」
「そ、そうだね、確かに」
 諦めきれない裕奈だったが、一番仮契約を熱望しそうなあやかに反対されてはぐうの音も出なかった。
 いつもならば風香辺りが、それでも引き下がらずに駄々をこねていただろうが、その彼女が今は一歩引いてしまっている。憧れの人とのキスとなると、やはり意識してしまうのだろう。子供のように見えてもやはり年頃の女の子である。
 彼女達の足元で、カモが仮契約しない流れになった事にこっそり舌打ちしたりしているが、それについては触れないでおこう。

 ちなみに、あやかは覚悟が無い訳ではない。無い訳ではないのだが、ネギが皆を巻き込む事を望んでいない以上、無理矢理押し掛けるような真似はしたくないのだ。その分、割を食っている事は否めないが、これが彼女の性分である。
「あらあら、あやかったら」
「いいひとなんだけどねぇ……」
 ルームメイトである千鶴と夏美は、「本当は、私もネギ先生と共に戦いたいのです! でも、ネギ先生に迷惑を掛けるわけには……ああっ!」と激しく身悶えて一人芝居をしているあやかを、苦笑しながらも暖かく見守っていた。

 しかし、あやかはそれで納まっても、他の者達はそうはいかない。
 覚悟がないと止められるのであれば、先程ネギに話した「パーティ」の話を参考に、どうすれば良いか考えてみよう。
 現在、横島パーティのメンバーは、横島を含めてアスナ、古菲、夕映の四人である。アスナと古菲の二人が横島と共に戦い、夕映は後方からその豊富な知識とアーティファクト『土偶羅魔具羅』でサポートする役だ。エヴァが一緒に居る事が多いが、彼女は茶々丸も含めて独立したエヴァパーティであると考えた方が良いだろう。
 では、裕奈達が仮契約して横島パーティに入るならば、どのような立場になるのか。そこまで考えて裕奈ははたと気付いた。今の彼女が横島の従者になったところで、彼に守られる事しか出来ないのだ。
「そっか、そうなんだよなー」
 風香達も気付いたようだ。
 あやかの言う覚悟とは、すなわち危険な立場にその身を置く覚悟。
 アスナや古菲のように横島の隣に立って戦うのはもちろんの事、今の夕映のように後方に居る立場にも危険が迫る事はある。ヘルマン一味との戦いにおいて、裕奈達が人質にされたのが良い例であろう。
 「横島パーティ」の一員になる以上、危険は覚悟しなければならないし、場合によっては夕映のように自分の身を守る術を身に着けなければならない。仮契約する事だけを考えていてはいけないのだ。
 現に、アーティファクトだけを目当てにネギと仮契約したハルナも、京都では戦いに巻き込まれ、今やネギパーティの一員となっている。
「そうね、あやかの言う通りだわ。それに、仮契約しなくたって忠夫さんとは仲良くなれるし」
「それは分かってるんだけどね〜」
 ここで、アーティファクトにさほど興味がなかった千鶴が皆を止める側に回ってしまった。こうなると裕奈も下手に食い下がる事が出来なくなってしまう。千鶴の言う通り、横島と仲良くなるだけならば、仮契約は必要ないのも確かであろう。
 しかし、傍から見ても分かる横島、アスナ、古菲、夕映の四人の繋がりを羨ましいと思う気持ちもあった。

「うぅ〜、私も魔法練習しちゃおうかな〜」
 向こうではまき絵がおねだりし、ネギから練習用の杖を借りていた。そして、先端に三日月の飾りが付いた杖を手に、ヘルマン一味から逃れてエヴァの別荘へ避難した際に皆で試した『火よ灯れ(アールデスカット)』を唱えるが、当然何も起こらない。
 どうやら、あやかの話を聞いて、まき絵も仮契約する事だけを考えていてはいけないと気付いたらしい。
「ウ、ウチもやってみる」
 杖を振るまき絵を見て触発されたのか、あの時別荘に居た亜子も、再び杖を借りて挑戦している。
 魔法使いであるネギと共に行くために魔法を覚える。筋が通っている。
 ならば、横島と共に行くのならば、霊能力者になるのが良いのだろうか。
「ねぇゆえ吉、明日学校に行けそう?」
「……正直、難しいです。誰かに支えられてなら、行けるかも知れませんが」
 しかし、霊力を目覚めさせる修行をするにも、経絡を開く際の激痛が待っている。アスナや木乃香のように経絡を開くだけならば大して痛みもない場合もあるらしいが、それに賭ける訳にもいくまい。
「う〜ん、霊力かぁ……でも、ゆえ吉みたいになるのは勘弁して欲しいと言うか」
「こんな状態で言っても説得力がないかも知れませんが、横島さんの方法が一番安全らしいですよ。昨日、超さんに確認しました」
「……マジで?」
 しかも、経絡が一部だけ開いていると言う歪な状態でいるのは色々と不味いらしく、一度激痛が走って開き始めたら、全身の経絡が開くまで続けないといけないと言うのがネックだ。裕奈達は出城で夕映の悲鳴を聞いているだけに尚更である。
「せめて、痛くなるかどうか先に分かればいいのになぁ」
「せつなさーん、陰陽術でなんとかなりませんかー?」
「流石にそう言うのは……家系図を紐解いて、先祖に優秀な霊能力者がいないか探すぐらいしか手はないと思いますよ。もっとも、これも確実とは言えませんが」
 風香と史伽が刹那に助けを求めるが、彼女の返答は芳しくない。
 先祖に霊能力者がいれば、その子孫も霊能力者としての資質を持って生まれてくるケースが多いが、これも確実とは言えない。そもそも、霊力を送り込んで経絡をこじ開けると言う方法自体が一般的ではないのだ。刹那の知識では、実際に開いてみるしかない、としか答えようがなかった。

 そんな中、渦中の人物である横島が、どこか上の空な様子でぽつりと呟いた。
「それ、分かるかも知れないなぁ」
 その瞬間、一斉に横島に集中する皆の視線。裕奈や風香などは目を輝かせて期待に胸を膨らまし、刹那は驚きに目を見開いている。
 にわかには信じられないと、刹那は横島に問い掛けた。
「あの、横島さん、そんな事が可能なのですか?」
「多分。夕映にやった時に気付いたんだが、経絡閉じてる人って霊力送っても全身巡らないんだよ。で、結構霊力強くしないと開かんし」
「な、なるほど……」
 夕映に霊力を送り込んでいる時に感じた抵抗感。あれを目安にすれば、経絡が開いているかどうか、開きやすいかどうかが分かると言う事だ。
「しかし、それでは開くつもりもないのに、間違って開いてしまう事もあるのでは?」
「その辺はコントロール次第だろ。まぁ、確実じゃないからオススメは出来んがな」
 つまり、横島が上手く霊力をコントロールすれば不可能ではないと言う事だ。
 強い霊力を更に高める術を持った霊能力者と言うのはよく聞くが、弱い霊力を微調整すると言うのは初めて聞いた。しかし、それが出来るのであれば、横島の行っている霊力を目覚めさせる修行も、確かに不可能ではない。
 この驚きは素人には理解できないだろう。同じ霊能力者であるからこそ理解できる匠の技である。刹那は感心する事しきりであった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.75


「皆さん、大丈夫でしょうか?」
 経絡が開きやすいかどうかを調べるだけならば危険はないと言う事で、横島の居るテーブルには風香と史伽、裕奈と彼女に手を引かれたアキラ、そして、背を押された夏美と、その背を押した千鶴が集っていた。皆メイド服を着ているため、中心にいる横島は、さながら彼女達の主のようだ。
 隣のテーブルでは、横島パーティのメンバーであるアスナ、夕映、古菲の三人に、エヴァと茶々丸、そして木乃香と刹那が椅子を持ち寄って集まっている。夕映は横島達のテーブルに視線を向けながら、自分と同じような事が起きないかと不安そうだ。
「それは横島さんを信じるしかないかと。実際、アスナさんがずっと行ってきた修行ですし」
「でも、せっちゃん。アスナはゆえみたいにはならんかったよ?」
「大丈夫よ、木乃香。横島さんならちゃんと霊力コントロールしてくれるって!」
「そうですね。万が一と言う事もありますが、文珠でフォロー出来るようですから、さほど心配する事はないかと」
 木乃香も不安そうであったが、アスナと刹那が横島をフォローする。アスナは横島を強く信頼しているが故の反応であろう。刹那も、横島の霊能力者としての器用さを知り、彼ならば大丈夫だと判断したようだ。
「となると、問題は経絡が開きやすいかどうかアルな」
「『素質ある者』と言い換えてもよろしいかと」
「どーだろなぁ、このクラスは元々キワモノ揃いなわけだし、掘り出し物が今更一人や二人増えたところで私は驚かんぞ」
 古菲は純粋に結果を楽しみにしているようだ。横島が調べようとしている事は経絡が開きやすいかどうかだが、これは茶々丸の言う通り、霊能力者としての資質があるかどうかを見極めるものとも言える。
 一方、エヴァは興味なさ気であった。一ヶ月足らずで霊力に目覚めたアスナも、エヴァに言わせれば「掘り出し物」である。それだけにキワモノ揃いの3−Aに、霊能力者の資質がある者が他に存在したとしても、今更驚くには値しないのであろう。
「……私、もう少し近くで見てみます」
 どこかそわそわしていた刹那が席を立ち、横島の下へと向かった。同じ霊能力者として思うところがあったのだろうか。後学のため、これから横島がやろうとする事をしっかり見ておきたいようだ。
 アスナと木乃香もそれを追おうとするが、エヴァが二人を呼び止めた。エヴァ曰く、一端の霊能力者である刹那が見てこそ意味があるもので、まだ未熟であるアスナ達が見ても意味がないらしい。
 言われた二人は不服そうだったが、自分達が未熟である自覚はあったため、その言葉に言い返す事が出来ずに不承不承席に着くのだった。

 刹那が横島を取り囲む輪に近付くと、半円状になっているソファの片方に横島と風香が並んで座り、風香は彼に背を向け、横島は彼女の首筋、うなじ辺りに手を当てていた。風香が横島に背を預けるようにかなり密着しようとしているため、横島が手でそれを押し留めているように見えなくもない。
 丁度これから始めるところのようだ。刹那は早速見学の輪に加わって、横島の霊力コントロールを見せてもらう事にする。
「それじゃ、始めるぞ」
「う、うん……」
 珍しく緊張して身を強張らせている風香。横島は微弱な霊力を彼女に送り込んで行く。
「あっ……」
 すると、徐々に風香の頬が紅潮し、表情が緩んできた。ぽかぽかと身体が温かくなってきている。
「気持ちいい〜、なんかお風呂入ってるみたい〜」
「夕映も同じ事言ってたな」
 それを聞いて刹那はなるほどと納得した。霊力が送り込まれると言う事は、その体内で『生命力』の量が一時的に水増しされると言う事だ。それにより体内の代謝が活発となっているのだろう。風香だけでなく、アスナや夕映もこの状態を入浴しているようだと言っていたが、外部ではなく内部から発熱しているので、その表現は正確ではないかも知れない。
 この時、横島は既に風香の体内に抵抗感を感じていた。送り込んだ霊力が巡っていない。経絡が閉じているのだ。
 次は経絡が開きやすいかどうかを調べなければならない。風香の表情が緩みきったところで、横島は霊力の供給量を少しずつ増やしていく。
「……んっ」
 その瞬間、だらしなく口元からよだれを垂らすほどに緩みきり、うたた寝をしているような状態になっていた風香がピクリとその身を震わせた。
 送り込まれていた横島の霊力、それが急に身体の中で大きくなってきたような感覚を覚えたのだ。横島に触れられている首を中心に、身体の芯が熱を帯びてきたようにも感じられ、じんわりと身体が汗ばんでくる。
 しかし、風香は怖くなかった。横島の右手はうなじに、左手は肩に添えられて彼女の小さな身体を支えてくれている。彼にこの身を委ねているのが、とても心地良かった。
「はい、お終い」
「えぇっ!?」
 もう少し横島に密着しようと思い、少し腰を浮かせて身体を動かそうとしたところで、横島はピタリと霊力の供給を止めてしまった。風香は肩透かしを食らってベンチからずり落ちそうになり、横島が慌てて腰に手を回して抱き上げる。
「ヨコシマ〜、もっとやってよぉ」
「そうは言っても、あれ以上やったら経絡開いてたぞ」
「う〜っ」
 横島は風香に送り込む霊力を少しずつ増やしながら、体内の抵抗感を細心の注意を払って調べていたらしい。
 その抵抗感がなくなる瞬間こそが、閉じられた経絡がこじ開けられる瞬間なのだ。霊力の供給を急に止めたのも、抵抗が弱まってきたのを確認したためである。

 紅潮した頬を膨らませた風香がベンチから立ち上がり、続いては史伽の番だ。
 こちらは風香より更に身体を密着させてベンチに座った。横島は弓なりに弧を描いているベンチで身体を横に向け、片足は下に下ろし、もう片方はベンチの上に乗せて胡坐をかくような体勢になっているため、史伽はそのベンチに乗った膝の上に座るような体勢になる。振り返るようにして横島を見上げ、嬉しそうに目を輝かせるその表情からは、素直に彼に甘えたいと言うのが見て取れた。
 うなじに手を添え、横島が霊力を送り込み始めると、史伽も最初は姉の風香と同じように頬を染め、身体を温められて入浴気分を味わっていたが、横島が霊力の供給量を増やしていったところで、その反応が一変する。
「ヨコシマさ〜ん、くすぐったいですぅ〜」
 笑いながら身をよじらせている。どうやら史伽は、身体が熱くなるように感じた風香とは異なり、くすぐったいと感じるようだ。
 力が抜けて横島の方に倒れ込むようにその身を預ける史伽。横島は空いた左手でその身体を支えて抱きとめる。しかし、くすぐったさに我慢できなくなった史伽が足をじたばたと動かし始めてしまう。
 こうなってしまうと流石の横島も、史伽の状態を把握出来ず、細かな霊力コントロールが出来ない。このままでは危険だと、横島は急遽霊力の供給を止め、顔を真っ赤に染めて息を荒くしている史伽が落ち着くのを待った。
 横島に抱きとめられた史伽の小さな身体は、本人はくすぐったいと感じていたが、やはり風香と同じように熱くなっていたのだろう。こちらもじんわりと汗ばんでおり、横島に掛かる吐息は、どこか熱を帯びていた。

「う〜ん、二人とも経絡は開きにくいみたいだなぁ……」
「えぇ〜っ?」
 史伽が落ち着いたのを見計らって、横島は二人に霊力を送り込んだ結果を告げる。
 風香も史伽も経絡は閉じており、夕映と同じように開きにくいようだった。それを聞いて風香は残念そうな声を上げるが、これが普通であり、一般人はだいたいこんなものだ。
 二人の身体が温まり、入浴しているように感じていたのが第一段階。徐々に送り込む霊力を増やしていき、身体が熱くなったり、くすぐったくなったのが第二段階としよう。
 この場合、第一段階は霊力を送り込まれた事により生命力が一時的に水増しされた状態の事を指し、第二段階はその生命力が経絡を開こうとするまでの事を指す。そのまま更に霊力を増やしていけば経絡を開く事が出来るのだが、第二段階での抵抗感の強さを見る限り、二人とも無理に経絡を開けば夕映のように激痛に襲われるのは間違いあるまい。

「それじゃ、次は私の番だね〜♪」
 続けて裕奈が横島の隣に座り、その背を向けた。メイド服姿の彼女は窮屈なのか胸元を開けて着ており、最近急成長中の裕奈のスタイルの良さもあって、横島が少し身を乗り出して見下ろせば、そこには絶景が広がっている。
「あらあら、忠夫さん。どうして膝立ちの体勢に?」
「気合入れるためだッ!」
 うふふと微笑む千鶴の追求を勢いでかわす横島。この前一緒に買いに行ったブラを着けている事を確認し、満足気に頷くと、横島は右手を裕奈のうなじに当てて霊力を送り込み始めた。
「んんッ!?」
 途端に反応する裕奈。やはり経絡は閉じていたのだが、横島から送り込まれる霊力が多い。傍から見ている刹那もそう感じた。眼前に広がる「絶景」に、横島の霊力が高まっているらしい。第一段階を素通りして第二段階に入ってしまっている。
 顔は上気し、漏れる吐息は熱くなっていくのを裕奈は感じていた。
 痛みはないが、だんだんと熱っぽくなってきているようだ。急に霊力を送り込まれたためだろうか。
「横島さん!」
 その様子を見ていた刹那が焦りの声を上げた。いかに横島が霊力のコントロールに優れていると言っても、これほど強い霊力となると限度がある。止めなくては、このまま勢いで裕奈の経絡をこじ開けてしまいそうだ。
「なっ……!?」
 止めに入ろうと一歩踏み出したその時、刹那はにわかに信じられないものを目の当たりにした。
「ふおぉぉぉーーーッ!!」
 右の手は裕奈に霊力を送り込みつつ、左の掌には風を起こしながら小さな珠状に霊力が収束している。
 溢れる霊力、身体に留めるには限界がある。しかし、裕奈にそれを送り込んでしまえば、閉じられた経絡をこじ開けてしまう。ならば、別の方向に余剰霊力を逃してしまえばいい。
 そう、横島は右手で裕奈に送り込む霊力をコントロールしながら、同時に左手で文珠を作っているのだ。
「す、すごい……」
 信じられない霊力コントロールである。刹那は驚きを隠せない。
 それを可能とする超人的な集中力は、実は裕奈のたわわな胸を凝視する事により生み出されるものだったりするのだが、幸か不幸か、刹那がそれに気付く事はなかった。少なくとも、横島にとってそれが幸いであった事は確かであろう。
「ふ〜、やっぱり裕奈も開きにくいみたいだな」
「そ、そう……? て言うか、何かどっと疲れたような……」
 それからしばらく、経絡が開かない程度に霊力を送り込み続けて「絶景」を堪能した横島だったが、やがて満足したのか一仕事終えたような表情になって霊力の供給をストップした。左手には新たに生まれた文珠が一つ握られている。
 裕奈は力が入らないのか、火照った身体を横島に預け、とろんとした視線を横島に向けて話を聞いている。
 彼女がこんな状態になってしまったのは、風香や史伽よりも多く霊力を送り込まれたからだ。しかし、それでも経絡は開いていない。上手くコントロール出来るか不安だった横島が、間違って経絡を開いてしまわないよう、若干余裕を残して霊力を送り込んでいたと言う事もあるが、それ以上に裕奈にそれだけの霊力を受け容れる素地があったのだ。
「もしかして、私ってすごく霊力が目覚めにくい?」
「目覚めにくいって言うか、それが普通だろ。むしろ、裕奈のは別問題だし」
「な、なに……?」
 身体を起こし、不安そうな表情で裕奈は尋ねる。それを見た横島は心配させてしまった事に気付いた。
「あー、大丈夫だ裕奈。問題って言っても、どっか悪いとかじゃないから」
「……ホント? 大丈夫だよね? ね?」
 それでも不安そうな裕奈。横島の方に身体を向け、その胸に縋るようにしがみ付いてくる。彼女にとっては霊能力もオカルトも未知の世界なので不安になるのも仕方がないだろう。横島は安心させるように頭を撫でながら話を続ける。
「あのな、裕奈は霊力に目覚めやすいわけじゃないけど、霊能力者の資質があるみたいなんだよ」
「霊能力者の資質……?」
「う〜ん、どう説明すればいいんだ?」
「要するに、明石さんの魂に内包されている霊力量が、一般人にしては大きいと言う事ですね」
「そう、それだよ!」
 どう説明したものかと迷う横島を、刹那がフォローした。
「えっと、つまりどう言う事……?」
 しかし、裕奈は首を傾げている。説明を聞いても素人の彼女には理解出来ないのだろう。無理もあるまい。
「平たく言うとだ、裕奈は霊能力者としての資質がそれなりにあるみたいだけど、目覚めやすいほどじゃない」
「うわっ、なんかそれって中途半端〜」
「経絡開くのに必要な霊力が、風香と史伽より多くなるだろうな〜」
「アスナさんのように、特に痛みもなく経絡を開くと言う訳にはいかないでしょうね。多少マシになるのでしょうが」
「それって悪いことばっかりじゃ?」
 話を聞いている内に裕奈の表情がだんだん呆れ顔になってきた。自分の事だが、なんとも中途半端な素質に思えてくる。
「最初から自在に霊能力を使いこなせる人なんてほとんどいませんよ。皆そんなものです」
「そうなの?」
「本来、霊能力者と言うものは、裕奈さんのような人が、長い修行を経て霊力に目覚めるんです。私達霊能力者の常識で言えば、資質のない人まで霊力に目覚めさせる事が出来る横島さんのやり方の方が、大概無茶ですよ」
 偶発的に霊力に目覚める例も存在するが、それはあくまで「事故」なので、刹那もそれについては語らない。
「う〜ん、そっか。そう言うものなのかぁ」
 刹那の話を聞いて、裕奈は納得したようにベンチから立ち上がった。
 刹那や楓と同じように資質を持って生まれてきた彼女は、霊力を目覚めさせるのには苦労しそうだが、いざ目覚めればアスナよりも強い霊力を使える事になるだろう。あくまで今の時点で比較した場合だが。
 横島と刹那の二人は、彼女に資質がある理由に心当たりがあったが、「どうします?」「今はナイショにする方向で」「分かりました!」と、アイコンタクトでやり取りをし、揃って口を噤む事にした。
 裕奈が生まれ付き資質を持っていた理由、それは彼女の父である明石教授にある。
 彼は関東魔法協会に所属する魔法先生、魔法使いだ。魔法使いに霊力、『生命力』は必要ないが、魔法を行使するのに用いる『魔法力』も同じ魂から引き出されるものである。その資質を受け継いでいるのだ、裕奈は。
 今のところ、明石教授は娘にも自分の正体を明かしていない。魔法使いにするつもりならば、弐集院のように幼い頃から修行をさせているはずなので、実は裕奈を魔法使いにするつもりはないのかも知れないが、この辺りは本人に聞いてみない事には分からない。
 ただ、裕奈が霊力を目覚めさせる事を望むのであれば、その前に明石家は家族会議を行う必要があるだろう。

「次はアキラちゃんだな」
「ハ、ハイ……」
 何にせよ、今は経絡が開きやすいかどうかを確認しているだけなので、すぐに結論を出す必要は無い。
 裕奈に霊能力者の資質があるならば、他に話さなければならない事もあるのだが、それは他の者達も調べてから最後に話した方が良いと言う事で、横島はアキラを呼んで隣に座らせる。
「よ、よろしくお願いします」
 横島に背を向ける前に丁寧に頭を下げるアキラ。二人は同じぐらいの身長であるため、彼女が顔を上げると二人の視線が丁度重なり、見詰め合うような形になる。その瞬間、アキラは俯き、素早い動きで横島に背を向けてしまった。
 やはり恥ずかしいのだろうか。かなり緊張した様子である。背筋を伸ばし、ぴっちりと足を閉じて、膝の上に手を置いたなんとも綺麗な姿勢だ。彼女は裕奈と違ってメイド服を隙なく着こなしているが、それが彼女の楚々とした雰囲気を引き立てているような気がする。
 アキラは極力横島の存在を気にしないように努めているようだが、そのせいでかえって意識してしまい、身体どころか表情までをも強張らせていた。
「そ、それじゃ、行くぞ」
「……っ!」
 横島が彼女の白いうなじに手を当てるとアキラは如実に反応し、顔を真っ赤にしてビクンッと身体を震わせる。
 ここまで恥ずかしがられると何か悪い事をしているような気になってくるが、これは純粋に経絡が開きやすいかどうかを確かめているのだと自分に言い聞かせながら、横島は目を閉じて集中し、微量の霊力を送り込む。
 少しずつ身体が温まってきて、アキラの顔が先程とは別の理由で赤くなっていく。彼女は寮の大浴場で一人になった時、こっそり湯舟で泳いだりする事があるのだが、あの時の湯舟に身体を浮かせてふわふわと漂っている時のような感覚に近いかも知れない。
 なんとも言えない気持ち良さだ。強張っていたアキラの表情がだんだんと安らいだものに変わっていく。
「……んん?」
 しかし、一方で霊力を送り込んでいる横島は、違和感を感じて首を傾げていた。
「アキラちゃん、ちょっと霊力を強めてみるよ」
「え……あ、はい」
「力抜いて、痛くはしないから」
「分かり、ました……」
 横島ならば、コントロールを誤って経絡を開いてしまうような事はないと信じているが、それでも怖さを感じないわけではない。身体が熱くなるのか、くすぐったくなるのか、それとも気持ちよくなるのか。人によって反応はさまざまなので、自分がどうなるのか全く想像がつかない。
 いよいよその時が来た。アキラが覚悟を決めて、膝の上の手をぐっと握り締めた瞬間―――

「……ッ!?」

―――横島はカッと目を見開き、手を離して霊力を送り込むのを止めてしまった。
 肩透かしを食らったアキラは、思わず前のめりになりそうなところを辛うじて耐える。その表情がどこか残念そうに見えるのは気のせいであろうか。
「横島兄ちゃん、どうしたの?」
 傍から見ていた者達も、横島が手を離した事から何かが起きたと察する事が出来た。すぐに裕奈が疑問符を浮かべて問い掛けるが、当の横島は不思議そうに首を傾げるばかりで何も答えない。
 それどころか、逆に横島の方から皆に問い掛けてきた。
「なぁ、アキラちゃんって確か水泳部だったと思うけど、運動神経良いのか?」
「え? うん、まぁまぁ……かな」
 戸惑いながらも、少し謙虚に答えるアキラ。
 しかし、風香と裕奈が口々の補足を始める。
「何言ってんだよ、アキラは水泳部のエースじゃん!」
「気は優しくて力持ち! 頼りになるしね〜♪」
「そ、そんな……」
 「力持ち」が年頃の少女にとって褒め言葉になるかは微妙なところだが、風香と裕奈の二人に褒められ、アキラは照れて顔を伏せてしまった。
 麻帆良の女子水泳部は強豪として知られており、その中でエースとなると、アキラは相当実力のある選手なのだろう。横島はその答えにうんうんと頷くと、最後に刹那へと視線を向ける。その視線に気付いた刹那は、横島が何を言いたいのかを悟り、コクリと頷いて答えた。
「横島さんのお察しの通り、大河内さんは水泳選手として強いだけではなく、時折ですが私達も目を見張るような力を見せる事があります」
 刹那によると、アキラは時折――誰かを助けようとしている時などに頭抜けた身体能力を発揮する事があるらしい。刹那だけでなく、古菲、真名、楓と、3−Aの中でも武闘派の面々が揃って一目を置いているそうだ。
「やっぱりか……」
「どういう事、ですか?」
 刹那の言葉を聞いて横島は納得した様子だが、当のアキラは訳が分からない。おろおろと横島に問い掛ける。
 彼女が不安で涙目になっている事に気付いた横島は、慌てて手を横に振りフォローを始める。
「あー、怖がる事はないぞ。要するにアキラちゃんはアスナと一緒だ」
「神楽坂さんと……?」
「霊能力者の資質があるわけじゃないけど、天然で経絡が開いてるタイプだな」
「と言う事は……」
「痛い思いして経絡開く必要はねーな。俺が霊力送り込めば、それが霊力を目覚めさせる修行になる。て言うか、今のもなってたかも」
 そう、横島はアキラの身体に少し霊力を送り込み、風香達に送り込んだ時に感じた抵抗感が全くない事に気付いたのだ。
 アスナの健脚と同じように、アキラも人並み外れた身体能力を持っているのならば、それも納得出来る。彼女はアスナと同じように、霊能力者としての資質は持っていないが、経絡が僅かに開いており、魂から引き出された『生命力』を身体能力の強化に使っているのだろう。
 当然、既に経絡が開いているのだから、経絡を開く痛みがあるはずもない。もし、霊力を目覚めさせる修行をするつもりならば、アスナと同じように何の障害もなく修行する事が出来るだろう。
「うわっ、アキラいいなー!」
「うらやましいですー!」
「そ、そうなの……かな?」
 ベンチから立ち上がったアキラに、早速風香と史伽が飛び付いた。
 彼女達が霊力を目覚めさせる修行をするのに一番ネックとなっていたのが経絡を開く際の激痛だ。ところが、裕奈に手を引かれて参加した、あまり積極的ではなかったアキラにはその痛みがないのだから、風香達が羨ましく思うのも仕方のない事だろう。
 対して飛び付かれたアキラは、自分の腰にしがみ付く二人を見て可愛らしいと言う感想を抱き、二人の頭を撫でたい衝動にかられていた。

「ほい、夏美ちゃんおいで〜」
「は、はいっ! ……って、うわっ!」
 元気よく返事して、ベンチに向かおうとした夏美だったが、慌てていたのか自分の足にもう片方の足を引っ掛けて転んでしまい、そのまま勢いよく横島の胸に飛び込んでしまった。
 その瞬間、夏美は自分に何が起こったのか理解出来なかった。視界を埋め尽くす横島の胸に思わず息が止まり、カァッと顔が赤く、熱くなってくる。よほどキレイにすっ転んだらしい。横島に向かって倒れ込み、起き上がろうにも、地に足が付いておらず上手くいかない。
 それよりも呼吸を止めたままでは窒息してしまう。思い切り息を吸い込み――夏美は、目を白黒させて悶絶した。
 咄嗟に横島の上で転がるようにして身体の向きを変え、口を押さえなければ声を上げていたかも知れない。霊力を送り込まれた風香達が身体を熱くして汗ばんでいたが、霊力を高めて送り続けていた横島も同じだったようだ。横島の匂いが胸いっぱいに広がっていく。鼻と口を押さえているのだから、それこそあますことなく。
「おいおい、大丈夫か?」
 横島はそれに気付かず、ひょいと彼女を抱え上げ、自分に背を向けて座らせ「それじゃ、始めるぞ」とうなじに手を当て霊力を送り込み始める。
 その瞬間、夏美の目が更に大きく見開いた。どんどん身体が熱くなってくる。横島の匂いのせいだろうか。それとも、送り込まれてくる横島の霊力のせいだろうか。もしかしたら、両方の相乗効果なのかも知れない。ならば鼻と口を押さえている手を放せば良いのだが、それが思い付かない程に彼女は混乱していた。
 熱いのか、くすぐったいのか、気持ち良いのか、それとも別の反応なのか、自分でも分からない。とにかく、声だけは上げないように夏美はじっと目を瞑って耐えた。
 しばらく我慢していると「終わったぞー」と横島が肩を叩いて教えてくれた。それと同時に夏美は口元を押さえていた手を放し、プハッと一息つく。また気付かぬ間に息を止めていたようだ。顔は耳まで真っ赤になり、荒い息をしている。
 風香、史伽、裕奈、それだけでなくアスナと夕映も感じていた事なのだが、横島の手は既に離れていると言うのに、まだ横島に触れられているような感覚がある。横島の送り込んだ霊力がまだ体内に残っているためだ。これは時間の経過と共に消えて行くものなのだが、夏美はまるで彼の匂いが自分に染み付いたかのような錯覚を覚えた。なんとなく嬉しくなってくる。
「あの、それで、どうでしたか? 私の身体」
「う〜ん、風香や史伽と一緒だな。経絡は開きにくいみたいだ」
「そうですかぁ……」
 落胆の表情で、肩を落とす夏美。過度な期待を抱いていたわけではなく、むしろ予想通りの結果なのだが、やはりがっくりとしてしまう。
「後でまとめて皆に話すけど、だからと言って絶対に霊力が目覚めないってわけじゃないからな。資質がないと目覚めさせられないなら、俺のやり方に意味なんてないし」
 夏美の表情を見て横島はフォローを入れる。慰めるために口からでまかせを言っているわけではない。横島の霊力に目覚めさせる修行は、資質の無い者でも目覚めさせる事が出来るからこそ、革命的なのだ。もっとも、時間が掛かるため、実際にやるかどうかは、夕映のようにやる気があるかどうかの問題となってくるのだが。

 横島がフォローしてくれた事に気をよくした夏美が、えへへと笑いながらベンチから立ち上がると、それと交代するように千鶴が横島の前に立った。
「最後は私ですね」
「お、おう」
 千鶴はちゃんとアキラのようにメイド服の胸元を閉じようとしているのだが、閉じ切れていない。ベンチに座る横島の前に千鶴が立つと、はちきれんばかりの胸元を少し下から見上げる形となり大迫力である。横島も思わず気圧されるほどに。
「それじゃ、よろしくお願いします」
 そう言って千鶴は微笑むと、横島の隣に座り、背中を向けた。座る仕草一つとっても様になっている。
「さぁ、どうぞ」
 千鶴は自ら髪を両手で左右に掻き上げ、白いうなじを見せて横島を促した。誘われるようにうなじに手を当てると、千鶴は髪を支えていた手を放し、彼女の髪がふぁさっと横島の手を包み込む。やわらかい髪が彼の手をくすぐり、それだけで横島の胸はドキドキである。
 とにかく、間違えて経絡を開いてしまう事のないように、開きやすいかどうかを調べなければならない。彼女の「絶景」を見てしまうと、理性を保つ自信がないため、ぐっと我慢して座ったまま霊力を送り込み始める。
「うおぅっ!?」
 しかし、次の瞬間、横島は慌てて髪の中から引き抜くように手を放して霊力供給を中断した。千鶴はまだ身体が温まってくるような感覚も感じていない。アキラの時よりも早い中断である。
「あの、どうしたんですか?」
 千鶴が振り返り、不思議そうな顔をして尋ねてくるが、横島は信じられないものを見たような顔をしている。
「悪ぃ、もっぺんやらせてくれ」
「は、はい」
 横島は何の説明もないまま、もう一度霊力を送り込ませて欲しいと頼んできた。千鶴は戸惑いながらもそれを承諾する。
 しかし、横島は霊力を送り込み始めたかと思えば、再びすぐさま中断してしまった。
「やっぱりそうか……」
 霊力を送り込んでいた右手を見詰めながら、どこか納得した様子の横島。見守っていた刹那にも何が何だか分からない。
「あの、横島さん。ちゃんと説明してもらえますか?」
「ああ、そうだな……その前に聞いておきたいんだが、千鶴ちゃんの家族か親戚に霊能力者はいる?」
「え? いえ、そんな話は聞いた事ないですけど」
「そうか……」
 横島としては関係のある話をしているつもりなのだろうが、何の関係かが分からない千鶴は疑問符を浮かべるばかりだ。周りの面々も概ね千鶴と同じ反応だったが、ただ一人、刹那だけが何かを察したように、見開いた目で千鶴を見詰めている。
 千鶴はきちんと話を聞くために、横島の方に身体の向きを変えて座り直す。横島は「落ち着いて聞いてくれよ」と彼女の肩にポンと手を置いて一息つき、衝撃の事実を話し始めた。

「千鶴ちゃん……君は、目覚め掛けの霊能力者だ」
「………はい?」

 一瞬、横島が何を言っているのか理解が出来なかった。
 頭の中で理解が追い付かず、ふっと意識が遠くに、彼岸に跳びそうになったところで、横島が千鶴のもう片方の肩をがしっと掴み、そのしっかりとした感覚に意識が呼び戻される。
 隣のテーブルのアスナ達も聞き耳を立てていたらしい。皆が驚きの表情で自分を見詰めている事に千鶴は気付いた。
 周囲の面々の反応も似たようなものだったが、刹那だけが状況を理解したらしく、おずおずと横島に問い掛けてくる。
「横島さん、つまり……その、那波さんは、このちゃんと同じような?」
「ああ、木乃香ちゃんほどじゃないけど、千鶴ちゃんは生まれ付き強い霊力を持ってる」
「そう、なんですか?」
 呆然とした表情で問う千鶴に対し、横島は真剣な表情でコクリと頷いた。
 横島の話によると、今の千鶴は修学旅行に行く前の木乃香と同じような状態で、経絡こそ開いていないものの、生まれ持った霊力の大きさにより、何か切っ掛けがあればすぐにでも霊力に目覚めてしまうような状況にあるそうだ。
「で、でも、ちづるが霊能力者なんて……」
「いや、俺も驚いたが、調べてみると、結構霊力があるみたいだぞ」
「失礼!」
 刹那も千鶴の額に手を当て、目を閉じ探ってみるが、次の瞬間、驚いた様子で目を見開いた。彼女の中に内包される霊力に気付いたのだ。
「これは……!」
「な、霊力ちゃんとあるだろ?」
「確かに、このちゃんほどではありませんが、それでもかなり大きい霊力が」
「これだけあったら、霊力使えなくても霊圧発する事ぐらいは出来るんじゃないか? 皆ないか? 今までに千鶴ちゃんからプレッシャー感じた事とか」
「「「「「あるあるあるある!」」」」」
 横島の問い掛けに、裕奈、風香、史伽だけでなく、隣のテーブルのアスナと古菲も揃ってうんうんと頷く。夏美とアキラは苦笑いで何も言わなかったが、その表情を見るに覚えがあるようだ。
 それを見て千鶴が笑顔のままで、だんだんと雰囲気が怖くなってきた。これこそが正に霊圧である。

「これだけ霊力があれば へルマンの変態伯爵にビンタ食らわせる事ぐらい出来たんじゃないか?
「うわっ、なんかすっごくイメージ出来る!」
 実際、千鶴ならそれくらいやりかねないと言うイメージが皆にあるらしい。横島の言葉に誰も反論しなかった。

 閑話休題。

「あの、私に霊力があると言う事は分かりましたけど、それで私はどうすればいいんでしょうか?」
「そうだな、それも含めてちゃんと話そうか。皆集まってくれ、そっちも……いや、俺達がそっちに移動しようか」
 皆を呼び寄せようとした横島だったが、隣のテーブルの夕映の存在を思い出すと、自ら隣のテーブルに移って、そちらに皆を集めた。
 横島は空いていた夕映の隣に座り、その周りをアスナ達が取り囲む。特に千鶴は横島の真正面の椅子に陣取り、真剣な表情である。
「まず、経絡開きやすいか調べた六人に言っておきたいんだが」
 その言葉に資質があると言われた千鶴、裕奈、アキラ、そして資質がないと言われた夏美、風香、史伽の六人が神妙な面持ちで頷いた。
「勘違いしてもらいたくないんだが、資質があるからって絶対に霊力を目覚めさせないといけないわけじゃないし、資質がないからって霊力に目覚めないと決まったわけでもない」
「そうなの!?」
 風香が身を乗り出し、目を輝かせて聞いてきた。諦めかけていたところに降って湧いた希望だけに喜びもひとしおなのだろう。
 確かに、生まれ付いての霊力量と言う資質がない事に関してはアスナも夕映も同じである。夕映に至っては経絡も開きにくかった。それでも霊力に目覚めさせる事を可能にするのが、横島の修行なのだ。本気で霊能力者を目指したいのであれば、資質が無いぐらいで諦めてはいけない。
「それで、千鶴ちゃん達なんだが、三人は確かに霊能力者になる資質があるが、実際になるかどうかについてはよく考えて欲しい」
 横島のこの言葉に三人は疑問符を浮かべる。彼女達は霊力を目覚めさせる事を甘く見ていた。霊能力と言うのは、彼女達が思うような「あったら便利」なだけの能力ではないのだ。
「ものすごーくぶっちゃけた話をするんだが、平穏無事に生きてきたいなら霊能力なんていらないんだよ
「横島さん、ぶっちゃけ過ぎです」
 身も蓋もない横島の言い方に、刹那は額から汗を一筋垂らしたが、確かに彼の言葉に間違いはない。
「現実に、霊能力者のなれる仕事って、GS筆頭にオカルト関係の物しかないんだ」
「そりゃ、霊能力者ですもんねぇ」
 横島の言葉に納得の声を上げるのはアスナ。彼女自身、GSになるために霊能力者を目指していたが、逆に言えば、霊能力者はすべからくGSかオカルト業界の関係者だとも考えていたのだ。
「そう言えば、精神感応能力(テレパシー)を使って動物行動学の分野で功績を残した研究者がいると言う話を聞いた事があるが、あれは例外だろうな。他にそのような者が存在すると言う話は聞いた事がない」
「オカルト研究者と言うのもいるらしいですが、あれもあくまでオカルト業界の関係者なのでしょうね」
 エヴァと夕映の二人が横島の言葉を補足した。
 エヴァの言う通り、霊能力を持ちながらオカルト業界以外の仕事に就いた者は僅かに居るそうだが、それはあくまで例外であるらしい。

「切っ掛け次第ですぐに目覚めちゃいそうな千鶴ちゃんに言っても仕方ないかも知れないけど、霊能力者になるかどうかってのは自分の将来が関わってくる一生の問題なんだ。今六人を調べたわけだが、実際に霊力を目覚めさせるかどうかは、それも踏まえてよく考えてくれ。一旦足を踏み入れると、なかなか抜け出せない世界だから」
 横島の言葉に六人は真剣な表情で頷いた。そして、アスナ、夕映、古菲、それに木乃香、刹那の五人に視線を向ける。
 アスナ達三人は、それぞれに決意を持って横島と共に行く道を選び、彼と仮契約をして従者となった。
 木乃香も家とその身に流れる血のために霊能力者となる事を余儀なくされたわけだが、今は彼女なりに決意を秘めて修行に励んでいる。
 刹那は何も言わないが、彼女も木乃香のパートナーとしての覚悟はとうに決めているのだろう。

「……要するに、仮契約と一緒って事かな?」
「霊能力を身に付ける事が目的じゃなくて、それで何をするか、か……」
「ちづ姉が一番真剣に考えないといけないんじゃない?」
「そうね、またヘルマン伯爵みたいなのが来ないとも限らないし」
 千鶴も、裕奈も、アキラも、夏美も、風香も、史伽も、真剣に霊能力者になりたいと言うのならば、もっと色々な事を知らなければならない。
 彼女達がどんな結論を出すにしろ、全てはこれからである。
 アスナ達も交え、テーブルを囲み真剣に話し合う少女達の姿を見て、横島は「俺ってイイ事言った!」と満足気に頷いていた。
 これで、鼻孔がだらしなくひくついていなければ、見た目にも完璧だったかも知れない。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 裕奈、アキラ、千鶴に霊能力者の資質がある。
 横島は、霊力をコントロールする事により、経絡が開きやすいかどうかを調べる事が出来る。
 横島の修行方法は、資質の無い者でも霊力に目覚めさせる事が出来る。
 霊能力者のほとんどがオカルト業界で働いている。

 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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