どうやら横島達の話は古菲だけでなく皆がいつの間にか聞き耳を立てていたようだ。彼等の話が終わると、途端にネギの周りに皆が集まってきて取り囲まれてしまう。
「んじゃ、俺等は昼飯にすっか」
「はーい!」
テラスに来てすぐにエヴァに呼ばれたため、まだ昼食を食べていなかった横島は風香と史伽を連れて別テーブルに移動してバーベキューを食べ始める。紐状ゴーレムに縛られたままのカモは放っておくと少女達に踏まれそうだったので、横島が回収しておいた。今のネギにカモを気にかける余裕はない。
そして、その胸に決意を秘めた古菲はアスナを連れて夕映の下へと向かった。
「古菲、どうかしたの?」
「横島師父に話する前に、アスナ達に言た方がいいと思て……」
アスナは何の話か分からずに疑問符を浮かべて首を傾げるが、夕映の方は真剣な表情を見てピンと来たようだ。大事な話なので、夕映と同じテーブルに居たアキラ達には席を外してもらい、夕映の隣にアスナが座り、二人に向かい合う形で古菲が座る。
「くーふぇさんも、とうとう決心したですね」
「ウム、私も横島師父と仮契約(パクティオー)する事にしたアル」
「へ〜……って、ええぇーーーっ!?」
アスナの方は予想外だったようで、立ち上がって大袈裟に驚いた。逆に夕映の方は落ち着いたもので、冷静に話を進める。
「くーふぇさんも、霊力を目覚めさせる修行をすると言う事ですね」
「除霊助手として手伝うだけでなく、横島師父と共にこの道を歩んでいく決意を示すアル」
「……そ、そうよね、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』って本来はそう言うものなのよね」
納得した様子の夕映とは異なり、アスナはどこか複雑な表情だ。
それも仕方のない事だろう。横島と共に歩む決意を以って、彼と仮契約したのはアスナも夕映も同じだが、「共に歩む」の意味が少々異なる。アスナが不真面目と言うわけではないが、彼女はまだGSの道を歩む事よりも、横島と共にいる事に重きを置いている傾向にあった。
何にせよ、決意を固めた古菲を止める事は出来ない。
「え〜っと、私達も見守った方がいいのかしら?」
「い、いや、それは恥ずかしいアルヨ……」
夕映が仮契約する時は、アスナとカモがその場に居合わせ、彼女の仮契約を見届けたのだが、古菲は逆に誰にも見られたくないらしい。色々と豪快な性格をした彼女だが、意外と照れ屋な一面も持っているのだ。
「それじゃ行てくるアル!」
「頑張ってください……と言うのも変ですが、こういうのは勢いです」
よしっと気合を入れて横島の下に向かおうとする古菲だが、頬を染め、胸はドキドキである。そんな彼女に夕映は自分の経験も踏まえたアドバイスを送って、その背を押す。
仮契約は、カモに仮契約用の魔法陣を書いてもらった上で、マスターになる者と従者になる者が口付けを交わす事で成立する。他にも方法はあるらしいが、アスナ達はこれ以外の方法を知らない。それだけに古菲が恥ずかしがるのも無理は無いだろう。アスナも古菲に手を引かれて横島の前に連れて行かれるまで踏ん切りがつかなかったし、夕映の場合などは決心した後は、勢いで押し切った。
古菲は両手で自分の頬をパンッと叩いて気合を入れると、勢いを付けて少し大股で横島に近付いて行った。やると決めたら真っ直ぐに前を見据えて突き進んでいく。この思い切りの良さは、アスナも見習わなければならないかも知れない。
「よ、横島師父!」
「ん、どうした?」
呼ばれて振り向いた横島は、肉を口いっぱいに放り込んでいた。良い食べっぷりである。空腹のため、かなり早食いになっているようだ。
「ちょっと、来て欲しいアル」
「お、おい!」
この場で仮契約の事を切り出すのは恥ずかしいのか、古菲は横島の手を取り、強引にここから連れ出そうとする。
当然、一緒のテーブルに着いていた風香と史伽はそれに付いて行こうと立ち上がるが、古菲としてはここで二人に来られるわけにはいかない。
「あらあら、二人とも邪魔しちゃダメよ」
見かねたアスナが二人を止めようと立ち上がろうとしたその時、それよりも先に千鶴が現れて二人を捕まえてしまった。
「修行の話なんでしょ? 忠夫さん、夕映ちゃんみたいな事にならないように、気を付けてくださいね」
「え、そうなの? そりゃ、気を付けるけど」
「……後で全部話すアル!」
千鶴は古菲と横島の二人の組み合わせで修行の話だと判断したようだ。古菲は一瞬、事情を説明すべきかと考えたが、仮契約――これから横島とキスをすると説明するのは流石に恥ずかしいので、テーブルの上のカモを攫うように引っ掴むと逃げるように横島を引き摺り城の中へと入って行った。カモはようやくゴーレムから解放されたところだったが、今度は古菲の手に捕らえられてしまう事になったのである。
「ちょっ、姐さん! 何なんスか、いきなり!」
「いきなりでスマンが、カモがいないと始まらないアル!」
「てか、痛っ! 背中がっ、尻がっ、削れるっ!」
引き摺られたまま階段に突入したところで横島が大声を上げて古菲を止めた。言われて古菲も横島を引き摺ったままだった事に気付いて、てへへと笑いながらその足を止めた。
「とにかく、何の話か説明してくれ。誰も追っかけて来てないみたいだし、ここならいいだろ」
「オレっちもそろそろ離してくんねーか?」
「ウ、ウム、そーアルな」
今にも握りつぶされそうだったカモは、古菲の手から逃れると横島の肩の上へと避難する。
古菲と横島の二人は、そのまま歩きながら話をする事になった。特に目的地を決めているわけではないが、古菲にとっては初めてのキスだ。仮契約するにも、もう少し良い場所を選びたい。
「て言うか、オレっちを連れて来るって事は……もしかして仮契約かい?」
「何ぃ、そーなのか!?」
薄暗い階段を手を繋いだまま降りながら、どうやって仮契約の事を切り出したものかと考えていると、古菲が言うよりも早くカモが彼女の意図に気付いてしまった。こう見えてもカモはネギよりも魔法関係の事には詳しいため、和美等からその手の事を問われる事が多々あるが、古菲はそのような質問をしてくるタイプではない。横島だけを呼び出すなら千鶴の言った通り修行関連の話なのだろうが、カモにも用があるとなると仮契約以外考えられなかった。簡単な推理だ。
「う……実はそうアル。よ、横島師父と仮契約したいアルヨ……」
不意打ち気味に明かされてしまったため心の準備がまだ出来ていなかった古菲は、顔どころか耳まで真っ赤にし、俯き加減で後半は消え入りそうな小さな声になりながらも横島に仮契約を申し込む。
功夫に関しては非常にストイックな古菲も、それ以外の事については年頃の少女と変わらない。普段見る事の出来ない少女の表情に、横島は何かいけないものを見てしまったような気がしてドギマギしてしまい、即答する事が出来ずにいた。
「…だ、ダメ、アルか?」
返事が無いのを悪い方に解釈したらしい。古菲の瞳にみるみるうちに涙が浮かんでくる。しかも、彼女は小柄なので横島の顔を見ようとすれば必然的に見上げる形になってしまう。
横島はどうしたものかとカモに助けを求めようとするも、こちらは仮契約を成立させれば、オコジョ協会から5万オコジョ$の報酬が貰えるため、横島に助け船を出してくれるはずもなく、肩の上でニヤニヤと事の成り行きを見守るばかり。
涙目で自分を見上げる古菲に抵抗できるはずもなく、横島があっさりと屈したのは言うまでもない。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.74
「ここなんかいいんじゃねぇか?」
古菲が黙りこくってしまったため、少し気まずい雰囲気になりながらも歩き続け、一行は庭園のような場所に辿り着いた。半球型のケージのような物に囲まれたその場所は、南国の草木、花が咲き乱れており、さながら植物園のようにも見える。色鮮やかな小鳥の姿もあり、なかなか雰囲気の良い所だ。
「……ウム、ここなら良いアル」
古菲も仮契約を――ファーストキスを捧げる場所として、ここならば悪くないと思った。
ならば早速と、カモは横島の肩から降りて魔法陣を書こうとするが、ここで横島がそれを止める。
「横島師父?」
「仮契約する前に、古菲に確認しておかなきゃならない事がある」
「……分かたアル」
古菲はまだ頬が赤いままだったが、真剣な表情となって横島に向き直った。横島としても真剣だ。彼女を『魔法使いの従者』として受け容れるからには、必ず確認しておかねばならない事がある。
「古菲、お前は前に自分の力で強くなりたいから、アーティファクトはいらないって言ってたよな?」
古菲は無言でコクリと頷いた。
その件に関しては、今も考えは変わっていない。仮契約についても、アスナや夕映のような横島との強い繋がりが欲しくて行うのであり、アーティファクトは別にいらないと考えている。
そのため、続けて横島が「今もその考えは変わらんか?」と問い掛けると、古菲は迷う事なく頷いて答えた。
「それじゃ、例えばの話だが……目の前に、古菲の力じゃ到底敵わない強い敵が居たとしよう。このままじゃ殺されてしまうが、古菲の目の前に、使えばそいつを倒せそうな強い武器がある。お前はその武器を使うか?」
「……う〜、それでも私は自分の力で戦いたいアル」
「俺なら迷わず使うな」
この考え方の違いが、古菲と横島を隔てる大きな差であった。
そして、横島の言うシチュエーションは、GSの仕事に従事する以上、有り得る現実なのである。
「それじゃ、質問を変えようか」
「………」
質問を続けようとする横島に対し、彼の意図をなんとなく察した古菲は、だんだん無言になっていった。
しかし、横島は止まらない。場合によっては仮契約の話自体をご破算にしてしまう可能性もある。横島としても言うのは辛いが、それでも言わなければならない。
「その強い敵にアスナが襲われてて、古菲がその武器使わないと助けられないとしたらどーする?」
「……ッ!?」
何故なら、それは場合によっては古菲以外、共に除霊現場に出ているアスナの命すらも危険に晒しかねない問題なのだから。
流石の横島も、命が――特に少女の命が掛かっているとなると、真面目にならざるを得ない。それこそ、目の前の少女とのキスをふいにする事になってもだ。血の涙を流しながら苦悶の表情で惜しんでいるが、アスナと古菲の命には代えられないのである。
古菲にとってもそれは大きな衝撃であった。彼女自身、強敵との戦いの末に命を落とす事になっても、それは仕方のない事だと考えていた。戦いの世界に身を置く以上、当然の結末であると覚悟を決めていた。
しかし、他の者を巻き込むとなると話は違ってくる。不覚にも古菲はそこまで考えが及んでいなかった。だが、仲間を作ると言うのはそう言う事なのだ。
「いいか、古菲。GSが皆神魔族と遭遇するわけじゃないけど、お前が目指してるのは、そういう連中との戦いだろ?」
横島の問いに古菲はコクコクとしきりに頷いた。まさに彼女が横島との繋がりを求めた一番大きな理由はそれだ。
「連中を甘くみるな。ただの妖怪や魔物だって人間より強いヤツなんてごまんといるんだ。神魔族ってのはそいつらの遥か彼方にいる。人間の力では届かないんだ、絶対に」
「で、でも……」
ネギはヘルマンを倒したし、横島だってこれまで魔族と戦ってきたはずだ。古菲はそう言い返したかったが、それよりも早く横島が矢継ぎ早に二の句をついできた。
「ネギがヘルマンを倒したが、あれは魔法を使ってたからだ。魔法自体が人間以外の力を借りる物らしいからな」
「ああ、それは合ってるぜ。兄貴の魔法は主に風と雷、それに光の精霊の力を借りてるんだ」
「う……」
横島の言葉をカモが補足した。つまり、ネギも自分一人の力だけでヘルマンに勝ったわけではないと言う事だ。
GSも古くから伝わる術や霊能を使う者は多いが、その中には自分自身以外の力を借りるものも多い。それらは、人間が人間以上の力を持つ者達に対抗するために身に着けた手段なのである。
「そ、それじゃ、小太郎とポチ先輩は? あの二人はパイパーに勝たアル!」
「あの二人は人狼族だろ。人狼族自体、相当強い種族だぞ。小太郎はまだ人間に近いみたいだが」
「うぅ……」
それに、パイパーの場合は「金の針」と言う弱点があったからこそ逆転勝利を収める事が出来たと言う見方もある。実際、ポチも小太郎も重傷を負い、追い詰められていた。二人の力があってこそだが、治療用の札や心強い援軍、様々な力を借りた上での辛勝である。
「で、でも! 横島師父達だって、魔族達と戦ってきたはず……!」
「敵わないと思ったら逃げたし、勝つために罠に嵌めたり、策略張り巡らせたり、神魔族の道具を借りたりもしたな。色々やったぞ」
「うぅぅ〜〜〜!」
古菲は唸るが、全て事実だ。言い返す事が出来ずに俯いてしまっている。先程とは別の意味で泣き出してしまいそうだ。
そもそも、破魔札だって、高い物になると人間一人では到底出す事が出来ない出力となり、作成するにも何人もの霊能力者が必要となる。それを古の秘術を以って一枚の札に封じ込め、一人のGSが使えるようになるのだ。
普段はいがみ合っている者達が手を取り合って協力する。
竜神の装具を身に付けて一時的に人間以上の力を得る。
一人の人間に皆の霊力を集めて強い力を生み出す。
優れた精神感応能力を以って、人間の集団を「一体の人間以上」とする。
GS達はそうやって自分よりも遥かに強い相手と戦ってきたのだ。
「古菲だって見てたはずだぞ。修学旅行の時に」
俯いていた古菲がハッと顔を上げた。
確かに彼女は見た。修学旅行三日目の晩、人知を超えた力を持つ大鬼神『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を。
あれこそ勝ち目の無い怪物であった。しかし、その怪物は一人の剣士によって送り還されてしまった。
その剣士とはアスナと横島が文珠の力で同期合体した姿である。それでも『両面宿儺』の力には届いていなかったが、アスナの持つアーティファクト『ハマノツルギ』の「召喚された者を一撃で送還する」効果によって、『両面宿儺』を送り還したのだ。
アスナと横島、どちらか一人だけでは到底成し得なかっただろう。二人が力を合わせたからこそ、あの大鬼神を下す事が出来たのである。
「GSにも古菲みたいな考え方のヤツいるんだけどな、俺の考え方はこうだ。それでも古菲は俺と仮契約したいか?」
「………」
横島の問い掛けに古菲は何も答えなかった。
仮契約が嫌になったのではない。むしろ、横島を選んで良かったと、心の中でそう確信していた。彼の顔を見つめるその瞳には、今までにはなかった憧憬が混じっている。
真名は言った。古菲は横島の下で霊能力者を目指さなくても、裏の世界で戦っていける素質を持っていると。楓や刹那に尋ねても、おそらく同じ事を言ったであろう。また、裏の世界に足を踏み入れるにも、横島ではなく、ネギ達と共に行くと言う手もあったはずだ。
それでも古菲が横島を選んだのは、彼こそが「一番強い敵」を知っていると思ったからだ。より高みを目指すため、強い敵と戦うために裏の世界に足を踏み入れるのならば、最も強い敵と戦いたい。そう考えたのである。
しかし、古菲の知らない「一番強い敵」を知る横島は、古菲の知らないそれらと戦う現実も知っていた。
他人の助けを借り、武器を手に取り、策を弄し、罠に嵌める。古菲のしたくない事のオンパレードであるが、仲間と力を合わせると言うのには心惹かれた。それは今までストイックに自分を鍛え、孤高の道を邁進してきた古菲が知らなかった強さである。
GSには古菲に似たタイプの者もいるらしいが、その者も横島達と力を合わせて戦ったそうだ。きっとその者には見えていたのだろう。今の古菲には見えない何かが。
横島の仲間になりたい。仲間になって共に戦いたい。心の底からそう思った。
答えを待つ横島に対し、古菲は静かに頷いて答えた。もはや迷いはない。横島と共にこの世界を歩んでいくのだ。
「決心ついたネ。私のマスターになるのは、横島師父しかいないアル」
「よしきたぁ!」
古菲が言うやいなや、待ってましたと言わんばかりにカモが二人の足元に魔法陣を描いて発動させた。魔法陣から溢れる光の中で、二人は向かい合って立つ。
「よ、よよよ、よし、いい、いいんだな?」
急にどもりまくる横島。いざ仮契約するとなると、これから古菲とキスをすると言う事を否応なしに意識してしまうのだろう。そんな彼の様子を見ていると、逆に古菲の方が落ち着いてくる。
「横島師父、今更怖気づいちゃ駄目アルヨ」
クスッと微笑むと、古菲は横島に近付いた。しかし、身長差があるためか、まだ横島の顔が少し遠い。
「あ〜……出来れば、カモは席外して欲しいアル」
古菲がチラリと視線を向けてそう伝えると、カモはいやらしい顔で笑い出した。
「へっへっへっ、ヤボな真似はしないぜ。まぁ、ごゆっくりしてってくれや」
そう言ってカモは姿を消した。走り去る後ろ姿を見送りながら、古菲はむぅっと頬を膨らませるが、今はそちらにかまけている時ではないと、気を取り直して横島に向き直る。
改めて横島の顔を見てみるが、やはり少し遠い。聞いた話によると、夕映の時は横島が腰を屈めたそうだが、古菲は少し背伸びすれば届くかも知れないと考えた。
「ん〜っ」
つま先立ちになり、横島の首に手を回して顔を近付けてみるが、あともう少しが届かない。
事ここに至って落ち着いてきた横島が、顔を古菲の方に向けるが、やはりあと僅かに届かない。
「手を……」
これは腰を屈めるしかないか、横島がそう考えたその時、古菲はつま先立ちの状態でぷるぷると震えたまま、彼の首に回していた手を解き、その手を自分の腰に回すよう誘導し、その身を横島へと委ねる。
最後は横島の手でと言う事なのだろう。横島は古菲の意図を察した。
「……行くぞ、古菲」
古菲はその言葉に答えようとはせず、手は横島に背に回して身体を密着させ、ただただ目を瞑ってその時を待っている。
それに合わせて横島もその瞳を閉じ、腰に回した手で彼女の身体を持ち上げるようにして――そして、残された僅かな距離を零にした。
やがて二人は重ね合わせていた唇を離し、互いの吐息でくすぐったくなるような距離で見詰め合う体勢になる。
横島が何も言えずにいると、古菲はぺろっと舌を出し、悪戯っぽい笑みを浮かべて、こう呟いた。
「……バーベキューの味がするアル」
しかし、自分で言って恥ずかしくなってしまったらしく、後が続かない。
結局二人は、ニヤけたカモが仮契約カードを持って姿を現すまで、顔を真っ赤にして俯きっぱなしだった。
「あ、二人が戻って来た!」
横島達がテラスに戻ると、アスナを先頭に皆が集まってきた。二人が仮契約している間に、その事が皆に伝わってしまったらしい。仮契約、アーティファクト、興味の対象は様々だろうが、皆こぞって駆け寄って来たため、横島達の周囲は大騒ぎになってしまっている。
横島はアスナに先導されながら、古菲の手を引きなんとか人垣をかき分けて夕映の居るテーブルへと移動する。
「遅いぞ、横島」
ここに来る事を読んでいたのか、夕映だけでなくエヴァと茶々丸も待ち構えていた。
一つのテーブルには四つの席しかないはずなのだが、他のテーブルから椅子を持ってきて八つに増えており、横島、アスナ、古菲、夕映、エヴァに、夕映の世話役として一緒に居たアキラと裕奈。そして野次馬の代表の和美がそれぞれ席に着く。
茶々丸はエヴァの後ろに控えて立っており、その周囲を千鶴、夏美、風香、史伽と言った野次馬達が取り囲んだ。古菲は皆に注目されて恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしたまま俯いている。
「そいやエヴァ、チャチャゼロはどうした?」
「ああ、ヤツなら向こうだ」
エヴァの側にチャチャゼロの姿がない事に気付いた横島が問い掛けると、エヴァは隣の椅子がなくなったテーブルを指差した。そのテーブルの上では、チャチャゼロがすらむぃ、あめ子、ぷりんと共に宴会を開いており、さよもこれに捕まってしまっている。最近のチャチャゼロは、横島の影響で性格がぶっ飛んできた妹の茶々丸よりも、素直でスレていない性格のさよの方を妹分として可愛がっているらしい。
なんとも平和な光景だ。しっかり者のぷりんも付いている事だし、あれならば放っておいても大丈夫だろう。
「そんな事よりも、古菲と仮契約をしたのだろう。一体どんなアーティファクトが出てきたんだ?」
身を乗り出したエヴァが目を輝かせて訪ねてくる。夕映と仮契約した時は、誰も見た事がない新しいアーティファクト『土偶羅魔具羅』が現れただけに、今回も珍しいアーティファクトが出るのではないかと期待しているようだ。
「いやそれが、まだ出してねーんだわ」
「なんだそうなのか」
「カード見る限りは、服系みたいだぜ」
「ほぅ……」
横島が差し出した古菲の仮契約カードをエヴァが受け取ると、皆がエヴァの下に集まってカードを覗き込んだ。
そこに描かれている古菲の姿は、カモの言う通り、見た事のない装いをしている。制服姿で描かれていた『ハマノツルギ』を持つアスナ、何故か露出度の高い悪の組織の女幹部のような姿として描かれていた夕映。古菲はそのどちらとも違っており、赤い道服に虎の毛皮で出来た膝当て、頭には紫金の冠を被り、身体には黄金の鎧を身に着けると言う、なんとも豪勢な姿だ。
「これは……孫悟空、ですか?」
「あ、やっぱそう思う?」
更に額には金の輪を装着している。これを見れば四大奇書の一つ『西遊記』にも登場する≪闘戦勝仏≫斉天大聖孫悟空に似た格好をしているのだと分かるだろう。この場に居る面々の中で真っ先に気付いたのは、やはり夕映であった。
「う〜ん、どこにも載ってねぇなぁ……」
一方、カモはテーブルの上でモバイルを開き、まほネットで古菲のアーティファクトについて調べているが、情報が見つからないようだ。『土偶羅魔具羅』と同じく、これも未発見のアーティファクトなのかも知れない。
「まぁ、古菲らしいわよねぇ」
裕奈の呟きに皆がうんうんと頷いた。
「むしろ、こうも希少なアーティファクトばかりを出す横島を褒めるべきなのかも知れんな……」
「別に俺が何かやってるわけじゃないんだがなぁ」
エヴァもこんなアーティファクトは見た事もなかった。今まで誰も授けられなかったのか、或いは最近になって作られたアーティファクトかも知れない。冥界の住人となった今でも、職人妖精は健在と言う事であろうか。
「うぅ、『ハマノツルギ』は普通にまほネットに載ってるのに」
「で、でも、ハリセンって、その、一番横島さんに似合ってると思う」
「そうなのかしら……?」
自分だけが普通のアーティファクトだと落ち込むアスナをアキラがなんとかフォローしようとするが、フォローになっていない。
しかし、横島の従者に与えられるアーティファクトが「ハリセン」と言うのはピッタリであると、彼を知る者ならば誰もが納得するだろう。
「姐さん、あんま落ち込んだもんじゃねぇぜ! なんてったって『ハマノツルギ』は、あの大鬼神『両面宿儺』を倒したんだからな!」
カモも興奮気味に鼻息を荒くしてアスナをフォローする。実際、まほネットに掲載されている『ハマノツルギ』の情報は更新され、現在の持ち主であるアスナが京都で『両面宿儺』を倒した事も既に記されていたりする。
アスナの手により、『ハマノツルギ』は伝説の剣として現在進行形で格を上げつつあるのだ。横島とアスナの仮契約の魔法陣を描いたカモにとっても、これほど名誉な事は無い。オコジョ協会からの特別ボーナスも期待出来ると言うものだ。そう、『両面宿儺』に関する情報も、実は報奨金のためにカモが報告したのである。
「さて、問題は古菲のアーティファクトの力だが、コピーカードは?」
「もう姐さんに渡してるぜ」
エヴァとカモの視線が古菲へと注がれた。
皆に注目されて恥ずかしがっていた古菲だったが、ぎゅっと拳を握り締め、力強く顔を上げる。席を立ち、テーブルを囲む輪から離れたところで、仮契約カードを高く掲げて、アーティファクトを呼び出す呪文を唱えた。
「来れ(アデアット)!」
掲げた仮契約カードから強い光が放たれ、それと同時に古菲の手からカードが消える。
光が納まった時、そこにはカードに描かれた姿と同じ装いに身を包んだ古菲の姿があった。ギャラリーからわっと歓声が上がる。
「念のために聞いとくけど、重くはないのか?」
「……う〜ん、あんまり重さは感じないアル」
腕を回すところから始まり、準備運動をするように動きやすさを確認する古菲。更に胸の黄金の鎧を叩いてみるが、ガンッと硬い音がする。あまりにも軽いので、実は鎧ではないのではないかとも疑ったが、それなりの強度があるようだ。
「頭の輪は、伝承通りなら緊箍児(きんこじ)と言うもので、頭を締め付けるはずですが……」
「別に痛くないアルヨ」
頭の輪も、特に頭を締め付けるわけでもなさそうだ。斉天大聖に似ているのは外見だけの、ただの防具なのだろうか。そんな疑いの空気が漂い始めたその時、物珍しそうに古菲の装束を眺めていた夏美が、彼女の腰に括りつけられた巻物の存在に気付いた。
「ねぇ、古菲。その巻物には何が書いてあるの?」
「ム、こんな所に巻物がついていたアルか」
古菲も指摘されて初めて巻物の存在に気付き、それを手に取って開いてみた。
「………」
「どうしたの?」
「……読めないアル」
しかし、古菲にはそこに書かれている文字を読む事ができなかった。
夏美も覗き込んでみるが、そこに書かれている文字は明らかに日本語ではなく、夏美にも読む事が出来なかった。
「おそらく魔法使いの文字か何かだろう。貸してみろ」
「頼むアル」
古菲から巻物を渡されたエヴァが巻物を開いてみると、そこには確かに魔法使いの文字が書かれていた。仮契約も魔法の一種、この文字で書いていれば、その場に読める者がいると、コレを作った職人妖精は考えたのだろう。
「コホン、では読むぞ……」
装束が装束だけに、もしかしたら斉天大聖が使ったとされる仙術が記されているのかも知れない。エヴァはわくわくした様子で、巻物に書かれた最初の一行目を高らかに読み上げた。
「アーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』取扱説明書……ってなにぃっ!?」
だが、そこに書かれていたのは、エヴァが期待したようなものではなかった。
なんと、このアーティファクトは親切にも説明書付きだったのだ。
「なんなんだこれはぁーッ!!」
「落ち着け! て言うか、引き千切ろうとすんな!」
「そ、そうよ、親切じゃない!」
期待を裏切られて怒るエヴァを横島とアスナが必死に宥めて止める。
横島に抱えられて彼の膝の上に乗せられたエヴァだったが、フンッとふてくされて巻物を放り出してしまったため、カモが代わりに読む事になった。
「フムフム、まず、そのアーティファクトの名前は『猿神の装具』だ。皆の予想通り、斉天大聖孫悟空をモデルに作られたものらしい」
「ムチャクチャ有名じゃん!」
「モデルはな。このアーティファクト自体は、今まで知られてなかったもんだ、間違いねぇ。大発見だぜ、これは!」
ムッハーとカモは鼻息を荒くしている。当然であろう。なにせ彼の仮契約の魔法陣で未発見のアーティファクトが見つかるのは、二つ目なのだ。オコジョ協会からどれだけ報奨金が出るか、想像もつかない。
「そんなアーティファクトが私の下に……何か信じられんアルな」
目を$マークにしているカモに対し、古菲はどこか呆然とした様子で、そんなアーティファクトが自分の所に来た事が信じられない様子だ。元々アーティファクトなどいらないと考えていただけに尚更であろう。
「ただ、斉天大聖そのままの能力を得られるってわけじゃなさそうだ。例えば、その輪っかだけどよ」
カモが指差すのは、それが本物の斉天大聖ならば『緊箍児』と呼ばれるはずの金属製の輪だ。古菲の頭を締め付けるわけでもなく、ただの飾りにしか見えない。
「そいつは装着者の力を吸い取るらしい」
「ハイぃ!?」
驚きの声を上げる古菲。慌てて輪を外そうとするが、カモは落ち着けとその動きを制する。
「ただ吸い取るわけじゃねぇって、そいつは貯金箱みてぇなもんだ。エネルギーを溜め込んでくれるんだよ」
「ど、どう言う事アルか?」
「普段から少しずつエネルギーを溜め込んで、いざって時に一気に使って爆発的な力を発揮する事が出来るってワケさ!」
「なるほど、竜神の装具みたいなものか」
「ム、なんだそれは? 私は文珠みたいな物だと思ったぞ」
そのカモの説明に、横島はかつて自分も使った事のある竜神の装具を、エヴァは霊力を溜め込んで生み出す横島の文珠を思い浮かべた。
「横島さん、『竜神の装具』って何ですか?」
「『猿神の装具』と『竜神の装具』、名前似てるねぇ。何か関係あんのかな?」
「関係あるかは知らんけど、『竜神の装具』ってのは、身に着けると竜神と同じ力が得られるって道具だ」
「……それってメチャクチャ凄くない?」
竜神など会った事もない裕奈でも、それが想像もつかないような強い存在であろう事は何となくイメージ出来る。『竜神の装具』の凄まじい性能に裕奈が呆れるばかりだ。しかも、横島の説明によると、装具に溜め込まれたエネルギーを使ってしまっても、再び補給する事も出来るらしい。
エヴァは、エネルギーを溜め込んで一気に使う事から、霊力を溜めて作る文珠をイメージしたが、確かに話を聞いてみると、なるほど『猿神の装具』は文珠よりも『竜神の装具』に近いと思えてくる。
「当然、人間が耐えられるわけないから、翌日から全身筋肉痛な。アスナとか夕映の比じゃないと思うぞ、アレは」
「オチつけないでよ、兄ちゃん……」
勿論、ただ便利なだけの代物ではない。人間が竜神と同等の力を行使して無事で済むはずもなく、あの美神令子でさえも、使用した直後はまともに身体を動かす事すら出来ない程のダメージが残るそうだ。便利と思わせておいて、きっちりオチを付けた横島に、裕奈はガックリと肩を落とした。
「このアーティファクトの場合は、エネルギーを溜めるのも自分でしなければならないと言う事か?」
「この説明書によると、『緊箍児』モドキを人に装着させる事で、そいつのエネルギーを吸収して溜め込む事も出来るらしいな」
「う〜ん、付けてても、あまり力を吸い取られてる感じはしないアル」
「吸収量の設定も出来るみたいだぜ。今は最低レベルなんだろうが、それ付けたまんま身体動かすと、早く疲れると思うぞ」
「なるほど」
つまり、この輪は、例えば横島に霊力を溜めてもらい、古菲がそれを使う事も出来ると言う事だ。しかし、古菲はそのような方法で使おうとは思わなかった。常に自分に枷を嵌め、溜めた自分の力をいざと言う時に一気に使う。アーティファクトの力を借りての事だが、これも自分の力だと言えるのではないだろうか。
そう言う意味でも、『猿神の装具』は来るべくして自分の下に来たと言えるかも知れない。古菲はそう感じていた。
「それにしても、横島さんって詳しいんですね。竜神様の道具まで知ってるなんて」
キラキラと尊敬の眼差しを横島に向けるアスナ。しかし、横島にとっては、これは知っていて当然の知識である。
「ほら、あれだ。前に言ったろ、日本の神族の拠点で妙神山ってとこがあるって」
「ヒャクメとか言う神族が居る山だな」
「いや、そいつは居候だから」
と横島は言っているが、今のヒャクメはれっきとした妙神山所属の神族である。もっとも、ろくに修行者が訪れない妙神山では、暇を持て余しているらしいが。
「そこの管理人が小竜姫様って言う竜神なんだ。ちなみに、妙神山の主ってのが、そのアーティファクトのモデル、猿神・斉天大聖なんだぞ」
「ええぇーーーっ!?」
「ナント、そうだたアルか!?」
これにはアスナだけでなく古菲も驚く。エヴァは思わず目を見開いて振り返り、横島の顔を見上げた。
一方、他の面々はそれがどれだけ凄い事か理解できずに疑問符を浮かべている。
「横島、よくそんな所に案内すると言えたものだな……」
「これでも妙神山で半年ほど修行してた事があるからなぁ」
「知り合いって事ですか?」
「一応、俺の師匠だよ。猿神師匠」
「……最早驚く気にもなれんな。人間社会に表立った組織を持ち、国家に認められた資格だと言う一般人に最も近いはずのGSが、実は魔法使いよりも人間離れしているのではないか?」
どちらかと言えば、魔法使い達の方が神魔族から離れて行ったのだが、その辺りの歴史に詳しくない横島は反論する事が出来なかった。
「まぁ、横島がちゃんと妙神山に案内出来ると言うならば、私からは何も言う事は無い」
「安心しろ。人外魔境だけど、ちゃんと徒歩で行けるとこだぞ。いや、道があってないようなもんだから、徒歩でしか行けないと言うべきか? まぁ、崖から落ちなけりゃ大丈夫だ」
「よし、分かった。私を妙神山に案内する時は、私を背負う権利をやろう」
要するに、自分の足で歩くつもりはないと言う事だ。
「ん〜、よく分かんないけど、兄ちゃんが孫悟空と知り合いって事は、古菲のアーティファクトにこれが選ばれたのにも影響あるのかな?」
「『土偶羅魔具羅』も横島の知り合いだったわけだし、可能性は高いな」
「そうだたアルか」
裕奈の素人考えだが、否定要素はなかった。つまり、『猿神の装具』は横島と仮契約したからこそ、現れた可能性が高いと言う事だ。
「斉天大聖が被る冠や鎧などは、四海の竜王から奪った物と言われているです。竜神の小竜姫様とも知り合いならば、こちらも影響しているのでは?」
「う〜ん、竜神王の息子の天龍童子ってのなら知り合いにいるが、竜王はいないなぁ」
「よ、横島さんの交友関係って……」
「とにかくスゴイと言う事アルな♪」
難しい事はよく分からないが、古菲は横島の話を聞きながらわくわくと胸を躍らせていた。
『猿神の装具』は自分のアーティファクトであると同時に横島だからこそ現れたアーティファクト。すなわち二人を繋ぐ絆でもあるのだ。古菲の顔にいつしか笑みが浮かんでいた。
「何をニヤニヤしている古菲。珍しいとは言え力を溜め込むだけの防具だぞ。意外とつまらんアーティファクトではないか」
しかし、エヴァにとっては、『猿神の装具』が現れた理由はあまり関係がなかった。確かに古菲らしいと言えば古菲らしいのだが、横島と仮契約してのアーティファクトと言う事で、『土偶羅魔具羅』のような変り種アーティファクトを期待していただけに、ストレートな能力を持つ『猿神の装具』はお気に召さないようだ。
「斉天大聖と言えば、幾つもの仙術を使うと言うではないか。何かその関係の能力はないのか?」
「ちょいと待ってくれよ……ん?」
エヴァに急かされて説明書を読み進めて行ったカモは、ある記述を見つけてその動きを止めた。
その記述によると、斉天大聖は変化の術を使えたそうだが、このアーティファクトにも、それを元にした能力があるらしい。
「あったぜ、真祖の姐さん! 『猿神の装具』には変化の術がある!」
「変化の術ねぇ……」
カモは胸を張ってその事を伝えるが、横島の膝の上で胡坐をかいているエヴァの反応はつまらなそうで芳しくなかった。
変身ぐらいならば、幻術を使えばエヴァにも出来る。わざわざアーティファクトを使ってやる程の事ではないとでも考えているのだろう。
「ま、ま、とりあえず使ってみようぜ。今はウサギが登録されているみたいだから」
「ム、わざわざ登録しなきゃいけないアルか?」
「幾つか登録出来て、入れ替えも自由みたいだ。とにかく、一回変身してみようぜ」
「わ、分かたアル」
今はアーティファクトの機能を確認しなければならない。とりあえず、古菲は変化してみる事にする。
猿神の装具を一旦カードに戻し、カモに言われるままにウサギの姿に変身した――はずなのだが。
「そっちかよっ!?」
「ハッハッハッ、なんだその格好は」
「古菲、かわい〜〜〜♪」
なんだか周囲の反応が変だ。
カモは驚愕の表情となり、エヴァは腹を抱えて笑い転げ、落ちそうになったところを横島に助けられている。その横島も笑いを堪えている様子だ。
また、アスナ達は目を輝かせ、黄色い声を上げて可愛い可愛いと連呼している。確かにウサギの姿になれば可愛いだろうが、それではカモ達の反応の説明がつかない。
一体何が起きたのかが分からない古菲は、自分が一体どんな姿をしているのかと自分の手を見てみるが、そこには五本の指を持つ白い人間の手があった。ウサギになどなっていない。
「ムム?」
今、一瞬違和感があった。
「白い」手、そんなはずは無い。古菲は日に灼けた健康的な小麦色の肌をしている。白いはずが無い。
「古菲、鏡見る?」
「……借りるアル」
嫌な予感がするが、確認しないわけにはいかない。
千鶴が手鏡を差し出してくれたので、それを受け取り、覗き込み―――
「何アルか、これはーーーっ!?」
―――レーベンスシュルト城中に響き渡る大絶叫を上げた。
「何言ってんだよ、くーふぇ!」
「ウサギですー!」
周りで風香と史伽が囃し立てている。
古菲の頭には白いウサギの耳が付いたヘアバンドが付いていた。
白いセパレートの水着でお腹をまるだしにし、首元には可愛らしい赤いリボン。
更に手足は白い手袋とブーツ。これらは厚手でふわふわの生地で出来ていた。足元もよく見れば、ウサギの足の形をしている。
そしてトドメとばかりにお尻にはほわほわのウサギのしっぽが付いていた。
確かにウサギだ。まごう事なきウサギだ。
とても可愛らしい格好なのだが、これではウサギではなくバニーガールと言った方が正確なのではないだろうか。
「これはどー言う事アルか、カモーーーっ!?」
「待て、落ち着け! 今、説明書読むから!」
古菲に掴まれながらもカモは慌てて説明書に書かれている事を読み上げた。
「えーっとだな、『猿神の装具』の変化の術は、仮契約カードのオマケ機能を利用したものなんだよ!」
「オマケ機能?」
ようやく笑いが収まったエヴァも興味を持って一緒に説明書を覗き込む。
そこには、変化の術が、仮契約カードの持つ衣裳登録機能を利用したものであると書かれていた。
「なるほど、そう言う事か……」
確かに、説明書にある通り、仮契約カードには、好きな衣裳を登録して、好きな時にその服に着替えられると言う機能がある。確かにこの機能は衣裳を変えるだけだが、「変化の術」に見えなくもない。
「え〜っと、それじゃ、この変化の術はコスプレするだけ?」
「いや、そうではないらしい」
しかし、それだけで満足してしまう職人妖精ではない。この『猿神の装具』を作った職人妖精は、衣裳を変えるだけでは飽き足らず、なんと、登録した衣裳によって特定の身体能力を高める機能を取り付けたのだ。
例えば、今の古菲の場合はウサギなので跳躍力が上がっている。
「と言うわけで古菲、思い切り飛んでみろ」
「む〜、ジャンプアルな」
まだ納得がいかないのか、ぶつぶつ言いながらも、エヴァに言われるままに飛び上がる古菲。その瞬間彼女の身体はいつもよりも遥か高くまで飛び上がってしまった。レーベンスシュルト城の屋根が見えそうな高さだ。
「うわわっ!」
予想外の高さに古菲は思わず体勢を崩してしまう。そのまま背中から落ちそうになるが、横島が咄嗟に抱きとめる事で事なきを得た。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……何アルか、今の高さは」
その姿はバニーだが、古菲は確かにウサギに変化していたのだ。この強化された跳躍力が証拠である。
「補強」したのではなく「強化」と言うのがミソと言えるかも知れない。この機能は古菲の人並外れた身体能力があってこそ真価を発揮するものであり、そう言う意味では「自分の力」に拘る古菲に相応しいものであった。
「……となると、ノミの衣裳を登録したら、もっと凄い跳躍力になるのでしょうか?」
首を傾げながら疑問を口にしたのは夕映だった。
確かに、身体の大きさが同じだとすれば、ウサギよりも昆虫、中でもノミの跳躍力は凄まじいものになるだろう。
「あ〜……それは難しいかも知れないぜ」
しかし、この意見は説明書を手にしたカモにより却下される事になる。
「ここに書いてるんだけどよ。衣裳によっては何の能力も上がらないそうだ。どんな衣裳がいいかは、最初から登録されてる『ウサギ』を参考にしろってさ」
「『ウサギ』を参考に、ねぇ……」
和美のその言葉に合わせて、皆の視線が横島に抱きかかえられたままのバニーに集中する。古菲は恥ずかしくなって慌てて降りた。
明らかにバニー。ウサギではなくバニー。これを参考にすれば、おのずと方向性は決まってくると言うものだろう。
「職人妖精って……」
「まぁ、冥界に逝ってから、しがらみとかなくなって、趣味に邁進してる連中だからなぁ」
呆れた表情のアスナに対し、カモもやはりどこか呆れたような顔をして答える。
オコジョ妖精である彼から見れば、それこそ神々の時代の終焉以前から存在する職人妖精達は雲上人、かなり格上の存在なのだが、だからと言って高尚だと言うわけでもないようだ。
「何にせよ、一つ言える事は、このアーティファクトが、かなりレア物だって事だな。仮契約カードの機能を利用したアーティファクトなんて、聞くのも見るのも初めてだぜ」
「そっか、仮契約カードを通して使う事を前提に作られてるんだね、このアーティファクトは」
「そう言うこった。話が早いぜ朝倉の姐さん」
正確にいつ作られた物なのかは分からないが、職人妖精達が冥界に逝った後に作られた物である事は間違いないだろう。
魔法界にも一切情報がないアーティファクト。この新発見にカモはげっげっげっと笑いながら、オコジョ協会から出るであろう報奨金に思いを馳せて目を輝かせていた。
一方、カモとは別の意味で目を輝かせている者達もいた。
「フッフッフッ……ここは私達の出番かな〜?」
「な、何の事アルか?」
いきなり怪しい笑みを浮かべる裕奈に古菲は思わずあとずさるが、すぐに風香と史伽にぶつかってしまい、それ以上下がる事が出来ない。
「僕達に任せとけって!」
「着せ替えですー!」
すぐに裕奈の意図を察する風香と史伽。
そう、皆で古菲を着せ替え人形にして、力を高める衣裳を探すのだ。出来るだけ可愛らしい衣裳で。
「呼ばれたような気がしたわ」
古菲は逃げ出そうとするが、そこにひょこっとハルナが現れて退路を断ってしまう。ナイスタイミングだ。
「古菲、横島さんと仮契約したんでしょ。どんなアーティファクトが出たの?」
「ああ、それはだな――」
カモがハルナに『猿神の装具』の能力を説明すると、案の定、彼女は変化の術に興味を持った。
「なるほどねー、まぁ、そのアーティファクトらしい能力なんじゃない?」
「孫悟空なのにアルか?」
「『そのもの』じゃないでしょ?」
「……?」
ハルナの言葉に疑問符を浮かべる古菲。
彼女が何を言っているのか分からなかったのは、他の面々も同じだったらしく、やはり揃って疑問符を浮かべている。
その反応を見て、ハルナはピッと人差し指を立てて得意気に説明を始めた。
「そのアーティファクト自体が言わば『孫悟空なりきりセット』、コスプレじゃない」
「ム……」
「まぁ、確かにそうだよなぁ」
「つまり、『猿神の装具』とは、コスプレのアーティファクトなのよっ!」
身も蓋もない話である。
しかし、誰もそれを否定する事が出来ない。
「わ、私のアーティファクトって……」
古菲は膝を突いてがっくりと項垂れるのだった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。
古菲のアーティファクト『猿神の装具』は『見習GSアスナ』独自の設定です。
また、横島が古菲に語った心得は、『黒い手』シリーズ、及び『見習いGSアスナ』独自の設定です。
ご了承ください。
GS美神原作中で、そのような傾向があるのは確かなのですが、明言されていたわけではありませんので。
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